「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/07 21:13
投稿者 史燕
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   おかえりなさい
             Written by 史燕

 碇シンジに手を引かれ、綾波レイは、第三村の入口へと向かっていた。
シンジと合流する前は、マイナス宇宙から放り出された場所に、そのまま立ち尽くしていた。

どこに行けばいいのかわからない。

どうしていいのかわからない。

 すべてのエヴァンゲリオンがなくなり、シンジがエヴァのある世界に終止符を打った。
それは喜ばしいことだし、「碇君が、エヴァに乗らなくて済むようになった」と、自分の目標が、望んだ形とは違うものとはいえ、達成されたのだから、うれしくないはずはない。
 しかしながら、レイの心の中にはぽっかりと穴が開いたような気分になっていた。
 それを言葉にすれば、喪失感というのだろうが、彼女にはどうそれを表現していいのかわからなかったのだ。
「エヴァがなくなった」ということは、エヴァの、インパクトのために造られた「綾波レイ」という存在の存在意義も無くなったことになる。
余人はそれを「自由」と呼び、「解放」と呼ぶのだろう。
一般的な解釈としては、おそらくそれは良いことだ。
それは、レイ自身もわかっていたが――どうしていいかわからないのだ。
さながら、大海原に、小舟一つで置き去りにされ、どこに向かうべきかわからないまま、羅針盤一つ手元にないような状態である。

 そんな風に立ち尽くしているときに、シンジがやってきた。
 シンジと合流したときは、真希波・マリ・イラストリアスがシンジに同行していた。
 しかし、マリは「ここからは、ワンコくんたちの物語だよ」と言い置いて、「それじゃ、行かなきゃいけない場所があるから」と、行先も告げずに去ってしまった。

 あまりに唐突な展開に、呆然と立ち尽くすレイと、照れくさそうに笑うシンジ。

「綾波、帰ろうか」

 そういうシンジに「……どこへ?」とレイは不思議そうに尋ねた。
もう、NERVもエヴァも存在しないのに、自分はどこへ帰るというのか。
シンジには、葛城ミサトや式波・アスカ・ラングレーといった同居人たち、鈴原トウジや相田ケンスケといった友人たちがいる。
かつては「自分」もその輪の中に入っていたのかもしれないが、現在も自分がその中にいるとは思えなかった。
 しかし、シンジはレイの様子に、きょとん、とすると、何かを思い出したように苦笑して、言葉を紡いだ。

「僕たちの帰る場所、第三村にだよ」

 そう言って、シンジはレイの片手を握った。
そのまま、シンジに手を引かれるままに、道を歩き始めた。

「……第三村、知らない。いえ、知っている気がする」

 そうぽつりとつぶやくレイに、すべてわかったうえで、あえて回答をせず、シンジは代わりにゆっくりと手を引いたのだ。

 シンジの方は、行先をよく知っていた。
 なぜなら、第三村に向かうことを前提として、マイナス宇宙からこの道へと戻ってきたからだ。
 マリは「ワンコくんは、別の世界へも行けるよ」と言っていた。
 しかしシンジは、「いや、そっちの世界は、そっちの僕に任せるよ。僕の世界は、こちらの世界だから」と断ったのだ。
「仮にそこが取り返しのつかない失敗をした世界でも?」と尋ねるマリに、「失敗も、悪いことばかりじゃなかったから」と返答した。
「この箱庭みたいな世界に、そんなに、そこまで価値はあるかにゃ?」と心底不思議がるマリに、「仮に箱庭だとしても、僕たちはその箱庭の中で、精一杯生きていくつもりさ。それっておかしいことかな?」と尋ねた。マリは「いいや、それはとてもとても素敵なことだと思うよ」そう言っていたのだ。
 かくして二人は、山の中を、あるいは線路の踏切を越え、第三村の入口へと到着したのだ。

 第三村に到着して、レイが最初に感じたのは、匂いだった。
鼻腔をくすぐるその匂いは、一度も訪れたことがないはずなのに、なぜかよく知っているような気がしたのだ。

「……碇君、この匂いは」
「いい匂いだよね。土の匂い。生きてるって、感じがする。」

生きている、その言葉にレイは考えさせられた。

 生きるというのは、単純な生命活動を指す言葉ではないということを、シンジのセリフから読み取ったからだ。

生きるとは、どういうことなのか。

自分の意志ではなく、他者の目的のために生かされてきたレイにとっては、難しいテーマだった。
同時に、最初に自分が漠然と悩んでいた問題の本質が、この難問なのだということもわかった。
となれば、必要となるのは他者ではなく、綾波レイ自身としての回答だ。

