「しかし、もう卒業か〜早かったな〜」
「うん、そうだね。あっという間だったね」
明日、3月25日は僕たちの中学の卒業式だった。
「明日には卒業で、4月からは高校生か・・・」
卒業式を明日に控え僕ら三人は昼ご飯を食べた後、そのまま屋上で話しこみ今までの想い出に浸っていた。さっきまで馬鹿な話で盛り上がってたのに、急にしみじみと過去を語る二人の姿のギャップに、また新しい一面を発見した気分だ。当たり前の事なんだけど、結構長い間付き合っていてもまだまだ知らないことが多い。きっとこれからもそれは増えていくだろう。
「しかし、トウジはいいよな。スポーツ推薦で受かったから委員長と中学生活の最後の一時を楽しめただろう?」
「な、何言っとるばい!委員長とはそんなんじゃなかと!」
「トウジ、言葉が変だよ。そんなあからさまに動揺しなくても・・・」
「な、何言ってるんや!動揺なんぞしとらんわい!」
「全く、今更そんなに否定しなくてもいいじゃないか」
「そうそう、お弁当は毎日作ってきてくれるし、デートもしてる。チョコも毎年貰ってるんでしょ?」
「ううう、それやったらシンジかてそうやないかっ!綾波と仲良うしとったんやろ?」
「僕と綾波は・・・・・・・・・その、まだ・・・告白してないし」
「何っ!まだしてなかったのかっ?」
「わしゃもうてっきり・・・・・・」
二人とも露骨に『しまったぁ』という顔をして、引きつった笑顔でフォローしてくれた。でもやっぱり僕と綾波は付き合ってると思われてるんだなぁ。綾波が好きだというのがバレバレなんだろうな、きっと。
「うん、中々会う機会がなくて。・・・でも明日こそは、言おうと思ってるんだ」
「そうか・・・頑張りシンジ!」
「応援してるぞ。って結局、最後まで独りなのは俺だけか・・トホホ」
「・・・でもさ、高校でもみんなと一緒だと思ってたんだけど」
「ま、仕方ないなトウジは"バスケット"、シンジは"チェロ"、んで俺は"写真"。それぞれやりたいことがあるからな 」
トウジはバスケットで日本一を目指す為、スポーツ推薦で名門の私立へ、ケンスケは将来カメラマンになるという夢の為に遠くの公立へと、それぞれ進路が決まっていた。ケンスケは3年になって、カメラと言わず写真と言うようになった。
『趣味や遊びの範囲でカメラをいじるんじゃなく、写真を通して何かを伝えたいんだ!』と言っていた。その時、何だか急にケンスケが大人になったように感じた。
僕はといえば、やりたいことも特にないので普通に僕の学力で入れる高校に落ち着いた。一応高校に入ったら管弦楽部に入ってチェロをやるつもりだけど、二人のように明確な目的はない。『昔からやっていたから』、それだけの理由で新しいことにチャレンジする気力もなく、ただ惰性で続けている気がする。本当はほんのちょっとした理由はあるけど、真剣に頑張っている二人を見てると胸を張って言えなくて、余計惨めに思えてしまう。
「何言っとるんや、別に学校違うてもいつでも会えるやないか」
「そうだけど、二人とも忙しいだろうし今までよりは格段に一緒にいる時間は減るよ」
「それは・・・・・・そうやな」
「・・・やっぱり同じ学校じゃないのは・・・違うよね」
「そうかもな」
それきり、誰も喋らずに僕たちにしては珍しく長い沈黙が続いた。
「寒くなってきたな・・・そろそろ帰るか?」
そして周囲が闇に閉ざされ始めた頃、ケンスケの言葉で解散になった。
「この下駄箱も、今度からは知らへん奴が使うんやな」
帰り際、下駄箱でのトウジの漏らした一言が印象的だった。
帰る道すがら僕は色々なことを考えていた
今までの事、これからの事、明日の事・・・
・・・そして綾波のこと
綾波レイ、僕が恋した女の子・・・
とても魅力的な女の子で一目見た途端、恋に落ちた
自分でもはっきりわかるくらいに綾波のことが好きだった
いつも一緒に行動しているせいか、周囲からは付き合っていると思われていたみたいだけど
好きだという気持ちはまだ伝えてないし、綾波からも言われたことはない
