終わりは始まり

―― 綾波の場合  「何か終わったの?」――
Written by Cooper


──サードインパクト
予想された天変地異も大災害も無く、それは回避された。
サードインパクト回避のために設立された「特務機関ネルフ」によって。
「サードインパクトによる人類解放」を謳う過激派組織のテロも、
ネルフが保有していた汎用人型決戦兵器により制圧。
その組織も殲滅された。
セカンドインパクトの悲劇は繰り返されることはなかった。

あれから10年、今は歴史の教科書にも載っていること。

でも、つらかったあの戦いは……本当のことを知っているのは、私達だけ。
私は、それでいいと思う。






10年前、4月──
第壱中学3−A
みんなは、数ヵ月前にサードインパクトが回避されたと思っている。
本当は過激派組織ではなく、使徒と呼ばれたもの。
その襲来のなくなった、穏やかな世界。

退屈な授業中、私はなんとなく一人のクラスメイトを見ていた。
艶のある綺麗な黒髪、吸い込まれそうな漆黒の瞳。
優しい笑顔の、少し華奢な男の子。
碇くん

弐号機パイロット……じゃない、アスカは言う。
──バカシンジ!
優しい? あれは優柔不断なだけ。頼りない!
──あんたバカ?
アスカは知らない。碇くんのこと。
……知らなくていい

碇くんは窓の外を見ている。



3月──
春休みの昼下がり、何も予定が無かった私は散歩に出かけた。
そして、たまたま通りかかった公園のベンチで休んでいた。

小さな子供が犬と遊んでいる。
……犬が子供の面倒を見てるみたい。
そう思うと、なんだか温かい気持ちになる。


「あ、綾波……さん」
突然呼ばれて振り向くと、見覚えのある顔があった。
目が合うと、彼はうつむいてしまった。

「あ、あの……僕のこと、わかる……かな?」
うつむいたまま、彼が言った。

碇くんより少し高い身長、
碇くんより日焼けした肌、
碇くんよりきつい印象の顔立ち、
でも、私を見る瞳は優しい……碇くんと同じ色の瞳。
知っている
私のことを、いつも見てた人。
「……ええ、同じクラスの人」

私の言葉に彼が顔を上げた。

優しい笑顔

「あ、あの……少し、話し……してもいいかな?」

優しい視線、
優しい声、
嫌いじゃない。

温かい

「……かまわないわ」
そう言ったけど、どうしたらいいかわからなくて、私はまた子供を見た。

少しして彼を見ると、彼もぼんやりと子供と犬を見ていた。
話し、しないの?
碇くんも、よくぼんやりと何かを見ている。
思い出すと、また胸が温かくなってきた。

「……座ったら」
「……え? ……あ、うん」
彼がそわそわとベンチの端に腰を下ろし、私はまた子供を見た。

話さなくても、この雰囲気は嫌じゃない……
そう思っていたときだった。
「あ、綾波さん……ほんとに突然なんだけど……
こんな風に、二人だけで話しすること……たぶん、もう無いと思うから……」
彼が話し始めた。
少しづつ、言葉をかみしめるように話すのは緊張しているから?
なぜ、緊張するの?

「突然こんなこと言って、迷惑かもしれないけど……僕……」
彼の言葉が、一瞬途切れた。
「……綾波さんのことが、好きだ」
「……」
驚いて振り向くと、彼の優しい瞳が私を見つめていた。
胸の奥が温かくなる笑顔。
「入学式のときから、ずっと見てた。初めて話しかけた時から、好きだった。
僕……変なやつだね。ホントごめん、突然こんなこと言って」
「……かまわないわ」
やっと、それだけ言った。
この人も……私のことが……好き
……だから温かい?

サードインパクトのとき、碇くんも私のことが好きだと言ってくれた。
赤い海で、私と一緒にいたいと言ってくれた。
私も一緒にいたいと思った。
だから、この世界がある。

──サードインパクトを覚えていない、新しい世界。

「綾波さんは……好きな人、いるの?」
私が、好きな人……好き……温かい人? ……碇くんが好き?
「……よくわからない」

「じゃあ……気になる人とか、一緒にいたいなって人は、いる?」
「……」
私はうなずいた。
一緒にいたい人は、碇くん……それは確かなこと。

「一緒にいたい人……温かくなる人……」
彼が、少し私のほうに身を乗り出した。
「……好き、は気持ちいい言葉……嫌いじゃない気持ち」
私の言葉を一生懸命に聞こうとしてくれるこの人なら、教えてくれるだろうか。
私の心の、この気持ちの答えを、教えてくれるだろうか……
「一緒にいたい人は、好きな人? ……好きな人は、温かくなる人?
でも、すごく苦しくなる。……わからない……好きという気持ち」
私は独り言のように呟いていた。

