「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/09 23:32
投稿者 史燕
参照先
   この思いを、風に託して
            Written by 史燕

空を見ていた。
透き通るように青い空を。
きみの髪のように青い青い空を。

雲を眺めていた。
風に流れる雲を。
きみの肌のように白い白い雲を。

青天の下、吹きすさぶ風。
木々を揺らしながら通り抜けるそれに身を預けながら、はるか彼方の記憶へと思いを馳せる。
思い起こすのは、あの、世界と共に消えてしまった少女。

「綾波、きみはどこにいるの?」

答えるもののあるはずのない問いは、虚空へと消えていった。
生命を感じさせない赤い世界から、命の息吹を感じるこの青い世界へ。
他人を望んだのはぼくで、優しい世界を拒んだのはぼくで、そんなぼくのために、彼女は世界を再構成した。
神に等しいどころか、あの瞬間、彼女は間違いなく女神だった。
6対の翼に、真っ白な体。
それを美しいと思い、恐ろしいと思い、それでもなお、愛おしい思った。
人々の隔てる境界を喪失させた彼女は、世界を再編できるほどの力を持った彼女は、ぼくのために、ぼくの願いのために、かつてと同じような、しかしながら少しだけかつてより優しい、この世界を生み出した。

そこに、彼女はいなかったけれど。
それが、素晴らしいこの世界で、ただ一つの、欠落。

青い空の下で笑う人々を見るたびに、ぼくの表情はかげるのだ。
――だって、綾波がいないのだから。

おいしい料理、美しい景色、それを楽しむ心はある。
だけど、それを心の底から楽しめないぼくがいる。
――だって、綾波がいないのだもの。

偉大なる主の教えだろうが、この世界から解脱した聖人の言葉だろうが、ぼくにとってはまったくの無価値で。
変な宗教家やエセ霊媒師のまやかしも、それよりよほどひどい現実を知っているぼくにとっては、まったく魅力を持たない。
――だって、それで彼女と逢えるわけではないのだから。

「大切なヒトを取り戻しませんか?」そんなうたい文句に価値はない。
彼女は失われたのではない、自分の意思で選択したのだから。
こんなこと、父さんならどう感じたのだろう。
今なら、少しだけ、母さんと再会するためだけに全人類を巻き込んだ父さんの気持ちがわかる気がした。
父さんとぼくの違いは、父さんは母さんと最後に話すことができなかったけれど、ぼくはしっかり話ができたこと。
その一つだけで、ぼくはこの世界にとどまっていられる。
その一つだけで、ぼくにこの世界は愛おしいものに思える。

だけどね、綾波。

ぼくがつなぎたかった手は、ぼくが共に歩みたかった人は。
きみ、だけなんだよ。ほかの誰でもなく。

風に揺られ、木の葉がひとひら、青空の向こうへとさらわれていった。

そちらに、この風は届いているのかな。
この美しい景色を、きみも見ているのかな。

もしも届いているのなら、風に乗せるよ、この思いを。
もしも見えているのなら、必死に振るよ、この腕を。

ぼくはこうして元気でいる、それなりに穏やかに過ごしてもいる。

だけど足りないんだ、幸せになるには。
だけど寂しいんだ、どれだけの人が周りにいても。

ぼくの隣にいてほしいのは、ぼくがその声を聴きたいのは。
――きみなんだよ、綾波。

きみがくれた青空の下で、きみが残した風の中で。
ぼくはいつでも何度でも、きみに向かって手を振るよ。
ぼくはどこでもいつまでも、きみのために声をあげるよ。

“綾波、待ってるから”

きみとまた、微笑みあえるその日まで。
この思いを、風に託して。
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件名 Re: 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/27 21:05
投稿者 史燕
参照先
○tambさん
感想ありがとうございます。

