「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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イミテーションゴールド
投稿日
: 2023/03/28(Tue) 20:22
投稿者
:
のの
参照先
:
身の丈に 合わない袈裟を かけたまま
近すぎる君が 瞼に映る
イミテーションゴールド(Written By NONO)
二〇〇三年、休園が続いていた生駒山遊園地の閉園がニュースになっていた。
「仕方ないわね、こんな世の中だから」
口にした言葉は、皿についた洗剤の泡とくっついて、水に流され消えていった。
地軸が曲がり、南極の氷が溶け、氷に閉じ込められていたウイルスによって多くの人々が死んでいく。そんな現在において遊園地に回せる電力すらおぼつかない。経営していた会社自体、三重の海沿いにあったせいで海の下へと消えてしまい、経営者一族も皆亡くなってしまっているという。
「あなたとの思い出の土地だから、やっぱり寂しいな」
諦めの言葉を訂正し、胸の内に溜まった思いを口にした。泥の底から掬い上げたようなそれを相手にぶつけたところでどうにかなるものでもないけれど、吐き出さなければその泥に私の一部が飲み込まれてしまいそうな気持ちになっていた。生憎私は貝ではないので、そんなところに沈んだら呼吸ができなくなってしまうのだ。
「そうだな……」
シンジのおむつを替えながら頷く彼の大きな背中を見つめる。彼なりのエチケットなのか、おむつを替える時には私から見えないようにしてくれる。そんなことしなくたって私だって毎日見ているし、なんならウンチの色で体調の機微を考えたりもするから見ておきたいくらいだけれど、その優しさを壊すのももったいない気がしてそのままにしている。
「でも、どうしていきなりデートが生駒だったんだっけ」
「……君が、研究室ばかりで退屈だから遠出したいと言ったんだよ」
「そうだったっけ……」
「忘れたのか?こっちは誘うのに緊張しすぎて、今でも昨日のように思い出せるよ」
「それは嬉しい話ね」
皿を洗い終えエプロンを外す時に、彼がビニール袋におむつを入れて立ち上がった。すれ違いで台所の奥の扉からベランダに出てゴミ箱におむつを入れた彼を私とシンジで迎え入れる。まあ、息子はつかまり立ちしてテレビを見ているけれど。
あ、あ、あ、とシンジがテレビを指さした。映像には、こぢんまりとしたメリーゴーランドや観覧車が山の頂上で煌めきながら回っている映像が映っている。在りし日の景色を三人で見つめていると、唐突に彼が言った。
「閉まる前に、行こうか」
「え、どこに?」
「あそこだよ。遊園地」
「でも、休園中でしょう」
「ケーブルカーは動いていると聞いてる。入れなくなる前に、三人で行かないか?」
「それは……いいわね」
出かけることに積極的でない彼の折角の申し出だ。それに、どうやらあの場所への思い入れは彼の方が強いらしい。来週の週末、車を出して行ってみようということになった。
地割れのあった道を避けながらの道中は想像よりも面倒で、見積もっていた時間より一時間近くかかってようやくケーブルカー乗り場に着いた。駐車場も乗り場もやっぱり想像より混んでいて、思い入れのある人たちが大勢いることを知る。
正直なところ、私は世間の基準に関心がない。行きたいところに行くとしか考えないし、関心がないものについて忘れること・覚えないことに関しては相当な自信がある。以前彼に『お好み焼きに焼きそばの麺が入ったものがある』と聞いた時、どういうジョークなのかと聞き返して驚かれたりした。大阪焼き・広島焼き論争とか。むしろ何故みんなそんなことを知っているのか、覚えていられるのか、私にはよくわからないのだ。
結婚指輪にしてもそうだ。私達の結婚はセカンドインパクトと重なり、結婚式はもちろん指輪の交換もしていない。私は元々金属アレルギーだし、チタンの指輪をするくらいなら、チタンが必要なところに行き届いてからでいいと思っていたからだ。世間ではそれでも結婚したら何かしら交換し合ったり、証書を作るとかするらしいけれど。
