人は誰でも心の壁を持ってる。

それは、それぞれの人が持つ欠けた心。

誰も取り除くことの出来ない根本的な部分の孤独だ。

A・Tフィールドは心の壁、拒絶の壁。

人を傷つけることから、人から傷つけられることからの恐怖の象徴。

それは、とてつもなく大きく、深く、人々の心の底に在る。

あの二つの災いを生み出すように、人々を動かしたほどに。

そして世界は一つに溶けた。

他人の恐怖からの解放という名の下に。

心の壁の瓦解、欠けた心の融合、A・Tフィールドからの解放。

人々は自身の形を解かれ、赤い、赤い海へと姿を変えた。

それは、もはや人ではない。

それは、滅びと同義だった。

人の、心の壁がもたらす恐怖。

欠けた心が生み出す孤独。

それが世界を、人類を滅ぼした。









なつのみち
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夏の暑い日差しは変わらない。

蝉達は自らの季節を精一杯に主張している。

高い気温の中、細い通りを抜ける微風が心地よかった。

陽炎の中に揺れる二つの影。

片方は淡い水色のワンピースに、深々と白い帽子を被っている。

もう一人は半袖にジーパンのラフな格好で、片手にビニール袋を提げていた。

袋には細道を抜けたところにある商店街のスーパーのロゴマークが印刷されていた。

太陽の日差しの中、蝉達が高らかに鳴く中、微風が通り抜ける中、二人は微妙な距離を取りながら、並んで歩いていた。

人が一人分入れるだけの余裕はない。

でも、腕が触れ合うような距離では決してない。

ただ、ゆっくり静かに並んで歩く二人。

もともと、二人とも寡黙な人間だ。

そして、多くの人々の中でも一際、他人の恐怖を知っている二人でもある。

唯一、あの赤い海を生きた目で見た者たちだった。






しゃべらない。

昔は沈黙がものすごく嫌いだったのに。

無理にでも話題を見つけて、しゃべらないとって思って焦っていた自分がいたはずなのに。

ほんとに、沈黙が、他人から嫌われるんじゃないか、変に思われるんじゃないかって、すごく恐怖していたはずだったのに。

しゃべらない。





隣を歩く少女に目を向ける。

深々と被った帽子の間から、少し伸びた蒼銀の髪がのぞく。

身長差からだろう、彼女の表情は帽子のつばに隠れてよくわからない。

彼女も口を開くことなく、ただ黙々と歩を進める。

ただ、自分の歩調を隣の少年に合わせて歩いているのはよくわかった。

目を前へ向ける。

少し傾斜の掛かった細道。

その先には木の緑と青い空が見える。





やっぱり言葉はない。

でも、嫌でも、怖くもない。

むしろ心地いい。

変わったのかな?

変われたのかな?

人に恐怖していた自分から。

怖いけど、それだけじゃないって気づけた自分は、成長できたのかな?






いいの?

他人の恐怖がまた始まるのよ。


いいんだ。

怖いけど、でも、それだけじゃないってわかったから。


そう…。





どこかで交わした会話が微風の中に混じる。

少年は少し微笑んだ。





少しは、僕もわかったのかな。

人と人を隔てる心の壁。

人の心の奥底にある欠けた心。

A・Tフィールド、恐怖の象徴。

でも、それだけじゃない。

心の壁があるから、人は触れ合える。

欠けた心があるから、人はそれぞれ人としての個性をもってる。

A・Tフィールド、それがあるから、隣の存在を感じあえる。

これって、恐怖じゃない。

僕の知らなかった、いや、知ろうとしなかった、ぬくもりってやつだ。

でも、成長したどうかは、やっぱりわからない。

こうして、二人で歩いてるけど。

この、緑があって青空が広がって、人が住む町の中で。


心の壁、それがあるから、相手がいるわけで。

欠けた心があるから、愛し合うことが出来るわけで。

A・Tフィールドがあるから、抱きしめあうことが出来る。

僕にはまだ、そんなことは出来ないけど。

まだ、自分の心を伝えられるほど成長していないけど。

僕はここにいる。

彼女も隣にいる。

だから…。




踏み込んだ足を、少しだけ傾けた、彼女の方向へ。

少しだけ縮まる彼女との距離。

そして、少しだけ腕を伸ばす。

少し触れる小指。




まだ不安があるのかもしれない。

まだ少し恐怖があるのかもしれない。

まだ、よくわかっていないのかもしれない。

でも、少しは勇気をだして。

少しはわかったのだから。

少しは成長できたと思うから。

だから…




触れて、引いた手を再び伸ばす。

その、白い華奢で愛しい掌へ。

夏の細道を通る微風。

その中で、二つの手が一つになる。

強く握りしめられるほどまではできない、まだまだ心はおさないまま。

でも、しっかりと握る

隣の彼女のぬくもりを感じ、隣の彼女にぬくもりをあげられるくらいにはしっかりと。

彼女は驚いたように、隣の少年の顔を見上げた。

綺麗な紅い双眸が驚きと嬉しさとをたたえて見つめる。

少年は前を向いたまま。

照れ隠しだろう、その頬は日に照らされてとは違う赤みが差す。

少女はそんな少年を見て同じように頬を染め、微かな微笑を浮かべると、また前を向いて歩を共にした。

握り返される掌の力は微かなもの。

でも、そのぬくもりはおおきなもの。

あの時に踏み出した一歩、そしてこの細道で踏み出した一歩。

欠けた心というものを少しだけ感じあいながら、微風の通り抜ける道を静かに進む。

夏のある午後のひと時、二人手を繋いで。









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