>彼が幸せならそれでいいという感覚はナチュラルだと思うけれど、隣に自分でない誰がいても構わないというわけではない、というのが難しい話ではある。
おっしゃるとおり、彼の幸せが彼女にとって一番なのだと思います。
そこに、自分もいるべきか否か、というのは、捉え方次第なので、私は今回こう書きましたけれど、そうでないほうがいい場合もあるかと思います。

だからこそなのですが
>実に簡単なロジック。
これで貫き徹したのが今作なのです。

>つまり結局は、私が彼を幸せにするの、ということなのだろう。そういう感覚には素直でいいし、わがままでもいい。
これを、彼女自身に伝えたいですね。作者よりも的確に表してくださっています。感謝しかありません。

>どう再会するのかというのは様々なパターンがあって
私の中で浮かんだパターンを今回やってみましたが、今までもたくさんありましたし、これからもたくさんあっていいのだと思っています。
だれがやってもいい、何度やってもいい。
その数だけ、幸せがあるのですから。

>だーれだ競作
見たいです(やりません)

>ま、呼ばれちゃったんだから仕方ないよね(笑)。思う存分くんかくんかしてもらえれば、私も嬉しいです。
そうです、そうです。
だって「碇君が呼んでる」のですから。

楽しんでいただけたようで、それがただただうれしいです。
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件名 Re: 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/25 20:36
投稿者 tamb
参照先
 結婚という形式がどうなのかというのはそれなりに難しい問題だけれど、いま隣にいる女の子と結婚しないという選択をするということはこの子を誰かに取られてしまうかもしれないということで、それは嫌だな、と思うというその感情は、まぁわからんでもない。
 彼が幸せならそれでいいという感覚はナチュラルだと思うけれど、隣に自分でない誰がいても構わないというわけではない、というのが難しい話ではある。

 私はここでいい。そんなこと言われたって、ぼくは君がそこじゃ嫌なんだけどな。ぼくが嫌で、きみはそれでいいの? ずっと待ってるよ? という実に簡単なロジック。一筋縄ではいかないけれど、つまり結局は、私が彼を幸せにするの、ということなのだろう。そういう感覚には素直でいいし、わがままでもいい。

 再会するということになれば、どう再会するのかというのは様々なパターンがあって、居ても立っても居られず空から落っこちてきていたたたた、なんてのもあったし、いきなり抱きつきに行って強烈なタックルになってしまって頭部強打なんて話もある。ほとんど別人とかね。まあそれは何でも良い。目の前にいきなり現れたらビビるとは思うが、もちろんそれも良い。だーれだ、でもいいし。
 だーれだ。きっちり書けたら素敵な話になりそう。だーれだ競作か?(やりません)

 ま、呼ばれちゃったんだから仕方ないよね(笑)。思う存分くんかくんかしてもらえれば、私も嬉しいです。
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件名 Re: 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/19 23:37
投稿者 史燕
参照先
○aba-m.a-kkvさん
ご感想ありがとうございます。
この形式を好みだと言っていただけてとてもうれしいです。

>全体的に二つの文章がセットになって流れていくところが良い韻を生み出していて心地よいです。
ありがとうございます。私の中では、読んで気持ち悪いリズムや語感にならないようにとは気をつけているのですが、「韻」とまで意識していなかったので、このご指摘は大変ありがたいです。

>旧劇準拠ということですが、いろんなところに結び付けるように、ある意味あいまいにされた文章の書き方というのは有効な手法です。
>どこまで書き込むか、どこまであいまいにするか、どこまで省くか、そのあたりのバランスとコントロールは難しいものですが、いろいろ試すことが出来るところも創作の面白いところだと思います。
そうですね。たしかにそう考えるとおもしろいですね。あえて明確化しないというのも、有効なのですね。残念ながら、自身でコントロールできているわけではないのですが、これから、少しだけ考えてみたいと思います。

