「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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投稿日 : 2014/12/20 07:51
投稿者 のの
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ひとりでいいよ、ほんと。

やっていけるよ、たぶん。

だからといって、べつに。



次は、誰が
                                                       Written By NONO



 帰りのホームルームも終わり、委員長の号令もかかり、アスカが委員長にそんじゃね、とだけ言い残して颯爽と教室を出ていったりしている
中、僕は窓際でひとつだけ朝から空っぽの席を一瞬目に入れてもう一度席に着いた。机にかけた支給鞄やフックにぶら下げたバックパックを持
ち上げて机と椅子を楽器にしていくクラスメートに焦点を合わせることもしないでいると、トウジやケンスケをはじめとして、じゃあなと声を
かけてくれる人が何人かいたので返事をし、そのうちの一人は去り際に唇の端を歪めているのが目についた。あれは誰だったっけ、ああそう
だ、今井コウタ。B組にいるひとだったけど、小学校からの仲良しだというA組の数人といつも帰っている。自分の経験上では小学校の同級生
は中学校に上がると疎遠になってしまったので、彼がそんな僕の経験などお構いなしに今も昔も同じ人たちと仲良くしているという話は少し奇
異に映る。だから名前も憶えていた。

 蝉の声がビルの解体工事の音に混じっても目立つ、珍しい夏だった。教室のざわめきにだって負けていない。気温が上がりっぱなしで蝉も減
った日本のはずだけど、この土地周辺はまだ少し昔の日本の名残りがあって、冬は少し肌寒くなる程度まで下がってくれる。この街で味わう初
めての夏はこれまでとは少し違ったけれど、醍醐味とされるレジャーは何もなかったし休み中は訓練に集中していたので、あまり起伏のない生
活かもしれない。わけのわからない巨大生命体と、命のやりとりさえしていなければ。

 人が少なくなった教室を見回してから立ち上がって、黒板消しをクリーナーにかけた。やたらと吸い込みが悪いのでクリーナーの受け皿を開
けて、予想通りの堆積具合にため息をついてゴミ箱に入れた。前の日直のサボりを気にしたって無駄なので、思い浮かんだ顔と身体を消して、
もう一度クリーナーを動かす。それからようやく黒板を拭き始めたけど、僕は背が高い方ではないので、上まで綺麗にするには少し工苦労が
要った。いつか自分もどんどん背が伸びて、こんなことに苦労することはなくなるのだろうか。遺伝的なことを考えれば、今頃もっと大きくな
ってもいいような気がする。全身を黒い服で固め、白い手袋をはめた男の背中が瞼の裏から出てきて目の前に突きつけられた。瞬きで応戦――
ミス、ダメージを与えられない!

 窓側から綺麗にして、廊下側まで辿り着いて教室を振り返ると、今日はみんないやに帰るのが早く、もう誰もいなかった。黒板の右隅に書い
てある自分たちの名前を消して翌日の日直を書けば黒板消しの仕事は終わるけど、それはせずに再度黒板消しをクリーナーにかけた。手につい
た粉を適当に払って席に戻り、鞄と反対側にぶら下がっている日誌を開いた。前回自分が書いたのは何曜日だったかなんとなく確かめてから、
もう一頁前に書かれた、細く綺麗な字を一通り眺めて今日の頁に戻って書いていく。二学期の日誌はまだ半分も書けていないので、右側にたく
さんの頁が偏っていた。今日の記入欄は左頁なので、滑り台状になった紙の束に書いていくほど書きづらかった。

 10月5日。月曜日。晴れ。数学。国語。体育。体育。英語。社会。云々。云々。体育の時間、運動会が近いのでリレーの練習をしている時
のアスカの目立ちぶりを思い出したりしながら書いたりしているとやたら時間がかかるので、あまり頭を使わずに書いていく。簡潔に、手抜き
と思われない程度に詳しく、相方が欠席であることを気にしながら。

