【ゲンドウ・心の向こう側−残渣−】


夢を見た。


懐かしい夢だった。


夢と言うより思い出か。

…否、夢物語の様な思い出だから夢かも知れない。

あれは何度目の事だったか、私が妻と映画館へ行った時の夢だ。

夢の中私は妻と映画を見ている。
妻と二人、ポップコーン片手に益躰も無い…いや、他愛ないストーリーを眺める。

隣には空虚な在り来たりの子供騙しを楽しむ妻。幸せに満ち日々の暮らしに充足した日常に育った女…

私は何故ここに…この女の隣に居るのだろう。

…自ら望んだ筈の存在になり居場所を得ながら、苛立ちを抑えられずに居心地の悪い椅子の上に身動ぎして一人背を伸ばす。

ふと掌を眺める。

何時でもこの掌が私を現実へ…過去へと引き戻す。
…あの地獄こそが私の現実だったから。

治療の甲斐無く倒れ行く飢えた難民、痩せ衰えこの手の内で息絶える子供、意味無く撃たれる市民、僅かな水と食糧の為身を売り盗み奪い殺し合う民衆、それを助長する狂信者共…

只一欠片の食糧が、只一錠の薬品が、只一本の注射が無いだけで目の前の死を避けられぬ人々を一体何人看取ったのだろう。

僅かな食糧の為子を売る親、援助物資を横流しする役人、薬品の注文書を書き換える上司、援助額を水増しする政府、支援の成果を吹聴する団体、これを機会に領土を狙う隣国、子供達を兵士に徴収する軍隊、利権に群がる企業…人間不信にもなろう。

…だが、私は彼等を笑えまい。自らの幸せこそが一番だと知った今となれば。

この手に残る死の感触を、私は忘れる事無く生きて来た…ユイの手を取るまで。
…良いのだろうか、このまま流されて…
今の私は…


気が付けば既に映画は終わっていた。
立ち去る人々を見送りながら私は座り心地の悪い椅子に沈んだまま。
その時、妻が私の耳許に囁いた。

妻は告げた…彼女が母になる事を。

その瞬間、私の掌は過去を取り落とした。

気が付けば、周囲の目も忘れ私の手は今を…妻ともう一人…二人かもしれないが…抱き上げていた。


▲▽▲



「夢か…」

仮眠室のベッドに靴も脱がず倒れこんだ姿のまま、一人呟く。
私を眠りから引き戻した原因…枕元の携帯端末機が呼んでいる…

身を起こし眼鏡を掛け携帯端末を開く

「…私だ。」

『お早うございます司令、現在06:07です、申し訳ございません指定時間より二分遅くなりました。』

「…構わん。誤差範囲内だ。本日のスケジュールは予定通りだな?」

「は。メインの零号機起動試験は1045予定変わらず。レイの体調も万全です。」

「…ご苦労…1015にはそちらに向かう、準備を頼む。」

「は。」


…一瞬、ユイと赤木君がだぶって見えた。

端末を切り、頭を振りながらシャワーを浴びる為浴室へ向かう。

「…男ならシンジ、女ならレイ…か…」

無意識に私は呟いていた。
…つい力が入った様だ。浴室の扉が音を立てた


△▼△


「レイ!?」

気が付いた時にはもう射出されたエントリープラグへ走り出していた。

非常口開閉ハンドルに手を伸ばす…余りの熱さに手を放しかけ、再びハンドルを握る。

掌が、焼ける。

苦痛が、襲う。


やっと開けたプラグの中…レイは生きていた。

一瞬、掌の痛みを、思い出を忘れた。



…眼鏡を無くした事に気付いたのは暫く後だった。



初音ミク 【VOiCE】

http://www.youtube.com/watch?v=yvTZnxm7u-I&sns=em

YouTube 動画ポップアップ再生




【−ルシフェルは輝く−】

《Last Night Good Night》初音ミク
http://www.youtube.com/watch?v=6hlADpxjj0s&sns=em


息子の寝顔を見る。

あどけない表情。

私の欠片、妻の一部、そして私達の大切な宝。

…熱いモノがこみ上げる。嗚咽をこらえる。視界が霞む。

決別は明日、もう二度と会う事は無いだろう。

これは罰だ。気付かぬ内に悪魔との契約にサインをした愚か者への。

只研究成果を追い求めたその結果がこれだ。私は妻を贄として差し出した事にすら気付かすに、息子から母を奪い去った…

如何なる贖罪も無意味、私は彼…息子に赦される事は無い罪を負ったのだ。

今や私は息子が己を見上げる事にすら畏れ、怯えている。
その瞳が、笑顔が、仕種が、愛しかった全てが茨の鞭となり私を責め苛む。

息子の目を見れぬこの苦痛、私はもう寝顔しか眺める事が叶わない。

だが、この寝顔とも今夜が最後かもしれない。

悪魔の福音から妻を取り戻す、その時まで私は…



手の甲に雫が落ちた。






永遠に今が続く事を願い、男は只飽くこと無く子供の寝顔を眺めている。


その部屋の外では既に藍の空が白みだし、明けの明星だけが夜を護るかの様に唯一人輝いていた。



始発列車の発車までは、後少し。



《fromYtoY》初音ミク
http://www.youtube.com/watch?v=_kjrEXTETZM&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




http://www.youtube.com/watch?v=xI8QQI7tIoo&sns=em

【−軋み−】

「どうする碇?レイの負傷…計画に支障を来すかも知れん…」

「問題無い。予備を使う。」

「予備を?しかしセカンドは未だユーロだ、それに未だアレは生きておるぞ?もし次の素体を準備するにしても今のを破棄せねば…まさか碇!?」

「そうだ。サードがある。」

「し、しかし碇…良いのかそれで?それにだ、呼んだとしても使えるか?否、使えるにしても…果たして来るか?もう十年も会っておらんのだろう?」

「来なければ破棄して新しい素体を使う。それにもしサードが直ちに使えなくとも予備にはなる。」

「…良いのか碇?それで…」

「今更だ冬月。目的を果たす為には手段を選ぶ訳にはいかん。するべき事はする、使える物は使う。我々には時間が無いのだ。」

「因果な…だが、その通りだな…」


◇◆◇


冬月が帰り、執務室には私一人。

内心嘆息しながら机の引き出しを明け、濃紺の缶から一本の両切りを抜き、傍らの百円ライターで火を点ける。

紫煙を肺に満たし、排出する。

息子と会わねばならない…再び、息子の目を見なければならない…

煙がたゆたう。

この再会に意味が在る訳ではない。只予備パイロットが必要なだけ…

…いっそ来なければ良い。
ならば何の問題も無い。
そうなれば否応も無い、採るべき手段は一つ…レイを破棄し再度魂の宿った新たな肉体に記憶注入添付措置を行えばいい。だが…

煙草の灰が落ちる。

今更ながら自分の卑小さ、惰弱さを自覚する。
私は…恐れ、怯えている。
シンジとの再会を、レイの破棄を、そして…必ず再び来る離別が私を躊躇させる。

何かが脳裏を過る。

 レイの顔と シンジの泣き顔 に ユイ  の  笑   顔    と 


火傷寸前まで吸った煙草を床に捨て、踏みにじる。

必要以上に強く。

掌の火傷の痛みを堪え、破棄書類の裏側にマジックで“来い”と一言殴り書きした。
暫く眺め、ゲンドウと名を書く。封筒に入れ、封をして切手を貼る。
宛先は…部下に書かせよう。

通信端末を押し、作戦部長を呼び出す。
彼女にこの封筒を渡せば、用件は終わる。結果は間も無く出るだろう。

執務室の広さが救いだった。一歩でも、一秒でも長く…


◆◆◆


…数日後、息子の保護者から連絡が来た。此方に息子を送ると…期日は一月後。

その日、私は眼鏡を買った…遮光眼鏡を。



初音ミク 【ALICE】http://www.youtube.com/watch?v=CmA56YpUcho&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




【−愚者と道化−】

息子が来る日程が決まった翌日、使徒の活動が確認された。

間の悪さに頭を抱える。こんな日は早く寝るに限るのだが、こんな日に限って赤木君が私の部屋に来た。


「しかし…何時もながら殺風景ですわね。それに又酷い事になってて…いい加減、ハウスキーパーを雇われたら如何です?」


部屋の惨状に溜め息を吐きながら手早く片付けを始める彼女の姿に微かに苛つく。


「構わん。どうせ週に一・二度の睡眠場所だ。」

「そうは行きませんでしょ?これから…」


不意に彼女の声が低く小さくなる。


「…一緒にお暮らしになるんですから…息子さんと…」


その一言に衝撃を受ける。

そうか…シンジが来るのか…

息子を呼び付けながら迂闊にも私はそんな事を全く考慮していなかった。今更…息子と?

驚愕と動揺を圧し殺し表情を変えず彼女に答える


「…施設に入れる。」

「!?はぁっ?な、何を言い出すんですかゲンドウさん!あ、貴方のむ、息子ですのよ!親がいて何故施設に入れる必要があるんです!」


…彼女の素顔を久し振りに見る。実に素直で優しい…主席研究員には不要な感情だが。

真っ赤になり私に食って掛かる微笑ましい少女の姿が重なる…黒子以外は当時の面影の無い彼女だが、内面は相変わらず無垢で繊細で…脆い。


「パイロットとして必要だから呼んだ、それだけだ。」「しかし!」


自分に言い聞かせながら告げた台詞は彼女の納得を得られなかった。


「…私はネルフ総司令だ。個人の都合は」「子供の父親に代わりはありません!引き取るべきです!」


目を逸らしたくなる衝動を堪え正面の瞳を見詰める。


「…アレの意志はどうなる?」

「アレ?…!?息子さんをアレとは何です!それに意志なんか判ります!嫌なら呼ばれてノコノコと来るものですか!」


…行く宛が無いなら、嫌でも行かねばならない。そんな経験を彼女は得ていないのだろう…幸せな事に。


「判った…息子が一緒に暮らしたいのならそれは仕方あるまい。逆に息子が嫌がるなら強要は出来ん。」

「当然です!先ずは掃除からですわ!」


猛烈な勢いで掃除を始めた彼女に圧され、私も部屋を片付け始めた…


◇◆◇


「…レイは、この部屋に来た事があるのですか?」


掌を庇いながらテーブルを布巾で拭っている私に然り気無さを装い流し台の食器を洗いながら彼女が問う。


「無い。必要も無い。レイはエヴァンゲリオンパイロットだ、その為にレイは存在している。」


…ダミーさえ完成すればパイロットは、レイさえも不要なのだ。ダミーさえ…


「…レイに感情は不要だと?」

「レイはパイロットとして必要だ、もしそれが闘いに勝つ為に必要ならば与え、不要なら与えない。それだけだ。」

「!レイは只の道具ですか!」ガチャン!

「痛っ…え?」


彼女の手を有無を言わさず取り、蛇口を開け傷口を洗う。傷の中に硝子片が無い事を確認し、傍らの引き出しから抗生物質軟膏と絆創膏を取り出し、傷口に薬を塗り、絆創膏を貼る。


「あ…あの…」

「…大丈夫だ。この程度なら直ぐ治る。」


彼女の手を離し、再びテーブルを拭こうと背を向け…


…彼女に、裾を掴まれた。


振り向く私の前には、驚きと戸惑いを浮かべた彼女の表情。


その 瞳 が 

その 唇 が


ゆっくり と





◆◇◆


彼女をベッドに残し、私は一人街へ出た。

一杯の蒸留酒が堪らなく飲みたかった。
燃える酒にこの苦い物を焼き溶かし流し込みたかった。

弱さを、脆さを、苛立ちや怒りを…否、己自身を呪い憎む間抜けさが酒場へ私を駆り立てる。
惰弱な。酒に、女の温もりに、逃げ、頼る…全く以て情け無い逃避。卑怯で、醜悪だ。

…醜悪…か…何を今更…

店に入り、未だ若いマスターにオーダー。一杯の麦酒と煙臭いダブルのロックを一つ。
箱から溢れる流れる様なピアノの旋律、サックスの叫び、句読点はリズミカルに砕ける氷の音…

二つのグラスが目前に並ぶ。

指先でダブルのグラスを傾ければ張っていた肩の力が抜けた。グラスの中氷が鳴る。

一口の琥珀が沁みた。

麦酒を一口。白泡と黒液が唇を湿し、口内を洗い、喉を潤す。

ふと、唇に感じる余韻。

手元のおしぼりで拭えば泡に混じり微かな紅。


「ふ…」


声に出た自嘲、気付けばチェイサー代わりの麦酒を飲み干していた。

レイの表情と、赤木君の表情が重なる。掌が疼く。


…レイに感情は必要だろうか?


出ない答えを棄ててもう一口。
グラスの中で音を立て氷が琥珀に踊る。
舌を転がる液体を咽下すれば、熱い塊が腹に残る。


無知の救い、知の苦悩…か…


曲が変わり、カウンターにはサッチモの世界を讚美するしゃがれ声が流れ出した。

紫煙が漂うカウンターは誰しもが無言で。

半分程のグラスの中身を一息に干す。
消毒液が私を焼灼する。


…今はこれで充分だ。


一枚をコースターの下に挟み店を出る。アルバイトらしい店員が釣りを持ち追いかけて来た。
黙って札だけ受け取りタクシーを停め帰宅の途へ。

車窓の向こうに瞬く街灯りが眩しかった。


◆◆◆


午後の内に帰りついた部屋、ベッドには眠る一人の女。

台所の椅子に座り、目を瞑る。




何処からかユイとシンジの笑い声が聴こえた気がした。




朝は 未だ 遠い




【DingーDong】巡音ルカ
http://www.youtube.com/watch?v=ZKOpoMZus4s&sns=em


YouTube 動画ポップアップ再生




【−追憶の悪徳−】


「碇…これがそうか?」

「ああ、新組織計画書だ。」

「新規設立特務機関…名称・マルドゥク…設立目的・適格者選定保護及び適性能力認定育成…ふ、名目だけの機関か。」

「…」

「…しかし予算獲得の為のダミーか。戦艦大和方式とは又古い手を。」

「組織の設立は必要だ、候補者選定保護もせねばならん。現にこうして委員会から設置認可が出た…必要性を認められた組織である事に変わりは無い。」

「セカンドインパクト時胎児又は零歳児だった子供は全て可能性はあるだろうが。旧東京湾岸部封印実行地区周辺だけに絞れば数百人という所か、その程度ならばわざわざ新組織なぞ作らんでも少し調べれば判る話だろう?」

「適格者及び適性の認められる者達を選択保護育成する…その為のマルドゥクだ。名目は立つ。」

「だが碇…孤児救済育成法案は直に国会を通過するぞ?態々今我々がマルドゥク機関なぞ作っても遅くはないか?」

「孤児救済育成法案は言うならば戦略自衛隊の少年兵育成プログラムだ、徴兵制度の代替に提案されたと言っても良い。どさくさに紛れて恐らく法案は決定され成立するだろう。」

「成る程、それがわざわざ新組織などと仰々しく作らざるを得ぬ理由か。」

「言い方を変えよう。適格者が無数にいる、その事を公にせぬ為の新組織だ。」

「適格者…即ちサードインパクトの信管と成り得る存在か。もしこの事実が公となれば…確かに新組織は必要だな、下手を打てば世界を中世暗黒時代に引き戻し魔女狩りの再来を招きかねん。」

「異物排除と称しての黒羊探しは弊害が多過ぎる。が、人心を集約し掌握する為には一番手軽な手法だ。生贄の存在は権力基盤の弱い彼等にはさぞ魅力的に見えるだろう。しかしヘデロ王の如く断種の為に子供殺しなぞ企まれては困る。」

「正義の名の元にか…しかし該当地区居住者数十万人の内の生き残り…その選ばれし者全てが僅かそれだけとは…」

「…孤児救済育成法成立前にこの機関は活動を始める。該当地区に偏らぬ様広範囲に捜索し、より多数の身柄を確保したい。」

「とすれば手始めに無償孤児院の設立と要塞都市建設に伴う緊急雇用対策として該当地区旧住民の優先雇用だな、育児支援機構設立と労働者居住区建設に無償託児所の設置、新学校設立に医療機関開設、後は検診と言う名目のマルドゥク機関の活動存在証明と言った所か…又仕事が増えるな。」

「予算の運用は任せる。好きにやれ。」

「やれやれ…大仕事だなこれは。」

「ふ…期待していますよ、冬月先生。」

「この悪党めが…」



《正義粉砕》歌・GUMI(ボーカロイド)
http://www.youtube.com/watch?v=m35qX0YXwyw&sns=em

YouTube 動画ポップアップ再生




※全ては科学の為に(笑)※ジークリツコ(爆)※

【唇に紅、華は影】

碇司令の息子がサードチルドレンとして登録され、ここに来る日程が決まった翌日、使徒の活動が確認された。

間の悪さに頭を抱える。レイの負傷が癒えないこんな刻に…せめて予備パイロットの彼には基礎訓練だけでも受けさせたかったがどうやらその時間も無い様だ。

正直に言おう、現状はある意味絶望的だ。これから起こる筈の対使徒戦に不安は尽きない。

対使徒用決戦兵器たる人造人間エヴァンゲリオン自体のポテンシャルは使徒以上…の筈だ。
情報操作によりセカンドインパクトの混乱に乗じた核テロと公表されてはいるが、現に旧東京に出現した使徒は自動制御のエヴァにより封印されたらしいのだから…数百万人を道連れに。
(最も、その話すら確証も無い。私自身確定していない未確認情報…しかし様々な情報の痕跡からしても事実なのだろう)

…だからと言って今回も確実に使徒に勝てる確証は無い。
恐らく旧東京の惨劇を防ぐ為エヴァの制御は有人形式へと変更され、本体も拘束具と去勢によりデチューン、その能力は恐らく本来のスペックの一割以下。
それに加え、肝心のパイロット…ファーストチルドレンはエヴァとのシンクロに失敗した挙げ句重傷を負い、急遽召集する予備パイロット…サードチルドレンは機体に触れた事すら無い素人。
ダミーシステムが未だ開発途上の現在、パイロット無しでの運用はおろか機体制御のアシストすら覚束無い現状では正直お手上げだ。後はもう運を天に任せぶっつけ本番で行くしか無い。

スペックダウンした機体、未完成な支援体制、おまけにパイロットは重傷患者か素人の二択、どう考えても状況は楽観出来ない…否、率直に言えば絶望的だ。

凡そ最悪なこの状況下、皆半ばパニックに落ちてもやむを得ない程のこの深刻な事態に在っても何故かここネルフ本部には焦りも不安も感じられず、普段通り何の変化も無い。
理由は…言うまでも無い、あの二人だ。

此程の深刻な緊急かつ非常事態だと言うのに何故か司令も副司令も泰然…どころかまるで普段通りだ。
その何ら不安も無い様な余りに平素通りな素振りに焦燥に駆られている私などは肩透かしを喰らった気分だ。
特に司令など、パイロット…レイの負傷にあれ程反応した人間の態度とは思えぬ落ち着き様だ。その冷静を通り越し冷徹な様子が逆に私を不安にさせた。

この状況を果たしてどう考えているのかつい聞きたくなり、ゲージで初号機の前にいた司令達に質問してみれば…

「動きさえすれば良い。後は君が考える必要は無い。」

…これが司令の言だ。あまりの物言いに二の句すら継げず絶句した。

「何れにせよ負けた時点で全ては終わる、ならば我々は最善を尽すのみだよ赤木博士。エヴァンゲリオンを信じてな。」

…笑顔で後を続ける副司令の台詞に茫然と立ち尽くした私を残し、司令達は立ち去って行った…


◇◆◇


その夜、私は司令の家に来ていた。あの発言の真意を確かめたかった…否、只独りが怖かっただけなのかも知れない。
仕事に逃避しようにもそのせいで見たくも無い現実と向かい合わざるを得ないが故に、冷静を装いながらも私は追い詰められていたのだろう。

見慣れたドアの前、躊躇しながらも恐る恐るチャイムを鳴らすと司令が現れた…珍しく背広姿だ。

「あの、どちらかへお出掛けされるのですか?お邪魔でしたら…」

「否…今帰って来た所だ。今日の用事は済んでいる、立ち話も何だ、入れ。」

「…では失礼します。」

室内は予想通り、相変わらず殺風景な雑然さと埃にまみれ、吸殻と書類と空缶が山となって私を歓迎してくれた。

「しかし…何時もながら殺風景ですわね。それに又酷い事になってて…いい加減、ハウスキーパーを雇われたら如何です?」

自分の事を棚に上げ(…一応自覚はしている…)部屋の惨状に溜め息を吐きながら手早く片付けを始める。

「構わん。どうせ週に一・二度の睡眠場所だ。」

何時もと変わらぬ司令に思わず溜め息が出そうになる。

「そうは行きませんでしょ?これから…」

不意に言葉に詰まる。
思い出してしまったある事実が重くのしかかる。
なんとか続けた言葉、声が低く小さくなる。

「…一緒にお暮らしになるんですから…息子さんと…」

そう…司令の息子さんが来るのだ…エヴァンゲリオンパイロット、サードチルドレンとして…

司令の息子が適格者だった事も遠縁に預けていた事も私は知らなかった。
しかし一旦人に預けた息子を態々呼び付けたからには、父子共に暮らす様になるだろう。

…もう早々簡単に此所を訪ねる訳にもいかないか…

そんな事を考えながら手元の書類を片付けていた私の耳に、司令の低い声が聞こえた。

「…施設に入れる。」

無感情に答えるその一言に衝撃を受け、思わず振り返った。

「!?はぁっ?な、何を言い出すんですかゲンドウさん!あ、貴方のむ、息子ですのよ!親がいて何故施設に入れる必要があるんです!」

しまった…素が出た…久し振りに…ネルフ主席研究員たる私が何て無様な…
だがもう私の口は止まらない。

「パイロットとして必要だから呼んだ、それだけだ。」「しかし!」

そんな理由納得出来ない。あの母だっていくら仕事が忙しくとも高校までは私と共に暮らしていたのだから…ほぼコンビニ頼りの暮らしだったが。

「…私はネルフ総司令だ。個人の都合は」「子供の父親に代わりはありません!引き取るべきです!」

頭を抱えたくなる。幾ら公私に厳しいとは言え、この真面目さは犯罪だ。
目を逸らしたい衝動を堪えサングラス奥の瞳を見詰める。

「…アレの意志はどうなる?」「アレ?」

アレと言うモノが何を示すのか理解するのに数秒掛かった

「!?息子さんをアレとは何です!それに意志なんか判ります!嫌なら呼ばれてノコノコと来るものですか!」

喚き散らす女に閉口したのだろう、司令は妥協案を提示して来た。

「判った…息子が一緒に暮らしたいのならそれは仕方あるまい。逆に息子が嫌がるなら強要は出来ん。」

「当然です!先ずは掃除からですわ!」

私は感情的に詰め寄った気恥ずかしさを誤魔化す為猛烈な勢いで掃除を始めた。圧された様に司令も部屋を片付け始めた…

…普段からそうして下さればいいのに…


◆◇◆


私をベッドに残し、彼は一人外へ出た。何時もと同じく。

暫くして、裸のままシーツから身を抜き出し、傍らの書棚へ。
飾りの様に置いてある一本の蒼い瓶を抜き、無造作に傍らのグラスを取る。
振り向く先、テーブルの上にはコーヒーセットと片付け忘れた檸檬の香りが付いた冷えていない炭酸水が一本起立中…

グラスに砂糖をスプーン一杯、蒼い瓶から中身をグラスへ1/4に注ぎ、36,5回転撹拌、ソーダ水をゆっくりと注ぐ。

グラスを傾け、一口。

炭酸の泡が弾け唇を湿し、檸檬に混じる松脂に似た薫りが鼻腔を踊る。舌を洗う炭酸とアルコールに砂糖の粒子がアクセントを付け、渇いた喉に落ちる。

ふと感じる男の余韻。

傍らの書棚に視線を移せば一匹の雌がグラスを傾けている。

その硝子戸に映る女の唇は艶かしく、美しい曲線を描くその首筋には幾つかの赤い跡。豊かに張った胸の頂点は起立し、その括れた腰と臍の下に繁る黒い森は交合の残滓に光って

「…いやらしい女…」

声に出た自嘲。否応も無く自分が雌だと言う事実を示す姿、その不埒な獣を見遣り、私は悪戯に舌先でグラスを舐める。

この顔が、あの人だけが知っている表情…その愉悦は背徳に似た快感。

あの人の表情を思い、つと唇をなぞる指先が疼く。

カーテンを開き窓を開け放ち、グラス片手に夜景を見る。
私の全身を愛撫する夜風に只身を任せ、眺めた彼方には瞬く街灯り。

グラスの中で炭酸が微かに音を立て踊る。
口を付け舌を転がる液体を咽下する。
弾ける炭酸、ほろ苦い甘さと微かな檸檬の香り。

今頃あの人は何をしているのだろう。やはり独りで酒を飲んでいるのだろうか?
ふと想像する。
あの人は独りカウンターできつめのカクテルを嘗めていて。
紫煙が漂うカウンターは誰しもが無言で。

ふ…想像では無く妄想ね…もう寝よう…

1/3程残るグラスの中身を干す。

窓とカーテンを閉め、全裸のままシャワーも浴びず再びベッドへ転がり、シーツに潜り込み瞼を落とす。

男の体温と体臭の残滓に包まれ、私はゆっくりと意識を手離していった…


◇◆◇


「…レイは、この部屋に来た事があるのですか?」

掌を庇いながらテーブルを布巾で拭っている司令に流し台の食器を洗いながら精一杯然り気無さを装い問う。

「無い。必要も無い。レイはエヴァンゲリオンパイロットだ、その為にレイは存在している。」

「…レイに感情は不要だと?」

「レイはパイロットとして必要だ、もしそれが闘いに勝つ為に必要ならば与え、不要なら与えない。それだけだ。」

「!レイは只の道具ですか!」ガチャン!

「痛っ…え?」

有無を言わさず私の手首を掴み、蛇口を開け傷口を洗う男。その掌は爛れていて
…傷の中に硝子片が無い事を確認する男の横顔から、私は視線を外せず

…傍らの引き出しから抗生物質軟膏と絆創膏を取り出し、傷口に薬を塗り、絆創膏を貼る手際はまるで専門医。

「あ…あの…」

「…大丈夫だ。この程度なら直ぐ治る。」

手を離し、背を向け布巾を指に挟み再びテーブルを拭こうとする男に私は…

…思わず、彼の裾を掴んでいた。

自らの行動に驚き戸惑い、言葉を探して唇を動かしながら見上げた先には、振り返った男の顔が


その眼鏡越しの瞳が

私を硬直させ

その唇が

私を呼ぶ様に


そして私は


吸い寄せられる様に


ゆっくり と






◆◆◆


夢現の意識をドアの開く音が呼び覚ました。

直ぐに閉まるドア、常夜灯の微かな黄色に浮かぶ時計に目を遣ればそのデジタル表示は23:55
シングルベッドを占拠する私は再びそっと目を瞑る。

独り 男の残り香に 包まれ 


夜は 



未だ 



長い 







初号機にシンジ君…呼び出された少年の母親が居ると知ったのは、レイの負傷が癒え第四の使徒を殲滅した後の事だった…

《貴方は振り返らない》歌・GUMI
http://www.youtube.com/watch?v=lEfZdQw5EcE&sns=em


YouTube 動画ポップアップ再生




名前: calu

 気が付くとショーウィンドの前に立っていた。
 幾筋もの水滴がしたたるガラスの向こうに飾られたティーメーカーを睨み据えてどれほどの時間が経つのか。
 そうだ、あの日もこの場所でレイとこのショーウィンドの向こうを眺めていたのだ。
 水滴が途切れ、ガラスに映しだされたのは、濡れそぼった幽鬼のような男の姿。
 何もかも失い、心を欠いた一人ぼっちの男の姿だった。
 何かに憑かれたように私は店内に足を踏み入れる。呼び鈴が絶望的な音を周囲に撒くと、店内の空気が変質した。
 硬い靴音が紅茶が陳列された嗜好品コーナーへと近づいていく。
 士官服の袖から滴る水滴が床を打ち、幾つもの小さな水の溜りをつくった。
 暫くの沈黙の後、目を細めていたゲンドウが手を伸ばしたのは、黒いリーフティーの缶だった。

 暗くなった空が店の中に影を落とす。一層強くなった雨の中、主を諦めたベントレーのボンネットは冷え切っていた。
 


           ■□  My Foolish Heart - calu  ■□
 


「それで、どうするのだ?」

 頭を上げると、冬月が怪訝な表情を貼り付けている。

「…すまんが、もう一度頼む」

 微かに溜め息を洩らした冬月は、リツコに視線を流す。

「レイの準備ですが」
「………」
「…最終プロセス……記憶のリカバリを残すのみとなりました。直近のバックアップは、先週末の定期検診時
のものですので、今週に入ってからの記憶、つまり第16使徒戦の記憶は存在してはいません」
「………」
「それでも、直近の状態にまでリカバリを実行すれば、少なくとも記憶の齟齬から発生するリスクを回避する
ことは出来るのでは無いかと」

 ゲンドウは微動だにしない。組んだ手の上に据えられたサングラス越しにその眼が向けられている先さえ判
然としない。

「…赤木博士、記憶の齟齬から出てくるリスクなど有るのかね? 『その日』は近い。学校に行くことも無け
れば、共有する記憶を試されることも無いのだ。レイの役目を考えると、逆に余計な過去の記憶など戻さない
方が良いのではと思うのだがな。なあ、碇よ」
「………」

 唐突に鳴り響いた甲高い電子音に顔をやや顰めた冬月が受話器を取り上げる。

「何だ?」語調が強くなる。

 リツコの視界の中、いつものポーズを崩さないゲンドウ。いつもの肌を刺し貫くような視線は影を潜め、
そこにあるのは或いは人形の虚ろさに似たものにも思える。一層濃くなったサングラスは一切の意思の交換を
拒絶しているようにも見える。音を立てて受話器が戻された。冬月にしては珍しい。

「何かあったのですか?」
「いや、たいした用事じゃあ無い。二課が面談を申し入れてきよったが、今は取り込み中だからな。引き取ら
せたよ」
「諜報二課? 若竹三佐ですか?」
「二課長だったら会わんわけにはいかん。ガード班だ――」  

 軋みを上げた椅子にゲンドウを見返る二人。ゲンドウは机についた両手で体を支えるように腰を上げている。

「…赤木博士」
「はい」
「レイに記憶のリカバリは不要だ」
「え?」
「今次のオペレーションでは最終プロセスはスキップする。明日0800までにレイの準備を終わらせ司令室
に出頭させるように頼む」
「し、しかし――」
「碇、賢明な判断だな。それともう一つ、これを機にレイのアパートも引き払ってはどうだ? セントラルド
グマに住まわせるのが得策だと思うがな」
「碇司令、私は賛成しかねます」

 何を言いだすのだと言わんばかりにリツコに向けた顔を歪ませた冬月。眉間の皺がその陰影を濃くした。

「シン…サードチルドレンへの影響が懸念されます。ここ直近、シンクロテストの結果も芳しくない状況下で、
更なるシンクロ率の低下は今後の使徒戦を考えると致命的なものとなりかねません」
「その点においては既に手は打っておるよ。ユーロからな、追加の予備が届く」
「二号機パイロット…アスカの代わりですか?」
「赤木博士」
「はい」
「今一度言う。レイにリカバリは不要だ。そして住居は現状のままで構わん。今般ガード班のタスクを大幅に
減らしたこともある。よって特別な監視なども必要は無い」
「……はい」

 分水嶺は既に越えていた。
 これでネルフ究極の計画は発動される。
 ただひとつ懸念されていた障壁は、失われたのだ。


                 △▽▲▽△


 白い壁紙で覆われた部屋の中で、舞台セットのようなプリンターが身を震わせ帳票を次から次へと吐き出し
ている。見る人から距離感を剥ぎ取る病室のようなその中央で、赤木リツコは執務机の上で両腕を枕にして、
顔を伏せている。恐らく昨晩は夜を徹した作業になったのだろう。プリンターが動きを止めると、室内に静寂
が澱のように降りだしてきた。視線を上げた先の壁面に埋め込まれた大型モニターには、蒼い髪の少女が画面
いっぱいに映し出されている。
 色々な機材をかき分けて部屋の奥へと歩を運び、壁の半分ほどを占めているガラス越しに隣室のベッドへと
視線を注いだ。質素なパイプベッドの上では、蒼い髪の少女が純白のシーツにくるまれて、その体を微かに上
下させ静かな寝息をたてている。深い眠りなのだろう。目覚めの時を推し量ることさえ叶わぬほどに。或いは、
この世界の役割に準じたコンディションを創り上げるために、相応の負担に耐えているのかも知れない。
 知れず強張っていた顔を誤魔化すように右手でサングラスを持ち上げ息を継ぐ。
 紛れも無くレイだ。少なくとも外見、そして既に定着させた魂といわれるものは。だが、しかし――。

「何故、レイの記憶を戻さなかったのですか?」

 意識を持ち上げると、リツコの影がガラス窓に淡いシルエットを作っていた。

「…………」
「……私には理解できますわ」
「赤木博士」 
「…………」
「無理に目覚めさせることは無い。司令室への出頭日時は多少ずらしても構わん」

 リツコはその顔を冷笑気味に歪ませた。

「お忘れですか? 意識が覚醒半ばであろうが、例え体が不自由であったとしても、レイはあなたの命令であ
れば、どこにでも行きますし、どのような事でも実行しますわ」
「…………」
「…心を、定められたのでは無かったのですか、碇司令?」

 トーンを落としたリツコの声が地底から湧出したように響いた。ふたたびサングラスを直したゲンドウは、
蝋人形のように青白い顔をしたリツコと視線を交わすこともなく、その部屋を後にした。
 玄関に出ると、どこからともなしに現れたベントレーが黒い筐体を車寄せに滑りこませた。後部座席に体を
沈めると、ヘッドレストに後頭部を預けて目を閉じる。目的地を口にする必要など無い。行き先などはとうに
定まっているのだ。
 私は瞑目を続ける。私は私の中心を暗闇の底に置く。


 私が絶望の底で手にしたただ一つの手順。究極にして禁断の奥義。
 それを知らしめる偶さかなる産物であり、その計画を発動させる為の鍵。
 それがレイだった。
 ただ…ただひとつの誤算は、レイは心を持って産まれてきたのだ。
 心。それはレイに本来備わっていてはならないものだった。
 そして、決して育まれてはならないもの、だったのだ。
 やがて時を経、今に至り、かつて私の胸に去来した予感は的中した。
 レイはシンジに出会い変わった。心を育んでいったのだ。
 シンジと共に過ごすレイを見ている私自身が、自分の新たな感情の発露に驚いた。
 己が計画への執着が希薄になっていた……何のことは無い、私自身がレイに対してその役割を超えた感情を
 持ってしまったのだ。
 しかし、そんなことは長くは続かなかった。
 脈々と地下に根を張り巡らすように、あの計画は生きていたのだ。
 ブービートラップ。転轍された歯車は全てを始まりに戻した。言葉通りレイを始まりに戻すことによって。
 レイの心は、無に還った。絆という名のもとに交わした皆の心を道連れにして。 
 なんと愚かなことなのだ。私は…あろうことか同じ過ちを繰り返してしまったのだ。
 赤木博士、君なら理解できたろう。
 三人目のレイには、失われた二人目の心そして共に有った我らの心は存在しない。
 記憶を戻したところでどうなるというのだ?
 レイに触れるたびに失望し、そして嘗て交わした己が心は二度と取り戻せないのだと思い知るだけなのだ。
 であれば、記憶など戻さない方がよい。 
 そして、記憶を戻すことが三人目の心に作用することがあってはならないのだ。
 繰り返してはならぬ。今度こそは。
 もはや、二度とぶれることも無い。
 なんびとたりとも、波風さえ立てることも叶わぬ。
 定められし無限の軌道をなぞるのみ。迷いはせぬ。惑わされはせぬ。
 レイ。その心の覚醒の兆しさえ見えぬうちに、今度こそ我らが約定を成就させよう。
 世界が終焉を迎え、全てが始まりに戻った暁に、乾ききった虚ろな心を持った私は、ユイとふたたび見える
 ことで私は私の真心を取り戻すことが出来る。
 そして、その役目を全うしたした後に、レイ、おまえの願いは叶うのだ。
 その身も魂も無に還り、永遠の安息を得ることができるのだ。


「碇司令、恐縮ですが…」

 重い瞼を開くと視界が曙の地平線のようにひらけた。先ほどから少し気にかかっていることを私は口にする。

「ドライバーは初めてだな、君は?」

 まだ若い、あどけなさを残した女性は、的確にステアリングを操作しながらルームミラーの中でニコッと
微笑んだ。

「今日はピンチヒッターなんです。先の下知をお受けしガード班員も手が空いてまいりましたので」 
「…そうか」そうだったな。「それで、どうしたのだ?」 
「お許しいただけるのでしたら、少しお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「…………」
「…だめ、でしょうか?」

 真摯な眼差しが眩しい。私は視線を車窓へと逸らせる。

「……構わん」

 タバコが欲しい。アームレストを開けソフトパッケージをまさぐると指先にあたった別の感触に気が付いた。
 綺麗にラッピングされたテイラーズ オブ ハロゲイト。
 その黒いリーフティーはゲンドウにとっては特別な意味を持つ。



 それでも、
 若しや、とどこかで信じている私が存在するのだ。
 一縷の望みを託し、試みずにはいられない私がいるのだ。
 ……おまえの心は、もはやこの世に存在しないのか?
 ………レイ。
 


  



『…これも父さんの仕事なんですか?』

「そうだ。」

三年振りに聞く声に私は思わず考えるより先に答えていた。



己の発言に狼狽する間も無く、私の声に此方を仰ぎ見る息子の顔を見た瞬間、私は不覚にも言葉を失った。


様々な感情や計算、推測や憶測、希望や絶望…一切が一瞬の内に消え去り空白の…文字通り白い世界に私は息子と向かい合っていた。




永遠の一瞬




「久し振りだな。」

又もや私は何の考えも無く只の感想でしかない台詞を語るとも無く口にしていて


幼児の顔が歪む。

この顔を私は覚えている。

当然だ、忘れる筈も無い。

あの駅のホームで、泣き出す寸前の表情だ。

変わらず私の胸を抉る息子の表情

あの時と同じく思わず幼児の名を呼びそうになり、必死に口を瞑る。


我知らず握り締めた掌が疼き


世界が色を帯び


音が帰って来て


気付けば目前の息子は四つの幼児から七才の子供へ、そして11歳に、更に14歳の少年になって


遥か眼下の初号機ゲージに息子は立っていた。

その姿を見て私は漸く我に帰った。そして、不覚にも忘れ去っていた現状を思い出す。

…全く…

文字通りの苦笑を噛み殺し、私はネルフ総司令として現実に対処すべく命令を下した。

「…出撃。」




【−始動−】

《天樂》http://www.youtube.com/watch?v=LTx_4NTzLAo&sns=em




初号機を見上げ、私は独り佇む。


『お前の考えている通りだ』

『必要だから呼んだ。それだけだ』

『そうだ、お前が乗るんだ』

『説明を受けろ』

『お前にしか出来ない、お前でなければ無理だ』

『早く乗れ、乗らないなら帰れ!』





覚悟はしていた。

進むも地獄、引くも地獄

人類を滅亡から逃れさせる為敢えて修羅の道を歩ませる事も承知の上だった。

…レイは、破棄せずに済んだ。
…シンジは、サードチルドレンとなった。



あの時、シンジに“帰れ”と言った。本心から。




改めて自覚する。私は惰弱で卑怯な小心者だ
。そして醜悪な欲張りで愚かなエゴイストでもある。


人類より、未来より、我が息子を取ろうとした。


妻を諦める事も出来ず

レイを切る事も出来ず

取るべき手段は判っていながら決断を先送りにして

結果、事態を最悪な状況下に追い込み

それでも漸く決断を下しながら、いざ呼び付けた息子を前に全てを背負わせる事を躊躇した。


他に手は無いであろうと言うのに


最後まで息子に逃げ道を示唆して


…人類存亡の危機を前に、誰にも、どこにも、逃げ場なぞ、無い


そう、判っている筈なのに…


幸いにも預言は為され使徒は殲滅された。

結論から言えば、シンジは自ら決断しエヴァンゲリオン初号機に搭乗、起動に成功。そして文字通りの初陣においてシナリオ通り、使徒の殲滅に成功した。

序盤、使徒に一方的に攻められかつ最終段階で自爆に巻き込まれながらもエヴァの被害は修復可能なレベル、シンジ…パイロットもフィードバックの衝撃でショック症状を起こし検査入院中だが身体に異常無し。

人類は当面の危機を脱し、ネルフは稼働する機体と新たなパイロットを獲得、これで零号機とレイが使える様になればチルドレン二名と二機のエヴァンゲリオンの2マンセル体制で対使徒戦に望める。

結果だけを見るならばシンジを呼び出した事自体は成功であり、事実十分過ぎる成果を得られた。

しかし…

今回の使徒襲来においてネルフを…人類を滅亡の瀬戸際まで追い込んだのは誰あろう私だ。

端からレイを処置し入れ換えるか、もっと早くシンジを呼び出していれば…否、来た時点で有無を言わさずシンジをエントリープラグに放り込めば済んだ話だ。
態々私はシンジに決断を迫った…だが他に選択肢が無い決断なぞ意味があるだろうか?

だが…あの時、もしシンジがあくまで乗らぬと言っていれば…

否、考えるまでも無い。

実際、私はレイを乗せろと命令したではないか。

そうだ、私は人類よりシンジを…シンジの意志を取っていた。

否、退路を断っておきながら決断を他人任せにしただけだ。


…私は卑怯者だ…

そう、繰り返すが、シンジを呼び出したのは正解だった。その事実には間違い無い。

だが…



…ダミーシステムさえ完成していれば…



無い物ねだりと知りつつ、そう思わずにおれない。

ふと視線を下げると、破損した初号機の紫色塗装装甲板に映る男と目が合う。


そこには無能な男が独り。

人として最低
父として最悪
親として失格
科学者として無力
人類補完委員の一員として無能

そして

ネルフ総司令として惰弱

…だか、逃げる訳にはいかない。
そもそも逃げ場なぞ無い。既に賽は投げられ、ルビコン河は彼方に過ぎた。
そして対使徒戦は始まったばかりだ…
エヴァは、ネルフは、この都市は、今この為だけに創られたのだから。


進むより他、道は無い


装甲板の向こうに突っ立っている男の姿を眺めながら、ふと気付く。


…そうだ、息子の転入手続きをしなければ…


今更嘆いても何も変わらぬ。目前の現実に対処すべく、私は踵を返しエレベーターへ足を向けた。




《計画都市》http://www.youtube.com/watch?v=fldw6JUHvx0&sns=em




…やはり同居は止めようと思う…




…ユイ、やはり私は小心者だ…


エレベーターのドアが目前で開き、私は前へ一歩踏み出した。
YouTube 動画ポップアップ再生




遠くの高層建築群の間に紫色の機体が繭に包まれた様に存在している。

「…あれ、やーっぱどう見ても対使徒戦用装備ってより対エヴァ用兵器って感じよねー。」

迂闊な事に、私はふと感想じみた台詞を誰にともなく口に出していて。

事の重大さに気付き私は慌てて周囲を見渡し、今洩らした台詞が誰かに聞かれてはいないだろうかと様子を伺った。

この場はナントカ事業部やカントカ協会やナンタラ委員会への初号機回収作業説明会会場、そして私は今、主催者側責任者代理として正にその立ち会い参加真っ直中。
もしこんな台詞が他の面々に聞かれたらドえらい騒ぎになるのは目に見えている。

…幸い他の監査員は現場監督の説明を聞く為に離れていて、周りを眺めながら皆より少し遅れて歩いていた私の呟きは誰にも聞かれていなかったようだ。
ホッと胸を撫で下ろし、再び工程表を眺める振りをしながら私は皆が説明を受けている現場へと足早に近付いていった。


【外伝−父と子−】


「皆さんお疲れ様でした〜。… … … ……はぁー――っっ、やぁれやれぇー、やあぁっっと終わったぁあー―っ!」

解散した一同の乗った観光バスの出発を見送って長い長い説明会の立会が終わり、漸く私は黄色いヘルメットを脱ぎ額の汗を拭った。

「あー疲れたぁ、にしてもお偉方はいーわよねーあれで給料貰えるんだからぁ。大体概要書いてあるんだから一寸は資料読みなさいよ頓珍漢な質問ばっかしてないでさぁ、そもそもあたしの胸のサイズが何の関係あんのよ全くぅ…」

ヘルメット片手に愚痴りながら作業ツナギのジッパーを下げ、風通しを良くする。

「さぁて、とっとと帰って早めに報告書書こ。そいで今夜は久しぶりに家でお風呂ーっ!やぁっと職場泊まり込み生活脱出かぁ…最近湯船がペンペン専用になりつつあるもんねー。」

周囲に誰も居ないのを幸い背伸びしながら独り言を口に出して、配布資料の束の裏に書き込んだ周辺地図を眺める。

「さて、日曜には修理工場から車引き取り行かなきゃなー。…はぁ、又ローンか…止めヤメ!気持ち切り替えて前向き〃、さって最寄りの直通エレベータはっと…あっちか。」

ネルフ本部直通エレベータ-への最短ルートは通行規制地区…瓦礫撤去が未だ終わっていない区域…を横断する。
ま、歩く分には支障無い筈だ。更に時間短縮の為回収作業現場の真ん中を突っ切るコースを選び私は歩き出した。

独り無人の街を歩く。
足元には採石場の如く瓦礫が散らばり、建物の間は所々歯欠けの様に更地が拡がる。
工事の喧騒が無ければ僻地の廃墟と見紛うばかりだ。

…あの南極基地の様に…

ふと気付けば私の歩みは無意識の内に足早になっていた。

通行規制地区を抜け初号機回収作業現場に差し掛かる。
…使徒撃退後、暴走した初号機はアンビリカルケーブル切断後、特殊兵装ビルから射出されたアモルファスメタル製ワイヤーケーブルにより活動限界−内蔵電源の電力が尽きる時間−まで拘束され、停止した。

今、私の目前では初号機を数時間前まで拘束していた特殊ワイヤーの束が重機のアームで解されている最中だ。
その傍らでは解されいたワイヤーの一本〃が各々地上に仮設置された大型巻取機のボビンに慎重に巻き取られていく。

不意に響く轟音と振動に振り返れば、剥き出しになったエヴァ発進口から専用エレベーターがせり上がって来る処だった。

工程表によればこれからこのエレベーター付属の機体固定装置へ特殊クレーンに吊り下げられた初号機がロッキングアームで固定され、簡易整備点検の後メンテナンスドックへ回収される予定…の筈だ。
冷却作業の終了したエヴァがクレーンで持ち上げられ正立状態になっていく。

「…『帰れ』…か…」

足を止めその初号機回収作業を眺めながら、私は一人愚痴た。

今、ジオフロント本部の医療施設には訳も判らず半ば強制的に呼び出され、戦自の対使徒戦闘に巻き込まれ危うく死にそうな目に逢った挙げ句に殆ど説明も無くいきなりエヴァに放り込まれて即実戦投入され、文字通り生死の境をさ迷いながらも生還した少年が入院中だ。

その少年の父親とはネルフ総司令・碇ゲンドウその人であり、即ち私の上司に当たる人物。
その人物が実の息子との…何と数年振りの…再開の際告げた台詞が…『帰れ』。
正確には

『乗るなら早くしろ、乗らないなら帰れ!』

…これ、実の息子に親が掛けた台詞。

「…可哀想に…」

そうとしか言えない。
疎遠な親にロクに説明すら受けず呼びつけられた彼は未だ14歳だ。
その少年に父親が掛けた言葉がこれでは同情するしかないではないか。

…ま、かく言う私も人の事を偉そうにどうこう言える立場に無い事は間違い無い。
何しろ作戦部長として少年にエヴァに乗れとお願いと言う名の強要をした上、更にこれからも彼を乗せて戦わせようと言うのだから、我ながら図々しいにも程が有る。

ふと彼の…どこか線の細い少年の横顔が浮かび、最初に彼…シンジ君の話を聞いた時の事を思い出す。
司令から説明を受けた時は色々な意味で正直意外だった。エヴァのパイロットは現在認定済みの二人は共に性別は女だったからって事もあったし、それより…

…あの髭ですら…衝撃の事実って奴ね。

あの髭もとい司令が結婚してたとは知らなかった。と言うより良く結婚出来たなぁ、しかも子供までいたとはねぇ…
て言うかさ。あれ本当に実の息子な訳ぇ?皮肉屋なのは確かに髭おっと司令似かもしれないけどさ。

まさかその日程が使徒来襲と重なった上、その進行ルート上の地点でリニアが止まり、戦自の迎撃に巻き込まれるとは運が悪いと言うか間の悪いと言うか…本当酷い偶然もあったものだ。
まるで使徒が彼を目指していたような…訳無いか。

しっかしあの緊急事態に搭乗拒否された時は焦ったわー。
も、どうしようかと思ったけど…

「…当然よねー。折角三年振りだかに肉親に会えばいきなり‘エバに乗れ’じゃあ…おまけに‘乗らないなら帰れ’ですってぇ?」

足元に転がる小さな瓦礫を蹴り飛ばしながら改めて少年…シンジ君に同情する。
冷静に考えればあの状況下でなければ久し振りの親子対面て場面。で、あの対応なら…
そりゃ反抗と言うか拒否反応を起こさない方がおかしいでしょ?