>どうも自分の中で独特なエヴァの形が出来上がっているからなのかもしれません。
>エヴァという基底がありながらも、作者それぞれでいろいろな形や色があるのも二次創作の楽しいところですね。
独特のエヴァ、というのは、私もそうかもしれません。原作を蔑ろにするわけではないのですが、私自身の中でキャラクター像であるとか、世界観であるとか、原作を下敷きに、旧劇も貞エヴァも新劇も含めて、抱え込んで形成されているような気がします。
その違いを楽しむ、それも二次創作の楽しみ方なんですね。たしかに、同じ本編系の作品でも書き手さんごとに書き方や解釈が違ったりして、それをいろいろと味わうのも楽しかったという思いがあります。

楽しんでいただけた、それが一番うれしいことであります。
今後ともよろしくお願いいたします。
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件名 Re: 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/18 01:39
投稿者 aba-m.a-kkv
参照先
史燕さん、とても素敵なお話でした。
二つでひとつの物語の形式、私はすごく好みです。
繋がりの面白さもそうですし、人称をそれぞれ明確に出来るところもいいですね。

読んでいくとレイとシンジの互いを想う心、その切なさが滲み出ていました。
そしてラストはそれぞれの決意が垣間見れていいですね。

全体的に二つの文章がセットになって流れていくところが良い韻を生み出していて心地よいです。
良く練り上げられた言葉の重なりだと思いました。

貞本エヴァラストの先をイメージさせるところも良いと思います。
私も読んでいてその雰囲気を感じました。
旧劇準拠ということですが、いろんなところに結び付けるように、ある意味あいまいにされた文章の書き方というのは有効な手法です。
どこまで書き込むか、どこまであいまいにするか、どこまで省くか、そのあたりのバランスとコントロールは難しいものですが、いろいろ試すことが出来るところも創作の面白いところだと思います。

最近「貞シンレイ」がすごい勢いで、私も書いてみたいと思いながらも、なかなか自分の中で書き分けが出来なくて悩んでいます。
私は貞エヴァで嵌まり込んだ人間なので、私から吐き出される物語は貞エヴァの多大な影響を受けているんはずなんですが、明確化できるかと言われると良く分からなくなってしまいます。
どうも自分の中で独特なエヴァの形が出来上がっているからなのかもしれません。
エヴァという基底がありながらも、作者それぞれでいろいろな形や色があるのも二次創作の楽しいところですね。

ともあれ、史燕さんが描くLRS、とても楽しませていただきました~。
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件名 Re: 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/09 23:37
投稿者 史燕
参照先
ご無沙汰しております。
また投稿させていただきました。
今回は2本で1セットですので、まとめて。
タイトルが長いので、一部を切り取ってスレ立てしました。
旧劇準拠なのですが、読んだ人によると漫画版も混ざっているようであるらしく、世間のきちんとした書き分けを求める流れとは完全に逆行してしまっております。
だけど、やっぱり自然に書けるのは、私が書きたいものを書いた結果は、このような作品になってしまいます。
それを未熟と取るべきか、個性と取るべきか、私自身も自分の中で決着しておりません。
そのような御託はともかくとして、読んでいただいたみなさんに楽しんでいただければ幸いに存じます。
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件名 Re: 【短編2本】「風に託す」「青空の下」
投稿日 : 2021/12/09 23:33
投稿者 史燕
参照先
  青空の下、彼の匂い
        Written by 史燕

声が、聞こえていた。
私を呼ぶ声が。
大切な彼の声が。

私はいいの、ここでいいの。

届かない声を、そっと虚空に投げかける。
温かい世界の外側で、明るい世界の向こう側で。
私はただ、大切なあの人が幸せに過ごしているのを眺めていたかった。
碇くんが幸せなら、ほかに何もいらなかった。

なのに、どうして。
どうしてこうなってしまったの。

どうしてあなたは、そんなに苦しそうな顔をするの。
どうしてあなたは、そんなに悲しそうな顔をするの。

彼が望んだ、優しい人々がいる。
彼を大切に思う、素敵な人々がいる。
それは、彼自身が望んだ他人とのふれあいで。
それは、彼自身が紡ぐことができたたくさんの人々とのあたたかい居場所。
その舞台を、世界を、彼が幸せに生きるために、穏やかに過ごすために。
そのためだけに、私は再び作り出した。
そのためだけに、彼のためだけに、ほかの人々の様々な願いをあえて無視して、二つの世界を。
還りたくない人は、そのまま赤い世界に。
還りたい人たちは、彼と共に青い世界へ。

彼はあの時、確かに希望を持って歩き始めていた。
だからこそ私は、彼ならこのまま幸せになれると、幸せに歩いていくのだと信じた。

それなのに、どうして?
どうして私の名前を呼ぶの?
どうしてあなたは、そんなに寂しそうなの?

