If there is a crying place, I do not need to see stars.

Please need me.

Because I am the same as the world not having my existence, if it is me whom you cannot touch.  



泣く場所があるのなら、星など見えなくていい

私を必要として

貴方が触れない私なら、無いのと同じだから











広い海の上を私は歩く

虚ろな目をして、血のように赤く、赤く、深い色を映した海を歩く

まるで細い通路の上を歩くかのように、不明確な足場から伝わる不安定さを自分の身体に配して

倒れてしまったなら、私の左にも右にも広がる血のように赤く、赤く、深い色の海の底へと墜ちてしまいそうだった

そこに何が待ち受けているのか、私にはわからない

もしかしたら、生きているものにはわからないものが、そこには在るのかもしれない

そこに堕ちたなら、私もそれに従わなければいけないのかもしれない、そんな恐怖にも似た不思議な感情が空間を切り裂くように穏やかに流れる


全天には星々が光点をなし、この地が丸いということを表すかのように巡っていた

でも、私の眸がそんな天上を映すことは無い

私の青い眸に映るのは、私の眸の色とは対極的な赤

私の眸の奥に流れるものよりも濃い赤

命を飲み込み、死と滅びとで覆った赤い水が、私の青い眸を支配している


どれほど歩いただろう

いままで歩んできた道の後ろに、箱舟となった四つの目と赤い鎧とを纏った鬼神の亡骸はもう見えない

何故歩いているのだろう

何故生きているのだろう

こんな世界の下にあって

そう問を発してみても、誰もそれに答えてくれるものはいなかった

その言葉は、血のように赤く、赤く、深い海の水面を揺らすことさえ出来ない

かといって、歩みを止めてしまうことも、左右に広がる海の底に身を投げてしまうことも出来なかった

恐怖が心を支配するから

そして、自分の心が何かを求めていたから

ただ、何かを求めて、整えられたような道のない一本の道を歩いていく





幾許かして、変化があった

私の青い眸を染める、血のように赤く、赤く、深い色の海にではない

私が映し出すことを知らなかった天上、青を吹き飛ばし、黒という黒をたたえる天上にその変化があった

真っ黒なキャンバス、全天に光点を成しているはずの空がまるで何もない、ただ真っ暗な帳を思わせるようなそれに、
一筋の光が切り裂くように流れて消えた

その光が、その残像が、私の眸を濁らせる血のように赤く、赤く、深い色の海をかき消して、その視界を鮮明にした

私は、歩みを止めて、天上を見上げる

その視界に、もはや赤い海も全天に散りばめられた星も映ってはいなかった

流星だった

ただ鮮明に、ただ純粋に、光を纏いながら消えた流星の残像が刻まれる

それが視界の上端から下端に刻まれていく中で、私の薄れていた記憶が、その流れと同じくして鮮明になっていくのを感じた

そして、気づく

今流れた流星が、自分の過去だったことに

今流れた流星が、自分の記憶だったことに

鮮明になっていく

ここが何処で、何が起こり、何故自分がここにいるのかということが



私は、足を止め、ただただ、黒の帳を、それを切り裂く流星を見つめて、見つめて、立ち竦んでいた










 流星群   aba-m.a-kkv










黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

それは子供の時の記憶

まだ幼い自分が、満面の笑みをたたえて、自分と同じような長い亜麻色の髪を纏う女性の所に走っていく様子

その心の中にあるのは、ほめて貰いたい、撫でてもらいたいという、そういう想い


「ママ、あたし、頑張ったよ ママ、あたし、えらいでしょ」


そんな記憶が流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

それは、前の流星から少しだけ大きくなった時の光景

大きな空間

でも、目の前にいる巨人の姿からすれば手狭な空間

多くの機械がうず高くつまれ、多種多様なケーブルがガラス張りの自分がいる部屋から、外の空間まで張り巡らされている

