TOP
> 記事閲覧
The Right of Happiness
件名 | : Re: The Right of Happiness |
投稿日 | : 2021/09/16 23:42 |
投稿者 | : 史燕 |
参照先 | : |
○tambさん
ゲロ甘認定ありがとうございます。そっか、これもゲロ甘なんだ。
「斬り捨てる」は「切り捨てる」と本気で迷いましたが、バッサリいった感じをだしたくてこっちにしました。どっちがいいんでしょうね。
>なんというかあれですね、大人のひとに背中を押して欲しいという感じでしょうか。
背中を押してほしい、あるいは話を聞いてもらうだけで整理ができる、私自身のそういう経験が、今回のお話に影響を与えているのはたしかですね。
>「関係者が」というのが地味に良い(笑)。
私も読み手のみなさんも常連さんなので、「関係者」ですよ。
感想ありがとうございます。
ゲロ甘認定ありがとうございます。そっか、これもゲロ甘なんだ。
「斬り捨てる」は「切り捨てる」と本気で迷いましたが、バッサリいった感じをだしたくてこっちにしました。どっちがいいんでしょうね。
>なんというかあれですね、大人のひとに背中を押して欲しいという感じでしょうか。
背中を押してほしい、あるいは話を聞いてもらうだけで整理ができる、私自身のそういう経験が、今回のお話に影響を与えているのはたしかですね。
>「関係者が」というのが地味に良い(笑)。
私も読み手のみなさんも常連さんなので、「関係者」ですよ。
感想ありがとうございます。
件名 | : Re: The Right of Happiness |
投稿日 | : 2021/09/16 22:58 |
投稿者 | : tamb |
参照先 | : |
なんというかあれですね、大人のひとに背中を押して欲しいという感じでしょうか。私だったら、バカかお前は当たり前じゃねぇかと絶叫するところですが、そうしないのがさすがマスター。ま、それこそ当たり前ですが。
「関係者が」というのが地味に良い(笑)。
そして意外なことにマスターが武道の達人であることが判明。あるいは特殊部隊の出身か。
そしてもうひとつ、こういうのもゲロ甘の一つの形であると、私は考えるのであった。
「関係者が」というのが地味に良い(笑)。
そして意外なことにマスターが武道の達人であることが判明。あるいは特殊部隊の出身か。
そしてもうひとつ、こういうのもゲロ甘の一つの形であると、私は考えるのであった。
Written by 史燕
例によって、客足も遠のく黄昏時。
夜に向けてグラスを拭き上げつつ眺める窓の外では、ランドセルを背負った男の子がお母さんの手を引っ張りながら、家路を急いでいる様子が見えました。
―カランカラン―
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、マスター」
入店したのは綾波さん。
今日はお一人で、いつもの席に腰をかけられます。
「今日はお酒ですか、紅茶ですか?」
「ウバ、それもじっくり煮出して」
「ウバですか。わかりました」
注文は珍しく、茶葉だけでなく淹れ方までご指名。
しかしながら、好みのお茶を楽しみという風ではなく、どこか物憂げで、応答もはっきりしません。
「さあ、おあがりください」
少し長めに蒸らしたウバを、白いティーカップに注ぎながら言います。
ただ感傷に浸りたいというよりは、話がしたい、誰かに聞いてほしい、そんな様子に見えたので。
だからこそ、この時間は客足が途切れ、じっくり話ができるこの店に来られたのでしょう。
「ありがとう。うん、やっぱり渋みが強いわね」
「通常より2分長く蒸らしましたからね。その分キレもいいはずですよ」
「ええ、渋みのあとに、すっきりした味わいがするわ」
お茶の感想はそこそこに、少なくとも、心ここにあらずといった状態は脱したようですから。
「何を浮かない顔をしていらっしゃるんですか?」
「やっぱり、マスターにはかなわないわね」
「ことが綾波さんの心境についてなら、碇さんにも負けませんよ」
「だからこそ、ついついここに来てしまうのかもしれないわね」
「それでいいんですよ。私一人だと寂しくて死んでしまいます」
「マスターに死なれたら困るわ」
「では、今後ともご贔屓に」
軽口を織り交ぜても、なかなか本題に入ろうとなされない。
これは、ちょっとやそっとの悩みじゃありませんね。
こういうときの綾波さんは、自分の中で整理が付くまで、決して口を滑らせるようなことはありませんから。
無言のまま、カップの中の深紅を眺めて、どれくらいが経過したでしょうか。
「碇君に、プロポーズされたの」
綾波さんの口から出たのは、その顔色からは想像できないほど素晴らしい報せでした。
関係者がどのくらいそれを待ち望んでいたか。
私だけではなく、彼女たちのゴールを今か今かと待ちわびていたのは、この店のお馴染みさん全員でありました。
綾波さんと碇さんと、この店も10年来の付き合いです。
社会人になって、どれくらいで結婚してくれるか、子供は男と女どっちか、なんて、まるで娘が嫁入りするのを待ちわびるような心境でしたよ。
ところが、ことはそう単純ではないようで、もしそうだったらどんなに気が楽だったことか。
「碇さんからのプロポーズ、まさかお断りになったんですか?」
