コンペティション



「綾波?」
突然のレイの訪問に、シンジは首をかしげた。

下校時に別れの挨拶をしてから、まだ二時間も経っていない。
陽が、ようやく傾きかけた頃である。

「どうしたのさ。」
「碇君。おなか、空いた。何か食べたい。」

「あんたねぇ!」
リビングでそのやり取りを聞いていたアスカが、どすどすと大股で玄関口までやってきた。

「何考えてんのよ!
 あんたなんか、呼んでないわよ。何、馴れ馴れしいこと言ってんのよ!」

「アスカには、言ってない。」
「な、なんですってぇ?」

「まあまあ、アスカ。」
シンジはアスカをなだめつつ、

「綾波も、そんなとこに突っ立っていないで。あがりなよ。」
「うん、おじゃまします。」

「なんで、こんなやつ、あげるのよ。」
「いいじゃないか。仲良くやろうよ。」

「そうそう。」
レイは、にこにこと笑みを浮かべ、悪びれた様子がまったくない。

アスカが何か言ってやろうとしたところに、電話が鳴った。
しかたなく、近くにいた自分が電話に出る。

「もしもし。ああ、ミサト?」
二言、三言受け答えするアスカ。

「ええ? 何よ、それ!」
突然、大声になった。

「どうしたの? アスカ。」
シンジが訝って声をかけるが、それには応えず、さらにミサトに食ってかかる。

「困るわよ、今になってそんな…。
 そりゃ、シンジが作ることになってるけど…。
 いや、そういうわけじゃないけど…。
 ああ、もう! わかったわよ。
 それじゃあね!」

不満がだんだん、トーンダウンしてから、アスカは受話器を置いた。

「ミサトさんが、どうかしたんだって?」
シンジが再び尋ねる。

「今日は、遅くなるって。」
むくれた様にアスカは言った。
 
「それってつまり、晩ごはんはいらないってこと?」
「そうよ!」

「と、いうことは、綾波の分ができるってことか。」
「そうよ!」

「やりぃ!」
レイは満面の笑みを浮かべて、ガッツポーズをした。

「で、碇君。今日の晩ごはんは何?」

「今日は、カレーだよ。」
「肉は、抜いてね。」

「あんた、そんなこと言う権利があると思ってんの?」

「いいんだよ、アスカ。
 肉以外の材料は共通だし、ルーを二つ作ることは、そんなに手間じゃないから。」

「碇君ってやさしい♪」
「この…!!」

「わぁ! やめなよ、二人とも!」




その日、はじめてレイは、晩ごはんをお呼ばれすることになった。
かつてここで、ミサトの昇進パーティがあったときも、レイは来ていない。
ヨーグルトや弁当を別にすれば、レイにとって初めてのシンジの手料理だった。

「どう? 綾波。」

「うん、美味しいよ、碇君。」

「むうぅ…。」
アスカは何か言いたそうだったが、押し黙ったままカレーを口に運んでいる。

「野菜カレーだから、少し辛めにしたんだけど、よかったかな?」

「うん。碇君って、料理上手だね。」

「………。」
アスカは、聞こえないふりをして、コップの水を飲んでいる。

それを見て、シンジは、

「そうだ、お水か牛乳がいるよね? あ、牛乳はだめだったっけ。
 何か、飲みたいものはない?」

シンジなら、何でも作れると思ったレイは言った。

「碇君の、カルピスが飲みたいな。」

ぶううぅぅぅっ!
アスカは、口にした水を噴き出した。

それは、テーブルを挟んで対面にいたシンジを直撃する。

「ひっど〜い! 何するのよ、アスカ。」
シンジの隣にいた、レイにまで被害は及んだ。

「げほっ、げほっ。あんた、自分が何言ったか、わかってんの?」

「はぁ?」

本当に、わかってないようだ、とアスカは思った。

「どういうこと?」
尋ねるレイに、言わぬが花だと、アスカは考えた。

シンジも、何て答えていいものか、びしょぬれになりながら泣き笑いの表情を浮かべていた。




それ以来、ときどきレイが、晩ごはんを食べにくるようになった。

そのことでアスカが文句を言うと、同じエヴァのパイロットなのに、アスカだけ毎日シンジの作った
食事を食べられるのはずるい、と反論された。
そろそろ、交替してもいいのではないかとも言う。

