ひんやりとした鋭い指

か細い五指が服越しに触れる

それから、微かな力が加わり、肉にめり込む感触がくぐもった

独特な鈍い音が広がって、皮膚を切り裂き、筋肉を分け、左肺を縫うように押しのけて、その先のものが掴まれる

そして静寂の中に掴まれたその鼓動だけが耳の中で大きく響いていた

痛みはない

不思議な感覚

それは嫌なものではなかった、むしろどこか溶け合うような安心感さえある

左胸から少しだけ右にいったところ、そこに生え出るかのように彼女の細い腕が差し込まれていた

僅かな緋色の鮮血が、白い腕を伝わって、黒き月の上に一雫、音を立てる

空には、あのときのように白く輝く満月が浮かんでいた








    互いに抉り出した心    aba-m.a-kkv








理解とは、どういうものだろう?

受け入れるというのは、どういうものだろう?

差し出すというのは、どういうものだろう?


僕は、どれも知らなかった、わからなかった

僕は、どれも知ろうとしなかった、わかろうとしなかった


でも

今は、なぜか知りたい、わかりたい

こんな状況だから?

こんな場所だから?


それも、あるのかもしれない


でも、それは、ただのきっかけに過ぎない

それはただの引き金に過ぎない

そう思う、そう感じる


実際は求めていたんだ

とても、とても、これ以上ないくらいに

理解したいと思っていた、理解してほしいと思っていた

受け入れたいと思っていた、受け入れてほしいと思っていた

誰でもない君に

ただ一人の君に

そう、ただ一人の、君に




円の中にいた

紫の鬼神を纏って

円を形作るものは九つの白亜の異形

沈黙したはずのそれは、切り刻まれ、打ち砕かれ、引き裂かれ、ぶち撒けられたはずのそれらは、
 ゆっくりと蠢き、ゆっくりと血肉を再生し、ゆっくりと聳え立った

そして笑みを浮かべる

背骨を舐めるような、その口元を耳まで裂いた笑みを

そして、畏まる様に頭をたれる

片ひざを、あるべき姿へと現した黒き月のその表面へと着け、螺旋に身をよじり頭を二股に裂いた赤黒い槍を突き立てて

まるで、主を迎える臣下の如く、神を迎えた信者の如く、闇と光入り混じる混沌を浮かび上がらせた黒き月の上でそれらは円を形作っていた

それらは、もはや量産型という称号を砕いて捨て、樹の基となる種の一部として、その要石の一つとしての役をもってそこにあった

待つのは最後にして最初、最初にして最後の依り代

命を司る大いなる樹の種となるものを

その中にあって、紫の鬼神、エヴァンゲリオン初号機はただ静かに、時が止まったように佇んでいた

それは最後の刻

すべてを決める刻

黒き月が浮かび上がり、量産型が九つの意味として種となり、槍が白き月で待ち、すべてが整った

残るは、依り代だけ

そんな中で、少年は、ただ待っていた

時の流れを感じることが出来ないような、そんな世界で 

時の流れなどもはや意味を奪いさられた、そんな世界で

ただ一つのものを待っていた






目の前に広がる光景も、瞼を閉じれば映し出されることは無い

自分を包み込む絶望も、それ以外のことで心を満たせば表れることは無い

でも、それは逃避ではない

いままで数え切れないくらいにしてきた逃げる行為ではない

そう思う、そう意志を込める

そして、その顕れのように、今は手を握ったり開いたりすることも、頭の中で同じ言葉を繰り返すことも無い

ただひたすらに、瞼を閉じて、心を考えで満たす

待つ、ということも行動の一つ

何処かで聞いた台詞が頭を過ぎる

こんなにも切迫した状況で、これ以上無いくらいの絶望的な状況下で、それでもこれは逃避ではなかった

そこに意志がこめられれば、それを確固としたものに出来るなら、待つということも行動となり、それは時をも支配しうる

もし、この絶望から、最悪のこの状態から逃げたいと世界を拒絶すれば、それで世界が終わってしまう

それが、LCLに伝わる雰囲気から、目の前に描き出される光景の雰囲気から、何処か漠然としながらも明確なまでにわかっていた


拒絶しちゃだめだ

あの時みたいになるのは、もう嫌だ

ただ、表面だけに囚われて、ただ、自分本位な即時的な思いに囚われて拒絶したあの時みたいなことは


拒絶という行動も、そこに意志があれば行って理に沿うこともある

けれど、いまは拒絶してはならないと感じていた

そして、あの時も拒絶してはいけなかった、そう思う

そして、これからは絶対に


何故自分は拒絶した?