…ま、作戦部長としてはそんな事言える筈無いけどさ。でもねぇ…

それに可哀想なのは少年だけではない。他のチルドレン達…特にもう一人のパイロットの事を思えば未だしも彼は恵まれている…

ファーストチルドレン・綾波レイ。マルドゥク機関により最初に見出だされたエヴァンゲリオン搭乗適格者。

身寄りが無い(らしい)彼女は完全にネルフの道具…エヴァの附属部品扱いだ。何でも幼少の頃からエヴァに関わっていたそうだが、詳しい事は不明…所謂機密の壁の向こう側だ。

…彼女も未だ入院中なのよね…

他に適格者が居ない以上仕方ないとは言え、起動実験中の事故で重傷を負っていながらも彼女はエヴァに乗せられ戦う筈だったのだ…少年が来なければ。
あの怪我でもエヴァに乗る以外無いそんな彼女に比べ…

そこまで考えた時、私はあの時スピーカーから微かに聞こえた司令のもう1つの…決定的な…台詞を思い出し、ゲンナリしながら自分の感想を否定した。

『…イ、予備が使えな…った……う一度だ…』

…予備って、実の息子の事よ?あの時は聞き流したけど“予備”よ“予備”!
どう思う!?息子を、態々こっちの都合で呼び付けた息子を“予備”扱いよ!
思い出す度に腹が立つわ呆れるわ…

…シンジ君…辛いわよね…

良く解った。女の子だろうが息子だろうがあの髭は基本人を道具にしか見てない。
貴重なチルドレンを完璧消耗品扱いよ全く…ま、確かに戦場において兵士は或る種消耗品である事は事実だけどさ、如何にそれを消耗させない様にするかが指揮官の役目であり仕事じゃないの!
…まぁ、自分もその消耗品にカウントされてるってのも有るけど、そうでなくとも14歳の子供を使う事すら色々問題だし、ましてやブチブチ…

今の自分が端から見れば独り言をブツブツ呟く危ない女だと気付き口をつぐむ…見る人なぞ居まいが。

照り付ける日差しに汗を拭い、ヘルメットを再び被り、止めていた足を前に進め出す。

廃墟のごとき街中を独り、口をつぐみ黙々と歩きながらも思考は巡る。

それでもやっぱり考え様によっては彼は未だマシなのかも知れない。レイなぞ拒否のしようが無いのだから…

何しろエヴァンゲリオンパイロット…チルドレンとして彼女が見出だされたのは八年も昔だと言うのだから呆れる。セカンドチルドレンが見出だされたのはその数年後…

チルドレン…幼少の頃既にエヴァとのシンクロ適性を見出だされていた、正にエヴァの申し子達…か。


教官として出向していたユーロの特殊戦闘訓練センターで初年兵達に交じり赤味掛かった金髪を揺らして走っていた少女を思い出す。

出向前に渡された基礎資料によれば、彼女の母親はエヴァに心を壊され彼女の目の前で命を絶っていた…正直、半年限りとは言え彼女の教官に指名された事を当時は悩んだものだ。

ふと思い出す。大人に混じってのミーティング中でも必死に背伸びをして自己アピールを繰り返し、強がっていた未だ幼さの抜けない少女のあの青い目を。
その激しく鋭い視線に窺えるのは熱情と決意を秘めた意志の強さ。だが、寧ろ私にはその強さこそが、その熱情こそが、正にそれこそが少女の持つ弱さ(…トラウマに起因する本質的な臆病さ…)、或いは怯えの裏返しだと感じた。

基礎訓練中、新兵達に混じり走る少女のあの姿…事情を知った私にはまるでトラウマから必死に逃げているかの様に見えた…

…にしても皮肉よね、マルドゥクが散々探して現在まで世界中に二人しか正式認定されてないチルドレン…エヴァンゲリオンパイロット候補者の三人目が碇司令の息子だったとは。
しかし自分を幼少時に他人に預け殆ど顔すら会わせなかった親に呼ばれて来ちゃう辺り…

「…あ。」

瞼の裏、父と、司令の姿が重なる。
少年と15年前の私が重なる。

「…そっか。似てるんだ…あの頃のあたしと…」

…ああ、私も司令が苦手な筈よね…父さんもあんな感じだったし…

「父さん…か…」

父が提唱した超螺旋理論…次元間エネルギー時空循環経路解析から見出だされた二つの相剋する螺旋状モデルからSS−スーパーソレノイド−と名付けられた…は、学会からは疑似無限機関の可能性を指唆する現実離れした異端理論であり荒唐無稽と酷評されていた…あの日までは。

ムルロア環礁で新型爆弾−相剋するスーパーソレノイド同士を対消滅させるN2反応爆弾−が、その発生したエネルギーを理論通り十字爆炎として…反応時間の差により指向性を持ち放出する…発生させた瞬間から、父と私を取り巻く環境は激変した。

在りふれた只の父子家庭は一転し父はしがない大学講師から新世代エネルギー研究所所長へ、私は家事から解放されると同時に家族から単なる被保護者…否、娘から只の同居人になっていた。

父の代わりに行っていた家事一切は家政婦に一任され
スケジュール管理や事務手続きの類いは秘書と司法書士に引き継がれ
論文校正の手伝いは父の部下が代わり
父と顔を合わせる事が日に一から三日置き、週一、月一となり

役割も居場所も無い家に独り、滅多に顔も合わせなくなった父の帰りを唯待つだけの生活に耐えられず、私は全寮制の学校へ転校した。
そして数年後、私は父と共に南極へ行く事になる…

父が何故学校を休学させてまであそこに私を連れて行ったのかは判らない。
そもそも部分記憶喪失症になり、失語症は克服出来たものの未だ一部の記憶…主に南極の…が無い。
…この十字架の苦い思い出以外は。


「…あたしと同じ…か…」

空を振り仰ぐ。
相変わらず太陽は燦々と輝き、そのエネルギーは降り注ぐ地表の総てを容赦無く焼き炙っている。

だが、私の心に差した影にその光は届きそうに無く

溜め息を吐き、再び私は奈落の底ならぬ地下の人工迷宮へ落ち行く極秘直通エレベーターへの入口がある立体駐車場へ重い足を向ける。

灼熱の中、この計画都市に響き渡る破砕機と重機の騒音が今の私には救いだった。


http://www.youtube.com/watch?v=WVD1WJ3mfgU&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




「『帰れ』…か…」

零れた台詞を聞く者は私きり。
真夜中の研究室に唯独り、椅子の背当てに身を凭れ掛け、書類片手に私は呟く。

エントリープラグから緊急回収した少年のカルテを机上に放り投げ、天井を見上げ紫煙を吐き出しながら私は碇司令の台詞を口に出し反芻していた。

「…辛いわよね…あの子…」


【−黎明−】


使徒殲滅後回収された初号機のエントリープラグから救助された少年は失神していたものの特に外傷も無く、その生命維持機能に問題は発生していなかった。

…最も脳にあれだけの負担がかかったのだ、後遺症−幻覚幻痛やパニック症候群−がいつフィードバック発生してもおかしくは無い。
それにも増して問題なのは肉体的な事…免疫症候群だ。

あの緊急事態に複合ワクチン投与と簡易消毒のみ…プラグスーツすら無しでアレルギーチェックも特殊減菌処置も滅菌消毒工程も無しで彼をエントリープラグに文字通り放り込んだのだ。
いくらLCL濾過循環系が完調でLCL自体に抗菌剤や抗生物質が添付されているにしても感染症リスクはかなり高い。
そんな訳で彼は現在戦闘後遺症と感染症発病の恐れから入院期間を延長させられ現在も容態監視中。

「…それにしてもレイを乗せろだなんて…」

…息子を呼びつけていきなり初号機に乗せようとした精神もそうだが、それが拒否されれば即座に重症患者のレイを平気で初号機に乗せようとするあの人は一体何を…

…決まっている。考えるまでも無い。

『使徒に勝つ事』

それ以外何も考えていない。

『…イ、予備が使えな…った……う一度だ…』

あの時スピーカーから漏れた台詞、確かにあの人の声は実の息子を“予備”と言い切った。
あの人には息子でさえ対使徒戦の道具なのだろう。

「…“予備”か…。」

…私もある意味彼と同じなのかも知れない…マギの為の、母の代換品…そして…

そこまで考えた時、身に感じた悪寒に身震いし煙草を灰皿に押し付け火種を消す。

頭に浮かんだ台詞の続きをそれ以上考えまいとして、ふと思い浮かべた繊細そうな少年の表情。
零号機起動実験中に起きたあの事故さえ無ければ彼はこの第三新東京に来る事も無く、養父だか養母だかの元で暮らし続けていただろう。

…それが幸せかどうかは知らないが。

まぁ、手紙一つで直ぐに話が決まり何の荷物も持たされず唯その身一つで本人が来る…と言うより寄越される…辺りで大方の事情は察せられる。
だが、少なくとも呼びつけた父親に『帰れ』などと言われた挙げ句生死の境をさ迷う事にはならなかっただろう。
本人にとって見れば10年も離れていた父親の元に来る事自体大変な決断だったとは思う、此方に来る事を決める迄には其なりの葛藤も有った筈だ。
その挙げ句に『帰れ』では…

しかも彼はもうエヴァの軛から逃れる事は出来ない。
エヴァの適格者が三人しか見付からぬ現在、彼以上の能力を持つ他の適格者…チルドレンが見付からぬ限り、彼はエヴァに乗り使徒と闘い続けるしか無いのだ。
溜め息を吐いて手の吸殻を灰皿に捩じ込み、卓上の書類の山脈からホチキス止めされた一部を取る。
既読の書類…今回の件での一連の経緯を記した全体報告書だ。
表紙を眺め、書いてあった内容の記憶を脳内反芻する。

要約すれば、少年は訳も判らず半ば強制的に呼び出され、来る途中対使徒戦に巻き込まれそうな所を間一髪で助かり、更にN2地雷の爆破に巻き込まれ、そんな目に遭いながらも何とか父親の元へと来てみれば今度はロクな説明も無くいきなりエヴァに放り込まれ即対使徒戦投入、敗北一歩出前に追い込まれ奇跡の暴走に戦況を逆転しながら使徒の自爆に巻き込まれ…

記述内容は事実のみを記してある筈だが、余りの内容に何かの冗談かと思わず読み直してしまった。
だが、何度読み返しても報告書には確かにそう書いてある。

つまり信じがたい事に此等が全て本当に少年の身に、それも24時間内に振り掛かった出来事だと言うのだから最早驚きを通り越して呆れるしかない。

「良くもまぁ…厄日と天中殺と大殺界がスクラム組んで押し寄せた感じかしら…」

それにしても…わずか1日でこれだけの災厄を受けるのも驚愕だが、それを全て避けて生き延びたのだからこの少年も大した運の持ち主だ。
どれも一歩どころかスレスレの所で死を避けている、余程運が良くなければ…

…いいえ、本当に運が良ければそもそも呼ばれても応じなかったでしょうね…
彼の場合、幸運と言うより悪運かも知れないわ。

「…しかし本当、良くもまあこれだけの…」

改めてレポートの表紙を眺め、再び嘆息をつく。
文字通り間一髪で危うい所を辛くも生き延び、更にエヴァでの対使徒戦からも生還し現在入院中の14歳少年。
彼の心中を慮ん測り私は溜め息をついた。

「…当分同居は無理よね…」

いっそ私が…


…馬鹿か私は。


今そんな余裕は無い。それに…

ふと母との同居生活を思い出す。
あのすれ違い生活を今更繰り返す気は更々無い。

頭を振り感傷と余計な考えを一緒に振り払って私は再び仕事に没入せんと書類に手を伸ばした。


―――


「碇、お前息子の見舞いには未だ行ってないのか?」

「必要無い。生命の危険も無く予後観察の為仮入院しているだけだ。」

「しかしだな…」

「見舞いに行っても現状何もする事が無い、ならば時間の無駄だ。」

「全く不器用な奴め…それはそうと碇、頼まれておったお前の息子の転入手続き終わったぞ。」

「そうか。」

「だがな、入所施設の空きが無かった。民間の賃貸物件も当たってみたがやはり未成年の独り暮らしでは何処も難しくてな、取り敢えずネルフ独身寮の空き部屋を手配した。」

「判断は任せる。パイロットとして適時召集が掛けられるなら何処でも構わん。」

「やはり同居はせんのだな?」

「ああ。道楽で息子を呼んだ訳では無い、パイロット適格者があれだったから召集しただけだ。一緒に暮らす必要は無い。」

「ふむ。だが碇、お前の息子が同居を望んだ場合、法制度上は断れんぞ。その時は同居で良いな?」

「十年も別々の生活をしていて今更同居などあれも望むまい。それに奴も男だ、独り暮らしの方が気楽だろう。」

「うむ…お互い離れて暮らすのが自然か。そうかも知れんな…ああ、それと碇、作戦部長より提案のあった使徒迎撃作戦計画書の見直し案なんだが…」


―――


「引き取るですってぇ!?」

自分の発した叫びに近い大声で一斉に振り向くスタッフ達の視線も私を止める事は出来なかった。

「貴女一体何を考えてるの!?」

『だ〜い丈夫よぉん、手ぇ出したりなんかしないからぁ』

「当たり前でしょ!!」

忘れていた…何でこんな事を忘れていたのだろう。
この世には“葛城ミサト”という存在が居るという事実を。

昔からミサトの無鉄砲さは知っていた筈なのに。
ミサトはこう言う女だと解っていたじゃないの

でも…

何故か私は声を荒げ額に青筋を立てて受話器の向こう側と遣り取り−会話と言うか小言…否、説教?−をしながらも、心のどこかで感じた安堵を認めていた。

そうね…お互い、独りよりはいいかもね…

きつい口調を続けながら、私は自覚した口元の綻びを止め…いいえ、止める気も無かったわね。
結局、受話器を置くまで私の口元は綻んだままだった。


WAVE -GUMIcover-
http://www.youtube.com/watch?v=IBLYJZs6h7Q&sns=em


ミサトとの暫しの遣り取り後、通話を切った私はスタッフ達の好奇の視線を断つべく少々ヒステリックな口調で告げる。

「どうしたの!皆手が止まってるわよ!」

スタッフ達が慌てて仕事のふりをしだす姿に鼻を鳴らし、私はデスクに腰を…

ん?

通話を切った後、心に引っ掛かる謎の不安感。

何かを忘れて…それも大きな何かを…

不安が焦燥に変わる。

何かしら…





あ!


…思い出した…


ミサトの料理の技量は確か…

…学生時代より進歩している事を願おう…
しかしまぁ…

「つくづく不憫な子…」

少年…碇シンジ君の身を案じながら私は彼の不幸さ…薄幸さに改めて同情した。
ため息と共に思わず口を突いた台詞は…


「シンジ君…強く生きてね…」


決めた。折を見て一度は二人の様子を見に行こう。

ミサトとシンジ君の同居の知らせは、そんな事を私に決意させるには充分だった。



YouTube 動画ポップアップ再生




使徒迎撃用決戦特化型要塞都市・第三新東京、現代に蘇った城塞都市。

一見何の変轍も無い街並みだが、この街は状況に応じその形を変える。
忍者屋敷と称される数多の仕掛が作動する様はまるで手品。
間近で見れば圧巻の一言。しかしそれはあくまでも間近で見た場合だ。

遠景から眺めればどこか現実味に薄く、その光景はさながら映画のセットかCG加工画像。
高層ビル群はその全てが地下への退避機能を持ち、中でも商用ビルはそれ自体がシェルターの役割を果たす。
それ以外にもABC対応完全密閉式の緊急退避シェルターは無数に点在、最も大きなタイプは千人を収容し1週間の避難生活が可能である。

要所には特殊装甲を施された遮蔽防護ビル、武装を有した…否、ビルの偽装を施された各種砲台、エヴァンゲリオン専用武装保管庫と充電器具設置拠点がその解放の時を言葉も無く唯待ち侘びている。

無論それだけではない。偽装各種センサー群、エヴァンゲリオン緊急射出口、非常事態に備えた応急滑走路兼緊急通路形成用可変装甲防護壁路面が至る所に張り巡らされ、エヴァによる都市中央から外縁部までの縱深防御活動を可能としている。
加えて要塞都市近隣山中には山に偽装した要塞群とジオフロント発掘に合わせ極秘裏に掘削された超巨大空間が複数あり、そこではこの要塞都市維持の要と言える発電所が稼働中だ。
又同時にそこは都市修繕用特殊重機群、備蓄資材等を納めた巨大ストックヤードをも兼ね、工作部隊が即時対応体制で常時待機中。
眠れる牙達はその機能を解放する時を只沈黙して待っている…

そして、彼等は目覚めた。



【−雌伏《前編》−】
《ジッタードール》 Lily
http://www.youtube.com/watch?v=7F6aPSHZCIo&sns=em



「お待たせ、使徒の能力シミュレートの結果よ。」

「ありがと。パレットガンも漸く完成したし、これで一応真っ当な作戦計画が立てられるわぁ…」

「あら、随分頼もしいわね。」

「言うだけならタダよ。ま、現状で挙げられるプランなんて中距離戦闘で牽制後の格闘戦って流れ位しか無いけどね。」

「呆れた、作戦部長自らそんな無責任な台詞吐いて良いの?」

「現実だから仕方無いわー。で、これの概要取り敢えず口頭で説明してくれる?」

「そうね、今回シミュレートパートでは取り敢えず今回の戦闘から割り出した使徒の能力を基準に敵を設定したわ。」

「でしょうねー。まぁ、次回も同じ様な敵が現れるとはちょっち考え辛いけど。」

「ええ、次の使徒の能力が未知である以上これはあくまでも目安よ。けれど例え大まかでもそれを踏まえた計画下での迎撃ならば、推測計画でいきなり戦った前回よりは大分対応が違うのではない?」

「確かに。色んな意味で後手を踏まず対応するには計画は必要だし、それに多少とは言え対抗手段が有るだけ今回よりは未だマシかもね〜。でも使徒の能力には本当呆れるわ。至近距離からの戦車砲弾直撃でも殆ど効果無いんですもの。」

「本当、私達の予想を遥かに越えるわ、これでは高い予算を注ぎ込んだあれだけの兵装が殆ど無駄よ。」

「全く効かないって訳じゃ無いなら手段が有るだけ無いよりはマシよ。しっかし…キっツいわねー、リツコぉこのデータマジな訳ぇ?」

「嘘ついてどうするのよ。ミサトも映像は見たでしょ?」

「見たから信じたく無くて言ってるの。大体ICBM転用のバンカーバスター片手で潰すなんて冗談通り越してもう笑い話よ。」

「加えて言うなら貴女もご覧の通りN2地雷の直撃でもATフィールドの完全突破は無理だったわ…やはり通常兵器で使徒相手に効果を出すには想定通りエヴァのATフィールド中和能力頼りね。」

「でもN2でなら一応ダメージは与えられたわ…選択肢に制約が無いならいっそ面倒な事省いて回復の隙を与えずN2の連打噛まして一気に決着付けたい所よね〜。」

「それ新手の焦土作戦?使徒倒す前に世界滅ぼしてどうするのよ…気持ちは解るけど。そもそもあの防御力と自己進化能力相手に手持ちのN2全部使っても殲滅出来るかどうかすら怪しいわ。」

「うえぇ、始末に負えないわね全くぅ…はぁ、やっぱ白兵戦しか無い訳かぁ。巨大人型兵器を繰り出してやる事が取っ組み合い掴み合い殴り合いな乱闘騒ぎとはねぇ…頭痛いわーアニメじゃあるまいしどこの特撮怪獣プロレスよ一体。」

「他に方法が無いんだから仕方無いでしょ。現時点での装備はこれが精一杯なんだから贅沢言わないで。でもエヴァが近接戦闘に縺れ込めれば使徒のATフィールドは無効化出来る、そうなれば既存戦力でも多少の効果は見込めるわね。」

「…どの程度?」

「今回の使徒の自己進化能力による回復速度からすれば…ま、牽制程度の威力は期待出来そうよ」

「うえー、自分で言ってて何だけど本っ当無いよりマシな程度なのねぇ…で、マギによる対使徒戦シミュレートの結果はどうだった?」

「ミサトと一緒よ。都市直上での白兵戦−マギは三基全てそう結論付けたわ。」

「あーやっぱそれしか無いかぁ。暴走なんてイレギュラー無視して真っ当にやり合うなら地の理を活かす事ぐらいしか勝ち目は無いって事よねー。」

「“手段が有るだけ今回よりはマシ”なんでしょ?」

「言わないでよリツコぉ…さぁて、次はエヴァの戦術立案か。取り敢えず白兵戦理論に集団戦闘方法、各種非正規戦・非対称戦術理論を基礎にしてぇっと、それに市街戦方法論と屋外戦闘教則に逮捕術とインドア戦ノウハウ辺りかしらぁ?他には狩猟技術に各種格闘技っと、兎に角使えそうな物は片っ端から検討しないといけないわね。」

「確かに。尋常な手じゃ勝ち目が薄いなら折角の資産を有効活用しない手は無いわ。」

「資産?」

「ええ、資産よ。私達人類の道具の使用に始まる闘争の歴史と言う資産。これは使徒に対しての数少ないアドバンテージよ。」

「闘争の歴史が資産か…皮肉なものね。」

「全くね、無様にも私達は同族相争うなんて知性の欠片すら無い哀れな喜悲劇すら利用しなければならない…とんだ喜劇だわ。」

「残念ながら現実は厳しいのよ、選り好みや好き嫌いは言ってられないわ。人は木石の如く風雪に晒されて沈黙は出来ない、ならば声を上げ手と足と頭を使うしか無いでしょ。」

「あら?石だってタイムスケールが違い過ぎて人類が観測出来ないだけで実は生命体かも知れないわよ?」

「〜リツコ〜揚げ足取らないでよぉ〜」

「事実よ。植物だって実は特定環境下ではあらゆる手段を使って生き残りを模索しているわ。妨害乗っ取り略奪寄生侵食擬態、果ては罠に毒殺絞殺・凡そ人間の考える範囲を越え彼等は生きている。」

「フムン、過当競争下での自己保存能力の発露って奴ね。」

「ええ、ましてや動物となれば個体生命維持の為ならそれこそ何でもするわ…例えそれが自滅行為でもね。」

「ドードー鳥の様に闘争を忘れた生物は環境の変化に対応出来ず淘汰されるのが自然の理…か…」

「ま、最もサーベルタイガーみたいに闘争に特化した極端な進化でも時代に適応出来なくなって自滅したわ。環境順応も過ぎれば毒ね、最低限のフレキシビリティは確保しておかないと。」

「全くね。…とは言え現状で手持ちのカードは少ないわ。フレキシビリティを生かそうにもレイが完全回復するまではパイロットはシンジ君独り…前回みたいな無理はさせられない。」

「ええ。幸いな事に初号機の破損も未だ修理の効く範囲内、後一週間で再稼働出来るわ。とは言え…」

「一週間…大人しく待っててくれれば良いけど。」

「そうね、一週間以内に使徒が出現する可能性は否定出来ないわ。」

「最悪の場合も想定しなきゃね…」

「ええ、今回は運良く勝てたけどそうそう簡単に勝たせてはくれないでしょうし…。」

「…零号機も駆り出す必要、有るかもね。」

「…一応仮復旧は済んでいるわ。レイの体調も今は安定している…けれどあくまでも“一応”よ。それも“シンクロにレイが成功すれば”の話。シンジ君に零号機が適合するか試す余裕は未だ無いわ。」

「…破損機体に稼働可能か不明な機体、素人と怪我人頼りのタイトロープか…」


―――


「碇、作戦部の提出した対使徒作戦計画だが…」

「ああ、目は通した。作戦部長は優秀だ、この短期間で良くここまで纏めたものだ。」

「…エヴァンゲリオン有人化は成功だったな。シナリオの旧解釈通りならジオフロントで覚醒した初号機が殲滅する筈だった…危うい賭ではあったが。」

「そしてその賭に我々は勝った…人類の手で僅かながらシナリオは書き換えられた。そしてこれは我々の計画の第一歩だ」

「うむ。どうする碇?彼女も赤木君の様に二次要員として…」

「駄目だ。知ったが故に出来ぬ事も存在する。知らぬからこそ出来る事、それの遂行が現在彼女の主任務である以上彼女には第三者でいて貰う。」

「うむ、我々の計画はあくまでも秘密裏に進行させねばならんからな、しかし…優秀なだけに惜しい、能力を生かすには今の彼女の立場は制約が有りすぎる。」

「だがだからと言ってシナリオを逸脱されても困る。かと言ってアドリブも効かない三流でも役に立たない。ましてやシナリオすら遂行出来ない様な無能は不要だ、優秀かつ任務に忠実、シナリオを逸脱する恐れも少ない…ネルフに必要な人材だよ彼女は。」

「その優秀な人材にこのネルフと言う組織自体が結末の知れたシナリオルートをなぞるだけの存在だと知れればさぞ…」

「それだけの役割なら作戦部長なぞと言う役職自体不要だよ冬月。確かに各使徒のシナリオにおいて使徒そのものの結末は確定している、だがその過程を変え最小限の被害に止める事は可能だ。」

「人類の未来は自らの手で切り開き掴み取らねば意味が無い…か。その為のチルドレン…だったな。」

「チルドレン“も”だ。エヴァンゲリオン、第三新東京市、ネルフ、そして彼女を含むスタッフ達全員…全てが人類の持つ可能性の一つだ。」

「うむ。だが碇、シナリオへの直接介入は老人達が喧しいぞ?」

「計画は順調、タイムスケジュールは守られ結末もシナリオ通り、被害は軽減…彼等は何も言えんさ。」

「確かに。だがな、ストーリー改変やシナリオの一部変更、エピソード追加と削除…老人達は兎も角どれも次期使徒の進化への影響は避けられん。場合によっては裏死海文書の記述解釈に矛盾が…まさか碇!?」

「ああ、解釈を変更すれば問題無い。それに使徒の進化はエヴァの覚醒を近付ける。量産型に添付予定の疑似覚醒モードなど比では無い、使徒は真のエヴァ…覚醒した初号機には決して勝てない。」

「確かにその通りだな。そもそもエヴァ本来の使命は受精卵子に集う精子の排除…つまり使徒を倒す為の物。それに考えてみればセカンドインパクトの時点で既にシナリオは老人達に書き換えられていたか。」

「ああ、アダムの初期化、その時点で既に彼等の手でシナリオの改変は成されている。セカンドインパクトに始まり、アダムに共鳴し旧東京に現出したリリスの封印、休眠中の使徒の捕獲、斯くしてシナリオは改変された。しかしネブカトネザルの鍵は喪われ塔を経た神への道は閉ざされたまま、ソロモンの轍を踏むにも我々に残された時間は少ない。」

「槍とアダム…そしてリリス…斯くして再臨劇は繰り返されるか。いよいよだな碇。」

「ああ…全てはこれからだ…」




波音リツカバー
http://www.youtube.com/watch?v=2qBCRUNYtN8&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




「……斯くして再臨劇は繰り返されるか。いよいよだな碇。」

「ああ…全てはこれからだ…」



【−雌伏《後篇》−】
《ジッタードール》重音テト・波音リツカバー
http://www.youtube.com/watch?v=QGWFeho3f8o&sns=em



暫しのやり取りの後冬月が退出し、私以外他に誰も居ない司令室。
腕時計の秒針が刻む音まで聞こえそうな静寂に一人自嘲を噛み殺しながら只椅子に座り続けている。

…既に決まっている…

低く笑い声が零れた。
御目出度い事に冬月は拓言を信じている。
否、信じたからこそ彼はゲヒルンの一員となり、ネルフの副司令を任せられている。

…私と共にその拓言を書き換える事を企みながら。

書き換える事が出来るならば、それは予言では無い。
確率論が通用するならば、それは予想でしか無い。
解釈で差違の生まれる誤差を含む方程式は無い
未確定の推論は理論で無く理屈でしかない。

…未来は確定していない。

…そんな事は言うまでも無く冬月本人が良く理解している筈だ。
只、冬月は達観しているのだろう。

今は唯信じるのみ…と。

その強さに敬服する。
予言でも方程式でも無い、只の結果論でしか無い代物を唯盲信の末鵜呑みにした老人達と、その危うさを知りながらも可能性に全てを賭ける事の出来る冬月。

片や狂信の一途さで
片や信念の強靭さで

共に目指す形は違えど目指すモノに代わりは無い。
そう、使徒すらも…否、使徒の目指すモノを知ったが故に我々までソレを目指す事を強いられたと言うべきだろう。

則ち…世界、否・時空間そのものの再構築。

アダムより分化しリリスに不完全ながら受胎した人類は何れ世界を再構築する。使徒とはソレを阻止する為に現れた幾つかの可能性がアダムより創り出した云わば…

「使徒…即ち新宇宙の種か。」

ふと声に出た呟きを聞く者はいない。
部屋を支配する沈黙、私は目を閉じ再び思索を続ける。

人は限界に達しつつある。
人類の進歩と進化は袋小路に向かおうとしている。
しかし、人は進歩と進化の前にN2と言う第三の焔を手にしてしまった…無邪気にもそれが終演の狼煙と知らずに。
時計は動き始め刻むカウントを止める事はもう出来ない、斯くして終末のホルンは鳴り響き使徒は目覚める…
使徒による時空改変は世界から人を排除する、使徒を倒さねば人類に未来は無い。だが…

裏死海文書…先史文明の残した始祖民族の遺産。

擬似使徒を以て使徒撃退に成功しながら始祖民族の先史文明は滅亡し、その後継者たる我々人類は先代の滅びた原因を未だ突き止めぬまま再び使徒と対決せねばならない。
このままでは滅亡は避けられない、人類に残された可能性…それはリリスとの完全融合。
それを果たす時、宇宙は新たな事象宇宙へと更新される…

「だが今の人類が使徒の代わりにリリスを完全受精させる事は出来ない。何故なら…」

再び声に出る呟き

完全受精…それは種全て…全ての人類がリリスに融合する事を意味する。
則ちリリスの完全復活により空となったガフの部屋を再び満たす為、全人類の魂を以てリリスへの帰還を行わねばならないからだ。

だが

…人は、増え過ぎた。
…人は、穢れ過ぎた。
…人は、知恵を持ち過ぎた。

増え過ぎた人はエントロピーの破綻を招き、
穢れ過ぎた人は新時空を再び汚染し、
知恵を持ち過ぎた人は摂理に抗う。

その人類がこのままリリスと融合してもその結末は…
唯繰り返すのみ。

そう、その姿は閉じた世界を只廻る滑車の中の鼠。
世界は再び輪廻の環に囚われ、新世界でも絶望は繰り返され人類は再び虜囚として犀の河原で唯同じ事を繰り返す。

宿命と言うメビウスの輪から離脱し螺旋への進化を遂げる、その為には先導者が…完全なる人の存在が必要だ。

しかし

赤子に因る融合では、その子宮回帰本能が全てを初源へ還してしまう。
老人の融合はその諦念と執着が次世界の可能性を狭め固定化してしまう。
子供はその我執が、大人はその欲と分別が次世界に偏りを生む。
理性有る純粋なる存在、赤子に非ず子供に非ず大人に非ず老人に非ず…

私はこう考えた。

そんな者はいない
そんな存在は無い
無いなら



創れば良い。



私は悪魔に魂を売った。悪鬼羅刹と呼ばれても頷くしか無い。
私は人の身を以て科学の力で父母無き新たな人を創ったのだ…贄とせんが為に。
リリスの欠片に人の因子を植え付けた魂無き人形に人の記憶を添付し創造した原罪無き純粋な存在…ファーストチルドレン
この人工的処女受胎により創られた原罪亡き者をリリスへの贄とし禊を行い、彼の者を以ってエヴァを希望の使徒と為し目覚めたるリリスへの融合を果たさせる。
人を使徒と成す…其こそが真のエヴァンゲリオン再生建造目的。

始祖民族の遺産の一つ…擬似使徒・人造人間エヴァンゲリオン。
擬似とは言え一生命にして一種族たる使徒の魂は人々の魂の代わりにガフの部屋を満たし、リリスに還りし人々を再び新たな現世へ還す。則ち…人類の補完

そして贖罪の後、現世の次に再構築される宇宙はその原罪無き贄・先導者の願いし世界となる…。

人類補完計画

その為に私は人造人間達を有人制御に改装復活させた。
ユイはエヴァンゲリオンに人の心を与えようとし、自ら被験者となった。
キョウコは、新たな人類のプロトタイプとして遺伝子調整による完全人間を自らの子宮で育てた。
ナオコは、次世界の羅針盤を造り出した。

私は人外の外道となりながらレイ…ファーストチルドレンを創り出した。
ユイは初号機に人の魂を与えた…その存在と引き換えに。
キョウコはセカンドチルドレンを産み、ナオコはマギを建造し…それぞれがその映し身の如き存在とその身を引き換えるかのように死んでいった。

そして今

生きている者達は変わらず明日を夢見て足掻いている。

老人は裁きの後訪れる理想郷…完璧な世界を願い
冬月は新たな世界の観測者となる事を願い
私は…

だが、他に道は無いのだろうか?

「そうだ、それしか無い。三賢者マギ、聖母マリヤ、マクダナラのマリア、殉教者にして背教者ユダ、衛士ロンギヌス…役者は既に揃い、後はイサの誕生を待つのみ…」

自分に言い聞かせる様に呟く。
後はダミーシステムだ。
ダミープラグが完成すれば、更にリスクは減る。


立ち止まる事は出来ない

立ち竦む事は許されない

今は唯、前へ

閉じた目を開く。
未だ見ぬ明日の為、席を立ち部屋を出る。
背後でドアが閉まる瞬間、誰かの声が背を押した。

幻聴に惑わされる暇は無い、振り返らずに私はエレベーターに足を向けた。



―――



「さぁて、今日は久々の定時上がりねー―グフフッ。ええっとぉ帰りにスーパーで卵に牛肉と白滝にぃ、春菊とお葱にトイレットペーパーとペンペンのお魚とぉ…」

「ん?ミサト、今日はもう上がり?」

「んー?今日は定時。珍しく副司令からチェック入らなかったのよ〜♪」

「あら珍しい、じゃあ今夜は一寸寄ってかない?今日レディスデイでカクテル半額よ?」

「にひ〜、今夜はシンジ君がすき焼き作ってくれるって言うからぁパースぅ♪直帰よ直帰ぃ♪」

「呆れた、すき焼きに釣られるって…そもそも貴女が作ってあげて彼を釣る立場じゃないの?」

「いやそれがねリツコ、シンジ君ったら結構凝り性でぇ何冊もレシピ本買ってご飯作ってるのよぉ?味噌汁もちゃあんとお出汁取って作るし。」

「あら、男の子にしては珍しいわね?将来料理研究家になる気かしら。」

「…それがねー、レシピ通りだから美味しいんだけどねー…お肉の腱取ってなかったり野菜が切れて無くて繋がってたり芯残ってたり、どーぅも彼今まであ〜んまり料理ってした事無いみたい。」

「?あの年頃なら普通でしょう?料理した事無いから余計に凝ってるんじゃなくて?」

「いや、それがね…彼の預け先の家庭って留守がちだったらしくてね、食事は一人で菓子パンとかカップラーメンって時多かったみたい…」

「あら…」

「だからかしらね…彼、妙に家庭料理風な物作るのよ、煮物とか…」

「憧れかしらね…美味しい御飯って、彼が最後に食べたのいつだったのかしら…」

「…シンジ君ね、ご飯美味しいって誉めるとすっっっごい良い笑顔見せてくれるの…普段の様子と別人みたいな。」

「…」

「何だかさ、その笑顔見たら…この子も苦労してるなって…」

「4才から親と別れて暮らしていたのですものね…あ!いけない、そう言えばミサトに渡す物があったのよ。」

「へ?渡す物?」

「ええ、危うく渡し損う所だったわ。ええと…はい、これ貴女に司令から宿題。」

「し、宿題ぃ〜!?司令からぁ〜〜?」

「ええ。チルドレン生活管理日誌。管理監督者はパイロット保護育成の為日常の様子をレポートし、毎週提出せよ…ですって、碇司令直々に渡されたわ。」

「うげぇ…何面倒な事させんのよあの髭ぇ〜…」

「何言ってるの、相手は未成年だし当然でしょ?ましてや貴女も彼もネルフに所属しているんだから…最も、実は何だかんだ言いながら息子が心配なだけなのかもね。」

「…だと良いんだけどね…」



―――



『碇、君の提唱した人類補完計画、最初の関門は無事突破出来たようだな。先ずはおめでとうを言わせて貰う。』

「は、有難うございます。計画は順調に進行しており遅延は2%台に収まって現在進行中…議長、他の委員は?」

『彼等は呼んではおらん。今ここには碇、君と私の二人だけしかおらぬ。』

「…と言うと…」

『…“奴”が現れた…』

「…」



―――



「あ、お帰りなさいミサトさん。今日は早かったですね。」

「たっっだいまぁっシンジくぅん♪はぁい頼まれてたお豆腐と白滝にお葱と春菊ぅ!んでぇこっちがお肉と卵とお魚ぁ、トイレットペーパーは嵩張るんで未だ車の中だからちょっち取ってくるわねー♪」

「はい、じゃあ僕料理始めてますんで。」

「期待してるわょぉん♪じゃちょっち行って来るわねえ〜」

プシュン

「ええと…ゲ!ミサトさんこの肉ステーキ用!?…仕方ない、薄く切れば良いか…ってミサトさん、焼き豆腐っていったのに普通の豆腐だよ…」

ザブン!ガタン!ペタペタガチャン!ペタペタペタペタ…

「あ、ペンペン。もう直夕食だからビールは後にした方が良いよ。」

「クエ?クワヮヮ〜」

ガチャン、ガサゴソ…バタン。

トットットットッ…

「…自分で麦茶コップに注いで飲むペンギンなんて多分世界でここだけなんだろうなぁ…あ!これ白滝じゃ無くて糸蒟蒻!」

コッコッコ…カタン

「ケヒャ〜!クェックェッ!」





重音テトカバー DIVAーF エディット
http://www.youtube.com/watch?v=rGJOX7C9Lxk&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





「転校…ですか?」


【−疑惑(前編)−】
《GLIDE》 Lily
http://www.youtube.com/watch?v=oCA1Il_qUo0&sns=em


「ええ、無事初号機の修復も完了したし貴方の基礎データ収集も一通り終わった事だしね。それにシンジ君は未だ義務教育の最中でしょ?」

「え?ええ、そうですけど…良いんですか?」

「ん?何か心配?大丈夫よ、実戦時は兎も角普段は定期訓練とデータ収集に来て貰う程度だから通学して貰っても十分時間は有るわ。行動に制約は付くけど日常生活に支障を来す程では無いから安心して。」

「あ…そ、そうなんですか…僕はてっきり何かこう…」

「?何か?」

「え?あ、その…て、てっきり休学とかして毎日訓練とかエ…エヴァ?そ、そうエヴァンゲリオンに乗って練習とかするのかと…」

「軍隊じゃあるまいし。休学して貰っても普段は只待機してるだけになるわ、時間の無駄ね。それにネルフって実は其程予算潤沢って訳じゃ無いの、毎回訓練に実機を運用出来る程予算に余裕は無いのよ。」

「よ、予算って…そ、そんな事で大丈夫なんですか?」

「予算が無限で無い以上仕方無いわね。普段はシミュレーション訓練とシンクロ試験がメインになる筈よ、そう…週3回は来て貰う事になるわね。」

「週3回…ですか…」

「ええ、呼び出し時以外は普段通り過ごして良いわよ。必要な時は迎えが行くから。」

「普段…通り…」

「ああ、そう言えば貴方の通う学校、レイも通っているから。」

「レイ…ってあの…ひょっとして、あの…も、もう一人のパイロットの…」

「ええ、ファーストチルドレン綾波レイ・エヴァンゲリオン正規パイロット第一号。丁度シンジ君と同学年になるわ、未だ怪我は完治してないんでもし何かあったら宜しくお願いね。」

「あ…あの…ファ、ファーストチルドレンとか第一号って…」

「え?ああ、文字通りの意味よ。現在まで見つかったエヴァ搭乗適格者は三人、その中で最初に見出だされたのが彼女と言う事。」

「さ…三人!?たったの!?だってそんな…」

「エヴァは搭乗員を選ぶの。どんなに肉体能力や精神力、知能を有していても適性が無ければエヴァは指一本動かせないわ。そしてその適格基準はオーナイン…0,000000001%。つまり千億分の1。」

「!?せ…それだけ!?本当にそれだけしか無いんですか!?」

「そう、今現在判明しているエヴァンゲリオンとのシンクロ数値から解析したデータがそれを示しているの、信憑性は高いわ。そして貴方はその確率数値を越えた…つまりエヴァを実際に動かしたのよ。」

「僕が…」

「そうよ碇シンジ君。貴方は世界でも数少ないエヴァンゲリオン搭乗適格者、チルドレンの一人なの。」

「そ…そんな…」
(何で…僕が…)


―――


執務室で南極から回収予定の槍についての打合せを終え一段落着いた時、書類片手に冬月が口を開いた。

「碇、お前の息子、転校初日から殴られたそうだな。」

「…」

…その話か。
溜め息を圧し殺し冬月に視線を送る。

「やはり学校に通わせる必要は無かったのではないか?」

「チルドレンは道具では無い。それに社会から途絶した存在は社会に適合するのが難しくなる。」

信じてもいない台詞を語りながら手元の書類に目を遣る。
やはりと言うべきか、上辺だけの模範回答は予想通り冬月には通じなかった。

「ほう?やけに人道的だな、博愛精神に目覚めたか?」

私の台詞を鼻で笑い飛ばし冬月は話し続ける。

「まあいい。しかしな、レイと言いお前の息子と言い、保安部に強いる負担は大きいぞ?それに一般社会とネルフのギャップは下手をすれば解離性人格障害や躁鬱症を発症する恐れも」

「だからこそ学校の様な開かれながら閉じた世界…箱庭に意味が有る。社会との繋がりは人間の繋がりだ、多数の共通項を持つ同世代との繋がりは一般社会よりは未だ馴染みやすい。」

「その半ば閉じた世界だからこそ異端は排除されるぞ?」

「エヴァンゲリオン適格者が異端か。」

私の問いに冬月が答える

「異端でなければ犯罪者か英雄だな、子供の純粋さは自己投影の相手に実像なぞ求めん。」

「それは大人も同じだ、否、老いる事に酷くなる。夢想した犯罪者や英雄と言う存在の在り方を単純に、残酷に求める。そしてそこに現実が有ろうと無かろうと彼等には関係無い。」

「そうだ、彼等は夢想や妄想を対象に投げ付けるのだ…チルドレンと言う只の子供へな。で、その圧力をお前の息子は受け止められるか?」

「受け止めようが受け止められまいがここに居る以上はエヴァに乗らせる、選択肢は無い。」

我ながら無情な返答は冬月の勘に触ったようだ。

「…英雄に祭り上げられるのが解っている憐れな子供を只学校へ放り込むのは配慮が足りんと言っとるのだ。」

僅かにトーンの上がった口調に私は応えた。

「…それで潰れるならそれまでの人間だったと言う事だ。英雄なぞ所詮道化でしか無い。」

「確かに英雄と道化師は同じカードの裏表だ、英雄が嫌なら道化になるしか無かろう。だがな、未だ英雄なり道化師を演ずる事が出来るなら良い、しかしどちらも演じられぬならば悪役として孤立するしか無いのだぞ?」

「学校が嫌なら止めれば良い、それだけの話だ。」

「碇…」

冬月の視線が鋭くなる。

「何れにしろ人は一人では居られない。所詮他人同士、異なる価値観の存在を知り認め許容する事を学ばねば何処に行こうが一緒だ。そして学校はその異なる価値観の存在を学べる場所、そこに適応出来ぬのならばそれまでと言う事。」

「まぁ学校は良いとしよう、だがもしそれが高じて人間不信に陥ればエヴァの搭乗まで拒むかも知れん、その時はどうする?」

「構わん、此処に居て闘う意識を持たぬ存在は不要だ、只有害なだけの存在には出て行って貰った方が有難い。」

「実の息子に言う言葉とは思えんな…それに彼は貴重な適格者だぞ、それでもか?」

「必要ならレイを使う。」

「レイに拘り過ぎではないか?」

「それが当初の予定だ。それに適格者候補なら無数にいる、その為のマルドゥクだ。いざとなれば適当な者をパイロットに仕立てれば問題無い。」

「問題無いか…ふん、態々その為に後腐れの無い子供達をここ(第三新東京)へ集めたと取られてもやむを得ぬ言い種だな。」

全くだ。
内心で同意しながら手にしたままだった書類を卓上に置き、改めて冬月を見遣りながら私は再び同じ内容の台詞を繰り返す。

「元々初号機のパイロット予定者はレイだ。セカンドチルドレンもいる、それにあれはあくまで予備、エヴァに乗りたく無いなら出ていけば良い。」

「は、所詮ダミーの出来るまでの繋ぎか。大人の都合を押付けた挙げ句嫌なら辞めろ、とはな…子供には厳しかろう。」

「あれの理解なぞ求めん。奴が現れた以上既に時計の針は動き出したと見るべきだ、既に我々には時間が無いのだ。」

奴の事を口にした瞬間、冬月はネルフ副司令たる立場に戻ったようだ。

「…まぁ確かにそうだ、やはり計画は第一案を進めるか。」

「平行して第二・第三・第四も進める。本命は第一だがダミーの開発次第では第二以降に切り替えねばならない事態も予想される、選択肢を狭める冒険は出来ない。」

「うむ、となれば第一計画の為にも早くレイに“ヒト”への執着を持たせんとならんな。しかし人類の未来の為とは言え…」

「今更だ冬月。それに子供は何れ大人になる、親離れは早い内の方が良い。」

「…それは正論だがな。」

何か言いたそうな冬月に今の話題に終止符を打つべく言葉を紡ぐ。

「二人は学校に通わせる。シンジにせよレイにせよネルフのような特殊環境下の常識だけに染まらせる事は出来ない、偏った価値観を植え付け人間社会の拒絶を招きかねん。」

「…その台詞を皆が聞いたらどんな顔をするか楽しみだ。」

「勘違いするな冬月。チルドレンは“信管”だ、扱いを誤り世界を拒絶し子宮回帰願望を抱く存在になれば世界は再び同じ事を繰り返す。ネブカトネザルの鍵を持たせる為にも失敗は出来ない。」

「神への道…古代バビロニアの遺物に頼る現代人か、何とも情け無い話だ。」

「今だからこそ造れぬ物もある。それに例え廃墟と化した遺物でも使える物は使う、我々に選択肢は無い。」

「これ以上“赤きニガヨモギに穢されし世界”を拡げぬ為に…か。それはそうと碇、例のジオフロント省人化計画だが…」

話題は変わり私とネルフ副司令官は再び無味乾燥な実利的会話を交わし出した。


―――


夜の太平洋洋上に漂う一本の流木
その下に集う無数の魚。

不意に魚群が流木下から沸き立つ様に散り跳ねる。まるで逃げ出すかの様に…

その流木の下、繭の如く着いた物体が蒼く輝きながら泡立ち始め…


―――


静止衛星軌道上、無数の人工衛星の中の一つにそれは存在する。
八重の特殊硝子越しに液体窒素に浸されたその凍る瞳は太平洋洋上を何時もの様に観察していた。

何も無い筈の洋上、決して反応する筈の無いセンシングにその反応を捉え、内蔵された機器は設計通りの機能を発揮し、予めセットされたプログラムを電子回路上に走らせる。
アポジモーターが一瞬輝き、その本体を低軌道へ…重量の井戸へとゆっくりと落として行く。
そして内蔵された様々なセンサーがまるで生物の様に現れ眼下の惑星表面の一点を指し、その能力を解放しだす…

再びアポジモーターを輝かせ静止衛星軌道へ復帰しようとするその物体から一本のレーザー発振器が首を振り、地上へとその能力を解放したのはそれから105分後の事だった。


―――


○月○日2318、ネルフ本部は使徒出現の報を太平洋哨戒監視衛星β-05より受信、当直者は直ちに第二種警戒体制発令を政府に通達・S,A,B級職員に対し緊急招集を掛けた。




第三新東京市が戦場になるまで後11時間。




YouTube 動画ポップアップ再生




『‘……’』「‘…了…’」

「…っぱ…………って?」

「あ………じゃ…いかと…」

「……した?見付けたか?」

「ああ。海上にドローン発見…目標地点到達。予定高度まで300」

「了解。探索準備完了、いつでも良いぜ」

「予定高度到着、ソノブイ投射する。カウント、5・4・3・2・1、投射」

「投射確認…ソノブイ着水、推定境界層下まで70…50…30…予定深度到達、探査開始。」

「…しかしこんなガラクタ見つけるのに本部は随分手間取ったみたいじゃないか。」

「再建したBIGEYEは鯨の寝言だって聞けた筈なんだがな、こいつは無口なんだよビリー…」

「…」

「…」

「…」「…」

「「………」」

「…聴こえたか?」

「いや、未だだ…おかしい、静か過ぎる…まさか消えちまったのか?」

「あの図体がか?まさか」「静かに…」

「………」「………」

「「………」」

「…どうだ?」

「…静かだ…駄目か、パッシブには反応無し…仕方無い、アクティブを使うぞ、ピンを打つ。」

「了解……どうだ?」

「一寸待て……爆心近辺にエコー無し…」

「何?」

「間違い無い…反応無し。あの野郎N2直撃しても生きてやがったか!モビーディックめ何処に行きやがった!」

「‘マザーグースよりターキー、エネミーロスト、繰り返す、エネミーロスト、該当探索区域に反応無し、調査範囲を拡げ捜索を続行する、オーバー。’…捜索開始する、手負いなら未だ其処らにいるだろう。奴の目標は第三新東京だ、そこまでの予想ルートを辿るぞ」

「了解」



【−疑惑(中編ー1ー)−】



『‘ターキーより各機、状況知らせ。’』

「‘マザーグース、第2エリア哨戒終了、第5エリアへシフト’」
「‘グース1、第3エリア哨戒終了、第7エリアへシフト’」
「‘グース2、第4エリア哨戒終了、第6エリアへシフト’」

『‘了解’』

「…グース1、グース2共に未発見か…どうした?」

「見付けた…」

「ふぅ、ソノブイ7本目でビンゴか。割と早く発見出来たな、それにしても…」

「ああ、冗談キツいぜ。N2直撃でもピンピンしてやがる、現在8kntで移動中。」

「やれやれ…あれから未だ2時間だぜ?とんだ化け物だ。」

「全くだなチャック。回線を廻すぞ、覗き屋とアタッカーに通信だ、鴨共に餌の時間を教えてやれ。」

「ヤー、‘マザーグースよりターキー、グース1,グース2、エネミーのエコーキャッチ、方位6-3-5,深度300、速度8…気付かれたか!?エネミー増速!すげぇダッシュだ…方位変わらず速度12…いや18…24…30…40!’」

「40!?タイフーン級並だなこりゃ。」

『‘ターキー了解’』

「‘グース1了解、ASROCにデータ転送、120sec後投射’」
「‘グース2了解、同じく120sec後に投射’」

「こいつのサイズはタイフーンの倍だがな…F*#k!40出して無きゃ又見失うとこだぜ、全くアクティブ使っても捉え切れないなんて糞野郎が!」

「おいおいタイフーンの倍なんて図体でエコーはイルカ?何の冗談…?どうしたチャック?」

「シット!又増速しやがった!50で浮上中…‘グース1グース2攻撃中止!エネミー増速、ASROC振り切る勢いだ…こいつは又飛ぶぞ…’」

『‘コーション!コーション!ターキーよりアタッカー全機へ!緊急離脱!’』

「‘マザーグース了解’」「‘グース1了解’」「‘グース2了解’」

『‘本機も離脱する!高度2万まで上がる、以降は各機フリーハンド!’』

「‘了解’チャック、タンカーで給油中の騎兵隊を呼び出せ!」

「ヤー!‘マザーグースよりハンマー、ロングボウ届かず、そっちの仔牛共で一発喰らわせてやってくれ!’」

「‘ハンマー了解、第一群のSU隊8機と第二群のVTOL隊8機は腹一杯だ、直ちに向かわせる。到着予定は10分後だ、第三群は2機が未だタンカーにへばり付いてるんで後20分予定’」

「‘了解’後10分で騎兵隊前衛が到着だ、回線を返すぞ。しかしこりゃ…」

「ああ、手持ちの通常兵器じゃ歯が立たない。噂だがこいつの同類は前回の戦闘でSクラスのバンカーバスター直撃しても無傷だったらしい。ハープーンなぞ戦車に拳銃弾撃ち込むようなものだな。」

「Sクラス!?専用キャリヤー使うICBM転用のあれだろ?俺に言わせりゃハープーンなぞ拳銃弾と言うより投石だな。…エネミー浮上、現在50で移動中…」

「‘マザーグースよりハンマー、エネミー浮上、速度50進路変わらず’…全くだ、あれじゃ並の戦術N2では足止めにしかならねぇな。戦略級でもなきゃマトモにダメージ与えられねぇぞ。」

「戦略級!?そもそもUNF日本駐留軍にも戦略自衛隊にも地雷以外戦略級のN2は無いぞ。」

「ああ、ましてや戦略級航空爆弾なんて骨董品はキャリャー自体殆どモスボールか退役してるしな…今から機体再生して呼び出すって訳にもいかんし。」

「シベリヤの穴蔵か北京の博物館に行けば現役が寝てるんじゃなかったか?」

「ギガトン級熱核爆弾と一緒に借りろってか?」

「N2以上の威力っていえば水爆しか無いだろ?それともグアムの戦略空軍呼び出して倉庫の底漁らせてみるか?あそこのヤードならハワイに置けないヤバい代物がゴロゴロしてるぜ?」

「時間があればな。」

「時間か…グース1も2もハープーンは使い終わってるし…」

「こっちも腹の荷物が重過ぎて他は積んで無いしな。」

「やれやれ、打つ手無しか。もううちらには飛んでる相手にやる事無いしな、後はケツ捲って逃げるか。」

「…逃げるにしろ、腹の荷物は邪魔だな…」

「…だな…」

「…感状出るかな…」

「…始末書なら出るかもな。」

「だな…フリーハンド…か…」

「ああ…フリーハンド…だ…」

「「…」」

「…どうする?」

「…仕方無い、騎兵隊到着前に腹の荷物を放り出すぞ、空中目標相手じゃ駄目元だが足止めになれば御の字だ。」

「やれやれ、俺はいつからヘルダイバー乗りになったのやら…よし、起爆深度を40に設定した。」

「オーライ、超低空からスキップボミングで奴の鼻面に直撃させる、退避時間を稼ぐのにはそれしか無い。降下開始」

「了解」



《サイバーサンダーサイダー》
http://www.youtube.com/watch?v=9KZ09q3LPzw&sns=em

―――



(二級秘匿資料指定・機密保持期間一般公開不可、職員はA級職以上又は情報管理有資格者以外の閲覧禁止)

−第二次使徒迎撃戦戦闘報告書−

序章・経過報告

−今回の使徒迎撃戦における経緯概略を時間軸に沿い記述する−

○月○日2318、ネルフ本部において使徒反応発生の報を太平洋哨戒監視衛星β-05より受信、直ちに第二種警戒体制発令を政府に通達しS,A級職員緊急招集開始
翌○月×日0005までにS及びA級職員召集完了、0012緊急対策本部設置、作戦会議開始。

同0028、目標反応パターン青を確認、使徒と認定し目標呼称を第四使徒と命名(以下使徒と略称)

0031、使徒の進行予測出る、進行目標は第三新東京市・到達予定時刻0430〜0530と判明、政府へ防衛出動要請

0056、前回の戦闘報告及び現時点での戦力から推測した戦術シミュレーションの結果、ネルフは海上及び水際での迎撃による使徒撃破を不可能と判断。
検討の結果予想される使徒上陸に際し作戦方針を黎明時戦闘を避け一般兵力及びN2機雷による遅延戦闘の後、第三新東京市内でのエヴァンゲリオンによる昼間直上迎撃と決定。

