「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/15 17:49
投稿者 史燕
参照先
”ふと、夜空を見上げたくなったんだ。君が見ているかもしれない、この夜空を。”

         「夜空」
             Written by 史燕

ふと、夜空を見上げたくなった。
周囲はだれも見向きもしない、そんな雑踏の中で。

ふと、夜空を見上げたくなった。
街灯やネオンに邪魔されることのない、静かな場所で。

ふと、夜空を見上げたくなった。
君が隣にいない今を、忘れられそうだったから。

ふと、夜空を見上げたくなった。
そうすれば、ここにはいない君と、同じものが見える気がして。

月の光は碧く輝き、廻る星々はひっそりとたしかに。

「ねえ、綾波。君はどこにいるの」

答えなど返ってくるはずのない問いが、ビルの隙間に消えた。

彼女のいない世界は、真夏日であっても寒々しくて。
彼女の欠けた世界は、真っ赤な太陽でさえも霞んで見える。

霞みきった世界の中で、夜空の向こうには君がいる。
凍えきった世界の中で、君とつないだ手のぬくもりだけが、僕にとっての確かなものだ。

「ねえ、綾波。君とまた手をつなぎたいんだ」

届くはずのない願いを、夜風がさらっていった。

あの溶け合った世界の中で、確かに君とつながり、そして分かれた。
それを後悔はしていないし、今の世界が間違いだとも思わない。

そんな内心とは別に、君を求める僕がいる。
一目でいいから会いたいと思い、一度でいいから言葉を交わしたいと願う。

自分で自分を抑えられぬまま、月明りの下を歩いていく。
郊外へと雑踏から離れるのは、君が僕を見つけやすいように。
下を向かずに歩くのは、君の姿を見逃さないように。

満月が照らす夜道は、存外に街灯がなくても歩きやすい。
何処へという、行く当てもないまま、ただただ両足だけが動き続ける。

「碇くん」

聞こえるはずのない声が聞こえた。
目の前にはNERV本部が存在していた、ジオフロントへの入口。
立ち入ることはできないけれど、たしかに僕たちが、彼女が居た場所だ。
気が付けば、ずいぶんと遠くまで来てしまったらしい。
僕は彼女の幻影を、面影を、ただただ探してここまで来てしまった。
こんなところに彼女が居ないことは、嫌というほどわかっているのに。

「帰ろう」

誰も待つ人のない自分の部屋だが、ここに居たってしょうがないから。

「碇くん」

目の前を、碧い髪の彼女が横切った気がした。
少なくとも、ジオフロントではない、街のほうへと消えていった。
その向こうには、背を向けてきた雑踏と、変わらず輝く月が見えた。

「嫌になるほど、きれいな月だ」

忘れないで、だけど前に進めということだろう。

「君は相変わらず、わかりにくい」

夜空を眺めながら、そう漏らしてしまう。
きっと彼女に会うことはできない。
そんなことはわかりきっている。
それでも、時に叫びたくなる。

「僕がつなぎたかった手は、君の手なんだよ。綾波」

“私も、また、触れてもいい?”

彼女の声が、耳の奥から離れなかった。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/26 18:49
投稿者 史燕
参照先
〇tambさん
ありがとうございます。

>わかりにくい彼女のことが少しはわかるようになったのかな、と思います。
そうですね。少しは、距離が近づいているのかもしれません。
焦らず、ゆっくりと時間をかけて、お互いを理解していってほしいと思います。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/26 18:41
投稿者 tamb
参照先
別におかしくはないです。
わかりにくい彼女のことが少しはわかるようになったのかな、と思います。
でもやっぱり彼女というのは彼方の女なのかな、という気もします。少しずつで良いので積み重ねていくことができれば、と思います。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/26 14:52
投稿者 史燕
参照先
こんな続きでいいのか作者自身も自信がありませんが、続編です。
タイトルに夜が入っていませんが、夜の帳シリーズで続けます。
解釈違いもあるかもしれませんし、異論は認めます。
できればどこがおかしいと思ったか、教えていただければ幸いです。
最初から全部おかしいという可能性もありますね。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/26 14:48
投稿者 史燕
参照先
        傍らには、君がいる
                Written by史燕