ここに彼と二人で来た時のことはよく憶えている。大切な思い出だ。でも、その経緯まで覚えているかというと、やっぱり私にとっては少なくとも『その時はまだ』大切じゃなかったのだろう、学食で誘われたような記憶がぼんやりあるだけだ。その日のデートで自宅に帰らず、彼の家に初めて泊まったことはよく憶えているけれど。
シンジをベビーカーに載せてケーブルカーに乗った。ベビーカーが占める面積のせいで流れる独特の気まずい時間に身体が重くなるなと思っていると、おもむろに彼がシンジを担ぎ、ベビーカーを器用に片手で畳むと、シンジを肩車した。長身の彼の肩車でシンジの両手は天井に届いた。なぜだかキリっとした顔で天井を触って動かなくなったシンジが、なんだか大地を支える巨人みたいに見えて可笑しかった。周囲のお客さんも二人の様子を見てニコニコしている。
「しっかり支えて偉いさんやねえ」
隣のお客さんが言い、みんなで笑った。かえって彼が気まずそうな様子なのが、私にとっては一番可笑しかった。
生駒山上駅に着いて、シンジを改めてベビーカーに乗せて歩く。
ほどなくして、休園中の遊園地というのは思いのほか寂しいものだということを知った。シートを被って動かないメリーゴーランド。いくら目を凝らしても微動だにしない観覧車。終点に寄せられた足漕ぎのモノレールやゴーカート……どれもこれも、あるべき姿ではなかった。
来るべきではなかったかもしれない、という直感が働いた。自慢にはならないけれど、好きに生きている分、直感には自信がある。彼の美しい思い出を、よくない形で上書きしてしまうかもしれない気がした。
隣でベビーカーを押す彼の顔を見るのが少し怖くなった。
「悲しいな」
やがて彼の呟く声が聞こえた。
ただ、言葉に反して声色は暗くない。私は顔を傾けて彼を見ると、何故か彼は少し笑みを湛えていた。
それならどうして笑ってるの?
私は訊ねた。彼は言う。「止めまいと、ここまで手入れされているのが見えるからな」
「そうなの?」
「そうだろう、地面にゴミや落ち葉がもっと散らばっていてもいいのに、定期的に掃除してある。遊具だってきちんと寄せてあって放置していない。誰かが、いつか元に戻ることを願って動いた軌跡だよ。美しい景色だ」
私は何度もまばたきして彼を見た。
「もちろん、動いてくれたらいいけど、君の言う通り、こんな世の中だからな……安全な永久機関でもあれば、話は別だが……」
考え込みそうな彼の手に手を重ねて、彼からベビーカーを引き取った。
交代する時、彼は私の左手の薬指をそっと撫でた。
本当、馬鹿みたいに素敵な人だ。
◆
「あそこだけ何かやってるな」
見晴らしのいい場所で持参したおにぎりを食べたあと、歩きたがるシンジを放牧させるために散策をしていて見つけたのは、遊園地の端のゲームコーナーだった。大がかりな電源が要らないせいだろう。街中でもゲームセンターは商売を続けている。それどころか町中の娯楽として世の筆頭だ。
お菓子のつかみ取り、ワニたたき、エアホッケー、機種の古そうなプリクラ、幼児向け筐体ゲーム。どれもココでなければいけない理由のないものだった。でも、なにひとつ動いていないと思っていたから、動いている施設があるだけで嬉しい。
「記念に何かやっていきましょうよ」
「そうだな。折角だから、持って帰れるものがいいな」
「もう、どうしていきなり即物的になるの?」
「金がもったいない」
「大切なものはお金じゃありません!」
ぴしゃりと言い切ると、彼は眉をハの字に寄せて笑った。
「まあ、そうだな。どうする?」
「……お菓子のつかみ取り」
「……」
だって、おにぎりだけだと帰りにお腹すくかもしれないじゃない。
百円で三回チャレンジできる駄菓子すくいの機械を動かし、ラムネとミニサイズのマーブルチョコ3つずつを手に入れた。子供用と大人用とも考えられる。偶然とはいえ素晴らしい結果に思わずガッツポーズ。
シンジがどんどんと機械を叩くのでだっこすると、彼がベビーカーを片手で転がしながら、コーナーにある、ひとつだけ係員のいるお店に並んだ。それは射的屋さんだった。縁日でよく見るアレだ。並んでいるものも、キャラメルとか子供用のおもちゃとか、そういうものしかない。
