心の成長

Written by DRA


紅い海から戻ってきた人々。
ようやく訪れた平和な世界。
紅い海から生還して一週間後。
ゲンドウとユイとシンジは駅前のレストランで食事を取っていた。
華やかな店内とは裏腹に重い空気がテーブルを包む。
ゲンドウとユイが隣同士で向かいにシンジが座っていた。


「シンジ、どうしても一緒に暮らせないの?」

「ごめん。」
ユイは少し涙目になりながら再度確認した。
シンジからの返事はNO。
私が戻ってきたから家族三人でこれから生活できる。
そう思っていたユイにとってそれは悲しい現実だった。
ゲンドウは我関せず黙って食事を口にする。
「家族だから一緒に暮らしましょうよ、ねぇシンジ。レイちゃんも一緒だから。」

「ごめん。」
僕は父さんとは一緒に暮らせない。
そう思ったが口にしなかった。
口にしたところでゲンドウが何かを言うとは思えなかった。
おそらくゲンドウも自分と同じであろうと思ったシンジ。
「そう。」
消え入りそうなユイの声。
その声に罪悪感を覚える。
ユイはバッグからカードを取り出し、そっとシンジに手渡す。
「少しばかりお金が入ってるから使いなさい。マンションのほうは私が手配しておくから。」

「ごめん。」
自分は母親なのにしてあげれることはこのくらいしかないの?
シンジに頼られたい、甘えられたい。
ユイは自分が情けなくなり涙をこぼす。
シンジは居たたまれなくなり席をはずした。


「私って情けない母親ですね。」
泣きながら自嘲的な笑みを浮かべるユイ。
ゲンドウは黙ったまま煙草に火をつけた。




それから一ヵ月後
夕食時
「これ嫌い。」
「レイちゃん。ダメじゃないワガママ言っちゃ。」
「いや。」


最近のレイはワガママをよく言う。
碇ユイという甘えられる存在がいるからだろうか。
嫌いな食べ物は必ず残す。
欲しい物があると駄々をこねる。
自分の要求が通らないと拗ねる。
一つ一つは些細なことだったが、塵も積もれば山となる。
このままではいけないと思うユイだが、どう対処すればよいのかわからない。
夫であるゲンドウは全く当てにならなかった。
ユイは最近、胸の痛みを感じていた。
それはストレスからくる精神的な症状だった。
嫌いなものを残し、レイは風呂に入るため席をたつ。
ユイも夕食を済ませ、畳んでおいたレイの洋服を持ってレイの部屋の前に置く。
少し息を吐きレイの隣にある空き部屋の前に立つ。



「シンジ、お願い。帰ってきて。」
シンジのために用意した部屋の前で泣き崩れるユイ。
それを黙ったまま見るゲンドウだった。




それから一ヵ月後。
シンジが二ヶ月ぶりに学校へ来た。
シンジはレストランでの一件以降、学校へは来ていない。
遅刻ギリギリで教室に入ったシンジは自分の席を確認して座る。
レイの隣だった。


「碇君、おはよう。」
シンジと二ヶ月ほど会えなかった少女は嬉しそうに微笑む。
「久しぶり。」
シンジは素っ気無く言うとカバンから教科書を取り出した。

それを後ろの席から見ていたアスカは憤怒の表情を浮かべながらシンジに近づく。
「ちょっとシンジ。何なのそれ。レイはアンタが来るのずっと楽しみに待ってたっていうのに。」
シンジの胸倉を掴むような勢いで顔を近づけるアスカ。
シンジはさして気にもアスカを見る。
「アスカって綾波のこと名前で呼ぶようになったんだ。」
さして驚きもせず感想を述べるシンジ。
「まあね。ようやくレイのいいところが分かってきたから。ってなに話をはぐらかしてんのよ。」
「いいじゃないか別に。それより授業始まるよ。」
時は流れ放課後。
「シンジ君?」
「何?」


帰り支度を済ませたシンジにカヲルが声を掛けた。
カヲルは爽やかスマイルでシンジの肩を触る。
「麻雀をやらないかい?」

この学校に入ってから友人を多く持つことが出来たカヲル。
麻雀を趣味として覚えて以来、過去、様々な人と対戦してきた。
この学校の友人とも麻雀を行いたいと思ったカヲルは最近アスカとレイに麻雀を教えた。
三人で麻雀を行っていたのだが、やはり四人がいいと思っていたところにシンジが現れて声を掛けたのだ。