0110、使徒防衛識別圏侵入・警戒体制を第一種に変更、国連軍及び自衛隊・戦略自衛隊へ作戦内容通達
0118、硫黄島より国連軍早期警戒機発進

0200、国連軍第三艦隊那覇より緊急出港
0210、洋上を低空進行中の使徒を早期警戒機レーダーが感知

0217、大型対潜哨戒機3機(内一機はN2爆雷2発装備)・給油機2機発進

0225、戦略自衛隊2個師団、自衛隊空挺第一旅団に政府より防衛出動命令、同時に戦時協定に基づき指揮権がネルフへ移行される。

0227、早期警戒機光学センサーにて極低高度飛行中の使徒を発見、偵察ドローン3機射出

0224、進行速度から推測される第三新東京沖使徒到達予想時刻を0508と確定

0244、第一波攻撃隊三個小隊発進
0319、第一波攻撃隊公海上にて使徒へ攻撃開始
0322、使徒海中へ離脱を謀る。大型対潜哨戒機隊攻撃開始
0324、大型対潜哨戒機、潜没し離脱を図る海中の使徒に対しN2爆雷1発を投下、同時に偵察ドローンを除く攻撃隊全機待避
0327、N2爆雷起爆を確認(偵察ドローン1機爆発衝撃波直撃により喪失)・第一波攻撃隊に帰還命令

0347、欧州宇宙開発機構海洋資源探査衛星が海中にて行動停止中の使徒を確認
0350、第二波のN2爆雷装備大型攻撃機、機器故障により発進中止
0355、予備機の準備整うも爆雷自体に故障発生。修理所要時間3時間と判明
国内に航空機投射型N2爆雷在庫無し・爆雷の修理と並行しUN軍サイパン基地より即応弾の緊急輸送を開始
0357、第二波攻撃隊発進


0408、自衛隊空挺旅団第三新東京到着・協定通り住民避難誘導計画に沿い使徒到着1時間前に全住民をシェルターへ待避させるべく市内所定位置へ配備開始
0421、第一波攻撃隊帰投

0435、自衛隊空挺旅団配備完了
0450、使徒予想進路上へ戦略自衛隊配備完了・N2地雷設置開始

0503、第二波攻撃隊及び大型攻撃機に空中給油開始
0522、大型対潜哨戒機使徒の活動再開を探知・第三波攻撃隊発進
0620、大型対潜哨戒機のDPSが海中移動中の使徒を探知・第二波攻撃命令発令
0630、使徒海面に浮上、大型対潜哨戒機使徒に対し攻撃を敢行、N2爆雷を投下するも使徒に爆雷を空中で迎撃破壊され攻撃失敗。第二波攻撃隊攻撃開始

0657、使徒領海内に侵入・日本政府との条約により国連軍によるN2攻撃不可となる。国連軍同時刻以降の防衛行動指揮をネルフに移管
0659、第2派攻撃隊攻撃終了・帰投開始

0748、第三波攻撃隊及び国連軍第三艦隊使徒と交戦開始
0808、第二派攻撃隊帰還
0835、戦闘終了・使徒の撃破は成らず第三艦隊八隻中六隻が被害を受ける(一隻轟沈三隻大破二隻小破・大破艦の内一隻は1004に沈没)

0840戦闘評価・使徒依然進行中なれども遅延戦闘の効果により第三新東京上陸予定時刻を1000まで引き延ばす事に成功、目的は達成され概ね作戦計画通り計画は進行と評価

0845、第三新東京市に警戒警報発令
0850、使徒進路変更・N2地雷設置地点を外れる、戦略自衛隊配置変更開始
0855、大型対潜哨戒機及び空中給油機帰還
0900、使徒の接近を受け第三新東京市全域に非常事態宣言発令・住民の避難壕への待避開始
0920、戦略自衛隊再配置完了・第三波攻撃隊帰還
0935、全一般住民の避難完了
0950、戦略自衛隊防衛艦隊及び航空部隊使徒へ攻撃開始
1008、使徒上陸、第三新東京防衛圏内侵入・UN軍及び戦略自衛隊陸上部隊迎撃開始
1021、エヴァンゲリオン初号機発進・1023戦闘に突入
1027、戦闘中の初号機、待避壕より出た民間人を発見・非常事態につき初号機内に回収、戦闘続行

1034、初号機使徒の撃破に成功

1057、初号機パイロット及び民間人2名を回収

1155、一般住民の避難指示解除・但し翌0900までの自宅外外出禁止令を公布

1514、初号機回収作業開始
翌0851、回収作業終了
同0930、自衛隊撤収開始
1000、非常事態宣言解除

(中略)

…尚、作戦行動中の初号機に一般人を収容した事については非常事態につきやむを得ない行動であり、パイロットの判断に全く問題は無いと断言出来ます。
その行動に対する全責務は救難行動を認可した責任者である作戦部長に有り…

(中略)

ー戦闘の子細に付いては別紙1、戦闘被害算定評価資料は別紙2を参照されたしー

起案報告者・ネルフ作戦部長葛城ミサト三佐



―――



「…まずい事になったな、碇…」

「ああ…」



―――



「…え?何故!?何でエヴァの反応が?」

「…どうしたのマヤ?」

「ち、一寸先輩、このデータ見て下さい!」

「え?どれ」

「ここです!この反応値…」

「…どう言う事?計測機器のチェックは?」

「発進前のチェックでは異常有りませんでした、現在C整備中ですが今の処異常の報告は…」

「…マヤ、この測定結果はB機密に指定、口外は禁止します。いいわね?」

「え?あ…はい、了解しました。B機密指定ですね、測定結果にマスキング掛けます。」

「お願い。私は今から司令部に行くわ、解析進めておいて。」

「は、はい!」

プシュン!コツコツコツコッコッ…


「…どう言う事?」


《GLIDE》 Lily
http://www.youtube.com/watch?v=oCA1Il_qUo0&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





「!?な、何で二人がここに」

『シンジ君!一体どうしたの!』



【−疑惑(中編-2-)−】



エアハンマーの怒号に溶接のビートと金属切断の悲鳴が混じる。

重機が吠える轟音
響く金属音
破砕音

辺りを圧倒し響き渡る騒音の直中に私は居た。


「…やっぱ速成教育は無理があったか…」


夜通し行われていた初号機の回収作業の最終工程を眺め遣りながら私はため息混じりに一人ごちた。

脳裏には気弱げな少年の姿が浮かぶ。
唯一度の実戦に参加し、勝ったとは言えなくとも生き延びた彼は極最近まで何の訓練も受けていなかった素人だ。
素人の作戦参加には正直不安だったが現状彼の他にパイロットの選択肢が無い以上止むを得ない。しかし…


「…途中まではほぼ予想通りの展開だったわねー。」


シミュレーター射撃訓練の時からそうだった。
事前説明をどこか上の空で聞いていた彼は私の危惧通り実戦でやらかしてくれた。
二度目の実戦ですっかり舞い上がり敵を視認した途端彼はトリガーハッピー状態になってしまい…弾を撃ち尽くすまで引き金を引き続けてしまったのだ。
ま、新兵には良く有る話ではある。あるのだが…


「やーっぱ人の話これーっぽーっちも聞いて無かったかぁ…はぁ。」


判ってはいたがと嘆息する。

1連射は基本3秒、5秒以上の連射は避ける、1連射後直ちにポジションを変更する、常に側面から射撃する、etcetc…

機体操作は兎も角、私が事前教育で教えた事は全く彼の身に付いてはいなかった。


「ま、時間無かったしねー、仕方ないっちゃ仕方ないけど。」


寧ろその成長を褒めるべきだろう。初戦では歩く事すら儘ならなかった少年がこの短期間でぎこちないながらもマトモに機体を操り戦闘をこなしたのだから。


「それよりあの射撃でジャムらなかったのは助かったー、本当良かったわ。実際ヒヤヒヤ物だったし…」


呟かずには居れない。

新兵器を使用する時はどんな場合でも不安が残る、例え設計上は何の問題が無くとも戦場では当たり前の様に−否、必ず想定外の事が起こるからだ。

使徒により破壊されはしたが、ろくに試射もしていない(主に予算と演習場の問題で)パレットガンがいきなり銃身加熱の限界まで使われながら、新兵器に有りがちな初期トラブルを一切起こさず設計値以上の耐久性を示した事はネルフ技術開発陣の実力とパイロットの幸運を示してくれた。

そう、全く幸運だったとしか言い様が無い。

新兵器が敵前で筒内自爆や給弾不良、不発弾発生を起こさなかった事もそうだが…それにしても危ない所だった。全てに於て。

射撃兵装を破壊され

戦場に紛れ込んだ民間人二名を緊急時とは言え戦闘兵器内に収容し

撤退命令を拒絶して戦闘を続行し

電源を切断され

内蔵電力が尽きる寸前に使徒の撃破に成功すると言う、正に瀬戸際の所で彼は勝利しだのだ。


「ま、結果オーライだけどさ…」


誰にともなく呟く。
薄氷を割る様な危うい行動の末彼がギリギリの所で掴んだ勝利は私達ネルフに膨大な成果をもたらした。

都市外縁部による戦闘のお陰で被害は最小限に止められた事もあるが、それ以上の価値有る成果だ。

膨大な戦闘記録
新兵器の信頼性の確認
民間人の保護による宣伝効果
何より貴重なパイロットの実戦経験

そして最も大きな戦果はパイロットが殆ど無傷の生還を遂げた事と


…ほぼ原型を保った使徒の死体…サンプルを得た事だ。


人類の敵と言う唯一点以外は未だ謎…正体不明な存在、使徒。
その使徒のサンプルが手に入ったのだ、今頃世界中の学者と言う学者が興奮し羨涎羨望している筈。
リツコなどさぞや嬉々としてサンプルに取り付く事だろう。


「うわぁ…想像しちゃった…」


身震いをして脳裏に浮かんだリツコの姿…眼鏡を輝かせ妖しい笑みを浮かべ高笑いしながら鬼気迫る勢いで使徒を解体する白衣の女…を振り払う。


「洒落にならないわよ全く…」


ぶつくさ呟き、ふと振り返ると、そこには朝日に照らされた第三新東京のビル群…その手前側には一棟の斜めに断ち斬られた様に特徴的な外観を示すビルが見える。

この遠景からだとまるで始めからそう建てられた様に見えるあのビルは、以前は普通の四角いビルだった。


―使徒に文字通り断ち斬られたのだ―


周りに誰も聞く者が居ないのを幸いに、私は一人ブツブツと独り言を呟き続けた。


「…気が重くなるわね…」


使徒…我々人類の 敵 

前回もそうだったが、その戦闘力には呆れるばかりだ。
今回の戦闘でもそうだ、もしエヴァの発進地点がもう少し使徒の近くだったらと考えるとゾッとする。
下手をすれば起動前に射出台ごとエヴァが両断されていたかも知れない。

来るべき次回の戦闘に思いを馳せ、私の心は更に重くなった。

接近戦メインの機体をわざわざ遠距離に配置しなければいけないなんて不合理極まり無いが、戦闘前に破壊されるよりはマシか。
次の戦闘では大事を取って使徒の直接視野から隠匿された地点にエヴァを射出するしか無いわね。少なくとも装甲ビル一棟分の遮蔽は必要かも…
支援攻撃も効率考えないとね…肝心な時に援護出来なきゃ意味無いし…ATフィールド中和時点で有効打叩き込むには…

私の思考は既に次の戦闘に向いている。
実戦で判明した新たな問題点は山の様に存在しているのだから対策を纏めるだけでも一仕事だ。

まぁ、パレットガンの信頼性は問題無いとして、後は威力と視認性の問題よね…
威力か…携行弾数から言えばパレットガンは理想なんだけど…代換武装も考えなきゃね、次期兵装開発も進めないと…
現有射撃兵装の中で単純な一撃の威力なら衛星軌道狙撃用ポジトロンキャノンかしら…でもあれ固定式よね…
爆煙対策は…改修中の弐号機なら複合センサーだから赤外線モードにすれば良いだけなんだけど…

エヴァ本体へのセンサー増設は無理にしても補助視界の情報をエヴァに送れれば問題は解決出来るかも…
市内の複合センサー設置箇所を現状の50%増しにして、マギで画像加工してエヴァと直接リンク出来る様にすれば…確か現在の予備予算でなら…
待てよ、複合センサー自体をグレードアップすれば50%も増設要らないかしら、加賀さんと話し合いしなくちゃ…
画像データもフレーム画像なら機器増設や予備回線使わなくともエヴァとマギの直通回線の余裕内に十分納まるわよね、そこらへんマヤちゃんと明石君に相談して…


「又リツコから文句が出るか…とほほ。にしても…」


背後の音に再び振り向けば、丁度初号機が使徒から離されて移動し始めている所だった。

足場とクレーンでバランスを保った状態の使徒の亡骸からゆっくりと初号機が引き離され、クロウラーへと移動していく。
すると緩慢にずれていく初号機の影から使徒の姿が徐々に現れ、その全容が明らかになってくる。


これが…使徒…


息を呑みその異相と偉容に圧倒される。
既に画像越しに何度も見てはいても肉眼で、しかも間近で見る使徒。
既に息絶えたと知ってもその存在感の前に人は畏怖の念を抱かざるを得ない。

だが、その使徒の姿には一つの…唯一つの瑕疵があった。
瑕疵…使徒の死を表す人工物が私達人類に希望を表すかの様に陽光を浴びて輝き、その存在を誇示している。

すっかり全容を現した使徒の胸部にあたる部位、そこに存在する球体にはプログレッシブナイフが突き立ったままだった。


その全景を改めて眺め、私は一言だけ呟く。


「…強運…よね、彼…」


改めて少年の強運を思う。
射撃武装を失った上に、民間人を2人も抱え込み、更に電源喪失などと言う事態に陥りながらも彼はプログレッシブナイフ一本で稼働時間内に見事使徒を葬り去ったのだ…

言い換えれば、才能はあるがまともな訓練すらろくにしていない素人が大金星を…それも二連続で…取ったのだ。


「いけるかもしれない…けど…頃合いよね…」


正直、彼に私達の希望…エヴァを託したい気持ち半分・解放してあげたい気持ち半分だ。
そうそう強運は続きはしない。これでもし次も勝てば…


「…本物として扱わなくちゃいけなくなる…」


そうなれば…否応なしに彼はエヴァンゲリオンパイロットとして戦わされる。
平穏な日常から切り離され、唯の少年から戦士への道を強要されるのだ。
兵士とは呼びたく無い。
何故なら兵士とは…


「…替えの利く存在…彼は違う。」


オーナインシステムに適合した、生まれながらのエヴァンゲリオンパイロットとも言うべき存在…それが彼だ。
予め消耗…負傷や死を見込んで大量育成される兵士達との最大の違い。

逆に言えば、正式にエヴァンゲリオンパイロットとなれば彼にはもう選択の余地はおろか拒否権すら無い。
否応無く彼にはエヴァンゲリオンに乗り、闘い、勝ち、生き延びる事を前提にした道を歩んで貰う。


「…まるで古代ローマの奴隷戦士ね。生き延びる為には第三新東京ってコロシアムで使徒って敵と闘い、勝つしか無いなんて…或いは…」


唾を飲み込み、己の発想に嫌悪を感じながら呟きは止まらなかった。


「…生贄の黒羊って所か…」


唯独り来る日も来る日も生き延びる為見世物として目の前に現れた存在と闘い続けなければならぬ古代の戦士と

不条理にも否応無く選ばれた時点で命運尽きる存在と

少年の姿が

重なり




嘆息し、私は仕事へ逃避すべく現場事務所へ足を向ける。
日差しは既に朝の優しさを脱ぎ捨て刺すように世界を照らし出し始めていた。



《GLIDE》 Lily
http://www.youtube.com/watch?v=rb9AJNwNm4Q&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





シンジが、使徒を倒した。

それは良い、だが、同時にシンジは稼働中の初号機に救難の為とは言え一般人を…それもよりにもよってシンジと同学年の少年を…乗せてしまった。

…まずい事になった…



【−疑惑(中編-3-)−】



執務室には私と冬月の2人だけ、私達は机を挟み向かい合っている。


「碇…どうする?」


執務机の前に立った冬月が眉間に皺を寄せて問い掛けて来た。


「委員会にはそのまま報告する、救難の為やむを得ないパイロットの判断だったとな。」

「だが碇、機密兵器に一般人を乗せた事だけでも老人達は煩かろう、ここぞとばかりに大騒ぎするぞ?それに…」


冬月の台詞を遮り、椅子に座り直しながら話を継いで語る。


「ああ、だがそちらは大丈夫だ。幸いシンクロ率の記録情報はシンジの物だけ、提出記録の内2人を載せた時点からのエントリープラグ内情報は戦闘被害による機器故障で未記録とする。」

「…うむ、それしかあるまい。レコーダーもアンビリカルケーブル切断衝撃による機器故障として処理しよう。後は…」


再び冬月の台詞を継いで私は答える


「赤木君には私から命令する。彼女の事だ、恐らくもう気付いて対処している筈、併せて彼女のIDをAA級に格上げする。」

「うむ、頃合いだな。何時までも隠す訳にはいかん、では技術陣への箝口令は通常の対処で行おう。未だ我々の計画は…」

「そうだ、例え老人達が気付いているにせよ未だ秘匿しなければならない。」


私の台詞に頷く冬月


「碇、では老人達への説明は頼んだぞ。儂は保安警備陣とセキュリティ強化の打ち合わせをしてくる。」

「頼む。」


踵を返し出口に向かう冬月が、ふと足を止め何かを思い出したかのように背を向けたまま問い掛けてきた。


「処で碇、例の…」

「ああ、奴は恐らくインフィニティだ。」


冬月の背中に答える。
足を止め背を向けたまま再び冬月が問う。


「やはり…しかし碇、取り込まれてインフィニティ化したした存在は…」

「ああ、南極でアダム化して死んだ調査隊員と旧東京のリリスに同化された犠牲者以外には居ない事になっている…公式には。」

「南極調査隊か…その娘が対使徒戦の第一線で奮闘中とは因果な物だ。」

「真のインパクト発生を阻止したあの献身、葛城教授には感謝せねば。」

「全くだな。しかし碇…」


冬月の台詞を遮り端的に答える。


「南極の犠牲者達は全員死亡、記録上旧東京の犠牲者達はサンプルを除き全員が処理されている。それは間違い無い筈だ。」

「では…」

「恐らく老人達の火遊びの結果だろう。最悪の場合裏死海文書の記述に無い使徒の出現も考えられる。」

「とすれば碇…」

「記述は守らねばならん。もし記述より外れた存在が現れれば使者が動くだろう。」

「まずいな…」

「ああ。それが使者に隠匿できるならそれに越した事は無い。だがその前にある程度の目処はつけておきたい。一段階計画を進める。」


私の答えは冬月の予想通りだったのだろう。背を向けたまま頷きながら冬月は確かめる様に一つだけ問い掛けてきた。


「良いんだな?」

「今更だ。これから新たにエヴァンゲリオンを建造しようにも人造人間の素体は既に使い果たしている、遺産やサンプルを使う訳にもいかない。」

「うむ。レイかセカンドを使うにも今からでは時間が足りん。量産型とて果たして間に合うかどうか判らんとなれば…」

「必要となれば仮設機体も駆り出す。マルドゥクに登録された中から適当な者を拾う必要も有るかもしれない。」

「そうだな…となれば一刻も早くダミープラグを完成させねばならん。レイの覚醒もそうだが…」

「ああ。アダムと共にセカンドもこの際ここに呼ぶ。」

「…儂等は地獄行きだな。」


自嘲する冬月


「構わん。判っている筈だ冬月、人類存続の為には手段を選ぶ事は出来ない。それに寧ろ私達だけで片が付くなら稀幸だ。」

「うむ、儂等だけなら構わんな。使徒の母体と化した犠牲者達の為にも…」

プシュン

「…子供達に罪業を課すごとき事態は避けねばな…」

プシュン


冬月が一歩踏み出し、自動ドアの向こうへ消える寸前に呟いた台詞は私以外誰も居ない執務室にいつまでも残った。


―――


無闇に広い部屋の中心、一卓の執務机に座る男と、向かいに立つ女


「…では君の方で既に処置したのだな?」

「は、データは既にマスキングし、B級機密指定を掛けました。」

「的確な判断だ。」

「それと同時に戦闘記録内の該当箇所は戦闘行動に伴う通信不良で幾つかデータの欠損が見られ全体にかなりノイズが入り、部分的に裁ち切れがありました。ですが敢えて修復は行わずそのままにしてあります。」

「ご苦労。」

「それと司令、一つ質問が在ります。」

「…あの少年達の事だな?」

「はい。確率的に有り得ません、まさかあのふ…」「少し待て」「…?」


男の微かな動きに反応したのだろう、装甲シャッターが重々しい音を発てながら執務室の外周を覆い出す。


「こ、これは一体…」

「…」


珍しく慌てた様子の女に男は何時もの姿勢のまま沈黙で答える。
全てのシャッターが落ち辺りを暗闇が満たすと同時に床に描かれた生命の樹の図柄が発光する。


「S級機密指定特別会議場…委員会との中継会議は此所で行われている。」

「こ…ここが…」

「これから君に話す事は第一級の特秘事項だ。大袈裟に見えるだろうが万が一の場合も有る、気を遣うのに越した事は無い。」

「!?」

「これはAA級情報開示ID証、私の権限で委員会の承認無しに発行出来る最上級のID証。」


男が懐から取り出した一枚の樹脂片を示す。
女の表情に衝撃が走る


「それは…」

「ああ、君の質問に対する答えの鍵だ。」

「…」


手の樹脂片を卓上に置き、男は語り続ける。


「…質問に答える前に君には機密保持の為宣誓と確約書への記名をして貰う。」
「そ…それ程の…」


女の顔に再び緊張が走る


「今なら一切を忘れる条件で君を解放出来る。だがもし君があくまで疑問の解を求めるのなら…相応の責務を背負って貰う事になる。どちらかを選べ。」

「………」

「………」


暫しの沈黙、と、女の手が卓上の樹脂片へと伸びる。


「…ネルフ科学技術局局長兼技術開発部総括首席研究員赤木リツコ、機密保持宣誓を行います。」

「…判った。では書類に記名する前にこれを見て貰おう。」


男の台詞と共に装甲シャッターの一面がモニターと化し、画像を投影し始める…



http://www.youtube.com/watch?v=rPTFEo_b_Gk&sns=em


―――


「…お帰りなさい。」

「…ただいま…」


ミーンミーンミーンミー――ンミー―ー・・・・・・…

YouTube 動画ポップアップ再生




【−疑惑(後編)−】
《GLIDE》http://www.youtube.com/watch?v=3EK9Sboe8hg&sns=em


「ええっとお、確かここに…有った有ったっとぉ。次は…」


どうやら徹夜明けらしい青い顔色の女が赤い目を瞬かせブツブツ呟きながら私の研究室で資料を漁っている。
その観素暮等しい姿に思わず嘆息し、私はミサトに声を掛けた。


「しかし酷い有り様ね、髪クシャクシャよ?シャワー位浴びてきたら?」

「ん〜?…いちおー浴びて来たぁ…無いわー…やっぱこれか…でも計算式が〜…あれ?やっぱ違う…かな?試すか…あれ〜?」


…この状態のミサトには最早何を言っても無駄だ。学生の頃からの長い付き合い、骨身に染みる程知っている。
だが同じ女として身嗜みに一言有るのは構わないだろうと愚痴めいた忠告を溢す。


「せめてブローぐらいしなさいよ全く…珈琲飲む?」

「のむーさんくー。」

「じゃあ…あら?終わっちゃった。少し待ってて今から淹れるわ」

「りょーかいー。」


買い置きの缶から挽いた豆を掬い、ペーパーネルを敷いたドリッパーに載せて安物のコーヒーメーカーにセット
室内を満たす湯の沸く音と珈琲の香り、ミサトの資料を漁る音…
大学時代一緒にレポートを書くミサトと完徹の朝飲んだ自販機製の真っ黒い液体が注がれた紙コップが手中のマグカップと重なる…ふと蘇る懐かしい記憶。

思えば長い付き合いだ。
誰とでも仲良くなれる彼女は直ぐに大学の人気者となり、人見知り気味の私には眩しく見えて。
そんな彼女が何故私と蔓む様になったのか未だ良く判らない…良く説明出来ないが敢えて言うなら‘午が合った’と言う事なのだろう。
葛城博士の娘とは知らなかったが確かにその才知は際立っていた。


…男作った時は流石に驚いたが…

ま、二人が別れて私は貴重な才能が潰れずに済んだと内心安堵していた…あの男には悪いが。
だから大学卒業後彼女が外人部隊の軍人になったと風の噂に聞いた時は驚き悲しんだものだ。

…それがまさかヘッドハンティングされてネルフの作戦部長とは…

そんな事を思い出しながらふと見れば既に珈琲が出来上がっていた。
マグカップに注ぎ、振り向いて四歩、書籍やレポートの山の間に挟まって何やら調べ物をしている彼女の手元にマグカップを置いた。


「あー、良い香り…」


しみじみと呟き、ミサトは書類から目を離さず片手で持ったマグカップに口を付ける。


「溢さないでよね。で、何調べてるの?」

「う〜ん…こないだの第三使徒戦でN2使ったでしょ?あのデータから励起した次元多層湾曲空間を物理突破するのに必要なエネルギー係数を」

「ATフィールドを物理突破?貴女そんな低能だったの?」

「言うわねリツコ…ま、戦車砲弾が効果無かった時点で諦めなさいって事よねー。」

「当たり前でしょ?そもそも励起して無い状態で3MJ相当の威力で1000mmの均質鋼板軽く抜ける代物を弾くのよ?それよりエヴァのATフィールド中和時点で有効打与える算段した方が良くない?」

「な事わーってるわよ、立場上そうもいかないのが作戦部長の…っと有った有った。」

「でもおかしいわね…マギにデータ無かった?」

「今や第4使徒の解析で端末が満杯なの知ってるでしょ?」


…そうだった。


「マギへの作戦部直通回線も手一杯、戦術課専用回線だってエヴァの修復関連で当分無理、空き回線に優先権限で予約入れても1週間待ち…にしても意外ねー。」


マグカップ片手にレポートの山から拾い上げたデータを端末に打ち込みながらミサトが言った台詞に私は眉を潜めて聞き返した。


「意外?何がかしら?」

「私てっきりリツコが喜び勇み端末嚼りついてるかと…」


内心の動揺を押し隠し、私は弁解がましい台詞を尤もらしく語る。


「そもそも私は脳機能生態物理学と電子工学が専門よ、餅は餅屋…折角専門家が居るのだから彼等に給料分働いて貰うわ。」

「…それ、本当〜?」


疑わしい声を上げるミサトが頭を上げないのを幸いに、固い表情のまま意識して柔らかい口調をゆっくり絞り出す。


「と、建前ではね…まぁ、立場上仕方無いけど。正直もし私が只の研究者だったならこんな宝物を前にして落ち着いてなんていられないわ。」

「やっぱね〜。」

「当然でしょ?未知の存在が目の前に有るのよ、それこそ全て放り投げてでも研究に一枚噛もうとしていたわ。ま、一枚噛もうものならミサトの言う様に間違い無く端末に張り付いて離れなかったでしょうけどね…今端末使用してる彼等みたいに。」

「ふーん…でもやっぱ意外だわ、あんたはもっとこーゆーのに食い付くかと…」

「管理職の憂鬱よ。科学技術部門統括首席研究員としては自分の研究だけ専念する訳にはいかないの…貴女と一緒よ、目の前の仕事の進行、人事管理と人材育成、仕事は山となり誰かに投げたくとも専任者選任だけで一悶着。もう頭痛いわ…」

「はぁ、仕事は何処も一緒か。任せる仕事は任せないと育たないし任せっぱなしにはいかないし身体は一つだし…やってられないわよ全く!」


不意の怒号に目を向ければ私の目の前には長髪の草臥れ果てた女が1人で吠えている。


「あ、切れた。」


不意にノートパソコンから両手を離し天を仰ぎ全身をを戦慄かせながら怨嗟の声を上げるミサト


「仕事は溜まる目処は付かないあーもーあーもー!
何で作戦部の回線まで占拠されんのよ!何で兵器開発の進行状況であたしが搾られるのよ!大体予算予算言って今まで開発申請却下してたの誰よ!
そもそも部外者で初心者の子供にパイロットやらせてんのにあたしの教育に問題有るとかパイロットの義務だ責任感だの今更何ほざいてんのよ今正に素人へ端から教えてる最中なのに急にプロになれる訳無いじゃない馬っ鹿じゃないのならあんたがシンちゃんの代わりに乗りなさいよ!
大体このご時世に手書きで報告書寄越せとかあたしゃいつの時代に生きてんのよ!馬鹿なの?本気で馬鹿なの?それともパワハラ?パワハラね!?機密保持に名を借りた新たな嫌がらせなのね!!死ぬの?てかあたし死ぬの?あたしに死ねって言うのね!?死ねって言うのねー――っっ!!…ゼハーゼハー…」


一頻り吠えて息を切らした女に内心同調し同情しながら私は彼女に声を掛ける。


「…落ち着いた?珈琲溢さなかった事は誉めてあげる。」

「…ありがと、少し落ち着いたかも。でもさー、も・本っっ当どうにかして欲しいわよー。いっそ難しい事考えないで全部N2の10連コンボで一気にケリ付けたい位だわーマジ!」

「…気持ちは判るけどね。」


…釣られて私もつい本音が零れた。


「ゔ〜…リツコマジで戦略級N2爆弾ここで量産しない〜?」

「また無茶な事を…N2は云わば閉じた空間内でSSを対消滅反応させる代物、確かに対消滅反応自体で放射能汚染は発生しないけど、プラズマ化した外郭構成素材や大気は輻射熱と共に各種放射線や中性子を周辺に撒き散らすし放射化した物質による残留放射線は僅かながらも確実に発生するわ。つまり無制限に使用出来ない以上量産してもどうかしらね?」

「…そもそも第3使徒だって中性子とプラズマの輻射熱線で表層溶融しただけでN2の爆発衝撃波は殆ど無効化してたしねー、有効被害範囲内が約350万hPa/m2だから…」

「瞬間圧力m2辺り約35t。その圧力と熱量をして存在を維持する脅威の存在、それが使徒よ。」

「使徒を周辺空間ごと巨大圧力鍋型電子レンジに放り込んでみましたー、でも未だ生きてましたー、ははっ、どうしろってのよ一体…」

「そうね、まさか視認出来る程のATフィールド励起するとは誰も想定して無かったわ…逆説的に言えばそれでもダメージは与えられた訳ね。やっぱりミサトの言う通りN2連打が一番効果的かしら。」

「まー最後の手段はそれねー。一応人の作った兵器でダメージが与えられたんだから全く手が無いって訳じゃ無い筈…と思わなきゃやってられないわよ。っと演算終了…うげ」


話しながら傍らのノートパソコンに何やら入力していたミサトが急に変な声で呻いた。


「?何」

「ん〜…見たく無い現実を再確認中…」

「具体的には?」

「要約すると、視認出来る状態に励起し物質化したATフィールドの突破には物理換算でmm2当たり5t以上の瞬間圧力を…」「待ってミサト」

「…単位間違って無いわよ。平均的装甲鋼鈑がmm2辺り120から130kgで抜けるから単純に言えば強度は戦車正面装甲の40倍以上…通常型バンカーバスターが約10MJ、APSFDF砲弾の約3倍の威力で、とすれば…」

「あのね、強化特殊セラミックでも精々2t弱が塑性流動値よ?mm2辺り5t?」

「そ。視認出来る程のATフィールド相手には現存する如何なる物理攻撃も無効って事ね…唯一つを除いて。」

「唯一つ…単分子刃か。」

「現状ATフィールドの物理突破はエヴァの質量を一点に集中出来るプログレッシブナイフ以外は無いわね。」

「それも刃の長さ分だけね。」

「は、これ無理だわ。やっぱエヴァによるATフィールド中和時点でしか物理打撃の効果は見込め無いわね」

「貫通質量弾の直撃跳ね返した時点で判ってたでしょ?並の攻撃で効果出せるなら苦労しないわ。大体何で物理突破なのよ。」

「うちらの現有兵装の中で最高出力を誇る64cmレーザー臼砲、未だに出番が無い理由は何?」

「無効だからよ。」

「そ。レーザーじゃ多重湾曲空間…位相をねじ曲げるATフィールド相手にはそもそも当たらないわ。周辺空間ごと焼き尽くすか空間位相諸共一挙に突き破るしか無いとなればN2か物理衝撃しか…待てよ、ポジトロンならいけるかしら?」

「連続極小対消滅反応による一点突破か。それなら確かに可能性は…無いわね。それだけの規模のポジトロン生成はここの全電力使っても無理、そもそもそれだけのキャパシティ持ったバケモノ加速器や超巨大粒子生成保持器なんて代物製作するのに一体何年かかると思ってるの?」

「はぁ…やっぱ無理か。しゃーない、現状最善策は爆圧で進行遅延と反撃防止を図るって方向で…低予算でかつ現有武装以上の高威力と量産性か、有る物組み合わせて造るとなれば…うわぁ、我ながら呆れた発想だわ。」

「?何思い付いたの?」

「…ジオフロント排水パイプ流用した直径2,5mの成型炸薬弾頭ロケット弾と無反動砲。」

「!?に…よ、良くそんな代物思い付くわね、感心するわ。」

「仕方無いでしょ?それに現状では間に合わないかも知れない新兵器より間に合わせる事が出来る旧式兵器の方が優先されるわ。」

「そう言えば量産型のパレットガン6門、今日納品されるわよ。」

「良かったー、こないだの戦闘で量産試験型壊されたから残数2門じゃ不安だったのよね。これでレイが復帰すれば2機体制で戦える。」

「レイの回復は順調よ…でもシンジ君、帰って来てくれて良かったわね…」

「…うん。」

「…素直には喜べないけどね…」

「…うん。」

「…いつまでも子供に頼ってちゃいけないわよね…」

「…うん。」

「…せめてお膳立ては完璧にしてあげないと…いつかは私達で倒さなきゃね…もう一杯飲む?」

「うん…悠長な事は出来ないけど…」

「…そうね…」



―――



「ありがと、助かったわ。」


プシュン

コツコツコツコツ…


「しっかし我ながら馬鹿馬鹿しい兵器ねこれ…ん?待てよ、確か衛星軌道からの質量兵器迎撃用の…あれなら…」

「あ、葛城さん、こないだのセンサー増設案通りましたよ。」

「え?日向君それマジ!?いやー持つべきは優秀な部下よねー有難う…ってそれ何?」

「え?ああ、赤木博士から頼まれたエヴァの戦闘記録のコピーですけど。」

「エヴァの戦闘記録?何でそんな物…」

「さぁ?昨日依頼されまして。てっきり俺使徒のサンプルに張り付いてるもんだと思ってたんですがそっちには居なくて…あ、研究室在室みたいですね。じゃこれ渡してきます。」

「え?あ、あぁご苦労様。(…どう言う事?)」



―お知らせ―
UPに併せ過去投稿中幾つかの箇所訂正しました。
※例−オーナインシステムの桁→10億から千億に修正(爆)
YouTube 動画ポップアップ再生





 第二試験場

正式名称では無いが、この巨大空間はこの地の住民にそう呼ばれている。


主照明の落ちた薄暗く人気の無いそこに足音が響く。


時計の秒針を思わせる正確かつ規則的なその足音の向こうには非常灯の仄かな明かりに浮かぶ巨大なシルエット…


ベークライトに固められたオブジェは無言で男を迎え入れた。



【−策謀−】
《HYBRID》
http://www.youtube.com/watch?v=0wrj73Hxk10&sns=em



「…」


振り返る男の見上げる視線の先、巨体な拳の打撃痕が残る監視展望室。


「…未だか…少し早かったようだ…」


呟く男の低い声は意外な程反響し実験場に響いた。


「いや、そうでも無いよ。」


不意に応える声を男は身動ぎ一つせず背中に受け止める。
誰何の必要も無いその声と聞き慣れた口調。


「相変わらず時間に正確だねー。窮屈ぢゃない?」


背後に響くからかう様な若い女の声に、振り向きもせぬ男が低音で応えた。


「時間前に貴様が来た事の方が驚きだ。」

「うわキツ。」

「で、どうだ?」


男の声は実務的な響きと底にある冷徹さを含んでいた。


「ゲンドー君の予想通りだったよ。やっぱ爺さん達はサードインパクトをお望みのようで。」

「ではネブカトネザルの鍵は…」

「やっぱ委員会で隠匿してたわ。お約束通り鎗に姿を替えてたけどね。」

「…やはりそうか…」


もしこの場面の目撃者がいれば、その空気の異様さに引いた事だろう。

一見父子にも見える男と女、お互いの声と口調だけならば年齢に相応しいかもしれない。
だがその雰囲気には情愛は無く、見た目に相応しく無い会話の中身はどこか殺伐さを帯びた単語に満ちている。


「最も爺さん達はアレをロンギヌスと呼んでたからどーもでかい勘違いしてるねありゃ。」

「ふ…やむを得まい、それはそうと…」


振り向く男の手には0,44口径の2インチ銃身、そのまま引き金に力を込め、撃鉄が真鍮の筒を叩く。

閃光と轟音


「ん?どったの?」


男の目の前には前触れ無く現出した赤い壁と、その一点に制止している指先程のメタルコーティングされた鉛の塊。そしてそれをを気にも留めぬ様子の少女が1人


「…下手な身分確認よりこの方が早い。」


男は紫煙を上げた侭のコルトを懐の牛革ケースに戻す。


「相変わらずせっかちだねー、ハゲるよ?てかセンサー切ってあるんだろーね?」

「ここはセンサーから遮蔽されている。お前も知っている筈だ。」

「いや、一応お約束だから。にしても随分物騒な職質ぢゃにゃいかい?」

「インフィニティが出た…未登録の。」

「あ、道理で。向こうでも爺さんが何やら火消ししてた訳だ。」


少女は赤い壁の鉛玉を服の埃の様に人差し指で軽く弾く

硬質な金属音

実験場の壁に穿たれたであろう弾痕を見ようともせず男は語り続ける。


「その様子なら未だ他の委員達には伝わってはいないようだな。」

「まーね。あー見えてキールの爺さん結構遣り手だし。で?見当は…って爺さん達かUN以外居る訳無いね。どーすんの?」

「議長の話によれば未だ覚醒はしていない、それはこちらで対処する。それより…」


一度言葉を切り、男は姿勢を正す。
目前の赤い壁は既に消失し、その視野に存在するのはは1人の少女だけ。


「予定を早める、撤収の準備をしろ。」

「へ?何で?」

「潜入して3年だ。そろそろお前の身分も怪しまれ始めているだろう。」

「えー?ペタニアベースぢゃ唯一のエヴァンゲリオン搭乗員の身分がー?」

「いくら東洋系が年齢不詳に見えるにしてもそろそろ違和感を持つ者が出て来るだろう。
新開発技術による簡易シンクロ実験用の仮設機体とは言え有人稼働に成功した唯一の人間、その身元が虚偽だらけとなれば怪しまれてもやむを得まい。
幾ら重要機密と言え本気で調査されれば粗は出る、その前に撤収だ。」

「おぉ、成る程。ゲンドー君頭良い〜…で、どうすんの?」

「シナリオでは第5使徒殲滅後に第6使徒が北極圏に現れる筈だ、その進路をそちらに誘導する。
仮設機体は使徒迎撃に出撃・戦闘の末ベースの一部を巻き込み自爆、搭乗員は脱出に失敗…」

「って筋書きね。あいよ、ついでにプラントもぶっ壊しておくわ。で、そこからの脱出経路はどーすんの?やっぱ実力行使?」

「後始末する身を考えろ。監査官を連絡員として寄越す、指示に従え。」

「て事は…うわマジであれ使う気?それにあそこのサンプルは胎児前の幼生だよ?」

「構わん、使うかどうかは兎も角不確定要素が増えた今保険は必要だ。
それにネブカトネザルの鍵が既に鎗となっている以上、我々には対抗する駒が必要だ。ならば寧ろその方が都合が良い。」

「はー、さいですか。んじゃ聖骸布の準備は任せた。早目に送って頂戴。」

「トランクに加工して連絡員が持ち込む手筈だ、引渡しは現地で行え…仮設機体の乗り心地はどうだ?」

「んー?ま〜あくまで‘仮設’だしー、例の新技術自体そもそも未完成だしねー、あんなもんじゃない?
それにさ〜、やっぱ自我が残ってる分けっこーキツいわ。話が違うって文句言ってやる。」

「…初号機は地下第2ゲージだ。」

「チッ、冗談通じないやつ。でもあそこの連中の低能っぷりはゲンドウ君も知ってるぢゃん?どーも全体的に造りが荒くってさー。」

「研究室レベルの代物を無理矢理実務に使えば支障が出て当然だろう。」

「んな事連中が考える訳無いぢゃん、連中が欲しいのは対使徒用決戦兵器じゃ無いんだから。」

「ほう?」

「連中にとっちゃエヴァンゲリオンって技術と知識と利権の宝船だしね〜、さもなきゃ兵器って名前の玩具かな?」

「肥大した組織には良く有る話だ…が、流石に問題だな。」

「だよね〜、なんたってあそこは官僚国会の成れの果てが意地で捩じ込んだベースだからさー、中身なんか利権と内紛と虚飾の宮殿だし。」

「昔委員長はUNに顔を立てる為の施設と言っていた。
言わば厄介払い的に設立した経緯があるからな、お陰で割を喰ったダバフベースは未だ未完成だ。」

「月の利権は未だ旨味薄いからねー。でも爺さんも厄介払いとは良く言ったわ、ま〜欲に駈られて集まった倫理無い研究馬鹿連中と非常識書類至上主義者共が強欲無能管理職達とスクラム組んで大義名分の元これでもかと好き勝手やってるからねー。」

「未だ仮設機体しか造れぬ程度でその様か…」

「その程度だからぢゃん。アチシの休暇知った時のあのテンパリっぷりからして、もしアチシが起動成功させてやらなけりゃ適当に見繕った選抜犠牲者で人体改造やら生体実験喜んでやらかしてたねありゃ。」

「散々やらかして後が無いだけだ。知っていると思っていたが。」

「ふー。ホ〜ントつまんねー男だなー、全く君のどこが良かったのやら…で、こっちの方は?」

「見ての通りだ…ロンギヌスの鎗の在処は確認出来回収も決定したが未だ零号機の起動に手間取っている。」

「むう…やっぱまだ覚醒してないか。ヒトの因子強すぎでないかい?」

「否、未だに使徒の力に目覚めぬのは寧ろヒトに遠いからだろう。ヒトとの違和感がシンクロ時に機体が起こす拒絶反応の原因と考えられる。お前がその良い例だ。」

「あちゃー、そこを突かれると痛いんよね〜。そういやさ、チミの息子チンはどう?」

「問題無い。」

「聞くまでも無かったか。ユーロの彼女もそーだけど、ま・2人共未だママが恋しい年代だもんにゃー、当然っちゃあ当然か。じゃあアチシはこれで。」

「やけに早いな。」

「流石にペタニアベースは遠いからねー、それに名目上日本には墓参りついでに寄っただけだしー。
ま、買い物ついでとは言え実際そうだけど。自分の墓参りってのもどうかとは思うけどねー…ってそれはお互い様か。そりでは…」


一度は立ち去ろうとした小柄な人物は振り向き、男に何かを投げ渡す。


「あ、そうそう忘れる所だったわ、ほいコレが例のSS機関利用の物体浮遊装置簡易概念レポートと試作品設計図。んじゃねゲンドー君。」


言うが早いか何処へともなく歩み去る姿を見送りもせず、男も背を向け歩き出す。
その薄く笑みを湛えた口元から低く呟きが漏れた。


「ああ…又…」



―――



握り締めている融けかけた眼鏡、半裸の少女は無機質な部屋に1人。

部屋を出て駆け出した少年の事は既に少女の脳裏に無い。
それより、少女は自分の心の動きに動揺している。


「……一体……」


独り呟く

その姿を電子の目は無機質な瞳に人とは異なる波長で映している。

少女は知らないがこの部屋は無数に設置されたセンサーにより24時間室内をモニタリングされている。少女の反応を全て拾い上げる為に。
今もそうだ。遥か地下深くに存在する自己進化型合議制自律式高密度演算装置群の電子回路へ向け電子信号に変換された情報が発信され続けている。
だが、その信号は毎日ほぼ変わり無く平坦な物だった

…今迄は。


反応値の変わったその電子信号を地下の迷宮深くで受信したMAGIと呼称されている3基の演算装置は、各々がそのプログラムに従い解析、各々の推論を三基の合議により纏め、一つの結論に達した。

曰く 

−怒り、そして戸惑いの感情発現を確認−計画の第1ステージにてステップを1ランク進行−




「…わからない…」




少女は独り呟き

少年は走る

2人を呑み込む戸惑いと言う感情


自分の衝動が、今の少女には理解出来ない。

少女の心に少年が落としたもの

その揺らめきは陽炎の如く儚くも微か

然しその動きは僅かな揺らぎを生み、揺らぎは波へ、波は何れ世界をも呑み込むだろう

宛ら雫一滴が湖に落ちた波紋の様に少女の心の中で静かに延び拡がり続け

斯くして世界は変わりだす。

然れども刻は変革を待つ事無く

時計の歯車は停まる事無く、針は盤面を周り続けている。

次の使徒出現迄、後僅か。


《HYBRID》
http://www.youtube.com/watch?v=gjm2daVepIM&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





【外伝−大人のお仕事(或いは通常営業)−その1−】

《ぼくらの16bit戦争》
http://www.youtube.com/watch?v=GvYf8qdr0s8&sns=em


平日の真っ昼間、シンジ君の現場教育と気分転換を兼ねてリツコと3人で第四使徒解析現場へ見学に行った。

彼に必要なのは自信、それと私達に必要とされている事実と向き合う勇気。
自分の成果をその目で確認させ、その身で実感して貰う。
…などと偉そうな御託並べ立て申請許可をもぎ取ったものの、その実態は只のガス抜きだ。私とシンジ君の。

何しろ養育義務放り出して仕事にのめり込んでろくに面倒見なかったツケで一度は彼がエヴァから降りる事を認めてしまった負い目がある。
ペンペンの世話から家事一切まで彼に任せてひたすら仕事に…
…認めよう。私は仕事に逃げていた。

親愛の情を必要以上に持てば辛くなるのは昔の男で散々やらかした挙げ句身に染みていた筈だったのに。
私はシンジ君を…見るのが怖かったのだ。

人類の希望なんて凡そ覚えも着かないだろう、どこにでも居そうな14歳の少年にその大きすぎる存在…エヴァンゲリオンを委ねざるを得ない。
そんな事態でなければ私は何の感傷も躊躇いも無く壱現場指揮官として彼に対しても振る舞っていられただろう。

それが一番楽だからだ。

普段はともかく、いざと言う時の冷徹さ、冷静さを保ち命令を下す為には配下との完璧な信頼か、或いは完全な割り切りが必要だ。

そんな大人の対応を当然と受け止め、自我に惑わされず命令が無くとも目前の現実に対処出来るプロフェッショナル。
それこそが対使徒決戦兵器たるエヴァの搭乗員に求められる資質だろう…本来なら。

そう、レイの様に端からエヴァンゲリオンパイロットとして訓練された相手ならば、実務的な遣り取りだけで済む。


だけれども私は彼を引き取ってしまった。


重なってしまったからだ。
大人の事情を振り翳し私達大人の都合で振り回される少年の姿が、昔の私と。
そして…

案の定、私は彼を恐れてしまった。

一緒に暮らして漸く判った。今更乍だが。
彼は私の憐憫感傷や贖罪意識の解消相手でも幼いだけの子供でも物分かりの悪い餓鬼でも大人の都合で振り回されるだけの道具でも無い、
極普通の在りふれた只の思春期の少年だ。

その普通さが私を恐れ怯えさせた。

稀に見せる彼の屈託無い笑顔は私の良心を刺激し
彼の拗ねた表情は私に罪悪感を与え
彼の寂しげな表情に私は過去の自分を重ね
彼の無気力に遠くを見る姿に所詮他人だと思い知らされ
彼の真剣な表情に期待と信頼を無責任に寄せている自分を嫌悪し
それでも彼に頼らざるを得ない己に絶望しながら

…大人の無責任を、いいえ私の罪を彼の姿に見出して

私は彼に恐怖した。

だから

彼が彼自身の決断でエヴァを降りると決めたと知って私は安堵したのだ。

無責任にも私は彼に責任を負わせずに済み、私自身彼の上司としての責務から解放される…その事だけしか思わなかった。

昔に戻るだけ、一人の部屋、ペンペンとの暮らしに帰る…

パイロットが居なくなると言う重大性すら些細な事だった。
寧ろ彼が自ら決断を下せた事を喜んでいた。

何故か至極あっさり彼の解任が決まり、私自身も身辺整理を始めた。
パイロットを引き留めもせず辞めさせた人間が責任を問われる事は間違い無いだろうから。
幸か不幸か仕事に没頭していたお陰で引き継ぎも至極簡単に済みそうだった…皮肉な事に。

そして彼が第三新東京を去る日

私はやはり寂しかったのだろう。
気付けば仕事を人に押し付け駅へ彼を送りに自ら向かっていて

そして…彼は。


―――


「あーっ疲れた〜!しっかしリツコも意外と冷静で面白く無かったわねー、もう一寸興奮してるかと思ったのにな〜。」

「…人間に近い…使徒が?」

「ん?どったのシンジ君?」

「え?あ、いや何でも…あ、僕これからシミュレーター訓練ですんでここで…」
「え?今日だっけ?」

「その…どうせ来たなら今日やって明日休ませて貰おうかと…」

「お〜、シンジ君も要領良くなったわねー。」

「ミサトさん見習ってますから。」

「…それ、どう言う意味〜?」

「良い意味ですよ。多分。じゃこれで。」

プシュン

「ちょ!…やっぱ親子ねー、稀に見せるあーゆー可愛げの無い所は。ん?あそこで珈琲飲んでサボってるのは…丁度良いわ。」

カッカッカッカッ

「ねー日向君、ちょっちいいかしら?」

「?はい、何ですか葛城さん?」

「君確か今度予備自衛官訓練で向こうに行く筈よね?」

「はぁ、申請通り相模原です。古巣の実験中隊で航空適性検査を3日程の予定ですけど。
何しろ機種転換訓練の後全翼大型機では暫く飛んで無いもんですからね、正直ここのシミュレーターだけじゃ不安ですから勘を取り戻さないと。」

「あらぁ?元戦術教導隊首席操縦士が随分とご謙遜ねぇ?」

「何しろ“元”ですから。
そりゃ今の機体はほぼ電子制御でオートパイロット使えば手離しでも航路選択から離発着だって勝手にしてくれますけど、幾ら自動化が進んでもやっぱりいざと言う時に物を言うのは自分の腕ですからね。
全翼機、しかもエヴァキャリヤーなんてデカブツをぶっつけ本番で飛ばすなんて羽目になったら流石に怖いですから…で、それが何か?」

「いや、その古巣に用件があるのよ。
あそこで開発中の陽電子砲の話…知ってるわよね?」

「陽電…あぁ、あれですか?衛星軌道からの質量兵器迎撃用の?あれなら確か技研本部に放置してある筈ですよ?」

「放置ぃ?」

「まあ設計値上での威力だけなら折紙付きなんですが。
そもそもその威力発揮する相手も無いわ演習場は無いわ燃費は悪いわ何よりでか過ぎってのが問題で。」

「そんなに大きいの?」

「ええ。確かあれ文部科学省主導で開発してたスーパーソレノイド研究用の粒子加速機が原型でしてね。
セカンドインパクト後の緊縮予算でお約束の財源不足、製作途中で工事止まってた奴を技研で引き取ったんですよ。
ついでに同じ理由でやっぱりそのまま放置されてた核融合試験研究用のプラズマ保持装置も徴発転用して試作したもんですからまあ無駄に出力容量デカイ上に重量も半端無いし、図体もこれがまたやたらバカデカイんですよ。」

「ほ〜…しかしよく知ってるわね〜、感心するわ。
ん?でも一応あれ機密指定じゃなかった?」

「一応は。とは言え砲身長だけで50m超の代物なんか隠匿の仕様が無いですし、そもそもあれが機密なのは別口の理由が大きいですから。」

「別口ぃ〜?」

「ええ、大々的に予算取って当初は華々しく試射で護衛艦撃沈なんて画は流しましたけど…
あまり大きな声では言えませんが、私が現役自衛官当時から口の悪い奴は面子の為の予算無駄使いとか開発局の道楽だとかこき下ろしてましたよ。
酷いのになればやれ自決用自滅兵器だの波動砲だの自衛三大馬鹿兵器その1だのと散々言ってましたね。」

「何その3馬鹿兵器って。」

「その名の通り馬鹿馬鹿しい兵器ですよ。
この場だけの話ですがね、予算取る為にでっち上げた計画が何故かすんなり通って担当者が首を捻ったって代物ばかりです。
誰が考えたか知らないけどよくもまぁこんなの考えたと呆れ飛び越えて感心しますよ?」

「ここ(ネルフ)来て初めてエヴァンゲリオン見た時から大概の事は驚きゃしないわ。…で、どんな馬鹿兵器よ?」

「机上プランだけでしたけど陸上巡洋艦、研究予算は付いたけどそれだけだった原子力駆動ロボット、それと今話に出た陽電子砲…仮制式名称“隕石迎撃用ポジトロンキャノン”で3馬鹿です。」