「がんばってね」
シンジの手を使って彼の肩をポンポンと叩き、少し離れたところでシンジを再び歩かせながら彼を見守った。彼の番が来ると、今日一番真面目な顔になった彼は狙いを定めて、まっすぐ飛ぶとは思えないおもちゃの銃で上の段にある小さな箱を撃ちぬいて台から落とすことに成功した。わたしの角度からは何を手に入れたのか分からなかった。
「はい、おめでとうさん。お子さん、娘さんですか?」
「いえ、息子ですが」
係の人とそんな会話を交わした彼が商品を受け取って戻ってくると、おもむろに箱を渡された。
「なあに?」
「……君に」
箱を開ける。
それは、子供向けのプラスチックと金メッキに色とりどりの宝石がついた指輪だった。
「どうしたの」
「……それなら、何も気にしないでいいかと思って。金属アレルギーも、金も、世界の貧困も」
「べつに、私無理してるわけじゃないよ」
「分かってる。ペアでもない。ただ……指輪をあげたかったんだ、俺が」
子供の玩具の指輪は私の指には小さかった。
小指に通してみると、なぜかあつらえた様にするりと通った。
「……あなたって、本当に……」
「……なんだ」
「……もう、いえ、ううん……もう……」
「変だったか?」
この馬鹿みたいな素敵な人は、繊細なのに鈍感で、この嬉しさが伝わる気がしない。
一生の宝物になる。
そう確信できるのに、私としたことが、ぴしゃりと言うことができなくて。
機嫌を伺い覗き込んだ彼にキスをして返事をした。
了
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Re: イミテーションゴールド
投稿日
: 2023/03/28(Tue) 20:25
投稿者
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のの
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:
『身の丈に合わない袈裟を着ている』の前日譚です。
初稿をお題出題者様にお出しし、校を重ねていくうちにこの風景が思い浮かんできたので、唐突に書き出した次第です。
お題出題者様がたに送って満足だったんですが、公開しない理由もないのでこことpixivに投下しました。
在りし日の風景、楽しんでいただけたら幸いです。
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近すぎる君が 瞼に映る
イミテーションゴールド(Written By NONO)
二〇〇三年、休園が続いていた生駒山遊園地の閉園がニュースになっていた。
「仕方ないわね、こんな世の中だから」
口にした言葉は、皿についた洗剤の泡とくっついて、水に流され消えていった。
地軸が曲がり、南極の氷が溶け、氷に閉じ込められていたウイルスによって多くの人々が死んでいく。そんな現在において遊園地に回せる電力すらおぼつかない。経営していた会社自体、三重の海沿いにあったせいで海の下へと消えてしまい、経営者一族も皆亡くなってしまっているという。
「あなたとの思い出の土地だから、やっぱり寂しいな」
諦めの言葉を訂正し、胸の内に溜まった思いを口にした。泥の底から掬い上げたようなそれを相手にぶつけたところでどうにかなるものでもないけれど、吐き出さなければその泥に私の一部が飲み込まれてしまいそうな気持ちになっていた。生憎私は貝ではないので、そんなところに沈んだら呼吸ができなくなってしまうのだ。
「そうだな……」
シンジのおむつを替えながら頷く彼の大きな背中を見つめる。彼なりのエチケットなのか、おむつを替える時には私から見えないようにしてくれる。そんなことしなくたって私だって毎日見ているし、なんならウンチの色で体調の機微を考えたりもするから見ておきたいくらいだけれど、その優しさを壊すのももったいない気がしてそのままにしている。
「でも、どうしていきなりデートが生駒だったんだっけ」
