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午後の緑茶
件名 | : Re: 午後の緑茶 |
投稿日 | : 2017/09/24 16:08 |
投稿者 | : タン塩 |
参照先 | : |
相変わらずの淡々とした、風景画のような作風。
ありがたく頂きました。ののさんの作品を読むと、ああ俺の作品は小噺なんだなと思う。
ありがたく頂きました。ののさんの作品を読むと、ああ俺の作品は小噺なんだなと思う。
件名 | : Re: 午後の緑茶 |
投稿日 | : 2017/09/17 19:51 |
投稿者 | : tamb |
参照先 | : |
もう離脱できるのかも、と思った瞬間もないではないけれど、やっぱり無理だった。なんでだろう。忘れてしまえばいいだけなのに。なんていうか昔の恋人に未練たらたらみたいで、それはそれで嫌なのだけれど、でも例えば「だって、彼ってば」の一言だけで、その一言だけで共感できる自分を考えると、それも一つの生き方だよな、と思う。
ちょっとづつ反応していきます。
ちょっとづつ反応していきます。
件名 | : Re: 午後の緑茶 |
投稿日 | : 2017/09/08 19:08 |
投稿者 | : 史燕 |
参照先 | : |
リツコさんがコーヒーじゃなくて緑茶。
幸せな夫婦生活が3組。
鮮烈な苦味ではない、穏やかな味わいと仄かに香る独特の風味が感じられてなるほどと思いました。
(これも言わでものことなんでしょうけど)
ののさん、お帰りなさい。
幸せな夫婦生活が3組。
鮮烈な苦味ではない、穏やかな味わいと仄かに香る独特の風味が感じられてなるほどと思いました。
(これも言わでものことなんでしょうけど)
ののさん、お帰りなさい。
一息つく。
それは知ってる。
午後の緑茶
Written By NONO
つ、と微かな音が立った。コーヒーや紅茶なら無音で済ませるべき音も、緑茶ならば多少は許されるというのは実は不思議な話だ。出自が違う、文化が違う、理由が違う。色んな言い方で説明がつくとしても、平等に、ただの嗜好品として扱うなら、この偏りは別の誰かにとっては許されないものになるだろう。あくまで自分や、近似した背景を持つ人間にしか通じない規則だというふとした自覚を呼び起こす音の後に舌に沁みて渡って広がる味は、他のお茶とは確かに違う刺激と渋味を与えてくれる。どこか肩の力が抜けるその味も、人によってはただの刺激物で、或いはまったく慣れていない人からすれば生臭い茶かもしれない。
そうやっていくつもの可能性を考えていくと、この黄緑色の茶から旨みを感じて肩の力を抜いている自分は、誰の場合にも当てはまるものではない安らぎを得ているし、理解されないことによる摩擦を生む可能性のある、限定的なものであることもまた感じられる。それを戒めとするか優越感とするかはさておくとして、ひとまずそこで巡らせた思考を止め、リツコは目を閉じた。
特務機関ネルフという、非公開組織で重要機密を扱う技術部の長を務める彼女は、当然ながら自分だけの仕事部屋を持っている。その部屋に入るには指紋と虹彩、IDカードの3重チェックが必要になっている。防音設備も整っており、一度部屋に入ってしまえばPCのHD音と空調の音以外の音は一切聞こえない。無機質な空間を微かに揺らした茶を啜る音は、この部屋に似合わない、生き物の匂いのする音だった。
自分で決めた10分の休憩時間、その中でたっぷり時間をかけて一杯の緑茶を淹れて飲む習慣も、もう5年以上になるだろう。世界が変わり、情勢が変わり、国力が変わり、誰かの旗色が良くなり悪くなりを繰り返しても、その習慣は続いていた。日本時間15時からの10分間、ネルフの赤木リツコは誰のどの要請にも応じない。自分だけが知っている、自分だけの時間。その間考えることは、今晩の食事や行きたい店、着たい服、怠っている返信のこと、クリーニング屋の引き取り、コンロの電池、エアコンのフィルター、薬屋の営業時間などのこと。仕事の事を考える暇もなく、携帯電話を見る余裕もなかった。思いつくまま思いついて、ノートもメモアプリも使うことなく、そして大半は忘れてしまう。今日も財布に入れっぱなしのクリーニング屋の半券がそろそろ破れてきていることを知りながらも、つい面倒がって引き取りに行かないことや、その手前にできた焼き鳥屋が一本220円もする気取ったチェーン店でおよそ行く気にならない店なのに、一丁前に鰻屋のように煙を立てていてクリーニング屋の営業妨害のような振る舞いをしている事へ義憤に駆られたりなどしているうちに、湯呑に残った茶が冷め、長針は2を指していた。それに気づいた彼女は残りの茶を飲みほし、急須と湯呑を隅に寄せ、焼き鳥屋の匂いを思い出して胃が鳴った自分を忘れて再びPCを開いた。