「別にいいよ。」
彼は軽い返事をして誘いに乗った。
「シンジ君、君も麻雀ができるのかい?」
「うん。」
「わかったよ。綾波君、アスカ、面子が揃ったよ。」
教室に残っていた二人に声を掛ける。
アスカは目を輝かせてシンジたちに近づく。

「なにカヲル?もしかして面子ってシンジなの?」
どことなく邪な笑みを浮かべシンジを見る。
シンジが相手なら楽勝じゃん。最近はカヲルに負けてばっかでムカついてたし。
「しょうがないわね、レイはどうするの?」
「碇君がやるなら、私もやる。」
シンジを横目で見て誘いに乗る。
「決まりだね。場所はどうしようか?」
「僕のマンションでいいんじゃない。けっこう広いから。」

「それにしても初めてよね、四人でやるのって。」
「そうだね。アスカは知らないだろうけど四人で打つのは最高に面白いよ。」
夕焼け空をバックに二人が楽しそうに話しながら歩く。
アスカとカヲルは麻雀の話で盛り上がっている様子。
シンジは二人のあとを黙ったまま歩く。
レイはシンジの横について歩く。
「碇君、この二ヶ月間どうしてたの?」
「別にどうもしてないけど。」
シンジはレイを見ず素っ気無く返す。
「そう。」
少しシュンとしてしまったレイ。


それから話すこともなく黙って二人の後を歩いた。
学校から歩いて十五分くらいの場所にあるシンジが借りているマンション。
シンジがロックを解除しドアを開ける。
「アンタ、ホントにここに住んでんの?」
「うん。」
部屋をみたアスカが驚きの声を上げた。
シンジの部屋は人が住んでいるという気配が全く無く、ベッドすら置いていなかった。
シンジは立ち止まっている三人を残しリビングに入る。
そして置いてあったテーブルに麻雀マットを敷く。
「まっいいわ。さっそくやるわよ。」
「お邪魔するよシンジ君。」
三人はリビングに入り卓を囲むように座った。

「カヲル君、レートはどうするのさ?」
「そうだね。僕たちは中学生だから100点10円、25,000点からで30,000点返しでどうだい?」
それはカヲル、アスカ、レイの間で決められたレートだったので彼女たちは反対をしない。シンジは黙ったまま頷く。
洗牌し適当に牌を積む四人。
シンジがサイコロを振る。
東家 シンジ
南家 レイ
西家 カヲル
北家 アスカ

「なんでこのアタシが北家なのよ。」
「ふふっ、怒る君もまた愛らしいよ。」
「なっ・・・何言ってんのよ。カヲル。」
わめくアスカを宥めるかのようなカヲル。
先ほどまでシンジを見ていたレイだが、こちらが気になり視線を外した。


その瞬間、シンジの手牌が全て変わった。


「天和。16,000オール。」
一瞬、時が止まった。


「聞こえなかったの?天和、16,000オール」
シンジは何事もなかったかのようにもう一度言う。
放心状態の少女達
だがレイより早くアスカが覚醒し、シンジに噛み付く。
「なによそれ、アンタ、イカサマでしょ。」
その声で覚醒するレイ。
シンジの胸倉を掴むが、彼は静かにその手を振り解く。
「何それ?僕がイカサマしたっていう証拠でもあるの?」
実際、『ツバメ返し』という究極のイカサマを使ったのだが、もちろんその事を言うつもりはない様子。
アスカは『証拠』と言われ、そのあとの言葉が続かなかった。
「でも、おかしいじゃない。」
どうしても納得できないのかケチをつける。
レイはイカサマというものを知らず、ただシンジのあがりを見てため息をつく。
「証拠がないなら早く点棒払ってよ。」
証拠がないのでシンジをこれ以上攻めることも出来ずしぶしぶアスカは点棒を払う。
他の二人もそれに続く
ふふっ、これでいいのかい?シンジ君。
意味深な目でシンジを見るカヲル。
なによ、絶対イカサマだわ。今度は見逃さないわよ。
キッとシンジを睨み復讐の炎を纏う。
その後、最悪の状況が三人を待っていた。



