「はぁはぁはぁ・・。」

苦しそうな声が部屋から聞こえる。

「ミ、ミサトさん・・・。」

本当に苦しそうだ。

「熱いよ・・・。」

何が熱いのか全くわからないがそう呟く。

「死ぬ・・・。」

少年はそう言ってうなされた。

 

 

 

別に卑猥なことを作者は書くつもりはない。

 

 

 

風邪

writer:atu

 

 

その日シンジは風邪をひいた。

いや、風邪というよりこれはインフルエンザだ。

「はぁはぁはぁ・・・。」

酷く熱があがりシンジはベッドで寝ていた。

「アスカ・・・。」

そう呟く声には元気がない。

昨日から一週間アスカとミサトはドイツのネルフ支部へと出張中であった。

「あ〜誰もいないんだっけ・・。」

シンジは朦朧としながらそう呟く。

「水がほしい・・・。」

シンジはそう言うとベッドから転がり落ちる。

「はは、足がふらつくよ。」

そう言っては何度も何度も転んでいた。

 

 

「はぁはぁはぁ・・・。」

シンジ俯きながら冷蔵庫の前で水を飲んでいた。

「熱い・・・。」

シンジはそう言ってそのまま座り込む。

「ベッドに戻らないと・・・。」

シンジはそう呟くが全く足が動かない。

「はは、立てないや・・。」

シンジはそう言って自嘲気味に言う。

「誰か・・呼ばないと・・。」

シンジはそう言って電話があるところまで這いつくばりながら行く。

 

 

ツゥルルルー・・・ツゥルルルー・・・・。

電話の呼び出し音がシンジの頭に響かせる。

そんな音でも頭が割れるように痛む。

「リツコさん・・。」

シンジは朦朧とする頭でそう何度も何度も呟く。

『はい、赤木ですが。』

そんな時、電話の向こうでリツコの声がする。

「あ、シンジです。」

シンジはただそれだけ言うと意識が飛びそうな頭でなんとか説明しようとする。

が、

「・・・。」

シンジは無言で全く言葉が出てこない。

ただ・・・

「助けて・・・。」

と一言だけ言ってそのまま意識を失った。

『ちょっとシンジ君!大丈夫なの!?』

電話の向こうではリツコが慌てていた。

 

 

 

 

「で、慌てて来てみればインフルエンザね・・・。」

リツコはため息をつきながらシンジの熱を測っている。

「全く、こんなに酷くなる前に電話すればいいのに。」

リツコはそう言ってシンジの額にかかっているタオルをかえる。

「いや・・・ただの風邪だと思って・・・。」

弱々しくシンジは答える。

「ま、ここ一週間は治らないわよ。今年のインフルエンザは酷いんだから。」

そう言うリツコの顔は優しい。

「どうする?このままネルフの病院に入院する?」

リツコはシンジにそう言う。

「う〜ん・・・そうしてもらいますか。」

シンジはそう言う。

もう、すでに弱気なシンジしかいなかった。

「わかったわ。ちょっと電話するから。」

そう言ってリツコは携帯でネルフに電話する。

「ええ、そう。いえ、ヘリはいらないわ。そう、そうしてちょうだい。」

リツコは電話でそう言うと通話を切る。

「さて・・シンジ君何か食べた?」

リツコはそう言うと、

「いえ、何も食べていません。」

と弱々しく答えた。

「そう、じゃあちょっと冷蔵庫見てくるわね。」

リツコはそう言うと部屋を出て行った。

「・・・。」

シンジは額にかかるタオルの冷たさに急に眠気が来るのを感じた。

そしてそのまま眠気に任せて眠ってしまった。

 

 

 

「さて、病人には果物か、お粥ね。」

リツコはそう言うと冷蔵庫を開ける。

「・・・。」

リツコは無言だった。

いや、信じられなかったのだ。

冷蔵庫には一面えびちゅーの缶が入っていた。

「はぁ〜。」

リツコはため息をつきうなだれた。

「えっと・・野菜室は・・・。」

リツコはそう言うと冷蔵庫のもう一段下を空ける。

「・・・。」

またもリツコは無言になった。

そこには、

“アスカ専用”と書かれたお菓子類がいっぱいに敷き詰められていた。

「・・・シンジ君も大変ね。」

リツコは少し哀れみをもって呟く。

「しょうがないわね。食事は病院で食べるしかないわね。」

リツコはそう呟くとシンジの部屋に戻った。

 

 