 日誌を書いたらゴミの整理だ。前の入口にある、セカンドインパクトをくぐり抜けているであろう、錆びた、重いゴミ箱の蓋を持ち上げ、ゴ
ミ袋を引っ張り上げた。そう言えば、一学期の終わりごろ、上級生の教室のゴミ箱からいわゆる「大人のおもちゃ」のグッズの空箱が見つかっ
て大騒ぎになったことがあった。引っ張り上げた半透明の袋をくるんと一回転させたみたが、少なくともピンク色の箱が見つかったりはしなか
った。金曜日の日直がさぼったせいでやたらと重い。渡辺メグ。巨乳なだけのあんな女、いつか踏み潰されても知ったことじゃない、あんな
女。

 ズボンの位置を直してから校舎の北口に出てゴミを捨てて、ゴミ捨て場の対角線上の屋上に誰かを見つけた気持ちで校舎を見上げた。最上階
の3年生の教室に目線を下げると、まだかなりの生徒が残っていて、机に向かっているらしかった。受験対策の補習をしているらしい。セカン
ドインパクト以降、私立中学受験者は激減し、その文義務教育の中学校でもきっちり受験対策を、という要望に応えてのものである、という話
を聞いた記憶がある。来年になれば、僕も参加したりするのだろうか。いやいや、僕なんかの力だったら、来年の今ごろには僕はこの世にいな
いか、世界がないかどちらかじゃないか。そんなことを考えてながら階段を上っていると、自分の動作と思考の不一致に頭がくらくらした。
I’m Down。そんな歌もあったっけ。

 教室に戻って、ゴミ箱に袋をセットしなおしてお仕事終了ご苦労様。あとは日直の名前を翌日の者に書き換えるだけだ、さあ早く片付けてし
まおう、とはならないから困る。朝から今まで空っぽのままだった席をまた見つめる。教卓に寄りかかって、黒板の右隅に書かれた自分と綾波
の名前を見つめた。本日計算したところによると、今年僕らが同じ日に日直になることはこれきりで、それどころか、来年だって一度あるかな
いかといったところだ。いや、そもそも来年なんてものはないのではないか。さっきそう考えたばかりのはずだ。
 畜生。
 未練たらしく席に戻って机に突っ伏して、彼女の席が目に入るように顔をずらした。渡辺メグに感じる怒りも興奮も、彼女に対してだけは湧
かない。自分が踏み込んでいい領域ではないことを僕はわかっていた。僕と話していたって、彼女の眼は常に僕を貫いていて父さんを見てい
る。彼女は戦いのときにも父さんの眼鏡を手離さない。

 ヒグラシが鳴き、窓には橙色の光が差しはじめていた。夕日だ。明日も晴れるだろう、晴れたからといったどうなるものでもないけど、雨の
匂いだって嫌いじゃないけど。夕日が肘に手を伸ばす、そのとば口でどこかから足音が聞こえたので僕は起き上がって机のフックにかけてある
鞄を持ち上げた。もう帰ろう、どうせ今日の夕食は昨日の残りのカレーだから、だらけるにしても家に帰ろうと思った。そう思えるだけ、まだ
マシかもしれない。足音が近づいている。見回りの先生だろう。僕は僕の仕事を終わらせて、今帰るところだからきびきびと帰り支度をしてい
ますよ、という後ろ姿を見せた。足音が教室の前まで聞こえたが、通過していく音が聞こえてこない。