『げっ』
やぶへびだった。

あの、廃墟のようなレイの集合住宅に、ひとりで住むのはごめんだった。
そう言われては、アスカは沈黙せざるを得ない。

そして、帰宅が早かったときにはレイと顔を合わせる様になったミサトは、レイの訪問を歓迎した。
パイロットどうしの交流が深まるのは、いいことだと受け止めていた。

「レイ。よかったら、一緒に住まない?
 あなたがその気なら、もっと広いマンションを探してもいいのよ。」

『いっ?』

それだけは、阻止しなくてはならない、アスカがそう考えていたところ、

「ありがとうございます。でも、わたしは、今のままで、充分です。」
ミサトの前では、よそいきの言葉で、レイはそう答えた。

何もそこまで丁寧に言う必要はないのだが、好感度を上げ、晩ごはんをよばれに来ることを自然な
行為であるかの様に印象づけるのが狙いだ。

アスカは、ほっとする一方で、危機感を募らせていた。

『まずい…。あたしの優位性が、どんどん失われていく。』

レイの方が、口は達者のようだ。
もともと学力でも、たまに皮肉をこめて「優等生」と呼ぶほど、大学出の自分を上回っている。
パワーでは自分にまだ分があると思うが、先日の追いかけっこの結果をみるかぎり、スピードでは
レイの方が完全に上回っている。
格闘技を含め、総合的な強さで、果たして勝てるかどうか――。

舐められないようにするにはどうしたらいいか、アスカは考えた。

『ファーストが苦手とする分野で勝負をしかけ、あたしの方が優れていると思い知らせてやれば
 いいんだわ。』
そう、思い到った。

できれば、それはシンジの前で行うべきだ。
いや、その判定をシンジにしてもらうことが、より効果的だろう。

そこまで考えたとき、脳裏に閃くものがあった。




「ねえ、ファースト。ちょっと、聞いていい?」
ある日の夕食後、アスカはレイに問いかけた。

その日も、レイは”お呼ばれ”に来ていた。
傍らには、たまたま早く帰ってきたミサトもいる。

アスカからレイに話しかけるのは珍しいことであり、ミサトもシンジもちょっと驚いている。

「あんたさ、今度のバレンタイン、どうするの。」
「どうするって?」

「シンジには手作りチョコ、あげないの?」
「手作りチョコって?」

「なんだ、知らないの。日本ではずいぶん前からある習慣なのに。」
アスカがそう言うと、

「無理よ、アスカ。レイは最近まで、そういうことには関心なく生きてきたんだから。」
「そ、そうだよ。それにぼくは、綾波は無理にそんなことしなくていいと思っているし。」

ミサトと、シンジからフォローが入った。

「なんだ、しないの。」
アスカは勝ち誇って言った。

「あたしは、ちゃんとするわよ。
 たとえ”義理”でも、日ごろからシンジにはお世話になっているからね。
 どう? うれしいでしょ、シンジ。
 手作りよ、手作り。」

「うん、嬉しいよ。アスカがぼくのために手作りチョコをくれるなんて!」
シンジは、笑みを浮かべて言った。

実は、その笑みの中には、
『作ってくれるのは、うれしいけど、はっきり”義理”と言われるとなあ。 
 それに、アスカの”手作り”って、大丈夫なんだろうか。』
そういった、引き攣ったものが含まれていた。

しかし、レイには心からの笑みに見えた。

「わたしも、するわ!」
「えっ、綾波も?」

「なんだか、よくわからないけど、それで碇君が喜んでくれるなら、わたしもする。」
「そんな、無理にしなくてもいいよ。」

「わたしが手作りをしたら、嬉しくないの?」
「いや、そんなことない。すごく嬉しいよ。」

「じゃあ、する!」

「やったじゃない、シンジ君。
 アスカとレイ、二人から手作りチョコをもらえるなんて。
 お姉さんもうれしいわ。
 ここまで育ててきた甲斐があった、てものよ。」

ミサトが、にやにや笑いながらそう言った。
 
『だれがお姉さんじゃ、だれが!』
『ぼく、いつ育ててもらいましたっけ。寿命を縮めることはあったかも知れないけど。』
無言の突っ込みはあったが、それを口にする者はいなかった。