君と、夕日が見たくなった。
燃える太陽が美しいから。

君と、夕日が見たくなった。
空の息づかいを感じられそうだから。

あなたと、夕日が見たくなった。
流れる風がさわやかだから。

あなたと、夕日が見たくなった。
こんなに世界は素晴らしいのだと、実感することができるから。

ふらり、とベンチに腰を掛ける。
毎日、必ず同じベンチだ。
昨日もおとといも、そして明日もまた、このベンチに座るのだと思う。
僕がこんなところで一人座っていると、どうも煤けて見えるようで、誰もかれもが、こちらに目線を合わさないようにして通り過ぎていく。
これもまた、いつものことだ。

ふいに、僕の右手の上に温かさが宿る。
彼女の左手が、僕の右手の上に重なったのだ。
僕がちらりと隣のほうを見ると、彼女が微笑んでいた。
遠く山陰に沈んでいく夕日を、じっと眺める。
太陽が沈むまで、僕たちの手は重なったままだ。

ここに居る。
たしかにここに居るんだ。

あの、夜空の下で、再び出逢った日から、僕たちは必ずこの場所で会うようになった。
太陽がおやすみを言えば、それからが僕たちの時間だ。

「夕日、沈んだね」
「ええ」
「夕焼け、きれいだね」
「ええ」

彼女がどこで何をしているのか、実はまだ詳しく知らない。
僕がなにをしているのか、まだすべてを話していない。
これからゆっくり、時間をかけて話していきたいと思う。
急ぐ必要は、なさそうだから。

「あのね、綾波」
「なに? 碇くん」

お互いに他愛もない話をするこの時間がたまらなく愛おしい。
同じ世界にいることが奇跡だと思えるような瞬間だけど、つないだ手のぬくもりは、紛れもないホンモノだ。
あれほど色あせて見えた世界が、今はこんなにも鮮烈で。
あれほど怠惰に生きていた毎日の、一日一日に驚きがある。

毎日必ずこの場所で、彼女は必ず来てくれる。
毎日必ずこの場所で、僕は彼女を待っている。

星の光はまぶしくて。
月の光は温かい。

絶望のただなかで、抱きしめたその手はうれしかった。
夢にまで見たその髪を、また撫でる日が来るとは思わなかった。
どこかに君がいると、信じたくて、だけど最後まで信じきれなかった。
君と話せる、それだけで、僕はこの上なく幸せなのだと思う。

当てがなくとも歩みは早く。
つないだその手は離さない。

月明りが照らす雑踏を、こんなに心地よく感じる日が来るとは思わなかった。
彼女と次にどこに行こうか?
彼女と次に何を食べようか?

「綾波」
「うん」
「夕ご飯、どうしようか?」
「ニンニクラーメン」
「わかった、チャーシュー抜きね」

色気食い気もどうでもよくて。
ただ君の顔を眺めていたい。

「月の輝き」
「どうしたの?」
「いえ、まだ碇くんは嫌なのかと思って」
「ああ、そんなこともあったね」

ふと思い出す。
彼女と再会するまでの自分のことを。

「今は、気にならないな」
「どうして?」
「僕の傍らには、君がいるから」
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/16 18:34
投稿者 史燕
参照先
お返事がまとまらないので、長々と書かせていただきます。

〇tomoさん、tambさん
>歌の歌詞のようなリズム
>歌詞の感じがすごくする
お二人に言われてしまったのですが、歌詞みたい、とは思っていませんでした。そもそも楽曲に関する造詣は深くない上に、あまり歌詞の入った曲を最近聞いていないという状況です。
リズム、というのはそうかん、とも思うのですが、先述した通り何となく収まりがよかったのです。

