第三新東京大学・第六生体工学講義室
あれ?
カヲルくんとアスカは?
馴染みの姿がないのに気がついて、シンジは講義室内を見回す
もうすぐ講義の時間にも関わらず二人の姿はなかった
そんなシンジの横で、レイは携帯を開いて朝来たメールを見せる
渚君が風邪らしくて
アスカは看病するから、休むって連絡があったわ
そうだったんだ
大丈夫かな?
カヲルくんが風邪引くなんて珍しい、っていうか聞いたことないから
コンフォート8−707号室、カヲルの部屋
二重に重ねた布団の中にカヲルが猫のように丸くなって震えている
側には亜麻色の髪の女性が、氷水で冷やしたタオルを替えていた
あぁ、つらい……
リリンの風邪というものがこんなにキツいものとはしらなかったよ
鼻が詰まって息はしづらいし、喉は痛くて咳がでる
関節は痛いし、身体は熱いのに寒気が酷い
頭は痛いし、雲の上を歩いた時みたいにフワフワする
カヲルは声を震わせながら呟く
すぐ近くの人にしか聞こえないような小さな声で
その紅い瞳はいつもより霞んだような感じだった
泣き言うんじゃないわよ
亜麻色の髪が揺れ、アスカが言い放つ
でも、怒っているとか、いらだっているような声ではなく、とても優しい雰囲気と心配している雰囲気とを持った声だった
初めての病気なんだ、気弱にもなるものだよ
あんた風邪引いたことなかったの?
アスカが意外そうに尋ねる
うん
カヲルは苦しそうに息をしながらも、満面のアルカイックスマイルを浮かべてアスカに答えた
そのすぐ後に体温計の電子音が検温完了を告げる
アスカは、そんなカヲルの口から体温計を引き抜き、肩をすくめた
「39.4℃」
って、あんた、39度もあるのに、なに嬉しそうにしてんのよ、まったく
いや、実際嬉しいのさ
こんなに苦しんでいる中で不思議なことを言うカヲルにアスカは手を止めた
キョトンとした蒼い眸を向けて尋ねる
は? 風邪引いたのが?
カヲルはその眸に少し視線を向けて、それから天井を仰いだ
アスカがカヲルの言葉を待って口を噤み、カヲルは一つ息をついてから言葉を紡ぎ始める
ああ、初めて風邪を引いたのさ
僕が存在して初めてね
いままでは風邪にかかるような身体じゃなかったから
なにせ死なないんだからね
風邪なんか引くはずもない
それはリリンだけのものだから
でも僕も風邪を引いたとなると、権威を自由意志のもとで返却してから、どうやらちゃんと人間になれたみたいだ
だから嬉しいのさ
ゴホゴホ
カヲルの言葉にアスカは目を見開いて暫く絶句していた
でもすぐに、咳き込んで跳ね起きるカヲルの身体をゆっくりとベッドに寝かす
それからアスカは熱で紅潮したカヲルの頬を撫でた
あんたバカじゃないの
よくそんなことがいえるわね
カヲルは人だっていつも言ってるじゃない
そんな悲しいこといわないでよ
カヲルは私たちと違うとこなんてないんだからさ
…………………
私と、いっしょに歩いてくれるんでしょ…?
一瞬、昔の出来事が頭に過ぎって、アスカは悲しげな表情を浮かべる
カヲルの頬に触れていた手が微かに震えた
そんなアスカの手に、手を重ねて、カヲルは済まなそうな瞳を向ける
そうだったね、ごめんよ、アスカ
ただ、それでも嬉しいのは変わらないさ
なにせ、君が付きっきりで看病してくれてるんだから
…バカ
ねえ、アスカ、すこし眠たくなってきた
手を握っていてくれるかい?
いいわよ
アスカは、カヲルの少し赤くそして熱くなってしまっている手を握り、力を込める
それに安心したように、カヲルはその紅い瞳をゆっくりと隠していった
そして全てを、アスカの握る手に託すようにして力を抜いた
やっぱり……
カヲルの唇が微かに揺れる
ん?
…………
何かを言ったような気がしてアスカは耳を澄ました
でも、言葉の代わりに柔らかな吐息が聞こえてくる
寝ちゃった…
それでも、アスカはカヲルの寝顔を見つめながらずっと手を握っていた
カヲルが目を開けるそのときまで
早く治りますように、そう心の中で願いながら
やがて、カヲルが夢の世界から浮上してくると、身体の上に重みを感じた
それと共に、自分の手を握るぬくもりも
ずっと、握っていてくれたんだ
………
やっぱり
…………
人になって、君の傍にいることを望んで、本当によかった
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