「…一つ質問。前の2つは名前聞いただけでおおよそ見当付くんでまぁ判るけど…何でポジトロンキャノンも馬鹿なの?」

「それが…何しろ初期計画では原爆カートリッジ使ってプラズマ弾体発射する代物でしたから。
流石に諦めて陽電子砲に変更したんですが普通の給電方式だと容量不足だからってやっぱり当初は原爆カートリッジ使用前提でしたからね。」

「原爆ぅ!?」

「馬鹿兵器でしょ?一射撃ごとに一発使うぐらいなら端からミサイル積んで使えよって話ですよ。
そもそも何処で使えって言うんですかこんなの、試験場だって手狭なのに静止衛星軌道射程の兵器なんか全力射撃実施出来ます?
そもそも演習場一つ取っても何処で撃つって話ですよ。
まさか富士や矢臼別?あそこで原爆使えますか?
それとも演習場代わりにネバタやタクラマカンまで持って行って衛星軌道の標的撃ちます?」

「あ…頭痛い…それ何処に設置して運用するつもりだったのよ一体。」

「だから馬鹿兵器なんですって。
隕石迎撃用って事で開発予算取って有り合わせの物組合わせてそれっぽいの作って見ただけです。
一応北アルプスに基地造る計画は有りましたけど、仮に設置したとしてそもそも固定砲台で射角制限有るのにその有効射程内にそうそう隕石なり質量兵器が落ちて来ますか?
要するに“国防の面子に懸けてネルフに対抗しようと勢いで作ってはみたものの実際問題撃てない代物が出来ました”って事らしいですよ。」

「…呆れたわ…ネルフも大概非常識だけど勝るとも劣らぬわねそれ…」

「そもそもが民製品流用の急造品ですからね、無駄に馬鹿でかくてやたら重い上取り回しも最悪、電源の関係から仮設置も移送も困難、その上試験だって電源確保に四苦八苦。
もし核カートリッジ使わずに撃とうとすれば日本の総発電量の半分以上の電力喰いますからねぇ?
外部電源で1/10出力試射した時なんか標的艦貫いた挙げ句離島の山腹大穴空けて山火事起こしたり付近停電しちゃったりで近隣自治体から大目玉喰らったって話ですし。」

「…訂正、未だネルフの方がマシね。」

「て事で既存電源での実験だと制約厳しい上に容量限界有るし、ろくに試射なんか出来ないじゃないですか。
試験すらろくに出来ないわ面子があるから今更放棄も出来ずそもそも解体するにも予算は無い。
で、結局只の粒子加速実験装置として普段は文部科学省にレンタル中…最も加速機自体向こうに自前のが出来たもんで目下の処開店休業中だそうで。」

「開店休業でも役に立ったならいいんぢゃなーい?まぁそこらは法と権利の関係で民需転用しようが無いウチ(ネルフ)よりは未だマシって事だわ。」

「とは言え予算の割に合わないのは事実ですし。
ろくに撃てない役立たずの馬鹿大砲って事で技研本部の研究者までピラミッド・万里の長城・戦艦大和に次ぐ第4の無駄と言ってましたからね。
そこらの自治体と一緒で上層部の面子立てる為だけのお高い美術品ですよ。」

「んー…まー新技術検証目的と割り切ればそうそう無駄じゃ無いかもよ?
そもそも陽電子砲自体未だに未完成な技術だしねー、そんなもんじゃない?…そっか、面子だけの問題か…」

「どうかしました?」

「ん?いーや何でも無いわよ、いい話聞かせて貰えて為になったわ。」

「え?只の雑談でしたけど…」

「いいえ、けっこー参考になった、ありがとね日向君助かったわ。
じゃああたしこれから次期迎撃作戦会議なんでお先。」

カツカツカッカッカッカッ…

「…?」




http://www.youtube.com/watch?v=nFnstsJPD5g&sns=em


YouTube 動画ポップアップ再生





【外伝−大人のお仕事(或いは通常営業)−その2−】
《Nostalogic》
http://www.youtube.com/watch?v=pl7JMD89Zp8&sns=em



「どうだ?」


背後から不意に掛けられた冬月の声に、書類から目を離す事無く振り向きもせず応える。


「驚きだ。SS機関利用浮遊装置…想定内とは言えまさかここまで開発が進んでいるとは。」

「ほう?」


冬月がこんな反応を示す時は、よほど興味が有る事を表している。
その好奇心に態々答えてやる必要は無い、本来冬月はこの程度の資料ならその閲覧権限で内容を幾らでも知り得る。

彼の立場なら調べたければ自分で調べれば良い…
だが、私には冬月にその時間を使わせるのが無駄と思えた。
読みかけの資料から大まかに概要を説明する。


「理論的にはほぼ完璧に近いだろう…SS機関が完成すればこの装置によって航空業界はおろか船舶鉄道関連、宇宙開発まで正しく革命が起きる。」

「完成すれば…か。」


皮肉めいた冬月の台詞に鼻で笑い同意を示す。
書類を置き眼鏡を拭いて掛け直し、椅子を回し背後へ向き直る。


「ああ、SS機関が“完成すれば”だ。何しろ死体とは言えSS機関を持った存在…使徒のサンプルが手に入ったのだ、甘い夢見がちな民衆や世界中の研究者達はさぞ期待に胸を膨らましている事だろう。」


私の発言を皮肉と取ったのか、冬月は私を見下ろしながら鼻を鳴らした。


「ふん、白々しいな。それより碇、彼女が来たらしいな?」


…どうやら冬月は今の資料の中身よりそちらに関心があったようだ。


「ああ、これがその置き土産の一つだ…相変わらずだった。」

「ほう?すると後の土産は何だ?」


冬月らしいひねくれた台詞、大筋は予想済みの筈だ。

判りきった何時ものやり取り、簡潔な台詞を意味を知りつつ問いかえす冬月と省略しすぎた台詞を継ぎ足す私。

何時も通りのやり取りだ、答えなど冬月は求めていない、私が答えなければ問い返さないだろう。
言わば下らない言葉遊び。

それと知りつつ答えるあたり、これも私と冬月なりの息抜きなのだろう。


「予想の裏が取れた。
やはりネブカトネザルの鍵は委員会で隠匿している。既に鎗に変えられているそうだ。」

「…やはりそうか…」

「朗報もある、老人達は鍵をロンギヌスと呼んでいるらしい。」

「ふ…やむを得まい、それはそうと例の未登録存在だが。」

「向こうでは議長自ら火消しして廻った様だ。未だ他の委員達には伝わってはいない。」

「議長の面目躍如と言った所か。で、どう見る碇?委員の一部の独走かUNの火遊びか。」


そう考えるのが妥当ではある。
だが、確定では無い…可能性は幾らでも有る、先入観に囚われてはならぬと自戒も込め問いに答える。


「それならば対処のしようも有る。
だが最悪裏死海文書の開示されぬ内容か、或いは未発見の部分と言う可能性も捨てきれない。」

「ぬう…その可能性が有ったか…」


冬月の反応は正直だ。
素直に可能性を受け止める包容力、理知的かつ冷静な判断力、決して立場や自己のエゴに惑わされない価値観。
相変わらず冬月は冬月先生のままだと言う事実に私は満足し、言葉を継ぐ。


「幸い議長の話では未だ覚醒はしていない、恐らくこちらで対処する事になるだろう。それより…」


一度言葉を切り、椅子に座ったまま背を伸ばす。


「予定を早めアレに撤収を掛ける。」

「良いのか碇?」


私の決断が余程意外だったのか、冬月は問い返して来た。


「あそこの現状もほぼ確認出来、得るべき物も得た。成果として充分。
それにアレが潜入して3年、そろそろ違和感を持つ者が出て来る頃だ。」

「だが未だ大丈夫なのだろう?」


珍しく冬月が甘い事を言い出したので、私の意図を説明する事にする。


「“だからこそ”だ冬月。
我々のジョーカー…エルダーの存在は隠匿しなければならない。
寧ろ3年は長過ぎた、幾ら重要機密で保護しようとも万が一詳しく調査されれば…」

「…確かに不味いな、あそこで唯一の適格者の身元が虚偽だらけとなれば…で、どうする?」

「記述によれば第5使徒殲滅後に第6使徒が北極圏に現れる、その進路をペタニアベースに誘導する。」


冬月の顔色が変わる


「…潰す気か?」

「ああ、記述の解釈を変えるには彼処は最適だ。」

「成る程、解釈変更か…確かに使徒迎撃戦闘の結果壊滅となれば解釈の範囲内…ならば老人達も納得するか。」

「アレは戦場のどさくさに紛れて脱出させる。
今まで使徒迎撃設備の整備費を食い物にしたツケだ、さぞ現場は混乱するだろう。
それに…戦闘による行方不明は良く有る事だ。」

「搭乗員は脱出に失敗…と言った筋書きだな。」

「ああ、『査察官を連絡員として寄越す、指示に従え』と言っておいた。」


冬月の額に皺が寄る


「査察監察官…彼も使うのか?確かに適任かも知れんが…しかし碇、問題はトリプルが果してどれ程信頼出来るかだが…どう見る?」

「彼の立場を知った上で使うならばその事自体は問題にならない、寧ろ下手な味方より余程信頼出来るさ…此方が有力な内は裏切らないからな。」

「成る程、それもそうか。しかし潰すとは随分思い切ったやり方だな?貴様なら未だ未だ利用するかと思ったが…」


これには苦笑せざるを得まい、口元の歪みをそのままに応じる。


「所詮“鶏肋”だ、見切りは早い方が良い。
それに元々あそこは問題の多い所だった、この際処分する。
老人達も表向きはともかく厄介払いが出来たと内心安堵するだろう。」

「ほう、他人事とは言え随分手厳しいな。」


“笑わせてくれる、私が手厳しいのならアレはどうなる?”と内心呟き、ふと思い出したアレの台詞を冬月に告げてみる。


「アレに言わせれば、
『あそこは倫理無い研究馬鹿連中と非常識書類至上主義者共が強欲無能事無かれ管理職とスクラム組んで大義名分の元好き勝手やってる利権と内紛と虚飾の宮殿』
だそうだ。」

「クックッ…成る程、彼女らしい言い方だ。しかし…成果らしい成果が仮設機体程度でその様とは…」


言い終らぬ内に頭を左右に振りながら訂正する


「否、その程度だから未だに基地名すら仮称なのだったな。
しかし研究室レベルの代物を堂々と仮設機体と呼称するとは…」

「元々が元々だ、既に優良研究者を押さえられているのに背伸びしてろくに身元も調査せず名前だけの連中を採用し、手段を選ばず結果を出そうとしていたからな。
その結果連中の違法…否、犯罪行為まで故意に黙認し散々好き勝手をさせながらロクに結果らしい結果が出せず今更“出来ませんでした”とは言えないだろう。」

「ふ、要は後が無いだけか。しかし施設規模の割に中身の人材が揃いも揃って小物きりとは…」

「所詮は“仮”だからな、だがそれもここまでだ。
今まで大義名分の元、甘い汁を吸いながら本来の目的と掛け離れた自分達の研究の為に費やした予算と人命…そのツケを支払って貰う。」

「噂には聞いていたが…やはり本当だったか。」

「ああ、本来の目的たる次期エヴァンゲリオン開発より付録の方が大切だったようだ。
委員会の目を掻い潜りエヴァンゲリオン関連の技術を盗み出し、極秘の内に独自開発を進め、その開発成果を隠匿していた…
このSS機関関連研究資料はその一つだ。」

「…果たしてそれだけかな?」

「察しの通りだ。エヴァは決戦兵器にして人造人間、その技術を違法転用すべくあそこでは人体改造や生体実験を陰に隠れて行っていた、その内容も既に把握している。
幾多の犠牲者達を生みながら虎の威を借りて揉み消して来た連中だ、この際報いを受けて貰おう。」

「自業自得か…!?待て碇…誘導と言ったな?まさか…奪取すると?本気であれを使う気か?」


…使う気は無い、だが…


「不確定要素が増えた今保険は必要だ、切り札は確保しておく。
それに他の素体サンプルと違いこのサンプルは胎児前の幼生、ならば寧ろその方が都合が良い。」

「確かにその通りだが…出来ればあれを実際にお前が使う局面は避けたいものだな。」


内心同意しながら口は綺麗事を垂れ流す。


「希望的観測は止めておけ、最悪に備える事の方が重要だ。
冬月、ロンギヌスの槍が未だ手元に無くネブカトネザルの鍵が既に鎗となっていると判明した以上、我々には保険と対抗する駒が必要だ。」

「そうだな…うむ、槍の回収も急がせよう。聖骸布の準備は?」

「既にトランクに加工済み、連絡員が現地へ持ち込み引渡す手筈だ。身分証も渡す。」

「4thにする気か?」

「場合によっては。
記述に従うなら5機目として使者が来る筈だが…その前にアレを表には出したくは無い、未だジョーカーは温存しておきたい。」

「碇、ジョーカーは確かに協力なカードだがな、その牙は敵味方問わず…」

「判っているさ、要はトリプルと一緒だ。
手駒にしようとすれば火傷する、駒とは違う第三者だと割り切れ。
ジョーカーを切るのに重要な事、それはカードに頼り過ぎない事だ。
冬月、真に必要な物は我が力で勝ち取る物だと忘れるな。」

「うむ、そうだったな。
その為の対使徒迎撃用要塞都市か…しかしこの街が実は対エヴァンゲリオン迎撃用だと…」「冬月」



「…儂も年かな、随分と口が軽くなった。」

「気を付けてくれ。」

「ああ…そう言えばレイだが…」

「レイがどうかしたか?」

「反応を示した。同年代の人間との接触は効果的だったな…お前の計算通りだ。」

「そうか…漸くだな。」

「うむ、漸くヒトに一歩近付いたと言える、態々学校に通わせたりした甲斐があったな。」

「ああ、未だ確実では無いが、恐らくこれで零号機稼働の目処が何とかつく。」

「うむ、本来なら確実に適合する初号機に乗せる筈だったが…。」

「その程度の誤差は許容の範囲内だ、現状では仕方無い。」

「そうだな、貴様の息子の方が初号機に適合するのではやむを得んか…
幾ら技術が進んでも所詮はヒトの技術、やはり母親の意志には逆らえん様だな。」

「いずれにせよダミーが完成するまでの繋ぎだ。
シンクロデータベースさえ出来上がればパイロットの個性まで再現出来る。
そうなれば戦闘はエヴァの自律性に任せられ、チルドレン達を戦場に出さずに済む。」

「起動情報は更新せねばならんがな、最も必要なのはチルドレンのシンクロデータのみ、大した問題ではないか。」

「ああ、チルドレンを定期的にシンクロ試験に参加させ情報を更新・記録する事で済むから問題にはならない。」


「漸くか…否、いよいよだな。」

「…ああ…」




http://www.youtube.com/watch?v=U88MCZNfgy8&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





「!?あ、綾波、あ…そ、その…お…おはよう…」

「…おはよう…」

「…そ、その…こ、このあいだは、あの…」

「?」

「な、何て言うかその、じ、事故とは言えその…ご、ごめん。」

「…何が?」

「え?何がって、だからその…」

「時間だわ。」「え?」

「今日10:00から零号機で行われる実験。私も参加するの。」

「参加?」

「搭乗被検体コードAYー00、綾波レイ…つまり私が乗るわ。」

「え?だって…だ、大丈夫なの?」

「命令だから。もう行かないと、じゃ、さよなら。」「え?あ、綾波?」


プシュン


「…やっぱり怒ってるのかな…怒ってるよね…当然か。
そりゃ怒るよね…はぁ、最悪だよな…最低だ…僕って…」



【外伝−大人のお仕事(或いは通常営業)−その3−】
http://www.youtube.com/watch?v=Y2v0Us1eaew&sns=em



「リツコー?居る〜?」

「あら?珍しい貴女が定時前にここに来てるなん…どうしたのそれ?」

「ん〜?自衛隊開発局技術研究所の公開資料なんだけど…あったあった。これちょっち見てよ。」

「どれ?…あぁ、陽電子砲ね?うち(ネルフ)でポジトロン研究用に借りた事有るわ。」

「へ?借りた?この馬鹿でっかいのを?」

「何考えたのミサト?ここにこれ持ち込んだ訳じゃ無いわよ?ウチの開発局で資料作成するのに職員が技研に行ってデータ収集に試験運転して貰ったのよ。」

「あ、何だ。」

「で、その陽電子砲が何か?」

「いやぁ、こないだからちょっち調べてたんだけどさー、これなら確実にATフィールド突破出来る代物ってのを。」

「呆れた、未だ調べ…まさか…」

「んふ〜♪ええ、総出力で生成した反陽子総量から逆算したんだけど…計算上は視認出来る程励起したATフィールドでも軽く抜けるわこれ。」

「あのね貴女、私達がそれ検討しなかったとでも思ってる訳?」

「あー、その会議議事録も見せて貰ったわ。」

「なら話が早いわ、それ無理だから。そもそも既存電源で総出力発揮出来ない欠陥兵器よそれ?」

「何も総出力発揮しなくても良いのよ、要はATフィールド突破して標的を貫ければ良いんだから。」

「貴女ね…簡単に言ってく…待って、貴女今何て…」

「何って…“、要はATフィールド突破して標的を貫ければ良い”って…」

「…そう言う発想は無かったわ…正直に言うわ、確かにあの陽電子砲なら計算上ATフィールド突破は可能かも知れないわね。但し、運用条件は厳しいわよ?」

「何も大気圏突破して来る100mの隕石総蒸発させるフルスペックが必要な訳じゃ無いわ、最低限必要なスペック発揮出来れば良いのよ。」

「簡単に言ってくれるわね。大体50m越える代物を輸送する手段が問題よ?
分解して船便?それとも専用車両で列作って時速4kmで陸送?何れにせよ現地組立設置なんて悠長な真似相手が付き合ってくれると思う?」

「あ、それは大丈夫。」

「!?だ、大丈夫って…え?」

「ウチの決戦兵器に持たせりゃ良いのよ。」

「!?」

「エヴァの全力稼働は内蔵バッテリーで3分、外装バッテリー装着で+5分、負荷歩行なら消費電力は大体1/4だから約32分ね、
標準歩行速度が時速約120kmだから外装バッテリーパック3連で積めば約一時間の連続行動が可能、つまり途中でバッテリー交換ポイント準備すれば向こうに直接エヴァで取りに行って帰って来れるわ…平均時速100kmで。」

「・・・」

「そうすりゃ検査調整工程はともかくいちいち分解輸送再組立必要無いしその他諸々省略出来るわ、丸ごと抱えて移動すりゃ良いんだから。
それに固定基地や設置用砲台もいらないわね、エヴァに銃として使わせりゃいいのよ。丁度人間がマテリアルライフル…対物狙撃銃扱う感じね。」

「・・・」

「うん、それなら付属機器も大半が不要ね、防爆シールドも射角調整アクチュエーターも要らないか…かなりの軽量化になるわ。
発射地点だってエヴァが保持するから地盤の持つ場所なら固定の為わざわざ大規模事前工事とかしなくても済むから設置も撤去も楽ね、
照準も本体情報とエヴァのメインセンサー情報にマギの補正かけりゃ済む話よ。」

「・・・」

「ん?どったのリツコ?」

「…呆れてるのよ…本当に碌な事思い付かないわね貴女は…」

「誉め言葉と受け取っておくわ。
実際にはそう簡単にはいかないだろうけど、ま・一応検討してみて。」

「…一応検討はしておくわ。」

「さんくー♪やっぱリツコ様は頼りになるわー。んじゃあたし予備計画書書いて来るわね。」

「え?一寸待ちなさいミサト、幾ら何でも気が早過ぎよ!」

「現場じゃ“備えに早過ぎは無い”のよ、使わなきゃ済むに越した事は無いけど所詮無駄だからって準備しないで泣きを見るなんて御免被りますわ〜、んじゃ後宜しく〜♪」

プシュン!

「あ!?ち、一寸待ちなさい!話は未だ…仕方無いわね本当に…
やれやれ、ミサトのペースに合わせると調子が狂うわ、少し気を落ち着けないと…コーヒーでも飲むか。」

コポコポコポ…

「“要はATフィールド突破して標的を貫ければ良い”か…やっぱりミサトのセンスは天才的ね、軍人より研究者になって欲しかったわ。
それに…ここの所空いた時間は本業以外の余計な調べ物に掛かり切りだったし…」

パサッ

「そうね…気分転換がてら検討してみるか…」



―――



「“…定時連絡、エヴァンゲリオンパイロット二名本日欠席。何らかの動きが有る模様、
パイロットの弁によればエヴァンゲリオン稼働に関する何らかの試験ではないかとの事、以上。”」

「“了解、引き続き調査に当たれ。”」

「さて本日のお仕事完了っと…しかしこうして一年も潜入してると危機感薄れるよなー…
本当つくづく思うけど学校生活ってのは…平和っつーか…暇だね〜…」



―――



「…で、一体俺に何をしろと?」

「未登録チルドレンの身柄保護及び現地からの脱出を手助けして欲しい。」

「ほう?それだけですか?」

「それ以外にも有る。君はチルドレンに荷物を渡し、再び荷物を回収してくれ。」

「荷物?」

「『計画の要』だ。」

「計画…まさか人類補完の!?」

「そうだ。あそこに保管中の“南極のサンプル”を回収して欲しい。」

「宜しいんですか?委員会が黙ってませんよ?それにあれは封印から出れば使徒を呼び…そう言う事ですか?」

「話が早くて助かる、あそこの実情は聞いているな?つまり…そう言う事だ。」

「…で、持ち出したサンプルはどちらへ?」

「ここで素体に成長させる。」

「…第三新東京は更に戦場になりますな。」

「覚悟の上だ、寧ろ絶対防衛圏設定にはその方が都合が良い。」

「…完全再生されたら?」

「その為の“仮面”と“槍”だ。既に南極から回収の手筈は整えてある。」

「成る程、既に手は打ってある・と。」

「そちらにサンプルのダミーと聖骸布を加工したトランクを送った、その中ならばサンプルは使徒を呼べない。
輸送時にはそれを使え。」

「了解しました。所で碇司令、こちら(ユーロ)のお姫様はどうします?中々難しいお年頃なんですが…」

「作戦終了後に君はこちら(ネルフ本部)に荷物ごと身を寄せて貰う。
彼女には日本で待っていると伝えておけ、彼女も何れ此方に呼ぶ予定だ。」

「と言うと…弐号機もですね?」

「エヴァンゲリオンの追加配備は既定事項だ。
あれを持って来る以上、これからの使徒迎撃戦闘は厳しさを増す、戦力は多い程良い。」

「で、そっちはいつ頃?」

「君も知っての通り此迄の使徒迎撃戦戦闘記録から判明した改善必要箇所、その改修が現在弐号機に行われている。
改修が済み次第こちらに輸送する様手配中だ。場合に拠っては輸送しながら改修を行うかも知れない。」

「船便ですな?やれやれ、それは長旅になりそうだ。
彼女が癇癪を起こさなければいいが…」

「輸送の際にはこちらからも迎えを出す、何なら顔を見に寄れば良い。
…作戦部長なら君とも彼女とも顔見知りだったか。」

「は!やれやれ、碇司令にはかないませんな、それにしても船旅とはいやはや…
せめてエヴァキャリヤーに空中給油装置が有れば話は早かったんですがね…」

「現在エヴァンゲリオンの国境を越えた航空輸送は条約で禁じられている。」

「そうでした。官僚の事無かれ主義には全く頭が下がりますな。」

「法改正を進めてはいるが未だ時間がかかる、輸送時に間に合わないのは確実だ…君には苦労を掛ける。」

「ふっ、碇司令は相変わらず人を乗せるのがお上手で。
判りました、加持リョウジ査察官、準備が出来次第ペタニアベース特別監察へ特命により参ります。」

「…健闘を祈る。」



《チルドレンレコード》
http://www.youtube.com/watch?v=SqwODClf8Ds&sns=em





「…どう?」

「前回…いえ、普段よりβ波には動きがありますが…不思議です、シンクロ率自体は何時もより安定しています。」

「動き?どの程度?」

「動き自体は僅かです、でも…今迄に無い動きですね、まるで…」

「まるで?」

「あ、いえ、単なる連想なんですが何かこう…波自体はかなり小さいんですが、形状が普通の波形に近いように思えまして…」

「普通?一般的な波形って事?」

「は、はい。今迄のデータはまるで…サンプルデータの瞑想中の禅僧みたいに波形が安定してたんですけど…」

「…シンクロ率はどう?」

「安定しています。深度も寧ろ深くなって…
シンジ君もそうなんですけど、精神安定状況より精神活動が活発な時の方がシンクロ深度が深いんですよね。」

「シンジ君の場合はムラが有り過ぎるからあまり参考にはならないわ。
それに現在比較参考になる量のシンクロデータ蓄積は僅か2人分しか無い…現状で結論を出すには未だ早いわ。」

「そうですよね…」

「データが少な過ぎるのよ、仕方無いわ。
何しろエヴァに関する技術的資料は在ってもパイロットに関しては資料作成以前の状況、こうして手探りで情報を蓄積している段階だしね。
ま、これからシンジ君のデータが比較対象になる程収集出来て初めて研究になるんだから今の段階で焦る必要は無いわ、気楽に行きましょう。」

「はい。」

「一寸モニター見せて…うん、この状態なら次回の本起動試験には期待が持てそうね。
『レイ、上がって良いわよ。』」

「…はい…」



【外伝−大人のお仕事(或いは通常営業)−その4−】
《monochrome》GUMI
http://www.youtube.com/watch?v=rH74QDHHxoU&sns=em



「ミサト、居る?」

「あらぁ?珍っしーい、リツコがここ(作戦室)に顔出すなんて。
でも丁度良い所に来たわねー、昨日青葉君に貰った松代土産の杏ジャムで作戦室皆お茶にする所なんだけどリツコもどう?」

「あ、赤木博士いらっしゃい、宜しければ博士も如何ですか?」

「あら日向君、青葉君も居るの?」

「ええ、出資者特権でお呼ばれしましてね。
ほら、これ見て下さい、伊良湖さんが態々スコーン焼いて持って来てくれたんですよ。」

「まぁ美味しそう、それじゃ遠慮無くご相伴…残念、これから会議なの。
要件だけ済ませるわね、はいミサト、昨日の宿題の答え。」


ボスッ


「昨日のって…え!もう出来たのぉ!?」

「“備えに早過ぎは無い”んでしょ?
最もミサトの発想が無ければこう簡単には出来なかったわね、エヴァを重機やトレーラー代わりに使う発想は無かったわ。」

「にしても早過ぎない?リツコあんた一体どんな魔法使ったのよ?」

「マギって魔法使いにお願いしてみたのよ。じゃ、私急ぐからこれで。」


プシュン


「…呆れた、幾らマギ使うってもこれ1日で?」

「?何ですかそれ?」
「あ、伊良湖さん、今赤木博士が来て葛城さんに渡してったんだけど…」
「昨日のって何です葛城さん?」
「書類ですか?データチップじゃ無いんですね?」
「本当だ、赤木博士にしては珍しいな。」
「しかしやたら分厚い封書ですね…」

「ま、書類の方が説明の手間が省けて丁度いいかも…皆一寸見て。前に話した筑波からのエヴァンゲリオン利用した兵器領収輸送計画よ。」


バサバサッ


「リツコが態々プリントアウトしてくれ…ってえっ!申請書まで入っ…これもう署名して日付入れれば申請出来るじゃない!」

「一寸拝見…こりゃ凄い。」

「…しかもこれ、ポジトロンキャノンのエヴァ射撃仕様改修計画や電源確保方法に…」

「こっちは第三新東京周辺の地質調査から見た射撃可能地点図に…うわ、各ポイントごとの有効射程に標高に季節毎の大気情報、死角から安全射角迄載ってるよ。」

「うわぁ…必要予算見積り書に流用可能物品リスト、それの所有者リストまで入ってる…」

「はー…こりゃ書類に関してはうちらの手間殆ど無いですね。」

「葛城さん…これ全部…赤木博士が…1日で?本当に?」

「…本当よ…」「「「「「…」」」」」


「恐るべし…何と言うジョバンニ…」
「…流石専門分野無視万能チート科学者…」
「天才って…凄い…」
「凄い通り越して怖いよ…」
「…ここまで来るともう天才ってより魔女だな。」

「神様仏様リツコ様っ!く〜っっ持つべき者は友人よね〜っ!」

「あの…葛城さん、作戦室から赤木研究室へこれ手土産にせめてのお礼に持って行きましょうか?」

「「「「賛成!」」」」

「あの…俺の分は?」



―――



カチャン、チャリンチャリン…


「いらっしゃい。」

「現像お願いします。」

「あぁ、何時ものだね。良い写真は取れたかい?」

「ええ、清水港にまで足伸ばした甲斐がありましたよ、74改に89改・果ては懐かしの60式まで!」

「ほう、そりゃマニアには堪らないだろうな、おじさんにはさっぱりだが。」

「それだけじゃ無いですよ、なんと寄港したUN所属艦が艦内一般解放!練習艦とは言え何たって最後のアレン・M・サムナー級駆逐艦の乗船機会なんてそうそう無いですから!」

「しかしあそこも町起こしで自衛隊呼ぶとは良くやるねぇ、元はアニメだっけ?そうそう、これ前回の焼き増し分。2千円だね。」

「あ、はい。」

「中身確認してくれ…おや?珍しい。女の子と別に男の子もこんなにかい?」

「ええ、最近は女の子達からも注文が多くって…。あ!それライカの!?」

「おお、やっぱり気付いてくれたか!手に入れるの苦労したよ。見るかい?」

「もちろん!うわぁ、これ寒冷地タイプだ!…」

「どうだ?中々のもんだろ?」

「…すげえ…この重量感…」

「だろ?…視野率98%のファインダーだ、広くて見易いだろ?」

「…はい…」

「…一寸巻いてみな。」


チャキッ


「良い音だろ?」

「ええ…それに…寒冷地タイプだけあってレバーが大きくて…扱い易いですね…」


バシャッ


「…いいですね…」


カシャッバシャッ…カシャッ……バシャッ

カシャッ


バシャッ


「…ありがとうございます…やっぱりライカ良いなー…」


ゴトッ


「…どうだ?」

「んー…欲しいけど…父さんと相談してみないと…」


―――


「監視対象はどうだ?」

「写真屋に入店した。今店長らしき人物と会話中…」

「集音機器は完調だ、録音はクリア。」

「画像は?」

「そこのモニターだ。」

「こっちが向かいのビルからの画像、そっちが…」

「店内の画像は?」

「今切り替える…防犯カメラからハッキングしたのはこれだが。」

「…このカメラ、おかしい。」

「?」

「今監視対象の持っているカメラだ、盗難防止のワイヤーが…位置が違う。」

「?」「どう言う事です?」

「本来これは本体のストラップ掛に付ける物だ、ところがこれは…」

「…本体に繋がってますね、まるで電線…!?」

「尻尾が出たな、副司令に報告する。」

「ああ、ついでにこの部分、アップして解析してくれ…大物が釣れたかも知れない。」

「対象の監視レベル上げないといかん…監視対象の身元も全て洗い直しだな。この店の背後、資金、人物を至急調査…」

「…ああ…」





※史燕様−
毎度感想をお寄せ下さり有難うございます。
筑波−箱根はむっちゃ遠いです。おまけにルート設定だけ見ても人口密集地避けてエヴァの歩行に耐える地盤伝って障害物避けて許可取って…うげ
いくら旧東京壊滅してたってこんな計画立案だけで週どころか軽く月掛かるわ(爆)

※tamb様−
て言うと仮装巡洋艦出さないと駄目っすか?それともイルカとか(笑)

※読者の皆様へこの場をお借りして−
私の駄文に目を通して頂き有難うございます。
仕事の都合もあり、中々時間も取れず御感想に御返事出来ず申し訳ありません。
時間を有効に使う為、それとなるだけ作品内容で感想にお応えしたいので感想へのお礼文も普段省略しているのですが、史燕様始め他の感想を態々書き込んで下さった方々には常々感謝しております。本当に皆様有難う!
改めて感想を下さった皆様、返答のない無礼をどうか平に御容赦ご勘弁下さい。
YouTube 動画ポップアップ再生




「目標に高エネルギー反応!」

「っ!?シンジ君避けて!」

「え?う、うわぁあああぁぁぁぁぁぁっっっ!」



【−月光−】



「…はぁ…」

「…溜め息しか出ないわね…」

「…唯の一撃でエヴァ初号機は小破、発進口を使徒から遮蔽していた装甲ビルは1棟消失2棟が全壊…か。
周囲の商業ビルも1棟は消失1棟全壊2棟半壊、兵装ビル1棟全壊2棟半壊、その他被害多数…頭が痛いわ。」

「最もその装甲ビルのお陰で初号機は小破で済んだわ。
もし遮蔽物の無い状態で直撃されていたら…小破では済まなかったでしょうね。」

「…わーってるわよんな事。
あの熱量モロに喰らったらいくらATフィールド展張しても中身…機体はともかくパイロットが先に殺られてたわね、パイロットが生きてただけ未だ幸運だったわ。」

「本当に幸運だわ…今、整備班が初号機の胸部装甲板外して破損部を調査してるけど…」

「さっき見て来た。特殊強化表面塗装は完全蒸発、表層多重装甲及び内部第一層特殊合金装甲貫通、第二層の強化セラミックは命中部完全融解、各保持中間層のゲル化衝撃吸収材および保持骨材の軽合金は完全に蒸発してたそうよ。第三層の斜傾材装甲も命中中心部は半ばまで融解、最終装甲部だけ辛うじて繋がってたわ。」

「三層六重の特殊装甲が只の一撃で貫通寸前とはね…
それにしても完全に視界から遮蔽された地点に射出された初号機を探知し正確に狙撃したあの能力、危険ね。解析の必要があるわ」

「今んとこ判明してるのはその攻撃力だけだしねー、
射程なんか想定値だし探知能力は未知、射角や反応速度も不明、連射可能なのかさえこの威力じゃ被害が怖くてロクに探れないもの。」

「もし無差別に一定範囲内の移動存在を攻撃する存在ならば…お手上げね、現状打つ手は無いって事になるわ。」

「ええ、兎に角使徒の能力を解析しないと対策すら出来ないわ…」

「空港が近くに在るのが痛いわね、下手すると撃たれるから現状偵察無人機すら万が一の被害が怖くて飛ばせないもの。」

「車載偵察機だって同じよ、打ち出した途端ランチャーどころか周辺地域ごと機体焼かれて終わりってなる可能性が高いんじゃロクに観測すら出来ないわ。」

「蝸牛は秒四回の移動速度を認識出来ないけど使徒はどうかしら?
逆に移動物体や高熱量にしか反応しないなら…対策を打つ手がかりになるわ。」

「う〜ん…先ずは演習用ダミーバルーンで様子を見るか。
使徒の反応、連続射撃時間と射撃間隔、それに射程と死角も調査の必要があるわね。」

「それと空間偏向率を測定して頂戴、ATフィールド強度を知りたいの。」

「空間偏向率?…一体ATフィールドの強度測ってどうすんのよリツコ。」

「…可能性の話よ、もし想定が正しければ…」

「?」

「ミサト、貴女の思い付きが役に立つかも知れないわ。」

「思い付…まさかリツコ!?」

「ええ、ポジトロンキャノンよ。射程外からの超遠距離狙撃なら…」

「確実性は高いか…確かにそれしか無いかも。
それにしても…まさか昨日の今日で紙上プランが現実的になるとはツイてるのやらツイて無いのやら。
…まさか違う何かが憑いてるのかしら、お祓い受けてこようかな?」

「笑えないわよミサト、でも“準備に早過ぎは無い”とはこの事ね。
最もレポートに書いた通り、現状あのポジトロンキャノンは現状最大限で計画出力の約1/3の威力しか無いわ、
調査結果によっては射程外からの狙撃ではATフィールド突破は困難かも知れないわね。」

「その時は最悪刺し違え覚悟で使徒の有効射程内から撃つしか無いわ。
先制一撃に賭けるか囮使って相手に一撃打たせてその隙を狙うか…」

「最もあれだけの威力ならそもそも相手の射程の方が長いかもね。」

「その時は相手の懐に飛び込むだけよ。
まぁ元々ポジトロンキャノンはポジトロンの性質から地磁気やら大気やら何かと外的要因の影響が大き過ぎて本来精密狙撃には向いて無いもの。
その分威力で帳消しって基本設計だし多少のリスクはしゃーないわ。」

「…となれば防護策も考えないと…あの熱量に耐えるとなれば…」

「それより初号機が修理中の今、ポジトロンキャノンの徴用には零号機を使うしか無いってのがどーも不安なのよね…」

「確かに問題ね…レイによる零号機起動試験自体は成功したわ。
でも実際に稼働させるとなれば…」

「暴走した機体の初稼働、それもバッテリー交換しながらの長時間連続稼働…
しかも往復行程全部歩行となれば最低6時間はレイに搭乗し続けて貰う事になるわ。
シンジ君も未だ回復してないし、パイロットの負担を考えると厳しいわよね…。」

「…それでも他の手段を考える時間は無いわ、現段階ではこの計画が最も可能性が高い。」

「となれば今はレイを信じて計画を推進するしか無いか。
リツコ、ポジトロンキャノンの徴発計画先行して進めて頂戴。」

「ええ…それにしても空港が使徒の射程内ってのは痛いわ。
空港が使えるなら行きは機体空輸出来る分時間短縮出来るのだけれど…」

「あの規模の機体飛ばして迎撃されない方がおかしいわ、リスクは最低限に抑えたいし無理は禁物よ。」

「そうね、一応両方で計画は立ててみるけど空輸の可能性は少ないわね。使徒の能力解析は任せるわ。」

「能力解析か…とすれば威力偵察しか無いわね…しかし空間偏向率ねぇ…あれ使うか。」

「あれ?」

「62cmレーザー臼砲。」

「え?良いのミサト?都市防衛の切り札じゃ無かった?」

「例え切り札でも今現在必要なのは使徒相手に確実なダメージを与えられる兵器よ、
幾ら高出力高威力でも使徒のATフィールド完全中和した時点で漸く使える邪魔くさい代物なんか不要ね。
どうせ初戦から使い所無くて埃被ってるんだから現状で一番役に立つ使い方だわ。」

「又税金の無駄遣いって叩かれるわね。」

「維持費もタダじゃ無いわ、寧ろ経費削減の一環よ。
そもそも兵器なんて消耗品なんだから勿体振って後生大事に取って置いても意味無いじゃない、
寧ろ囮なり威力偵察なりに使って結果が出れば倉庫の肥やしにするよりよっぽどマシね。」

「ふう…流石は作戦部長、その割り切りは貴女か司令にしか出来ないわ。
じゃあ早速私は徴発の準備に掛かるわね、ミサトは使徒の能力解析を進めて頂戴。」

「了ー解。」



―――



「…解釈では槍の筈ではないのか?」

「…槍を既に碇が保持していると?」

「未だ槍は碇の手に無いのは確かなのか?」

「もしや我々を謀って…」

「否、かの槍は未だ南極にて彼を抑えておる。我等が手にしたその枝は未だ枝のまま、すなわち未だ槍は…」

「となれば…槍無くして使徒を還すつもりか?」

「まずいぞ、もし槍が無ければ記述が…」

「まさか碇は記述に反するつもりなのでは!?」

「そんな事は許されんぞ!」

「…鎮まれ…」

「「「「…」」」」

「我等は碇に対使徒の全権を与えた。奴に任せておけば良い…」

「…しかし議長、このままでは記述を違えてしまいますぞ。」

「盟約を違える訳には…」

「…議長、如何致します?」

「碇は何と?」

「…碇は解釈の問題と言っておる。奴に任せた以上見守るしかあるまい…今はな。」

「…」「うむ…」「やむを得んか」「しかし…」

「何れにせよシナリオの改変は認められぬ、首に鈴を着ける前に碇には釘を刺しておこう。ではこれで緊急招集会議を終了する…諸君、御苦労であった。」



―――



「はいリツコ、これが現在判明した使徒のデータよ。」

「…成る程、やはりあの使徒はその体内を粒子加速機にしているのね。この威力も納得出来るわ…
ミサト、ATフィールド突破にはやっぱり相手の射程内に踏み込む必要があるわ。」

「あ、やっぱそう?」

「朗報も有るわよ…この使徒は接近する高速移動物体と熱量に反応するわ、これなら架線工事や変電設備仮設工事を狙われる心配は無いわね。
それに輻射熱の発生する日中は兎も角夜間ならエヴァを射程内へ動かせるわ…やれるわよミサト。」

「んじゃ後はポジトロンキャノンね、ちょっち取って来るわ。」

「え?」

「未だリツコはやる事残ってんでしょ?
バッテリー基地局の設営も済んだしあたしはもうやる事無いわ、後は作戦通りに行動するだけよ。
改修工事の用意頼むわね、レイとでっかいお土産持って帰って来るから」

「ミサト!貴女寝てないでしょ!?せめて仮眠」
「だーい丈夫よぉ往復の車内で鼾掻いて寝るからぁ、リツコこそ休みなさいよ髪ボッサボサよぉ?あんたの本番はこれからなんだしぃ。」

「やれやれ…でも、そうね。私もシャワー浴びて少し仮眠するわね。詰めてる皆も交代で休ませるわ。」

「話速くて助かるわ、んじゃ行ってくるから後、頼むわね。」

「お互いにね。」


―――−−−----


「笑えば…良いと思うよ…」

「…」
YouTube 動画ポップアップ再生




「笑えば…良いと思うよ…」

「…」



【−月光U−】


―――


「ふむ、碇はシナリオの消化に成功したようだな。」

「うむ、記述通り“第五の御使い ”はエヴァンゲリオンにより殲滅された。」

「“槍は雷と化し彼の御使いを貫き”…確かに解釈通りの展開ではあったな。」

「しかし議長、碇をこのまま野放しにして良いのか?」

「確かに今回の戦闘はシナリオより逸脱してはいない、
だがシナリオの改変に繋がる要素は極力排除すべきであろう。」

「うむ、今回は確かにシナリオの解釈範囲内かも知れん。しかし生命の樹は未だ回収されておらぬ。」

「その通り、幾ら彼の者を抑える為とは言え解釈を変え槍を使わぬなど本末転倒ではないのですかな?」

「奴が有能である事は認めよう。
だが議長、このまま碇を使い続けて本当に良いのか?」

「シナリオのタイムスケジュールを狂わせてはならん、盟約に叛けば予定外の使徒が現れかねん。
今の碇の行動は余りに危険だ、予定を早め鈴を付ける事としよう。
では諸君、今回の会議はこれにて終了する…」


―――


執務室に私と冬月、そして統括主任研究員と作戦部長の4名が机を挟み向かい合っている。


「…以上が今回の対使徒戦における該当作戦の報告書とその概要です。」

「…了解した。で、次は…」

「エヴァンゲリオン次期兵装開発計画に於ける状況変更報告及び新規開発兵装案趣旨説明です。」

「続けたまえ。」

「は。技術開発班からの報告書によれば、自衛隊より接収したポジトロンキャノンの実射及び運用解析により大部分の問題点が設計上解消され、次期兵装計画のポジトロンライフルは現開発想定期間を約40%短縮出来る見通しとなりました。」

「ほう、大した物だ。」

「威力及び使用電力についてはどうか?」

「威力につきましては受電設備の関係で現状においてはほぼ当初計画通り、具体的には接収したポジトロンキャノンのおよそ38%に止まります。
 しかしながら今回の交戦範囲内でならその出力でもATフィールドの突破には計算上問題無く、寧ろ次発用ポジトロン生成充填時間の大幅短縮及び改設計による可能照射時間の延長により戦闘力自体は大幅に向上が見込まれ、又使用電力については…」

「私から説明致します。
 使用電力については接収兵器解析により判明した問題点の効率化と省電力化を進め加えて新素材技術の併用、変電設備の改良等により今回の1/3弱、当初計画値の8割程度に短縮される予定です。
 この電力消費量ならば多方面の電力供給遮断をせずに運用可能であり、現在近隣都市に建設中の発電ビル及び建設予定のコンデンサーシステムの構築が完了すれば計算上は連続射撃が可能です。
又、現在予定されているジオフロント変電設備の更新が完了すれば更に消費電力は低減出来ます。」

「どの程度の低減になるのかね?」

「は、具体的には現在のエヴァンゲリオン2機同時稼働に対応した電気設備ではこの新型兵器・ポジトロンライフル1門を使用する為に2機中1機の稼働を制限しなければなりません。
ですがこの機器更新によってエヴァ2機同時稼働時におけるポジトロンキャノン2機同時運用にも問題無く対応・給電可能となります。
又、将来的な複数機体同時運用に対処する為現在増設予定の蓄電施設ですが既に起工済みの部分が完成すれば3機、総完成時にはエヴァ4機の同時運用に対応可能となります。」

「ほう…それは凄い。」

「…では次、この新規開発兵装案を説明しろ。」

「は、申請に上げたエヴァンゲリオン用の超大型無反動砲と超大型整形炸薬弾頭ロケット弾ですが、エヴァの戦闘時における火力付与の必要性から提案させて戴きました。
 現在のエヴァは中・遠距離戦闘において火力が不足しております。
現武装のパレットライフルは短距離での制圧力はともかく中、遠距離戦闘においては威力も射程も不足しており、有効威力の確認出来たポジトロンキャノンも接収品は運用時の諸問題から事実上超遠距離狙撃専用。
開発中の新型は有望ですが未だ実験段階であり、その実用化までただ手をこまねいて待っている訳にはいきません。」

「うむ…確かに。新兵器の実用化まで使徒は大人しく待ってはくれんだろうからな。」

「…趣旨は了解した。その有効性はどうか。」

「は、提案したロケット弾と無反動砲は言わば既製品の拡大版です。
 何れも原型が既に完成された物であり運用に支障を来す問題点はほぼ解消済み、規模拡大に伴う要改修・改良点も既存技術により容易に想定・改設計が可能、
生産性についても現行設備で即時量産が開始出来、更にロケットブースター等資材の大半も既製品の流用により対応出来る事から予定製作期間及び製作費用の短縮低減に効奏しております。
又、その量産性と低価格性による使用コスト低減も見込まれ、想定値ではありますが信頼性・射程・威力の面から見ても充分作戦部の要求を満たしております。
 以上の理由から、最も早期に実用化出来る新型火力支援兵器として私は当提案の早期認証を求める次第であります。」

「成る程。碇…どうする?」


執務机の前に立った2人を見遣りながら私の隣に立つ冬月が問い掛けて来た。


「今年度当初計画より変電設備の更新と蓄電設備の増築は予定されている。
他都市の施設建設支援予算については災害対策の一環として年度予算に盛り込み済み、問題は無い。」

「だが碇、今回の被害額からしても委員会は色々煩かろう。」

「寧ろ今回の被害程度で済んだ事が僥幸だ。」

「しかし…」


冬月の台詞を遮り、話を継ぐ。


「あの強大な使徒を相手にエヴァンゲリオンを1機も喪失せず撃破に成功、それだけで充分だ。
加えて有力な対使徒兵器、耐熱シールド、更に新たな使徒のサンプルまで手に入れた。
確かに物的被害は甚大だ。だがそれ以上に成果を得られたと委員会には私から説明する。」

「「「…」」」

「そして何より最大の成果は人的被害を最低限に留められた事だ。」

「…それは確かにそうだな。レイも無事だったし、何よりあれだけの被害で死傷者が殆どおらぬのはもっけの幸いだった。」

「葛城三佐、赤木博士…良くやってくれた。」

「「はっ!」」


「…うむ、では都市再建計画はこちらで処理しよう。後は…」


再び冬月の台詞を継いで私は答える


「今回の戦闘で被害を受けた防衛設備の規模は膨大な物だ。
その復旧費に鑑み、次期兵装及び新型兵装の開発については遺憾ながら年度当初予算内で抑えるように。」

「…はい。」

「…了解しました。」

「尚、今回破壊された迎撃ビルの内3棟を申請の新型ロケット弾運用仕様に変更、既存迎撃装備補充予算により先行して新型ロケット弾の試作と試験配備を優先して行え。」

「「はっ!」」


私の台詞に頷く冬月


「では委員会の方は任せたぞ碇。儂は市長と今後の打ち合わせをしてくる。」

「頼む。」


踵を返し出口に向かう冬月を不動の姿勢で見送る二人に、私は声を掛ける。


「二人共ご苦労だった。下がって良い。」

「処で碇司令、お話が」

「…何だ。」

「ご子息の事ですが…」

「シンジの事が何か?」

「…パイロット辞任騒動の事です、あの後司令には未だ謝罪を…」「必要無い。」

「…は?」

「シンジはエヴァンゲリオンパイロットとして私がこの街に呼んだ、つまり責任者は私だ。君が謝る必要は無い。」

「し、しかし…」

「辞める辞めないは本人の判断であり、我々にそれを止める権利は無い。そしてその決断の責任を負うべきは本人だ、君ではない。
 そしてここにはパイロットとして不適な者を置いておく余裕は無い、君の判断は正しかった。」

「…いえ、私の監督責任です…」

「…君は良くやっている。色々雑音もあるだろうが気にする必要は無い。」

「しかし…」

「シンジは戻って来た、自らの意思で。
 今現在何の問題も無い上に全て使徒戦前の事柄、今更蒸し返し君の責任を問う必要は無い。」

「…そうでしょうか…」

「ここで今シンジを私の手元に置けば憶測を招き更に問題が大きくなる。
シンジの我儘で君には迷惑を掛けた。」

「…いえ…」

「息子を頼む。」

「…は。では失礼します…」


作戦部長が自動ドアの向こうへ消える姿を見送った統括主任研究員は、何故か私以外誰も居ない執務室に残った。


無闇に広い部屋の中心、一卓の執務机に座る男と、向かいに立つ女


「…何か用か?用件が有るなら話せ。」

「は…その前にお詫びしなければならない事が…」

「…」

「前回は申し訳ありません、私とした事が失神など…」

「…いや、私に配慮が足りなかった。やはりあの映像は…」

「いいえ、私に覚悟が足りませんでした。とんだ醜態を晒してしまい…」

「…止めよう、切りが無い。
それより要件だ、話せ。」

「…はい、一つはチルドレンの現状報告です、現在レイの容態は安定しています。そちらは報告書をご覧下さい。
もう一つは…前回聞き損なった質問についてです。」

「…続けろ。」

「は、先ずはこのデータをご覧下さい。」

「…これは?」

「第4使徒との戦闘記録です。戦闘行動に伴う通信不良で欠損した幾つかのデータの修復とノイズ除去、裁ち切れ部分の仮想修正を行いました。」

「…」

「端的に申し上げます。エントリープラグ内に収容された少年二名、彼等はオーナインシステムに適合する可能性が有ります。」

「…あの少年達の事か。」

「はい。司令、それとこのレポートをご覧下さい、先日交付されたID証による情報開示により私が独自に調査した結果です。」

「…要点を言え。」

「…結論から言います、マルドゥクは機能を果たしていません。」

「…ほう。」

「何を呑気な!適格者の探索保護機関が機能していないのです!オーナインシステム適合者探索、その為のマルドゥクだった筈です、これではまるでザルではないですか!」

「…君は実に優秀だ。この短期間で良くそこまで調べ上げた。」

「…どう言う意味です?」

「今回の少年達…彼等は既にマルドゥクに登録されている。」

「?マルドゥクにより把握されていた…と?」

「ああ、彼等の通う学校の全学生、学校職員は身元、各種履歴、家庭構成、二代前までの家歴は既に押さえられている。」

「どう言う事です?新規パイロット捜索は急務の課題、なのに何故マルドゥク…否、司令は既に発見されている候補者の存在を明かさなかったのです?」

「…彼等だけではないからだ。」

「…は?」

「…ここに一冊のファイルがある。」

「…?」

「このファイルこそが君の疑問の回答になる。」

「?そのファイルが?」

「そうだ…これこそがマルドゥク機関そのもの、これはエヴァンゲリオンパイロット候補者名簿だ。」

「な!?」



《FIRST》
http://www.youtube.com/watch?v=8A3xX1MzxHk&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





【−月光V−】


『…かな?』

「はい、連絡が来ました。
UNからの都市復興予算無償貸与及び使徒迎撃設備緊急復旧予算の拠出執行は申請通り無事認可されました、総理。」

『うん、セカンドインパクト後の復興事業が一段落し低迷する国内産業には朗報だ。
碇君、君の尽力には感謝するよ。』

「しかし、今回は些か被害額が多くなりました。」

『構わんよ、人類の未来と言う大義名分もある。
寧ろ今回の被害は使徒の脅威を喧伝するのには具合が良い位だ。』

「人は見た目で判断する、と言う事ですね。」

『ああ、前回までの戦闘は専門家はともかく民衆に使徒の力を見せ付けるにはややインパクトが薄かったからな。
今回の戦闘記録は政府やネルフに対する反論を抑えるに充分な迫力だった。
そして人的被害を抑えられたのが一番効果的だったよ、これなら世論の誘導も楽だ。』