我侭でも、傲慢でも、彼女と一緒にいたい
誰にも渡したくない・・・・・・けど、彼女に拒絶されるのが怖かった
・・・・・・今までは
けれどこのままじゃいられない
このまま一緒にいられる毎日は終わってしまうのだから
もう、明日には卒業なんだから
下手したらもうこのまま一生会うことなく終わる可能性だってある
でも、僕はまだ彼女の進路を知らない・・・
(本当に寒くなってきたな、3月も終わりなのに・・・そういえば寒波が来てるってTVで言ってたっけ。もしかしたら雪が降るかもしれないな・・・)
「碇君?」
「あれ?委員長?」
「今帰り?」
両手に一杯の荷物を抱えている、買い物帰りの委員長にバッタリ会った。
聞いた話ではトウジの妹と仲良くなる為に、たまに家まで料理を作りに行っているらしい。トウジ1人で洞木3姉妹と同じくらい食べる為、妹さんは料理が大変らしく、委員長の存在を本当に喜んで「お姉さん」って呼んで慕ってくれているって聞いたことがある。トウジも委員長の家族に気に入られているらしいし、将来は結婚するのかも知れない。もし本当にそうなったら素敵なことだと思う。僕の場合、親が恋愛結婚で今も恋人みたいな人たちだから余計そう思うのかもしれないけど。
「うん。委員長は買い物?偉いね」
「そうでもないわ。みんなの喜ぶ顔を見るのは楽しいもの」
さらっとこういうことが言える、委員長のこういうところが凄いなと思う。自分の事もしっかりやった上で他人のことも心配して、それが『何ともない』って言える。きっとこういうのが『大人』なんだと思う。トウジもこういうところに惹かれたんだろうな。僕は自分にないものを持っている委員長が、いやみんなが羨ましかった。僕も人を包み込めるような大きな心が欲しい。そしてその心の中には綾波が・・・
「そっか、じゃあまた明日。卒業式で」
「じゃあね、また明日碇君。寝坊しないでね」
委員長と別れるその瞬間、頭に綾波のことがよぎった。
「あっ、ちょっと待って委員長」
「どうしたの?」
「その、綾波のことなんだけど、綾波がどの高校に行くか、聞いてない?」
「碇君知らないの?・・・レイが言ってないなら私からは言わないほうがいいわ。明日直接聞いてみたら?」
そう言った委員長の目にはいたずらっ子のような笑いが浮かんでいる気がした。
「うん・・・そうだね、そうするよ。ありがとう」
委員長と別れ、また一人で歩きながら綾波のことを思い浮かべる
出逢ってから綾波のことを考えない日はなかった
目を閉じれば彼女の姿が浮かんでくる
言葉にならない想いと共に
僕の心は綾波によって埋め尽くされてしまっていた
空を映し出したような髪の色
ルビーのように紅く、純粋で何処までも引き込まれる瞳
儚げに、透き通った白い肌
喜びに満ちた笑顔も、憂いの表情も、怒ったときの目つきも、拗ねたときの仕種も
僕の心の中に焼きついて離れない
僕はどうしてこんなに綾波のことが好きなんだろう?
どんなに考えても答えは出ない・・・
でも綾波と学校で会えるのは明日が最後かもしれない。
いや、多分そうだろう。
不意に女子高に行くかもしれないと言ってたのを思い出す。
明日が告白する最後のチャンスなんだ・・・
3月25日
結局空は晴れることなく卒業式を迎えた。
「え〜それではこれから第16回卒業式を始めたいと思います。まず最初に冬月校長から挨拶となります。生徒起立!礼!着席!」
「生徒の皆さん、保護者の皆さん、おめでとうございます。私は卒業生の新たな旅立ちを祝福したいと思います。卒業生の皆さん、皆さんは今までの友達と違う道を選び、友達と離れてしまう人もいるかもしれませんが、それで築き上げてきた絆が消えてしまうわけでは決してありませんので、悲しまずに笑顔で互いの門出を祝福してください・・・・・・後悔のない人生を過ごしてください。
これを持ちまして卒業生への祝辞とさせていただきます」
まるで僕らのことを言ってるみたいだ、って意識しすぎかな?
