甘えるのは大切なことなんだ。

甘えられるのは幸せなことなんだ。

大切な者同士が唯一できる心のふれあい。

だから、僕は君に甘えるし、君にも甘えてほしい。

それは、僕たちが互いの心にふれあっている証だから。

僕たちが互いを大切に想いあっている証なんだから。














髪梳き
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「アスカ、ちょっと来てくれないかい?」


銀色の髪が、ソファーの上で丸くなりながらネコナデ声で呼んだ。


「あ゛〜!!

 あんた、あたしがいま何やってんのかわかってんの!?」


亜麻色の髪が苛立ちを隠そうともせずに切り返す。

その声が指先に振動を伝え、次の瞬間には積み上げていたトランプのタワーがパラパラパラと軽い音を立てて崩れ落ちていた。


「ああ!バカカヲル!

 あんたが声かけるから崩れちゃったじゃないの!」


集中力と指先の繊細さの訓練のためと、紅い眸の親友に勧められて始めたトランプタワー。

それを彼女はかなり気にいり、今のはかなり順調に進んでいたのだからアスカが声を荒げるのもわかる。

たがカヲルはその非難をさらりと流して言葉を繰り返した。


「ごめんよ、アスカ。

 だからちょっとこっちに来てくれないかい?」


やっぱりネコナデ声でアスカを呼ぶカヲルは、ソファーの上で丸くなり動かない。


「あんたの「だから」は前後つながってないじゃないの!

 ……まったく、わかったわよ、いけばいいんでしょ。」


ニコニコ顔でこっちを見ているカヲルに、何を言おうがしょうがないと悟ったアスカはトランプカードをケースにしまい、席を立つ。

そしてカヲルが、占領していたソファーに半分のスペースをあけたところに、アスカは身体を投げるように座った。

その反動にソファーが弾む。


「…で?なによ」


怪訝そうに聞くアスカに、カヲルは一拍あけて答えた。


「なんでもない」


すごく嬉しそうな、甘えた声だった。


「はあぁ?

 あんた、なに…」


「なにいってんの!せっかく、このアスカ様がやりたいことを中断してやってきたっていうのに!」、と抗議の声を上げようと思った時だった。

カヲルはアスカの首元に顔を埋めて、猫が鼻をこすりつけるようにしていた。

カヲルが猫だったなら、のどを鳴らしていそうなほどに、瞼を閉じて鼻を擦り寄せて。


「か、カヲル!?」


驚きの声を上げながら、アスカの顔は紅潮していく。

カヲルはそんなアスカを知ってか知らずか、それは首元に鼻と頬を擦りよせるものから、しだいにキスへと変わっていった。

アスカの肩に手をやって抱き締めたり、頬を擦りよせたり、首元にキスをしたり。


「んっ、あ………

  か、カヲル…?」


息もたえだえになりながら名を呼ぶ。

するとカヲルは抱きしめていたアスカの肩から手を離した。

それから、アスカの身体を伝うようにして背中から前へと回り込み、彼女の膝の上に頭を下ろす。


「……ねぇ、アスカ、髪を、梳いてくれないかい?」


ふいの言葉に、アスカは顔をいまだ紅くしながら口をぱくぱくさせていた。

が、カヲルの紅い瞳に見つめられ、すこし落ち着くと、言葉なく頷いてその銀色の髪の毛に白くて細い指を入れる。

それから何度も何度も、その銀色の髪を優しく梳いていった。

銀色の髪が綺麗な指の間で輝いて流れる。

その間、カヲルは気持ち良さそうに紅い瞳を隠し、アスカの手のぬくもりを感じていた。

時間がゆっくりと流れる。

カヲルの白磁の顔も少しだけ紅く染まっていた。

幾許かの静寂の後アスカが尋ねる。


「どうしたの?カヲル。」


カヲルはとろんとした瞳を向けて小さな声で紡いだ。


「甘えたかったのさ、君にね。」

「えっ…?」


アスカは目を見開いて紅い瞳を見つめるが、その手の流れを止めることはしない。

再びの静寂。

カヲルの銀色の髪を梳く音だけが聞こえる。

アスカは静かにカヲルの言葉を待っていた。

その空白の間にカヲルは、自分の胸の上に置かれていたアスカの手をとって自分の指と絡める。

それをゆっくりと顔のそばまで持っていき、優しくその指にキスをした。

アスカの中でそれがトクンと弾ける。


「僕は甘えたいんだ、君にね。」

「き、聞いたわよ。」

「こうやってるとき、僕は本当に甘えてるんだよ。

 仮にも闘争に身をささげてきた者だから、なかなか他人に甘えるということができない。

 それに………」


淋しそうな雰囲気にアスカが繋ぐ手に力をこめた。

その先の言葉はわかっていたから。

アスカの無言の意思表示にカヲルはその先を言わなかった。


「……だから、こうやって、本気で甘えられる存在は君しかいないんだよ。

 甘えるってことは、すごく大切なことだと思う。

 それは大切な者同士が唯一出来る、互いを支えあう、想いあう証だから。

 アスカは僕のもっとも大切な人だから、僕はいつまでも君に甘えていたいんだよ」


カヲルは綺麗なアルカイックスマイルを向けた。

もっとも大切な人にだけ向ける微笑みを。

アスカは涙が零れそうになった。

でも、ここで流してはならないとも思う。

そして何より嬉しかった。

渚カヲルは自分を見てくれるだけじゃない。

自分を守ってくれるだけじゃない。

自分に全くの信頼を預けてくれている。

自分を思いっきり愛してくれている。


「カヲル…あんた」

「それからね、アスカにも甘えて欲しいんだ、僕にね。

 僕は君に対しては本気で甘えられる。

 だから、アスカにも、僕に本気で甘えることをしてほしいんだ。

 甘えることは、互いを支えあっていること、互いを想いあっている証だから。

 僕が、君をもっとも大切な存在としているように、僕も君の中でもっとも大切な存在としてありたいんだ。」


カヲルは握る手に力を返す。


「何いってんのよ。

 あたしはいっつもあんたに甘えてる。

 声にだしてはいわないけど、あたしがカヲルを求めるとき、あんたはいつも傍にいてくれるじゃない。

 頭を撫でてくれたり、抱き締めてくれたり、キスしてくれたりするじゃない。

 あたしはそのとき、本気であんたに甘えてるのよ。

 カヲルはあたしのなかで一番大切な人だから。

 だから、あたしもあんたに甘えてるんだから、あんたもおもいっきりあたしに甘えなさいな」


いつものような口調で言うアスカの目は涙をためていた。


「ありがとう、アスカ」

「…うん」


最後は素直な言葉しか出てこない。

でも、二人きりでいるこの場だからこそ、あまり自分を表面にだせない二人が本当に素直になれているのだろう。

カヲルは心地好いアスカのぬくもりを感じながら思っていた。


『欠けた心に対する完全なる補完の術は、リリンの、人類の永遠なる夢なのかもしれない。

 でも、完全ではないにしろ欠けた心を補完しあう術は意外にもすぐ近くにあるのかもしれない。』と。



再びの静寂の中、亜麻色の髪の人の指が銀色の髪をやさしく梳く。

その音が、部屋をゆっくりと流れていた。






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