照明の明かりが十分に届かない廊下で、白い貼り紙が浮かび上がっていた。 
 寝惚け眼で読んで、あれっ? と思い、眼をゴシゴシ擦ってもう一度読み直した。

『ただいま作業中。勝手に入るべからず。 マキ』

 こんな貼り紙までして何をしているのだろう、と純粋に思った。
 そもそもこの家には二人しかいないではないか。あたしの他に誰が入るというのか。
 ……男でも引っ張り込んでいるのだろうか? 
 いや、それならあたしが居る間にする事は無い。あたしも今は独り暮らしをしているんだもの。
 もしかしたら…ひょっとして、何か美味しいお菓子でも食べているのかもしれない。
 そう言えば、何とも言えないコーヒーのいい香りがドアの隙間から洩れているような気がする。
 ……おねえちゃん、ずるい。と思うより早くドアを全開にしていた。

「おねえちゃん。あ、あたしのは?」
「ああー?」予想に反し、受験生のように頭を抱えるようにして机にかじり付いていたマキが、ゆらーりと首を後ろに向けた。ミキに据えられた眼は暗く、据わっている。どう見てもお菓子を食べているようには…見えない。
「ど、どうしたの、おねえちゃん?」マキの暗い目に見据えられ、ミキは小さく悲鳴をあげそうになった。
「どーしたもこーしたも無いわよ! caluとかなんとかいうのの作品の紹介文だけど、あんたが『おねえちゃんと一緒じゃなきゃヤダ』とか何とか言ったんでアタシに回ってきたんじゃないのよ!」  
「へ?」そんなこと言ったっけ? そういえば…なんだかcaluとか何とかいうのから何度かメールが入ってたなあ…全部消しちゃったけどぉ。 
「ミキ……あんた、覚えてないなんて言うんじゃないでしょうね?」ペンがペキンと折れる音が響いた。あ、マズイ、おねえちゃん本気で怒りそう……。
「お、おねえちゃん、ごめんなさい……あ、あたし、そんな大切なこと忘れて爆眠しちゃって」
「ま、いーわ。反省もしてるみたいだし、紹介文も取り敢えずは出来たしね。caluとかなんとかいうのにだったら、これで十分でしょ。あとはtambさんが何とかしてくれると思うわ」
「はー、良かったあ」
「でもね、ミキ」
「え? うん」
「今晩は罰としてゴハンは抜きよ」
「やだ…それだけは。おねえちゃーん」

 その時、マキの机の傍から気紛れに流れ込んだ風が、一枚の紙を軽やかに舞い上げた。






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