「碇のことは、どう思う?」
彼の口から、突然碇くんの名前が出てきて私は慌てた。
どうしてわかったの……
少し顔が熱くなる。
「……碇くんは……温かい人。……一緒にいたい人。
でも、胸が苦しくなる……つらい」
碇くんが、他の女の子といるのを見ると苦しい。
他の女の子に優しい笑顔を見せると、つらい。

「じゃあ……僕は? 僕のこと考えると、苦しくなりそう?」
この人は……私を見ていてくれた人。
私のことを好きだと言ってくれた人。
温かい言葉をくれた人。
でも、他の女の子と話しているのを思い出しても……苦しくならい。
「……あなたも、たぶん温かい人。……でも、苦しくならない」
どうして、碇くんのことを考えると苦しくなるの?
この人も、同じ温かい人なのに……

「……温かくなるけど、苦しくならない人は、普通の好き」
彼が言った。
静かに、低い声で。
心地いい響き。
「……普通の、好き?」
意味がよくわからなくて、思わず聞き返してしまう。
彼が一瞬だけ視線をはずした。

「そう、普通……友達とか仲間の好き」
「友達……」
この人も、アスカも、洞木さんも……温かいのは友達の好き

「そして、苦しくなる好きは……」
彼が深呼吸をした。
瞳が、一瞬悲しそうに光ったような気がした。
私は、少し緊張して次の言葉を待った。
私が知りたい答え。

「……恋をしている好き」
「恋……」

恋……恋愛小説で読んだ。男女の間の特別な感情。

「そう、特別な好き……愛、かも知れない」

特別な好き……愛……私は……

「私……碇くんに……」
「恋してる」
静かに、優しく、はっきりと彼は言った。
「恋……」
鼓動が早くなり、顔が一段と熱くなる。

私が、恋してる……。碇くんに……恋してる。
ヒトではなかった私が……恋してる。
温かくて、一緒にいたくて、でも苦しくて……この気持ちが、恋。
碇くんが好き……特別な好き。

じゃあ、碇くんが言ってくれた好きは……

「碇も……同じ」
私の気持ちに答えるように、彼が言った。
「あ……」

碇くんの好きも……特別な好き。私と同じ、好き。

温かいものが込み上げてきて、視界が曇っていく。
涙があふれた。

「これは……うれしい涙……」

誰にも聞けなかった気持ち、誰も教えてくれなかった気持ち……
教えてくれたこの人に……うれしい気持ちを、今の気持ちを伝えたい
どうすればいいの……
碇くん……

──笑えばいいと思うよ

そう、精一杯笑おう。
そして、心をこめて感謝の言葉を……
「ありがとう……」


彼が真っ赤になっている。
なぜ?

何か、彼の大事なことを忘れている気もする……
わからないわ

わかっているのは、私が恋してること……
一番大切なこと

それだけ





4月──
第壱中学3−A
退屈な授業中、私はなんとなく一人のクラスメイトを見ていた。
艶のある綺麗な黒髪、吸い込まれそうな漆黒の瞳。
優しい笑顔の少し華奢な男の子。
碇くん

ちゃんと「好きです」って言おうと思うけど、碇くんの前だと何も言えない。
本で読んだ、恋人同士のようになりたいのに……

恋って、苦しい……

碇くんは窓の外を見ている。

……窓の外
グラウンドでは、隣のクラスの女子が体育の授業中。

……隣のクラス

……

……霧島さん
持っていたシャーペンが、鈍い音を立てた。
碇くんは気づいてないけど、以外に大きな音だったので、そっと周りを見回す。

彼と目が合った。
見られてた?
どうしたらいいかわからなくて、少し笑ってみた。

彼も微笑んだ。
よかった、対応は間違ってなかったみたい。








「あれ、そのハガキって、式のときの写真?」
「ええ、中学のときの友達に出そうと思って」
「僕も知ってる人?」
「……たぶん」
「式に招待してなかったの?」
「忙しいみたいだったから……」
「ああ、じゃあ、仕方ないね」
「……ええ」

あれから10年、
ちゃんと話したのは、あの1度きり。
中学を卒業してからは、一度も会ってない。
連絡もしていない。
大切なことを、教えてくれた人。

私のこと、憶えてるかな……


……結婚しました
……碇レイ





彼の住所はMAGIに教えてもらった。

今は恋人もいるらしい。




よかった


(了)





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