「それじゃ、ファースト、勝負しましょ。
 どちらのチョコが、シンジに気に入ってもらえるかを。」

「そんな! そんなことで張り合わなくても。」
シンジが言いかけるが、アスカは無視して続けた。

「どう? それとも、自信ない?」

「わかった、受けてたつわ。」
レイがそう言うのを聞き、

『やったわ。』
アスカはほくそ笑んだ。

『これは、いい勝負かも』
ミサトは、二人を見比べながら、そう思った。




シンジは、複雑な気分だった。

レイとアスカが、自分のためにチョコを手作りしてくれるという。
それはそれでうれしいのだが、ふだんから二人ともろくに料理なんかしていないことも知っている。

”どちらのチョコが、シンジに気に入ってもらえるか”
そのことにこだわるあまり、何かとんでもないものが目の前に出されるような気がする。

それでも、どちらか一方を”気に入らなければ”いけないのだ。

「はぁ…。」
シンジはため息をついた。

チョコをくれる、それだけで自分はうれしいのに。
何もわざわざ、手作りで勝負してもらう必要なんかないのだ。

数日後の2月14日は、シンジにとって、憂鬱な日になりそうだった。




翌朝、シンジは、ふと思いついたことがあった。

あの二人に、チョコの味にこだわらせるから、とんでもないものが出来てくるのではないか。
だったら、材料を限定すればいいのではないか。
少なくとも、人体に影響の出るものは避けられるのではないかと。

レイとアスカを前にして、シンジはこう切り出した。

「バレンタインのチョコのことなんだけど、ぼくからテーマを出してもいいかな。」

「うん、それがいいね。」
レイは、すぐに賛成した。

「せっかくの勝負だもの。テーマをくれた方が、公正なものになるよね。
 そこから外れたら負けだということが、はっきりしてるし。」

「望むところよ。」
アスカも頷いて言った。

「具体的なイメージが湧くから、あたしもその方がいいわ。
 で、そのテーマとやらは、一体何よ。」

「うん、じゃあ、言うよ。
 材料は、市販のチョコ以外に追加できるものは、砂糖とミルクに限定します。
 だから、奇抜な味を狙ってもだめ。
 味に大差が出るとは思えないから、形というか、”見た目の勝負”になるということかな。」

「えーっ、味にこだわっちゃだめなの?」

レイが、がっかりした声を上げる。
すでに何か、腹案を抱いていたらしかった。

「見た目の勝負ね、いいわよ。」
アスカは、すんなりと賛同した。

「だれかさんは、デザインに自信がないと見えるわね。」

「そんなこと、ないもん!
 いいわ、わたしのセンスを、思いっきりアピールしてあげるわ。」

二人の了解を得て、シンジはほっとした。

レイに、どういう腹案があったかは知らない。
が、少なくともこれで、カレー粉だのガーリックパウダーだのが混入されることはなくなった。

もう、ため息をつくことはない、シンジはそう思った。




『見た目勝負かぁ。』

レイは、胸の内でそうつぶやいた。
せっかく、いろいろな味付けをためしてみようと思っていたのに、それが禁止されたことは、
少し残念だった。

だが、これでよかったのかも、と思いなおした。

一緒に住んでいる関係で、アスカの方がシンジの好みを知っているかも知れない。
それよりも、見た目だけなら、巷にあふれかえっているバレンタイン商品がある程度は参考に
なるだろう。
バレンタインというものを、よく知らなかった自分にとっては、不利な点がかなり解消されたと
みるべきではないか、そう思うことにした。

ことによると、レイが不利であることを見越した上で、シンジが配慮してくれたのかも知れない。

『うん、きっとそうだよ。やっぱり碇君はやさしい♪』

その、シンジの好意に応えるためにも。
どういうデザインが喜ばれるか、真剣に考えなくてはいけなかった。

まず、表面が綺麗でなくてはならないのは、当然だろう。
問題は、色と形だ。
何が、シンジに”受ける”のか。
レイは、寝食を忘れてそのことに没頭した。




『あのシンジが、自分からテーマをふってくるとはね。』

アスカは、意外に思いながら、それでも自分の有利は揺るがないと思った。
(味での勝負をシンジが回避した理由をわかっていない。)