 碇くん、と僕を呼ぶ幻聴が聞こえた。その幻聴に僕は死ぬほど驚いて、椅子を後ろの机にぶちかまして爆発音を立てながら振り返ると、こ
の街に来た時に見た、綾波レイによく似た幻によく似た綾波レイの姿を見つけた。彼女は僕を見て、ゆっくり教室に入って片づいた様子を確認
していった。相変わらずの無表情。ゆっくりゆっくり僕に近づく無表情。彼女は三次元の存在としての力を発揮して、僕に近づいてくる。無
表情のまま、あの眼で。
 どうしたの、と聞くため口を動かすべきだ、と脳が判断したその瞬間を狙い澄ましたように、
「ごめんなさい」
 開口一番、いや正確には多分二番、彼女は言った。開口三番、彼女が言った。今日は突然、健診が入ったから。
「いや、いいよ別に」
 眼を合わせることができていない僕はそれ以外に何も言えなかった。呼吸が乱れているように見せないのが精一杯だった。
 彼女は僕の様子を見て離れていき、自分の席の椅子を引くと、机の中にあるいくつかの教科書と本、今日配られたプリントを自分の黒い鞄に
入れ、ゆっくり黒板に顔を向け、右隅に残ったままの僕らの名前を見つけた。あ、と声が喉から零れそうになるのを必死に食い止めその様子を
黙って見てると、彼女の肩が少し上がって、また下がった。スローモーションになって僕の眼に映る彼女は夕陽くぐり抜けて教壇に上がって軽
やかに黒板消しを取ると、一拍、二拍と置いてから今日の事実を昨日のことにして、明日を刻みつけていった。細く綺麗な字が滑らかに形づく
られていく。チョークを置いた彼女が教壇を逆戻りし、教壇の左端にたどり着いて立ち止まる。

 とんっ。

 髪が、体が跳ねて、夕陽に重なって、眩いた。
 鞄を取った彼女が教室の一番後ろまで戻ってきて、机ひとつ挟んで僕と向かい合った。
「行きましょう」
「ああ、うん」
 鞄を担いで彼女が教室を出る後ろを見送って僕も教室を出る。日が届かない廊下も教室に射し込む夕陽のおこぼれを頂戴して、わずかに橙色
に染まっていた。僕は綾波レイと並んでそこを歩く。今はまだ、歩いていられる。明日は無理だし、来年なんて夢のまた夢だとしても。
「次は、わたしがやるから」
 人の気も知らないで、綾波は変わらず淡々としている。
 黙っていると、綾波は少し顔を落とした。空色の髪がはらりと揺れて、夕日の残滓に触れた髪のきらめきが僕の眼に飛び込んできたので、
思わず彼女を見た。真剣そのもので、眼差しはまっすぐ僕に向かっている。背骨に電気が走り抜けて、喉が震えそうになるのを必死に堪えた。
「次は、一緒にやろうよ」
できるだけ無表情ではない顔では、これが精一杯だった。
彼女の眉が少し上がって、また下がる。
 その訳も見届けないまま、僕はまた廊下の先に視線を戻した。その時と重なって綾波が頷いたのをきちんと見つけることができたことを、心
の底から喜びながら。
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件名 Re: 次は、誰が
投稿日 : 2014/12/22 10:45
投稿者 JUN
参照先
エヴァの世界観は、どうしてもメイン(シンジ・レイ・アスカ・トウジ・ケンスケ・委員長)以外の存在が器楽で忘れられがちなのですが、こういった作品を読むと、彼らが中学生だということを感じます。クラスメイトに心の中で悪態をつくシンジ君がなんだか新鮮で、リアルです。

僕には書けないなあなんて思いながら、さすがののさんだなあと感じます。お疲れ様でした。
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件名 Re: 次は、誰が
投稿日 : 2014/12/22 00:24
投稿者 のの
参照先
感想ありがとうございますー!
読みにくいので、改行だけ施しました。

■tambさん
違い、なんでしょうね。
「その先」が思い浮かぶ感じでしょうか。
ここで終わらせるのがもったいないなーと思う短編はたまにあって、これはその一つですね。
渡辺メグのくだりは、とても重要なくだりになっております。シンジ君とレイだけだと、すごく抽象化された世界になりやすいので。
次は、青空の下にいる彼女を書きたいですね。
というわけで、まだもう少し書き手でいられそうです。

