GO・HO・U・BI SS
ある晴れた日曜日に

Written by 綾吉



 春が好き

 厚いコートを脱ぎ捨てるときの開放感
 のんびりとした、眠気を誘う優しい陽射し
 皆でお花見をするときの賑やかさ
 通勤通学の終わって静けさが戻った時間
 鳥の囀り、木々の擦れ合う音
 扉を開ければ、そこに新しい何かが私を待っているような気がして
 宝物が詰まった小箱を開ける瞬間のようにドキドキする











 碇君と二人でお散歩するの







 春の陽射しはどこまでも柔かく暖かい
 肌を通り抜けてゆく風が気持ちいい
 こんな日曜日はお散歩するのが好き
 清冽な風を大きく吸い込んで
 胸の中に溜まった澱んだ空気も
 昨日の私と一緒に新しい季節へと模様替え



 先ずは碇君が起きる前に一人でお散歩
 碇君は意外と寝坊助さんなので毎日私が起こしてあげるの
 朝はいつも丸くなって猫みたい
 可愛い寝顔で気持ち良さそうに眠っている
 彼を起こすのは毎朝の日課
 中々起きない彼の起こし方を考えるのはとても楽しい
 簡単に起きてしまっては楽しみが減ってしまうので工夫が必要
 今日はどんな起こし方をしようかしら? って
 碇君のほっぺたを指でつつきながら考えるとワクワクしちゃうの
 残念だけど遅刻したら大変なのであんまり遊んでもいられない
 まだぼんやりとしている碇君にお目覚めのKiss
 毎日してるのにその度に赤くなる
 たまに起こしにいって寝顔を見ているうちに一緒に寝てしまう事もあるの
 だって本当に気持ち良さそうに眠っているんだもの
 そんな時は慌てて走っていく後姿を見送りながら
 おかしくてついつい笑ってしまうの
 きっと彼の来世は猫だと思う
 それとも前世が猫なのかしら?

 まだちょっと肌寒いけど、逆に清浄な流れをたたえる小川の水のように心地好い
 街もまだ眠っている
 時が止まったかのように静謐な時間
 まるで鏡の国に迷い込んだような不思議で楽しい感覚
 狭い車道を駆け抜けてゆく青い車の音で夢から醒めてしまう
 ちょっと残念
 もう少しアリスの気分を楽しみたかったの

 段々と、太陽が昇るにつれて暖かくなって
 光を浴びた私の心も熱を帯びてくる
 胸が疼いて
 碇君の顔が見たくなるの
 一人のお散歩はここでお終い
 碇君のことだけを思い描きながら
 急いでお家に帰るの


 ドアを開けて、一直線に碇君を起こしにいく
 日曜日も普段の日と変わらずに「あと5分〜」と言って起きようとしない
 今日は寝ている碇君の上に飛び乗ってみる事にした
 くす、ちょっと酷いかしら?
 飛び乗った後に思う
 でも今日は何だかちょっと変
 悪戯心がわきあがってきたかと思ったら考える間もなく実行していたの
 春のせいかしら?
 「あやなみぃ〜ひどいよ〜」
 弱々しい声で訴えるけど無視して起こすの
 「起きて」
 「休みじゃないか、まだ寝かせてよぅ」
 「駄目」
 ここでちょっと拗ねた表情を作りながら
 「お願いだから〜」
 「起きて、くれないの?」
 顔を両手で覆って泣いた振りをしたら慌てて飛び起きたわ
 ふふ、可愛い

 「待って」
 「ん? 何?」
 「おはようのキスがまだ」

 たまには碇君の方からキスして欲しいの

 碇君が作った朝ご飯を食べる
 お休みの日は彼が作るという約束
 どんなに眠いって言っても駄目、許してあげない
 それに、半分寝ながら作っていてもとっても美味しいの
 ご飯を食べたら猫のアルファとシータに留守番をお願い
 いつもお留守番だからちょっと拗ねてる
 アルファもシータもまだ子供だから外に出たくてたまらないのね
 でもシータはお姉さんだから言う事を聞いてくれるの
 弟のアルファは中々納得してくれないから大変
 今日の晩御飯はサービスしないと駄目みたい
 きっとアルファは碇君に似たのね
 でもそんな我侭なところも可愛くて胸がキュンとしちゃう

 朝早いうちにマンションを出て足の向くままに歩いていく
 何も考えずにのんびりと歩くのはとても気持ちがいい
 やっぱり二人がいいと思うの
 暑くもなく、寒くもなく、雲一つない穏やかな日曜日
 こんなお散歩日和は滅多にない
 目に映るのは満開の桜と光を求めて伸びゆく緑
 そして鮮やかな春色に彩られた街並み
 朝と同じ道を通っているのに、まるで違う道を歩いているみたい
 きっと碇君と二人だから
 世界が輝いて見える
 「そうだね、きっと街も毎日少しづつ変わり続けてるけど、僕たちが気付かないだけなんだと思うよ」
 「そう? 急に変わったのかもしれないわ」
 「そうかもね。神様が早起きして新しい季節の色に塗り替えてくれたのかもしれないね」
 そう言って笑った碇君の顔は温かく優しく心に射し込んできて
 その笑顔を見た私は不意に胸の動悸が激しくなって、彼の顔を見れなくってしまうの
 彼は時折意識しないでこうやって私をドキドキさせるの
 私はその笑顔を見るとあの頃に戻ったように、無性に甘えたくなるの
 初めて出会った14歳の頃のように
 火照った心と身体に微風が涼しい