「反ネルフを唱える団体は未だ多い筈でしたが?」

『いつ、どこにでも反対派は居るよ碇君。
要は彼等を追い詰めない事だよ、過激派にならず且つ少数派に成らざるを得ない発言と表現の自由を保証しておけば良いんだ。』

「自由…ですか。」

『ああ、反対派は常にある程度存在する、言わば少数派だ。
統制は集結を呼ぶが自由である限り彼等は纏まらんよ、妥協出来ぬ故に彼等は少数派なのだから。
複数に分派してくれれば手間は更に掛からなくなるな。』

「私には纏まった方が楽に思えますが。」

『なあに、手数は掛かるが労力は少ないよ。
要は利害でお互いを牽制させれば済む話だ。』

「…流石は総理。」

『神輿相手におためごかしは止めたまえ碇君。
君程辣腕で無い凡夫が経験から編み出した苦肉の策さ。』

「総理の御苦労はお察ししますよ。
何しろこの国で使徒迎撃を行うネルフと言う組織に反感を持つ存在は多方面に広く居ますから。」

『それはネルフの責任では無いよ、
どうせ使徒に負ければ世界中が旧東京や南極と同じく滅ぶしか無いのだ、ならば何処で戦おうと一緒だ。
寧ろ使徒迎撃都市を設営したお陰で他国に先駆けて復興を成し遂げたのだからリスクは甘んじねばならん。』

「ご理解感謝いたします。党への力添えも微力ながら…」

『期待させて貰うよ…で、碇君。君は‘JAプロジェクト’と言う話を聞いた事があるかね?実は…』


―――


市内のホテルで行われた総理との極秘回線による密談が終わり、私は待ち受ける車両へ乗り込むべくロビーを出た。

既に街は夜の帳に覆われている、私を迎えたのは二台の護衛車両、一台のロールスロイス、SP達、そして…


独り夜空に輝く月だった。


車に乗り込み、貴重な時間を仮眠に充てるべく瞼を閉じる。

睡魔に身を委ねながら私は先日の赤木博士とのやり取りを思い出していた…


―――


執務卓を挟み一組の男女が向き合っている。

固い表情のまま立っている女に、男は手にした一冊のファイルを示して事実を告げた。


「そうだ…これこそがマルドゥク機関そのもの、これはエヴァンゲリオンパイロット候補者名簿だ。」

「な!?」


珍しく慌てた様子の女に男は何時もの姿勢のまま答える。


「もう一度言おう、このファイルにはエヴァンゲリオンパイロット候補チルドレン達が記されている。」

「そ、そんな!?既に候補者が?だってまさか…」

「…エヴァンゲリオンパイロット適格者たるチルドレン、オーナインシステム適合こそがその条件…確率的には千億分の1。
しかしチルドレンは3名…確率的にほぼあり得ない事は君も理解している筈だ。」

「…つまりオーナインシステムは…虚偽だと?」

「否、確かにオーナインシステムは存在し、その同期確率は千億分の1だ。しかしそれはある条件下において変更される…」

「条件?」

「エヴァンゲリオンパイロットたるチルドレン、彼等が何故シンクロ出来るのかは承知しているな?」

「…拝見した画像で…」

「ファーストチルドレンを除けばエヴァンゲリオンに血縁者…母親を取り込まれた存在がチルドレンとなっている。」

「それは納得出来ます、しかし今回のあの2人はエヴァと直接関係は」

「そうだ。エヴァとあの2人の接点は無い…」

「ならば何故あの2人がシンクロ出来るのです!確かにシンクロ率自体は数%に留まり起動数値には達していません、しかしそのシンクロ出来た事自体が異常です!
シンクロ反応を出すだけでも確率はオーセブン…10億分の1です、それが2人揃うなど」

「有る。」

「!?」

「エントリープラグのブラックボックスは君も知っているな?」

「はい…新規導入システムのデータ収集装置…ではないのですか?」

「そう、確かにあれはデータ収集も行っている。そしてそれはデバイス機能と簡易バックアップ及びブースト機能も備えた言わばチューニング装置だ。つまりこのブラックボックスは搭乗者のシンクロ補助を行っている。」

「何ですって!?」

「サードのエヴァンゲリオンへの急速なシンクロ適応を見て気付かなかったか?
言わばつたい歩きの赤ん坊がこの短期間に駆け足はおろか道具の使用、それどころか近接格闘までをもこなすその異常性に。」

「…それは…」

「初号機初陣のあの有り様を考えれば判るだろう、あの局面で暴走…自己防衛機能発現により機体保護機構の自律戦闘プログラムが起動しなければ使徒撃滅はおろか戦闘行動すら出来ずに全てが終わっていた筈だ。」

「しかし司令は出撃させ…暴走を予期されていたのですね?」

「…話を続ける、シンジのエヴァンゲリオンとのシンクロが如何に深化しようが機体に基礎稼働能力が無ければ人の行動思考をトレースして稼働は出来ん。
そしてエヴァンゲリオンへの基礎行動情報入力は二度失敗している…あの画像の通り。」

「…」

「しかし現実はどうだ?本人と機体の適性だけでは説明出来まい。
当然だ、レイによる基礎稼働データを元に基本稼働補正情報を得たブラックボックスの恩恵こそがその理由なのだから。」

「成る程…」

「ブラックボックスはシンクロ試験毎にその情報から学習・自己進化し、機体特性に特化し成長する。
1度の試験で0,001%の情報でも100回で0,1%…10年に渡るレイによる実験は2%の確率上昇を生んだ。
即ち全く適性の無い者でもブラックボックスを搭載したエントリープラグに搭乗すればシンクロ率は2%程度記録される。」

「…それにしてもこの数値は異常です。それに何故その情報が極秘なのです?
確かに無人運用システム化計画は機密扱いですが誰でもエヴァに乗れる様になれば…」

「ああ、君も知っての通りエヴァンゲリオンは将来パイロット不要になる…だがそれは誰しもが乗れる事を示す訳では無い。」

「…何故です?」

「その理由は後で説明する。加えてこのブラックボックスは簡単に生産出来ない。」

「は?」

「このブラックボックスは人間を利用して作られているからだ。」

「!?」

「このブラックボックスの製作には生贄が必要なのだ。」

「生…け…贄…」

「君に見せた実験映像…あれが決め手になった。彼女により初号機はインフィニティ化したと考えられる…」

「…インフィニティ?」

「使徒人間…疑似使徒と言える存在だ。君が極秘に調べている旧東京壊滅、その発端はインフィニティ…そしてそれがが全ての元凶だった。」

「…全てお見通しでしたか…」

「話を続けよう。壊滅の原因となった使徒は首都に出現すると同時に人々を同化して行った。今我々はこれを使徒汚染と呼んでいる。」

「使徒…汚染…」

「そうだ。そして我々は使徒と共に彼等をも処分せねばならなかった…最初のエヴァンゲリオンを犠牲にして。」

「最初!?まさか!」

「その説明も後だ。この使徒に同化され半使徒化した人間達を我々はインフィニティと呼称した。南極においてもインフィニティ化した犠牲者は存在する。その数15名…」

「15…!?そ…それはもしや…」

「そうだ、使徒とは彼等の成れの果てだ。
インフィニティと化した彼等は本来不死身、だが彼等はセカンドインパクトにより発生したアンチATフィールドにより個体を消失し…彼等エルダー達はLCLと化した。」

「A…T…フィー…ルドの…喪失…な、なんて事…それでは人間…いえ、全ての生物がその存在を保持出来なくなる…」

「セカンドインパクトにより発生したアンチATフィールドの広域展開により南極圏全ての生命は無に帰した筈だった。
だが個を喪失し肉体を消滅され尚彼等インフィニティはLCLより進化、アダム化して復活した。
彼等は人の殻を棄て遂に記憶と個性を無くし全ての意識が共有された存在…使徒となり甦ったのだ。
即ち使徒とは15の魂を持った同一の存在、彼等を完全に無に還すには15回彼等を倒さねばならない…これが15使徒が存在する理由であり一度の出現個体が一体である訳だ。」

女の顔に再び緊張が走る

「そ…そこまで判明していて何故…い、いえ!それより!今の話とブラックボックスやあの少年達のシンクロ率に何の関連が?」

「先ずはシンクロ率から説明する、エヴァンゲリオンは元来人造人間に改造を加えた無人稼働の自律戦闘機械…言わば一種のサイボーグ、或いは生体兵器だ。
だがその無制限な能力を我々人類はコントロール出来なかった。
やむを得ず性能低下を忍びデチューンと有人化が図られた結果が現在の機体だ。
だが有人稼働には問題があった…機体の暴走を抑え人間のコントロール出来るレベルへの改造を以てしても未だ機体の能力は人間の操れるレベルを遥かに越えていた。
しかし使徒を倒す為にはこれ以上のデチューンは不可能、故にチルドレン…エヴァンゲリオン同調適格者の捜索が始まった。」

「チルドレンの条件…機体と同調し、人間の域を越えた感覚を受け止められるのは成長期の若者のみ、それもヒトとしての自我が確立していなければならない…でしたね?」

「そうだ、さも無ければエヴァンゲリオンに過剰同調し精神を汚染され最悪あの映像の様に自我境界線を喪失しLCL化する。
もし生き延びたとしてもヒトとしての自我は崩壊しエヴァンゲリオンと同様意思の無い人形と化すだろう。
ブラックボックスはエヴァンゲリオンとの緩衝材…同調抑制装置としても機能している。」

「…」

「このブラックボックスと新規開発中のシステムを組み込んだエントリープラグ…我々はダミープラグと呼んでいる、これは人工的自律戦闘行動補助システムだ。
このダミーシステムの核は搭乗者の運転の癖や反応を自ら学び、成長するブラックボックスにより成立している。」

「…マギと一緒ですね…」

「そうだ。だが説明の通り誰しもがエヴァンゲリオンのパイロットになれる事は出来ない。
確かに最低稼働シンクロ率を越える確率は在るが、チルドレン以外エヴァンゲリオンを動かす事は出来ん。
言い方を変えよう、チルドレンとはブラックボックスに同調出来る人間の事だ。」

「ブラックボックスに同調…生け贄…チルドレンと言う呼称…もしやブラックボックスとは…」

「話が早くて助かる。
そうだ、このブラックボックスはインフィニティと化した人間を利用して作られた。
そしてこのファイルには旧東京でインフィニティ化したであろう人物とその血縁者のリストが有る。」

「…インフィニティ化した人物の…血縁…?
しかし旧東京の犠牲者は全て消滅したのでは?
ブラックボックスの元になる人間自体が存在していないのにどう製さ…まさか…そのリスト内の生き延びた誰かを…」

「違う。
ブラックボックスに使用しているインフィニティだが、このリストには記載されていない。
何故ならこのインフィニティは旧東京を壊滅に追い遣った使徒に列なる存在だからだ。」

「使徒に列なる…言わば半使徒ですね、いつ使徒化してもおかしくない…」

「…このネルフにはエヴァンゲリオン初号機以外のインフィニティが存在する、それは君や私の側に居る。」

「!」

「…レイだ。」



《FIRST》
http://www.youtube.com/watch?v=GKGJwdfN0QQ&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生





【−月光W−】

さっきから私は只天井を見上げている。

片手には一口分しか減っていないすっかり冷め切ってしまった珈琲入りのマグカップ、反対側の手には火のついてないメンソールが一本指先に挟まったまま。

ふと視線を下ろせば卓上には積み上がる書類の束と吹かした煙草の吸殻が山になった灰皿が鎮座している。
溜め息一つ

仕事を片付ける気にもなれず、さりとて椅子から重い腰を上げる気にもならず再び天井を見上げる。

ここ数日、私はレイに会いに行っていない。
彼女の衰弱は激しく、現在も入院中だ。
荷電粒子の直撃により外装全般に交換が必要な程ダメージを受けた機体に搭乗していたのだ、当然だろう。

想像してみれば良い、何しろ大気圏往復機を利用したシールドすら焼き崩す程の熱量に直撃されたのだ。

…それにしても私達は何と言う非道な行為をうら若い少女に強いたのだろう。
幾ら射撃体勢の初号機が無防備だからとしてもあの荷電粒子の奔流を機体を盾に防がせるなど、どう考えても危険を通り越して無謀極まり無い行為。

そして私達…ネルフは一人の少女にそんな事を命令し、実行を強いた。
悪虐非道の謗りを受けて然るべきだろう。

他に手立ても無く作戦としてやむを得なかったとは言え、命令内容の辛辣さ、非情さに変わりは無い。

状況的には言わばエヴァをいきなり太陽表層に2分間直接立たせた様な物だ。
幾らATフィールドに守られたエヴァに耐熱盾を持たせ、更にその機体最深部に位置する乗員保護機構満載のエントリープラグ内だったとしても安全な筈が無い。

現に応急的な対策として追加装備したプラグ内緊急冷却装置など気休めにもならなかった。
搭乗員保護機構は簡単に容量を越えLCLは熱湯に近い程の温水と化していて。

シンジ君の救出が後少し遅れていれば彼女は良くて半年程の入院を余儀無くされる事になっていたかも知れない。

…実際にはそうはならなかったが。

低温火傷の恐れと感染症防止の為ICUに入れられてはいるが、今の所彼女の意識ははっきりしているし特に面会謝絶と言う訳でも無い。

…しかし私は見舞いにすら行かなかった。

見舞いはおろか本来なら上司…否、彼女の管理責任者としての義務である面談すらマヤに丸投げしている現状は決して褒められた物ではない。
寧ろ非難されて然るべきだ。

そう頭では理解していても私はレイと会う気にはなれず、最低限の接触すら図ろうともせずに…寧ろ避けていた。

そう、避けていたのだ。





…白状しよう、私は彼女…綾波レイと言う存在に怖れを抱いているのだ。

はっきり言えば彼女と言う存在…現実を受け止めきれず半ば逃避している。
其程に…真実は重く、苦く、そして…

恐ろしかった。



―――



「…このネルフにはエヴァンゲリオン初号機以外のインフィニティが存在する、それは君や私の側に居る。」

「!」

「…レイだ。」


その司令の発言を私は直ぐには理解出来なかった。

レイが…半使徒?

瞬き二つ程の時間経過の後、司令の発言が示す意味を漸く理解する。
だが私の知識と理性、そして感情がその情報を否定した。

当たり前だ、何故なら私は知っているのだから。

彼女の健康管理や精神分析、肉体調整を長く担当する私の知る限り彼女は精神的、肉体的にも…具体的に言うならば肉体構成物質的にも遺伝子情報的にも間違い無く人間だ。

そう、彼女は紛れも無く人間だ。

数多幾多の検査結果を熟知し、私自らも幾度と無くこの手で測定し分析している。
繰り返すが彼女・綾波レイは間違い無く人間だ。


確かにレイはその佇まいや言動に浮世離れした面を持ち、それを宜しからざると見て“無機質”、或いは“非人間的”と評する向きの職員が少なからず居るのは事実だ。
だが彼女のそんな一面は決して非人間的な物では無い。理由がある。

それは幼少期からここネルフで司令以外は身寄りも無く唯一人孤独に暮らし育った故のやむを得ない環境適応の結果なのだ。
 以前心理学者とカウンセラーを交えてレイに行った精神分析は集団から孤立化した体験…疎外感こそが今現在彼女の晒す態度の理由と診断した。

私に言わせればこれは環境の病だ。

最も多感な筈の幼少期を彼女は同世代との交流すら無いこの地底都市に唯一人で生き、只独りで暮らしていた。

 思えば哀れな娘だ。
同年代の子供達が親の愛情に守られ仲間と遊び、人としての社会性を学んでいる頃、この少女は科学者と機械に囲まれて孤独な日々を過ごしていたのだから。

そしてその未だ幼い少女に対し、司令は各方面から招集した各分野の専門家によってそれこそ大人顔負けな程の英才教育を施させていた。
その様子たるや、それはもう傍目にはまるで虐待の様な訓練と教育を受けさせていたのだ。

公園や遊園地代わりのジムでのトレーニング、玩具や絵本の代わりに与えられたのはテキストや専門書。
分刻みのスケジュールに従う少女の様子はまるで何かに追われているようで。

 後にセカンドチルドレンが見出されるまでは彼女だけが唯一のエヴァンゲリオン搭乗適格者であった事を差し引いてもその教育内容は厳し…否、過酷とも言える程だった。

基礎的な対人交流や情操教育も無いままひたすらエヴァのパイロットとしてのエキスパート専門教育と訓練、そしてそれらの合間を縫って行われるシンクロ試験。
まるで兵士…否、機械の様な扱いの中、組織の命ずるままスケジュールに追われていたあの少女に果して年齢に見合う全うな人格形成を期待出来たのだろうか?

 そうした諸々の事情が偏見を呼び、偏見がその評価に影響し、悪評の流布に寄与しただろう事は言うまでも無い。

…それにしても少し考えてみれば直ぐ解るそんな理屈を無責任にも考えようとすらしない人物の何と多い事か。
加えて言うならば聞こえて来る彼女への噂は偏見と中傷に満ちた何の根拠も無い嘘ばかりだ。

そしてその理由の下らなさには閉口する。

司令以外身寄りの無い事然り
一人暮らしの事然り
年齢に見合わぬ大人びた…否、どこか達観したかのような態度然り
感情表現力の欠如然り
世間知らずな所然り

そして何より彼女が外観に於いてある種の疾病患者と共通する特徴点…
 (色素減少による銀とも青ともつかぬ髪、瞳孔虹彩の色素欠落による赤い瞳、メラニン生成異常による雪のような肌、etc…) 
…を持つ故にか、まるで彼女をネルフの実験動物かの様に評する向きまで居る。
…扱いが悪いのは認めるが流石に実験動物は…

…これからチルドレン達の待遇改善を検討しよう…

それはともかく。

レイへの質の悪い噂は止まる様子も無く、遂には“実は彼女はネルフのロボットだ”などと言う根も葉も無い荒唐無稽な与太話まで出る始末。

理不尽にもそんな差別的な扱いを彼女は今の今まで受けてきた。

そして恐ろしい事に、“その扱い”はこのジオフロント本部の一部職員内においても暗黙の内に半ば肯定されていたのだ。

断言する。彼女に非は無い、全く無い。言わば風評被害だ。
責められるべきは保護者である司令であり、私達ネルフである。

ネルフの道具、エヴァンゲリオンの人柱、つまり人類存続の為の計画における犠牲者ファーストチルドレン・綾波レイ。
それが半使徒、インフィニティなど…

インフィニティ?

私は司令の話に感じた違和感の原因に気付いた。

司令は確かブラックボックスの中にはインフィニティが…と言った。
そして司令はレイがインフィニティであるとも言った。

単純に話の流れからすればつまりあのエントリープラグのブラックボックスにはレイが…え?

矛盾だ。あり得ない。何故なら

…レイは今生きている…

私は混乱した。混乱しながらその原因たる司令の発言の矛盾をまくし立てていた。


「ま、待って下さい!レ、レイは生きています!生きてい…」


その時、私はある考えに至り、その発想の意味する所に想像を巡らせ…

その可能性に恐怖した。


「!?ま…まさかレイの血縁者…家族を使用したのでは…」


司令は無言で首を横に振った。
ややあって司令が口を開く


「口で説明するより見た方が早い…これからドグマに降りる、附いてこい。」


言うが早いか席を立ち、扉へと歩き出した司令。
その背中に私は掛ける言葉すら浮かばす唯慌てながら歩み去る姿の後を追うしか無かった。


―――





「こ、これは!?」

「使徒アダム…最初の人間だ。使徒はこのアダムと融合する為にこの第三新東京を目指している…」

「…これが…アダム…南極を壊滅させた使徒がこんな場所に…」

「…と言うのは建前だ。」

「え?」

「ここに封印され存在しているこのモノは…アダムでは無い…」

「で、ではこれは一体…」

「これは旧首都東京を壊滅に追い遣った元凶…使徒リリスだ。」

「!?」



《First》http://www.youtube.com/watch?v=6ZzJmYCaB28&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




【−月光X−】

「これは旧首都東京を壊滅に追い遣った元凶…使徒リリスだ。」

「!?」

「セカンドインパクト当日、旧東京に突如出現した首都壊滅の原因、使徒汚染を引き起こした元凶たる存在、それがこの使徒リリスだ。」

「これが…ですが司令、エヴァは最終艤装中の弐号機を含め三機しか無い筈です。
ではこのリリスを倒した最初のエヴァンゲリオンとは…」

「確かに既存の機体は三機、だが欠番がある。
我々は既にエヴァンゲリオンを一機喪失している。」

「え?」

「この使徒リリスは旧東京において対使徒用決戦兵器エヴァンゲリオン壱号機により倒され、このジオフロントに封印された…」

「壱号機?最初のエヴァンゲリオンと言うのならば零号機なのではないのですか?」

「確かに最初に建造されたのは零号機だ。だが零号機と初号機は人間の造り出した存在では無い。」

「!?」

「君も気付いているだろう。
改めて考えてみろ、これ程巨大な人造人間を何の資料も無く零から建造する労力と時間を。
そして見ろ、ここに有るそのエヴァンゲリオン用支援設備の数々を。
 このドッグ型調整槽、輸送架条、カタパルト、発電設備、工厰、皆エヴァンゲリオン運用の為にエヴァンゲリオンに合わせた規格で用意されている。
 ではこれら全ての設備を今運用する為にはどれ程前から準備する必要がある?
建造する時間を逆算してみれば良い、つまり…」

「…既に…エヴァは存在していた…」

「ああ、人類補完計画成立前からエヴァンゲリオンは存在していた。」

「ではエヴァとは一体何なのです!」

「…判っている筈だ。」

「…まさか!?…まさかエヴァは…人の造りし物では…無い…」

「そうだ、我々がこの巨大な人造人間を今この時の為に作り上げた訳では無い、この巨人は今この時の為に用意されていたのだ。」

「そんな…」

「補足しよう、初号機は南極で使徒アダムを封印していた巨人体を回収再生した機体…正に人類が初めて手にした人造人間だ。」

「初号機が…」

「順を追って説明する、南極で発見された巨人は以前にここ、ジオフロント最深部ターミナルドグマで発見され発掘されたた巨人の残骸達とほぼ同一の存在と判明、
原型を保っていたその巨人はザ・ファーストと呼称された…」

「…ザ・ファースト…だから初号機…」

「我々はこの巨大地下空間から発掘された巨人の残骸を繋ぎ合わせて一体の巨人を再生した。
その巨人を我々はエヴァンゲリオンと命名、機体をプロトゼロと呼称した…そう、零号機の事だ。」

「…それで…ゼロ…」

「ザ・ファースト…初号機の解析と零号機再生計画で得たノウハウにより我々は一体の巨人を制作する事にした。
過去の遺産に頼らず現代の人類が自らの力で建造した機体故に製造番号が付けられた。試作1号(プロトワン)…即ち壱号機と。」

「…成る程…」

「エヴァンゲリオンとは何かと聞いたな?
答えよう、超古代の先史文明がその前に出現した天敵・使徒アダムに対抗すべくアダムの使徒細胞より作り出した巨人…それが人造人間エヴァンゲリオンの正体だ。」

「…アダムの肋骨より主はその伴侶を創られし…正しくエヴァ…」

「リリスについても話しておこう。
南極で使徒アダムを封じていた存在…それがリリスだ。
リリスとはエヴァンゲリオンとは違う方向性で使徒から創られた対使徒生物兵器だ。
そして先史文明が苦渋の決断により生み出した方舟でもある。」

「方舟…ですか?」

「それについては後で説明する、話を進めよう。
 前大戦中、この国で地下壕制作中に発見されたこのジオフロントは長期に渡り特別機密に指定、極一部の人間以外立ち入りは禁止され一般人にはその存在すら知られなかった。
存在が公になったのは君の知る通り90年代…半世紀過ぎてからだ。
何故か?
前大戦が休戦に至った理由もここ、ジオフロント発見に端を発する、それほどここの発見は重大だったからだ。
 その後世界規模での極秘探索が行われ、実に数十箇所に及ぶ地下大空洞の存在が確認された…裏死海文書の記述通りに。」

「裏死海文書…ゴシップや噂では聞いていましたが…良く有るタブロイドのスパム記事だと思っていました。」

「ああ、発見当初は古の説法や神話の曲解を記した偽書の類と思われていたからな。
タブロイドやゴシップ誌に出た情報の大部分はこの解読当初の物だ。

 実際その判読可能な部分の解読が進むにつれその真贋性は更に疑問視された。
解読が進む程内容が意味不明となっていったからだ。その内容は荒唐無稽且つ支離滅裂、前後の繋がりすら無い上にあやふやな代物だった。
 既知の神話の旧解釈や伝承されなかった部位でも無い、未知の断絶した宗教神話等では説明のつかぬその内容を揶揄して“翻訳者の小遣い稼ぎ”“アーカム図書館の落書き”“プラスチック製象牙の書”等と称する向きさえ有った程だ…」

「…しかしそれは事実であり、実際現実となった…と言う事ですね?」

「ああ、1968年の国連による第8次南極特別探査隊によって発見された巨大地下大空洞、その内部調査に当たった第11次探査隊が見た物こそ裏死海文書の記述を真実と確信させるに足る代物だった。」

「…」

「探査隊の見た物…それは半透明の巨大な繭の中、異形を槍で貫く巨人の姿だった。

アダムは記述通り繭状の物質に覆われエヴァンゲリオン初号機に槍で縫止められた状態で発見されたのだ。

同年設立されたネルフの前身である人工進化研究所、ここは本来この巨人解析を目的に開設された施設だ。
 既にここ、ジオフロントにおいて多数の巨人残骸を発見回収しその調査研究に当たっていたこの組織が南極の巨人も調査する事となり、巨人…エヴァンゲリオン初号機は日本へ極秘輸送後このジオフロントに運び込まれた。
同時にサンプルとして採取した幾つかのサンプル片…アダムの一部とその周りを覆う繭状の物質もここに届けられた。

 しかし巨人も、アダムとその繭のサンプルも…生きていた。
初号機は仮死状態、繭とアダムは休眠状態だったのだ、そして繭とアダムの結合部位のサンプルは驚くべき事実を我々に伝えた…アダムはリリスに半融合された状態だったのだ。
 我々は裏死海文書の記述から繭を構成している物質を“封印細胞”、アダムのサンプルを“使徒細胞”と名付けた。」

「封印細胞!?」

「そうだ。我々はそのサンプルを分析後当時旧東京にしか無かったP4級隔離設備に保管した。葛城調査隊発足前の話だ。」

「葛城調査隊…セカンドインパクトに巻き込まれミサ…1名を除き全滅したあの…」

「国連を通じ人工進化研究所は巨人とアダムの調査を平行して行っていた。
 謎に満ちた巨人とアダム、調査の結果その遺伝子構成や肉体素材から巨人はアダムを元に造られていた事は既に判明していた。
だがその両者に備わっている球体…コアの正体は一切が不明、我々は世界中から当時最高の研究者達を全ての分野から極秘召集、解析を依頼した。」

「…その一員に葛城博士も…」

「そうだ、そしてSS理論提唱者でありN2開発の父でもある葛城博士は検討の結果コアをアダムの動力…SS機関と判断した。
この発想に全ての研究者が賛同し、ある提言が為された。

 そのコアを分離し、構造を調査する事によってエヴァンゲリオンのコアを動かす手掛かりを得られるのでは…否、人類がSS機関を開発する事すら可能なのでは…と。

 そして調査チームが南極へ送られる事になった。」

「…それが葛城調査隊発足の経緯…」

「そうだ。たがアダムより分離されたSS機関への接触実験は最悪の事態を引き起こしたと見られる。
予想外にSS機関は稼働を始め、分離されているアダムが再生を初めてしまったのだ。

 ここからは以後の事態推移からの推測だ。
目覚めたアダムは自らを汚染し取り込もうとするリリスを排除する為に反ATフィールドを展開、南極は死の世界と化した…セカンドインパクトの始まりだ。

 だがセカンドインパクト発生に伴う反ATフィールドの範囲拡大は葛城博士に阻止された。
制御棒たる槍のコア挿入と熱核反応弾によるアダム本体の破壊によって反ATフィールドは消失、エネルギー源を失いアダム達は初期化されたと見られる。」

「?待って下さい、アダム…達?」

「ああ、覚醒したアダムは同時に成長、周囲の接触した人間達を同化し増殖した。」

「増殖!?」

「アダムとリリスの伝承は地父神ガイヤやイザナギ神話の様に変質しながらも世界中に残っている。
産めよ育てよ地に満ちよ…アダムの司る能力、それは増殖。リリスの能力たる同化とは似て非なるモノだ。

 本来ウロボロスの如くアダムとリリスは互いを抑える存在、アダムの肋骨より作られたエヴァにより人は地に満ちる事を許された。
だが南極でアダムを封じていたエヴァンゲリオンと槍は排除され、接触実験によりアダムは活動を再開…枷たるリリスを排除した。
 アダムの目覚め、その余波こそがセカンドインパクトだ。」

「…そしてその初期化されたアダム達こそが…」

「そう、使徒だ。
 同時に旧東京にも異変が起きた。
セカンドインパクト発生による南極の敵…アダムの覚醒に呼応して封印細胞も目覚め…使徒と化したのだ。
 P4施設を突破し封印細胞は旧東京に出現、汚染された人間達はインフィニティと化した。
人々を同化したインフィニティは融合を繰り返し使徒リリスとして覚醒、迎撃へ向かったエヴァンゲリオン試作機…つまり壱号機は暴走し…否、本来の敵に対峙し本能に目覚めたのだ。

 人の手を離れ壱号機はその真の力を発揮した…使徒リリスを圧倒後バーサーカーと化しあらゆる存在を破壊しだした。
しかし暴走中の壱号機は再生したリリスより逆襲を受け壱号機は使徒に完全同化される寸前に自爆し使徒を倒した。
…その機体と旧東京湾岸部一帯を巻き添えにして。」

「…それが…旧東京壊滅の真実…」

「話は未だ終わらない。
旧東京の被害は甚大だったが更に脅威的だったのは使徒が未だ生きていた事だ。」

「!?」

「隔離封鎖された旧東京に入った調査団が発見した溶解した使徒の残骸、だがそれには生命反応が認められた。
我々はその残骸を回収し…インフィニティ化した人々と共にここ、セントラルドグマ内へ封印した。
あのリリスに融合した無数の足、あれこそがインフィニティ化した人間の末路だ。
彼らは本能のまま融合し合いながらリリスを目指し、自ら吸収されて行った…
あの仮面は成長を抑える為の封印、だが完璧ではない。このままでは遠からず再びリリスは目覚める。
南極でアダムを封じていた生命の樹…ロンギヌスの槍によってその生命力を吸収させ続けねばリリスは復活し、アダムと共に世界を滅びに導く。
リリスを固定するあの十字架と周りに浮かぶ艦船には各々ギガトンクラスの熱核反応爆弾が搭載されている、非常時にはターミナルドグマごと焼灼出来る用に。」

「何て事…」

「この結果から我々はエヴァンゲリオンを更に改修した。
君も知っての通り今のエヴァンゲリオンは暴走を防ぐ為本来の機体能力を人間が操れる程度にデチューンした半端な代物だ。
 そもそも有人操作…パイロットが搭乗すれば既にその時点で機体能力の完全解放など出来る筈がない。
当然だ、エヴァンゲリオンは本来自律戦闘機体、その戦闘能力は人間の知覚能力を遥かに越えたレベルに有る。
端的に言えば人が操縦するどころか搭乗させる事自体が誤りなのだ。

 では暴走を防ぎつつ能力を完全に解放し戦闘プログラムを完全発動させるにはどうすれば良いか。
その答えが…我々ネルフの出した結論がここに有る。」

「…このエレベーターの先に…」

「これは最後のチャンスだ。今なら何も見なかった事に出来る…全て忘れるか全てを知るか後は君次第だ。」

「…」「…」

「…」

「そうか…では共に来い。」


カシュッ・ピッピッピッピッ…ピーッ“プシュン”


「地獄へようこそ、赤木リツコ博士。」




《FIRST》
http://www.youtube.com/watch?v=SwA-LXw18qc&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




旧東京。

セカンドインパクトによる地軸変動に伴い発生した海面上昇と核テロにより破壊されたとされる、半ば水没し放棄され廃墟と化した旧首都。

又の名を廃都東京。

ここはその廃都の直中に存在する。

 無数の廃墟の中をその中心部へ向かい進んで行けば、まるで切り取られた様に広大な空間が不意に出現する。
上空から見れば真円の更地と化しているそこの中央に立てば、周りを遠巻きに囲む無数の建造物の残骸達はまるで巨大な墓碑の如くに見える。

死と静寂に満ちた廃墟群の中、そこは虚無に満ちている。


“旧東京閉鎖区封印エリア”


ここはその存在を知る者達からそう呼ばれている。


 誰もいない、何も無い、虫も草も、およそ命の息吹きの欠片すら感じられない。
否、ここには死の香りすら存在しない。
全てが静止したかの様なここは正に虚無の地。

 そこには何故かナスカの地上絵を思わせる巨大な人型が描かれている。

その巨大さ故に遠景からしか確認出来ない人型の絵。
それの存在すら知らぬ者が殆どの世、大衆にはその由来を知る者も無く、だが今もそれは存在している。

 見る者も無く、変わる事も無く、それは只無為に存在していた。

だが今日は少し…否、ほんの僅か、微かにだが変化があった。


その人型の中心に、遠景からは肉眼ではまず判別出来ない程小さい何かが置いてある。

風に吹かれ微かに揺れる白い花弁達、回りを包む紙が作る円錐の底を纏める桃色のリボン。

その下側には幾つかの石で囲まれた棒状の香の束が揺らぐ煙をたなびかせている。

 彼方へと流れ消えて行くその煙と、僅かな風に擦れる花束の包装紙の発てる音が虚空へ彼方へとどこまでもどこまでも拡散してゆく。


ほんの数分前までは何も無かった筈のそこに捧げられた一つの花束と線香の煙、只それだけが虚無の地に色を乗せていた。


そして時は流れ…




【−月光(インターミッション −影絵− )−】




「どうした碇?急に呼び出しとは珍しいな。首相との会談が不首尾に終わったか?」

「首相の口からJAの名が出た。探りの為か恩を売るつもりかは不明だが、有難く拝聴させて貰った。」

「ほう?」

「…内閣府でも漸く国防省の動きに気付いた様だ。重工始め企業連への接近も話題に挙がったが…」

「国防省か、そう言えば戦自がポジトロンキャノン接収の件で未だゴネておったな。」

「ああ、自分達が半ば開発放棄…言わば見限った兵器をネルフに拾われ、しかもそれで使徒を倒されてしまったのが大分効いたようだ。」

「だろうな、戦自内部では国防省や幹部の批判に加えネルフと政府に恨み節を唱える一派が増えておるらしい。
ポジトロンキャノンの一件で国防省高官や現役戦自幹部達の面子は丸潰れだからな、当然か。」

「今まで彼等が抑えていた防衛庁解体を主張する自衛隊吸収統合派やUN軍への参加拒否を唱える反ネルフ派がここに来て又勢力を伸ばし出している。
現に戦自内の一部では政府がネルフに廻す予算が有れば戦自単独で使徒は倒せると公言しだした。
 国防省批判論や装備開発計画見直し論、果ては幹部更迭論も内部で出ているそうだ、その流れに乗った国防省右派と企業連の思惑が一致した結果がこれ(JA)のようだな。」

「それにしてもよりによってJA計画か。あまりに馬鹿馬鹿しいので気にもしておらんかったがまさか現実に開発中とは。
 しかしJA計画が机上のダミー企画で無かったとすれば…目眩ましか?」

「ああ、JA計画自体が他の極秘計画の隠れ蓑のようだ。
 会談中、首相宛に内調から連絡が届いた…国防省がJA計画に投入した筈の資材と予算、既に5機分が支出済みだ。試作機にしては多い。」

「そうか?通常なら試作機と試験機、同時に先行量産型を作るなら3から5機は…」

「“通常なら”だ。
国防省正規開発や戦自の独自開発なら兎も角ベンチャー事業の自主提案への補助事業、しかも未だ現物の無い代物だ。
戦時中ならいざ知らず、試作機完成前の量産型先行製作発注、それも実績の無い新型だ。
例え航空機や車両でもよほど将来的見込みが立たなければ現時点では流石に無い。」

「…横領にしても多過ぎるな、となれば…」

「何らかの方面への流用だろう。」

「表沙汰に出来ぬ計画への…か。」

「ああ、幾ら国防省の戦自関連予算内容詳細が機密指定で会計監査がザルとは言え流石に堂々とこの額は隠匿出資出来まい。
企業連の対使徒兵器自費開発計画は良い機会だったろう、国防省にとって渡りに舟だった筈だ。
それへの支援事業なら簿外出資の名目には絶好だ、堂々と請求出来る。」

「成る程、民間主導、しかも対使徒兵器開発への支援名目となれば資金貸与や物資調達は容易だろう…
しかし予算確保に懐かしの戦艦大和方式か、何処もやる事は一緒だな。」

「だが余りに遣り方が雑だ。
計画内容の仔細も改めて正式に確認したが低スペック過ぎて話にならない。
何しろ駆動機関は今更ながらのスチームタービン式核融合炉だ、そもそも使徒戦に核動力なぞ自滅以外何物でも無い。」

「話にならんな。
使徒相手にATフィールドすら持たん機械人形で対抗なぞ出来ん、おまけにスチームタービンだと?
よりによって格闘想定の機体に態々破損に弱い蒸気配管を組み込むとは…」

「ああ、増してやそもそも接近出来るかどうかすら怪しい上、融合炉など冷却出来ねばそれまでの代物を積んだ危険物をわざわざ使徒相手に繰り出すとは無謀過ぎる。」

「まぁ例え組み付けたとしても効果有る攻撃が出来るとは思えんな。
最後の手段で例え自爆したとしてもN2ですら滅せぬ使徒相手には大した効果は無かろう、只周辺への被害が増えるだけだ。」

「それだけなら未だ良い、このJAの遠隔操作装置は民製品転用の民間周波数仕様、
補助的に積んである自律行動プログラムは一般のソースコードで組んである…」

「!彼等にはセキュリティの概念は無いのか!?」

「しかも肝心の動力源…新型核融合機関は未だ開発が停滞中だ、もし完成が間に合わなければ試作機の動力源は核分裂炉仕様になるそうだ。」

「…セキュリティどころかセーフティまでそれか…古の核動力爆撃機宛らだな。」

「ああ。
だがその低性能振りもある程度は納得出来る、
例え実態は技術検証実験機とは言え他に使い道の無い張りぼてに誰も態々無駄に予算を注ぎ込みたくは無いだろうしな。
問題はJAが完成し、もし仮採用された場合だ。」

「うむ、そうなれば出資内容や会計報告も公にせねばならん。何を考えて…
まさか…失敗前提の計画か!?」

「恐らく。
計画に参加している各社の技術力からしてもこの設計は余りに不自然だ。
恐らく開発陣に渡った使徒戦に関する情報が操作されている。」

「失敗させる為にか…となれば…今回貧乏籤を引くのは重工企業連か。」

「正確には開発主導者だな、作る程赤字になるのが目に見える補助金頼みの事業なぞ企業連でも端から本気に押してはいないだろう。」

「ふむ、単なるデモンストレーターとして打ち上げた代物に他所が絡んで思わぬ大事になって退くに引けなくなったと言った所か。
企業連も頭が痛い所だろうな。」

「この計画、誰もが失敗を望んでいる。
 先ず我々ネルフには単なる障害物として除去対象だ。
 戦自にとってはポジトロンキャノンの件がある、ここでもし民間主導開発品が制式採用となれば…」

「…面子面目が立たんか。開発計画関係者の責任どころか自前の開発機関の存在意義まで問われるな。
下手を撃てば自分達の責任まで追及されかねん戦自幹部は皆、頭を抱えておるだろう。」

「ああ、それにもし制式採用となれば配備計画の再策定と作戦戦略見直しが必要となる。一先ず状況静観と言う所だろう。

 国防省は極秘資材の備蓄と機密予算確保が目的だ、証拠は残したくあるまい。
 加えて自ら手を汚さずネルフに圧力を掛ける道具にも使える。
 後はこれを口実に内部の不平分子や強硬派を粛清し、用済みのJA計画担当者の首一つと引き換えに全ての責任を失敗した企業連に端金で押し付ければ良い。

 企業連も重工側も例外では無い、一時的に名は落ちるが元々乗り気で無かった計画からJA開発の技術資料を獲た上で堂々と手を引ける。
 何より、JA計画関連のどの企業も成功失敗に関わらず今季決算では名目赤字を計上する事だ。
 実質国防省の全額出資事業で殆ど出資の無い企業が僅かな賠償支出で補助金の交付と法人税の減免措置を受けられ、加えて責任者の処分と併せて復興特需終了でだぶついている人員の整理を進められる。

 そして政府もだ。戦自とネルフに貸しを作り、会計監査に加える手心次第で企業連への影響力も強くなる。となれば…」

「…で、それが担当者を除く皆の望み通りの結末だとして…引導を誰が渡す?
悪役を担うのは何処になる?」

「何れにせよ、何処かが最終的に片を付ける羽目になるのは間違い無い。
そしてその準備も手打ちの仕方も皆用意済みだ。
だが、皆その準備を自分が使う気は無い…」

「皆が最後に引いたカード次第と言う所か。…ババ抜きだな。」

「ジョーカーは一枚で充分だ、一枚だからこそ切り札の価値がある。」

「…彼女は使わんのだな?」

「ああ、北極海の始末が先だ。
それに未だ奴に頼るべき局面には無い。」

「ではJA計画の進行状況は青葉に監視させよう、後は…」

「ああ、最も…彼等が恥を忍んで我々に泣き付く度胸があるなら悪役を引き受けるのもやむを得まい。
シナリオの進行具合によってだが最悪赤木君に動いて貰おう。」

「良いのか?」

「彼女も既に我々の計画構成員だ、共犯者としてAAAまでの情報を得た見返りに働いて貰う。」

「そうか、遂に彼女にも開示したか…だがまぁAAA程度までなら問題有るまい。
それにそこまで知ったならばもう抜けられぬ、計画の歯車の一つとしてここで仕事を任せるのも良いだろう…実行犯としてな。」

「子細は任せる。」

「うむ、ではその様に…」


―――


「ヘックシ!!」

『どうした?風邪か?』

「うんにゃ、まぁたどっかでアチシの美貌の噂してるみたい。」

『…元気そうで何よりだ。取り敢えず依頼の品、そちらの手荷物に入れておいた。』

「せんきゅータレ目、やっぱ婦人用品は日本製に限るからにゃあ。」

『お陰で随分白い目で見られたよ、貴重な体験だった。』

「まー君は下っ端だから仕方無いわな。
寧ろ世の御婦人方の苦労の末端を覗けた訳だし良かったぢゃん。
そんじゃま代金は後程って事で。」

『後程ねぇ…出来ればスーツケースも返して欲しいんだかな。』

「ケチだねー査察官殿は、んじゃそっちの監査終わったら取りに来な。
料金込みで渡したるにゃ。」

『はいはい、お嬢様の仰るが儘に。では後程…』


―――


「…しかし大人の事情に子供を巻き込むのはどうも気が引けるな…」


―――


「…やっぱ子供の事情に大人を巻き込むのは気が引けるにゃあ…」






【ALICE iN BLACK MAKERT】
http://www.youtube.com/watch?v=Yppk4jt0yo4&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




「ようこそ地獄へ、赤木リツコ博士」


女にそう告げながら、つい口元に歪んだ笑みが零れそうになるのを止められない。

私は自身のあまりにも芸の無い台詞に失笑していた。


…これではユイや冬月の事を笑えないな…


自嘲の笑みを消す事無く私は立ち竦む女に背を向け歩き出した…その自嘲の原因へと。



【−月光Y−】
《FIRST》
http://www.youtube.com/watch?v=tOxmalmfB0Y&sns=em



ヘブンズゲート

ここネルフにおいて、この名称には二つの意味がある。
一つは今私達の立つこの封印地区、ジオフロント深部地底湖を指す。

そしてもう一つは今私達の目前に在る。


これはジオフロント最深部への直通エレベーターだ。

冬月はこのエレベーターを前にしてある台詞を低く呟き、私は後にその台詞を刻んだ銘板をそこに貼り付けた。
見上げた先、未だ輝く銘板に刻まれた遥か過去の夢想家たる著名な芸術家の戯れ言が我々来訪者を嘲笑するかの様に迎えている。


“この門をくぐる者、一切の希望を棄てよ”


銘板を見上げる私の視線を追って同じ様にその碑文を読んだのだろう、背後から息を呑む気配がした。

口元を歪めたままエレベーター横の認証用カード読取り機にカードキーを挿し込みなから、私はこの扉を巡る過去の稚気じみたやりとりを思い浮かべていた…



―――



『…本当に付けたのか?』

『下手な捻りは要らんだろう。他に何と呼ぶ?』

『…蜘蛛の糸には細過ぎるな、羊の皮なら南極だったが。』

『確かに、砕氷船がアルゴノートとは出来過ぎだったが…』

『最もセイレーンから逃れられたのは子供1人だったがな。
否、寧ろ生存者が存在した事が驚異だったか。』

『ああ、正に奇跡的な…否、奇跡だろうな。』

『うむ、確かに奇跡の方が相応しいか…
最も調査隊の被害はまあ仕方有るまい、彼等を救う筈の唄い手は竪琴と共に地獄へ妻を迎えに行っていたのだからな。』

『随分と大きなエウリディーチェだな。
ならばこれからジオフロントを地獄と呼ぶか。』

『それも良かろう、冥王にその妻、三つ首に渡し舟…皆揃っておるしな。』

『…ならば石榴の実はレイか。』

『ほう、レイは冥府の女帝を地に縛る楔か。相応しいかも知れんな…まぁ、最も地獄と称するには現世浮世の方が相応しいだろうが。』

『止むを得まい、生きる為に殺し喰らい死に喰われる生命の一つ、それが人間だ。
人の思考なぞ所詮人の枠さ冬月、程度の差はあれ上を仰ぐか下を向くか程度のものだ。
幾ら神を騙り説こうとも人は生命の軛からは逃れられない。
その軛こそが世の摂理、人の意思がどう在ろうとも彼の意思たるこの世界を統べる摂理からは逃れられん。』

『見方を変えれば摂理に抗う事こそが彼の意図とも考えられる。
摂理に抗い逃れようとする意識や行為こそが可能性を生んで来た、即ち人の摂理への挑戦こそ彼の計画そのものかも知れない。』

『所詮釈迦の掌中か、天より見下ろせば我々は宛ら修羅道の悪鬼羅刹だろうな。』

『あら、ならば地獄から見れば現世は天国でしょうか?はい、紅茶です。』

『おお、丁度喉が渇いた所だ。有難う…
確かに修羅の住民にとっての日常は現世の住民には地獄だろう。だが反対はどうだね?
畜生道に落ち修羅道に生きる者に現世は天国か?
寧ろ地獄かも知れん。』

『冬月、いつからグノーシス派に鞍替えした?
最も、修羅から見れば現世こそ天国と地獄の入り交じる修羅場だろうな。』

『…ふむ、天国と地獄に挟まれし現世を修羅道と見るか。
ならば我々は修羅なればこそ修羅道を終わらせ現世を人の手に返さねばならん。』

『そもそも現世は人の物か?
最もロマンチストなら神の名を使い臆面も無く人の世を肯定しそうだな。』

『ローマの物はローマに返せ、神の物は神に返せ…ですか。』

『では人の…人間の物とは何だ?人の物なぞ無い。人は只神より命を授かり死して命を還すだけの存在だ。』

『人を神の創りし存在とするならそうかも知れんな。だが智恵の実を獲、楽園を出た時点で既に我々は神の手を離れてしまった。
果たして智恵を得た人々の意思は楽園への帰還を願うか?』

『…そもそも楽園(エデン)とは何だ?』

『…楽園か…』

『あら、お二人共そんな簡単な事を判らずに悩んでおられるのですか?』

『『?』』

『凡そ全ての生物にとって楽園とはですね…私達“女”のここ(子宮)ですわ。』

『!?は!こいつは一本取られたわ!』

『…成る程…』

『クスクス…先生、おかわりは如何です?あなたもどう?』

『頂こう…正に“母は偉大なり”だな、碇。』

『全く先生の仰る通りです。私にも頼む』



―――



長い長い沈黙の後、エレベーターは目的地に到着した。

開いたドアから一歩外へ、LCLの濃い匂いと共に酸素を肺に満たすべく深い息を吐き、吸う。

私の後に附いてきた女は匂いにむせた様に一瞬息を停めた。

嗅ぎ慣れた匂い、見慣れた背景、見慣れた機器。

そうだ。ここは、こここそが私の罪の証だ。

改めて周囲へ視線を巡らせる。
ここは10年以上他者の侵入を拒んできた。
S級メンテナンス要員ですら足を踏み入れた者はいない。
建造以来ここに来た者は僅か数名、私を除けば冬月とレイ以外にはいない…否、ユイもか…。

傍らの手摺に積もる埃が時間の経過を語っていた。



―――



数枚目の自動ドアの向こう側には先客が居た。


「…お待ちしていました司令、赤木博士。」

「ご苦労。」

「!?レイ?何故貴女がここに?退院許可は?確か貴女まだ入院加療の最中」「私が呼んだ」「!?」

「何故レイがここに居るか疑問の様だな?」

「当たり前です!レイは未だ…」

「レイ」

「はい」

「その手の包帯を取れ」

「はい」

「?な、何を…」


包帯を外しだし、湿布を剥がすレイ、その素肌に残る赤い低温火傷の跡…


「レイ、傷を治せ」

「はい」

「!?」


瞼を閉じ、何かを念じる様な表情を浮かべるレイ。
するとどうだ、レイの肌は見る見るうちに白く…ものの数秒でその肌は元の抜ける程白い肌へと…

蒼白な表情で女はレイの変化を見ている。


「…未だ骨折の修復は無理だが表皮程度ならばこの通り、これがエヴァンゲリオンパイロットとして生産されたファーストチルドレンの持つ力だ、その現在の能力は未だ不完全…今のは本来のスペックの一部だ。」

「…生…産?」

「レイ、槽の遮蔽板を上げろ。」

「はい。」


私の命令に応じレイは傍らの壁面へ手を伸ばし設置されたスイッチを入れる。

ゆっくりとスライドする前面壁

その向こうは…


「!?ヒイッ!?」

「…」「…」


ガタガタと震え血の気の失せた蒼白な表情の女は、その目を閉じる事も叶わず只目前に展開された衝撃的光景に圧倒されている。


「…こ…、こ…れは…これは一体…」


うわ言の様に震える声で呟く女の声に理性の欠片を感じ、私は内心安堵しながら冷徹に事実を告げる。


「見ての通り、エヴァンゲリオン素体…綾波レイのストックヤードだ。」


私の台詞に女はゆっくりと後退りしながらやはりゆっくりと首を回し、その恐怖に歪んだ表情で私とレイを涙を湛えた目で観畏遣った。
その視線を黙殺し、私はレイに問い掛ける。


「レイ…」

「はい。」

「お前は一体何者だ?」

「私は綾波レイ、エヴァンゲリオンパイロットファーストチルドレンです。」

「マギへの登録認証は?」

「HES・AーYA・NAーMi・XXー0」

「その意味は?」

「ヒューマノイドエヴァシステム ーモデルAーYA タイプNA クラスMi クロモコードXX ープロダクトNo.0。」

「何の為にお前は存在している?」

「私は使徒を倒す為に生み出されました。私はエヴァのパイロットとなるべく人の遺伝情報をベースにエヴァ初号機の肉体構成物質から創られた人造人間です。
同時に最後の審判においてリリスの意識を司る為更にリリス細胞によりインフィニティ化した存在でもあります。
私はリリスの意思の一部となりその行動の制御棒としてリリスに帰る為存在しています。

私自身は量産された複数の素体の内の一体に過ぎません。しかしながら複数の私の中で自我を得たのは私自身のみです。何故なら私はインフィニティ、言わばレギオンの1人。
則ち複数にして単数、1人にして複数、私の思考は全ての私と共有されています。
複数の私の意思は私に集約され、故にその感情のみが私を私個人と認識させています。
そして私は仮面により繋がりを断たれてはいますがリリスとも意思を共有しています。」

「…レイ、あ、貴女…こ、これが…こんな…こんな事が真実だなんて…」

「そうだ。これが事実であり、現実だ。」

淡々と事実を蒼白の顔をした女に告げ、更にもう1つの事実も語る。

「以前君は何故レイを廃墟に住まわせているか私に聞いたな?あの廃墟と中学校、ネルフ本部、そしてここ、ヘブンズゲートには熱核爆弾が仕掛けてある。万が一レイがリリス化した場合に備えてな。」

『司令、あ…貴方は…貴方ほ、本当に人…いえ、それでも人間ですか!』

『当然だ、ヒト以外に何がコレを創る?此程不完全な存在を創る愚かさこそがヒトの証だろう。』

『!?』

『レイ、包帯を元に戻せ。時間も時間だ。皆、食事にしよう。』

『はい。』

語るべき事を語り、次の行動予定を伝えて私は茫然と立ち尽くす女を背に歩き出した。
私の後ろを包帯を巻き直しながら、レイが付いてくる。漸くしてハイヒールの甲高い連弾音が私の靴音に混じった。

深淵を去り行く三つの影。

その背後でゆっくりと閉まってゆく壁面の向こう側、数多の石榴の果実達がその人影を淡い光に映し踊らせながらゆっくりと遠ざかる人影達の背に白痴の笑みで嘲笑を浴びせかけていた。




「…何故なの…」


碇司令の後ろを只ぼんやりと附いて歩いていた筈の私は現状を未だ把握出来ずにいた。



【−月光Z−】



「親父、醤油豚骨ネギ抜きとニンニク豚骨チャーシュー抜き、それと…赤木君は何にする?」

「あ、味噌野菜で」

「味噌野菜一つだ。」

「あいよ。お姉さん七味は要るかい?あ、嬢ちゃん紅生姜と高菜は自由にそっから取っとくれ。」

「はい。」
「あ、はい、七味下さい。」


…改めて現状を説明しよう。
有り体に言って薄汚い屋台の長椅子に私達三人は並んで座っている。

 現実に圧倒され何も考えられず只司令の後を附いていた私は司令が地上への直通高速エレベーターに乗り込んだ時にも何の疑問も抱いていなかった。

…おかしいと疑念の一つすら抱けなかったのだ。

気が付けばもう暗い街角で街灯に照された屋台の前に私達は立っていた。

流石に異常な状況に気付いた私の口から思わず零れた台詞は端的だった。


「…どういう事なの…」


少し考えれば判る事だ、本来ネルフ総司令の立場上例え極秘でも地上に出るなら必ずSPの2〜3人は附けなければならない筈であろう。
これは保安規則に違反した行動だ、司令は規則を破る事などしないと言う私の認識は間違いだったのだろうか?。
否、そんな事より他に…

…有り過ぎてどれから考えれば…

湧き上がる色々な疑念や何やかやを混乱した私の頭脳は処理出来ない。
 思考を纏める事も出来ず、只混迷の底に居た私はその場の雰囲気に呑まれ周りに釣られてつい注文をしたものの、今私に食欲は無い。

こんな事は大学の実習以来だ。

…否、献体解剖実習の方が未だマシだった…

ふと目の前になみなみと水を湛え汗をかいたタンブラーが差し出される。

差し出されたタンブラーを掴んでいたのは包帯に覆われた白い…

慌てて横を向く。

そこには慣れた様子でピッチャーから皆のお冷やをタンブラーに注ぎ各々の前へ並べているレイの姿。

猛烈な違和感に襲われる。
これではさっきまでの光景が…


…嘘な訳は無い。


現に差し出されたタンブラーを握る手に巻かれた包帯はいかにも素人の巻いた乱れ様で

…それともあれは幻覚で私は質の悪い悪夢を見ていたのだろうか?