幼い自分は、ガラス越しに、巨人の姿と、その中に内包されている人の姿を眺め見ている

そんな時に、けたたましい警報が鳴り響いた

幼い自分にはまだ理解できない難しい言葉が飛びかい、白衣や作業服を着た人間がそれぞれの表情を浮かべながら慌しく動き回る

そんな光景を私はわけもわからず視界の端に流し、ただただ、巨人とそれに内包されている人の姿を見ようと模索していた


「ママ、そこにいるんでしょ?」


そんな記憶が流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

それは、光の溢れる一つの部屋の光景

壁紙も扉も、ベッドもシーツの色も、そして病院着の色も全て純白

ただ二つ、窓から差し込む黄色い陽光と、ベッドに寄りかかる女性の腕の中にいる人形の色以外は

彼女の表情は能面のように白く無表情で、まるで幼児のように手の中の人形を遊ばせていた

小さな声、掠れる様な、歌うような声で、自分の腹を痛めたものの名前をその人形に向かって呟きながら

そんな光景に、幼い私は縋り付こうとするが、それはかなわない

大きな声を張り上げて、その名を呼ぶが、ベッドの上の人は、私の方を向いてはくれない

私の名前を、無機質な人形へと向けて、こちらへは何の意識も、意思も、愛情も、何も向けてはくれなかった

幼い私は叫び声を上げる


「ママ!! あたしを見て!! ママ!! あたしを見て!!」


それでも、その叫びは、どこか虚無のうちへ消えていくだけ

そんな記憶が流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

それは、まるで早送りのビデオのように、早い勢いで流れて行く

赤いシルエットを纏う鬼神のいる実験場の中にあって、大学の講義室の中にあって、訓練場の中にあって

ただひたすら、がむしゃらに過ぎ行く自分の姿が早送りのように流れて行く

その心の中に浮かぶ思いは、どの場所にあっても同じ想い


「一番になれば、みんながほめてくれる……

 一番になれば、みんなが認めてくれる……」


それでも、奥底では気がついている自分がいる

自分は見てもらってはいないことに

そんな記憶が流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

大海原の上だった

それは、今まで私の青い眸を支配していた何処までも赤く、赤く、深い色の海とは違って、私の眸の色を広げたような昔の海

その真ん中で、私は赤い鬼神を繰り、人のもう一つの形を屠っていた

これ以上ないくらいの優雅な舞を披露して

その時、人のもう一つの形であるものの腹を切り裂き、二つの大口径砲弾でそれが打ち砕かれるのを見届けたとき、私の心も躍っていた


「表舞台に立った! ここから、あたしの世界が広がる!」


全てのものは自分の下に位置すると、目の前の全ては自分のために用意されていると勘違いしながら

その先に待っているものが、自分のどうこうできるものではないということを知らないままに

そんな記憶が、流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

それは日常の生活だった

同居人たちとの生活、学校での生活、NERVでの生活、街での生活

今までとは少し違う生活

思うことも多かった、むかつくことも、たのしかったことも多かった

独りで生きてきたのに、でも、どこかこんな生活も悪くない、そんな風に微かに思ったりもした

家族というものを早くに失って、でも、ここにはそれに次ぐものがあるのかもしれない、そんな風にも


「悪くないかも、しれない……」


でも、それは長くは続かないものでもあった

そんな記憶が、流星と共に過ぎて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

目の前には光があった

あの病室で見たような黄色い光が

そして、その先に、鳥のような光の輪郭を持つ、もう一つの形がいた

その翼が、その手が、私の頭の中に触れる

自分で押し殺し、隠し、存在しないものとして鍵つきの箱の中に押し込んでしまいこんでいたものに