■くろねこさん
ご無沙汰してます、ののです。
やっぱ僕って感じなんですよね。僕も自分で読んでてそう思います。
もう少し先に行きたいところなんですが(^^;

>>巨乳なだけのあんな女~
>ここ好き。なんでかわかりませんが。ちょっと口の悪いシンジくん。

このへんはスパイスですね(笑)

>シンジとレイのバランスがおもしろいなぁと思いました。感情・表情などなどの面で。

今回はレイの表現を極力抑えているので、そう思ってもらえてるのかもしれません。そこから何が見えるのか、僕自身もわかりませんが……。

■史燕さん
こちらこそ、大変ご無沙汰しております。
真似する必要のない文章ですので、史燕さんも我が道を進んでくださいね。
すべての道がエヴァのどっかには通じてるんですよ、きっと(笑)
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件名 Re: 次は、誰が
投稿日 : 2014/12/21 22:32
投稿者 史燕
参照先
ののさんご無沙汰しております。

>「ごめんなさい」
>「いや、いいよ別に」
個人的にはこの掛け合いがいいなあ、と思いました。

地の文とセリフの配置が絶妙だと思います。
視点はあくまでシンジ君なんですけど、綺麗に情景が目に浮かぶようで。

たぶんこれはののさん以外の誰にも真似できないんでしょうね。
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件名 Re: 次は、誰が
投稿日 : 2014/12/21 18:20
投稿者 くろねこ
参照先
あぁ、ののさんだ……と一言目に。
なんだろう、読み終わった後の気持ちを文にするのは難しいですが、時間にして1時間経ってるか経ってないかという一日の一コマを、このように描いているのは面白かったです。
日直のお仕事が事細かに描かれることで、母校の日誌や黒板が目に浮かびました。「あぁ、そうそう。そうなんだよね」的な。
>巨乳なだけのあんな女~
ここ好き。なんでかわかりませんが。ちょっと口の悪いシンジくん。

シンジとレイのバランスがおもしろいなぁと思いました。感情・表情などなどの面で。あぁ表現が難しい!!

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件名 Re: 次は、誰が
投稿日 : 2014/12/21 17:32
投稿者 tamb
参照先
 やはりのの節、という感じはする。それが何なのかはよくわからないし、ましてののさんの言う「違い」が何なのかもわからないけれど。
 いわゆるシンジらしさと中学生っぽい感じとは相反する部分もあると思うけれど、その辺のバランスは上手く取れてると思う。渡辺メグ。ズボンの位置。

 こういう形でレイが出てくるとは予想していなかったので、ちょっと驚いた。恐らく彼女は、このためだけに学校に来たことになる。この健気さが実に嬉しい。

 妄想に近くなるけれど、例えば青空をバックに立つ彼女には、凛とした横顔というか意志の強さを感じるし、月明かりに浮かぶ彼女にはある種の神々しさとそれには反するけれど少女らしさを感じる。夕日に照らされた彼女は、一言でいえば儚さになるだろうか。消えないでくれ、そこにいてくれるだけでいい、どこにもいかないでくれ、と叫びたくなるような。

 次は、一緒にやろう。その「次」がいつになるにせよ、その約束に彼女が頷く。それは、少なくともその日までは生きていようという決意に他ならない。いずれその日が来たら、またその次の約束をしよう。
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件名 Re: 次は、誰が
投稿日 : 2014/12/20 07:57
投稿者 のの
参照先
あとがき。

数日前にばーっと、ラストシーン以外は書き上げて、昨日書き終えて、という感じです。

僕がこの掲示板に書く話は、基本的に一場面に限定した短編ですけれども、今回は書きごたえがありました。もう少し色々書いて、正式投稿してもいい強度があったかも。

貞本エヴァの最終巻を読む前に書いたものなのですが、あの二人にも、こんな風に一緒に日直のお仕事をするしないで一喜一憂してもらいたいものです。
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