自分が弱かったから、本当に見るべきところを見なかったからだ

人は成長しなきゃならない

そうじゃなきゃ、ここにいる意義が無い

だから、僕はもう見ないことはしない

拒絶しない

だから、ここにいる


初めて出会い、いろいろな言葉をつけていくごとに、本質的なものは収束していった

曖昧でわからなかった想いも、今はよくわかっている

その想いは何だ

いままで自問することも向き合うこともしなかった問い

でも、問うた今、向き合った今、考えた今、それはとても簡単なことだった

何故もっと早くに考えなかったのか、答えを見出さなかったのか

こんなにも大切なことを、こんなにも重要なことを、こんなにも綺麗なことを

こんなところに来るまでに、あんなことをしてしまう前に

いくらでも機会はあった

あの月の下でも、紅茶の薫るあの部屋でも、水の流れる美しい庭園でも

ただ少し、ほんの少し踏み出していれば

再会したあの廊下でも、それから出会った幾つかの日々でも、あの真実を越えた朝でも

ただ少し、ほんの少し手を伸ばしていれば

そして、それをしなかった自分を呪う

でも、呪った自分を拒絶することはしない

それを受け入れる

そうでなければ、シナリオのままに世界は終わってしまうから

そして、失ったものを取り戻す機会を永遠に失ってしまうから


「僕は、もう逃げない

 だから、来て、綾波」








未完成なまま時を止めたセフィロトの樹の儀式陣の前に一つの影が立つ

見知った制服に身を包んだ影は、蒼銀の髪を揺らして境界線の前で一瞬眸を閉じた

ほんの一瞬

そこに何があったのか、逡巡か躊躇か思案か意思か、それを読み取るものはいない

それでも、刹那の先に開いた眸には、その紅い眸の中には決意があった

そして、境界線を、未完成のセフィロトの樹の儀式陣の境界線を、その足が越えた






紫色の鬼神、その胎内にあって、それを感じる

目で見たわけでも、耳で聞いたわけでも、手で触れたわけでもないのに、それを感じた

閉じていた瞳を開く

そこには黒き月、傅く九つの白亜の要、そして――


「僕は何を望む、どう行動する?

 僕は……」


言葉から漏れた気泡がLCLを上方へと伝わって消えていく

そこに、意を介さないまでに小さくした最後の迷いや躊躇を乗せた

それを刻限としたように少年は初号機の身を低く移し、イジェクトレバーを引く

圧搾音とともにLCLに減衰された微かな重力が身体を伝い、それが止むと同時にLCLが排出され始めた

水位が見る見る減っていき、肺に溜まったLCLを吐き出すと、少年は張り付いた衣服をそのままにプラグハッチの非常時開閉レバーに手をかけた

LCLと置換するように注入されていく空気で一つ大きく息をすると、レバーを一回転回して押し入れる

ロックと蝶番が爆砕され、その衝撃とともにハッチが外側へと吹き飛んだ

独特な様相を内包した空気が一気に流れ込む中で、ハッチに足をかけ、外へと身体を押し出した

初号機の首元に降り立ったそこには、異様にして荘厳、異形にして畏怖の光景が広がる

それは、まるで神々の領域

それでも、圧倒されることは無かった

それは、自分がこの場所の、この世界の依り代として、このすべての最終部分を司るものであるということを知っていたから

この空間に満ちる雰囲気に教えられていたからだろう

でも、それは権威というもの、自分自身の小さな存在意義に対する後ろ盾に過ぎない

本当にこの世界に圧倒されない理由はただ一つ

この九つの円の中に足を踏み入れた小さな存在を見つめていたから

ただそれだけ、そして、それが最大のものだった


黒き月の力によって大いになびき吹き荒れる風が、濡れた髪の毛、濡れた衣服からLCLを奪っていく

そんな空間流動の轟音の中で、少年は小さく呟いた

自分を黒き月へと下ろすように、と

その言葉を絶対的な箴言を聞いたもののように、紫の巨大な腕がゆっくりとその元へと伸びる

そして、その掌が迎え入れた

特殊複合装甲に包まれた掌に乗り、その人差し指に手をついて、初号機の身を降りていく

依り代が降下していく間も光景は変化をもたらさない

白亜を纏う異形の要は九つとも傅いたまま、額づいたまま硬直したように静止している

黒き月は混沌を浮かび上がらせ、空間を流動させながらも待機するように規則的な揺らぎに留まっていた

天上には白き月が光雨を注ぎ、その無空の軌道には赤い槍の姿が巡るが、根を下ろす約束の地に降臨する意志を見せてはいない

それらは依り代の行動を抑制しようとはしなかった

それは、シナリオでも計画でもない、最終段階に入った儀式が、最後の決定が下されるまでもう変化し得ないということなのだろう

黒き月があるべき姿で在り、九つの白亜の異形が要として傅き、白き月と共にロンギヌスの槍、そして中核たるエヴァンゲリオン

それが整っているならば、時さえも変えられぬということ

すべてを通過儀礼として拘束し、もはや止められぬ巨大な歯車として始動させたシナリオでさえ、
 実際は最後の最後でエンターキーを押す依り代の意志に収束していく

その選択肢を一つに、彼らの決定に絞るために、依り代の中に拒絶を埋め込もうとしたわけだが、それは一つの心に関してのみ縛り、
 もう一つに向かう心までは拘束できなかったのが今に繋がる