〇tambさん
>ストーリーじゃなくてシチュエーション、みたいな話
他の方作品でもの見覚えはありますね。小説としての体裁を完全に無視している私みたいなものほどひどくはなかった気がしますが。
ネット小説の体裁って、どんなものかと考えて、以前タッチさんの書き方についてtambさんが言及されてたな、と思い読み直したほど。(タッチさん、ほんとにすごい)

>そういう視点で見ると、頭から「同じものが見える気がして」がAメロ、(後略)
そういう風に確かに見える、と逆に作者が勉強になりました。意識してできたらもっときれいなのでしょうけど、なんとなくの無意識の作品ですので、楽曲のような構成は全然意図しておりません。

>ぶっちゃけ読めてる気は全然しないのだが、シチュエーションから何を読み取るのかは読者に委ねられている、という気もするので、あえて書くのだった。
自白しますと、何か確固たるメッセージはありません。作者自身も整理できているか怪しい作品です。
以下に書く説明が正しいのかさえ、わからなくなりました。無責任ですね。
もしかしたら、tambさんに限らず、読んでいただいたみなさんから、作者自身よりも素晴らしい解釈が出てくるかもしれません。
あるいは、ここで私が余計なことを書くこと自体が求められていないのかもしれません。
しかしながら、せめて作者が考えている最低限の説明責任は果たさねければと思いますので、蛇足を承知で書き込みます。

<「夜空」について>
>ここでのシンジは比較的実在感がある(略)
>対してレイは幻想感、幻覚感が深く(略)
「夜風」は後付けで考えたものですので、純粋に「夜空」について書きます。
実はこの作品を書いているとき、とても昏い気持ちで、まるで沈んでいきそうな沼のなかであえぎながら歩いているシンジ君に、私が憑依した――シンジ君を私にではなく――ような感じで、気づいたら書きあがっていたようなものでした。
リアルの私の精神状態も相まって、シンジ君とシンクロしたのかな、と後からは考えています。
その中で、自分(シンジ)はいるのに彼女(綾波)がいない。見つからない。自分(シンジ)の中には確固とした「綾波レイ」がいるはずなのに、彼女の面影を探すほど、だんだん内側の彼女も薄れていくような感じでした。
比喩として伝わるかわかりませんが、「綾波レイ」という存在の存在感が「碇シンジ」のなかでデクレッシェンドしていったのです。
そういうわけなので、かつてしっかりと持っていたはずの彼女の姿も、顔立ちも、声も、もはや自分自身で分かっているのかわかっていないのか、あいまいな碇シンジなのです。
最後の数行は半分諦めながら、自嘲しながら、それでも諦めきれない、そんな碇シンジの言葉です。

結果として現実に存在する自分(碇シンジ)と幻想にしか存在しない彼女(綾波レイ)という形になっています。いえ、なってしまいました。

<「夜風の下で」について>
>「記憶は朧気」
私はアフターもので綾波を割と記憶喪失にさせがちなのかもしれません。昔「半身」っていうろくでもない作品でもやりました。


>交わる(かのように読める)「夜風の下で」では(中略)一気に現実に引き戻される。
今度は、前作「夜空」を書き上げて現実の私に戻ってきて、「まずい、何とかしなきゃ」という自分の欲望から書き上げたものです。自意識があるのに完成度は「夜空」のほうが上だったり。五十歩百歩ですね。

世界線という言葉を使えば、この綾波レイも「夜空」の碇シンジと同じ世界線上にいるつもりで書いています。あるいは、別の世界線でも、同軸上で交わるのがこの二作かもしれません。その辺は作者の力量不足です。私自身もどう説明したものか、うまく言語化できていません。