シンジは安手であがり続け、七本場を置く。
シンジ 82,000点
レイ  6,000点
カヲル 6,000点
アスカ 6,000点
麻雀には『八連荘』という親が七回連続であがると、次にあがる役に関係なく役満となる恐ろしいものがある。

すでに三人とも生気を失い、重苦しい空気が部屋に充満している。
アスカにいたってはシンジがあがっても噛み付くことなく黙ったまま点棒を支払う。

未だ東一局、あれからシンジの親は動いていない。



「リーチ」
一巡目でリーチを仕掛けるシンジ。
その顔は無表情。何を考えているのか全く読めない。
打牌は「四筒」。
レイは恐怖に体を震えさせながら思考する。
ドラは「八萬」
碇君、何を待ってるの?
悩みに悩んだ末、「東」を切る。
「ロン、四喜和、字一色、八連荘、トリプル役満、144,000点。」
一瞬にして凍りつくアスカ。
レイにいたっては白い肌が青白く変色した。
シンジは自分には関係が無いかのように言葉を続けた。
「綾波が飛んだから、これで清算だね。」

シンジ 226,000点
レイ  −138,000点
カヲル 6,000点
アスカ 6,000点

「30,000点返しだから、アスカとカヲル君は2,400円で、綾波は16,800円だね。」
このときアスカはレイに同情した。
レイはまだ麻雀のルール自体あまり理解できておらず、ただシンジがやるといったので付いてきただけだった。

レイはお金を支払いうつむく。
時折聞こえる嗚咽の混じった声。
アスカは胸が切なくなった。
なにレイを泣かせてんのよ、このバカは。
キッとシンジを睨むアスカ。
シンジはアスカの視線を気にすることなく財布にお金を入れる。
「帰る。いくわよレイ、カヲル」
声を荒げ帰って行くアスカの後を二人が追った。


翌日
昨日と同様に遅刻ギリギリで席につくシンジ。
あまり寝ていないのかアクビをした。
すでに隣の席に座っているレイ。
シンジが隣に座ったことを確認し視線を向ける。
「碇君、麻雀して。」

開口一番。
レイの言葉には強い意志が混じっていた。
「別にいいけど、面子は。」
「もちろん、アタシよ。」
後ろから怒気の混じった声が聞こえる。
今日は絶対に勝ってやるんだから。
自信をみなぎらせるアスカ。
少し不安だった金銭面の問題は昨日ゲンドウから貰った小遣いで解消している。
中学生の自分には少し大きい額だと思ったが、ありがたく受け取った。
そんなアスカをシンジは振り向くことなくレイを見る。
「で、あと一人は?」
レイは考えていなかった。
面子として考えていたカヲルは今日、理由があり欠席していた。

「それじゃ僕が呼ぶけどいい?」
「いいわよ。」
アスカは了解し、レイも頷く。

放課後。
帰り支度を済ませたシンジにアスカが近寄る。
「で、アンタは誰を呼ぶの?」
「僕の知り合いの人。これからその人がいるところに行くから、麻雀はそこでやろうよ」
誰と麻雀をするのかが知りたいアスカだったが、どうやら面識の無い人とやることになるようだ。
ちょっと不安だけどシンジの知り合いなら変な人はいないはずだから大丈夫よね。
そう自分に言い聞かせ、シンジを先頭にその場所へ向かう。
学校から歩くこと二十分。


小高い丘の上についた。
第3新東京市全体を見渡すことは出来ないが、それなりに景色はいい。
そんな場所に少し寂れた雀荘が建っていた。

『天界』

最近では珍しい木造の建物だった。

「健さん、麻雀やろうよ。面子つれてきたから」
立て付けの悪い戸を開けたシンジはいるであろう人を呼んだ。
だだっ広い一階建ての木造雀荘。
雀卓が三つほどしか置かれていない。
奥のほうから戸を開く音がした。


出てきたのは無精ひげを生やし、背広を着た男。
アスカが知っている加持リョウジではない。
男はぼりぼりと髪をかきながらシンジに近づいてきた。
近づけば近づくほど感じる得体の知れないオーラ。
EVAのパイロット時代には感じることの無いかったオーラだった。
この場から逃げ出したい気持ちに駆られるアスカとレイ。
「なんだ、シンジじゃねえか。そっちの二人はガールフレンドってやつか。」
「別にそんなんじゃないよ。」
素っ気無く否定するシンジ。