「……君が、研究室ばかりで退屈だから遠出したいと言ったんだよ」
「そうだったっけ……」
「忘れたのか?こっちは誘うのに緊張しすぎて、今でも昨日のように思い出せるよ」
「それは嬉しい話ね」
皿を洗い終えエプロンを外す時に、彼がビニール袋におむつを入れて立ち上がった。すれ違いで台所の奥の扉からベランダに出てゴミ箱におむつを入れた彼を私とシンジで迎え入れる。まあ、息子はつかまり立ちしてテレビを見ているけれど。
あ、あ、あ、とシンジがテレビを指さした。映像には、こぢんまりとしたメリーゴーランドや観覧車が山の頂上で煌めきながら回っている映像が映っている。在りし日の景色を三人で見つめていると、唐突に彼が言った。
「閉まる前に、行こうか」
「え、どこに?」
「あそこだよ。遊園地」
「でも、休園中でしょう」
「ケーブルカーは動いていると聞いてる。入れなくなる前に、三人で行かないか?」
「それは……いいわね」
出かけることに積極的でない彼の折角の申し出だ。それに、どうやらあの場所への思い入れは彼の方が強いらしい。来週の週末、車を出して行ってみようということになった。
地割れのあった道を避けながらの道中は想像よりも面倒で、見積もっていた時間より一時間近くかかってようやくケーブルカー乗り場に着いた。駐車場も乗り場もやっぱり想像より混んでいて、思い入れのある人たちが大勢いることを知る。
正直なところ、私は世間の基準に関心がない。行きたいところに行くとしか考えないし、関心がないものについて忘れること・覚えないことに関しては相当な自信がある。以前彼に『お好み焼きに焼きそばの麺が入ったものがある』と聞いた時、どういうジョークなのかと聞き返して驚かれたりした。大阪焼き・広島焼き論争とか。むしろ何故みんなそんなことを知っているのか、覚えていられるのか、私にはよくわからないのだ。
結婚指輪にしてもそうだ。私達の結婚はセカンドインパクトと重なり、結婚式はもちろん指輪の交換もしていない。私は元々金属アレルギーだし、チタンの指輪をするくらいなら、チタンが必要なところに行き届いてからでいいと思っていたからだ。世間ではそれでも結婚したら何かしら交換し合ったり、証書を作るとかするらしいけれど。
ここに彼と二人で来た時のことはよく憶えている。大切な思い出だ。でも、その経緯まで覚えているかというと、やっぱり私にとっては少なくとも『その時はまだ』大切じゃなかったのだろう、学食で誘われたような記憶がぼんやりあるだけだ。その日のデートで自宅に帰らず、彼の家に初めて泊まったことはよく憶えているけれど。
シンジをベビーカーに載せてケーブルカーに乗った。ベビーカーが占める面積のせいで流れる独特の気まずい時間に身体が重くなるなと思っていると、おもむろに彼がシンジを担ぎ、ベビーカーを器用に片手で畳むと、シンジを肩車した。長身の彼の肩車でシンジの両手は天井に届いた。なぜだかキリっとした顔で天井を触って動かなくなったシンジが、なんだか大地を支える巨人みたいに見えて可笑しかった。周囲のお客さんも二人の様子を見てニコニコしている。
「しっかり支えて偉いさんやねえ」
隣のお客さんが言い、みんなで笑った。かえって彼が気まずそうな様子なのが、私にとっては一番可笑しかった。
生駒山上駅に着いて、シンジを改めてベビーカーに乗せて歩く。
ほどなくして、休園中の遊園地というのは思いのほか寂しいものだということを知った。シートを被って動かないメリーゴーランド。いくら目を凝らしても微動だにしない観覧車。終点に寄せられた足漕ぎのモノレールやゴーカート……どれもこれも、あるべき姿ではなかった。
来るべきではなかったかもしれない、という直感が働いた。自慢にはならないけれど、好きに生きている分、直感には自信がある。彼の美しい思い出を、よくない形で上書きしてしまうかもしれない気がした。
隣でベビーカーを押す彼の顔を見るのが少し怖くなった。
「悲しいな」
やがて彼の呟く声が聞こえた。
ただ、言葉に反して声色は暗くない。私は顔を傾けて彼を見ると、何故か彼は少し笑みを湛えていた。
それならどうして笑ってるの?