全ての防壁をいとも簡単に突破して、その手は私の心の奥底、私の欠けた心をかき乱した


「いやぁ!! やめて!! あたしの心を覗かないで!!!」


叫んでも、拒絶しても、その手は止まない

私の心は、壊れかける

そんな記憶が、流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

もう、何も出来なかった

全てを奪われていた

自分の力を行使する腕も、自分の意思も、力も、意欲も

すべてから捨てられてしまっていた


「もう、だれも、あたしを見てくれない……」


瓦礫の廃屋のなか、微かなぬくもりをたたえたバスタブの水の中にあって、ただ虚ろな青い眸を天上の何もないところへと向けていた

なんのために生きているのか

そんな記憶が、流星と共に流れて行く



黒の帳にまた一つ流星が流れた

それを映し出した私の青い眸は、その奥に光景を描きだしていた

そこは、最後の戦場だった

自分の乗る赤い鬼神が、なんであるか、誰であるかを知った

そして、自分は最強だと思い込んだ

白い異形の同胞たちを切り刻みながら、そう思い込んでいた

そして、蹂躙された

九本のロンギヌスの槍に串刺しにされ、白い異形の同胞たちに噛み砕かれ、喰らい尽くされた

そこで、全てが終わってしまっていた

微かな意識の途切れ際に見たのは、紫の鬼神を中心に、壮大な樹が世界を覆ったという景色、それだけ

サードインパクトの発動だった


「おわっ、た……」


そんな記憶が、流星と共に流れて行く





………………あの流星は、私の記憶なんだ

………………あの流星は、私そのものなんだ


青い眸の中を過ぎ去っていった流星の見せる光景にホワイトアウトしていた視界を引き戻し、そしてそう気がついた

あの流星には、私の全てがあることに

あの流星の一つは、私の母親

あの流星の一つは、私の力、そして腕となったエヴァンゲリオン弐号機

あの流星のひとつは、私の居場所、一つはドイツ、一つは日本、一つはコンフォート、一つは学校、一つはNERV

あの流星の一つは、認められるということ、認められたいという想い

あの流星の一つは、褒められるということ、褒めてもらいたいという想い

あの流星の一つは、自分を見てくれるもの、自分を見て欲しいという想い

あの流星の一つは、私自身、記憶や過去や全てを内包した私という、欠けた心そのもの

そして、あの流星は、私の涙


私の青い眸が映す視界全体に、流星が流れて行く

真っ黒な帳全てを引き裂くかのように、夜をたたえる全天を飲みつくすように

流星が一つ一つ寄り集まり、光の流れを束ね広げて

私の欠片、その全てが“流星群”となって、流れて行く

消えて行く

奪われていく

ハッと気がついた、理解した

目の前の光景が、どういう意味をもっているのかというそのことを

私の全てが、流星群となって消えて行く


「…………待って」


この世界で、何処までも赤く、赤く、深い色の海が覆うこの世界で、初めての言葉が私の口唇からこぼれる

恐怖が

全てが、そう、全てが流星群となって消えて行く恐怖が、その言葉を喉笛から押した

私自身、私を形成していたもの全てが、心から掌の中から私自身から、流星群となって奪われ消えていく

その恐怖が私の全身を駆け巡った


「待って!」


止まっていた、歩みを一歩、また一歩と動かし始める

求めるように、切望するように

このために、この世界を歩いていたことなど、頭の中に上る事はない

このために、赤い、赤い細道を歩んでいたことなど、心の片隅に現れる余裕は無い

でも、失いたくない、失ったら今度こそ全てが終わってしまうという絶対的な恐怖が、それを求めさせた

全天を覆い尽くしていく流星の一つ一つから、自分のすべてを構成する欠片が現れては消えて行く

母親の姿が

エヴァの姿が

自分の居場所が

自分の求めるものが

想いが

自分自身が

そして、涙を流す場所が

流星群が消えて行く、何処までも赤く、赤く、深い色の海の水平線へと

一つ一つ、流星が、想いの欠片、自分の欠片が赤い水平線へと没して行く

欠片では刹那に、全体ではゆっくりと絞め殺すように


「嫌ッ!! 消えないで!!

 いかないで、お願い!!

 あたしを置いていかないで!!

 終わりたくない、終わりたくない!!