私の思考は現状を理解する努力だけで既に許容範囲を超えかけていた。

改めて隣の司令とその隣の少女を眺める。

…この男は一体何を考えているのだろう。

悪辣な程に非情な人間である事に間違いは無い。
何しろ幾ら対使徒戦の為とは言え、人間を量産するなどと倫理の欠片も無い、正しく神をも畏れぬ行為を平然と行い、それを人に伝えながら微塵も臆せず恥ずる事すら無い様子が全てを物語っている。

挙げ句その量産した人間を文字通り道具に使い、人体実験の贄に…リリス細胞に故意に汚染させるなど贄以外何だと言うのか?…使用した挙げ句、最後の手段とは言え何時でも処分出来る様に爆弾…それもN2どころかわざわざ水素熱核反応弾…を仕掛けておくなど…


…この男なら意外でも何でも無いか。


合理性の極みなこの男ならどんな人間であれ不要となれば簡単に切り捨てる。
私とて例外ではあるまい。
現に男は自分の息子ですらエヴァに乗らぬなら不要と言い切ったではないか。
 あの強烈な台詞は未だはっきりと覚えている。

“乗らないなら帰れ”

これを非情と言わずに何と呼ぶ?

…その男がSPも附けず薄汚れた屋台でエヴァの実験体とマギの為の道具を引き連れて食事を…食事?ここで?

改めて辺りを見回し、理解し難い現実を漸く把握した私の脳裏には疑問符しか出てこない。

何で屋台?何でラーメン?しかも何でよりによって屋台な訳?

一体何の冗談だろう?

 他に幾らでも考えなければならない事もあるだろうに、そんな的外れな思索に耽るしか無い私の嗅覚に不意に濃厚な豚骨とニンニクの薫りが無思慮に浸入してきた。

不意に誰かのお腹が鳴る。


「おや嬢ちゃん、そんなに腹空いてるのかい?」

「はい。」


…一寸待って。

…誰のお腹が鳴ったんですって?


「そうかい。じゃあ特別にモヤシとメンマサービスだ。」

「…有難うございます…」

「良かったな、レイ。」

「はい。」

「…へいお待ち、ニンニク豚骨チャーシュー抜きと醤油豚骨ネギ抜きね。」


2人のやり取りを聞いている内に、何だか全てが馬鹿らしくなってきた私の前に湯気を立てて味噌野菜ラーメンが現れた。


「…はいお待たせ、こっちのお姉さんは味噌野菜だね。」

「あ、どうも。」


受け取った丼から湯気と共に立ち上る味噌の薫りと炒めた野菜の彩りに、私は自分が空腹な事を認めざるを得なかった。


「では、頂こう。」
「頂きます。」
「…頂きます。」


一切が煩わしく面倒になり、私は思考を放棄し生存本能の発露たる食欲に身を任せる事にした。

…悔しい事に、味噌野菜は美味しかった。何が悔しいのかは分からないが。

食事を終え、屋台を出た所でレイが小さくゲップをしたので慌てて私は手持ちの口腔消臭剤を渡す。


「レイ、ニンニク臭い息はエチケット違反よ。」

「?ニンニクは臭いのですか?」

「他人の口臭は特にね、親しき仲にも礼儀は必要よ、迷惑になる可能性は減らすに越した事は無いから。」

「…司令、私の口臭は迷惑でしたか?」

「プライベートなら問題無い。他者との関わりが有る時は気を付けろ。」

「…了解…」


2人のどこかおかしいやり取りに何とも言えない気持ちになり、ふと見上げた空では煌々と輝く月が口を開けて私を笑っていた。



―――



その夜、私は悪夢を見た。

あの屋台で前掛け姿の司令と学生服に前掛け姿のレイがラーメンを出していて、何故かOLの私とミサトが酔っぱらいながら素面の後輩OLマヤを引き摺りそこに入りビールと餃子を頼み…
散々飲み食いしながら上司の愚痴が始まり…
…挙げ句財布を忘れたミサトと酔い潰れたマヤの為にリョウちゃんを携帯で呼び出そうとした所で私は目覚めた。

携帯の呼び出し音が目覚ましのアラームだったのだ。

…最悪な目覚め。

しかし凄い現実味の有る夢だった…余りのリアルさに暫くは自分がOLだと言う意識が抜けなかった程だ。
朝の珈琲を入れ、今日の予定を確認して漸くあれが夢だったと気付いた時の屈辱感と言ったらもう。

お陰でその日1日私の機嫌は最悪で、絡んで来たミサトに相当冷たく当たったのは単なる憂さ晴らしだった事は当面内緒にしておく。


【FLARE】
http://www.youtube.com/watch?v=-fJVMDMZcc0&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




【−都合と思惑T−】


第三新東京港第4埠頭第2桟橋

数隻の曳船がゆっくりと台船を離岸させている。
その台船上には足場ごと防水布で覆われた球体が鎮座していた。


「…しっかし司令も太っ腹ですね、まさか使徒のサンプルを太平洋の向こう側へ送るとは…」

「米国ネルフからの要請よ、特に引渡しを断る理由は無いわ。
それに調査も終わってるし向こうに送るのはサンプルとしての一部分だけ、別に使徒丸々一体送る訳じゃ無いわ。」

「まあそうですけど。
しかし横浜で向こうの船に積み替えでしたか?又手間の掛かる事を…」

「仕方無いわ、こないだの戦闘被害復旧でこっちの港は立て込んでるから。」

「エヴァ輸送用全翼機使えれば話は早いんですが…
早く全翼輸送機の他国乗り入れ解禁になりませんかね。」

「あら?パイロットの血が騒ぐ?
今副司令が関係先と交渉調整中だけどどうも難しいらしいわ、解禁は未だ先の話になりそうね。」

「やっぱり。
それにしても今回の輸送、良く政府や戦自がゴネませんでしたねえ、てっきり…」

「何?“てっきりサンプルの所有権主張して騒ぐかと”とか?」

「ええ、そもそも使徒の遺骸をネルフと国連の合同調査団が分析するのにも文句垂れてましたし。」

「うげ…やな事思い出させないでよ日向くん、あれ司令に対応押し付けられてあたしが交渉したのよぉ…も、最悪。」

「うわ、それはご苦労様でした。」

「特に某大臣やら戦自の某陸将補にその幕僚団とかは凄かったわよぉ。

“我が国家の資産たる使徒のサンプル体を国の正式な調査団発足前に勝手に調査するとはけしからん!”とか

“況してや我が国の研究機関を後回しにして海外にその情報を流出させるなど国家機密漏洩罪の適応も視野に入れねばならん!”とか

“使徒の調査は本来我が国が責任を持って行うべき事案であり君達の今回の行動は国家主権に抵触している!”とかね。」

「あー…あの人なら言いそうな…」

「おまけに陸将補と取り巻きの幕僚団がまたね…

“そもそも使徒戦に際して我が国が国防観点上問題になるレベルの兵力を出しておる事を君達はどう思っておるのか!”

“そうだ、我々が戦闘後の総合戦力低下が懸念される程の膨大な兵力を抽出してまで君達ネルフを支援しているのに、それに対して今回の君達ネルフの対応は一体何だ!”

“現に今までの使徒迎撃戦により一部の部隊は兵力の損耗が激しく以後の国防作戦計画に支障を来す程になっておる。
だのに肝心の使徒の調査結果はUNからの公式発表を待てとはどう言う事だ!
戦場で戦う私達を差し置いて先に情報がUNに行くとは順序が逆ではないか!”

…とかまぁネェチネチネッチネチとこれが又しっっつこい事しつこい事。」

「…台詞全部覚えてられる程強烈だったんですね判ります。
と言うか口調でもう誰が誰だかありありと判るあたりが特に…」

「あ〜…大半君の古巣からの出向組だったわね…」

「出向と言うか厄介払い的な面が有りまして…私も含めてですけど。」

「え?…あぁ、なーる程ぉ〜了解了〜解…君も大変だったもんねー。」

「まあ命令違反には間違い無かったですし、正直馘にならなかっただけ儲け物でしたよ。」

「にしても航空教導隊主席から事務屋、更にそこから警務隊、輸送隊、内調、果てはうち(ネルフ)出向…」

「中々に華麗な職歴でしょ?葛城さんには負けますけど。」

「まーねー、しっかし何処も事情は似たような物ね〜。あたしもネルフから引き抜き掛けられた時にはまさか又日本に帰って来る事になるとは思わなかったわよ本当。」


語る2人の前を大きな影がゆっくりと過る。
曳船に牽かれた浮きドックだ。
その浮きドックに中からはみ出して見える程巨大な物体が載せられている。


「そう言えば…あれ、結局海没処理だそうですね?」

「うん。No.4と違ってNo.5は破損が酷くて“サンプル採った後処分”で方針は決まってたけど肝心の処分方法で揉めたからねー。」

「文科省なり戦自なりゴネた所が責任持って引き取ってくれませんかねー…」

「ねー?
…一応あっちこっちに打診はしたけどね、どこもサンプルだけで十分だってさ。」

「そりゃそうでしょ。
欲しがる所へトン単位でサンプル送り付けましたからね、皆懲りたんじゃないですか?。
そもそも数万トンからの代物丸々保存なんて造船所の大型ドック一つ専拠しないと無理ですし。」

「て事ね。で、処分は決まったけど一応あれ残骸とは言え使徒だった物じゃない?
散々揉めたけど結局それ(海没処分)しか選択肢が無かったのよ。」

「…まぁ汚染海域ならそもそも生物が存在出来ませんから妥当は妥当ですがね…」

「そーゆー事。」



―――



『…で?』

『は、彼等が実証実験用に製作中だった新型核融合リアクターは無事完成、先日試運転に成功したと報告がありました。』

『そうか、これでやっとJA計画の役目は終わったな。』

『やれやれ、一時はどうなる事かと…』

『全くですな、折角の投資が無駄になるかと冷や汗物でしたよ。』

『しかし無事完成して良かった。お陰で我が国のトライデント計画はこれで息を吹き返します。』

『ネックだった超小型リアクター開発が成功したとなれば当初計画通りに…』

『はい、これで三軍共同次期新兵器トライアルへ向けた試作機製作が間に合います。』

『うむ。しかし肝心のリアクターを我が国内で開発に失敗したのは痛かったな。』

『ええ、ですが案外安い対価で入手出来るのは幸いでした。』

『対価か。確か試作機と…』

『はい、トライデントの試作機と共に我々の保有するネルフとエヴァンゲリオン関連の機密情報を彼等の要求通り提供。
そしてその見返りに我々は新型リアクター実機の購入優遇及びそのライセンス製造権の有償取得を優先的に受ける…
と言う事になっております。』

『トライデント計画か…しかし概念図を見た時は思わず笑ってしまったよ。』

『ええ、覚えておりますよ。
“エヴァンゲリオンも大概だったがまさか我が国でもこんな玩具を真面目に開発するクレイジーな所があるとはな”と…』

『HAHA!やれやれ私とした事が君の記憶力を失念していたよ!』

『まぁあの概念図ならば君のその反応も仕方無いだろうよ、実は私も最初はそうだった。
“全領域行動可能な陸上巡洋艦”とはまた荒唐無稽な計画だと思ったが…』

『その実態は動く戦略弾道弾基地、歩く核サイロ…』

『加えて1個師団級の火力と全領域での高機動能力、言わば走るハリヤー型戦略原潜、それも自律兵器だ。
となれば核抜きにしてもその戦略的価値は計り知れん。』

『そう言えば彼等に引き渡す為貴社で建造予定の試作機…何と呼びましたかね?』

『“ライデン”だ。
制式名称トライデント型陸上軽巡洋艦試作3号“艦”ライデン。』

『ライデン…確か“サンダーボルト”の意味でしたな。』

『そうそう。で、その“雷電”だが、やはり例の生体デバイスを付けるのかね?』

『まさか!?“Aユニット”はその存在自体が極秘機密です、そもそも“Aユニット”は完全自律式兵器でもあるトライデントの脳髄にして三本の切っ先の一つ、超高機動戦闘能力の胆ですからそこまでサービスは出来ませんよ。』

『ではやはり?』

『ええ、3号までの試作機は非常用操縦席(コックピット)に火器管制席と補助操作席を“Aユニット”用スペースへ増設した完全有人機体になります。
加えて彼等に引き渡す機体はステルス塗装や廃熱処理装置も1世代前の艤装になりますね。』

『何だ、それでは在来兵器の延長に過ぎんな。』

『穂先が欠け刃も2本しか無いのではトライデントではあるまい。』

『モンキー向けモンキーモデル…すまん、失言だった。』

『お気になさらず。まぁその代わりと言っては何ですが向こうの要求通り大型陽電子砲を搭載予定…でしたね?』

『ああ、最もその方が彼等の求める防衛兵器としては最適だろう。
何しろエヴァンゲリオンの様な極端に専門特化した戦力は幾ら強大でも使い所に困るしな。
汎用性が有り克つ強力、これが軍の求める戦力だよ。』

『まああれは“対使徒用決戦兵器”ですからな。』

『仰る通り、第三新東京と言うサーキットでの戦闘に特化したフォーミュラーマシンとクロスカントリー車を比べる事自体が間違いですよ。
そうそう、エヴァンゲリオンで思い出しました。例の陸将補ですが、ネルフへ某大臣の鞄持ちで乗り込んだそうで…』

『…不味いな。SS機関の件もある、今ネルフとは揉めたく無い…』

『とは言え某氏には前々から我々が支援し色々と協力して貰っておる…』

『恐らく陸将補の派閥に担がれたのだろうな…。』

『しかし易々と甘言に乗るあたり“某”大臣も困った物で…』

『全くだ。それにしても彼等は何を考えているのやら。』

『新型リアクターと引き換えにまでしてネルフとエヴァンゲリオンの情報を求めるなど、彼等にはネルフこそが仮想敵のようですな。』

『“仮想敵”では無く“敵”なのでしょうね。
幾ら対使徒戦とは言え軍人から指揮権を取り上げれば将校達の反発は大きいでしょうし。』

『成る程、加えてネルフは国連傘下なだけに追い出しも表立って非難も出来ぬとなれば…』

『敵視も当然ですな。』

『ええ、何しろ得体の知れぬ怪しげな組織が自軍を顎で使っているのです。
軍が自国の指揮を離れる、この一点だけでも国粋主義者からすればさぞ許しがたい事でしょうな。』

『我が国ならば軍が反乱を起こすな。』

『つくづく使徒迎撃を日本で行う事になって良かったと思うよ。』

『国粋主義者か…厄介者は何処も変わらんな。』

『で、某氏ですが…用件は済んだ訳です、切りますか?』

『多少は役に立ったんだ。鞍まで取り上げる必要は無かろう。』

『うむ、繋がりは残しておこう。あの国の言い回しでは確か“ブシのナサケ”だったかな?』

『…さて、次の案件だ。
リアクターが完成しこれでJA計画は晴れて用済みになった訳だがその始末はどうするのかね?』

『は、どうせなら派手な花火になって貰おうかと。』

『ほう?』『…』『と言うと?』

『JA完成後の公開起動試験を利用します。
JAが起動した時点で機体のメインCPUに感染済みのウイルスが目覚め哀れJAは暴走、新型リアクターも制御不能となり自爆…』

『おいおい、良いのか?君の祖国の資産をそんな簡単にスクラップにして?』

『ましてやリアクターの暴走(メルトダウン)?歩く中性子爆弾なぞ付近は壊滅間違い無い、被害は甚大だぞ?』

『証拠は消すのが一番です、使えないと知れた代物は後生大事に取っておいても邪魔なだけですから。
それに何しろ実験場は廃都湾岸部、端から物的損失は無視して良いし人的被害も考慮せずに済みます。』

『クレイジー…リアクター関連特許を買い叩く為にそこまでやるのかね?』

『人材もだよ。新型リアクター開発計画を我が国の研究機関に任せた結果がこの現状だ。』

『散々事故と開発遅延を繰り返し予算超過の挙げ句出来た物は不良品…でしたな。』

『国防費削減が痛かったが、やはり外部依託事業は駄目だな。』

『加えて連中は自分達の失敗を棚に上げて堂々と予算の桁一つ平気で上乗せしますし。
我が社も頭を痛めておりましたが他にリアクターを新規開発出来る所は自国では…』

『そうですね、我々も折角持っている自前の開発組織を些か経済原理に拘り過ぎて蔑ろにして来た。
そろそろ方針を見直さねばならん時です。』

『しかし今からの開発部門建て直しなど容易で無い大事だぞ?』

『ええ、その為にもこれを期に一つ大規模な人材登用を』

『素直に引き抜きと言いたまえ、だが果たしてそう上手く行くかね?』

『なぁに、暴走した時点で既にその事実は残りますから此方の目的は半ば達成してます。
何しろそんな代物を売り付けようとしたのです、値引きの材料には事欠きませんし。』

『うむ。それに真っ先に疑われる存在(ネルフ)があの国に在る以上、我々の関与は先ず表には出まい。』

『表向きあくまで我々は他人だからな。それはそうとUNの委員会だが…』



《secret》
http://www.youtube.com/watch?v=5jr06ektI0k&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




【−都合と思惑U−】




「おい、時田さんはどこだ?」

「格納庫ですよ、もう嬉しくて仕方無いんじゃないですかね?」

「だろうな、何しろアレ(JA)は時田さんの情熱の結晶だからな。」

「私達もですよ、あれは傑作ですからね。」

「そうだな…じゃ格納庫に行ってみるよ。」





「あ、いたいた。時田さーん!」

「おお、筑紫君か。見たまえ、このジェットアローンの勇姿を。」

「…漸く完成しましたね…。」

「ああ、やっとだ…
歩行試験も済んだ、後は調整中のS装置再搭載待ちだ、これさえ完成すればもう大丈夫だ、無駄な金食い虫のネルフはおろか役立たずの戦略自衛隊すら不要になる。」

「全くです、こいつの性能を見てネルフや戦略自衛隊の連中がどんな顔をするか楽しみですね。」

「ああ、空間偏向による物理的遮蔽技術なぞ奴等には真似出来んよ。」

「全くです、ミサイルもレーザーも絶対直撃出来ない、レーダーすら正確な位置を把握出来ない、将来的には完全ステルスによる光学迷彩効果も…」

「ステルス時の照準方式さえ確立出来れば現時点でも完全ステルスは可能だよ、まぁ“能力的には”だが。」

「戦闘モードでの連続使用は実機試験では05:28でしたね、設計上08:00以上持つ筈でしたが…」

「うん、残念ながらそれが現状だ。
リミッターを切り出力全開にした完全ステルス状態ならば概そ想定出来る稼働時間はその1/4弱…恐らく1分強程度で機器能力が限界になるだろう。
 最も使徒相手ならそれで充分だろうな。」

「何しろ相手の肉体は一応生物の域ですからね、パワーなら絶対値が違います。例え外装兵器無しでも殴り合いならこっちの勝ちですよ。
それにウチで納品したプログレッシブナイフは見事使徒に通用しましたからねぇ、格闘になれば腕部に仕込んだ内蔵型単分子切断刃の威力を発揮出来ます。」

「ああ、幾らエヴァンゲリオンが1万2千枚の特殊装甲に守られているとは言え所詮有人機だ。こちらは同等以上の装甲を備えた自律戦闘機械、端から比べ物にならんよ。
ましてや運用費は概算でエヴァンゲリオンの1/4以下、兵装内部搭載量はエヴァンゲリオンの数倍、実に護衛艦2隻分だ。
 加えて外部兵装携行も可能、行動制限時間は殆ど無し、量産可能、既存インフラで整備可能な上に平時には発電施設としても救難機器や重機代わりにもなる、将来的にはダウンサイジングも可能…」

「小型化すれば民生用も考えられますしね、これからですよ、時田さん!」

「ああ、これからだよ…そう、そうだ、これからだ。」



《CHILD ONLY》http://www.youtube.com/watch?v=mtNBkCE4SAE&sns=em


―――


「で、どうだ?」

「はい、トライデント計画への参加は認められました。
私達の持ち分はリアクター及び胴体装甲板の完全依託受注生産です。」

「そうか…これでやっと一息つけるな。」

「全くです…大型リアクターと違い民生用には需要の低い超小型リアクターでしたからね、
これを単価の高い軍事用として売り込めたのは成功でした。」

「他社はどうだ?」

「日ノ出が脚関節、東山がタービンを落札しました。」

「ふむ…妥当な所だな。どれも特殊技術だから単価が稼げる…これで各社から恨まれずに済むよ。」

「ええ、JA計画では大分借りを作りましたからね、彼等も単価で稼げる特殊部位を落とせて何よりでした。
 そもそもリアクターに限らず民生品は既存のインフラや規格に合わせて生産しないと各方面の既存権益に影響が出ますからね。
例え高効率かつ安価な新製品を開発出来てもインフラの更新頻度によってはそもそも販売しない場合がありますし。
…しかし自分で言うのも何ですが、質の悪い詐偽みたいな物ですね。」

「まぁそう言うな、我が社もそれで食っている以上人の事は言えんからな。
この絶対資本主義の元では折角の新製品も儲けが薄ければ無意味だ、技術陣には気の毒だが…」

「止むを得ませんな、革命的新製品で社会を変革するより先ずは我々の食い扶持を稼ぐのが先ですから。」

「全くだ…JA計画も余りに敵を作り過ぎた。
 今の我々では単独でJA計画を推進する余力は無い、さりとて現状では他の部門を切り捨てねばJAは量産出来ぬ上に特許の関係上造れば造る程赤字となる。
 負け戦と決まったJA計画の為に既存権益を賭ける様な馬鹿な真似をする訳にはいかんからな。」

「…只のデモンストレーター計画がとんだ化け物企画と化しましたな。
しかし勿体無い、折角の新技術を詰め込んだコンセプトモデルとしては完璧な開発機が完成前からスクラップ行き確定とは…」

「朗報もある。リアクターの売却先はJAを暴走させる気だ、こちらの裏プログラムに気付かずハッキングして来た。」

「では…ウイルスを?」

「うん。見事な出来らしい、間違い無く暴走するだろう。」

「…これで予定のリストラ計画に口実が出来ますね。」

「こちらで小細工を労せずにな、加えて向こうの尻尾も掴んだ。
これでもし向こうがパテント料で悪どくゴネてもいざとなればこいつで黙らせられる。」

「ほう、其程に悪質な代物でしたか?」

「ああ、解析担当者の報告によれば機体が暴走しリアクターも制御が切れ最終的に自爆する事になるそうだ…
機械的安全装置さえ無ければだが。」

「あの設計図に無い安全装置ですか…
しかしタイマーによる自動停止装置とは余りに原始的だと思いましたが…手は打っておく物ですね。」

「最もこの事実は私達しか知らん…つまり暴走の責任は現場に在り、と言う訳だ。」

「…時田君も気の毒に…」

「その分見返りは用意するさ、流石に我々の都合だけで彼程の技術者を使い捨てには出来まい。
当面開発部門の子会社へ技術顧問として出向して貰う、本社へ呼び戻すのはほどぼりが冷め…」


―――


「碇、青葉がJAの詳しいスペックを調べ上げて来たぞ。」

「そうか。」

「連中やけに自信を持っているなとは思っておったが…見ろ碇、こんな玩具をいつの間にか手に入れておった。」

「…ほう、これは…」

「うむ、擬似ATフィールド発生装置だ。」

「単独で開発出来る代物では無いな、恐らく例のペタニアベースから流出した情報を元に重工連が開発した代物だろう。」

「多分な。しかしこのS装置の正体がネルフから流出した技術だと知ればさぞ…
 否、そもそもATフィールドの正体が多層湾曲空間とは彼等は知らんか。」

「しかし擬似ATフィールド発生装置とは…我々も彼等の実力を侮っていた様だ、これなら確かに自信も頷ける。」

「相手が使徒以外ならば…だがな。」

「ああ、使徒相手には空間偏向など意味が無い…SS機関と核融合炉では絶対出力があまりに違い過ぎる、この程度の出力なら逆に無効化されて終わる。」

「全くだな…開発者には同情するよ。」

「最も実戦に出る前に破棄される運命の機体、開発者の目前で使徒にあえなく撃破される姿を見せる事は無い訳だ、それは或る意味救いだろう。」

「そう…だな…」


―――


信州・松代

旧軍総司令部として戦時中用意された地下壕跡は現在ネルフの予備頭脳たるMAGIー2ndを擁するもう一つのジオフロントの体を為している。

そのMAGIー2ndに緊急通信が入ったのはネルフ本部のMAGIが定期メンテナンスの為休眠状態に入った直後の事だった。



…生体細胞保持物質飽和液(LCL)生産装置保護用に現在製造中の人造蛋白壁(BBC)生産ラインにて何者かが侵入した形跡有り、ネルフ本部へ搬送済みの為現地にて汚染が無いか確認を依頼…

…該当輸送機内にて乗員以外の生体反応を感知、急遽新香港国際空港に検疫の為着陸を指示、乗員はP4施設にて120Hの隔離予定…

…機内点検の結果機器に異常は見付からず何者かが侵入していた可能性大なるも捜査員・捜索犬・各種センサー装備の無人捜索機の何れも対象を発見出来ず、尚捜査員、捜査犬も機内捜査終了後72Hの隔離を指示…

…現在機体より搬出した輸送物を調査中、調査後点検整備の後船便に積み換え第三新東京へ発送予定…

…搬入予定のBBCは到着次第精密検査の後、異常発見時には破棄処分とする。異常無しの場合はランクをCランクに格下げし、δユニット以降の部位へ使用制限を掛けるものとする…


―――


「お帰りマユミ、早かったね。」

「…ただいま帰りました、お義父さん。」

「うん。そう言えば今日は学校の企業見学会だったそうだが…見学先はどうだった?」

「良く…解りませんでした。途中で気分が悪くなって…」

「それはいけない!先生は病院へ連れて行ってくれたかい?」

「いいえ…救護室で休んだら良くなりましたし…貧血だろうと見学先の保健夫の方も…」

「そうか…しかし無理はいけないな、ちゃんと朝御飯は食べているのかい?
いつも残しているそうだが…家政婦さんも気にしていたよ、そう言えば夕食は?」

「いえ、未だ…」

「では今夜は久々に食べに出ようか、お父さん最近中華の美味しい店を紹介されてな、今度そこへ…」


YouTube 動画ポップアップ再生




【−都合と思惑V−】


「失礼します。」「失礼します。」

「お、2人揃って来るとは珍しい、一体どうしたのかね?」

「は。首相、明日のスケジュールについてですが…山本、お前から説明しろ。」

「はい!では僭越ながら私が明日のスケジュールについてご説明させて頂きます。
 先ず第2東京国会議事堂にて行われている経済諮問会議の産業界代表による意見総括審議会が0830から0930、これへの出席を願います。
審議会終了後同会場別室にて婦人権利擁護団体代表との会談が0950まで、1000から1030までが全国知事会長とのTV会議です。
 1050リニアにて第三新東京へ移動、列車内にて外務省職員による某国大使との昼食会へのブリーフィングになります。
 1142第三新東京着、1200より1330昼食会になります。1355にVTOLにより先週の貨物船事故への視察団5名随行で三宅島へ向かって頂きます。
 1430現地到着、視察団と事故現場視察の後首相は別途1530からの救難隊表彰式へ出席願います。
表彰状授与後1600退席。
又、1730予定の第四次阪神工業地帯復興計画策定委員会は委員長の緊急入院により後日に延期となりました。
よってスケジュール調整により1610から小学校児童による歓迎会と老人養護センター視察、視察後の記念撮影にて現地養殖魚を試食して頂きます。
 1800第三新東京到着、後1830まで休憩、その後第三新東京防衛に当たるUN派遣自衛隊幹部とネルフ副司令冬月氏を交えた夕食会、その後は旧軽井沢での国連職員慰労会へのサプライズ出席が2000からとなります。
尚、明後日の主予定ですが旧東京集団墓地合同慰霊祭への表敬訪問と記帳はTV局からの要請で0840に前倒しとなりましたのでご了承下さい。旧松本空港跡地再開発事業計画の報告会議は1300からの予定です。」

「ほう、大分山本君も慣れて来た様だな。」

「血は争えませんね、私も彼の祖父には大分鍛えられましたが当時の私より数段出来が良い。
それと首相、ご依頼の那須ゴルフ場の予約ですが…日程に重工連からの招待が重なっておりますが?」

「ああ、例の公開試験だな。構わないよ、そっちには祝電を送れば十分だ。」

「宜しいのですか?」

「ああ、御披露目に箔を付けるだけの形式的招待だ、それに私が出れば制式化を推していると各方面に誤解を招きかねん。」

「?推進派の方々からは大分ご支援を頂いておりましたが?」

「…」

「山本!」

「!?し、失礼いたしました!」

「まあ良い…山本君、君は歴史に詳しいかね?」

「は?歴史…ですか?あまり詳しくは…」

「前大戦が連合国へのドイツの休戦協定締結とそれに伴う我が国の条件付き降伏により終結した事は?」

「?は、はぁ。その程度なら…」

「そう、連合国の勝利に終わった前大戦、その決め手は大陸反攻作戦の成功にある。
そしてその作戦計画中にとある新兵器が開発された…
その名はパンジャンドラム。」

「?パンジャ…ドラム?」

「そうだ、後は自分で調べたまえ。宿題だ。」

「はぁ…」

「山本」

「あ!は、はい!御教示有難う御座います!早速調べてみる事とします!」

「うん、下がって良いぞ。」

「は、はい!では失礼します!」

「…宜しいのですか?」

「ああ、仮にも政治家の秘書ならば事実を知って吹聴する低能ではあるまい。必要なら処分すれば良い。
 最も…只沈黙を守るだけの臆病者ならば一生秘書だろうな。
義憤に駈られ糾弾に回るなりこれ幸いと取引材料に使おうと情報収集するとかなら未だ見込みはある。
 それにどの道何時かは知る事だ、となればこの世界で生きる為にも表と裏を弁えて貰わねばな。」

「…珍しいですね、一喝で終わらせるかと思いましたが…」

「次世代育成は現役の義務だよ君…と言うのは表向き、今日は機嫌が良いからな。」

「?」

「何しろ久々のゴルフの予定だ、まぁ普段ならこんなサービスはせんよ。それに…
今の山本君は若い頃の私にそっくりだったからな。覚えているか?」

「覚えてますとも…あの山本の御祖父には私も散々怒鳴られた口ですし…」

「因果は巡るか…そうだ、次のゴルフには君も参加するんだぞ!いつぞやの敵取らせて貰うからな!」

「いきなり二年前の事を蒸し返さないで下さい。大体秘書官が首相とゴルフな…
…そう言えば首相も大臣秘書官の時に…」

「おう、あの時はお前が秘書官代理押し付けられたんだったな。この際爺さんへの意趣返しに山本を使え!」

「色々根に持ってますね…しかし私も一年はクラブを握ってませんからお相手が務まるか…」

「何?ならば私が大勝するチャンスだな、こんな機会逃す訳にはいかん。
絶対参加するんだぞ、この際君には徹底的に勝ってやるからな!」

「…やっぱり根に持ってますね…」


―――


「機甲科第三師団第一大隊第六戦車小隊第一分隊2号車操縦士浅利ケイタ一等陸士」
「はいっ!」
「特務科第二空挺団第四偵察隊特殊戦戦術情報官霧島マナ一等陸士」
「はい!」
「支援航空科第四ヘリコプター大隊第一対戦車飛行隊二番機射撃手ムサシ・リー・ストラスバーグ陸士長。」
「はっ!」

「ふっ、三人共何故ここに呼ばれたか判らん様子だな。安心しろ、貴様等を捕って喰いはせん!」

「うん、まぁ三人が三人共何の共通点も無い科の出身だからな、無理も無いだろう。曹長、続けたまえ。」

「は、では…科を跨いで貴様達に集合を掛けたのは他でもない、貴様等の適性を見込んだ特殊任務だ。
これより貴様ら3人は此方の一等陸尉の元へ配属となる。」

「摂津瑞穂一尉だ。君達の転属命令は既に発令している、よってこれより君達3人は私直属の部下となる。
本部にて転属命令受領後直ちに羅臼へ向かい特殊訓練を受けろ。内容につい…おい曹長、下がって良いぞ。」

「?いやしかし…は、了解しました。では後は宜しく願います。」

「…これより話す内容は機密事項に属する、他言無用だ。
 羅臼で1ヶ月の特殊訓練の後君達はカリフォルニアへ極秘輸送する精密機械の護衛任務に着く事になる。
尚、対象へ精密機器引渡しの後我々はフロリダへ飛び特殊機器を受領・更に1ヶ月慣熟訓練を受けこれと共に帰国予定となる。」

「はっ!」「了解しました!」「瑞穂三佐殿!質問が」

「質問は受け付けん。それと“殿”はいらん。
君達の部隊教育内容は知らん、が、旧軍の悪癖を引き継ぐ必要は無い。」

「?」「…」「…了解しました。」

「因みにこれから私は独り言を呟く、独り言だから聞く事も記憶に留める必要も無い。」

「「「?」」」

「…君達3人は特殊機器オペレーターに内部選考の結果選ばれた。
はっきり言えばフロリダで引き渡される特殊機器とは新兵器の事だ、君達は新兵器のパイロットとしてここに集められたのだ。」

「スゲェ!」「嘘…」「マジかよ…」

「我々の任務はこの兵器を受領し極秘裏に日本へ持ち帰る事だ。
既に機体は完成し我々の輸送する精密機器の組み込みを待っている。
 我々の護衛対象とはこの精密機械…言わばこの新兵器の心臓部だ。これにより新兵器は真に完成する。
そしてこの新兵器は既に命名済みだ。その名は…“ライデン”
制式名称トライデント級戦略機動兵器試作3号“雷電”だ。」

「へー…」「雷電…」「…気に入った。」

「尚、秘匿名称は“陸上軽巡洋艦”…だそうだ。」

「ガクッ」「何それ」「いきなり嘘臭いな」

「何処の国も官僚のネーミングセンスには期待出来ない証拠だな。最もこの秘匿名称なら誰も信じないからある意味正解か…
 さて、独り言は終わりだ。では諸君、これより本部へ出頭し、転属命令を正式に受領せよ。
受領後直ちにVTOLで羅臼へ向かうから直ぐに来い。私はヘリポートで待っている。以上!」

「「「はっ!」」」


―――


「マユミ、出発の準備はいいかい?」

「…はい、義父さん。」

「次に向かうのは日本だ。」

「…日本…」

「懐かしいかい?」

「…そう…ですね、日本に居たのは随分昔でしたから…」

「…マユミ、実はお父さんはもう転勤しないで済む様偉い人にお願いしてきたんだ。」

「…」

「お父さんも疲れたんだ。偉い人も話を聞いてくれたよ、どうやら出張以外は日本で済ませてくれるらしい。
これからはもうお父さんの都合でマユミも引っ越す必要は無くなる筈だ。」

「…そう…ですか…」

「色々苦労をかけたな、マユミ…
さぁ、飛行機の時間が近い、行こうか。」

「…はい…」



《デウス・エクス・マキナ》
http://www.youtube.com/watch?v=q-UDfkwMtyE&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生




【−都合と思惑W−】


『パンジャドラム?』

「ああ、元戦自のお前なら戦史には詳しいだろう?」

『懐かしい奴が急に電話掛けて来るから何かと思えば…ああ、知ってるとも。有名な兵器だからな。』

「そうなのか?」

『ああ、失敗作の代名詞だな。』

「失敗作?」

『パンジャンドラム、又はパンジャドラム。前大戦において連合国が開発した兵器の一つだ。
外観はタイヤ外した馬鹿でかい自転車のリムを幅拡げてみたって感じだな。』

「あ?何だって?」

『あ、やっぱ判らないか…うーん、丁度良い喩えが出て来ないな…旧車のスポークホイールとか…幅広い車輪…
!あぁ、鼠の乗る滑車だ!うん、あれが一番形は似てる。』

「…成る程、一応形は理解した。」

『で、その滑車を100倍にスケールアップした代物を想像してくれ。
 こいつに大量の爆薬積んでこれまた馬鹿でかいロケット花火を中の鼠代わりにスポークへ沢山くくりつけて完成だ。』

「一寸待て。車輪に…ロケット?



…今、想像したが…

…それ、小学生が悪戯用に工作した玩具か?只の縦置きした鼠花火じゃ…」

『ああ、巨大鼠花火がこいつの正体さ。
回転推進するこいつは標的目掛け一直線、ぶち当たった標的ごとドカン!
…って予定だったんだが…』

「失敗した…と。」

『ものの見事に。』

「…当然だろうな、そもそも直進するのかすら怪しいだろそれ…
しかし…そんな物を本当に態々作ったのか?馬鹿か?」

『ま、普通はそう考えるよな。』

「普通ってお前…!?おい、まさか…失敗見越しておきながら作ったって事か?
判らん…又何だって高い金掛けてそんな突っ込み所満載の阿呆な兵器を開発したんだ?
…何処からかの圧力か?」

『圧力と言えば圧力だな。
 開発経緯から説明するか、こいつは大陸反攻開始時の上陸作戦用にって個人提案から生まれた兵器さ。
“上陸の障害になる海岸防壁やトーチカ、堤防や堰堤等を破壊出来る上陸用舟艇から発射可能な簡易且つ安価な大威力破壊兵器”って発想だ。』

「…ま、まあ発想は兎も角…
それで出来たのが何で巨大鼠花火なんだ?
 大体実物の形を聞いただけでももう判る位に失敗確定な代物じゃないか…」

『そうさ、成功する筈が無い。
現に最初の試作品は基本設計の欠陥と低予算が祟って案の定大失敗。
あれこれ直してそれでも一応は完成させたんだがな、試験場となった海水浴場で発射したら暴走して大騒ぎ、漸く開発中止さ。』

「ふーん…

(しかし昔の人は馬鹿馬鹿しい物に金を掛けたもんだなあ、まあそこまで追い詰められてたって事だろうけど…)

 いや有難う、参考にな…

(ん?待てよ…JAとこれがどう…?てより何処で実験したって言った?)

 …なぁ、暴走は兎も角…実験場所が何処だって?」

『海水浴場だよ。』

「はぁ、海水浴場ね…海水…海水浴場!?海水浴場で?それ本当か!?」

『ああ、それも夏の海水浴場でな。
衆人環視の中でやらかしたからニュースにもなったそうだ。』

「…戦時中じゃなかったか?海水浴なんて良く許可されてたな…」

『戦時中だからこそ庶民の不満を逸らす為にもリクレーションって息抜きは大切だったのさ。
 それに連合国側は制海権を取り海上を抑えてたからな、潜水艦被害による物資不足や心理的不安は兎も角、爆撃機の到達範囲だった大都市を除けば民衆は旧日本ほど戦争の影響を受けてはいなかった。
 つまり安全地帯に住む庶民にとっては戦場は遥か遠くの出来事だったって事だ。』

「成る程、同じ国でも当事者以外は所詮他人事って事か。」

『最も制空権を取り返し国内は小康状態だったとは言え依然戦争継続中、戦線は膠着状態。
そんな中で幾ら安全地帯とは言え態々海水浴場で失敗するかも知れない実験をする意味は無い。』

「…どう言う事だ?」

『つまり、この実験自体が開発状況を故意にリークさせる為に行われたって事だ。』

「故意に?故意に失敗状況を見せ付けたって事か?」

『ああ、情報戦における一種の罠…つまり囮にされたって事だ。』

「囮だって?」

『ああ、上陸時期と上陸地点を誤魔化す為のな。』

「?ちょい待て、何でこれが囮なんだ?どうしてこいつの失敗が上陸地点や時期と繋がる?」

『あ〜…そこから説明しないと駄目か…口頭だと説明が少し長くなるぞ、時間は大丈夫か?』

「ああ、大丈夫だ。」

『よし、んじゃま説明するか。元を糺せば…』


―――


『…と言う訳だ、わざわざ戦自寄りの秘書官に失敗兵器の話を振る辺り、官邸はそっちの動きを掴んでいると思って間違い無い。』

『…警告だろうな。
大丈夫だ、この件について戦自自体は介入してはいない。
何しろ国防省制服組の大半は端から傍観を決め込んでいる、寧ろ失敗した方が良い位に思っている筈だ。』

『…て事は…例の大臣様か…』

『ああ、例の大臣様だ。
あれは丁度大臣なりたてで張り切ってあちこち騒がせた挙げ句、若手極右派に担ぎ上げられて調子に乗りだした頃だよ。
昔の埃被ってた没企画案をお気に入りから聞き齧ってな、
“これでネルフに一泡吹かせられる”
と浮かれて録に検討もせず飛び付いた訳だ。
 最も所詮没企画の焼き直し、開発会社を只儲けさせるだけで中身はスカスカの“張りぼて企画“ってのがJA計画の実態だよ。
まぁ、まともな幹部連中には散々反対されたんだかな…
例に依って例の如しさ。』

『だろうな…まああの性格だし幾ら反対意見出たって素直に聞きはしないな、逆に意地になって開発強行したって所か。
あ!ひょっとして例の時期外れの人事は…』

『ご明察の通り。反対してた連中は軒並み異動や出向さ。後釜に入り込んだのは言わずもがな…だな。
まぁどうせあのボンボン陸将補殿率いる頭でっかち参謀本部エリート組連中の差し金だろう。』

『…だから素人の世間知らず三世議員を空いたポストに適当に突っ込むのは勘弁して欲しいんだよ…
コネ持ち出入り業者や取り巻き茶坊主にとっては有難くも都合の良い道具じゃないか…』

『全くだ、今の大臣はJAと同じロボットと言う道具だからな。』

『まあ操られる本人は仕方無いにしても操る側がもっと質が悪いな。
あの自称天才だろ?』

『全くだ、機械なら良いも悪いも操縦次第、機体の性能を生かすも殺すもパイロットだがな…今回ばかりは…』

『敵なら兎も角一応味方な上に機体役もパイロット役も三流だからなぁ…』

『本当その通りだよ、はぁ〜勘弁してくれよ全く…。』

『しかし或る意味凄いな。

 片や資産も権力も家柄も申し分無いがオツムの出来がいま一つな世襲政治家。
 片や自分達を特別だと言い切るトップエリート気取りの若手集団代表、極右傾れな世間知らず坊っちゃん。』

『…最悪だ…』

『やる気のある無能大臣とお山の大将な凡人参謀の組み合わせか…最強だな。否、大凶か。』

『誰が上手い事言えと。
しかし…』

『お互いがお互いを利用する事しか頭に無い組み合わせだからな。』

『最も本人達は気が合うらしいからな、ボンボン同士で仲良いんだろうよ。』

『成る程、ボンクラ坊やの成れの果てにエリート自任の凡才坊主がいらん事吹き込んで操縦してる訳か。』

『だから誰が上手い事言えと言った。
まあその通りだが。』

『…しかし厄介だな、これで大臣の首のすげ替えでは済まない話になって来たぞ。』

『ああ、今や参謀本部の極右派分子が省内深くまで食い込んでる状況だ。
今大臣が替わっても一度内部に入り込んだ不穏分子は中々入れ替えられんからな、これで連中の目的は達成されたと言える。』

『ふむ、連中にとってJAは端から当て馬で事は既に成り、もはや大臣は用済み…って事か。
待てよ、って事は…』

『ああ、どんな関与したかは知らんが右の連中がJAの失敗を見越してるのは間違い無い。』

『やれやれ…ここ(ネルフ)が悪鬼悪霊蔓延る魔神の巣窟地底迷宮ならそっちは魑魅魍魎の跋跨する悪夢の巨大伏魔殿だな。』

『おまけに連中ときたら内輪揉めや権力闘争ごっこに明け暮れるしか能が無いしな。
考えてみろよ、敵と味方の区別もつかん様なそいつらが味方だぞ?そいつらに背中預けるんだぞ?本当やれやれだよ。
…なあ、俺今からそっちに転職出来るかな?』

『あのな、幹部候補の現役教導隊員引き抜きなんてどんな裏技駆使したって出来ねーよ。
 それにそもそも俺は首になるよりマシだから異動人事に同意しただけの話だ、そんなに飛べないウイングマークが羨ましいか?』

『そこはほれ、お前のコネで何とか…
それともあれか?やっぱ撃墜命令無視してアレスチングフックで引っ掛けた機体強制着陸させるなんて荒業出来ないと駄目なのか?』

『言うなよ…あれは上手く行く訳が無かったんだ。
一歩…否、半歩間違えていれば相手も俺も機体ごと消し飛んでた。
後先考え無しに無茶したらたまたま奇跡の女神の悪戯で成功しただけだ。』

『ツキも実力の内だぜ?』

『ツキはそれで使い果たしたよ、お陰でパイロット資格剥奪の上三階級降格だからな。』

『まぁ次期参謀総長予定者の鼻へし折っちまったからな。
最も簡単に撃墜命令出すあんな馬鹿が参謀総長なんぞにならなくて良かったよ。』

『そっちは良くともこっちはそのせいで上に目をつけられ厄介者扱いさ、お前も知ってるだろ?
って事で後はお馴染み各部署たらい回し、果ては行く先行く先圧力掛けられ難癖つけられ挙げ句に内調へ出向。
終いにはここ(ネルフ)以外行き場が無くなったって事さ。』

『そう言うなよ、内調での活躍は聞いたぜ?
そのお陰で積年の悪事がバレた元参謀総長候補殿は元空将補殿となり檻の中だしな。
あ!そう言えば覚えてるか、あの腰巾着爺!あいつも今じゃ場末の管理棟で資料整理の毎日だそうだ、しかも定年まで一等空尉止まり確定だとさ。
無能が現場から消えて皆お前にゃ感謝してるぜ。』

『感謝は要らないよ、好きでやった事だ。
…いっそ馘になっても本物の鼻もぶん殴ってへし折ってやれば良かったな、檻の中じゃ手出し出来ないし。』

『言うねえ。しかし良く知らせてくれた、良い情報だったよ、助かる。』

『恩に着ろよ、その内返して貰うからな。』

『ラジャー…こりゃ高くつきそうだ、じゃあ又な。』

『ラジャー。』


―――


「…て事です、葛城さん。」

「成る程…急に司令の代理で式典出席しろだなんて言われたから裏取って貰って正解だったわ。
今回の話、裏はそう言う事なのねー。
そもそもJAなんて代物聞いた事無かったから一体何かと思えば…
…で、マギによる通話内容の分析結果は?」

「済んでます。声紋に加工は無し、登録通りです。
背景音、ノイズも異常は無し。通話回線も同じく盗聴ありません。
声域、声調共に正常な範囲ですね、嘘はついて無い様です。」

「お待たせしましたー、生大二つとお新香に冷奴、こちらが鳥串盛合せでーす。」

「あ、有り難う。そこ置いといて。あ、空のこれも下げちゃって。」

「はーい。」

「さて、それじゃ改めてか」ゴックゴックゴックゴック…「って葛城さん!?もう飲んでるし!?」

ゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッ…

「…うわすげ…」

「…ッッぷっはぁー――っ!!くあぁぁー――っっ!!んんんー―っ、生ビールやぁっぱ最強ーーっ!お姉さーん生おかわりー!」

「はーい只今ー。」

「…俺も飲もう…」






《Marble Bright》
http://www.youtube.com/watch?v=fEhtIScf7LQ&sns=em


注※この話の世界においてグー●ルとアマ●ン、スマートフォンは存在しておりませんのでご了承下さい※


YouTube 動画ポップアップ再生




【−都合と思惑− 外伝 】

私の名は山本ケンゾウ、故有って今は首相直属秘書官の1人として働いている。

首相秘書官になれた理由はずばり縁故だ。
私の祖父は政治家…それも与党の重鎮として君臨した大物だった…らしい。

“らしい”と言うのは私自身が祖父との血縁関係を知らなかったからに他ならない。

名も顔も知らぬ“自称”親戚達から祖父や父の事を知らされたのは両親の葬儀の時。
そしてその時知った事だが、父は祖父と絶縁していた。

父が何故自ら祖父と絶縁したのか詳しくは判らないが、当時の大まかな状況や背景は口些俄無い親類縁者と言う他人達が(恐らくかなりの)脚色と(これまた相当の)誇張混じりに説明してくれた。
 聞いてもいないのに。

孤児となった孫の顔を見る事無く既に祖父は他界しており、何の気兼ねも遠慮も必要無くなったからだろう。
 親戚を名乗る彼(彼女)等は今更ながらにと言いながら(どう控え目に見ても)嬉々として祖父と父の過去を語ってくれた。

 非難めいた口調で祖父の元を出奔した父を批判する人も、祖父と父との確執を控え目に父を擁護しつつ(恐らくは)かなり大げさに語る人もいた。

最も、今の今まで普通のサラリーマン家庭だと思っていた私にはそんな事はまるで実感の無い…寧ろどうでも良い話だった。
 と言うより事故で両親を亡くしたばかりで只途方に暮れていた私には、そんな突拍子の無い話より先ずは目先の事が重要だった。

 今更死んだ両親が甦る訳も無い、残された物は少しの蓄えにローンの残る我が家。
学費の支払いに葬儀の費用、両親の墓は、税金は、保険は、今後の身の振りは…考えなければならない事は山積みだ。

だが、そんな私の心情などお構い無しに次々と現れる自称縁者の方々と弔問客の皆様方が口々に述べる上辺きりの弔辞と同情の裏に見え隠れする邪推と好奇心には正直辟易した。

 既に祖父の顔色を伺う必要も無くなり、口唆俄無い連中が此幸いと明け透けな程に父と祖父の確執を図々しくも厚かましく好き勝手に(想像で補強して)咎起てるのだから辟易するのも当然だろう。

だが、肝心の私の今後については皆口を濁し、お互いを伺うだけで一向に今後の私の身の振りに関する話が出て来る様子が無い。

 まあ、そうだろう。

わざわざ財産も殆ど無い遠縁の、加えて成人も間近い人間をわざわざ進んで引き取る酔狂な人間は中々居ない。
 最も、祖父の遺産は既に父の相続権放棄により他の親戚達に分けられていて、遺産を巡るいざこざを避けられたのは救いだったかも知れない。

“普通の”家系ならそれで終わっただろう。

だが、私の祖父は俗に言う処の“大物政治家”だった。

 つまり親類縁者の大半が政界に片足を突っ込んでいる訳だ。
 加えて祖父の後継者となった父の弟…叔父は夭逝し、父の妹…叔母が婿を貰いその選挙地盤を守っていた。
そこへ不意に直系の男子が現れたのだ、皆にとってみれば私の存在自体が不発弾だっただろう。

幾ら絶縁したとは言え直系の血筋となれば未だこの国では重要だ。
 私を担ぎ出せば選挙にどれ程影響が出るか…当時の私にも簡単に理解出来る話だ。
 加えて父の妹に男子が恵まれなかった事も事態を更に複雑にした。

彼等の慇懃な態度と表向きの同情、その下に潜む打算と欲と妬みと蔑みを私は肌で感じていた。
 私を取り巻く確執、剥き出しの欲望や蠢く野望。
 私を如何に取り込むか、或いは排除するか。
 私の存在は私自身が預かり知らぬ所で将棋の駒の様に政界の盤上を彼方の手、此方の指先と転がり、果てには…皆が投げ出した。

結局、私を引き取ったのは私の叔母であり、彼女は父の腹違いの姉…つまり祖父の妾腹の娘だったそうだ。

御義理程度の僅かな祖父の遺産で慎ましく暮らしていた叔母には家族がいなかった。
 セカンドインパクトで亡くなった叔母の家族、その仏壇に祀られた位牌の隣には、優しげな男と確かに私との血縁を感じさせる面影の子供が写真立ての中で笑っていた。

叔母との生活が始まり、口嗟俄無い親類縁者も数年経たぬ内に皆足を遠ざけ、二人の静かでささやかな暮らしは大学卒業後も続いた。
 地方の小さな出版社に就職して数年、叔母との穏やかな生活は突然終わりを告げる。
難病に倒れた叔母、その見舞いに来たのは次期首相と目される人物で。
私は叔母の治療費に頭を悩ませる必要が無くなった…有り体に言えば、私は政界に拾われたのだ。

サラリーマンから政治家秘書に転身して1年後、叔母は治療の甲斐無く呆気ない程簡単に亡くなった。

叔母の葬儀から数年、未だ政界には慣れない。
 この世界独自の常識に疎い私は未だ諸先輩方に顎で使わ…鍛えられている。

だが、今回は参った。

私は不意に首相(そう、次期首相候補は見事首相となり、今や二期目なのだ。)から出された“宿題”に直面したのだ。
 さて困った。これは体の良い“選別”だ、ここで点数を稼がねばいい加減秘書官を馘になりかねない。
だが教科書通りの回答では“その程度”に見られる、迂闊には答えられぬ。

そもそもこの“宿題”の意図するものは一体…

散々悩んだ末、私はある男に電話を掛けた。

彼とは高校からの友人だったが、両親の件以来一時疎遠になっていた。
しかし人の運命とは判らないものだ。
 そう、あれは私が秘書官に採用されたばかりの頃の事。
 風の噂に防大に進み念願のパイロットになったと聞いていた彼と久々に再会した場所は何故か官邸で、その時彼の身分は内閣府公安調査官、そこで私と彼は政界を揺るがしかねない大事件に…

…まあその時の騒動は又別の機会に語るとしよう。

その騒動以来、私と彼は不定期に連絡を取り合う程度に友人付き合いを再開していた。

“そうだ、今はネルフに出向している彼ならば…”

善は急げ、私は彼に連絡を取るべく卓上の電話に手を伸ばした。


―――


「?ちょい待て、何でこれが囮なんだ?どうしてこいつの失敗が上陸地点や時期と繋がる?」


私の疑問に受話器の向こう側から嘆息が答えた。


『あ〜…そこから説明しないと駄目か…口頭だと説明が少し長くなるぞ、時間は大丈夫か?』

「ああ、大丈夫だ。」

『よし、んじゃま説明するか。

元を糺せば連合軍が緒戦で敗北し大陸に反攻の足掛かりを無くした事が原因だ。
 連合軍は大陸からの退却時、苦労の末殆どの人員を無事脱出させたが装備の大半は放棄せざるを得なかった。
 その影響は甚大でな、一時は深刻な兵器不足から骨董品級の旧式兵器を引っ張り出して第一線に配備しなければならない程だったんだ。』

「成る程、読めた。
その流れで手当たり次第物になりそうな兵器計画に飛び付いた結果が…」

『そう、その一つが“パンジャンドラム”さ。』

「そこまでは解った。だが…」

『これから説明するよ。連合軍が大陸から撤退した先は複数の国から成り立つ王国だったってのは判るな?』

「ああ、それは知ってる。」

『IRAの独立運動も知ってるよな?』

「IRA?IRA、IRA…ああ、思い出した。そう言えば最近は下火らしいが一部は未だ活動していたな。」

『報道されないだけで合法活動は活発だよ。
で、その連中は大戦前から独立を目指し活動していた。
 彼等にとって王室は敵だ。そして敵対存在の敵とは言わば仲間。つまり…』

「ちょ、一寸待て。じゃあ何か?撤退した先にも潜在的に敵の仲間が居たって事か?」

『そうだ。現に戦況が悪化していた時その地域では諜報員を乗せた敵潜水艦の寄港を黙認し補給までしていた…連合国が負けた時の保険だったんだろう。
戦況が連合国側有利になると潜敵水艦を追い払っているからな。』

「…成る程…」

『て訳で、常に身内を気にしなければならなかった王国はその身内を利用しようとしたんだ。』

「利用?」

『スパイに偽の情報を掴ませようとしたのさ。幾つか例を挙げてみるか?