奥の部屋に入りな、と健が三人を招く。
客間と書かれた奥の部屋に入った四人。
目の前には雀卓が一つだけ置かれていた。
とりあえず席につく四人。
「で、シンジ、レートはどうするんだ。」
健は少し長い髪をかきながら煙草に火をつける。
「ここのルールどおりでしょ。聞かないでよ。」
健はシンジから目線を外して二人を見る。
そして、白い煙を吐く。

「じゃあお二人さん、よく聞きな。レートは1点1円、それがここのルールだ。」

見る見るうちに血の気が引いていく二人。
音にするならば「サーッ」であろう。
俗に言うデカピン。
中学生である彼女たちにとってそこは足を踏み入れてはならない領域だった。
「じゃあ始めよっか。」
シンジはそんな二人に構うことなくサイコロを振る。

東家 健
南家 シンジ
西家 レイ
北家 アスカ

なんでアタシが北家なのよ、そんなことをとても叫べそうも無い場の雰囲気。
アスカはシンジに視線を集中させる。
前回のようなイカサマをさせるわけにはいかないということだろう。
レイは少し息を吐き、理牌する。

東一局六巡目
「リ、リーチよ。」
上ずった声のアスカがリーチ棒を置く。
と、とにかくあがらなくちゃ。
しかし、アスカの切実な願いは簡単につぶされた。
「ロン、平和、タンヤオ、三色、ドラドラ。跳満だ。18,000点。」
健が少し口元を緩めながら牌を倒す。
彼はすでに一巡前から聴牌していたのだが、アスカの捨て牌で三色が確定したのであがったのだ。
瞳を少し潤ませながら点数を払うアスカ。
残り6,000点。
何故だがその点数が自分の命のように思えた。



その後、シンジと健が上がり続けた。
南二局シンジの親。
健   43,500点
シンジ 50,000点
アスカ 2,500点
レイ  4,000点



二人の少女はシンジが満貫を積もった時点で終わる。
二人はここへ来たことを後悔した。
昨日、シンジの家から出たアスカとレイはゲンドウに麻雀を教わっていたのだが、所詮は付け焼刃。
シンジたちに勝負を持ち込んだこと自体が間違っていた。
「ロン、平和。1,500点」
シンジが安手でアスカからあがる。
アスカは残り1,000点。


この雰囲気、イヤ。

レイは胃が重たくなってきた。
彼女の手なりに進めた手牌はあと少しで跳満になろうかというところ。
そして積もった牌は「南」
レイにとって、それは不要牌だった。
しかし生牌だということに気づかない。


「ロン、十三面張国士無双、ダブル役満64,000点」
健が静かに牌を倒す。
心臓を鷲づかみされたような痛みがレイを襲う。
シンジはレイの苦しげな顔を見るが、気にも留めず頬をかく
「ロン、大三元、四暗刻単騎、トリプル役満、144,000点」
シンジも牌を倒す。いわゆるダブロン。
あまりのことに目の前が真っ白になるレイ。

しかし飛び交う言葉は非情だった。
「綾波が飛んだから清算だね。アスカが−29,000円で、健さんが77,500円。綾波が−234,000円で僕が185,500円かな」
中学生の彼女たちにとっては大金だった。
アスカは30,000円ほど持ってきており、薄皮一枚を残し払い終えたが、レイは5,000円ほどしか持ってきていなかった。
「綾波、もしかして足りないの?」
払えないレイにシンジの優しい言葉が聞こえる。
碇君が助けてくれる。
碇君に甘えられる。
碇君、ごめんなさい。
私、そんな大金持ってない。







しかし現実は非情だった。
あのさ、賭場で金が払えないってどういうことなの。







珍しく厳しいシンジの口調。
かなり怒気が混じっている。
健は我関せずシンジを見る。
アスカはレイを庇おうかどうかとオロオロしている。
シンジはキッとレイを睨む。





レイはどうすればよいか分からず俯き泣き出した。
「ご、ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい。」
泣けば解決するなんて思ってるわけ無いよね。
シンジの声はさらに怒気を増す。
ビクッと肩を揺らすレイ。