レイには、美的センスがない。
それは、あの似合わない黒い靴下とくつ、やぼったい学生鞄を見ても明らかである。
ふだんから身なりに気を配らない彼女が、いくらがんばってコーディネイトを考えたところで、
大したものにはならない、そう信じきっていた。

あたり前のデザインでも、かるく勝てるだろう。
だが、それだけではだめだ。
シンジに『アスカはすごい!』と思わせるには、ひとひねり欲しい。

それは、何か。
アスカは、”造形の技術”だと結論づけた。
『よく、こんな形が作れたなあ。』
そう思わせるものにしなければいけない。

アスカは、身近にあるものでそういうものがないか、思いを巡らせた。




その晩、葛城家のキッチンには、大きなカーテンが設けられた。
夕食の後片付けが終わった後はそのカーテンが閉じられ、関係者以外出入り禁止となった。

関係者とは、もちろんアスカである。
そこで何らかの、”極秘の開発”が進められているのだった。

冷蔵庫へビールを取りに行くのも、カーテンのそばを通らなければならないミサトは、その度に
アスカに声をかけなければならなくなった。

「もう、なんで割れちゃうのよぅ!!」
ときどき、アスカが喚く声が、カーテンの向こうから聞こえてくる。

バレンタインデーが来るまでは、こういう状態が続くのだろう。

「とんだことになっちゃったわね。」
「ええ。」

ミサトとシンジは、互いに目を合わせると、ぼやく様に言った。

アスカがああいう状態だから、おそらくレイも似たようなものだろう。
実際、レイが晩ごはんを”お呼ばれ”にくることはなくなった。

「綾波、どうしているのかな。」
気にはなったが、まさか様子を見に行くわけにもいかない。

今はただ、無事にその日が来るのを待つしかなかった。




そして、2月14日の朝が来た。

幸か不幸か、その日は日曜日である。
学校ではなく、シンジたちの自宅にレイはチョコを持参して来ることになっていた。

約束の時間、朝9時に玄関のチャイムが鳴った。

「はい?」
シンジが応対に出る。

「綾波です。」
抑揚のない声が、そう告げた。

シンジは、『あれっ?』と思ったが、
「ああ、上がってよ。」
そう言うと招き入れた。

「お邪魔します。」
「綾波…元気ないみたいだけど、大丈夫?」

「平気。」
レイはそう言うが、あきらかに低血糖モードのようだ。

「ははーん。あんたさては、徹夜してきた上に、朝ごはんも食べていないのでしょう?」
そういうアスカの目の下にも、隈(くま)がある。

「ええ。」

「だめだよ、そんなことしてたら、体こわすよ!
 なんか、作るから待ってて。」

シンジはそう言うが、レイはかぶりを振った。

「後で、いい。その前に、チョコを受け取ってほしいの。」
「そうよ、勝負が先よ!」
「でも…。」

三人のやりとりを、ミサトは傍らで見ていたが、
「しょうがないわねぇ。さっさと済ませてしまいましょ。」

半分寝起きのような顔をして、頭を掻きながらめんどうくさそうに言った。

「ほら、三人とも座って。」
そう言うと、自分もテーブルの席についた。

「なんで、ミサトがここにいるのよ。」
アスカが、文句を言う。

「あんたたち、公平な勝負がしたいんでしょ?」

「もちろん!」

「だったら、わたしが立会人。
 シンジ君が、どちらかに遠慮したりしない様に、見ててあげるから。
 言葉ではなく、シンジ君の表情をわたしが客観的に見たうえで、本当に喜んだのはどちらかって
 ことで、優劣を判断してあげるわ。
 それでいい?」