ずっと見ていた、彼の様子を。
ずっと聞いていた、彼の声を。
青空を抜けて、雲を通って、風と共に、私のもとへ。

心というものが、こんなにも痛むものだなんて、初めて知った。
愛しいという思いが、切ないという思いと共によぎるものだと、初めて知った。

風に運ばれて、声といっしょに、彼の匂いも運ばれてきた。
青空の下で、満月の下で、何度も何度も時間を共にした、彼の匂いを。

ああ、ああ、こんなにも彼のことが愛おしくて。
ああ、ああ、こんなにも彼のそばにいないことがもどかしい。

今すぐ彼のもとに駆け出したくて。
今すぐ彼を抱きしめたくて。

こんな感情、NERVにいた頃には想像さえできなかった。
恋だとか愛だとか、文章の中の、物語の中の存在にしか思えなかった。

それが、今になって、この期に及んで。
こんなにも私を苛むだなんて。
こんなにも彼を求めてしまうだなんて。

「あやなみ」

また、彼の呼ぶ声が聞こえた。

「あやなみっ」

彼の声が、こんなにも近くで聞こえるだなんて。
鏡写しの世界の外で、赤い世界と青い世界のはざまで。

”綾波、待っているから”

彼の声が、虚空を越えて、世界を越えて、風にさらわれて私のもとへ。

「いかりくん」

誤魔化しようはもうなかった。
他の誰でもなく、私自身が彼を求めているから。
彼が求めているからではなく、私自身が彼のそばで歩きたい。
彼といっしょに歩いていきたい。
彼の隣を、他の誰にも渡したくない。

そこまで思い浮かべたときには、考える前に、身体が動いていたの。

「いかりくんっ」

世界のはざまから、青い世界へと両手を広げて飛び込む。

使徒の力が忌まわしかった。
そのために造られたのだとしても、それを望んだわけじゃなかった。
だけど、その力が忌まわしいからこそ、新しい世界の外にいることにした。
それでも、世界の外へはじき出されても、ずっとずっと見守っていた。
それでよかった、そうあるべきだと思っていた。
異質な存在は、やがて人々を、世界を、そして碇くんを苦しめてしまうと思ったから。
だって私は、人間じゃないもの。

だけど、そんなことはもう関係が無くて。
たとえ、誰に拒絶されようが、忌み嫌われようが、そんなことはどうでもよかった。

だって、碇くんが呼んでいるもの。
だって私が、碇くんを抱きしめたいのだもの。

勢いよく飛び込んだ世界で、最初に感じたのは彼の匂い。
だって、この世界には碇くんがいるの。
だって、碇くんが待っていてくれたの。

飛び込んだ世界のその先で、強く強く抱きしめられる。
突然の出来事に驚きつつも、やっぱり彼は受け止めてくれた。


「あやなみ?」
「うん」
「ほんとのほんとに、あやなみ?」
「うん」
「夢みたいだ」
「夢じゃ、ないの」

彼の腕の中で、私も強く強く抱きしめ返す。
愛しい愛しい碇くんを、ずっとずうっと感じたくて。

「やっぱりきみだよ」
「どうしたの?」
「きみなんだよ。ぼくがいっしょに歩きたかったのは」

そう言ってくれた彼に向けて宣言する、天まで届けと高らかに。

「私も、もうこの場所は譲らない」

青空の下、彼の匂いに包まれながら。
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