 お願い! お願いだから、消えないで!!」


誰に言うわけでなく流星群に叫び、必死で手を伸ばし、身体を向かわせる

それが、自分の足元にしかない、一本だけの赤い道を外れようとも

失う恐怖が、アスカを赤い海へといざなった

何処までも赤く、赤く、深い色の水平線に消えて行く流星群に手を伸ばして、アスカは赤い海へと崩れ落ちようとしていた

生きているものにはわからないものが在る、そこに堕ちたならそれに従わなければならなくなる、そんな赤い海へと










「消えないで!!」


ガバッ!と上半身を起こす

飛び起きるような、そんな急激な浮上に、息が荒く乱れる

見開いた眼は、暫くの間、ぼやけてなにも映さなかったが、やがてそこが自分のベッドだということが視界に映ってきた

伸ばした掌が、シーツをこれ以上ないくらいきつく握り締めていた


「はあっ……はあっ……はあっ……」


段々と落ち着いていく息に、アスカはゆっくりとまわりを見回した

自分はベッドの上にいた

周りは薄暗さが満ちていたが、すぐにそれが一つの部屋の中だということに気がつく

闇に慣れてきた眼が映す部屋の様子は、確かに自分の見知る部屋だった

自分の部屋だった


「はあっ……はあっ……

 いまのは、夢………」


息を、ゆっくりと整えようと意識しながら、汗の滲む額に手を当てる

覚醒の一瞬でぼやけていた思考が、暗闇慣れする眼と同じように鮮明になっていき、自分が見たものを理解した


「違う……夢じゃない……

 ……あれは、“流星群”だ……」


流星群、そう呟く言葉の奥に、こみ上げるものがあった

でも、アスカはそれを零すことが出来ない

そして、その理由を知っているから、アスカは自分を覆うシーツを跳ね除けて、ベッドを降りた


「…………っ!!」


激痛が走る

いや、その表現は正しくないかもしれない

いまだに、流星群がアスカの中に降り注いでいる

その流星が、何処までも赤く、赤く、深い色の水平線へと没する、それが、激痛に変わってアスカを襲っていた

流星群は、未だに降り注いでいる、アスカという全天を覆う帳に


「…………行かな、きゃ」


力の入らない足を無理やり支えて、ふらつく身体をか細い手で支えながら、部屋を出る

部屋の扉を開ける時のドアノブにかけた手が震えていて、両手で抑えながら、廊下へと出た

静かで、人の気配なく、夜闇が満ちる廊下

そこには何の感慨も抱かずに、真っ直ぐと玄関に向かう

キッチンで水を飲むことも、バスルームで顔を拭うことも考えず、ただただ真っ直ぐ、一つのことを思考に満たして、アスカは玄関へ

この流星群を見なくていいように

この流星群を見て溢れるものを、ちゃんと零すことが出来るように

この流星群によって消えた自分の代わりに、確かな自分を立たせることが出来るようにするために

そして、泣く為に

玄関の扉を開錠し、冷たいドアノブを回して、扉を開けた

冷たい空気が流れ込んでくる

そんな空気を押しのけて、扉の外に出た

そこには、夜空が広がっていた

コンフォートの高層階だから見ることの出来る、街を見渡せる景色を階下に、目の前には真っ黒の基底を張り巡らす夜空があった

あの日に似た、全天

でも、アスカはそれに視線を向けない

そこに、流れるものを見たとき、自分がどうなってしまうかを知っているから

あの時と同じように、赤い道の上から外れて、身を乗り出し求めてしまうことを、流星群に手を伸ばしてしまうことをわかっているから

だから、アスカは夜空には眼を向けず、隣の部屋へと足を急がせた

力の入らない足を無理に進ませて、通路の手摺りを震える手で掴まえて身体を支えながら

隣の部屋の扉に、そこに備え付けられている静脈センサーに掌をかざすと、微かな開錠の音が静寂に響いた

そして、アスカはその扉を開ける

中は暗い

自分の家と同じように