「わかりました。」
レイは頷いた。

「アスカも。いいわね。」
「わかったわよ。ちゃんと見ててね、ミサト。」




そして、チョコの品評会が始まった。

「それじゃ、始めましょうか。」

「じゃあ、あたしからね!」
アスカは、持っていた紙袋から、自分が作ったチョコを取り出した。

「ほら、シンジ。
 けっこう、苦労したのよ、これ。」

「へえ…。すごいや、アスカ。」

シンジが手にとっているのは、銀色に輝くクルスだった。
ずっしりと、重い。
十文字に成型されたチョコを、銀紙で丁寧に包んだものだった。

「よく、割れずにこんな形が造れたね。」

「慣れないうちは、固まっていく途中でよくひび割れたわ。 
 うんと硬いチョコを選んで、それを融かして形を整えたのよ。
 固める途中でもムラが起きないように注意して、やっとできたのがこれよ。」

「ミサトさんのクルスだね、これ。」

「よく、わかったわね。
 そうよ、ミサトのクルスをモデルにして作ったのよ。」

アスカは、満足そうな笑みを浮かべて言った。

「じゃあ、ファースト。次はあんたの番よ。」
「ええ。」

レイも、大事そうに持ってきた包みを開けて、シンジにチョコを差し出した。

「何よ、これ。」
アスカが驚きの声をあげた。

レイのことだから、てっきりハート型か何かの、陳腐なものだと思っていた。
だが、目の前にあるものは、予想のはるか斜め上を行くものだった。

それは、完全な球体。
紅く光る包み紙にぴったりと包まれ、継ぎ目がどこにあるかも判らないほど艶々と輝いていた。

「なんなのよ、これ。どこに工夫があるっていうのよ。」
勝ち誇ることすら忘れ、アスカは茫然とそのゴルフボールほどの丸いチョコを眺めた。

「いや、これは…。」
シンジは、両手の上にそのチョコを乗せて、顔を近づけて見つめた。

シンジの顔が映り込むほどに、なめらかな表面を持つそれ。
しかも、どこから見ても歪なところがない。
人の手で、これほど完璧な球体ができるのだろうか。

「これは、これで、すごいよ…。」

おそらく、相当な時間をかけて、チョコを丸める作業が両手で続けられたのだろう。
そのことに感嘆するとともに、シンジはそれに奇妙な懐かしさを感じていた。

『どこかで、これを見たことがある。小さい時、母さんに見せたことがあるような…。』

「ねえ、綾波。」
「なに?」

「これのモデルって、なに?」
「知らないの。碇君のことを考えていたら、思い浮かんできたものだから。」

「ふうん…。」
そう言いながら、シンジは再びまじまじと球体を見つめ続けた。

「で、ミサト。どっちの勝ちなのよ。」
アスカがしびれを切らして言った。

「そうねえ、やっぱり、引き分けってとこかしら。」
「何よ、それ! 白黒はっきり決着をつけるんじゃなかったの!」

「そうは、言ってないわ。
 どちらも、シンジ君はすごいって言ってたし。
 わたしも、技術的には甲乙つけがたいと思うし…。」

「シンジの表情を、客観的に見て決めるのだったでしょうが。
 シンジが本当に喜んでいたのはどっちなのよ!」

「だから、それも、甲乙つけがたいっていうか…。」

「もういい!ミサトに立会いを頼んだのが、間違いだったわ!」
「あはは、ごみんね〜。」

「ファースト!」
「なに?」

「今回のところは、引き分けでいいわ。
 来年こそは、白黒はっきり決着をつけるわよ!」

「あの、アスカ。」
来年も、これをやるのか、とシンジは思った。

「今度は、味で勝負するからね!」
「ちょ、ちょっと、それは勘弁し…。」

「何か言った?」
「い、いや、なにも…。」

「いいわね、ファースト。」
「わかったわ。」

「なんか、”今のあんた”の受け応えでは、歯応えないわね。
 朝ごはんでもなんでも、食べていきなさい。
 まだまだ、あんたとの勝負は続くんだから!」

そう言うとアスカは、自分の部屋に引き上げていった。

『大変なことになった…。』と、シンジは思った。
でもまだ、来年のバレンタインまで、あと1年ある。
その間に、レイとアスカに多少なりとも料理を教えて、彼女たちのセンスを磨いておかなくては。

次のバレンタインが、自分の命日とならないようにするために。
シンジは、そう決意した。


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