「次にご来賓の方より祝辞を頂きます。まず碇ゲンドウさん」
「うむ、諸君、卒業おめでとう。しかし諸君も分かっていると思うが卒業とは終わりではない、これからの諸君のより一層の努力と健闘を祈る。以上だ」
昨日三人で話していたときの気分はどこかへ飛んで、この後の告白のことで頭が一杯になってしまった僕は卒業式に集中できなかった。綾波の答辞にも気付かず、式は次々と流れるように進んでいった。
「それでは、卒業証書授与」
いつの間にかここまで来てやっと頭も切り替わり、卒業式なんだな〜と実感し始めた。
「3年A組1番相田ケンスケ!」
「3年A組2番碇シンジ!」
担任のリツコ先生に呼ばれ、冬月校長先生に卒業証書を貰う。
ただそれだけなのに、何かが違う。
胸の奥が締め付けられ、目が熱くなる。
(卒業か、いつまでもこの楽しい日が続けばと思ってたんだけどな・・・)
式も終わりに近づき、後は歌を歌うだけだが殆どの女子が俯き泣いている中で、綾波はたった一人凛とした顔で、まるで目の前にある見えない壁を睨むように前を見据え立っていた。
ブラスバンド部の演奏で歌を歌う。
「校歌」、「仰げば尊し」、「蛍の光」、そしてうちの中学はさらに各クラスが一曲づつ、自分たちで選んだ曲を歌うことになっている。
うちのクラスは「tomorrow never knows」だった。
そして歌も終わり、ブラスバンド部の演奏する「STAND BY ME」に合わせて僕らは教室へと戻る。
「この教室ももう見納めね。この机も誰か知らない人が使うのね」
「お約束のセリフだな〜委員長。それにしてもトウジと似たようなこと言ってるし〜」
「え?え?何のことよっ?」
昨日とは打って変わって明るいケンスケ。
でもこれは、みんなの前だから無理矢理明るくしてるだけ。
今日はお祝いの日だから、湿っぽくならないように『お調子者』という役割を演じてるだけ。
僕は小声で綾波に話しかける。
「綾波、後で話があるんだけどいいかな?」
「ええ、いいわ」
そう答えたときの綾波は頬がうっすら紅くなってた気がした。
リツコ先生の最後の挨拶も終わり、後は例年通り撮影大会になる。校門の前や教室で記念撮影というわけだ。といっても空は灰色の雲に覆われ、今にも降りだしそうだ。それでもみんなは楽しそうに写真を撮っている。ケンスケも張り切ってシャッターを切っていた。僕もみんなと一緒に写真を撮った。何故か他のクラスの女の子や下級生からも一緒に撮って欲しいとせがまれ、それこそ次から次に映っていた。何か背中に突き刺さるような視線を感じたけど・・・
そんな騒ぎもやがて終わり、僕らは自然といつものメンバーで集まっていた。
「もう卒業か〜早いわね〜あっという間だった気がするわ」
「そうだな。でも、色々あったよな」
「そうだね。色々あったね」
「でも、どんな時もこのメンバーだったわね」
「そやの〜何があってもこのメンツやったのう」
「そう言われてみればそうね、いつからだったかしら?」
「シンジが転校してきてからだろ?」
「そうそう、碇君が転校してきてからね。五人で一緒にいるようになったのは」
「修学旅行も一緒だったし、卒業遠足もそうだったね」
「文化祭も体育祭も・・・イベントの時はいつも一緒だったわね」
「イベントじゃなくてもやろ」
「そうだったね。・・・何かがなくても、いつも一緒だったね」
「でも、明日からは別々ね・・・」
「そうだな、でも例え今は道が分かれていてもどこかでつながってるさ」
「そうね、何があっても私達の絆はなくならないわ、ヒカリ」
「レイ・・・そうね、そうよね」
「だから・・・・・・いつかまた会おうぜ」
「『いつかまた』って、ケンスケ明日クラス会があるで」
「トウジ〜折角人がかっこいいセリフで決めようとしてるのに〜」
「ハハハハハっ、ケンスケにはかっこいいセリフは似合わないって事じゃない?」
「何だよシンジまで、チェっ」
「アハハっ、ねえ、食事に行かない?この前レイといい雰囲気のレストラン見つけたのっ!」
確かにもう昼食の時間だった。いつの間にか時間が経っていた。楽しい時間が過ぎるのはいつも早い・・・
「流っ石委員長やな!」
「その『委員長』ってのも今日で最後ね」
「案外、高校でも『委員長』だったりしてね」
「う、そうかも・・・フフフフフ。でも結構楽しかったわよ、『委員長』も!」
委員長お薦めのイタリアンレストランは小さい造りだけど雰囲気は好かった。
静かで落ち着ける空間、まるでここだけが切り離された世界のように特別だった。
そして僕は向かいの席に座った綾波の姿に心を奪われ、見とれていた。
そんな僕に、会話は何一つ耳に入らなかった。
一秒ごとに想いが募るだけ・・・
伝えたい、逃げ出したい、相反する心が鬩ぎ合う。
気がつくと、いつの間にかレストランを出て帰る途中だった。
「じゃあな、俺はここで。また会おうぜ!」
「じゃあねケンスケ」
「またなケンスケ」
「相田君も元気でね」
「またね、相田君」
「シンジ、頑張れよ!」