そして、コンフォートらしい同じつくりの廊下が伸び、アスカは虚ろな目をたたえながら、その中へと入っていった

後ろ手に微かに響く扉の閉まる音を背に受けながら、この家の一番奥にある部屋へと足を向ける

その部屋の扉の前で一瞬立ち止まり、自分の頭の中に流れるものの存在を感じながら、そのドアノブにそっと手をかけた

求めるもの、すがるもの、そして場所を求めて、アスカはその扉をゆっくりと開いていった













亜麻色の髪がなびく

何処までも赤く、赤く、深い色の海が手を伸ばしているかのように、流星群に手を伸ばしながら赤い道を踏み外すアスカを飲み尽くそうと引き込む

アスカは、ただただ求めていた、切に欲していた、流星群という自分そのものを

それに手が届くのなら、それを掴むことが出来るのなら、自分を飲み込もうとする赤い海に従ってもいい、そう感じながら

その刹那

アスカは、伸ばしていたか細い手を、大きな手が掴み、強い力で引き戻されるのを感じた

そして、その手は、堕ち込もうとするアスカの身体を赤い道へと引き戻し、その身体を支えた

流星群に少しでも近づいていたところを引き戻されて、アスカは再び流星群を求めようと手を伸ばし、掴もうと足を向けようとするが、
支える強い力はそれを許さない

そして、アスカの流星群へと向かう心を引き戻す声が、アスカの耳元に響いた


「行ってはいけない、滅びたいのかい?」


静けさを纏う、でも、有無を言わさない、そんな威力の込められた声

その声に、アスカは自分を引き戻す存在に気がつく

その声が、自分を流星群から引き離したことも

でも、アスカはその声を否定する

振りかえることなく、視線は流星群を捉えたまま

いまここで、流星群を逃してしまえば、自分の全てが消えてしまうという恐怖に押しつぶされてしまうから

だから、そのことを、その拒絶を、言葉に乗せる


「放して!! お願い!!

 流星群が、私の流星群が、流れていってしまう!! 
 
 だから、だから、お願い! 放して!!」


身をもみ、抵抗し、掴む手を振り解こうとしても、そして拒絶の言葉を放っても、その手はアスカを放さなかった

絶対に放さない、その意志が、掴む手の堅固さからも、アスカの拒絶の言葉に返された言葉からもわかった


「放さない、君を滅ぼさせるわけにはいかないからね」


アスカの拒絶の言葉を一蹴するような、凛とした、アスカの内側へと入っていく声だった

視線を流星群に向けたまま、アスカの拒絶の行動が止む

掴まれた手を撥ねようとする力がフッと抜けた


「……なんで、なんでなのよ……私の………」


掠れた、掠れた問が、アスカの口唇から零れて、赤い海へと落ちた

全天に流星群が流れ、光の奔流が真っ暗な宙を光明で埋め尽くす中、アスカの言葉と共に静寂の幕が赤い海の上に引かれる


「………惣流、アスカさん」


静かな、そして優しい声だった

その声は、全天を流れ覆い尽くす流星群の欠片の一つのように、アスカの中へと流れていった

流星の一つ、自分の存在を見て欲しい、そんな想いの欠片を埋めるような、そんな言葉にアスカは流星群から初めて目を外して振り返っていた

言葉の主の姿が、今まで赤い海と流星群しか映していなかった青い眸に映りこむ

それは銀色の髪を纏い、紅い瞳をもって、優しさと少しの悲しみを浮かべた少年だった


「なんで、あたしの名を……」

「それが、君の存在だからさ、アスカさん」


アスカの疑問の言葉に、自分の全て、自分を知るものも見てくれるものも何もかも失おうとしている、そんな中で名を呼ばれる疑問に、
銀色の髪の少年は、悲しげに、やわらかに、そう答えた

アスカは目を伏せる

それから、深い想いを溜めた眸を少年に向けて放った


「あたしの存在は、あそこにある……」


掴まれていないほうの手でそれを指す

銀色の髪の少年が目を向けるように


「あの流星群が、あたしの全て、あたしの存在なのよ!

