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歴史前夜
件名 | : Re: 歴史前夜 |
投稿日 | : 2021/03/08 23:07 |
投稿者 | : tamb |
参照先 | : |
不要不急という名の下に、もうほとんど街に出ることは無くなったけれど――依然からほとんど出ていなかったという話もあるけれど、例えばしつこく続けている(いた)バンドのリハとかライブの時は出ていた――ごくたまに電車に乗ったりすると、マスクをしながらも腕を組んでぴったりくっついて笑顔で幸せそうな二人がいたりして、どんな事があっても青春という季節が失われることはないんだなと思ったりする。例えばキスが文字通り死を賭して行われたとしても。例えば人が集まるという行為が否定されたとしても。
今日とさして変わらない明日が来るという幸福を、長い間語って来た。でも、さして変わらなくても少しずつ変わってゆく。それが積み重なり、ふと気づくととても遠くまで来ていた。昨日とは変わらない。一昨日とも変化はない。でも去年とは違う場所にいる。明日も同じく場所に立っているだろう。でも来年は。
それでも、そういうことを全て乗り越え、何もかもを飲み込んで、歩き続けることになる。
そしていつしか青春という季節も終わる。そうしてはじめて、終わらないと手に入らない物もあると言うことができる。
それは大した物ではないけれど、間違いなく終わらなければ手に入らない物ではある。
いつかは死んでしまうんだしね。
ま、難しい話っすよ。
今日とさして変わらない明日が来るという幸福を、長い間語って来た。でも、さして変わらなくても少しずつ変わってゆく。それが積み重なり、ふと気づくととても遠くまで来ていた。昨日とは変わらない。一昨日とも変化はない。でも去年とは違う場所にいる。明日も同じく場所に立っているだろう。でも来年は。
それでも、そういうことを全て乗り越え、何もかもを飲み込んで、歩き続けることになる。
そしていつしか青春という季節も終わる。そうしてはじめて、終わらないと手に入らない物もあると言うことができる。
それは大した物ではないけれど、間違いなく終わらなければ手に入らない物ではある。
いつかは死んでしまうんだしね。
ま、難しい話っすよ。
捧げたつもりで臨んでいたよ。
そうしたら、なぜだか貰っていたよ。
歴史前夜
Writtenn By Nono
日々はこうして形作られていくと思い知ったのは、いつのことだっただろう。
あんな毎日を過ごしていたのに、それもこれも過去になる。過去を過去と認識出来るようになるには、同じ時間を過ごした人がいても、それぞれ時間差があると知ってからかもしれない。
紅葉の色味が随分まだらなままにそれとなく枯れていくのを見つめていた。毎日マンションを出ると、駅とは反対方向の道の先には大きな公園の銀杏が見える。毎日過ぎるごとに黄色くなっていくのがわかる。公園の中には何本か紅葉も立っているけれど、それも銀杏も、一枚残らず色が変わるというよりは、なんとなく変わって、そのなんとなくのまま枯れていくという具合だった。
自転車を使って30分の都立高校に通うようになって、5ヶ月が経つ。人類補完計画がもたらした赤い海と黒い月の残留物は目に見えない大きさまで蒸発してもなお人体への健康被害が懸念されている。あれ以来、原因不明の心不全が増えているというニュースは絶えず流れているし、各国、各都市の人口毎の死者数は毎日12時と20時に一斉に配信してされるようになっている。それに対する臨時国家の対応は、白日のもとに晒された心の壁という存在がもたらす健康被害であると公表し、人々の接触は極力避けるべし、ということでほぼ全世界的に統一された。そして、来月でそれから1年が経塔としている。宗教も科学も政治も思想もそれを信じた。信じられるだけの確信が、余すことなく全員にあったからだった。
昨晩の雨の匂いが残る空は青く、アスファルトは黒かった。自転車は幸い庇の下にあったから無事のはずだったが、丁度天井のトタンに穴が開いているところの下に置いていたらしく、サドルは水が残っていた。手で払い除けて、濡れた手はアスファルトより黒いズボンで拭った。リュックは前かご、イヤホンはもちろん挿し込んだ。警察に見つかると罰金5千円。でも、だからと言ってやめられるものか。
◆
どんなものも等しく過去になるように、どんな未来もいつかは現在に現れる。それも、過去と歴史を引きずってしまうのと同じくらい、望むと望まざるとに関わらず。例えば中学生で亡くなること。15歳になること。義務教育を終えると同時に契約満了となり、あの人たちとの繋がりが消え、誰の消息もつかめなくなったりすることも。