この世界にあって、シナリオも計画も白紙に戻っていた

その白を彩れる者が、この世界に二つだけあった

一つは最後の要の掌の中に、もう一つは黒き月の上に





紫の装甲で覆われた掌が、光と闇の入り混じる混沌の中に沈みこんだ

そこで、少年の言葉の命は役割を終え、降下する腕が止まり守るように囲っていた指が開いて依り代を解く

そして、依り代は混沌を浮かび上がらせる黒き月の上に足を踏み入れた

黒き月が、その混沌が、丁寧に依り代を迎え入れる

風が、空間流動が、黒き月のもたらしていたものがその刹那消失した

静寂と静穏とが世界に満ちる

歩みを向けても足音が響くことは無く、耳を澄まして聞こえるのは息の音、心臓の音、そして少年のもとに歩みを向ける者の音だけ



闇と光がなびく黒き月の混沌の草原の上を少年が歩いていく

そして、自らに近づいてきた蒼銀の髪を纏う少女の前に立った

黒髪の少年と蒼銀の髪の少女の邂逅

絆を絶たれ二度と相対することのかなわないはずだった二人の邂逅

それでも、黒き月は揺れず、白亜の異形は動かない

それは、二人を見守っているかのようだった

この邂逅が、もっとも重要な儀式の一つ、その先に続く最後の儀式の最終的な導となるもののように


「……綾波」


黒き月によって静寂が注ぎ込まれる混沌の草原に、壊れやすいものに触れるかのような少年の声が伝わっていく

そして、その音と意味は、その名を向けられた少女に届いて消えていった

その声に、そこに乗せられた名に、紅いピジョンブラッドのような眸が微かに揺れる

そして、刹那の逡巡が眸の中に影を見せ、その口唇が言葉を詮索するように一瞬こもって、少女は少年の瞳を見つめた


「碇くん……

 世界は……

 世界は、ここまで来てしまったのね……」


澄んだ綺麗な少女の声

少年にはひどく懐かしさを感じると共に、悲しさと痛みもそれに加えられたように伝わる

少女はその紅い眸を黒き月の地平線全体に見渡して言葉を繋いだ


「SEELEの意思も司令の意思も届かない、死海文書の最後の一行

 空白であり、干渉されることの無い、書き刻まれるために残された最後の一行まで」


少女の蒼銀の髪が半分その表情を隠す

そこには微かな悲しみが浮かんでいるような雰囲気があった


「世界は、終わってしまったのかな……?」

「……いいえ

 でも、それはすぐそこまで来ている

 ここにある要だけでは、未来はすべての滅びしか生み出しえない」


黒き月の地平、そして傅く要、白き月の在りし天空を見つめながら問うた少年に、蒼銀の髪を纏う少女はそう答える

でも、その雰囲気は確かな否定の雰囲気を持ちえてはいない

少年はそれに、言葉ではなく、雰囲気で続きを促す

世界がどういう状態にあるのか

世界がこの先にどういう道をたどるのか、たどれるのか

いまこの世界にあって、唯一すべての真実を知っているだろう少女の言葉を

少女は、少年の意図を汲み、少しだけ沈黙を口唇に乗せて、それから纏めるようにゆっくりと紡ぎ出した


「滅びの宿命は、黒き月を苗床とし、十の要を意味を冠した種として、ロンギヌスの槍が根を下ろすことで成就する

 アンチ・A・Tフィールドの高密度集合体であるロンギヌスの槍の成熟が、セフィロトの樹の成体となって世界を覆い、
  すべての生命からA・Tフィールド、心の壁、個体を形成する欠けた心を除き去る