ケンスケは僕にだけ聞こえるようにこっそりと耳打ちしてそのまま小走りに去っていった。
「ケンスケは高校でカメラやるんだよね」
「ああ、その為にわざわざ遠くの高校受けたんやったな」
「相田君カメラ好きだものね〜」
「ちょっと異常なくらい、ね」
「ハハハ、綾波酷くない?」
「そうね、写真撮ってるときの相田君たまに怖いわ」
「そやな、ケンスケも普段はええんやけど趣味になると人が変わりよるからなぁ」
「でも羨ましいわ。そうやって打ち込めるものが在るというのが・・・」
「綾波・・・」
そう呟いた綾波の顔はとても悲しげだったが、それも一瞬で消えてしまいもとの表情に戻った。
「トウジ」
「おお、ほなわしらはここでお別れやな!」
「ファイト!碇君」
「男ならばちっと決めなあかんでぇシンジ!」
二人は僕を励ますと仲良く寄り添って去って行った。
残されたのは僕と綾波・・・
いつ以来だろう・・・綾波と二人きりになるのは・・・
確か去年の暮れに少しだけ街を歩いたのが最後だった気がする・・・
そもそも、今まで綾波と二人きりになることが少なかった・・・
いつもみんなと一緒だった
怖かったから・・・
彼女と二人きりで何を話していいのか分からなかったから・・・
理由は色々あるけど・・・綾波に近づけば近づく程、綾波が遠く感じられて・・・
綾波のことを傷つけてしまいそうで・・・
すぐ傍にいるのに・・・
手を伸ばせば触れることができるのに・・・
でも触れた瞬間消えてしまうような気がして・・・
「二人だけになっちゃったね」
「そうね」
しばらく二人で無言で歩いていたけど、僕が綾波に声をかけようと思って口を開こうとした瞬間、綾波の方から誘ってきた。僕らは綾波の住むマンションの近くの公園に向かった。そんなに広くもない公園には、僕たち以外誰もいなかった。ベンチに座り自動販売機で買った紅茶を飲む。
「・・・・・・・・・やっぱり綾波の淹れてくれた紅茶の方が美味しいね」
「・・・そう・・・ありがとう」
数える程しか飲んだことはないけど、綾波の淹れてくれた紅茶はとても美味しくて心まで温まる感じがした。でも綾波からは反応が見られなかった。まるで僕の声が届いていないかのようだった。
何から話せばいいんだろう?でも、何か話さなくちゃ・・・・・・『何か話さなくちゃ』と思えば思うほど焦ってしまい、言葉が見つからない。それでも時間は過ぎ去っていく。
「「綾波っ!碇君っ!」」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・何?碇君」
「綾波こそ何?」
「碇君から言って」
「え?うん。いや、寒いねって・・・」
「・・・・・・そうね」
違う!
僕が言いたいのはこんなことじゃないんだ!
『好きだ』ってことを伝えたいんだ!
「で、綾波は?」
「・・・碇君、高校へ行ってもチェロ続けるの?」
「うん、そのつもり。才能があるわけでもないけどね・・・」
「・・・私碇君のチェロ好き」
「ありがとう、綾波にそう言って貰えると嬉しいよ」
「本当よっ」
「うん、ありがとう綾波。でも僕はチェロで食べていこうとか思ってるわけじゃないから・・・チェロは僕の好きなこと、それでいいと思ってる。上手くはなりたいけどね」
「・・・・・・そう」
「そうなんだ」
「私は・・・私には何もないわ」
「え?」
僕は一瞬綾波の声が聞き取れなかった。
「碇君はチェロ、鈴原君はバスケット、相田君は写真、ヒカリは料理・・・でも私だけが何もない・・・」
少し安心した。綾波もやっぱり普通の女の子なんだって・・・
他人から見たら些細なことで悩む、僕と何も変わらないんだってことに今更気付く。
「・・・綾波・・・それが普通だよ」
「・・・普通?」
「うん、僕たちの年齢でそんな一つのことに打ち込んでるってのは珍しいよ。別に綾波だけじゃなくてみんなそうなんだよ。みんなが自分にとって大切な何かを探して生きてる・・・」
「でも、碇君にはチェロがあるわ」
「僕のチェロか・・・綾波にはそう見えるだけで実際は大した事ないよ。ケンスケは将来写真で食べていこうと決意してるし、トウジも高校日本一を目指してる・・・僕はそこまでチェロに対して真剣じゃないよ」
「・・・・・・」
「僕はチェロがそんな好きじゃなかった・・・只、子供の頃からやらされてただけでね。でも、転校してきて偶々綾波が誉めてくれたから好きになれたんだよ」
そう、僕のチェロは綾波のためにある。初めて綾波と逢ったあの日を思い出す。音楽室でチェロを弾いていたら突然拍手が聞こえて、顔を上げたらそこに綾波が居たんだ。優しい笑顔で僕のチェロを『好きだ』と言ってくれた。それを見た瞬間僕は綾波を好きになっていた。でも、普段の綾波は微笑することはあっても笑顔になることは殆どなかった。
僕は綾波の笑顔が見たかった。
「え?」
今度は綾波が聞き返す番だった。
「僕のチェロを初めて聞いた時、綾波が笑ってくれたから、だから・・・」
「・・・・・・碇君」
言え!言うんだ!言わないと!