「・・・。」

リツコは目の前で眠っているシンジの顔を見て微笑む。

「そうよね、まだ中学生なのよね。」

リツコはそう言ってシンジの額にかかるタオルをかえる。

使徒戦が終わり、ゼーレとの交戦も終わった今、目の前の小さなヒーローがこんなに弱々しくいることがリツコには安心できた。

世界を終わらせようと思えば終わらせることが出来た。

この少年には。

でもしなかった。

それは単にシンジの心が強かったのではなく、彼がまだ少年で、誰かを必要とする幼い心があったからだとリツコは思っていた。

良くも悪くも、シンジだからこそ世界は世界のままであるのだ。

リツコは微笑みながらこの小さなヒーローの額にかかる髪をあげてやる。

「・・母さん。」

突然シンジがそう呟く。

シンジの額にかけたリツコの手がビクっと反応する。

リツコは優しい顔になる。

 

 

「そうよ。母さんよ。」

 

 

リツコはそう言ってぎゅっとシンジの手を握った。

シンジは少し微笑みながらぎゅっと握り返した。

 

 

 

「うん?知らない天井だ・・・。」

起きたシンジの目の前に見えたのは白い天井だった。

シンジが気づいたのは夜だった。

「起きた?シンジ君。」

隣でそんな声がする。

「あ、リツコさん。」

シンジは驚き横を見る。

そして手に暖かいものを握っていることに気づく。

「あ、あ、すみません。」

シンジは慌ててリツコの手を離す。

「いいのよ。ほら食事まだ取っていないでしょ。」

リツコはそう言って隣にあるサイドテーブルに置かれた食事を持ってくる。

「・・・あんまり食欲が・・・。」

シンジはすまなさそうに言う。

「駄目よ。食べなさい。風邪ひいている時は体力が落ちるんだから。」

リツコはそう言ってシンジのわがままを許さない。

「・・はい。」

シンジはそう言うと静かに食べ始めた。

「ずっと・・・その・・・隣に居てくれたんですか?」

シンジはリツコに食べながら言う。

「・・・ずっとじゃないわ。時々よ。」

リツコはそう嘘を付いた。

MAGIにでも調べさせれば簡単にわかることなのだが。

彼女はずっと彼の側にいた・・。

「・・ありがとうございます。」

シンジはそう言った。

なぜかシンジにはずっとリツコが居てくれたような気がしたのだ。

「・・・。」

そんなシンジの言葉をリツコは黙って聞いた。

 

 

「あ、それからシンジ君。」

リツコは思い出したかのようにシンジに話し掛ける。

「はい、なんですか?」

シンジはもう食べれないというかのように食器を下げる。

「もし、レイが見舞いに来ても部屋に入れては駄目よ。」

リツコはシンジに注意した。

「え、なぜです?」

シンジは不思議そうにリツコに聞く。

「彼女まだ体の免疫が弱いのよ。」

リツコは少し悲しそうに言う。

「免疫?」

シンジは突然の単語に戸惑った。

「説明するわね。レイはもともと生まれつき免疫力が低いのよ。

だから毎回毎回免疫力をあげる治療をしているのよ。たぶん後4年くらいで人並みの免疫力を持つと思うから・・

それまではインフルエンザなんかに感染したら危ないのよ。」

リツコはシンジにそう説明した。

「そうですか・・・。レイは知ってるんですか?」

「ええ、知っているわ。」

シンジはそう聞くとそのまま黙ってしまった。

「まぁ、レイにはあなたが風邪をひいていることを知らせていないから、おそらくここには来ないと思うけど・・・もし来たら追い返してね。

言葉が悪いけど。」

リツコはシンジにそう言う。

「わかりました。あ、リツコさんも休んでください。だいぶん熱も下がってきましたから。」

シンジはそう言ってリツコを労わる。

「そう?じゃあちょっと休むわ。」

リツコはそう言うとシンジの病室を出て行く。

 

「・・・。」

 

静かな病室に一人ぼっちにされたシンジに少しばかり寂しさを感じていた。

「母さん・・・リツコ母さんか・・・。」

シンジはクスっと笑ってそう言う。

「いつ再婚するのかな父さん。」

シンジはそう呟いて眠気が来るのを待った。

 

 

 