 すべては個体を保つ意義を失い、何の意志も持ち得ない原始の海へと還る

 何の意志も持ち得ない状態は、生命の死と同義

 それが、知識の実を食らうた群体の滅び

 人類という、第十八番目の使徒リリンの滅び

 滅びに必要な要は十、セフィロトの樹の正儀式陣に必要な

 九つは九体の量産型エヴァンゲリオンのS2機関を還元することで得られ、その機能を彼らは持ち合わせている

 そして、もう一つは、エヴァンゲリオン初号機、そして…………碇くん」


静かに呟いた名前がしんみりと零れ、黒き月に落下する

少女は顔を伏せていた、その眸を覗くことは出来ない

そんな、とても悲しそうな雰囲気を纏う少女の姿は、少年に手を伸ばしたいと思わせるものだったが、少女はそれを遮るように言葉を続けた

そこには、どこか少年が帯びた雰囲気と似た、少し溢れる決意のようなものが感じられる

 
「でも、そこにもう一つの要が加わるなら、十一の要が黒き月の上、セフィロトの樹の儀式陣の上に存在するなら、
  滅びの儀式は逆の意味を持ち成立しなくなる

 十一番目の要の追加は、儀式の意味を逆転させ、アンチA・Tフィールドではなく、A・Tフィールドを生み出す

 儀式から生まれたA・Tフィールドは、アンチA・Tフィールドの高密度集合体であるロンギヌスの槍、
  そこから成熟するセフィロトの樹を枯れさせることになる

 増大したA・Tフィールドは世界を包んで、不安定化したこの世界を再び前の世界のように隔立させるはず

 それが、滅びの対するもう一つの選択

 そして、もう一つの要、十一番目の要となりうるのが、私」

「……綾波、が?」


ちゃんと伝わるようにとゆっくりと説明を紡いでいた少女は、最後の一つに空白を置き、思い定めるような強さを纏わせて静かに言った

その事実を気がついていないわけではなかった

自分がここにいて、そして少女がここにいる

自分のいる意味を悟っている今、少女がどういう意味を持つのか

それでも、少年は確かめるように尋ねる

それに、少女は淡々と言葉を繋げた


「そう、私は司令の計画の要である以前に、死海文書に刻まれたものとしての役割を持っていた

 それが、この要となること

 でも、今の私では、十一番目の要として、このセフィロトの樹の儀式陣に加わることが出来ない」

「何故?」

「この儀式に選ばれたものが、碇くんで固定されてしまったから

 それは、SEELEと司令との間で計画が分断されていたせいでもある

 司令は私という要を使って限定的なサードインパクトを計画した

 初号機の中に囚われているものとの邂逅を願って

 SEELEは傀儡とした依り代を乗せた初号機を要に世界的なサードインパクトを計画した

 すべての群体を統合して一つの生命体にすることで、限界に達したかに見えた人類の進化を大幅に進めようと

 本来一つだったサードインパクトがシナリオの中途にして分裂したことで要の役も分裂することになった

 私は司令の要、碇くんはSEELEの要

 私が司令の要を反故した今、SEELEのシナリオが進行したこの世界に関して私は契約のもとにいない

 いま、この世界は碇くんの血で契約を結んでいるの

 でも、私が加わる方法が一つだけある」

「それは……?」

「………………」


言葉が止まる

言わなければならない、でも言うことを躊躇う、そんな言いよどみに俯いたまま固まる少女の口唇は震えていた

そして、微かではあるけれど、その華奢な手や身体も

そこに何があるのかわからない

いままでの言葉すべてを止めても口を噤むものが何なのか

でも、それが何であっても、少年はそれを受け入れると心に決めていた

それを顕すように、精一杯の優しさを込めて少女の名前を呼んだ


「……綾波」


少女の身体が刹那大きく震えた

そして、ゆっくりと顔を上げ、悲しそうな表情をたたえながら紅い瞳を少年に向ける

少年はそれを受け止めるように、自分の瞳の奥に少女の眸を映した

そんな少年に、少女は意を決したように、震える口唇の封印を解く


「それは……

 それは、碇くんの心臓を抉り出して私に埋め込むこと

 私の心臓を抉り出して貴方に埋め込むこと

 血の原点、心の原点、その核たる心臓を交換することで、私の権威の半分を貴方に、貴方の血の半分を私に宿らせることが出来る

 リリスの権威を持てば、貴方は初号機を介することなく儀式陣に参画できる

 リリスから生まれたものである私と、リリスから作られた初号機はいわば血族

 SEELEのシナリオでは空っぽの依り代を儀式陣に参画させるために初号機の権威が必要だった

 でも、私の権威の半分があれば、貴方の意志を直接儀式陣に反映できる

 そして私も貴方の血によって儀式陣に参画し、貴方の意志を刻む使徒として付与された力を行使できる

 貴方は私の力を持って要の中に入り、私は貴方の血によって十一番目の要として加われる