「ちょっとシンジ、いくらなんでもひど過ぎるわよ。レイがかわいそうじゃない。」
「嬢ちゃんは黙ってな。」
シンジの態度に声を荒げたアスカだが健に止められた。
有無を言わさぬその声に押し黙ったアスカ。
「私、どうすればいいの?」
涙目のままシンジに助けを求めた。
シンジはそれを無視し、カバンから携帯電話を取り出した。
それを手に持ち雀卓から離れ、壁際に立つ。
ピッと音を鳴らし、話し始める。
「あっ僕だよ・・・・・・・うん、すぐに来て。」
短い会話を終えて雀卓に再び戻る。
それを見ていた健が口を開く



「売るのか?この子を。」
ひどく落ち着いた声だった。



それを聞き青ざめるアスカとレイ。
震える体を抑えながらアスカはシンジを睨んだ。
「売るって・・・・・・どういうことなのよ。」
自分でも声が震えている事が分かる。
ちゃんとシンジに伝わったのかしら。
シンジはアスカを一瞥し、レイに視線を送る。


「そのままの意味だよ。」
一瞬の静寂。



・・・・・・・・・・・・・イヤ・・・・・・・・・


俯きながら自分の意思をはっきりとシンジに告げる。
ほとんど泣き声だった。
そんな少女を厳しい目で見るシンジ。
「売らないかわりに条件が三つあるけど?」
レイはすがる様にシンジを見つめた。
「なに?」
条件がどのようなものなのか分からないが、売られるよりはマシだ。
そう思ったレイはシンジの提示する条件に望みを託した。








「嫌いなものを残さず食べること。」
「うん。」

「駄々をこねないこと。」
「うん。」

「母さんに心配をかけないこと。」
「うん。・・・・・えっ?」

ここにきて何かがおかしいと思ったレイ。
どうして?
どうしてそんなこと知ってるの。
その問いに答えるかのように健が押し殺したような笑いをする。
「もう出てきてもいいんじゃないんですか?」
客間の戸が開く。
そこ立っていたのは碇ゲンドウとカヲル。

呆然としていたアスカだが、なんとなく事態を飲み込めた。
「もしかして、おじ様。レイのワガママをなおすために。」
ゲンドウはニヤッと笑った。
未だ呆けているレイ。



「まったく、父さん。僕この役、けっこうツラかったんだよ。」
腕を組んだ格好で息を吐きゲンドウを睨むシンジ。
ここにきてうっすらではあるが事態が飲み込めたレイ。

「えっ?・・・・もしかして私だまされてたの?」
まだ涙目のレイ。
その瞳はシンジへの怯えとこれがウソだという事への期待が入り混じっていた。

「綾波、ゴメン。」
手を合わせて謝るシンジ。
計画のためとはいえ、レイに冷たく当たってしまった。
レイが辛そうな顔をするたびに、何度、この計画に乗った事を後悔したか分からない。
「1ヶ月ほど前に父さんから頼まれたんだ。最近の綾波はワガママ過ぎるって。だからそれをなおそうと思って父さんの計画に乗ったんだ。」


「わたし売られなくていいの?」


「あの電話は父さんにしたんだよ。そうしろって言われたから。」
ちらっとゲンドウを睨み、レイに平謝りをするシンジ。



すべてを飲み込めたレイは安堵感から大粒の涙を流した。
碇君・・・・わたし・・・ごめんなさい。これからは良い子になるから
そう言ってシンジの胸にしがみつく。
シンジは優しく頭を撫でた。




「でも、シンジとおじ様っていつから仲良くなったの?」
ふと疑問に思ったアスカ。
ゲンドウは少し冷や汗をたらした。
「一ヶ月前に父さんがここに来て、僕に謝ってからだよ。それでなんか許せちゃって。
それで健さんと一緒になってこの計画に乗ったんだ。」
「そうなんだ。」


とりあえず納得したアスカ。
しかしまだ疑問はある。
「でもさ、その計画だとアンタたちが勝たなくちゃいけなかったじゃない。仮にアタシが勝ったらどうしてたのよ。」
「それは絶対無いよ。」
「どうしてよ。」
ちょっと怒気を入らせたアスカの声。
そりゃ、アンタはアタシより強かったけど、何も絶対って事はないんじゃない。
今回、アスカは運でシンジたちに負けたと思っている。