 二人は第三村の中を、手をつないだまま歩いていく。
川のせせらぎの聞こえる道を歩きながら、段々畑を通り抜け、村の中心部分へと近づいていく。

「あら、そっくりさんじゃない」

 村の居住区域に入って早々に、四人の女性たちが、二人に近寄ってきた。
年の頃は50を超えたくらいだろうか。
レイは知らないはずなのに、どこか懐かしい気がした。

「あれま、ほんとにそっくりさんじゃないか」
「最近見なかったけど、今までどこ行ってたのよ」
「まあまあいいじゃないか。年頃の女の子なんだし」
「しっかし、今度は白い服なのかい。また、ほかの服も試してみないとね」

 彼女たちは、レイを題材にしながら、勝手に盛り上がり始めていた。
 それでも、自分のことを受け入れてくれている気がして、レイは、なんだかうれしかった。

「……綾波、レイ」
「うん?」
「……私の名前は、綾波レイ」

 別にこのまま「そっくりさん」でもいい気がしたが、やはりここは、自分の本当の名前を憶えてほしいと思った。
その理由は、なぜだかわからないけれど。

「へえ、あんたの名前かい」
「いやー、思い出したのね。よかった、よかった」
「綾波レイ、かわいい名前だねえ」

四人は、揃ってはしゃぎ始める。
以前、レイと共に「汗水たらして」農作業をした小母さんたちだ。レイにとっても、こうして一緒に笑いあえるというのは、シンジに抱くものとは別の特別な思いがあった。
それを眺めるシンジは蚊帳の外だったが、彼女が、以前ここで消えてしまった彼女と同じように、村のみんなに受け入れられているのは、とてもとてもうれしかった。

「あら、そっくりさんじゃない?」
「お、シンジもおるやないか」
「へえ、二人ともこっちに帰ってきたんだな」
「あう~、あう~」

 ツバメを抱えた鈴原トウジ・ヒカリの夫婦と、相田ケンスケがやってきた。
手荷物に食材が入っていることから見るに、配給からの帰りだろうか。

「そうか、無事終わらせてきたんだな」

 ケンスケはシンジを見て、納得したように言った。

「うん。父さんと、ちゃんと話をしたんだ」
「しっかり話が、できたんだな」
「うん。ケンスケたちのおかげだよ」
「俺たちは何もしちゃいないよ。ただ、お前が頑張ったんだ」
「それでも、だよ」

 ケンスケとシンジが、事の顛末を確認しあう。

 一方、鈴原夫妻はというと、レイを囲んで会話を始めていた。

「もう、どこに行ってたのよ」
「そやそや、心配したんやぞ」
「……ごめんなさい。心配をかけて」

 そう言う二人に対して、レイは、きちんと状況を把握していないものの、二人が単純に怒っているのではなく、自分のために迷惑をかけてしまったのだと気づいたので、素直に謝罪をした。

 そんな中で、ヒカリの腕の中のツバメは「だう~、だう~」とレイにだっこをせがんでいた。

「あらあら、お姉ちゃんにだっこしてほしいみたいだね」

 小母さんがそう言うと、どこか緊張をはらんでいた神妙な空気は霧散し、「抱いてあげて」というヒカリの声により、レイはツバメを抱きかかえた。
途端にツバメは、キャッキャ、キャッキャと笑い出し、みんなもつられて笑顔になった。

 ツバメを抱きかかえていると、レイは、本来は存在しないはずの、第三村での記憶が少しずつ彼女の中で浮かび上がり始めた。
それは、ここで「そっくりさん」と呼ばれた、かつての自分自身が体験した記憶だ。

――鈴原家でご飯をごちそうになったこと。
――小母さんたちと田植えをしたこと。
――みんなとお風呂で、語り合ったこと。
――碇君を大好きだと思ったこと。

“おはよう”“おやすみ”“ありがとう”“さようなら”
記憶とともに、そういった優しい言葉の意味を思い出す。

そう、自分はここで、みんなと一緒に生きていたのだ。

それは間違いのない事実として、ストンと、欠落部分にはまり込むように心の中を埋めていった。

「ツバメは、ほんまにそっくりさんのことが好きなんやな」

そういうトウジに対して、レイは改めて名前を名乗る。

「……綾波、レイ。私の名前は、綾波レイ」

レイの言葉に、彼らはキョトンとすると、すぐに喜色を浮かべた。

「そうかそうか、自分、綾波なんか」
「綾波さん、久しぶりね」
「やっぱり、綾波なんだな」

二人を見ながら、レイは自分の腕の中に存在する小さな命を感じていた。
決して取りこぼさないよう、しっかりと抱きしめながら。

――“さようなら”はまた会うためのおまじない――

そうだ、だから自分は、ここでみんなに言わなければならない言葉がある。

「……ただいま」
「おかえりなさい、綾波さん」
「おかえり、綾波」
「よく戻ったわね、レイちゃん」
「明日からまた一緒だからね、レイちゃん」
「こんばんは、みんなでご飯を食べようね、レイちゃん」
「その前に、お風呂に行かなきゃね。レイちゃん」
「……ありがとう」