「いいえ、承諾もしていないけれど」
「何か、お気に召さないことがありましたか?」
「ううん、うれしかった。いつかそうなることを望んでもいたの」
「でも、引っかかりがある、と」
「ええ、そうなの」
これはまた、難しい問題ですね。
明確な原因をおっしゃらないということは、理由は碇さんではなく綾波さんの方にあるということでしょう。
そのまま押し黙ること数分。
すっかり冷めてしまった紅茶を淹れ直し、2つめのカップを綾波さんの手元に置きます。
そのカップに口をつけてようやく、綾波さんは重い口を開きました。
「迷っているの。このまま碇君と一緒になっていいのか。碇君とうまくやっていけるのか」
その内容は、なんと言えばいいのか、「大丈夫」と口にするのは簡単ですが、どうにもこうにも難しい。きっとそれは違うのでしょう。
このお二人はうまくやっていける、その確信が私にはあります。
きっとそれは、お二人を見守ってきた私たちの総意でもあります。
しかしながら、しかしながらです。それを当人に押しつけるのは、あまりにも勝手ではありませんか。彼女が、彼女自身で選ぶべきことに、余人が口を挟むなんて、どうして許されるでしょうか。
正答はわからなくとも、それが間違いであるということは私の中ではっきりとしていました。
「綾波さん」
「なに?」
「これから私のする質問に、『はい』か『いいえ』で答えてください」
「どういうこと」
「はい、かいいえ、ですよ」
「はい」
相当強引な手法ですが、どうせ正解などわかったものではないのですから、彼女にはとことんまで付き合っていただきましょう。
あまり好ましくないと自覚した上で、彼女の中に、土足で足を踏み入れます。
「碇さんのことは、お嫌いですか?」
「いいえ」
「碇さんと一緒にいると、楽しいですか?」
「はい」
「碇さんと会えないとさみしくはないですか?」
「はい」
「碇さんが他の女性と二人きりでお会いしているとして、あなたは平気ですか?」
「はっ……いえ、いいえ」
「例えば碇さんが他に好きな女性ができたとして、プロポーズを取り消されて、平気ですか?」
「い、碇君が望むなら」
「平気か平気ではないか、はいかいいえでお答えください」
「いいえ」
本人の中で、やっぱり答えは出ているんですよね。
こういう場合は得てして、当人がどう考えているか、周りはそれを左右することはできませんし、そうしようとすること自体が烏滸がましいのです。
綾波さんが、綾波さんにとって納得できるか、綾波さんがどうしたいのか、私たちからすればわかりきったことでも、本人の中で結びつかなければ、意味がありません。
「でも、私と結婚して、碇君は幸せなの?」
震える声で、縋るような声で、私に訊ねます。
「わかりません」
あえて、無慈悲に斬り捨てます。
我ながら酷ですが、気休めを必要としているわけではありませんから。
「逆に訊きます、綾波さんは碇さんと結婚したら、幸せではないのですか?」
「……いいえ」
うつむく彼女に、仕方がない子だなあと思いますが、そこがこの子のかわいいところでもあり、なんとも難しい。
紅茶が紅いように、燕が黒いように明白なことなのですけど、本人が認めなければ、ただのまやかしですから。
「こういうことは本人の問題ですので、外野として私から言えるのは一言だけです」
それまでと打って変わってきっぱりとした口調に驚いたのか、彼女がパッと顔を上げます。
そんな彼女に。それまでの渋面を崩してにっこりと笑いかけ、私が提示できる唯一無二の答えを声にして、形にして届けます。
「幸せにおなりなさい」
「幸せに、なってもいいの?」
「もちろんですよ、あなたは今までたくさん苦労してきたのですから。あなたには、その権利があります」
「むしろ、ダメな理由を教えてくださいよ。あなたが幸せになってはいけない理由を」
何か言い返そうとして、全て私に反駁されてしまうことが目に見えたのか、何度か声を出そうとして止めて、口をもごもごさせる綾波さん。
それを笑顔で見つめながら、彼女の中で決着が付くのを待ちます。
「わかったわ。次は、碇君と」
「ええ、是非そうしてください。今日の分は、それまでツケておきますから」
席を立って背中を見せる綾波さんに、「ああ、言い忘れたことがありました」と声をかけます。
何事かと振り返る彼女ですが、別に大したことではありません。
「もしあなたが幸せになることに文句がある方がいたら、ぜひぜひ私の元へお連れください」
当然のことであると、自分の胸を叩きながら言い放ちます。
これは、ようやく最後の一歩を踏み出せた綾波さんへの、私なりのメッセージ。
あなたには、私が付いているのですよ。
「そんな方がいたら、そうですね、死んだ方がマシな思いをしていただきましょうか」
冗談めかして申し上げたので、彼女は相好を崩して手を振りながら「さよなら、また来るわ」と店を出て行きました。
ですが、私は結構本気なんですよ。そういう手合いが現れたとしたら、なにも思い知らせようというのは私だけではないはずですから。さて、何回死ぬ思いをしていただくことになるか。
……別に、一人一回という制限はありませんよね。
綾波さん、いつか、ご家族でこの店を訪れてくださるのを、楽しみにお待ちしていますよ。
買い物袋を振り回しながら、先ほどの男の子がお母さんと手をつなぎながら店先を横切りました。