 あれを失ったら、あたしには、なにも残らない

 流星群を掴むためなら、赤い海に堕ちたってかまわない

 だから……!!」


再び流星群に目を向けて叫ぶアスカに、銀色の髪の少年はそれを遮って、とても澄んだ声で言った

世界を突き崩すような、それでも澄み切った言葉を

心を赤い海に堕とそうとするアスカを繋ぎとめるために、残酷な啓示もいとわずに


「君は聡明な人だ

 知っている、気がついているはずだ

 君がどれだけ手を伸ばそうと、求めようとも、あの流星群を掴むことなんて出来ないことに」

「っ!!」


アスカがくず折れる

そんな身体を銀色の少年が支えた


わかっていた

あの流星群に、自分がどれだけ手を伸ばしても、抗っても、それを掴むことは出来ないんだってことは

それでも、アスカは自分にうそをついていた

そうでなければ耐えられなかったからだ

喪失感という恐怖に

自分の全てを失う恐怖に

ならば、偽りでもいい、と現実を、真実を見ようとしていなかった

それを、銀色の髪の少年は引きずり起こした

本当のことを

アスカが見ようとしなかった、もう一つの流星群をアスカが見るように

そして、彼は言葉を加える


「あの流星群は、時の過ぎたものだ

 レゾンデートルを失ったものは、流星群として流れて消えていくしかない

 それはこの世界の理だ

 誰にも捻じ曲げることは出来ない

 でも、君はそうじゃない

 君は死すべき人間じゃない

 君は、生きて、あの流星群を見送ってあげなければならないんだ」


流星群が燦々と背後に消えていく

その雰囲気がアスカを襲うように赤い海の上に広がる空間を揺らし、響かせている

幾許かにも思える一瞬の空白の後に、アスカは銀色の髪の少年に支えられながら、その亜麻色の髪纏う頭を振った


「だめよ、あたしには出来ない……

 流星群はあたしのすべて

 あたしの居場所、あたしの腕、あたしの拠りどころ、あたしの未来

 すべてを失うあたしには、何も残らない

 涙を流す場所さえ、ない……

 何かのために流す、その何かさえも、すべて最初から無かったかのように消し去る流星群は、あたしから涙さえ奪ってしまった

 この、あたしの奥底にある想い、溢れ出したくても、溢れ出させたくても、できない

 あたしは、泣くことさえ出来ない……

 泣く場所が無いから、それさえも、すべてを巻き込んで流星群が押し流していってしまうから

 あんなに、流星群は光を放っているのに」


想いが溢れても、その想いはそこに無い

想いを溢れさせようと思っても、それを溢れさせる場所が無い

失う恐怖

わかっている悲しさ

そして、出来ないという苦しみ

壊れることも、狂うことも、溢れさせることも、共に消えることも許されない

そして、戻るわけでも、触れられるわけでも、掴むことが出来るわけでもない

全てが、無かった

涙を流すことさえ、大声で泣くことさえ

それが、アスカを覆い尽くす

全天は流星群の光流が覆い尽くし、海は何処までも赤く、赤く、深い色が不気味に光を取り込んで浮かび上がっていた








「泣く場所がないのなら…………」


流星群と赤い海が全ての音と、息とを飲み込み、その間の空間に静寂しか存在しない幾許かの時が過ぎて、声が世界に響いた

微かな、微かな、でも確かな声に、アスカが目を上げる

青い眸の先には、自分を覗き込む紅い瞳

自分にないものを、自分の失ったものをその中に込めた瞳が、優しく、奥に強く、
アスカに青い眸の中を支配して流れる流星群を食らい尽くすように、見つめて言った


「僕が、君の泣く場所になろう」


世界が崩れはじめる

流星群が消えはじめる

いや、見えなくなっていく、そんな波が広がっていく


「あいにく、僕も同じくして、レゾンデートルを失った

 僕をこの世界に繋ぎとめるものは無い

 故に、君が許すなら、僕に君を必要とさせてくれないか

 君を、僕の存在意義として、必要とさせてくれないか

 君の泣く場所として、君のレゾンデートルとして、僕を君の傍にいさせてくれないか」


声が出ない

銀色の髪の少年が、ゆっくりと、ゆったりと、優しくそう言葉を紡いでいく中、赤い海の色が消えていき、
流星群の光の流れが掠れていく

代わって現れるのは、心の底からわきあがる想い

それが、いままであふれ出るものの無かったそれが、見つけたように、こみ上げ、零れだした