 儀式の意味を反転させ、世界を元の状態へと再構築できる

 でも……」


沈黙

恐れ

それが眸の中を渦巻くが、それを払拭するように少女は口唇を噛んだ

これから紡ぐ自分の言葉で少年がどう反応するか、自分のもっとも恐れ隠していた根幹

それを少年は知っている

それが顕れたものを少女は知っている

そして、それが悲しいことであったということも

それでも、言わなければならない

それを言わなければ核心には触れないのだから

計画だけでなく、自分の心に対しても

この少年には伝えなければならない

長い、長い時にも似た一瞬の沈黙を挟んで、少女は続けた 


「でも……私はヒトじゃない

 ヒトじゃない私の心臓を貴方の中に入れたなら、碇くんもヒトではなくなってしまうかもしれない

 だから……」

「かまわない」

「……えっ……?」


紡いだ言葉を刹那に打ち砕くような、それ以上言わせない、そんな強い意志を帯びた言葉が、少女の言葉を遮った

突然の言葉、そしてその意味に、少女は憂いも戸惑いも恐れも吹き飛ばされて、俯いていた顔をはっと上げる

そこには、まっすぐ前を、少女を見て離さない、少年の優しい眼差しがあった

そのまま、少年は言葉を重ねる

この時が、自分の想いを現して、そして伝える最後の機会だと知っているから

ここで言葉を顕さなければ何もかも、取り返しのつかないすべてを越えて終わってしまう

最後の、本当に最後のこの世界にあって、終わらせたくない想いを、伝えなくてはならないから


「かまわない

 僕は、ここに立って、心に決めたんだ

 僕の弱い心のせいでこんなところまで来てしまった

 世界をこんな風にしてしまった

 たくさん大切なものがあったはずなのに

 僕はそれを拒絶していた」


少年は世界を見回す

黒き月、九つの白亜の異形

世界に既存のものの影は無く、すべてが黒き月の混沌の中に沈んでいる

独特な空間に、時の遅滞

そんな世界の終わりを形容する姿を

それから、回顧するように黒き月の地平を見つめる

 
「昔は世界が嫌いだった

 自分が嫌いだったから

 どうやって生きたらいいかわからない

 ただ生きているだけ、生かされているだけ

 生きている意味も意義も何も無くて、生きていても死んでいてもあまり変わらない

 そして恐怖だけが、傷ついたり傷つけたりする、そんな恐怖だけが心に満ちて、世界も人も自分も嫌いだった

 でも、この一年で、いろんな大切なことを知れたし、持てた

 つらいこと、悲しいこと、それもたくさんあったけれど、僕はこの世界で確かに生きていたと思う

 恐怖はまだここにある

 自分の未熟さや弱さも

 でも、それを覆い上回るものがあることを知ったとき、それは遅すぎたことだったけれど、世界は僕にとって恐怖だけじゃない大切なものだった

 人も恐怖だけじゃない大切なものだった

 だから僕は世界を滅ぼしたくない

 もう、世界を拒絶するのは嫌なんだ

 世界も人も僕も、恐怖があっても、弱さがあっても、それでも生きていけるってわかったから

 恐怖に閉ざされた人類の新世紀も、人は開いていけるって信じているから

 それに……」


静寂がおかれる

少年は少しだけ瞼を瞑り、そして少女を見た


「僕が受け入れるのは綾波の心臓だ、君の心だ」


少年と少女の、止まっていた時が、その凍てつきが解け始める

少女の幾重もの影に、そして真実に少年が拒絶したあの時から止まっていた時が


「僕は、綾波に謝りきれないくらい酷いことをした

 君を拒絶した

 ちゃんと見れば、自分の心を、君の心をちゃんと見ていれば、そんなことをするなんて、愚かなことはしなかったのに

 むしろ、君を受け入れることが出来たはずなのに

 弱い僕の心は、ただ目の前のことばかり刻んで、君を拒絶して傷つけてしまった

 でも、僕の本当の心は、理解したかったんだ

 受け入れたかった、僕は君を求めていた、君を失うことを恐れていた

 君が、好きだったんだと思う

 だから許してほしい

 僕は、君を理解したい、君に理解してほしい

 君を受け入れたい、君に受け入れてほしい

 綾波は綾波だから

 僕の大切な人だから

 その心臓なら、その心なら、僕はそれを喜んで望むよ」

「碇、くん……」


どうしたらいいのか、僕は知らなかった、わからなかった

どうしたら、理解できるのか、理解してもらえるのか

どうしたら受け入れられるのか、受け入れてもらえるのか

その術を僕はずっと知らなかった、わからなかった

今も、これが正しいのか、あっているのかはわからない

でも、とても簡単なこと、まっすぐなことだったのかもしれない

こうやって言葉に表すことが、こうやって言葉で伝えることが、大切だったのかもしれない


永遠とも思える時が流れて、そして少女は頷いた

その目に、決した意志を輝かせて


「…………わかった」




 