・朝

ピンポン・・・ピンポン・・・。

その日、綾波はいつも通りミサトの家のチャイムを鳴らしていた。

しかし、何度も押しているがシンジが出てくる気配がない。

綾波は何かあったのだとリツコに電話する。

『レイ、どうしたの?』

携帯のスピーカーからリツコの声がする。

「赤木博士、碇君がいないのですが・・・。」

『あ、シンジ君ね。シンジ君、昨日から松代の方に出張しているわ。』

リツコは嘘をついた。

「・・そうですか。」

綾波はそう言ったが何か腑に落ちない感じをもった。

(碇君は私に何も言っていない。)

綾波はそう内心思った。

それもそのはず、シンジはいつもどこかに行く時は綾波に言って出かけるのだ。

綾波がそう感じるのも無理はなかった。

「いつ戻ってくるのですか?」

綾波はリツコに聞いた。

『そうね・・・一週間後かしら。』

リツコは言葉を選びながら答える。

「そうですか・・。」

綾波はそう言うと何でもないと通話を切る。

 

 

「・・・。」

 

綾波は無言でその場を立ち去った。

 

 

・学校

 

「え〜こうしてサードインパクトが・・・。」

今日も学校の授業でネルフの公式発表を鵜呑みにしている教師が授業を進めている。

「・・・。」

綾波はボーと窓の向こうを見ていた。

「なんや今日、シンジは休みなんか?」

トウジはこそこそとヒカリに話し掛ける。

「鈴原授業中よ!」

ヒカリも声を落として注意する。

「そやかて・・・あんなん聞いても意味ないやろ。」

トウジはもう聞き飽きたというかのよう答える。

「もう・・。」

ヒカリはトウジにため息をついた。

「それにしても今日の綾波・・えらい落ちこんどるな。」

トウジはヒカリにそう言う。

「そうね・・・。今日はアスカも碇君もいないからね。」

ヒカリは綾波を見ながら答える。

「シンジが居らんでアスカが居ったら喧嘩になるわい。」

トウジは以前二人の喧嘩を見ているだけに、もううんざりだという顔をする。

「しょうがないじゃない。二人とも碇君が好きなんだから。」

「ははは難儀なやっちゃの・・シンジは・・。」

トウジはそう言って笑った。

 

 

(碇君・・・。)

 

 

綾波はずっとシンジのことを考えていた。

 

 

そしてただ静かに二日、三日と過ぎていった。

 

 

・四日目

 

「大分良くなったな・・・。」

シンジはそう言うとベッドから起きて部屋を出る。

「少し、外に出よう・・。」

シンジはいつも白い病室に居ることに少しうんざりしていた。

だから自然に外に出たいと思うことは不思議ではなかった。

しかし・・・。

「あ、やば・・・。」

シンジはそう言って逃げる準備をしていた。

 

 

目の前に綾波がいた。

 

 

・五分前

「碇君。」

綾波はその日、ネルフの自然公園にいた。

燦燦と輝く人工の日差しが肌に優しく振り降りていた。

綾波はその公園にあるベンチに座ってシンジのことを考えていた。

そして何度も何度もシンジの携帯に掛けているのだが繋がらないことに一抹の不安を感じていた。

「・・碇君。今どこにいるの・・。」

綾波はベンチに座ってそう何度も考えていた。

 

 

 

「あ。」

綾波は目の前にシンジがいることに驚いた。

しかし、すぐにシンジが逃げようとしている。

綾波はシンジを追いかけた。

 

 

「やばい・・・。見つかっちゃった。」

シンジはまだ足に十分に力が入らないのだが力一杯逃げた。

しかし、だんだんと後ろから綾波が近寄っていることが感じられる。

 

 

(どうして逃げるの?)

綾波はずっとそう考えながら追いかけた。

なぜか追いかけないと彼がいなくなりそうで怖かった。

 

 

バタン・・・。ガチャ・・・。

シンジは自分の病室に戻るとすぐに部屋の扉を閉め、鍵を閉めた。

 

ドン・・。

その後、扉を叩く音がする。

『・・・碇君。どうして?』

扉の向こうには綾波の声がする。

「はぁはぁはぁ・・・。」

シンジは息が切れるのを我慢しながらなんとか答えようとする。

「あ、綾波。僕ね、今風邪ひいているんだ。だから綾波に会わないようにしてたんだ。風邪が移らないように。」

シンジはそう言って説明する。

トン・・・。

扉を叩く音がしなくなる。

『・・・そう。』

何か悲しそうに綾波は呟いた。

「ほら・・あと三日くらいしたら治るから・・そしたらまた会えるから。」

シンジは自分でも何を言っているかわからないが説明を続ける。

「だからそれまで・・待っててよ。」

シンジがそう綾波に言うと、

『待てない・・・。』

と、綾波は返事を返した。

 

ドン!!!