 「綾波、ちょっと休んでいこうよ」
 碇君はすぐに休みたがる
 でもいいの
 それも楽しいから

 公園のベンチに座って大きく息を吐く仕草がオジサンみたい
 まだ若いのに、運動不足
 でもその瞳は少年の頃のまま
 真っ直ぐ私だけを見ていてくれている
 だから私はその瞳をまともに見ることが出来ないのかもしれない
 額にうっすら浮かんでいる汗を拭いてあげると
 見ているのがわかる
 気付かない振りをしていると
 そっと前髪にそのしなやかな指先を伸ばしてくる
 私は眼が紅いのを気にして前髪を伸ばし気味にしているけど
 碇君はそれが寂しいらしい
 何故って、彼は私の瞳が好きだから
 この蒼い髪の毛も好きだと言ってくれた
 「とても綺麗だと思う」って
 「この地球にあるどんな青よりも綺麗な蒼だと思うよ」って
 とても嬉しかった
 それは今も変わらない
 だから、それを隠す仕草を見ると碇君はとても悲しむ
 「綾波の髪って光に透かすと本当に綺麗だよね」
 「何を言うのよ」
 「眼も、陳腐な例えだけど、ルビーよりも深くて透明な真紅で綺麗だと思う」
 「・・・・・・・・」
 「だから隠さないで、もっと僕に見せて」
 普段は鈍感なのに時々こっちがドキっとすることを真顔で言う
 私も碇君に見て欲しい
 でも、髪を伸ばすのは私の好みでもあるの
 長いと色々工夫できるから
 碇君はあんまり気付いてくれないけど

 私は碇君と手を繋いだり、腕を組んで歩きたいのに碇君は恥ずかしがって嫌がる
 碇君の言葉の方がよっぽど恥ずかしいときがあるのに
 むーむー
 でもいいの、取って置きの魔法があるから

 お散歩のときは途中で必ずカフェに寄るの
 碇君は珈琲よりも紅茶の方が好きだからいつも紅茶
 私も碇君と同じものを注文するの
 恋人は同じものを頼むのが決まり、とアスカが教えてくれたから

 今日は前から入りたいと思ってた駅前の賑やかな場所にある、
 雑貨屋さんも兼ねた小さなカフェの半オープンテラス
 半というのは透明なビニールで往来と仕切っているから
 アイスセパレートグレープフルーツティーを注文
 グレープフルーツの酸味に冬の間中眠っていた何かが目を覚ます
 周りにはペットを連れたお客さんも多い
 今度はアルファとシータも連れて来てあげようかしら?
 一人でワインを飲みながら早めの昼食を摂る女の人
 大きなゴールデンレトリバーと一緒に欠伸をする中学生くらいの女の子
 初老のご夫婦、おじいさんは甘いものが苦手みたいで渋い顔をしてるけど、おばあさんは気にしない
 小さな子供を連れた家族連れはとても賑やかで
 アルファみたいにやんちゃな子供たちにお母さんは大変そうだけど嬉しそう
 そんな人々の奏でる音がオーケストラのように明るく心地好く響く
 演目は慈しみと春を喜ぶ笑い声、そして希望の交響曲
 明日への新しい活力が湧き出す

 音楽に酔いしれながら声を交わすこともなくただ往来の人の流れを眺める
 それでも心がとても近くに、触れる事が出来るくらいに近く感じる
 ふとした瞬間に気付く
 とても静かな事に
 目の前は大勢の人がひっきりなしに通っているのに
 店内では交響曲が鳴り止まないのに
 一人のお散歩のときとはまた違う
 まるで世界に碇君と私だけのような
 此処にいるのに此処にいないのかのような感覚
 小さなカフェがもたらす不思議な幻想(イリュージョン)
 それは天使がくれた魔法の一時

 帰り道
 遅い昼食を摂ってお店を冷やかしながら帰る
 可愛い小物を売っている雑貨屋さん
 何百種類もの香りが漂う香茶屋さん
 夕方になるとやっぱり少し寒い
 碇君に寄り添ってその腕にしがみ付く
 そうすると彼のほうからそっと指を絡ませてくるの
 不思議、いつもは恥ずかしがるのにカフェに寄った後は平気なのね
 不思議でもいい、私は満足
 帰ったら二人で夕食を作るの
 アルファとシータには美味しいお魚





 こんな何でもないような日常の一つ一つが幸せ
 遠い将来、二人が歳をとっておじいさんおばあさんになっても
 きっと想い出の小箱の中の宇宙にばら撒かれた宝石のように輝くわ
 そして歳をとっても照れ屋のままで赤くなっている碇君の前で、こどもたちにお話してあげるの




ねがい
 それが今の 私の夢














 後書

 いや、散歩しまして。そのまんまです(^^;
 すいません、修行が足りないものでtambさんのリクエスト通りのゲロ甘にはなりませんでした(T_T) 今回は甘甘82くらいだと思います。いや、基準がないのでよくわかりませんが、tambさんの一連の作品を比較対象にした場合、ゲロ甘とはいえないと思いましたので(笑) 因みに私の中でチョイ甘、ヤヤ甘、甘い、甘甘、マジ甘、超甘、激甘、爆甘、ゲロ甘という区分けがあります。ゲロ甘以外は1〜100の数値で表され、100を超えると次の段階にランクアップします。ゲロ甘だけは1〜∞ですw
 アルファとシータはリツコさんが飼っているジェスタという名前の猫の子どもで、ケット・シーなので8歳くらいの人間の子供に変身出来ます(嘘) その際、猫耳、尻尾は標準装備です(大嘘)


ぜひあなたの感想を綾吉さんまでお送りください >[ayaten@infoseek.jp]


【投稿作品の目次】   【HOME】