私は訊ねた。彼は言う。「止めまいと、ここまで手入れされているのが見えるからな」
「そうなの?」
「そうだろう、地面にゴミや落ち葉がもっと散らばっていてもいいのに、定期的に掃除してある。遊具だってきちんと寄せてあって放置していない。誰かが、いつか元に戻ることを願って動いた軌跡だよ。美しい景色だ」
私は何度もまばたきして彼を見た。
「もちろん、動いてくれたらいいけど、君の言う通り、こんな世の中だからな……安全な永久機関でもあれば、話は別だが……」
考え込みそうな彼の手に手を重ねて、彼からベビーカーを引き取った。
交代する時、彼は私の左手の薬指をそっと撫でた。
本当、馬鹿みたいに素敵な人だ。
◆
「あそこだけ何かやってるな」
見晴らしのいい場所で持参したおにぎりを食べたあと、歩きたがるシンジを放牧させるために散策をしていて見つけたのは、遊園地の端のゲームコーナーだった。大がかりな電源が要らないせいだろう。街中でもゲームセンターは商売を続けている。それどころか町中の娯楽として世の筆頭だ。
お菓子のつかみ取り、ワニたたき、エアホッケー、機種の古そうなプリクラ、幼児向け筐体ゲーム。どれもココでなければいけない理由のないものだった。でも、なにひとつ動いていないと思っていたから、動いている施設があるだけで嬉しい。
「記念に何かやっていきましょうよ」
「そうだな。折角だから、持って帰れるものがいいな」
「もう、どうしていきなり即物的になるの?」
「金がもったいない」
「大切なものはお金じゃありません!」
ぴしゃりと言い切ると、彼は眉をハの字に寄せて笑った。
「まあ、そうだな。どうする?」
「……お菓子のつかみ取り」
「……」
だって、おにぎりだけだと帰りにお腹すくかもしれないじゃない。
百円で三回チャレンジできる駄菓子すくいの機械を動かし、ラムネとミニサイズのマーブルチョコ3つずつを手に入れた。子供用と大人用とも考えられる。偶然とはいえ素晴らしい結果に思わずガッツポーズ。
シンジがどんどんと機械を叩くのでだっこすると、彼がベビーカーを片手で転がしながら、コーナーにある、ひとつだけ係員のいるお店に並んだ。それは射的屋さんだった。縁日でよく見るアレだ。並んでいるものも、キャラメルとか子供用のおもちゃとか、そういうものしかない。
「がんばってね」
シンジの手を使って彼の肩をポンポンと叩き、少し離れたところでシンジを再び歩かせながら彼を見守った。彼の番が来ると、今日一番真面目な顔になった彼は狙いを定めて、まっすぐ飛ぶとは思えないおもちゃの銃で上の段にある小さな箱を撃ちぬいて台から落とすことに成功した。わたしの角度からは何を手に入れたのか分からなかった。
「はい、おめでとうさん。お子さん、娘さんですか?」
「いえ、息子ですが」
係の人とそんな会話を交わした彼が商品を受け取って戻ってくると、おもむろに箱を渡された。
「なあに?」
「……君に」
箱を開ける。
それは、子供向けのプラスチックと金メッキに色とりどりの宝石がついた指輪だった。
「どうしたの」
「……それなら、何も気にしないでいいかと思って。金属アレルギーも、金も、世界の貧困も」
「べつに、私無理してるわけじゃないよ」
「分かってる。ペアでもない。ただ……指輪をあげたかったんだ、俺が」
子供の玩具の指輪は私の指には小さかった。
小指に通してみると、なぜかあつらえた様にするりと通った。
「……あなたって、本当に……」
「……なんだ」
「……もう、いえ、ううん……もう……」
「変だったか?」
この馬鹿みたいな素敵な人は、繊細なのに鈍感で、この嬉しさが伝わる気がしない。
一生の宝物になる。
そう確信できるのに、私としたことが、ぴしゃりと言うことができなくて。
機嫌を伺い覗き込んだ彼にキスをして返事をした。
了