 彼女を自然と受け入れてくれる、大切な人たちに、シンジと一緒に囲まれていることに、レイの心は満たされていた。遠い昔、自分が「心がポカポカする」と表現した、あの時よりなおいっそうに。
 そう、自分は、この優しい人たちと一緒に、大好きな碇君と一緒に、この場所で生きていきたいのだ。
この村に来るまでに持っていた空虚な心の穴は、とてもとても温かい気持ちで、完全に埋められていた。

「……碇君」

盛り上がるみんなに囲まれながら、レイはシンジに顔を向けて言った。

「なに? 綾波」
「ありがとう、ここに連れてきてくれて」

 そう言ったレイの表情は明るく、心の底から嬉しそうだった。
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/09 00:01
投稿者 史燕
参照先
○tambさん
ありがとうございます。
これからも勢いを大事に投下していきたいと思います。
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/08 21:14
投稿者 tamb
参照先
マジレスしとくと、掲示板投下は気楽さとか衝動とかが最優先かなと思ってるので、誤変換とかは割とどうでもいいです。程度問題ではありますが(笑)。
逆に言えば、冷静に読み返してやっぱやめとこっかなーとなるのが最もよろしくないです。

> というわけで、上記本文修正しました。

これは!と思ったところはちゃんと落ちてるっぽいです。ありがとうございます(^^)
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/08 12:39
投稿者 史燕
参照先
というわけで、上記本文修正しました。
初稿よりマシになったかなあ、という程度ですが、よろしくお願いします。
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/08 10:20
投稿者 史燕
参照先
〇tambさん
ご感想ありがとうございます。

>とりあえずもう一回読み直して、という感じではあるけれど(笑)
失礼しました。昔から校正というのがうまくできないもので、読み直しても誤字脱字をスルーしてしまい、よく職場でも叱られています(おい。
これから順次修正いたしますが、こちらに出す前に修正しろという話ですね。

>名前を思い出すとか、失敗も悪いことばかりじゃないとか、いい感じのシーンが沢山あって、それでいてラストで全部持っていけるのは本当にすごいわ。
「シン・」の中の描写からつなげたいシーンがたくさんありましたので、そこは大事にしたいなと思いました。

まだまだ未熟ですが、これが現在の精一杯です。
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/08 00:25
投稿者 tamb
参照先
 ここんとこ編集人モードに入ってるので、とりあえずもう一回読み直して、という感じではあるけれど(笑)、そんなことはすっ飛ばして。

「……ただいま」
「おかえりなさい、綾波さん」

 ここで鳥肌たった。ここでこれを持ってくるのはすごい。持ってこれるのがすごい。

 例えば本編でアスカが登場したときに、外部から侵入した第三者によってエヴァの文法が揺らいだ、みたいな話があって、この話でもマリが完全に第三者というか超越してて、役割を引き継いでるよなとか思いながら読んでたんだけど、ただいまで全部吹っ飛んだ。

 名前を思い出すとか、失敗も悪いことばかりじゃないとか、いい感じのシーンが沢山あって、それでいてラストで全部持っていけるのは本当にすごいわ。

 これはちょっとやばいぞ。
 おれも書く。
 さて、何を書くか……(^^;
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/07 23:58
投稿者 史燕
参照先
〇ののさん
ご感想ありがとうございます。
完全に勢いで描いた作品ですが、お褒めにあずかり恐縮です。
作品にするためには、このような形の解釈しかできなかった無力な存在です。
とはいえ、綾波レイという存在が初号機から出てきた後どうなったのかを考えた末、このようなお話になりました。
公式設定の矛盾とか、宇部新川駅のホームは、とか、そのあたりは棚上げです。
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件名 Re: おかえりなさい
投稿日 : 2021/05/07 23:27
投稿者 のの
参照先
取り急ぎ。

正々堂々とシン・エヴァの後をこのように書く潔さも含めて、僕は好きです。

負けじとー、負けじと書くどー。
これが今だけの勢いだったとしてもー。
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