長い沈黙と静寂の後、少女は少年のすぐ前まで歩みを進めた

腕一つ分も離れていない距離、手を伸ばせば容易に触れられる距離


前は、この距離は不干渉領域だった

手を伸ばせば、足を踏み出せば、触れ合える距離、縮められる距離

でも、それ以上隙間を狭めることができなかった

まるで、そこに拭いきれない鉄のカーテンが下ろされているかのように

初めてあった頃に比べれば月と地ほどの差がある

でも、その僅かな距離をあの時は永遠のようにさえ感じていた

でも今は、この絶対的だった境界線を越えようとしている





少女が紅い眸を隠す

腕をゆっくりと上げ、指を真っ直ぐ伸ばし、少年の胸の触れるか触れないかのところまでもっていって止める

それから微かに意識を収束させるような表情を浮かべると同時に、少女の真っ直ぐ伸ばされた手を赤い光が薄く淡く包み込んだ

少女はゆっくりと瞼を開き、紅い綺麗な眸を少年へと向ける

少年はそれを見つめて、一つ小さく頷いた

それは依り代が自ら尖筆を取り、残し置かれた死海文書の最後の空白に最後の一文を刻み始めた瞬間

儀式の始動、時が動きだす


少女の指先が、ゆっくりと少年の胸に触れる

幾許かの時をそこに過ぎさせて、それから、掌を覆う赤い光が強く増した

少女が力を込める

服を、それが存在していないように通り抜け、鋭利な刃物で引いたように皮膚が裂ける

少しずつ埋まっていく少女の手から腕に一筋の血が伝い落ちた、白い腕の上で、それは鮮やかなまでに

筋肉部をわけて通った手が内腔へ入り込む

ひんやりとした、でも確かに温かい感覚が体の中心にあって広がっていくのが分かる

少女の手がさらに進み、肺胞部を押し退けると、その先にあるものに触れた

強い脈動が少女の指先を跳ねさせるが、少女はその手を広げてその生きるものを包み込む


自らの心臓を握り締められる感覚に少年は不思議な感触を覚えていた

痛みでも不快感でもない

少女の掌が心臓を掴んで同じく脈動を伝える、それに、何処か溶け合っているような、一つになっているような感覚があった

これが、最後の境界線を越えたことを示している、と思わせるような

でも、これはまだ片方に過ぎない


暫くの間、一体となって共に鼓動していた少女の掌が、禁断の木の実を内包しているようにゆっくりと少年の心臓をもぎ取った

母親の産道を通る胎児の如くゆっくりと引き出されてきた心臓は、
 薄く淡い赤き光に包まれた少女の掌の中でさらに強い光に包まれながら脈動していた

少年の胸に刻まれた傷からも赤い光が漏れる


「碇くんの、心臓…その心…」


そう呟いた少女は、愛しそうに、すこし悲しそうに、力強く鼓動する自らの掌の中の心臓を見つめて、それから少年のほうに顔をあげた


「私は貴方の心臓を、私の手をもって抉り出した

 私の心臓を抉り出すのは貴方

 私を、私の心を抉り出して」


少女は左手を伸ばして少年の右手を掴み、自らの胸元まで導く

少年は迷わなかった、その心に決めた意志があったから

少女の胸に指先を触れさせる

少女の中心が赤く煌めいた

少年が力を込めると、それは溶け込むように受け入れていく

見知った制服を透過し、滑らかな白い皮膚を、乳房を、筋肉部を赤い光に沿って進む

少年の腕を一筋の血が鮮やかに伝い落ちて、黒き月を小さく緋色に染める

少女の息遣い伝わる肺胞を押し分けて、その奥にある、焼き尽すように熱く優雅に鼓動するものを掴んだ


…綾波の心臓、なんて力強く生きてるんだろう


少女がそうしたように幾許かの時を共に鼓動することに刻み、そして少年は少女の心臓を抉り出した

それは少年のと同じく赤い光に包まれて、その掌の中でしっかりと脈動している

黒き月の上、その中心にあって生きていることを世界に刻み込むように鼓動し脈動する二つの心臓

そして少年と少女



「私は碇くんの心臓を抉り出し、私の掌の中に碇くんの心臓がある

 私はこれを何処にしまえばいい?」


少女が尋ねた


「抉り出された僕の心臓は、君の胸の中へ」


少年が答える


「ありがとう」


少女は呟き、そして掌の中の少年の心臓を宝物を扱うように自分の胸にあてた

赤い光が収束し、少女の胸の中に溶け込んで消える

刹那、少女の紅い眸から一つ涙が零れ落ちて黒き月を濡らした

そこに少年の心があったから




「僕は綾波の心臓を抉り出し、僕の掌の中に綾波の心臓がある

 僕はこれを何処にしまえばいい?」


少年が尋ねた


「抉り出された私の心臓は、貴方の胸の中へ」


少女が答える


「ありがとう」


少年は呟き、そして掌の中の少女の心臓を大切なものを扱うように自分の胸にあてた

赤い光が収束し、少年の胸の中に溶け込んで消える

刹那、少年の紅い瞳から一つ涙が零れ落ちて黒き月を濡らした

そこに少女の心があったから




少年の中で少女の心臓が、少女の中で少年の心臓が、それぞれ鼓動し始める

セフィロトの樹の儀式陣が動き出す

セカンドインパクトの扉が開く



 
少年と少女は手を繋いだ

堅くしっかり、切れること無き絆のように

第十の要と第十一の要の奥に、それぞれの名と想いとを結んで

全天は水晶よりも透き通り、宙の濃い青を敷く

その真ん中には月が

真っ白に淡き柔らかい光雨を注ぐ月は、あの日の月のように真円を、あるべき姿を表している


いま、ここに立つ僕たちの絆は、怖がりながらも言葉を交し、心を交し、手を繋いだ僕たちの絆は、あの日あの月の下で生まれ、
 この日この月の下で歩き出したのかもしれない