 偽の情報を国内に発信し、さも重要な機密だったかの様にその情報を慌てて打ち消す真似をしたり、

 偽物の作戦計画書を死体に持たせてわざと中立国の海岸へ漂着させたり、

 相手の暗号を解読している事を気付かせないため町一つ見殺しにしたり。』

「酷いな…戦争中とは言え、そこまで…」

『勘違いしているようだから教えておくぞ、戦争中“だから”その程度なんだ。平時ならもっと凄い。
 諜報の世界に平時も戦時も敵味方も無い、寧ろ戦時国際法と言う厳格なルールに縛られない平時こそが諜報活動の本番だからな。
 何か騒動が起きれば奴等はたちまち現れあちこち嗅ぎ廻り、跡も残さずこっそり悪戯をして廻る。
 事故に大規模災害、反戦運動に極右活動、音楽活動や演劇、それが凡そ無関係な事案でも一切関係無く調査対象さ。
 どれもこれも大衆煽動や組織中核への潜入工作…諜報活動には最適だからな。』

「そ、想像以上だなおい。」

『工作対象は数え上げれば切りが無い、マスコミ、組合、環境保護や教育、宗教等の各種団体、法人や一般企業と多岐に渡る。
個人も対象さ、軍人官僚政治家科学者技術者、役立つとなれば芸能人から一般人まで老若男女例外は無い。』

「…解った、もう例は良いよ。しかしまぁ…知られぬから諜報活動なんだよな、一般人が知る訳がない…」

『その通り…と言いたいが場合によってはわざと大っぴらな諜報活動を行う時もあるぞ?
 連中の工作活動には際限無いからな、場合によっては騒動の火種に油をくれたり火種そのものをでっち上げたり…っと、話が逸れたな、元に戻そう。』

「ああ、宜しく頼む。」

『何処まで話したか…そう、偽の情報だ。
 つまり、秘密兵器パンジャンドラムは開発に失敗したが、その失敗を利用された訳だ。
そして故意にリークされたこの開発計画は幾つもの役割を果たしていた。

 第一に敵と味方に膠着した戦線を突破する為の切り札の存在を匂わせ、敵の注意を引き付けなら味方の士気を高揚させた事。

 第二に公開試験で失敗した事で敵に開発の成功まで反攻作戦実施は無い…つまり間近な上陸作戦は無いと思わせた事。

 そして第三に、その秘密兵器を使用しなければならない程防備の固い場所へ更に敵の警戒心を引き付け、真の上陸地点付近を手薄にさせた事。

どうだ?こいつが上陸予定場所隠匿に使われたと言う意味が解ったか?』

「…はぁ…しかしこれは又…もう嘆息しか出ないよ…成る程、そうか…
いや、それにしても急な話にわざわざ答えてくれて有難う、助かった。この礼は近い内に。」

『期待してるよ。じゃあな。』


電話を切り、私は今の会話の内容を脳内で反芻する


「…囮…か…」


首相はJAを推してはいなかった
そしてJA計画への私の失言には触れずパンジャドラムの話を振った

彼はパンジャドラムを囮と言った
最初から囮の訳では無く、失敗作故に囮に使われたとも言った

…開発失敗した新兵器か…

その時思考を或る連想が過り、何気無くその連想を口に出した瞬間、私はその意味に驚愕し…恐怖した


「JAも…失敗作?」


一寸待て。先走るな落ち着け、発想が飛躍し過ぎだよく考えろ、成算があるから公か…

…その公開試験でパンジャドラムは失敗した…


「とすれば…JAは失敗が確定している?では何故、何の為に?」


脳裏を疑問が渦巻く

営利企業が何故失敗する事業へ投資するのか

失敗を知りながら何故国防省は計画を推進するのか

そして、何故首相はJAの失敗を予期しているのか


受話器に手を掛けたまま思案する私の前には一卓のスケジュールがびっしりと書き込まれたホワイトボード
 だがその水性マーカーで書かれた記号の羅列は眼に映らない

今、私の目前には社会の影、裏世界の暗部、そしてそれらすら呑み込む政界の闇が広がっていた



《パラジクロロベンゼン》
http://www.youtube.com/watch?v=BMXKjqVIeGs&sns=em


「♪」

「あら貴方、ゴルフですの?」

「ああ、来週だ。コースに出るのは久しぶりだな。」

「あら?先週…」

「練習場だよ練習場、君こそ…」


YouTube 動画ポップアップ再生




『こ、これで…よ、よおし、このまま…』

Beeeeeeep!Beeeeeeep!Beeeeeeep!Beeeeeeep!

『へ?あ、あれ、なんで?…くそっ、こうか?』

Beeeeeeep!Beeeeeeep!Beeeeeeep!Beeeeeeep!

『あ、あれ?ならこうで…え、ちょっとま…こ、こうかな?』

Beeeeeep!Beeeeeep!Beeeeep!Beeeep!Beeeep!Beeep!

『え?あ、あれ?な、なんで、え?ならこれで…あ、あ、あ、あ、あ…』

Beeep!Beeep!Beeep!Beep!Beep!Beep!Beep!Beep!Beep!

『ち、ちょっとま、う、う、う、うわわわわわわぁっ!』

Beep!Beep!Bee!Bee!Bee!Bee!Bee!piiiiiiiiiii……



『…やっぱり状況設定が悪すぎでしたね…』

『そうね、それに途中幾つかステップ飛ばしてたし。でも…まぁ、今回は仕方無いか。データも録れたわ、マヤ、今日はここまでにしましょう。“シンジ君、連続試験お疲れ様、上がっていいわよ。”』

「は、はい…後少しだったんだけどなぁ…」



【ヘッドフォンアクター】
http://www.youtube.com/watch?v=fMgazlIQWcg



【都合と思惑X】




「…しかし凄いわね、彼。」

「本当に…“エヴァの申し子”って所ですね。」

プシュン

「あー、つっかれたー。」

「あら、意外と早かったわね。」「あ、葛城さん。お疲れ様です、丁度今試験終わった所ですよ。」

「アチャ〜、やっぱ間に合わなかったかぁ。まぁったく広報も余計な仕事廻してくれたわ…」

「寧ろ良くあの相手によくこの時間で切り上げられたわね、感心するわ。」
「確か向こうのご指名でしたよね?」

「『以前対応して頂いた作戦部長に是非にとの事でね』って有り難ーい副司令殿の御言葉付きぢゃ断れないわ。
はぁ〜、にしても公開情報開示や議員対応なんて広報でしなさいよ、幾らあァァんの狸親父が名指しで指名したからってワッザワザ姑息な根回ししてまでこっちに話振らないで欲しいわー。」

「それにしても…何で葛城さんなんです?」「そうね、私も興味あるわ。」

「簡単よ、前回私がちょーっち甘い顔して対応したからどっちも舐めてんのよ。
前回は“使徒戦の後始末終わって今暇でしょ”って態度で来た広報が“笑って同席しているだけの簡単なお仕事です”って感じに調ー子良い事言って、いざちょ〜っち議員の機嫌悪そうな態度見た途端に
「実は今から所用が有りまして、では後は宜しく」
って私に丸投げしてとっとと逃げ出したからねー。」

「なんて言うか…広報って現場どう見てるんですかね?随分都合の良い解釈してるみたいですけど…」「確かに。」

「全くよね〜。で、とっとと逃げた広報の代わりに独り取り残された私はやむを得ず臨時接待業に転職。
キャバ嬢宜しく営業スマイル&谷間太もも強調アングルからの上目遣いに似非天然すっとぼけと嫌味スルースキル全開で対おバカ対応したげたの。」

「プッ!」「呆れた…」

「仕方無いでしょー、何しろ司令も副司令もお迎え来ないぞご立腹ー!で話通じない感じだったし。
けどまぁ、ネルフ席次三位の作戦部長直々の接待になんとかご機嫌直してご満足頂けたみたいよー。
で、味をしめたか今回も『ある程度の役職』相手に『箔の付く』対応されたかったみたいでねー。わっっざわざカメラマンまで引き連れて来たわよー資料請求にぃアハハハ…は…
…あーっムカつくムカつくムカつくうっっっ!えっっらそーに本っ当どぉぉぉぉっっでも良い事ばーっか質問して事前に何聞いてたのよ!
大体何でこっちが全部お膳立てしてやんなきゃなんないのよ!何か?私ゃあんたの秘書か!?
大体機密でも何でもない資料請求なんて担当者で充分だろってーのにいっちいち私呼びつけて内容説明求めるなっつーの!」

「うわぁ…最悪ですね…」
「案外本気でミサト目当てかもよ?態々ご指名なんて。」

「な訳無いわ〜、揚げ足捕りたかっただけよ。本っ当どーでもいー事薄笑いでネッチネッチと…
なぁにが『いゃあ、作戦部長とは勇ましい!』よ、陰で『女の作戦部長(笑)何の作戦練ってるんだ(笑)』とか言ってた癖にぃっ!」

「…議員なのにその程度ですか…」「案外いい年して社会的地位もそれなりなのに常識知らない輩は多いわよマヤ。」

「まぁったく嫌になるわ、質問からして突っ込み所満載だし、底が浅いから直ぐにネタギレ。後はもー酷い物よ。
暇になったからって仕事に託つけて時間潰しの雑談っきり、それもうんと下世話な馬鹿話とやっったら上から目線でえっっらそーな自慢話オンパレード。
そんなんばっか延々聞かされ続けて、も、いい加減切れそうだったわ。
挙げ句の果てに『君はモデルか女優になってた方が皆の為だった、ネルフに閉じ込めておくのは勿体無い。』って遠回しな嫌味止めろってぇの!」

「嫌味?まさか。そんな遠回しな嫌味言う程の頭は無いでしょ?寧ろ本音じゃない?」
「…それって先輩、まさか…誉めてる…つもりなんですか?」

「うげ…そのレベルのオツムか〜、最悪。にしても…あーっっ!思い返すだけで本っっ当腹が立つう!
広報も広報よ、幾ら厄介者相手だってそれ適当にあしらうのがあんたらの仕事だっつーのにイッッチイチ面倒事こっちに押し付けないで欲しいわぁ!お陰でシンジ君の試験立ち会えなかったじゃ…どったのリツコ?」

「…見て貰えば判るわ。マヤ、モニター準備して」

「はい、先輩。」



ーーー



「初めて頂戴。」

「では、CG画像流します」
「…これは?」

「今回の試験を再現した立体画像よ、これが試験予定計画…ミサトの提唱したエヴァによる空挺強襲作戦の概略から、エヴァの滑空降下部分。その様子をマギで再現してみたわ。」

「画面切り替えます。」

「…」「これはプランA,超高高度、22.000mからの自由降下、ATフィールドによる滑空制御及び衝撃波による着陸地点制圧を兼ねた超低高度減速、着地後の作戦行動移管までの合成画像ね。」

「次、切り替えます。」

「そして、この合成画像に今回の試験データから再現したCG画像を重ねると…」

「ヒュー♪これマジ?完璧ぢゃん!シンちゃんやるぅ♪」

「あくまでデータでのシミュレーション結果よ、天候設定、マギの支援、ほぼ完璧な条件だわ。それでも…正直この結果は予想外だったわね。」

「本当に…びっくりですよ。」

「へ?何で?一応シンジ君とエヴァの実戦データから実現可能な計画にしたつもりよ?
そりゃ最初から成功する訳無いけど、半日も試験訓練すればシンジ君なら…どったのリツコ?マヤちゃん?」

「それがね…マヤ、貴女から説明してあげて。」

「え?私ですか?」「?」

「私が言っても俄には信じられないでしょう?貴女の口から聞けばミサトも納得するわ。」

「じゃあ…葛城さん、このデータですけど、これ…実は…最初の試験結果なんです。」

「はい?」

「全く驚きよ。まさか最初の試験で成功するとは思いもしなかったわ。」

「それもここまで完璧だなんて…」

「…マジなのね…確かに空挺じゃ“新兵の初降下で怪我する奴はいない”ってジンクスはあるけど…にしてもシンジ君、凄い進歩だわ…」

「そうですよね、流石オーナインシステムを稼働出来るチルドレンだけの事はありますね。」

「…(…エヴァの…申し子…)“チルドレン”か…」

「この実験後に同一条件で何度か試験したけど…やっぱり彼、全て完璧にこなしてくれたわ。」

「でもそれじゃ試験にならないんで、それで、予定を変更して条件をプランDに切り替えてさっきまで試験してたんです。」

「プランD!?いきなり低高度精密降下なんてやらせたの!?」

「ええ、高度4.000mからのピンポイント降下、それもATフィールドによる滑空制御も着地減速も無し、制動シュートと減速ロケットモーターのみで目標地点より半径300m圏内への着陸。
彼、それも成功させたわ。流石に何度かは失敗したけど…」

「でも先輩、失敗って言っても着地自体は成功してましたよ、減速タイミングの関係で着陸地点がずれた程度ですし…」

「実戦じゃそのずれが問題なんだけどね…
まぁ、訓練で合格点でもいざって時やらかされる事も有るし、あらかじめずれを織り込んだ作戦立てる為のデータ取りって意味なら成功か。」

「そうね、今回はその意味でも良いデータになったわ。」

「そうですね、完全マニュアル降下なんてまずあり得ない事態のデータも取れましたし。」

「完全マニュアル降下〜〜〜!?」

「当然失敗したけどね。最も実験内容的には極限状態の反応が取れて大成功と言って良い成果だったわ。」

「でも…たった5分の稼働時間で空挺作戦って…役立つんですか?」

「立たなくていいのよ、今回はエヴァで空挺可能って証明が出来れば良いんだし。お題目上
“ネルフは対使徒戦において如何なる事態にも対応可能である”
って事になってる以上、シミュレーションのみでも実際に対応可能な所を証明しとかないとあっちこっち喧しいし。」

「D型装備やE型装備の要項見れば判るでしょ?要は実証実験名目の予算獲得の詭弁って事よ。
まぁ、最もそれは“現状においては”だけど。
次の使徒がどんなものか判らない以上、あらゆる事態に対応する必要がある事に変わりは無いし、稼働時間の問題だって将来S2機関が実用化されれば問題にならないわ。」

「つまりS2機関が実用化されれば…使徒戦以外にもエヴァを投入可能になる…何だか怖いですね…」

「使い道は無いけどね。
そもそもATフィールドなんて反則技使う使徒以外にエヴァを使うなんて非効率甚だしいわ。
単独目標相手にエヴァ使うなら衛星軌道からの荷電粒子砲で狙撃とかミサイルで飽和攻撃仕掛けた方が安上がりで確実、面制圧するならナパームや気化爆弾、それで足りなきゃN2でも核でも一発使えば良いんだし。」

「1機のエヴァを動かすのに必要な機材や運用スタッフだけで数千人、維持整備管理支援含め数万人規模のマンパワーと国家予算規模の出費。そもそも持つ事自体が並みの国家単独じゃ無理よ。」

「ま、仮にこれだけの予算と頭数使えるとして…
…そうね、あたしなら素直にS2機関積んだ潜水艦か空母3杯に充分な数揃えた最新鋭機の航空部隊と支援艦隊整備して機動部隊3つ編成するわ、その方が軍事力として有効だし。」

「成る程…費用対効果ですね。」

「旧世紀の水爆と一緒、確かに強力だけどそれ故に使い道が無いのよ。
それにいくら強力でも僅か数機の機体ではね。」

「そ。要は手が足りないのよ。
加えてエヴァンゲリオンはあくまで近接戦闘用の短期決戦兵器、充分な支援無しではろくに使えないわ。
仮にあたしがエヴァと戦うとしたら真っ先に支援部隊叩くわね、幾ら強力でも補給も整備も支援も無しじゃそもそも動けないもの。」

「成る程…でも…葛城さんみたいな専門家から見ればそうなんでしょうけれど、でも、普通の感覚だとやっぱり“凄く強い=無敵”って感じだと思いますよ。」

「そうねマヤ、だからこそ情報開示は必要なのよ。
度を過ぎた情報統制や不要な機密保護は疑念とデマを招くけど正確な知識の領布はデマを駆逐するわ、広報活動は大切って事ね。
!そうそう、その広報活動に貢献したミサトには感謝してるわよ?」

「いー事言うじゃないリツコ!そーよーどーんどん私に感謝してねー!じゃなきゃあたしの折角のサービス精神が無駄になっちゃうわー!」
「サービスって太股と谷間の露出度の事?」

「…不潔…」

「はー、それで時給上がるなら良いけどねー。」
「呆れた…でも確かに見せるだけで時給が上がるならある意味魅力かもね。」

「…不潔…」

「あの…マヤちゃん?」「どうしたの?冗談よ、冗・談。」

「二人とも…不潔…」

プシュン
「はぁー、すいません最後に失敗しちゃ…あ、ミサトさん、来てたん」「シンジ君!その穢れた2人に近寄っちゃ駄目!」「へ?」

「「…穢れって…」」

「穢れてます。シンジ君、こんな大人になっちゃ駄目よ。」

「え?あ、はい…又何かしたんですか?」

「「…ごめんなさい…」」

【Assault Mirage】
http://www.youtube.com/watch?v=6m416agB-vs



YouTube 動画ポップアップ再生




何時もの天井


何時もの音


瞼を開いた時、私を迎える2つのモノ。それが今は少し違う。


天井も、音も、違う


ふと、当然の事を理解する


そう、ここは病院



今、私は入院していた。




【都合と思惑Y】
【FACE】
http://www.youtube.com/watch?v=aCnoiUlgc1c





私は火傷治療の為に入院している。

息を吸い込む
喉に感じる違和感、胸の奥、肺からの微かな痛み。

目を閉じてゆっくりと息を吐き、再び目を開ける。

日常とは違う、だけど見慣れた景色

ここは、病室。

普段と違うこの天井とこの音が、個室病床で横たわる私の把握出来る世界。
ふと、火傷した時の状況を思い返す。


あの時…

仮設したLCL冷却機能を遥かに超えてエントリープラグに流入した膨大な熱量は、プラグスーツの金属部分から自動体温保護調節機構を破壊しながら逆流。
その熱は逆流経路…プラグスーツ内の冷却配管や各種センサー、電気配線…沿いに私の肉体、主に気道粘膜や表皮細胞にダメージを与えた。


その代償に任務は果たし、作戦は無事遂行され成功した。
結果、私は生存し、回収された。

火傷自体は軽微だが、面積が広く且つ多位に渡り点在する為、治療促進と感染症防止の観点から私は入院する事となり、点滴による抗生物質と麻酔の投与が先週まで行われていた。


現状を確認し、瞼を閉じる。
それが私に求められている行動。
私は傷を治さなければならない。

その為の、最善の行動。

それが、睡眠と休息。

それは、大切な治療行為。

眠り、休息し、時間の経過を待つだけの治療行為。


治療…そう、治療


これは新陳代謝…体細胞の再生、自然置換による治癒を待つだけの療養と呼ばれる治療行為、『待つ』と呼ばれる行為。
『待つ』為に造られた私に相応しい行為なのだろう

私は待ち続けている
『生産』された『目的』を果たすまで
終わりの始まりまで
『無』に還る刻まで
私は待っている
私は待つ
私は…
そう…





…ふと感じる肉体の違和感に、再び目を開ける。


身動ぎ…動きにくい状態の肉体を、ゆっくりと僅かに動かし体位を変える。

動きにくい理由は2つ

鎮痛剤を処方されていても、慎重に動かないと火傷跡が刺激され疼痛が起きる事

感染症を防ぐ為に薬液に浸されたガーゼが複数箇所の火傷部分…体表を覆い、更にその上から厳重に包帯で包まれていて、それが関節の自由度を妨げている事


体位を変え終わる。

慎重に動いたつもりだが、やはり身動ぎしたせいか、包帯の下でガーゼと擦れたであろう部位が疼く。

包帯と油紙に抑えられた薬品を含んだガーゼ。薬液に保護されたその下に存在しているのは、熱に破壊された細胞壁が神経を刺激し続けている皮膚。


ふと左手を見る。
包帯に包まれたその下に存在していた筈の軽度熱傷、そこからの疼痛は

…無い。

常に痛みの電気信号を発信していた部位、赤く腫れ上がった皮膚は今存在していない。


何故なら碇司令の命令で左手の火傷は修復したから。この包帯の下には既に完治した皮膚が存在している。

つまり、私の左手にこの包帯は必要無い。

なのに何故私は包帯を付けたままにしているのだろう。

記憶保存作業時の定期肉体メンテナンスでもこの程度の負傷ならば修復に充分だろう。

もっと簡単な方法もある。この肉体を破棄し、新たな肉体へ記憶を移し変えればいい。

そう、私はレギオンの一部にしてレゴの一つ、多数の私の中の一体に過ぎない。私の名は綾波レイ、エヴァンゲリオン素体にしてリリス制御の試験体、そしてエヴァンゲリオンパイロットとして生産された交換可能な存在、それが私。
予備とも言える他の肉体はある、手間を掛けこの肉体を保持する必要はあまり感じない。

何故…

…今までそんな事を考えた事は無かった。

疼きが脈打つ

そう、完治しているのは左手だけ。他の部分はケロイドにはなっていないものの、軽度…部分的には中度の…熱傷を負ったまま。

しかし、私は司令の命令がなければ自己再生を行う事が出来ない。
そう、命ぜられている。

左手を眺めたまま、思いを馳せる

この程度の熱傷、回復…表皮から真皮までの再生…程度ならば、私自身の意思で代謝を加速させる事で容易く治癒出来る。代償はあるが。

私の肉体構成物質はエヴァと人間とリリスのハイブリッド、人の遺伝子を組み込んだエヴァンゲリオンの人造細胞製の肉体に遺伝子操作したリリス細胞を種痘し生産された。
使徒に等しいエヴァの再生能力を持ってすれば代謝を加速させこの肉体を補修するのは簡単だ、現在の熱傷を負った表皮や真皮を再生する程度の事は問題無く行える。

しかしその場合、補修箇所のリリス化は進行する。
ヒトの遺伝子に在るテロメア…自死因子のカウントも進むだろう。

怪我の修復や軽い火傷の回復程度ならばリリス化した部位の成長は今服用中の薬剤で充分抑えられる。
だが、欠損部位の完全再生となれば話は別だ。
遺伝子操作により劣化したとは言え、再生された部位のリリス化は進行し、それは他の肉体を侵食し始め、仮面を以てしても成長を止められないリリス本体の覚醒を呼ぶ。
リリスの目覚めは私に与えられたリリス細胞への去勢…人為的遺伝子操作など容易く無効化するだろう。
リリスの成長を完全に止めるロンギヌスの槍、それが今だ届かない現状で本来の力を取り戻したリリス細胞の侵食が進行すれば…
…考えずとも答えは簡単に出る、旧東京の使途汚染被害者の結末がそれだ。私は完全にインフィニティ化し無への帰還…リリスへの融合を求めるだけの存在になると予測できる。

そして…

『コンコン』

私の思考はノックの音に中断される。

『…』

ドアに視線と意識を向ける。

医師の定時検診や看護師の見廻りには未だ時間がある。赤木博士や葛城三佐ならばノック後に入室を伝える声が聞こえる。碇司令ならそもそもノックをしない。ならば誰が

再びノックの音

『…どうぞ…』

返答をしながら、ふと疑問が浮かぶ。
私は今までにノックに返答をした事があっただろうか?

ドアが開く

何故か少し遅れて声が聞こえた

『し…失礼します…』

この声を、私は知っている。

ゆっくりと何かを警戒するように入室してきたのは、黒髪の少年。
その姿を見て私は自分の記憶に間違いは無いと確信した。

碇司令の息子、私の同級生、私と同じチルドレン、3人目のエヴァンゲリオンパイロット。

『あ…ひ、久しぶり。寝てるのかとお…あ!ご、ごめん、ひょっとして起こしちゃったかな?それともお、起きてた?』

何故彼が来たのか理由が解らない。そう言えば以前彼は学校からのプリントを持って来てくれた事が有る、何か連絡事項があるのだろうかと思考しながら、発言内容に質問があったので返答する。

『…ええ。起きていたわ。』

『そ、そうなんだ、良かった、起こしちゃったかと…ってあ、いや、その、ご、ごめん、入院してるのに良かったは無いよね、あは…。』

?彼は何を言っているのだろう?

『…』

早口気味に喋る彼の発言の意味を考えていると、彼は何故か慌てた様子で頬を紅潮させながら又早口で話し出す。

『あ!いや、違うんだ、その、決して悪気があって笑った訳じゃ無くて、で、でもお、思ってたよりげ、元気そうで良かった。』

よく意味の解らない発言に困惑しながらも、意味を理解できた言葉に返答する。

『…そう?』

『う、うん。じ、実は何度か綾波のお見舞いに来てたんだけど面会禁止だって…あ、いや、面会謝絶だったから、その…。』

聞き慣れない単語に、思わず問いを返す。

『おみまい?』

おみまいって…何?

ふと、気付いた。

碇司令以外の人に疑問の答えを求め、問い掛ける。そんな事は今までに無い。
その事実に驚くが、そんな私の思考に関係無く彼は話し続ける。

『う、うん。心配で…』

『心配?何故?』

入院してはいるが、軽傷であり回復は順調。現状でも任務復帰可能な私に心配する意味が解らない。

『あ、いや、その…ぼ、僕の為に怪我したみたいなものだし、その…あ!こ、これお見舞い!』

?任務を果たしただけなのに何を言っているのだろう?それより差し出された紙に包まれたこの籠は一体…

『これが…お見舞い?』

『え?あ、ああ、こ、これはその、前の果物屋で買ったフルーツバスケットなんだけど、あ!ご、ごめんこんなので、気に入らなかったかな?その、じ、実はさ、まさか今日面会出来るなんて思わなくてシンクロテストの後ここに来たんだけど、今日面会出来るって知らなかったからさ、慌てて急いで適当に、あ!い、いや適当ってそう言う意味じゃなくって、ま、まああちこち探してお見舞い品買ってきたんだ、で、その、急にあれだったんでお小遣いもあれだったし、て言うか良く見ないで買っちゃったんで中身は良く見てなくてさ、ひょっとして気に入らないかもしれないけど一応気持ちなんであのそのええと…あ、こ、これがパイナップル、こっちが梨とオレンジに…キウイだね、傷まないうちに早目に食べちゃったた方がいいと思うから…あ!もしかして食べちゃ駄目なのかな?アレルギーだとか考えてなかったし、その…邪魔とか嫌いとか食べたくないもの有ったらそれ捨ててくれて良いからさ、あ!ここで捨てたら怒られないかな?これどうしよ…その…ごめん、つい勢いで何も考えてなくって…!そ、そう言えば綾波好き嫌いある?もし嫌いな物有ったら言って、それ僕が持ち帰ってミサトさんと片付けるから。綾波はキウイ好き?』

早口で捲し立てる台詞の幾つかが聞き取れない。

『…良く解らない…』

『え?綾波キウイ知らない?』

漸く意味の解る台詞が聞き取れた。

『知らない』

『あ…そ、そうなんだ…』

表現し難い難い表情を浮かべ何故か言葉に詰まった様子で彼は下を向き沈黙した。

『?』

『…』

『…』

『…あ!も、もし良かったら綾波今からキウイ食べてみない?知らないものを初めて食べる訳だから不安かも知れないけど、味見しないとどんな物か解らないだろ?
気に入らなかったら次から食べなければ良いし、美味しければ又買えば良いし、その…』

『…それ、皮剥く必要有る?』

『え?あ、うん。』

『この部屋に刃物は無いわ。』

『え?あ、そ、そうか…ええと…その…じ、じゃあ、その…あ!こ、こ、これ、こ、ここに置いておくからさ、あ、後でその、だ、誰かに剥いて貰って食べてみて。その…あ!今日食事当番僕だ!急がないとタイムセールに間に合わない!そ、それじ、じゃあぼ、僕これで…あ、そうだ!その、ク、クラスの皆も心配してたからさ、た、多分後で誰かがクラス代表してお見舞いに来るかも知れないよ、うん。そ、それからええと…あ!い、いつまでも長居しちゃ悪いよね、き、傷に障るといけないし、じ、じゃあ又!』

『じゃ…又…』

慌てた様子で立ち去る彼を横目で見送った後、病室で再び一人になった私は無意識に感想と言う思考を台詞として口に出していた。

『…変な人…』

…こんな時も、笑えばいいのだろうか…


今度碇君に聞いてみよう。

ゆっくりと慎重に体位をずらす。今度は上手くいった。目を閉じて眠りに入る。

…笑顔、練習した方が良いかしら…退院したら手鏡を買おう…

意識が黒に塗り潰されるまで、私はそんな事を考え続けていた。




http://www.youtube.com/watch?v=7ZXI7EqjrAw


YouTube 動画ポップアップ再生




【都合と思惑Z】


―――ーーーー…


コツン コツン コツン コツン

Pi

『赤木リツコ技術開発部長兼主任研究員、命により出頭しました。』

『…入れ…』

プシュン

『…失礼します。』

『…その様子からすれば、さぞ楽しい歓談だったようだな。』

『はい、とても“楽しい”無意味な時間を過ごしましたわ、司令や副司令の“代理”として。
作戦部長などはさっきから射撃練習場に籠っておりますわ。』

『君達には感謝しているよ、お陰で政府と話はついた。』

『?と、仰ると?』

『彼等の“玩具”は試験中の“事故”で喪失する。』

『!?』

『“事故”は想定において最小限の被害で終息する“予定”だ。だが最悪の場合被害はかなりの規模になるだろう、旧都心の廃墟群を巻き添えにして。』

『旧都心を?』

『ああ、さぞ大事になるだろうな。何しろ今だ“旧東京”に未練を残す者は多い。』

『しかし司令、感情論はともかく現実には…只の廃墟です。』

『その“感情論”だよ。もしあそこでメルトダウンが起こり居住が不可能と“改めて”宣言されれば…』

『無茶苦茶です!確かに過去の柵は断ち切るでしょう、しかし郷愁の怨嗟は残り、世論は沸騰……まさか…』

『深読み過ぎだよ赤木博士。陰謀なぞ無い。』

『信用しろと?未だ燻る再遷都勢力の廃都再建論に止めを刺せば結果は内乱です、沸き上がる国政不信は国防への不満に飛び火し国連、いえ、ネルフへの防衛依存体制にさえ反発は…間違い無く広がります。
国民の反発を背景に反ネルフ勢力は増長し、テロにより更なる国政混乱を目指すでしょう。
政情不安を以て勢力を増した上で政治的に独自勢力を形成し、国民に国連脱退を訴え、国防自主化、ネルフ解体を公約に現政権打倒を目指す団体を設立…エスカレートすれば、行き着く先は…クーデター。』

『ああ、“万が一”事故が最大規模で起こった場合、あくまで予測の範囲だが、君の見解はマギのシミュレート通りだ。』

『…つまり、“万が一”の事態は無いと?』

『赤木博士、エヴァンゲリオンはあの起動確率でも現に起動した。いかなる低確率でも可能性はある。』

『白々しいですわね、既に話が着いているのなら当然対策…まさか』

『ああ、保険は幾つでも掛けておきたい。
君には苦労を掛けるが、あの玩具の“万が一の事故”を最悪の手前で停める“準備”をして貰いたい。』

『…判りました。』

『既に旧東京付近の地価操作に関わる団体、徐洗関連株式の動きに関わる会社、怪しい動きの洗い出しは済んでいる。』

『随分手回しの良い事ですわね、厭らしい位に。詰まる処あれですか?最初からあの玩具はこの為の道具なのでしょう?』

『誤解があるようだ、この件に関して“ネルフは”一切関わってはいない。』

『…“ネルフは”無関係だと?』

『ああ、実の所、重工連にも戦自にも政府にとっても、この玩具の計画自体が云わばイレギュラーだ。』

『イレギュラー?』

『先ずはこの玩具の成り立ちから話そう、元々この計画の原案は旧東京壊滅前に遡る…現・戦略自衛隊の前身となる第二特別戦略研究隊が検討していた局地用戦略兵器がそれだ。』

『初耳です、使徒戦に託つけた対ネルフ…エヴァ用の兵器かと』

『それは後付けの理由だ。元は対都市用殲滅兵器…ABCに次ぐ戦略兵器を模索する中で発想された抹殺兵器…デストロイヤーウエポンだ。』

『!?』

『無数の火器とイージスシステムを搭載、二足歩行による不整地走破性能を有し、操縦士不要の自律作戦行動能力と、それを可能とする核動力…時速120qで地形を無視して目標に迫る核動力イージス艦だ。3機もあれば並みの航空部隊や陸上部隊の迎撃を跳ね返すだろう。
加えて核動力…下手をすれば深刻な環境破壊を起こしかねない機体をどう攻撃する?』

『…ならば何故開発されなかったのですか?』

『予算、技術、倫理他諸々の理由はある。
知っているか?未だ超音速SSTは国連とネルフにしか無いがその基礎設計は1950年代だ、幾ら優れていても需要に即さねば不要。
が、不採用の一番の理由は“相手が同じ兵器を持てば意味が無い”からだ。
核兵器のジレンマがセカンドインパクト前の冷戦を生んだようにパワーインフレは自滅の元でしかない。』

『しかし産業界は潤いませんか?』

『その場だけならな。だが生産を続ければ国庫が傾く。ならば核兵器保有の方が未だ簡単で、安価で、汎用性もある。』

『世知辛いお話ですわね。最も、世界の存続を懸けたこのネルフすら予算で苦しいのが現実ですし。』

『ああ、使えない玩具はゴミだ、ゴミは処分するしか無い。あの玩具も本来なら設計図だけが埃を被り倉庫の片隅に眠る筈、だった。』

『…』

『状況を変えたのはエヴァによる使徒迎撃戦だ。
現実に数万tの質量を正しく“身を以て”制止出来る存在はエヴァ以外存在しない、その事実に慌てた彼等は自分達の手でエヴァに対抗する代物を造ろうとした。いや、造らざるを得なかった。』

『…でなければ、彼等は存在意義を問われる、戦略自衛隊も、政府も。』

『ああ、話が早くて助かる。その通りだ、そしてそれは“張り子”で充分だった。
要はエヴァと同等の物が製作出来る証明さえ出来れば充分だったのだ。エヴァがある以上、わざわざそんな代物を新規運用する人員も予算も手間も必要無いからな。』

『宣伝…要は“面子”ですか。』

『そうだ。急遽実機を製作してみせなければならなくなった彼等は、自らの持つ既存の技術で、既存のインフラを利用し、既存の規格で早急に製作建造を行う必要があった。』

『…要は流用品と代替品で手早くまとめた急造品ですか…』

『ああ、だがそれにしても基礎設計があればこそ形になった訳だ。つまり既存の計画で手っ取り早く流用出来る代物を探した、その結果が…アレ(JA)だ。』

『…しかし何故です?それなら事故など起こす必要は…』

『ああ、我々にも“彼等にも”無い。だがソレを望むモノが存在した。』

『誰です?』

『ソレにより得をする存在だ、それは場所時代を問わず世界のあらゆる所に居る。
目先の欲望の為自己以外全てを捨てる存在、遥か昔からそれはこう呼ばれている…“我執”と。』

『我執…ですか…』

『言い換えれば“我欲”だな。普遍的に存在するソレに引擦られた諸々の存在が影響しあい、絡み合い、融合し、加熱加速し一つの生き物の如く成長したモノ…巨大な“欲望”こそがこの陰謀めいた事態の本質だ。
この事態に関わった個々其々に計画めいたモノはある筈だ、だがそれは其々が矛盾と対立に満ち総括すら不可能だろう。
彼等は道化だよ。そして諸々の闇や欲望と共に“道化”は“道化”としての“役割”を果たし、“玩具”は“玩具”として消える事になる。』

『…ではJAの関係者も…“蜥蜴の尻尾”ですか。』

『…それは“彼等”次第だろうな、我々には手出しは出来ない。』

『…』




―――ーーーー…



『…《…だな、では…》…』

『《…否、その場合の対策は講じているが、流石にそこまで無能ではないよ。碇司令にも話は付けた、戦自も静観の構えだ…ああ、最悪の場合は彼等に任せれば良い。…そうか、では代わろう。
やあどうも、今回は大変な事で…ええ…ええ、全く…しかし目先の票しか見れん連中にはお互い苦労しますね…ああ、それは…流石ですね、ええ、御察しの通り…では、第三新東京の例の公共団体から…ええ…ではそちらは例に拠って欠席で…判りました、毎度の茶番ですが一つ頼みましたよ。では又…》
やれやれ、漸く一件片付いたか。さて次は…
《…ああ、幹事長か、私だ。…ああ、強硬採決で固まったよ、例に拠って向こうは抗議と辞任要求までは決まったそうだ、…うん、今回は呑まんとならんな、後釜は…ああ、彼は今回は無しだ。汚れ役は相応しい人間にだね…
!ハハハハハハ、それを君が言うかい?…あ、そう来たか…ハハッ、ああ良いよ…ああ、その日だ…そうか、なら彼等はハンデ5付けたらどうだ?…ではハンデ10だな、分かったよ…おいおい、良いのかい?…ああ、成る程。…そうか、で、何本握る?…言うねぇ、では当日楽しみにしているよ。》』



―――ーーーー…



キイィィィ――――ンインインインインインイン…
フォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォ…


『ピジョン2から管制室、ピジョン2着陸完了。発動機停止』

『管制室了解。』

「はい、お疲れ様でした、技能講習と必要飛行時間はこれでクリアしました。」

「やれやれ、やっとヘリ免許更新終了か。」

「で、どうでした久々のローターヘリは?」

「シミュレーターはたまには動かしてたが…やっぱ腕落ちたよなぁ。」

「ハハッ、今の着陸見てたそこらの雛っ子がそれ聞いたら泣きますよ…ん?あれは…」

プシッ!ガチャ
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン

「首跳ねられたいのか!馬鹿や」「…石川か!?」

「お久し振りです日向三佐!っといけね日向三尉!ネルフからお電話です!!」
「ネルフから?」


■□■□


「え?エヴァキャリヤーをですか?…ああ、ジョイントフィッティングですか。…ええ、確かに未だエヴァンゲリオンを実機搭載した事無いですしねぇ…ええ…はい、では…ええ、判りました、では飛行試験後第三新東京国際空港に…え?RATO(ロケット式発進距離短縮装置)の実証試験もですか?」


□■□■


「…リツコ、今、日向君に連絡取れたわ。予定変更で、来週にはエヴァのフィッティング試験出来そうよ。でも良く司令から許可取れたわね〜、今まで散々請求してたのに全〜部却下してた渋チンから。」

「当たり前でしょ?あたし達にあんな仕事押し付けて逃げたんですもの、此方の“些細な”お願い事位は聞いて頂けますね?って言ったらあっさり印鑑ポン!よ。ふざけてるわ全く。」

「…ちょい待ちリツコ、て事は…次回も司令達出る気ナッシングじゃ…」

「…しまった…ミサト、私…やっぱり…」

「してやられたわね…あぁんのクソ髭えぇぇぇっ!!!」

ドカンドカンドカンドカンドカンドカン!

「…ミサト、せめてイヤーマフ付けるまで待って欲しかったわ…」

「フーッ、フーッ、フーッ…あ?あー、ゴミンゴミン、リツコもこれ打つ?」

「流石にマグナム弾連射する気無いわ、そこのSIG貸して。」

「あー、装填済みだからお好きに」
バンバンバンバンバンバンバンバン!チャリンチャリンチャリン…

「…もう一弾倉、いっとく?」




【疑心暗鬼】
http://www.youtube.com/watch?v=SHrzXVJrIz4




YouTube 動画ポップアップ再生




JA計画公式発表2週間前

筑波学園都市日本重工業連合体第2共同先進技術開発研究所通用口

20:15

『空調修理?』『また大荷物だなこりゃ』

『はぁ、何しろ一晩で修繕工事と機器交換同時進行ですから。今夜電源落とすからこの時間帯でって室長さんから。』

『ああ、空調とメインサーバの冷却システムか、室長から聞いてるよ。先月から調子悪いから今日臨時工事だっけ。』
『あーそれか、道理で皆定時で上がった訳だ。うちの学者先生や一般社員連中が残業無しなんて初めてじゃないか?』
『全くだ、今夜は楽できるな…はい、確認取れました。申請書間違いありませんね、じゃあこれが臨時IDカードです、セキュリティ引っ掛かるから指定ルート以外入らないで下さい。』

『はいはい、分かってますよ。他所で以前バイトが仕出かして酷い目に遭いましたから。』

『あー、あの話そちらでしたか。指定便所は2ヶ所、その案内板のこことそこね。』
『あれか、便所探して次の日まで閉じ込められた学生バイトだろ?ありゃもう伝説だな…はい、検品完了。入って良いよ。』

『はい、じゃ失礼します、室長は4Fですか?ぅおーい、挨拶してくるから皆早く運んじまえよー、朝までに終らすからなー。』

『『『『ウーッス!』』』』

21:32

ゴソゴソズリズリゴソゴソ
『しっかし…定期メンテに乗じた侵入って古すぎな手だよな…しかも今時荷物に混じって侵入やらトイレの点検口から通風口ってマジかよ…んな手今更、古典的過ぎて今時映画だって無いよな全く…』

ゴソゴソズリズリ
『大体内面アルミコーティングの段ボールに酸素マスク付けてドライアイスと一緒に入って赤外線探査抜けるとか、全くゲームや漫画じゃあるまいし…』
ズリズリゴソゴソ
『お、振動センサ発見っと…レーザーセンサもか、て事はあの裏が監視カメラの配線ね、んじゃま…』
ゴソゴソ…

22:23

『よ…っと、到着〜っ、さぁてお仕事〃っと…あー腰痛ぇ…』

22:48

『しっかしえらい旧式な…つうかこれが普通だよな、ウチ(ネルフ)と比べちゃ可哀想か…ん?ははん、こいつは又懐かしい…ここは管理ログから…』

23:48

『コピーガードとコピーカウンター解除…っと、これで…よおし、次は外部警報回線の物理切断で…よっし、これだけ古いなら後はこのまま…?あ?…くそっ、これトラップか?』

Beeeeeeep!Beeeeeeep!Beeeeeeep!

『…先に警報回路殺して正解か。…成る程…ははん、覗き見防止ワーム連動の逆汚染型自殺ウイルスにタイマー付き二重消去プログラムとはね、小賢しい真似を…ふん、ベースはダッカV型バレンタイン仕様の三次改変モデルか、民間企業にしては本格的だが…所詮は民製品ベースの財務管理システムだ、基本構成が古い分ハード側が甘いな、本体だけならばこうで…ちょちょっとこいつをま…こうかな?』

Beeeeeep!Beeeeeep!Beeeeep!

『へぇ?これも二重トラップ?そんなあからさまな偽物、引っ掛かるなんて素人ぐら…え?あ、成る程、ふうん…素人に見せかけた手口だなこりゃ、これ自体がダミーとはね。
ならハード側に直接これで…やっぱりこっちか、よっと…裏から同調周波数設定して…っと、こっからが本番だな。タイミングを合わせて、3、2、1…』

Beepiiiiiiiiiii……

『…ようし、お休み嬢ちゃん良い子にしててくれよ、ちょっと寝てりゃ良いから…』

00:39

『よーし発見、また雑な置き方な…幾ら高度なセキュリティプログラム防壁だからってソイツに胡座かいて頼りすぎだぜベイビー…よし、転送開始…って何だ?裏にもう一枚?…また妙な所に…』

『…えらい量だな、裏帳簿では無いようだが…ん?このファイルコードどっかで見…戦自部外秘だぁ?!?こんなものまで何で?』

『ええと、このコードだと暗号化は懐かしの戦参改五仕様で、だから翻訳コードは…よっし、出たぞ…【JA-000P〈G〉TDRW/cs第五次〔特〕改造基本設計図(極秘)】?何で設計図が裏帳簿ファイルの更に下へ置いて…いや、隠してあるのか?』


ーー



08:52

『お早うございます、空調修理完了しました、これ試験運転結果です、ここにサインを…』

『あーはいはいご苦労様っと。…はいどうぞ。』『あ、ID証はこっちに返却して下さい。』

『はい、検査写真と検査調書は後日検査証に同封して郵送で送りますんで宜しく。』

09:12

『あー腹減ったー』『先輩俺直帰いいっすか?』『…眠い…』『やべ、班長〜運転手限界来てまーす。』

『馬鹿ヤロ、お前が代われよ。SAのどっかで仮眠入れるからそれまで頑張れ…出てきて大丈夫ですよ。』

『あいてて…おいおい事故んなよ保険厳しいんだからな、っと報告入れんと……あ、お早うございます、副司令ですか?青葉です。』

『…』

『…はい、終わりました。ええ、今、現場から高速乗る手前です。例の件確認しました。…それ自体には大したネタはありませんでした。が、しかしまぁ面白い物が混じってましたよ。…いえ、特に重要かどうかは未だなんとも。』

『……』

『ええ、明日帰ったら報告します、それにしてもまさか俺に話が廻って来るとはね…』

『……』

『まぁ、今回は仕方無いですから。何しろ本職が出払っている現状ならね。』

『……』

『はい。では、元の掃除(痕跡消し)は終わってますんで後(始末)はお願いします、私はこれから直帰しますんで。』

『…』

『あ、大丈夫です。…え?いや実は今夜は私用入ってまして…はい、万が一の場合はそこで…はい、報告書は明日…』



【Relight My Fire】
http://www.youtube.com/watch?v=r-_CaWfUcCk



【都合と思惑\】



「…報告は以上です。」

「…しかし凄いな、何かあるだろうと思ってはいたが。」

「…“機械式自動停止装置”とはな。」

「全くだ、まさかゼンマイ式の安全装置とは。あまりに原始的過ぎて思いも寄らなんだ。」

「ああ、電子機器に頼り過ぎる現代人には盲点だ。しかしこれで彼等の余裕に合点が行った。これならば高線量環境も電子情報汚染も関係無い、確実に時間で停止する代物に暴走なぞ有り得ない。」

「成る程、重工連から連絡も行っておる筈の首相が何の心配もしておらん訳だ。」

「ああ。青葉、作戦完遂ご苦労、朝一の出張報告までに解析まで済ますとは流石仕事が早いな。」

「うむ、良くこの時間で上げられたと感心したよ。」

「ファイル自体は一般的な形式の物でしたしね、容量も意外と軽くて助かりました。
最も、現地侵入奪取作戦なんて久しぶり過ぎて大分勘が鈍ってて冷や冷や物でしたがね。」

「いや、謙遜せんで良い。流石は‘“元”内調公安一課’だ。」

「ああ、予想以上の働きをしてくれた。今後も期待している。」

「脅かさないで下さい、司令の‘期待’なんて怖…いや、重責に身が締まる思いです。では失礼します!」

「やれやれ、全く口の減らん奴だ。」「…ふっ…」


ーー


「あ、青葉君。出張お疲れ様、丁度今珈琲入れた所ですよ。」

「お、有り難う。しかし広報も余計な仕事廻してくれる…」

「確か上の指名でしたね?」

「有り難き副司令殿の御命令では断れんでしょ?」

「ぁ〜、確かに…それにしても公開情報解析なんて本来監査査察部か情報部広報ですよね?」

「全くさ、幾ら役職付きの肩書き要るからって副司令に根回ししてまでこっちに話振らないで欲しいよ。」

「それにしても…何で青葉さんなんです?」

「作戦部長と開発部総括が揃って留守だしマコトも空自の定期予備訓練で留守だから。おまけに頼りのマヤちゃんはシンジ君の訓練に掛かりっきりだし。」

「シンクロ試験がメインなんですけどね、でも…なんて言うか、前に葛城さんや先輩とも話したんですけど広報って現場どう見てるんですかね?」

「簡単だよ、自分達に都合の良い解釈してるのさ。」

「確かに。」

「ま、仕事舐めてんだろ。元が民間広告代理店だしな、幾ら依託業務とは言え国連からの直接多年度契約、肩書きはネルフと同等だからって威張り過ぎなんだよ。下請けのネットワークこっちで抑えればもう用済みだってのに。」

「談合して他への依託話潰して回ってるって聞きましたけど。」

「道理で。しかしあの下に強く上に弱くって明から様な態度はなぁ。」

「そう言えば葛城さん、広報から“笑って同席しているだけの簡単なお仕事ですから”って呼ばれた席で、担当に間際で逃げられて代わりに偉い人の相手したそうですから。」

「ネルフ席次三位の作戦部長直々に接待して頂いた訳か。
まぁ、難しい相手なら判らなくもないな。『ある程度の役職』相手には『箔の付く』対応は基本だからね。しかし…葛城台風は大荒れだったろうな、」

「大荒れでしたよ。事前に何聞いてたとか何でこっちが全部お膳立てしなきゃいけないのとか只の資料請求なんて担当者で充分だとか。
おまけに陰で『女の作戦部長(笑)何の作戦練ってるんだ(笑)』とか言ってたから余計に…」

「客IDの人間がネルフ構内で陰口とはまた命知らずな…葛城さん元は外資系だからその手のネタは余計に地雷だってのに。」

「え?軍じゃ無いんですか?私てっきり…本当に外資系なんですか?」

「そ、実力最優先の民間軍事協力会社の超エリート。」

「…それってまさか…傭兵ですか?」

「傭兵ってよりは教官だな。にしても作戦部長が広報ねぇ…幾ら厄介者相手だって面倒事逃げた挙げ句こっちに押し付けるとは幾ら何でも使え無さ過ぎだよ、そんな無能わざわざ抱え…
あ、コネ関係の飼い殺し社員か。納得。」

「?でもあそこ一応一流企業でしたよね?人材なら幾らでも…」

「なのにわざわざ飼い殺しの無能選んで送り込むあたり…案外あの噂本当かも。」

「あの噂…献金代わりの依託事業ですか…。」



ーーー


『…ミサトさん、朝御飯用意出来…また朝からビールですか…』

『あらぁシンジ君ったらぁ真っ面目ー♪ま、いーじゃなぁいあたし今日は明け番で休みだしぃ(ハァト)』

『…はぁ…(…徹夜明けはこれだから…)』

プシッ!ゴッゴッゴッゴッゴッ…
『ぷっはー!くーっこの渇いた身体に染み渡る一杯!正に生きてて良かった人生のご褒美タイムなうって事よ!』

『…(…何だかなぁ…)…早くご飯食べちゃって下さいね、卵焼きになめたけ納豆と味噌汁ですけど。』

『はーい!シンジせんせー卵焼きは何味ですかー?』

『からかわないで下さい、だし巻きとリクエストの砂糖入りの2つありますから。甘い卵焼きなんて始めて作りましたよ…』

『最高!卵焼きヤッター!シンジ君愛してるわ!』

『安っ!?うわ愛やっす!!そんなんでいいんですかミサトさん?』

『あたし的には良いわよ!(きっぱり)』

ガチャン!ペタペタ…

『…クワワ?』

ギャイギャイキーキー

『…クワワワワ…』

ペタペタペタペタバタン!