新着メールがこの間に2件。1件は午後に送っていた、翌週の打ち合わせについての返信だった。打診した日時で通り、まずはひと安心。それからもう1件は、15時すぎに必ず仕事用のアドレスにメールを送ってくる同居人からのメールだった。私用で使ってはいけないと言っているのだが、一向に聞かない。他人とはこんなにも融通の利かない人間だったか、と思うほど無視して定時連絡を寄越し続ける間に、いつの間にかそれにも慣れてしまった。
『今晩は麻婆ナス。お酒が飲みたければ、帰りに買って帰ってきてください。』
素っ気ない「妻」からのメールに、本当、何故これを業務用メールに送るのか何一つ理解できないが、それを考えても意味はない。所詮他人だと割り切ってしまった方が何事もスムーズなのだ、ということは、長い付き合いなのでわかっていた。
『ビールと枝豆買って帰ります。帰宅は20時。よろしく。』
プライベートでも素っ気ない自分の文面の、負けず劣らず素っ気なさ。メッセージアプリでもそれは変わらない。ぶれない女だともよく言われるが、親しい友人から「感情的にならない分、なった時が怖すぎる。引くわ。」とも言われるので、いいことばかりでもない。自覚はある。それでも相手はそう言いながら大笑いして許してくれる。彼女はきっと、いい話し相手だ。この先これ以上の友人は、中々見込めないだろう。いつどこでどんな出会いがあるかはわからないけれど、この年になればさすがに少しは見通しは立つというものだ。
まあ、それでもいい。そういうのもいい。
自分の周りには専門家が多い。自分もまたその一人で、そういう集団をまとめる立場にもいる。そして彼等の、いやきっとどんな大人になろうとも、境遇と運で人生が変わる。そんなことを中学生の時分に知らされた。セカンドインパクト。今やある程度時がたちネット上では人類削減祭りと称されてもいるあの災厄で、島国育ちの自分達は多くの人間を失った。友達も親族も、誰も欠けなかった者はおそらく数えるほどしかいないだろう。仮にいても、その友人は誰かを失っている。いま生きている若者の中には、それを知らない者もいる。だが自分達は違う。だから、学生時代の友人、というものは、そもそもの数が少ない。大学時代に葛城ミサトという知己を得たことは、今考えても本当に僥倖だった。当時はまさか、背中を預けて命懸けの戦いをする仲にまでなるとは、さすがに予想できなかったが。
過去の漣に頭を揺らせながらも手は止めず、今朝終了した第747回の起動試験結果レポートを書き上げる。この頃は流石に文章がテンプレート化してきているが、コピー&ペーストで済ませると元教授の上役が黙っていないし、送信時に管理ソフトが見破って弾いてしまうので、いつもきちんと自分の手で打っている。面倒臭い事この上ないが、この試験に文句を言う権利があるのは起動時に必要な操縦者の彼女しかいないので、リツコは粛々と静かな部屋でキーをたたくしかなかった。
既に暮らしをドイツに移している彼女だが、週に一度は日本に来て起動試験をこなし、その足で帰国する。滞在時間は短く、かつての同僚や級友たちと旧交を温めることはほとんどない。何しろ激務で、既にエヴァの保有権利を永久破棄したヨーロッパ中を駆け巡るようなフィールドワークをこなしながらも、時折モデルとしてもファッション誌を賑わすご活躍ぶりだ。リツコも彼女の載る海外版の雑誌は必ず購読し、目を通している。そのインタビュー記事を読む度に、いちいち、自分達は天才少女と仕事をしていたのだという事をしみじみと思い知らされる、不思議な感覚を味わっている。それもまた悠々と楽しめるようになったのもまた、年月の成せる技ということなのだろう。
19時ちょうどに仕事を切り上げ、放りっぱなしにしていた急須と湯呑を給湯室で片づけ、思い立って、湯呑半分の緑茶を淹れて部屋に戻った。PCも切って、数十秒の静寂。急須を傾ける。蓋が鳴り、注ぐ音、注がれる音、置く音。手に取る音、そしてようやく飲む音が。
ひとつ決心して、電話を掛ける。3度のコールで出た相手は、大人になっても静かな声だった。
「はい、綾波です」
「碇でしょう、もうとっくに」
「いいえ、今はそのつもりはありません」
「あなたねえ、気楽なこと言わないの」
「だって、彼ってば」
続けて話そうとする電話の向こうの相手を遮った。
「すぐ帰るから、その時に聞くわよ。でもその前に痴話喧嘩聞く独身40代の事も思い出しておいてね。そうでなきゃダーリンのところへお帰りなさい」
不満そうな沈黙を感じて、念押ししてから電話を切った。
彼女が改めて急須と湯呑を片づけると、夜の緑茶は痕跡を消し、彼女の胃袋にしか残らなくなった。
やがて静寂を聞く者はいなくなり、部屋は、目を閉じて、真夜中まで愚痴を聞かされるであろう主の帰りを待つことになった。