今回は「夜空」とは逆に、私(綾波レイ)の中には、名前以外の何も残っていない状態です。そこに彼(碇シンジ)という存在が、夜風に誘われて歩いていくうちに、私(綾波レイ)の中で少しずつ存在を増していく。あるいは思い出していく、そんな感じです。
ここでは、「碇シンジ」という存在がクレッシェンドしていっているわけですね。
やっぱり伝わりにくい比喩です。

現実に存在する綾波レイが、記憶の中で、碇シンジという存在を取り戻していき、最後に実在する彼と再会する、再開してほしい、という感じで書きました。
ただ、自分でもわかりにくいと思います。
すれ違っているようにも読めます。
特に「夜空」の最後が最後なので。

もしかしたら、この作品のいい部分は、私が書いたようなこととは関係のないところにあるのかもしれません。
変にごちゃごちゃ書くほうが、解釈の自由を奪ってしまっている気がします。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/15 23:55
投稿者 tamb
参照先
こういう、ストーリーじゃなくてシチュエーション、みたいな話は昔から定期的にあって、自分にはこういうのは書けないんでほえーっと思うだけなんだけど、ごく最近に宮台真司という社会学者がこういう映像作品、5分とか10分なんでストーリーじゃなくてシチュエーション、という映像作品を肯定的に語ってたはずなんだけど、どこで語ってたか探せない。


「夜空」については――シチュエーション的な作品については割と思ったりすることなんだけど、歌詞の感じがすごくする。歌の歌詞ね。そういう視点で見ると、頭から「同じものが見える気がして」がAメロ、「ビルの隙間に消えた」までがBメロ、「僕にとっての確かなものだ」までがブリッジ(Cメロ)で、「夜風がさらっていった」までがサビで、怒涛のギターソロに突入、かな。ま、気にしないで下さい。

なんにしてもここでのシンジは比較的実在感があるというか地に足がついてる感じがある。対してレイは幻想感、幻覚感が深く、そこにはいない感じが色濃くある。


交わる(かのように読める)「夜風の下で」では、「記憶は朧気」「倒れた私を拾ってくれた、町医者の夫婦」なんていう説明が出てきて、一気に現実に引き戻される。

という視点で「夜空」を読み返すと、シンジがどこまでレイのことを知っているのか――形而上的な意味ではなく外見的に――も明示されていないことがわかる。そういう観点から見ると「君は相変わらず、わかりにくい」という言葉が悲しみを増す。

世界線、という言葉は安易すぎるような気がしてあまり好きではないのだけれど、異なる二つの世界線が一瞬だけ交錯しまた離れてゆく、みたいな儚さも読める。お互いに、姿も形も声も知らないけれど、そこにある想いだけは知っていて、引き寄せられて、でも離れていってしまう、という。駆け寄った先には誰もいなくて、誰に何を訪ねたかったのかももうわからなくなっている。でも、もしかしたら手は触れているかもしれない。声より先に、手が。だとすれば、それを依り代として希望を見出すことはできる。


ぶっちゃけ読めてる気は全然しないのだが、シチュエーションから何を読み取るのかは読者に委ねられている、という気もするので、あえて書くのだった。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/15 19:34
投稿者 史燕
参照先
◼tomoさん
ご感想ありがとうございます。
リズムとしては、奇数のほうがよかったのかもしれませんね。
音楽の主題は3回目にメロディを変えるのが基本とのことですし。
なぜ4回なのかという理由もしっかりしたものはなくて、なんとなく自分のなかで収まりがよかったのが4回だったというだけなのです。
次に書くときは、3回と5回も試してみようと思います。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/15 19:27
投稿者 tomo
参照先
じっくりと感想を書いている時間がないので(ごめんなさい)、1点だけ。

私は文章を書くときリズムをとても大事にしています。この2作は文章に歌の歌詞のようなリズムがあって、それが楽しかったです。
私なら、「ふと~」のところは、4つでなく3つ若しくは5つかなとか思いながら読んでました。