YouTube 動画ポップアップ再生




『じゃ、行ってくるわ。留守はお願いね。』

『…あ、はい…行ってらっしゃい…』『クワワ…』




「…ねえペンペン、今のミサトさん…どう思う?」「クワ?」

「何だか知らない人みたいだったよね…でも…」「?クエッ?」

「…いや、大した事じゃ…」「クウゥ?」

「あ、あのさペンペン…こ、ここだけの話だけど、ミサトさんもさ、普段が普段だから諦めかけてたけどさ、だけどああやって仕事絡めたら朝からでもあれだけちゃんと出来る訳じゃない?
ならさ、別にあそこまでじゃなくてもさ、あの半分…いや、せめてあの1/3ぐらいで良いから普段も…いや、いつもじゃなくても時々…まぁ、たまにとか稀にでもいいからさ、本当にもう一寸、少しだけで良いからしっかりしてくれたらなぁ
…って、とか…思うよね?思わない?』
『…クェエェ…』




【Fake】http://www.youtube.com/watch?v=ERMw2IOuN00

【都合と思惑]-1】




日本重工連主宰新型二足機動型格闘戦対応特車(ジェットアローン)公試会場

JA公試開始時刻6分後


…カラン…
ガラッ、ガラガラガラ…

「「ゲッホゲホ!」」

「ゲッホゴホゲホッ…ペッペッ、あ痛たたぁ〜…リツコぉ生きてるぅ〜?」
「ゴホゴホっ…え、ええ、何とかね…貴女にテーブル下に押し込まれた時は何事かと思ったけど…お陰で助かったわ。」

「…良かった…しっかし全く何て日よ、なんとか助かったからいいけど…
にしてもあっのえっらそうな馬鹿技術者がぁ!あれだけ人に大口叩いといてこの様な訳ぇ?」

「…無様ね。」

「そうよ!なぁに来賓前でこんな大失敗咬まして無様な醜態晒してんのよ!
散々ネルフを虚仮にした科白吐いといて結果これ!?なんのかんの言ってちょびっとは役立つかと期待してたのに信じられないわ全く!正直ざまぁだわ!
…って…ちょっち待って…何か忘れ…!?て事は……大変だわ…!いけない!!直ぐに行かなきゃ!これ超ヤバい!!」

「?ミサト?行くって何処へ?」

「コントロールルームよ!あのデカ物直ぐ停めなきゃこのままじゃ大惨事だわ!」

「え?一寸落ち着きなさいミサト!」

「落ち着け?無理言わないでリツコ!
考えても見て、エヴァ並みの巨体が今、私達の目の前で暴走してんのよ!あんたこそ何そんな呑気にしてるのよ!」

「ミサト、それは彼等の責任よ、それに私達がわざわざ進んで関わる必要が有る?」

「信じられないわ…リツコ、あれは30日連続自律運転可能なのよ!
もしあのまま暴走続けて人口密集地やプラント地帯に突っ込んだらもう目も当てられない惨状よ、その前にあのポンコツを何としてでも止めないと!」

「だから落ち着きなさい!幾ら無能揃でも流石に緊急停止装置位は有るでしょ、そっちの対応は向こうの責任者に任せてれば良いわ。
それに…今は目の前の状況に対処するのが先じゃ無くって?」

「…それもそうだけど…しっかしまぁ…これはまた…」

「…惨状ね。」

「あーあ、折角のご自慢の一品が、それもよりによって御披露目舞台でこれじゃあ…他人事ながら目も当てられないわ。
この様ぢゃあ責任者の首一つで済む話じゃ無さそうだし、これから関係者全員が阿鼻叫喚の地獄を見る事になるわねぇ。」

「でしょうね、来賓呼んだ晴れの式典での不祥事なんて遥か昔なら切腹、御家断絶ものね。同情はしないけど。」

「ま、そうね。私もこれの関係者がどうなろうと別に構わないけど、まあちょっち可哀想かも。
にしても来賓かぁ…貴賓席のあたりは…あっちゃあ、完っ璧に埋まってるわ。避難は…って不味い、あそこ奥側だから逃げ様が無い…」

「…上座の辺りは全滅ね…多分即死だった筈よ。苦しまなかった分、救いだったかも知れないわ…」

「まぁ…言っちゃ悪いけどその通りだわ。
“禍福は糾える縄”か…来賓席に空席多かったのは気になっていたけれど、来なかった人は正解だったわね。」

「或は“塞翁が馬”ね。公言出来ないけど今にして見れば不幸中の幸いね。何が吉凶の分け目だったのかしら…」

「全く貴賓席なんて下手に座る物じゃ無いわね。幾ら賓客扱いでもこれじゃあ敵わないわ。」

「安心なさい、私達がソコに座る事は先ず無いから。それにしても…皮肉ね、よりによって貴賓席真上が踏まれるとは。隅の席で助かったわ。」

「“追い遣られてた”の間違いでしょ。
それとも“煙たがれてた”ないしは“ハブられた”の方が正しいかしら?」

「全く以てその通りだけどミサト、例えが酷すぎよ。少しはオブラートに包んだ発言にしなさい。」

「この場で誰も聞いてないわよ…救助、いつ来るかしら?」

「まあ、緊急連絡網は有るでしょうから消防へのレスキュー要請位はとっくに出てるでしょ?
…最も、これじゃレスキューの手に余るわね。」

「〜ま、そうね。重機入れるしか無さそうだし、本格的な救助隊到着まで何人生きてるか…」

「この状況なら多分大半は即死だった筈よ。苦しまなかった分、救いだったかも知れないわ…」

「はぁ…それにしても、まさかシェルターを踏み抜かれるとはね。」

「ええ、幾ら急造にしても普通は機体過重に耐えられる構造の筈なんだけれど…」

「全く、何て手抜きな作りなのかしら。さて、ぼちぼち救助活動初めますかぁ、私ちょっち行ってくるわ。リツコはネルフへ連絡と情報収集お願い。」

「あ、ちょっとミサト待ちなさい!…やれやれ、仕方ない…それにしても見事綺麗に真ん中を踏み抜いたものね…(…真ん中に…貴賓席?)」


ーーー


JA公試開始予定時刻19分後、第二新東京政府庁舎


「暴走?JAが?本当か?」

『はい、詳しい状況は不明ですが、試験歩行開始直後に操作不能となり視察会場を踏み潰し、死傷者も出ているようです。』

「何だって!?」

『それと、出席予定表の政府関係者の安否確認ですが、全員が現在連絡取れず行方不明です。』

「何!で、では…し、首相に連絡を…た、大変だ!首相は休暇中だ!もし出席していたら…や、山本君、い、一体どうすれば…」

「落ち着いて下さい代行、首相の予定は把握しております。
…内密ですがこの状況ですから、他言無用でお願いします。現在首相は外交部や経済界の方々と◎◎カントリーで極秘会合の最中です。恐らく今頃は第2コースのラウンド中ですよ。」

「おお!そ、そうか、そうだったのか!なら先ずは安心だな。
し、しかし山本君、これは大事だよ、直ぐに臨時閣議を…」

「もう一度申し上げます、落ち着いて下さい代行。
今、対応を間違えれば貴方の次期幹事長の席は…又遠くなりますよ?」

「?や、山本君、君は何を…」

「良いですか、今の時点で必要な事は事態の沈静化です。
最高責任者たる首相が無事なのにそれを差し置いて慌てて臨時閣議を招集すれば世界にこの事態が大事だと喧伝するようなものです。
先ずは責任者たる首相への連絡と報告、巻き込まれた人名の把握が先です。
それと首相の無事を関係者に伝える事をお忘れ無いよう。」

「し、しかし山本君、それでは…」

「…今回の事態はあくまでも民間企業の事故、問題は彼等の責任で処理して貰えば良いのです。」

「しかし…この事態に手をこまねく方が不味いのでは?」

「我が国はこの件に関して一切関わってません、下手に余計な憶測を招く必要は有りませんよ次期幹事長。」


ーー


同時刻、某政党本部


『何?JAが事故?本当か?』

「はい、試験歩行中に視察会場を踏み潰したらしいです、現場は相当混乱している様子で被害の詳しい状況は不明ですが、どうやら死傷者も出ているようです。」

『ふむ、死傷者が。重工連も焼きが回ったな、とんだ事故を起こしたものだ。
招待を断って正解だった。うん、これは責任の所在を明らかにし追及しなければならん。』

「現在政府機関が出席予定者名簿から主だった政府関係者へ安否確認を行っていますが、未だ全員と連絡出来ていません。行方不明です。」

『!何、行方不明!?』

「はい、今手を尽してますが大半は未だ連絡取れず安否不明です。」

『しゅ、首相もか?首相もだな?ならば…これは大変だ、首相代行を直ぐに立てねばならん!
おい!直ぐに幹事長代行へ連絡しろ!直ちに臨時閣議を招集しろとせっつけ!政治に空白を作る訳にはいかん、首相代行を直ぐに決めなければならんとな!
非常時対応人事表を出せ!あれに臨時内閣の素案は有ったな、あれに沿って他の議員にも…いや、内の会派から巡に連絡しろ!ヘリの準備だ!一刻を争うぞ、真っ先に辿り着いた派閥が次期政権だ!』


ーーー


同時刻、浅間某ゴルフ場


「暴走だって?」

『はい、試験開始直後に。招待客に死傷者も出ている様です。』

「死傷者だと!」

『はい、会場の監視シェルターを踏み潰した模様です。』

「!何、シェルターを!?」

「…成る程、碇君が警告してくれた訳だ。」

「首相?」

「クックッ…今頃は皆右往左往してるだろうな。
さて、ネルフか戦自か企業連か、或いは野党か身内か米欧か、はてさて一体何処の曲者が欲の皮伸ばして騒ぎ出すか…
最も、当てが外れたと知れば連中さぞ蒼くなるだろうよ。」

「…余裕綽々ですね…」

「当然だよ君。…!ああ、前の組はもう動くな、よし次は私達の番だ。カートの準備は?」

「え?続けられるのですか?」

「君、これはそもそも民間単独事業の事故だ、国の問題では無いよ。
彼等の問題は彼等の責任で処理して貰えば良い。」

「…宜しいのですか?」

「ああ、何しろ我が政府はこの件に関して一切関わっていない訳だからな、下手に手を出して余計な憶測を呼んでも面倒だ。
それに政権側で試験見学者はいない、顔を出した全員挨拶のみで引き揚げている。
最も、彼等も今頃は何処かで羽を伸ばしている筈だよ、私達のように。」

「(誰が曲者だか…)…では、留守番には何と伝えます?」

「そうだな、対応は委せて…ああ、念の為こちらへの連絡は電話だけでいいと伝えておきたまえ。血筋が本物かお手並み拝見と行こう。
さて、我々の仕事はここまで。後は彼等の仕事だ。厄介事は人任せにしてこの休暇を存分に楽しもうじゃないか。」

「しかし…」

「おいおい、未だ2ホール目だよ君、今日の私の好調ぶりに尻尾を巻いて態々面倒な仕事に逃げ戻るつもりかい?」

「…(狐狸か鵺か…妖怪、魑魅魍魎の類いだな、この人は…)
『…ああ、待たせた。事態は判った、又何かあったら連絡してくれたまえ。…ああ、その都度でいい。…ああ、私が取り次ぐ。首相への直電は君の処で止めてくれ。…宜しく頼む』
全く、こと遊びとなると本気ですね…」

「いいや、“遊びだからこそ”だよ。さて、ネルフか戦自かUNか…何処が焼栗を拾うのかな?」


ーーー


少し遡り、公試開始時刻10分後
ジオフロントネルフ本部


『暴走だと?』


『はい、試験歩行開始直後に。衛星画像解析によれば会場のシェルター踏み抜いてます。
現場から発信されている通信傍受の内容からすれば死傷者も出ている模様。葛城作戦部長と赤木博士は現在連絡取れず安否不明です。』

『!何、シェルターを!?』

『死傷者か…2人のID証は新型だったな?冬月、ライフサインはどうだ?』

『少し待て…うむ、大丈夫、繋がっている。反応は…グリーンだ、どうやら無事そうだな。どうする碇?』


ーーーーー…


「ふーやれやれ、なんとかこれで…ん?リツコから?『あーリツコぉ?今救護所設置完了、負傷者搬送は一区切り着いたわ、後は消防なり警察なり自衛隊の仕事…どったのリツコ?』」

『…JAの暴走が未だ停まってないわ。』

「『なぁんですってえっ!?』」




YouTube 動画ポップアップ再生




「ふーやれやれ、なんとかこれで…ん?リツコから?『あーリツコぉ?今救護所設置完了、負傷者搬送は一区切り着いたわ、後は消防なり警察なり自衛隊の仕事…どったのリツコ?』」

『…JAの暴走が未だ停まってないわ。』

「『なぁんですってえっ!?』」


ーーーー


日本重工連主宰新型二足機動型格闘戦対応特車(ジェットアローン)公試開始時刻10分後
ジオフロントネルフ本部


『暴走だと?』

『はい、試験歩行開始直後に。衛星画像解析によれば会場のシェルター踏み抜いてます。
現場から発信されている通信傍受の内容からすれば死傷者も出ている模様。葛城作戦部長と赤木博士は現在連絡取れず安否不明です。』

『!何、シェルターを!?』

『死傷者か…2人のID証は新型だったな?冬月、ライフサインはどうだ?』

『少し待て…うむ、大丈夫、繋がっている。反応は…グリーンだ、どうやら無事そうだな。どうする碇?』

『…早急に連絡を取れ、各部署は引き続き情報収集に当たれ、警戒コードC発令、MI直通回線フリー、B級以上の職員及びエヴァンゲリオンパイロット緊急招集。』

『『『了解!』』』




【都合と思惑]-2】




『?(碇…幾らカモフラージュとは言え、C警報はやり過ぎではないか?)』

『…冬月、これは大事だ。』

『何?(…碇、これは予測範囲内ではないのか?)』

『…(会場での暴走は兎も角、シェルターを踏み抜くなぞ有り得ない、死傷者が出るなど論外だ。)』

『(どう言う事だ碇?)』

『(判らないか冬月、関与の判明しているどこの勢力もアレが暴走した時点で目的は達成している。)』

『(うむ…確かに彼等にとっては死者の発生なぞ目的を逸脱し過ぎておるか。例え偶然にしても害が多すぎるな。)』

『(ああ、彼等も馬鹿ではない。幾ら創られたシナリオの暴走としても最低限の被害で済む事故となる計算の上、幾多の安全装置を準備していた筈。
となればこの事故はそれらを全て無効化して発生したと考えられる。
考えてもみろ、単なる事故ならまだしも、わざわざ進路を変え偶然会場のシェルターを踏み抜くなど確率上有り得ない。プログラム上でピンポイントを指示しなければ不可能だ。となれば…)』

『(…本来なら有り得ない筈の事故…死傷者…最初から誰かを狙…!?碇、もしや…)』

『(…ああ、この事態は関係者の誰も望んでいない。となれば、これは彼等や我々以外の第三者が暴走に託付けた殺人計画…誰かのシナリオによる要人暗殺目的の暴走の可能性が出て来た。)』

『(寧ろ最初からその目的だった可能性が高いか…と成れば、まさか…証拠隠滅の自爆か?)』

『(ああ、全ての前提が崩れた以上、その警戒をしなければならない。暴走自爆と自動停止、果たしてどちらが先に発動するか…)』

『(“神のみぞ知る”か…確かに状況は想定外だな。老人達の戯れ事の可能性も棄て切れん以上、最悪に備えねばならんか…)』

『(ああ、その通りだ。予定外の事態は常に起こりうる…敵味方分け隔て無く。)
冬月、JAの慣性重量を受け止められるのはエヴァンゲリオンだけだ。準備を急げ。』

『うむ。エヴァンゲリオン緊急移送準備!』


ーーー


「…つまり地軸の傾きこそ季節と気候の…」

「はぁ、かったる。…ん?おいトウジ、あれ、いつものじゃないか?」

「え?あ、ほんまや、おーいセンセ、ネルフ本部のお迎えが来よったでぇ。」

「え?」

“ピンポンパンポーン”『2年A組の碇シンジ君、至急職員室へお越し下さい。繰り返します…』

「…本当だ…先生、すいません行ってきます。」

「あぁ、行ってきなさい。」

「気をつけてな、碇。」「ほんまセンセも大変やなぁ。」

「あ、うん…でも何だろ?(非常呼集かな?でも警報は無かったし…)」


ーーー


「で、この作戦な訳?毎度毎度呆れるわ…本気なの?」

「ええ、エヴァキャリア初の実戦になるわね。」

「それにしてもプランD?低高度精密降下なんて大丈夫?」

「予備バッテリーガン積みだと必要高度取るまで上昇時間が掛かりすぎる、となれば高度4.000mからのピンポイント降下しか無い、それに完全マニュアル降下する訳じゃ無し、難易度は低いわ。」

「でも電池節約にATフィールドによる滑空制御も着地減速も無しよ?減速ロケットモーターと制動シュートだけで移動する目標地点より後方の着地点半径300m圏内への着陸は幾らシンジ君にマギの支援があっても難しいわ。
それにミサト、シンジ君はシミュレートでも5回中3回失敗」

「って言っても着地自体は成功してたわ、なら後は何とかなる。」

「減速タイミングの関係で着陸地点がかなりずれるわ、実戦じゃそのずれが問題なんでしょ?」

「簡単よ、あらかじめずれを織り込んだ作戦立てるだけ。後は司令を納得させられるかが勝負よ、それにしても…稼働時間15分の空挺作戦か…。」

「皮肉ね、エヴァで空挺可能って証明が出来れば良いだけってお題目上の計画だった筈なのに。」

「ええ、予算獲得の詭弁がこうなるなんて…全く、まさかこの身で“ネルフは如何なる事態にも対応可能である”って事を実証する嵌めに落ちるとはね。」

「え?…ミサト今何て?…?この身?」

『赤木博士、葛城二佐、ネルフ本部へ通信繋がりました。』


ーーー


『碇司令!赤木博士と回線繋がりました!葛城さん…いえ、作戦部長も無事です!』

『繋げ』

『はっ!』


ーーー


『…と言う事は…』

「はっ、あの玩具は現在も迷走中、車で言えば運転手無しでアクセルが戻らない状態です。」

『しかし赤木博士、核融合炉ならば事故が起きてもほぼ自動停止するのではなかったか?』

「その通りです、本来なら融合炉は燃料供給が止まれば自然停止する安全な機関です。
しかし自動制御系統の異常により遠隔操作が不可能な今、重水素供給を現時点で停止する手段は有りません。
アレは空冷式、このままで行けば冷媒が尽きプラズマ保持磁界が止まります。通常なら冷媒減少時点で安全装置が作動し燃料供給がカットされ自動停止します。が、そうでなれば…」

『…数十億度のプラズマがマイクロ秒で周辺を融解、蒸発により発生した超高圧により機体は破裂、搭載燃料は瞬時に熱核融合反応連鎖を始める。』

『碇、それはつまり…』

『ああ、地上に太陽が出現する。…水爆だ』

「はい、最悪の場合旧東京以上の悲劇が何処かで再び起こります。タイムリミットは最短10時間後…そこで、葛城二佐発案によるJA停止作戦を本人が説明します。」

「では、先ずCG画像を流します」

『ほう。』『…これは?』

「エヴァによる空挺強襲作戦、今回の作戦に近いシミュレート訓練の立体画像ですです。」

『空挺作戦か、しかし…』『エヴァンゲリオンの稼働時間は最大出力ならば内臓バッテリーで3分、オプション外装を積載しても15分程度だ。足止めにしかならない。』

「足止めで充分です。」

『何?』『…続けろ。』

「端的に申し上げます、JAの外部操作が不可能な現状手は二つ、内部に乗り込みメインコンピュータに直接停止コードを入力し燃料供給を止めるか、非常冷却材を人力で強制注入し融合反応自体を力ずくで強制停止させるか。
何れにせよエヴァで足を止め直接乗り込み、内部操作で停めるしかありません。」

『成る程…それでエヴァの空挺強襲か。』

『だがそれなら我々ネルフが出張らずとも戦自に任せれば良いのではないか?
高速移動するJAへの接舷乗込みは確かに困難だろう、だが彼等の特殊戦仕様VTOLならば充分可能では?』

「はい。ですが一つ問題が有ります。
開発者曰く“ヘリ等飛翔体が下手に近寄れば接近警報により自動迎撃システムが作動してしまう”そうです。しかもIMF識別装置は未搭載、外部製品の為認可試験中だそうです。」

『成る程、それで出たがりの戦自が珍しく手をこまねいておる訳か。』

『…対象の武装は?』

「対地、対空ミサイルや投射地雷は外してあるそうですが、固有内蔵兵装は搭載済み、内容は対空レーザーに腕部単結晶刃、超高電圧放電機に発煙フレア、チャフ発射機等。もし足止めに通常兵器で攻撃などしたら…」

『周辺一帯焼け野原か、最悪閉鎖封印地域が更に拡がるな。』

「地形認識されるエヴァでセンサー死角の後方27°角から接近し、物理的質量で足を止めます。その間にエヴァにデサントさせた移乗要員をJAに乗り込ませ内部操作で強制停止、これしかありません。」

『…うむ、確かにそれしか無いか…』

『JAの外部操作が不可能な現状、直接停止コードを入力するか、非常冷却材を人力で強制注入するしか無いと言う作戦の主旨は理解した。
で、JAに乗り込んで停止コードを打ち込む要員だが今から選考するとして何人必要だ?』

「コード入力は1人で充分ですから選考は不要です、その1人は…私が乗ります。」

「ミサト!(怒)エヴァは貴女の玩具じゃ無いわ!貴女が直接あれ(JA)に乗り込む必要は無いでしょ!貴女は指揮官なのよ!エヴァを下らない自殺願望や英雄願望の道具にするのは止めて!」

「エヴァに直接デサントして降下する体力、降下後の行動指示、作戦の理解度、実行能力、知識、経験、それに重量。
直接乗り込む以外停止方法が無い以上、現時点での適任者は私しかいない。マギもそう結論したわ。」

「!それにしたって貴女の必然性は無いわ!うち(ネルフ)の特務や戦自の空挺にやらせれば!」

「うちの特務に空挺能力は無いの。それに戦自は協力断ってきたわ。彼等なりの作戦が有るらしいし。」

「なら彼等に任せなさい!」

「戦自は面子で言ってるだけよ、周辺被害無視して攻撃を仕掛け、近接迎撃システムを無力化してから乗込み停止を掛けるなんて悠長な事じゃ融合炉融解リミットには間に合わない。」

「司令!これはあくまでデータでのシミュレーション結果です、天候、マギの支援、ほぼ完璧な条件ですがそれでも正直結果は予想できません。」

『うむ…不確定要素が多すぎるか。』

『それが最大の問題か?』

『碇?』

「は?…はい、シンジ君とエヴァの実戦データからすれば可能な計画ではありますが不確定要素は有ります。」

「ええ、何しろ空挺降下はシミュレート試験のみ、実機訓練も無し、頼りはシンジ君の実機経験だけの机上論ですわ。」

『…逆に考えればリスクはその程度な訳だな。』

『何?』「司令?」

「はい、誰もが最初の試験で完璧に成功するとは思いもしませんでしたが、シミュレートとは言え彼はやってくれました。
空挺では“新兵の初降下で怪我する奴はいない”ジンクスもあります、私はシンジ君に懸けます、その進歩と強運に。」

「ミサト…。」

「マギは条件付き賛成1、情報不足により回答保留1、反対1と判断が別れました。司令、御判断を。」

「私は反対です、リスクが大き過ぎます!」


『…どうする碇?』

『…反対する理由は無い、直ちにネルフへ帰還し作戦行動に移れ。子細は委せる。』

「はっ!」「!?しれ…はっ。」


ーーー


「いいのか碇?」

「…ああ、リスクはいかなる場合にも発生する。ならば成功確率の高いものが選択されねばならない。」

「しかし使徒戦なら兎も角、こんな事にエヴァンゲリオンを使いパイロットを危険に晒すのは…」

「エヴァンゲリオンは使徒以外には破壊できない、それにパイロットは未だ居る。」

「…碇…」

「冬月、レイを起こせ。
万が一の事態も有得る。」

「…確かに初号機の使用により使徒迎撃に空白時間を作る訳にはいかんか。
零号機起動準備、パイロット非常招集!
…良いんだな碇?」

「…ふっ…」

ーーー


Pruuuu・Pruuuu・Pruuuu・Pruuカチャッ『…はい…』

『ファーストパイロット綾波レイ、ネルフ本部より通達、非常呼集だ。退院手続きはこちらで行う、迎えの車を裏口に廻させるからそちらへ向かい待機しろ。』

『了解。』





【アジテーション・オペレーション】
http://www.youtube.com/watch?v=9G47LFvkzmM





YouTube 動画ポップアップ再生





【都合と思惑]-外伝】



「隊長、N2地雷積込完了しました。」

「よし、JA予想進路上作戦地点へ出発、目標の作戦地点への到達予測時刻1930、それまでに埋設を完了させるぞ。」

「了解…隊長、しかしあれ、何で空挺までいるんですかね?」

「さあな、富士で演習してた筈だから訓練帰りついでに頭数揃えに駆り出されたかな?」

「連中、出番有りますかね?」

「軽口を叩くな…偉い人の考えは判らんよ、予算の為か、面子の為かは知らんがな。
何れにせよ俺達は俺達の任務を遂行するだけだ。さ、仕事だ仕事。」

「口を慎め、って事すか?」

「分かってるなら無駄口吐く前に手を動かせ。上に聞かれると厄介だぞ。」

「下手な考え何とやらですか、はいはい了〜解っと。」

「少しは真面目にやれ!全く…(…だが確かにおかしい。演習帰りにしては装備が綺麗過ぎ…ん?何で市街戦装備なんだ?)」


ーーーー


「長官、N2爆弾積込完了しました。地上迎撃部隊もN2地雷埋設に向け、JA予想進路上到達地点へ出発、到達予定時刻1930、それまでに埋設を完了させる予定です。」

「よし、JAを確実に破壊し被害を最小限に食い止める。計画を確認するぞ、参謀!」

「はっ!現在、JAは予想進路上を蛇行しながら約90q/hで移動中、予測地点への到達予定時刻は1930。
作戦計画では長距離砲撃により進路調整を行いN2地雷埋設地点に向け誘導、予定地点に浸入した時点で目標を爆破処理します。
また、JAが予想進路を外れた場合に備え、現在待機中の重攻撃機6機にはN2航空爆弾を装備しました。
もし予想進路を外れた場合、最低限の被害に収まる地点で空撃を仕掛けます。」

「うむ、N2による爆撃により地形が変わろうが多少の汚染が発生しようが、あれの暴走を停める為ならやむを得ないからな。」

「…参謀、しかし何故空挺が待機しているのかね?」

「万が一都市部に接近した場合の避難誘導の為です。他部隊に先行して発進し、空中待機の予定です。」

「そうか、では他に質問、意見具申は無いか…では、作戦開始!」

「「「「「了解!」」」」」


ーーーー


「“うん…ああ、判った。では作戦指令書はbだな、では。”…作戦指令は『b』です。」

「ではネルフ本部にあるエヴァンゲリオン、確かにJAを停めに出動するのだな?」

「ああ、第二東京の制圧中に奴ら(ネルフ)は動けない。しかし2機とも稼働状態だったのは残念だ、1機のみならこの隙にネルフ本部も制圧できたのだが…」

「おいおい、贅沢を言っても仕方無かろう。そもそも稼働機体が1機のみなら彼等もこの事態を静観していた筈だよ、寧ろ良くぞ動かしてくれたと感謝せねばな。」

「しかし…あのエヴァを空輸はともかく空挺降下とは、奴等も碌な事を考えないな。」

「全く困ったものだ。お陰で余計な手間が増えたよ。だがもう大丈夫だ、エヴァンゲリオンの足止めは出来ている。」

「助かったよ、空中給油ができなければ空挺は不可能だ。陸上迎撃なら彼等の庭、第三新東京直前での迎撃になる。JA自爆に巻き込まれるか、JAと共にN2地雷を踏むか。」

「最悪JAと共にN2爆撃に捲き込む型で行ける。言い訳は後付けで何とでもなるからな。」

「おい、エヴァ対策はあくまでついでの作戦だ、忘れるなよ。既に暴走で陽動は成功しているんだ、欲を掻き過ぎては大転けするぞ。」

「ああ、その通りだ。“保険”や“ついで”の作戦が成功しようが本命が失敗しては無意味だからな。
それより厄介なのは日和見首相を片付けられなかった事だ。上手く誘導した筈だがよもや欠席とは。」

「しかし行方が掴めずとも留守な分、警備も手薄だ。今なら簡単に政庁も制圧出来る。」

「TV、ラジオの各放送局、ネットサーバー、新聞社、電話回線、警察に防衛省本部、各省庁のどれも既に制圧準備は整っている。
もし首相が逃げおおせてもUN軍基地以外逃げ場は無い。」

「最悪基地ごとN2で処分できるな。」

「“使徒”なんて化け物を使ったプロレスを我が国で行う“ネルフ”と、それを支援するUN軍、その活動を黙認する政府…過ちは正さねばならない。」

「奴等の行いが事実としても、わざわざ使徒戦などと言う世界を危機に陥れかねん行動を、彼等があくまで独自に行う理由が無い。」

「簡単だよ、“ネルフ”こそが“使徒”を操作している黒幕だからだ、奴等ネルフはその為に創出された機関だ。
“使徒”などと言うありもしない危機を演出し、その存在を以て自らを正義と騙り、エヴァンゲリオンなどと言う玩具の人形を決戦兵器と祭り上げ、使徒と闘う演劇で世界を欺きながらその傍らで奴等は世界を牛耳らんと暗躍している。」

「ああ、そしてその傍らでネルフの行動を黙認しひたすら暴利を貪り力と富を蓄えているのが、その上部組織たる“UN”だ。
政府を金で操り、マスコミを抱き込み、教育を捻曲げ世論を歪んだ平和主義へ誘導した。」

「全く奴等らしい。セカンドインパクト後の混乱を利用し、世界中の既存戦力を半ば強制的に拠出させて創出した“平和の為の抑止力”としての国連軍が良い例だ。
結果、各国独自の戦力は今や往時の1/4だ。今やどの国も単独では自国を守る事もままならない。一方で“平和の為の抑止力”とやらは今や誰も止められない国連独自の暴力装置と化した。
現状を見ろ、各国は自律した政治を行えず国益を損ない続け、我が国も国権たる戦力を供出させられ続けている。
使徒戦においても戦略自衛隊は彼等の指揮下、顎で使われ戦力を無為に消耗している。“抑止力たる彼等”国連軍の身代わりにな。」

「このままでは我が国の独立を守り抜く事は困難だ、独立国家としての主権を我々は護らなければ。」

「ああ、政府がこの国を売り渡す前に、政治を政治屋から主権者たる我が国民に取り戻さねばならない。
そしてネルフを我が国から追放する事で使徒の脅威を排除し、名分を失った国連軍駐屯を取り止めさせる。
それをして初めて我々は晴れて自主自由自律自尊の独立国家としての権利を真に取り戻し、正義を勝ち取った事になる。」

「「「「「“真の独立の為に”」」」」」


ーーーー


「…ヒトは愚かだ、自らが信じたい事を信じ、事実を捻曲げ曲解し、現実から目を背け、理性を閉じ感情の赴くまま思考を放棄し理解を拒む…」

「…では、彼等は預言に従い、反逆を企てているのですね?」

「ええ、そして預言通りクーデターは失敗するでしょう。しかしそれこそが神の導き…彼等は世界を神の御名に統べる前の露払いなのですから。」

「…世界に蔓延っていたソドムとゴモラの如し歪んだ文化により穢れた都市郡は預言の通りセカンドインパクトにより潰え、現在のバビロニアたるネルフはサードインパクトに消える定め。」

「ヒトは唯神の教えのまま、神の御使いに従い、神の誘い示したる道を行けば良いのです。神の示したる新世界、アルカディアたるシオンの地で新たなる世紀を紡ぐ為に。
それが如何に困難な、苦痛と苦難に満ちた道の先にある狭き門でも、導きに従い我等は向かうのです。
殉教した先達の聖人達の魂が、そして数多の精霊がその先を照らします。そして我等は苦難の果てに狭き門を抜け、新たな世界を迎えるのです。」

「…神の託言を違える存在は…異端は排除する。
神の定めし託言こそ救いの道、預言を守りてこそ、ヒトは祝福され救われる。
それこそが正しき神の教えを以て、ヒトを正しく全き路へ誘う唯一の法。」

「神の託言を曲解し捻曲げた異端、人類補完委員会。
そしてその異端が呼び起こしたる堕天の証、呪われし者エヴァンゲリオン。
祝福の名を冠したこの赦しがたき咎人により奮われ数多の御使いを屠り葬りたる、許されざる罪人の名を冠したる悪魔の枝、ロンギヌス。
斯くの如き悪の聖典を揃え異端の儀を行わんとする彼等の邪悪な企みは粉砕せねばならない。」

「そうだ、そして我等は彼の者等により囚われしアダムを解放せねばならぬ。セカンドインパクトのごとき失敗は許されない。」

「だがセカンドインパクトは部分的には成功した。確かにアダムの解放には失敗したが、ソドムとゴモラの類いたる堕落都市群を滅ぼし、その影響は世界を一つに纏める原動力となった。
観よ、今や国の枠は形骸となりつつある。聖人葛城博士の献身は無駄では無かった、後は我等が正しき世界を樹立するのみ。」

「そうだ、正しく全き清浄なる祝福された新世界は、神の示した導きに従いし我等により開かれ、そして新たな世紀を我等が紡ぐのだ。」


ーーーー


『…ねぇ、今の聞いた?全く失礼よね、遥か遠くの穴蔵で陰に隠れて私の事を堕天の証だの呪われし者だの…わざわざ十字架の前で言わなくても良いのに。
でも彼等の言う事も或る意味事実だわ。
そう、相変わらずヒトは愚かよ、自らが信じたい事を信じ、事実を捻曲げ曲解し、現実から目を背け、理性を閉じ感情の赴くまま思考を放棄し理解を拒む…
判る?折角貴方から知恵の実を授かりながら、ヒトは未だそれを喉につかえさせたまま。どう?これが貴方の罪の結果よ。
ねぇ、どう思う?アトラスの罪科に眠りし貴方、ヱヴァを貶めヱンディォムと共に楽園を追放させたる翼の生えた蛇。
それともケツアルコカトルともロキともプロメテウスとも呼ばれし貴方にはやはり通り名の通り明けの明星の名を冠したる悪魔やサタンの方が聞こえが宜しくて?
ねえ、堕天の罪咎によりヒトの最後の試練として現世に遺され眠りし物、使徒カヲル。

でもね、ひとは愚かだけど、時に善い事を行い、真実を語るわ。“神は天に在り、世は凡て事も無し”…これ、リリンの戯れ言よ?信じられる?

恐らく貴方の目覚めは遠く無い…神の御使いとして、ヒトへの試練として、天秤の最後の重石として。
槍を抜かれ目覚めたら、貴方が与えし知恵の実の成果、その目で測り、計り、図り…謀ればいいわ。

そう、貴方の好きにすれば良い。判る?この世界に受肉した今や、私は唯の天秤。全てを知りながら中立の枷に囚われ為す事は叶わぬ唯の傍観者にして観測員、雲の上の観察者よ。彼女の望み通り。
私?私の意思は関係無いわ、元々絶対中立の枷の下で上に乗りしモノを測るだけの存在ですもの。
…成る程、確かに私を使えば使徒は確実に倒せるわ、何しろ絶対中立の枷が運命として私を守るのだから。知恵の実は伊達では無かったわね。
でも不思議、私の何が福音なのかしら?方舟役なら昔したけれど。
リリスの血肉と壊れたアダムの欠片にリリムの心、スパイス代わりに知恵の実の雫と命の実の干からびた皮一片、過去たる私の今の肉体を容創る殻はこんなモノ。
私の同類は…今は北極海ね、現在の通り名通り運命の悪戯で受肉したヒトの肉体で刹那の人生を謳歌してるわ。
もう1人?未来は未だ生まれないわ、リリムの殻の中よ。

…毒されてるかも知れないわね。貴方は知らないでしょうけど、全てを産み出す母なる肉体は未だ聖女のまま、遥か地下の底アダムの仮面の下で受胎を待っているわ。
さて、聖女リリスの心たる無垢なるリリムとマグダナラのマリアは、聖女の番に誰を選ぶのかしらね?
貴方の愛した聖なる贄リリン?やはり彼の望み通りアダムの欠片たる使徒?それとも…貴方かしら?
慣れてるでしょ?リリムを利用するのは?貴方自身が遷天の為に又使ってあげても構わないわよ?貴方がたぶらかし唆した昔の様に。どうせ貴方も受肉すれば只の天秤の錘なんだから好きにすれば良いわ。

けれど覚えていて、私は無能な船大工の妻にして聖なる贄の母。
聖なる母にして処女、不埒低俗な売女にして無垢、無知不貞な淫売にして聖女、けれど私の心は唯のリリム。そう、私の心は…』


「エヴァ初号機、エントリープラグ挿入!搬送準備完了!空港への射出ルートオールグリーン!」

『こちらエヴァンゲリオン初号機パイロット碇シンジ、何時でも行けます!』

「いいな、碇」

「ああ。」

「よし、エヴァンゲリオン、発進!」

「はっ!エヴァンゲリオン射出!」




【被害妄想携帯女子(笑)】
http://www.youtube.com/watch?v=TaCOxc33H6Q



YouTube 動画ポップアップ再生




『…只今高度5.000、第三新東京到着まで約15分。』

「ミサト、エヴァの左側プログレッシブナイフ収納室への簡易座席設置は完了したそうよ。
それと注文の防爆型高気密式高圧高線量下重作業用特殊防護服、無事第三新東京国際空港に届いたって。本部から今連絡が来たわ。」

「良かった、何とか間に合ったか。で、作業可能時間は?」

「カタログスペック通りなら、循環空気清浄装置と冷却機能の使用制限時間は90分。
最も実際にはバッテリーと二酸化炭素吸着剤、添加酸素の容量から逆算して実質最大60分強って所ね、他に非常用酸素ボンベを搭載、この容量は高負荷で15分弱って所よ。これは交換可能な予備品、規格が一緒で助かったわ、エヴァに乗り込んだらこの予備を利用して。…ねぇミサト?」

「ん〜何〜?」

「改めて聞くけど…止めるつもりは無い訳ね?」

「今更よ、他に手が有れば良かったんだけどね。
ま、次の使徒がどんなものか判らない以上、あらゆる事態に対応す必要がある事に変わりは無いし。リツコは早めにネルフへ戻ってこっちの支援をお願い。」

「それにしても…ん?
『はい、赤木で…?どうしたの?…判ったわ、今代わるから。』
ミサト、日向君から緊急電よ。」

「日向君からぁ?こんな間際に一体…」





【都合と思惑]-3】





「…はい、やはり給油機が間に合いません。」

『なぁんですってぇ〜っ!?』

「今も急かしてますが、給油機の準備には後2時間は掛かります。
で、今ざっと計算したんですが、超大型全翼輸送機(エヴァキャリヤー)にエヴァンゲリオンを増設バッテリー2連積みで搭載すると離陸可能搭載燃料は1/5、つまり離陸にRATO(ロケット推進短距離離陸装置)を使用しても飛行時間は32.4分、逆算すると旧三沢や百里の空中給油機の給油ポイント到着リミットはエヴァキャリヤー離陸の5分前、ですが…」

『…間に合わないわね、仕方無い、何か代替案…って日向君!エヴァキャリヤーが着陸可能な空港って第三新東京国際空港以外に関東近辺には無いわよ!』

「ええ、エヴァンゲリオン投下後はそっちに向かうしか無いんですが…」

『…無理ね、燃料が持たないわ。何しろこの機体の旋回半径は相模湾で回り始めて銚子沖で漸く旋回が終る位の運動性能よ、それに旧羽田は海の底、旧三沢への待避はおろか成田、百里にも届かない。』

『となれは海上への不時着水か…やむを得ないわね。(あ"〜エヴァキャリヤー亡失となれば今回は絶対始末書じゃ済まないか…トホホ…)』

「まあそれしかありませんね…通常なら。」

『?「通常なら」って…!?日向君!もしかして何か手が有るの?』

「…有ります。」

『いい加減な事言わないで!不可能だわ!』
『ち、チョッチ待って!…その“手”って…何?』

「ここ(第三新東京国際空港)に帰ってくればいいんです。」

『だからそれは不可能なの!』『リツコ黙って。』

「はい、このタイムスケジュールだとエヴァンゲリオン投下後旋回開始しても第三新東京どころか成田手前、東京湾千葉沖で燃料切れますね。普通ならば。」

『!分かってるなら何で…日向君、貴方何が言いたいの?』

「要は横旋回だから駄目なんですよ。ほら、空には縦もありますから。」

『縦…?』

『ちょっち待って…て事はまさか…日向君!貴方まさか全翼機で木の葉落とし仕掛ける気ぃ!?!』

「おぉ、流石は葛城作戦部長、良く判りましたね。」

『そんな事で何感心してるのよ!しっかし呆れたわね…マジ有り得ないんだけど…』

『ミサト、木の葉落としって一体…』

『…元は空戦機動技術だけどね、縦旋回の頂点で推量カット、自由落下中にエンジン再起動、通常では有り得ない方向転換を可能にするわ。』

『…そんな手が…』

『有るには有ったか…けど正直その手は思いもしなかったわ。(最も、縦安定の弱い全翼機で木の葉落としなんて自殺と同じだけどね。)』

「で、どうでしょう?計算上ならいけますが。」

『日向君…どう解釈してもそれ、自殺か自滅の2択よね?幾ら何でも正気の沙汰じゃ無いんだけど。』

『…そんなに危険なの?』

『2階建てバスでアルプス下りのヒルクライムする程度にはね。(…ましてやあの“ギガント”で高機動なんて間違い無く空中分解スレスレのGが掛かる、正しく目隠し一輪車の綱渡り…だけど…)…改めて聞くわ、日向君、本気?』

「まぁ多少困難な機動ではありますが、エヴァンゲリオンの機動確率に比べれば蟻と鯨の差がありますから。
それに荷物降ろした空荷ですし、私の計算では機体強度的には余裕で大丈夫ですよ。」

『そういう問題なの?(ヤバいわ…日向君が“多少困難”ってこれマジヤバいレベルの話だわ…でも…手が有るなら…)
…良いわ、日向君、貴方を信じる。貴方の腹案通りその“独断”進めて頂戴。』
「判りました。」

『…良いのね、ミサト?』
『ええ。日向君、葛城ミサト作戦部長から貴方に今作戦におけるフリーハンドを宣言します。
手筈は任せたわ、報告以外連絡も不要よ。責任は私が取るから必要物資、情報は好きに集めて使って頂戴。』

「了解!」


ーーーー


『どう言う事だ!何故緊急閣議を召集せんのだ!』

「何故と言われましても、その必要はありませんから。」

『馬鹿者!首相が未だ行方不明だというのに何をふざけている!危機管理の意義を知らんのかこの屑が!
この事故に捲き込まれた政府関係者が一体何人おるかすら未だ不明なのだぞ!責任者不在の今、早急な臨時首相の任命が必要だと言う事実を認識せんか役立たずが!』

「は?誰が巻き込まれたのですか?政府関係者は全員無事ですが?」

『何ぃ!?ばっ!馬鹿な事を言うな!首相が招待され出席される予定だったのはこちらでも承知しておる!』

「は?首相は確かに招待されておりましたが、所用により祝電を送っただけでして、試運転披露には欠席しており、出席されてはおりませんが?」

『な!?何だと!?け、欠席だと?そんな馬鹿な、首相はJA推進派の筈だ、何故首相が欠席…い、いや、それより…そ、そんな事はどうでも良い!で、で、では首相はい、今一体何処へ…』

「首相は休暇中です、現在は経済界や外交部門の方々と懇談しておられるかと。」

『は!?き、休暇だと?何て馬鹿な事を!い、一体首相は何を考えているのだ!この非常時に何を悠長な!国の危機を何だと思っておるのか!』

「国の危機?民間企業体の起こした単独事故が?」

『何ぃ?!おい!お前何を言っておる!冗談は休み休み言え!現状を把握せんか!あ、アレは核を積んでおるのだぞ!もし万が一』
「万が一は起きませんよ、決してね。貴方がそれは良くご存知の筈です」

『な、何ぃ?な、な、何をを言い出す!?き、貴様一体何を』「言っても宜しいのですか?この会話は録音されておりますよ?」

『な!何だと…き、貴様ぁ、生意気な…よよよくも私にそんな舐めた口を叩きおって!わ、私を誰だと思っておる!お前なぞ辞めさせてやるわ!』

「…ご自分の身辺整理の方が先では?胡散臭い連中との付き合いは脚を掬われますよ、この際、そちらも整理なさった方が宜しいかと。
…最も、間に合うかは判りませんが。」

『な!どう言う意味だ!き、貴様、い、一体何を何処まで知っている!?』

「失礼ながら、何故、知っているのが私だけだとお思いですか?」

『!?』


ーーーー


シュパッ!
パチパチパチパチ
「ナイスショット!」

「これはこれは、今日は首相に良い所を全て拐われましたな。」

「いや全く、これでは私達は添え物で終わりそうですな。」

「なあに、たまには良い所を見せねば立場が無いだろう?」

「又又ご冗談を…さて、あの玩具はどうなりますかね?」

「ああ、どうやらネルフが処理する様ですな。」

「ほう、戦略自衛隊もN2を持ち出し動いていた様に見受けましたが。」

「ええ、ネルフからの給油機派遣要請に難癖付けて出張ろうとした様でしたがね。」

「ふむ、しかし政府に無許可で国連に通達も無くN2を持ち出すとは、これは責任問題ですな。」

「全くです、おまけに空挺による市街訓練をこともあろうか通達無しで首都で行う予定らしいですからな、全く何を考えているのか…」

スパン!
「ファーっ!」


「…大臣、今日は不調ですな」

「某国の大使もですがね。体調も悪そうですし。」

「しかし重工連の会長は全く動じてませんな、見事な程に。」

「全くです、それに比べ…」

パキャツ!
「…」

「やれやれ、又ダフってる。あれが外資系1の金融保険のトップなのかい?」

「余り苛めなさるな、当てが外れてあちこちへの今後の対応を思い心此所に非ずなんだろうよ。」

「…あの様子では、さぞや大きなベットをしたのだろうな、何事も保険は必要だと言うのに肝心の保険屋が目先の欲に負け後先考えず動いた挙げ句にアレでは…」

「やはり金貸しが本業を忘れると駄目ですな、それに比べて…」

シュパン!
パチパチパチパチ
「ナイスショット!」

「…流石海千山千の強者ですね。」

「…あの図太さを彼も見習うべきだな。」

「いや全く。」


ーーーー


『中止だと!?』

「全ては罠です、直ちに中止を!」

『今更何を言っている!既に全ては動き始めているんだぞ!』

「判りませんか?計画が露呈した今、既に我々に勝目は有りません。」

『…もう停められん…』

「やむを得ません…今は只、捲土重来を期して身を隠して下さい、可能な限り証拠は破棄します。」

『何だと!?何を馬鹿な、この期に及んで彼等の想いを踏みにじり、見棄てろと言うのか!?』

「やむを得ません、次の機会を待ちましょう。チャンスは必ず来ます。」

『…私に尻尾を巻いて逃げろと言うのか!?貴様、私を卑怯者に貶めるつもりか!?』

「議論の余地は有りません。貴方さえ残れば再び我等は立ち上がれます。では御武運を!」

『おい待て!話は未だ終わっておらんぞ、貴様一体何を』pi

「…囮はこれで良い、あの性格なら逆に逃げないだろう。それにしても…見事にしてやられたものだ。
…糞っ、所詮釈迦の手の内か…だが覚えていろ、喩え今は蟷螂の斧でも、我々は何時か必ず貴様らネルフを潰してやる!必ずだ!」

「参謀!脱出機体の手配完了しました、急いで下さい!」

「今行く!」


ーーー


「エヴァキャリア、目標空域に到着しました。」

『良いわねシンジ君、使徒相手じゃ無いから、貴方は何も考えなくても大丈夫よ、只打ち合わせ通りに行動して頂戴。
大丈夫、日向君が上手く落としてくれるわ。後はマギがネルフから指示するから、その通りに動いて。シミュレータ試験と同じようにすれば良いわ。』

「はい!ミサトさんも気を付けて!」

「フフッ、ありがと。」

「では今から急上昇を掛けます、しっかり捕まってて下さいよ!」

「「了解!」」


ーーー


「司令、ウイルス解除成功しました。しかし…ええ、パスワードが変更されています。機械式停止装置が先か、熱暴走が先かは微妙です。引き続きパスワードの解析に入ります。」


ーーー


「何…だと…」

「…なあ、見たかよあれ…」

「お、おう。」

「…全翼機で左捻り木の葉落とし…出来るものなんだな…」

「墜ちたかと思った…」

「なぁ、何であの状態から回復出来るん?なんで普通に安定するん?あれ、スピンに入っちまうんと違わん?」

「翼端一瞬光ったから多分スラスタ増設したんだろうけど…」

「投下引き起こし、良く間に合ったな…地上掠めそうだったぞあれ…」

「強運だよな…お、エヴァが今JAに取り付いたぞ。」

「頑張ってるなぁ…」





【フレイムハート】
http://www.youtube.com/watch?v=KQ12yTqAjmU





『JA,行動停止しました!』『やったぁ!』『葛城さん、流石です。』『シンジ君も良くやった!』

『…よかった…』

『『『『え?』』』』

『?何か?』




ーーーー





「…奇跡は準備されていたのよ…誰かにね。」






YouTube 動画ポップアップ再生