「アスカ知らないの?健さんって麻雀界では有名なんだよ。」
麻雀界で有名。
名前が健。
アスカの小さな頭に一人の人物がピックアップされた。
あり得ないと思いながらも確かめるかのようにアスカの口が動いた。
「も、もしかしてノガミのドサ健?」
「ああ、巷じゃそう呼ばれてるな。」
ええーーーーーーーっ。

健は本日何本目かの煙草に火をつけた。
『ノガミのドサ健』と言えば麻雀界において知らぬものはいない。
あの『ジュクの坊や哲』と共に麻雀界においてツートップである。
そんな人間が中学生のアスカに負けることはあり得なかった。
「アンタなんでこんな有名人と知り合いなのよ。」
「二ヶ月前、ここに立ち寄った時に麻雀教えてもらって。その後はずっと健さんと一緒に麻雀してたけど。」
「そ、そうなの。」
アスカは興奮を抑え、シンジと健を見た。
シンジとは麻雀やらないようにしなきゃ。
心にそう誓った。

「アスカ、これ。」
シンジが財布からお金を取り出した。
いまいち理解できない行動にアスカは首をかしげる。
「昨日と今日のアスカからもらったお金だよ。計画が終わったから返すよ。」
「そ、そう。」
アスカは複雑な表情を浮かべお金を財布にしまう。
よく見るとレイがシンジの胸の中で寝ていた。
精神的に疲れてしまったのだろう。
涙で目は真っ赤に晴れ上がっているが、寝顔は安らかだった。
「綾波君。安心したようだね。」
カヲルはシンジの胸の中で寝ている少女に笑いかけた。
僕も演技とは言え結果的には綾波君やアスカを騙してしまった。
明日、謝ろう。
「ねぇカヲル。カヲルもこの計画に乗ったの?」
「シンジ君に頼まれたからね。すまない。君を騙すようなことをして。」
珍しくカヲルが頭を下げ、またいつもの爽やかスマイルに戻った。
ほっ本当に怖かったんだからね。泣いちゃうところだったし。
心の中でそう思っていても口には出さないアスカ。
「罰として明日、買い物に付き合いなさいよ。」
少し赤い顔をしながらカヲルを指差す。
カヲルは爽やかスマイルのまま、軽く頷いた。

「そろそろ帰るか。」
ゲンドウの言葉に立ち上がるアスカ。
気になり腕時計を見ると十時前だった。
シンジはレイを負ぶり、自分とレイの荷物を両手で持つ。
「それじゃ健さん、また今度。」
「ああ。」
白い煙を吐きながら四人を見送った健。
満天の星空。
「僕はこのままアスカと一緒に帰るよ。いいだろ?」
さらりと少し恥ずかしいことを言う。
アスカは顔を真っ赤にしながらも少し嬉しそうにカヲルの手を握る。
「カヲルに送ってもらうから・・・・シンジ、レイまた明日ね。」
二人は星空の中へ消えていった。











「遅いわねレイちゃん。どこに行ってるのかしら?もう十時すぎてるのに。」
心配で落ち着くことが出来ないユイ。
警察に連絡をしようかと思っていたとき、玄関のチャイムが鳴った。
誰かしら?
電子画面を見るとゲンドウが一人で立っていた。
どうしてチャイムなんか鳴らすのかしら?
怪訝に思ったユイだが、玄関まで歩いていく。
「はい、今あけますよ。」
ロックを解除し、ゲンドウを招き入れる。
「うむ。」
「あなた、レイちゃんは?」
心配でたまらないユイ。
ゲンドウは玄関の外を指差して家の奥に消えていく。











「ただいま。」
驚きと同時に徐々に滲んでいくユイの視界






「おかえりなさい。」








(おまけ)

『綾波レイ矯正計画』
碇シンジ
麻雀を覚えて、レイに冷たく接する役
碇ゲンドウ
♪計画発案者♪
渚カヲル
アスカとレイに麻雀を覚えさせる役
シンジとコンビ打ち
ドサ健
シンジに麻雀を徹底的に仕込む役
シンジとコンビ打ち

後日、この計画書がユイに見つかり、ゲンドウは三日間、家の物置で寝食をすることになった。




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