勇気を出して、今しかないんだ!
「僕は・・・僕は、綾波のことが好きだ」
「・・・・・・碇君」
「その、初めて逢った時からずっと好きだったんだ」
「・・・嬉しい・・・私も碇君のこと好きだった。・・・でも、私は普通じゃないから・・・髪の毛も蒼いし、眼も紅いわ・・・何もかもが普通の女の子とは違う。だから、諦めてた。友達でいいから・・・一緒に居られればいいってそう思ってた」
「・・・綾波」
「でも、こんな私でも、碇君は優しくしてくれるから・・・辛かった・・・離れたくなかった」
知らなかった。綾波がそんなことを思っていたなんて・・・
綾波の悲しみが僕に伝わってくる
僕がくだらないことでウジウジ悩んでいる間にどれだけ綾波に悲しい想いをさせてしまっていたんだろう?
「ごめんね、綾波にそんな悲しい想いをさせてたなんて・・・。でも僕もそうだった。僕みたいな、何の取柄もない人間が綾波みたいに素敵な女の子と付き合えるわけないと思ってたんだ」
「碇君は優しい人よっ!・・・それはとても素晴らしいこと」
「ありがとう綾波。・・・・・・その、綾波レイさん、僕と、恋人として付き合って貰えませんか?」
「私でいいの?」
「綾波がいいんだ。他の誰でもない君が・・・」
「・・・嬉しい」
そう言って微笑んだ綾波の顔は、今まで見たこともないくらいに輝いていた。
それは僕が求めた笑顔だった。
言葉にならない想いが体中を駆け巡る。
次の瞬間、僕は綾波を抱きしめていた。
折れそうなくらい細くて、儚いくらいに柔かい綾波の体から温もりが伝わってくる。
まるで綾波の心も伝わってくるようで、全てが溶け合って一つになったような感覚がする。
僕は真っ赤に染まった綾波の顔を見つめ、ゆっくり顔を近づけていった。
綾波が眼を瞑る。
僕も眼を瞑り、そっとキスをする・・・
天使の羽根のように軽いキス・・・
でも、今の僕たちなら充分気持ちを伝えることが出来る。
「綾波、好きだよ」 「碇君、好きよ」
気持ちは伝わる
言葉に想いを込めれば
でも、一つだけ気がかりなことが残っていた。
「でも綾波は4月から女子高か。やっと、分かり合えたのに・・・別々だね」
「碇君・・・私ね、碇君と同じ高校なの」
「ええっ!本当にっ?」
「碇君と離れたくなかったから・・・一緒の高校にしたの。でも、知らなかったの?」
「うん、知らなかったよ、委員長に聞いても教えてくれないしさ」
昨日委員長が笑ってるように見えたのは気のせいじゃなかったんだ。
「そっか、高校も一緒か・・・」
「ええ」
僕はハラハラと花びらのように雪が舞う中で、優しく綾波を抱きしめていた。
「きっと二人なら大切なものが見つかるから。だから二人で、明日を探しにいこう」
「明日を?」
「そう、明日を。この広い世界にはきっと希望があるから・・・」
「そうね」
「うん」
「これからも宜しくね碇シンジ君」
それはあの日二人が初めて出逢った時、綾波が口にした言葉
いつの日か僕らは互いに違う生き方を見つけ、違う道を歩むことになるだろう
それでも僕らは離れないで生きていくだろう
何故なら一番大切なのは僕がいて、綾波がいることだから
あの日、出逢った瞬間恋をした綾波が今は僕の腕の中にいる
きっと、二人なら明日を見つけ出せる
今は何もなくても
今日踏み出せた僕たちの一歩は、明日につながっているから・・・