「真っ暗で何もない道でも…」


月を見上げる少年に、少女が言った

少し目を見開いて、でも直ぐに、想うのは独りじゃない、覚えているのは独りじゃないことに気が付いて、握る手の力を増しながら言葉を繋ぐ


「二人で行けば、何か見つかるかもしれない」


そして共に重ねる、自分達の道へ


『あの空に浮かぶ月のように』


黒い瞳と紅い眸が交わって微笑み合う

あの月の下で交した微笑みのように

互いに抉りだした心が、それぞれを一つにするように


「行こう、綾波」

「ええ、行きましょう、碇くん」


頷き合い、互いの心臓に同調させるように、少年は血に、少女は権威に意志を込めた

互いの意志を、一つに結んだ意志を

手を繋いで隣り合う少年と少女の背に翼が生まれる

赤き光が極限までに高まった金色の翼

少年と少女が互いの心臓を抉り出し一つにしたように、金色の翼は少年から六枚、少女から六枚輝き出て広がっていく



『 エファタ!! −開かれよ− 』



その言葉を鍵としてセフィロトの儀式陣が形成され始める

金色の拾弐翅を広げて中核へと浮かび上がる二つの要の下で、黒き月が空間ごと収束し樹の苗床となるために混沌を増していく

その上で傅き額いていた白亜の異形は天使のような翼を広げた

そして、その額に刻まれたそれぞれの要の名に従い、九つの場所へと赴陣していく

金色を纏う二つの要を中心に白亜の異形が列すると、それは手に持っていたロンギヌスの槍の欠片を天上に掲げた

そして、九体が呼応するように同時に自らの胸へと槍を振り下ろし真紅のコアを貫く

刹那、量産型の巨躯が消し飛び、コアとロンギヌスの槍の欠片が融合して生命の実があるべき姿を現した

黒き月が解放され、九つの要が解放され、金色の二つの要が座した瞬間、光の線がそれらを結び、意味をなした文字が刻まれる

儀式陣の完成、そしてサードインパクトに繋がる物語の終章として、白き月の拘束が解かれた

ロンギヌスの槍が青い光の流れとなって降臨する

すべての繋がりを断ち切る青い光を帯びて

全天が顕にされる中、ロンギヌスの槍は身を一つにまとめセフィロトの儀式陣の上方にあってゆっくりと融合していく

地上に生きる樹木に似た様に九つの生命の実に根を伸ばすと、ロンギヌスの槍の先端部が枝のように幾重にもわかれていった

それから、土に根を下ろすように黒き月へと降下する

黒き月の混沌がロンギヌスの槍とセフィロトの樹の儀式陣を受け入れて苗床となり、
 ロンギヌスの槍はその力の基に枝を繁らせて、セフィロトの樹へと成熟していく

そして、完成へ向かい最後の要である少年へと根を下ろした



何かが入ってくる

それは良い感じのものじゃない

意志のない空っぽの器、そこに入れる意志を求めているような無機質な意思

そこに入れるには人の意志では小さ過ぎるのかもしれない

だから、独りには、人には耐えきれず、納めることができない

でも、今自分にはそれを納められるだけのものが揃っている

新世紀の道を決するだけの意志を、それを世界へ覆い尽すセフィロトの樹を枯れさせるだけの意志を

僕には要としての血があり、要としての権威、そして決した意志がある

そして何より握る手のぬくもりがあり、隣の存在があり、自らの胸の中で鼓動する心がある

一度は拒絶してしまった、そして今は再び絆を結び合えた、かけがえのない大切で愛しい存在が

二人で共に道を、真っ暗で何もない道でも、何かを見つけるために行くと約束した存在が



自分の中心で、大丈夫、と刻むように優雅な脈動を感じながら、少年は心穏やかに意志をそこに込めた

生きたい、その意志を

穏やかに、そして力強く

この胸の中で行動する少女の心臓のように

セフィロトの樹の根が少年をそして少女を包み込んだ



瞬間、セフィロトの樹は黒き月を飲み込むように急速に根を張り巡らし、全天を覆いつくすように枝を大きく広げていく

そして青い光を、すべての拘束をすべての結束を尽く断ち切る青い光をたたえた葉を生い茂らせていった

それは広がった枝全体に息吹き、樹と月とがそこから溢れ出す青い光に覆われて成長していく

青い光に包まれたセフィロトの樹は幻想的なまでの美しさと滅びの畏怖とを纏って星の天蓋まで達し、青い光の葉を散らし始めた

それは、最後の二つの要、その核に根が達し、そこから意志を汲み取った瞬間

青い光の葉の落葉は世界を青い光で覆うためではなく、雨のように落葉する青い葉は地上に触れる前に光を霧散させ無に帰していく

葉が落ちたその枝葉の先端からは赤い光が漏れていた

その根幹、最後の二つの要が包まれるセフィロトの樹の幹からも陽の如く強く明るい赤い光が輝いて、樹全体へとそれを巡り広げていく

幹の中心から徐々に、上は大きく星の天蓋まで広がる枝葉へ、下は黒き月の内深部まで巡る根へと

赤い光が樹を覆い尽くしていくごとに、青い光を駆逐して広がっていくごとに、青い光の葉は落葉し、
 セフィロトの樹を包んでいたアンチ・A・Tフィールドは取って代わられるように弱くなり、樹そのものが収縮圧縮していく

