湖の畔の小さな家 

木を組んで作られ、周りの森と重なるような自然の雰囲気を持つ 

開放的な感じの家で、大きく取られた窓や扉は、湖の上を流れてくる風を通して、暑い今の季節でも涼しさを作り出してくれる 

湖は森に囲まれたそれほど大きくないものだが、その水は山からの清流の流れからきていてとても綺麗だ 

緑の森と、青い湖、それに加え、遠くの方に見える山や、青い空に浮かぶ純白の雲たちが美しい構図を作り出している 

そんな中にあるこの小さな家の湖側には大きなバルコニーがある 

そこにはテーブルと二脚の椅子、そして一基のイーゼルが湖のほうを向いていた 

テーブルの上には水彩画のための道具一式とさまざまな絵の具 

その隣にはキャンバスが何枚か立てかけられている 

二脚の椅子のうちの一つには銀色の髪に紅い瞳を持つ人が座り、イーゼルにかけた真っ白なキャンバスに向かって湖のほう、その景色に向かっていた 

そして、バルコニーに向かう扉の柱には、亜麻色の髪に蒼い眸を持つ人が寄りかかって、銀色の髪の人の指先を見つめていた 











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何で絵、描いてるのよ?


何度となく尋ねてきた問いを再び亜麻色の髪の人が言った 

銀色の髪の人の手には筆が持たれているが、いまだ描くそぶりは無い 

でも何を描こうかと考えてる様子も無いし、なにか、もう描くことを前から決めているような雰囲気も感じられた 

亜麻色の髪の人の言葉に、銀色の髪の人は真っ直ぐ前を見つめたまま答える 



いけないかい?


そんなんじゃないけど

なんでかなぁ、って思ってさ


いつもの如くの答えが返ってきて、いつもの如くの返事を返す 

この家の中に入ると、銀色の髪の人が書いた絵画が額に入れて何枚か飾っている 

どれも風景画で、綺麗な自然の情景をまるで天使が描いたかのような不思議な雰囲気をかもし出している 

彼が絵を始めたのは数年前 

いつの間にか、道具や画材を集めてきて、いつの間にか絵を描き始めていた 

なぜか人は描かずに、風景画や静物画だけ 

最初のうちはやはり上手ではなかった 

それでも描きはじめとは思えないほど独特な美しさを持っていたのだが、つい最近にはコンクールで賞を取れそうなほどまでの絵を描いている 

でも、彼はそういうコンクールに絵を出すことは一度もしなかった 


暫くの沈黙 

湖の揺れる水の音や、森の葉が風に揺れる音が心地よく響く 



知りたいかい?


銀色の髪の人は聞いた 

いつもはぐらかしていたのに、今日は彼のほうから言葉をつなげてきた 

亜麻色の髪の人は目を少し見開いて、銀髪の背中を見つめる 



そりゃそうよ


驚きの声を含みながらも、ゆっくり自然に言葉を返す 



なんでだい?


蒼い眸が揺れた 

予想しえなかった言葉に言葉を繋げることができずに、驚きが零れる 



えっ…?


何で知りたいんだい?


そんな彼女に向かって銀色の髪の人はさらに問いを重ねた 

このとき、初めて湖から視線を外し、その紅い瞳を蒼い瞳へと向けて 



教えてくれないの?


少し悲しげな表情を浮かべて彼女は聞き返した 

その紅い瞳の奥にあるものを探ろうとしながら 



いや、アスカが何で知りたいのかを聞きたくてね


銀色の髪が微風に揺れ、アルカイックスマイルが優しく浮かんだ 

心の中まで見透かすような純粋な赤い瞳がアスカの蒼い眸を覗き込む 

長い長い沈黙 

それを経て、アスカは俯きながら頬を染め、微かな声で答えた 

何故知りたいのか、その答えを乗せて 



……か、カヲルが、絵を描いてるからに決まってるじゃない

だれでもない、カヲルが描いているから……




また暫くの沈黙が流れ、ようやくアスカが顔を上げる 

と、そこには優しい紅い眸が彼女を見つめていて、また赤く染まって俯いてしまう 

そんなアスカに、カヲルは風に乗せるようにその名を呼んだ 



……アスカ


な、なによ


カヲルの声が耳に届き、アスカは恥ずかしさを隠すようにわざと声を荒げ、顔を上げる 

そんなアスカの気持ちを流すかのように、カヲルは自分のキャンバスの先に椅子を持っていく 

湖を背にするように椅子を置き、その後ろに立ってアスカを呼んだ 


 
この椅子に座ってくれるかい?


え………

う、うん


アスカは促されるままにそこへ向かい、カヲルにしたがって席についた 

そのまま動かないで、といってから、カヲルは自分の席に戻り、イーゼルの位置を調整する 

絵具を取り出して幾つかパレットに加え、水を注いで色を作っていく 

そして、筆をキャンバスの上に走らせて、描いていく 

そんなカヲルの姿をアスカはどきどきしながら見つめていた 

いままで一度も人物画を書いたことのないカヲルが、自分をこの席に座らせて絵を描き始めている 

自分を描いてくれているのだろうか、そんな想いが巡り、いままで描かれてきた静物や風景しか知りえなかったカヲルのものを描く目に見入っていた 

暫く会話がないまま、カヲルは筆を滑らしていたが、大まかな構図が出来上がってきた頃に、アスカに声をかけた 



何で絵を描いているのか、だったね


アスカに視線を向け、そしてキャンバスに戻し筆を滑らせる 

時たまに絵具を加えたり水を加えたりしながら、同じ動作を繰り返していく 

不思議な静けさが満ちて筆の描く音しか聞こえないような静寂の中で、カヲルはアスカの問を確認しなおした 

アスカはそんな雰囲気の中で静かに返す 



うん


描く手を止めずに、カヲルは今まで誰にも語らなかった絵を描く理由を紡いだ 



絵がうまくなりたいからだよ


少し悪戯っぽい声を混ぜてカヲルが言った言葉に、アスカは少し腰を浮かして聞き返す 



え、なんで


ほら、アスカ、動かないで


あ、ゴメン


カヲルに注意されて、アスカはまた同じ姿勢に戻ってカヲルを見つめる 

カヲルはアスカの問に答えずにまた描くほうに集中していった 

アスカもそんなカヲルを見つめて、周りの時間がゆっくりと流れ、そしてほのかなあたたかさを感じていた 

幾許か過ぎて 

カヲルがアスカの髪の色をパレットに作ってから、筆を止める 

そして、アスカのほう向かって言葉を紡いだ 

アスカが聞き取れるぐらいの声で 

彼女の問に答えるために 

絵の中に表わしたかった自分の気持ちの答えを乗せて 

 



……愛しい人の姿を描きたかったからさ




亜麻色の絵具を筆につけてキャンバスを滑らす 

森の中の湖 

それを背にして椅子に座る 

亜麻色の髪の人が 

カヲルの絵の中で微笑んでいた 









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