 

「へ・・・。」

シンジは呆気に取られていた。

突然扉がはじけ飛んだのだ。

 

 

・ネルフ本部

 

「ATフィールド発生を確認!」

青葉が突然の警報に驚き、叫ぶ。

「何ですって!場所はどこ!」

リツコは使徒はもういないのにと思いながらモニターを見つめた。

「場所確定まで5分!」

青葉はそう叫ぶ。

「どういうこと!早く特定しなさい!」

リツコは青葉にきつくあたる。

「ATフィールドが突発的で、しかも弱いため時間がかかります!」

青葉は無理だと叫ぶ。

「・・・。」

そんな青葉の言葉を聞き、リツコはもしやと考えた。

そしてリツコは頭上を見上げると、そこにはため息をつくゲンドウがいた。

(やっぱり・・・。)

リツコは何かを確信しながら自分のモニターを操作する。

 

 

 

「・・・碇君。」

綾波が静かにシンジに近づく。

「ちょ、ちょっと綾波風邪がうつるよ!!」

シンジは後ずさりしながら言う。

「・・・構わない。」

綾波は何かを決心するかのようにシンジに近づく。

「ちょ、ちょっと待って!!」

シンジはそう言うとベッドに躓きそのままベッドの上に倒れてしまう。

 

 

「碇君・・・。」

 

 

綾波はそう呟くとシンジの両肩を両手で抑える。

 

 

「あ、綾波・・・。」

シンジは戸惑いながら綾波を見つめる。

 

 

「構わない・・・。」

 

 

綾波はそう言うと、シンジの顔に自分の顔を近づけた。

「わ、ちょっとまっ・・・・。」

 

 

 

静かな時がただ過ぎてゆく・・・。

 

 

 

・ネルフ本部

 

「はぁ〜・・。」

リツコはモニターから見える光景にため息をついた。「シンジ君も押しに弱いわね・・。」

リツコはそう言ってモニターを切る。

「ATフィールドの発生場所を確認、モニターに出します!」

そんな時、青葉の声が響く。

「あ、ちょっと待ちなさい!」

リツコは慌てて青葉を止めようとするが時すでに遅し・・・。

 

 

 

「「「「おおおお〜〜〜〜〜。」」」」

 

 

 

その日、ネルフではシンジと綾波の話題で盛り上がっていた。

 

 

 

 

後日談:

 

「シンジ〜〜〜!!」

その日アスカがドイツから帰ってきた。

なぜか手にはゾーリンゲンのナイフがある。

「ア、 アスカ・・・ちょっと落ち着こうよ。」

シンジは冷や汗を出しながらアスカに答える。

すでに風邪は治って熱は下がっているのだが・・・なぜか汗が出る。

「きー!!あんた殺して私も死ぬ!!」

アスカはそう言ってシンジに近づいていった。

「わ〜〜アスカ!!」

その日、二人の追いかけっこは一晩中続いた。

 

 

後日談2:


「全く・・・。」

リツコはそう言ってため息をつく。

「あなた風邪をひいても知らないわよ。」

リツコは円柱状のカプセルの中にいる綾波にそう言う。

「・・・。」

綾波は何も答えていないのだが、その頬は赤く染まっている。

「・・・若さね・・・。」

リツコはそう言って体の洗浄を始める。

「もし風邪ひいても看病しないわよ。」

浮かれている綾波にリツコはそう厳しく言った。

それでも目の前にいる綾波は幸せそうな顔だった。

「はぁ〜・・・。」

もはやため息しかでない。

 

 

 

「私もそろそろ結婚を考えようかしら・・・。」

 

 

そう言ってリツコは妖しく笑った。

 

 

 

後日談3:

 

ゾクゾクゾク!!

突然の背筋の悪寒にゲンドウは身震いした。

「どうした?碇。」

隣で書類整理をしている冬月がゲンドウに聞く。

「・・いや、なんでもない。」

そう言ってずれかかったサングラスを戻す。

 

 

「そういえば、碇。結婚式にはいつ招待してくれるのだ?」

 

 

冬月はにやりと笑ってゲンドウをからかった。

 

そう言われたゲンドウはただただ、なぜか突発的に訪れる悪寒が気になってしょうがなかった・・・。

 

 

 fin

 


作:atu

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