九つの要も、黒き月をも飲み込んで

それはセフィロトの樹の終わり

二人の要の意志の下に、セフィロトの樹が枯れていく

星の天蓋まで達していたはずの樹は、黒き月の奥深くまで達していたはずの樹は、人型の高さまで小さくなっていった

同じく収縮した黒き月を苗床に、同じく収縮した九つの要を種にして

青い光は赤い光と対消滅して消え、それを上回る赤い光がセフィロトの樹の内部で臨界点に達するまでに膨れ上がる

セフィロトの樹は燃える茨の茂みの如くに赤く光を放っていた

そして、その前には二人の要、少年と少女がそれぞれ金色の拾弐翅を広げて、それぞれ手をしっかり握って浮遊する

世界を見つめ、互いを見つめ、二人は広げた十二の翼をセフィロトの樹へと差し込んだ

少年の意志という究極にまで達し金色にまで輝く六枚の赤き光の翼を、少女の想いという究極にまで達し金色にまで輝く六枚の赤き光の翼を

十二の金色の翼はゆっくりとセフィロトの樹の幹へと沈み込んでいき、それは一体となって赤い光の臨界点を越える


『 ナーヴェール ウーラーキーア  −枯れよ、そして広がれ− 』


少年と少女の言葉にセフィロトの樹が弾けた

赤い光、すべての個体を隔立する赤い光は莫大な奔流となって世界を覆い尽くしていく

そして、それが世界を包むと、再び弾けて、赤き光の雨となって世界に降り注いでいった


セフィロトに樹が消えていく

ロンギヌスの槍が消えていく

エヴァンゲリオンが消えていく

黒き月が消えていく

シナリオが消えていく


そして、人の新しい世紀が生まれていく










「セフィロトの樹が、枯れたわ

 止まっていた時が動き出す

 いえ、時が、人の時が戻ってくる

 この赤い光の雨が終われば、もとの世界が戻ってくる

 全てが同じというわけにはいかないけれど、それでも人は新しい朝を迎えるわ」


赤い光に包まれる中で、翼を失った少女が語りかける

黒き月があった大地の上で

紅い綺麗な眸を少年へと向けながら


「そうだね……」


感慨深い表情を浮かべて翼を失った少年が返す

赤い光の奔流を仰ぎながら

その手は少女の手を握り締めたまま


「……碇くん」


少しの静寂の後に、少女が少年を呼んだ

少年はその声に少女の方へと黒い瞳を向ける

少女は少し躊躇いながら言葉を紡いだ


「碇くん、私の心臓を受け戻すわ

 そして、私の中にある貴方の心臓を返す

 今なら、この赤い光の雨が降り注いでいる間ならそれが出来る」


力が残る今ならば、互いに抉り出した心臓を元に戻すことが出来る

交換したときの逆をすればいい

でも、赤い光の雨が止んで力が共に消えてしまえばそれは出来なくなる

少女の中には複雑な想いが巡っていた

自分の心臓を少年の中に残しておけないという思いと自分の心を少年の中に残しておけないかという想いが

でも、自らの胸の中に鼓動しているものゆえにそれを知る少年は穏やかに言った


「このままじゃ、だめかな」

「えっ……?」


少年は自分の胸に手を当てる

ゆっくりと穏やかに脈動する心臓

少女もそれに習って自らの胸に掌を当てた

触れると共に紡がれる鼓動

少年が少女を見つめた


「綾波の心臓がここにある

 君の心がここにある

 だから、君の心を知ることが出来た

 綾波を心臓をこの胸に収めたとき、君の心が僕の中に流れてきた

 綾波が、僕を見ていてくれたこと、想ってくれていたこと、僕のために動いてくれたこと

 すごくうれしかった

 君のことを前よりも少しだけ理解できた気がする

 あの永遠にも思えた距離を越えられた気がする

 でも、僕はもっと綾波のことが知りたい

 理解したい、受け入れたい、君に近づきたい

 互いの欠けた心が、君と僕とを隔てるところまで

 だから、このままじゃだめかな

 それに、僕の心臓は、僕の心は綾波の中にある

 でも、もっと僕のことを知ってほしいんだ

 理解してほしい、受け入れてほしい、近くにいてほしいんだ」

「碇くん……」

「互いに抉り出した僕と君の心臓は、僕と綾波の絆だと思うんだ」

「…………うん」


少年と少女は微笑みあう

あの月の下で交わしたように

赤い光の雨の下にあって







雨が止む

赤い光の雨が

そして、雨上がりに少年と少女は歩きはじめる

互いに手を繋ぎながら

互いに抉り出した心を、互いの胸の中にしまって

その想いを刻んで









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