『 What am I, if I can't be yours. I am…… 』
たゆたい、たゆたう、水のような、血のような、原始の海を
たゆたい、たゆたう、水の中、血の中、原始の海の中
身体を纏う水は、私の身体との間に拒絶の壁を持たない
それは私の身体と水とで一つとなり、境界の無い不思議な感覚を感じさせている
境目がない、自分の存在が薄い
上を見上げても漣打つ水面は無く、下を見つめても終着の海底は無い
上も下も左右もわからない感覚の中、自分の存在も希薄な中、私は瞼を閉じ、原始の海の中をたゆたい、たゆたう
そんな、私の身体は上下も左右もわからないはずなのに、確かに沈んでいく流れを感じていた
下降していく、それだけの意味じゃない、溶けていく、混じわっていく、消えていく、そういう感覚の沈降
たゆたい、たゆたいながら私は沈んでいく
ここでは何もかも忘れてしまう
ここでは自分さえも溶けていってしまう
ここには、私にとっての究極の自由があるのかもしれない
忘れてゆくたびに、溶けてゆくたびに、私は一つずつ一つずつ、束縛から解放されていくのを感じていた
ここには、私が存在した瞬間からの望みが、行き至る姿があるのかもしれない
人にあっての死でさえ何かを残し、その時の記録書に何かを刻むのに、ここは全てを消してゆく
消しゴムで消すように、火で燃やし尽くしてしまうように
この海は私を、私の生まれ消えてゆく場所へ、無へと私を繋げてくれる
私の望み、私の至るところ、私の滅びへと
私はたゆたい、たゆたう、水の中、血の中、原始の海の中を、沈んでいく、溶けてゆく、消えてゆく
でも、心地好くはなかった
安らぎも、喜びも、何もない
ただ、不快感と不安と恐怖に似た思いがあった
自分が消えてゆく、そのことが
自分という白紙に刻まれた文字が消えていくというそのことが
それが望みだったのに、消えていくことが望みだったのに
いや、違う
私の望みは、私が消えること、私という存在が消えることにあった
そのことに対する感慨は何もない
でも、私という白紙に刻まれた沢山の文字たちが消えていくことに私は恐怖している
その時、気がついた
私が消したかった私は、白紙のままの私だったことに
そこに文字が刻まれた私は、消したい私じゃないことに
私の存在が意味が、いつの間にか変わっていたことに
今の私は、私が消したかった昔の私じゃない
その白紙に刻まれた文字が私を変え、私の存在に意義を、意味を与えていた
刻まれた文字、またの名を絆
私を束縛する絆
でも、その絆は今や私自身だった
絆が私を変え、絆が私そのものに
私は、私を形創る絆が消えていくことに恐怖し、それを消していくこの血のような原始の海に不快感を持っていたんだ
たゆたい、たゆたう、そして沈み降りる
この海は究極の自由、全ての束縛からの解放、無から生まれしものが無へと帰る場所
そして、今の私を形創る絆を消していく場所
私が無に帰したかったのは、白紙の自分
絆を持つ自分は違う
そしてその望みも絆を持つ私の望みとは違う
『 What am I, if I can't be yours. 』
絆は私自身、私の存在、大切なもの
私が絆のうちにあることが出来ないのなら、私は何になってしまうんだろう
考えられない、それが答え
そして、それは恐怖だった
たゆたい、たゆたう、血のような原始の海の中、私は沈んでいく
私の身体と水との間に壁はなく、私の身体は、私の存在は溶けていく、混じりあっていく、消えていく
この海の中枢へと、何も無いという所へと
海は私を形創る絆に手をかけながら
『 What am I, if I can't be yours. 』
私は瞼を開ける
そして、私の存在に力を込める
私を形創る絆を掴み、想いを込めた
『 I don't image, if I can't be yours. ……I reject it. 』
紅い、紅い私の壁が、私を形創る絆を内に私と海とを隔て拒絶した
たゆたい、たゆたう、水の上、青の上、海の上で
見上げれば青い空が視界を覆い、白い雲と眩しい山吹色の太陽とがそれを彩る
下には、透き通る海の水に色とりどりの珊瑚礁が揺らめいて美しい
私の身体と青い海との間には、私の存在という壁があり、二つが溶け合うことのないように隔てている
私は沈むことも、溶けることも、消えてゆくこともなく、漣打つ水面に瞼を閉じながら浮かび、漂っていた
「どうしたの?」
透明な浮き袋の浮力に助けられながら絆が聞いた
「感じているの……
私の存在を、私を形創るものを……」
絆は少し目を丸くして、それから和やかな顔になって私を見つめた
そして、浮き袋を器用に反転させて、私と同じように仰向けに浮かぶ
横目に見つめた絆の漆黒に瞳が純粋で、引き込まれるよう
あの海の中で、私が絆を伝って浮上したときに感じたように
「心地いいよね……
こうやって、たゆたい、たゆたうのって
でも、海に溶け込むわけじゃない
僕たちには心の壁があるから
だから、この海にたゆたっているのが心地いいんじゃないんだと思う
たぶん、隣に絆を感じているから
絆が、溶け込んでいるから、心地いいんだと思う」
漆黒の綺麗な瞳を瞼に隠しながら、絆は囁いた
私は驚いて態勢を崩す
浮力に任せていた身体を起こして、立ち泳ぎで海を上に浮かんだ
そして、私は絆の顔を覗き込む
絆は瞼を閉じたまま、少し頬を染めて、そして安らかな笑みを浮かべて青い海の上をたゆたっていた
私は絆を見て再び思った
『 What am I, if I can't be yours. No, I don't imaginable of it.
I am yours. I am in your side. 』