そんな私を、支え、抱きしめながら、銀色の髪の少年は、私の亜麻色の髪を撫でていく


「僕は、君に会う為に、一度死を迎え、再び生まれてきたのかもしれない……」    


その声が、アスカの溢れ出す声の中で、はっきりと響いていた

流星群と赤い海とを消し去りながら

雫が、世界に波紋を広げた














木製の扉が、ゆっくりと開いていく

微かな擦れあう音が静寂満ちる部屋に響きながら、それは招き入れるように開ききった

闇に慣れた青い眸が部屋の中へと視線を向ける

その視界の中で、部屋の真ん中におかれたベッドの上で、動く影があった

そして、声が 


「……おいで」


あの時の声が、優しい声が、すべてを理解し包み込む、そんな声が、静寂を切り開いてアスカへと届く

その言葉が、アスカを震わせた

その言葉が、アスカを導きいれる

闇の中に浮かぶ影が手を伸ばす

アスカが足を伸ばして、その手を取れるようにと、導として

閉じられたカーテンの隙間から、夜の明かりが差し込み、部屋を微かに明るく満たした

手を伸ばす影が、その輪郭を現していく

銀色の髪、ピジョンブラッドのような紅い瞳

夜明かりの中で天使のように微笑む影は、ベッドの脇に腰を下ろして、アスカが来ることを知っていたかのように迎え入れた


「…………カヲル」


アスカがその名を呼ぶ

赤い海の上で、流星群の光の下で、そして今アスカの中に流れる流星群の下で、場所となる誓いをした天使の名を

柔らかなベージュのカーペットの上を進み行き、アスカは、カヲルのベッドの前に膝をつく

そして、ベッドに腰掛けるカヲルのその足に両手をつき、顔をそこに伏した


「流星群かい……? アスカ」


何もかも見透かす言葉に

何もかも理解し、飾らない優しい言葉で自分の頭の上に手を置き、アスカの長い髪を優しく撫でるカヲルに

アスカは、見透かされているという微かな悔しさと、これ以上無いくらいの安心感を抱きながら、小さく頷いた

アスカの髪を梳くカヲルの掌のぬくもりが、やさしさが、流星群の光の流れの故に硬直したアスカの心をゆっくりと溶かしていく

撫でられるそのたびに、心地よさと、大きな安心感とがアスカの中に巡っていった


「泣いていいよ、アスカ

 流星群への涙を、溜め置いたりしないで

 僕が泣く場所になるから

 アスカの泣く場所として、僕がアスカの涙に濡れるから

 だから……泣いていいよ、アスカ」


カヲルの言葉一つ一つが、流星群に飲み尽くされたアスカの想いを引き出しては補完し溢れさせていく

流星群からの解放として

アスカの眸から涙の雫が溢れ出して、カヲルを濡らしていく

とめどなく、とめどなく

それが、アスカの想いが、アスカの眸から流れるごとに、泣く場所であるカヲルを濡らすごとに、アスカの中の流星群は消えていく


「ありがとう、カヲル……」


涙を溢れさせながら、微かな声で、でも想いを精一杯にこめた声で、アスカはカヲルに紡ぐ

それに、カヲルは幾許かの沈黙をもって返した

アスカの涙がカヲルを濡らし、アスカの心をカヲルが撫でる

流星群が消えて行き、静穏が部屋を満たしていく

流星群が流れ消えていく、流れ消えていく

アスカの後ろに、カヲルの後ろに






「カヲル……」


アスカの泣く音が止んで久しく、その亜麻色の髪の梳く音だけが、静寂を伝わる

そんな中、アスカは小さくカヲルを呼んだ


「なんだい……? アスカ」


アスカの声に、カヲルは髪を梳く手を止めずに、柔らかいアルカイックスマイルを隠れたアスカの表情に向ける


「あんたが、いてくれて、よかった……

 あんたがいるから、あたしはここに生きてられる

 あの赤い海の上で、流星群を背にして、あんたに縋って泣いていた私に、あんたは言ってくれたわ

 あたしの全ては、あの流星群じゃない

 あの流星群は、あたしを縛っていた夜の鎖だって

 あたしの全ては、惣流アスカ・ラングレー、その存在の中にある

 アスカというあたし自身が、あたしそのものだって

 あたしがいれば、そこから全ては生まれるんだって

 そういってくれた」


あの時の、あの場所のことがカヲルの頭を過ぎる

アスカと二人、あの海の上で、流星群の奔流が過ぎた後の静寂の中で、言葉を交わしたあの時のことを

それでも、カヲルの手は、カヲルの瞳は、その記憶のために変化が現れることなく、ただアスカへの想いを乗せていた


「……そうだったね