そんな話を電話ですることも叶わなかった。自分が使っている電話は、禁止コードに触れると会話を聴いた相手にも罰則が生じるとされている。実生活だってわかったものじゃない。どこで盗聴されているかもわからない。だから気にしても仕方がないと思うまでには時間が掛からなかったが、さりとて話ができる相手と会うチャンスもなかった。
「すげえ話だな」
ケンスケは、そんな中で唯一、あの頃の話ができる相手だった。本人が組織に所属していたわけでもないので比較的関係性が低いことと、僕のガス抜きが役割だそうだ。それはケンスケ本人の口から聞いた。
「だから、そういう話がしたい時は遠慮なく呼び出してくれよ」
そう言ってもらってから、今日の今日まで一度も話をしていない。彼の声を思い出しただけで自転車を漕ぐ足に力がグッと入った。そんなこと以外には話しちゃダメかよ、それじゃ。僕はもっと、ゲームの話をするのとかが好きなのに。彼のやり込みエピソードに何度も爆笑したっていうのに。
学校にいつもより早く着いた。信号待ちが少なかったせいで、いつもだってみんなより早く着くのに、今日はそれに輪をかけて早かった。駐輪場には安物の細いフレームのいわゆるママチャリが1、2台がとまっているだけだった。
駐輪場のある校舎裏の狭い出入り口から校舎に入って、足下の消毒を済ませて反対側の生徒用の下駄箱まで行ってスニーカーを仕舞い込み、前日のうちに殺菌を済ませた上履きを履く。どうしてだかよくわからないけれど、何故か殺菌をすることになっている。ATフィールドはバイ菌扱いされているのがこの世界の慣しだった。人との接触を繰り返すと死んでしまうらしい。彼と彼女の魂は、今、殺人ウイルス扱いされている。そんな世界で生きている僕のことを、一体、どこの誰が予想しただろう。予期しただろうか、こんな未来。こんな現在は、いつになったら過去になってくれるのだろうか。
◆
ひとクラス15人までとされている教室で授業を終えた。マスクを取って挨拶する男女はデキている証だと誰かが言っていたっけ。「これで**が死んだら、あたしのせいってことだね」といつかどこかで誰かが言っていた気がする。街外れのホテルから出てきたカップルだった。眠れなかった早朝の散歩ですれ違ったんだった。
「じゃあね、今日はちゃんとご飯食べなよ」
2年前なら肩を叩いてきそうな軽い口調で話しかけてきたあの子も、今ではそんな素振りをしそうになっている。それがマナー違反だと知っていてしないだけで、彼女はそれがすごく煩しそうだった。
「いつも食べてるよ」
「そうかな、それならいいけど」
「それに、一度ご飯食べなかったくらい、どうってことないでしょ」
たまたま食べる気がしなかった晩と眠れない夜のせいで、見るからに調子が悪そうな日に様子を聞かれて、それを素直に言ってから、彼女はしょっちゅうそんな風に話しかけてくる。
「よかないでしょ。ご飯が食べられないのは、生きる元気がない証拠でしょ」
「そんな大袈裟な」
大体、彼女は僕がそうなっても無理もないことくらい、わかっているはずだ。
「アンタ、馬鹿?大袈裟じゃないっつの」
やめてほしい、本当に。
君の心配そうな顔なんて、この残された世界で、一番あってはならないことなのに。
それなら元気でいるべきなのに、なかなかそれが難しい世界なのは、本当に勘弁してほしい。
「んじゃ、またね」
そのまたねが、また明日でないことはわかっていた。何しろ一緒に住んでいるのだから。
それを知らないクラスの周りは、またあの二人は何故だか仲がいいという目線を向けてくる。彼女はいつもそれを気にしない。それがあまりに自然で、大体いつもの調子なので、以前よりは周囲の視線も多くも厳しくもない。まあ、マスクしてないのはいつものことだしね、あの二人。変わり者同士ってだけだよね、とかなんとか。命知らず同士はお好きにどうぞ。
僕は知っている。
彼女が本当は、家では静かに本を読むのが好きなことを。激情家で勉強家で、寂しがりやだということを。
僕は知っている。
彼女の肩を抱きながら、彼女の好きなドラマを見たり、僕の好きなオールディーズを聴きながら、目を閉じたりする資格が僕にはないことを。冬の日のバラッドに涙を流す彼女の側にいる資格なんて僕にはないことを。それなのに彼女に甘えて、それを彼女が何も言わずに許してくれていることを。
僕はまだ知らなかった。
そんな日々に心底嫌気がさして、冬に涙を流すことになるのは僕だということを。長い長い夜を、何度も何度も彼女と話し合い続けることになることを。
今に甘えず、未来を信じて、これからも彼女と歩き続けることになることを。