仕事の合間に楽しませてもらいました。ありがとうございます♪
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/15 17:55
投稿者 史燕
参照先
お久しぶりです。
ふと思い立って書き上げた二作を投稿いたしました。
夜に関係するので、便宜的に「夜の帳シリーズ」としております。二個しかないのに。

旧劇か漫画かわかりませんが、補完計画の後の二人という設定です。
どうしてこの作品が生まれたのか、作者自身もよくわかっておりません。
なんとなくですが、綾幸のみなさんに見ていただきたいと思い、投下いたしました。
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件名 Re: 夜の帳シリーズ
投稿日 : 2021/06/15 17:51
投稿者 史燕
参照先
”夜風の下を私は歩く。懐かしい人の声が聞こえたから。”


       「夜風の下で」
             Written by 史燕

“ねえ、綾波。君はどこにいるの”

懐かしい人の声が聞こえた。
記憶は朧気で、自分が何者かもわからない。

「綾波レイ」という名前だけが、私に残された唯一だった。
倒れた私を拾ってくれた、町医者の夫婦に感謝は尽きない。

ふと、夜風に当たりたくなった。
ビルの下の熱気ではない、涼やかな夜風に。

ふと、夜風に当たりたくなった。
懐かしい人を、運んでくれるかもしれないから。

ふと、夜風に当たりたくなった。
雑踏から離れた場所なら、世界が澄んで見えると思ったから。

ふと、夜風に当たりたくなった。
自分を呼ぶ声の主に、私の声を運んでくれるかもしれないから。

雑踏を離れ、郊外へと足を向ける。
きっとそのほうが、心地よい風に会えると思ったから。

碧く輝く月を見ながら、頬を撫でる夜風に心を寄せる。
街灯のない夜闇の中でも、月の光が私を案内してくれる。

霞みがかった世界の中で、この場所でなら安心できる。
不安だらけの記憶の中で、この今だけは無心になれる。

「ねえ、綾波」

自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「碇くん」

知らないはずの誰かの名前を、夜風に紛れて口に乗せる。

声に出して初めて分かった。
自分が彼を探していたことを。

声に出して初めて分かった。
自分に彼が必要なことを。

「ねえ、碇くん。あなたはどこにいるの?」

姿かたちさえ知らない彼を、なぜか私は確信を持って探していた。
きっとまた、会えるはずだと。

曖昧模糊とした自分の中で、彼の名前だけがはっきりしている。
何も手掛かりのない暗闇の中で、彼のことだけが灯だった。

「ねえ、碇くん。あなたはどんな人なの?」

かすれきった脳裏に浮かぶ、彼の笑顔は柔らかく。
凍え切った身に蘇る、彼の手だけは温かい。

夜風に揺られ、誘われながら。
たどり着いたのは廃墟の入口。
医師夫妻には危険だと聞かされた、昏い地下への一丁目。

「帰る」

そう諦めたその足で、一瞬誰かとすれ違う。
その先は廃墟だと告げようと思うが、暗闇の中で、本当に自分は人とすれ違ったのだろうか。
ついに幻覚に惑わされたのかと、半信半疑。
月の光は自分以外を照らしていない。

いよいよ帰ろうかと思ったときに、夜風が運ぶ、その声を。

「嫌になるほど、きれいな月だ」

そんな悲しい声を聴きたかったわけじゃない。

「君は相変わらず、わかりにくい」

私はそんなつもりじゃない。
踵を返したその先で、夜空の下にぽつりとひとり。

間違いない、彼がそうだ。
自分でも根拠などわかりはしない。
だが、声が、心が、魂が、彼がそうだと自分を急かす。

“僕がつなぎたかった手は、君の手なんだよ。綾波”

その声の主を、思わず抱きしめたくなった。

「私も、また、触れてもいい?」

彼に向かって駆け寄りながら、恐る恐る、私は訊ねた。
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