 そして、それは今も変わらないよ、アスカ

 君の全ては、君の存在から来る

 アスカという存在は、アスカ自身なんだ」


変わらない言葉、変わらない意味

あの時綴った言葉が、再び紡ぎだされる

その、変わらないということに、変わらない意味ということに、アスカはカヲルを握る手の力を少し増した


「あの流星群は、あたしが、赤い海においてきて然るべきもの

 あの流星群が、あたしの中にあったなら、あたしは赤い海に留め置かれていた

 それは、あんたが言ったとおり、滅びと同義だった

 流星群は、あたしの涙を伴って別れなきゃいけない過去で、それと別れて初めて、あたしはあたしとして歩くことができた

 あたしが本当に求めるものを求めることが出来た

 でも、それが出来たのは

 泣く場所があったから

 あたしのレゾンデートルを、あんたが教えてくれたから

 そして、あんたの存在を、あたしのレゾンデートルとして与えてくれたから

 だから、あたしは、こうやって生きて、歩いていくことができる

 それは、カヲル、あんたがあたしの傍にいてくれるからなのよ

 それが、すごくうれしくて、涙が出てきて、とても愛しい

 ありがとう、カヲル

 あんたがいるから、あたしはこうやって生きてられる」


言葉が、想いが、今を遷していく

あの時のあの場所から、移りかわった今という場所を

変わることのない意味を持つ場所を

ただ、時だけが過ぎて、さらに意味を重ね増したこの場所を 


「それは、僕も同じだよ、アスカ

 君と共に生きる、そのことが

 君の泣く場所となる、そのことが、レゾンデートルを失って滅び行くに任されていた僕を繋ぎとめた

 生きる意義を、君からもらったんだよ

 アスカがいるから、僕も生きている

 アスカが隣に生きているから、僕はこうやって生きていくことが出来る

 欠けた心はそれぞれの心にあり、その者だけではけして埋めることの出来ぬもの、だが、二人ならば、それも補える

 僕はそう信じているんだよ、アスカ」

「…………うん」

 



カヲルがアスカの髪を梳く音だけが静寂を彩ってから幾許かが過ぎた時

カヲルは、アスカを起こすように、その名前を呼んだ

時の過ぎた今という場所から、さらに時の過ぎていく場所としての思いを乗せて


「ねえ、アスカ」


その声に、新しく重なるものの雰囲気を乗せたその声に、頬を濡らすものの消えたアスカは顔を上げる

その表情に、カヲルは優しいアルカイックスマイルを浮かべて言葉を紡いだ


「もし、アスカがかまわないのなら

 これからの夜は、僕と一緒に寝ないかい?

 アスカが流星群を見たとき、僕がいつでも抱きしめていられるように

 アスカが泣きたい時、僕が泣く場所として、いつでも傍にいられるように」


アスカは、一瞬遅れて、その言葉の意味を理解し、その目を見開いた

言葉を失う

言葉を紡ごうとしても、なかなか纏まらないそれは、アスカの口唇から出てこなかった

そんなアスカにカヲルはすこし首を傾ける


「ダメかい?」


紅い瞳が、アスカの青い眸を覗き込む

そこに映る自分の姿に、アスカの中に確かめたような想いが再び刻まれて、カヲルの言葉に答えを返した


「そんなこと、ないわ」







赤い海の上の宙を流星群が流れ、私の全てを奪おうとした

私に在ると思っていたものをすべてつれて

私の全てである、私そのものを連れて行こうとした、流星群のその先へと

でも、そんな私を引き止めてくれるものがいた

そんな私に気づかせてくれるものがいた

そんな私に、場所をくれるものがいた 

流星群が流れ去った後の宙

その下に残るのは、存在を安らかに留め置いておける

そんな居場所

私が、今居る、この場所








貴方が泣く場所になってくれるから、私は流星群など見なくていい

貴方が私を必要としてくれるから

貴方が私に触れてくれるから、私はここにいられる



Because you become my crying place, I do not need to see meteor stream.

You need me.

I can put my existence in this world, because you touch me.








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