コンコン

 冬の寒い朝、綺麗に整えられた部屋にノック音が響く。部屋の主人がそれに対応して椅子から立ち上がるとほぼ同時に、ドアが開いた。  

「先生ェ、あけましておめでとうございます。
 それとお使いも終わりましたよ。フロッピーはこっちっス。しばらくのメシなんかはこれっスね。あと、年賀状も入ってたんで、ごっそり持ってきたんスけど……」

 先程入室した長身の青年はまず巨大なビニール袋をデスクへと置いた。ビニールが半透明なので、インスタント食品などの名称が透けて見える。
 そして青年はゴムバンドで纏めた数枚のフロッピーディスクを手渡し、ビニール袋の横に目測数百枚程度の年賀状の束を置いた。

「ああ、おめでとう。ご苦労だったな、わざわざ私の家まで。あと、すまない。面倒をかけさせたね」

「ま〜、この程度だったら余裕ッスよ。どーせ来る途中ですしね」

「ふっ、そうかね」

 京都大学第参研究室。別名『冬月の間』である。その由来はこの部屋の主人、冬月コウゾウから、である。
 冬月は手元に持つフロッピーの題名を一枚一枚確認した後、それらをCPUの上に置き、青年へコーヒーを注いだカップを差し出した。きちんとコーヒーメーカーで淹れたものだ。
 学生と思しき青年は受け取りながらも「どうもッス」と頭を下げる。

「まぁもしもん時の袖の下、ってぇことで」

「……うむ、レポート追加だな」

「ッ!!? 酷いっス!!」

 冬月はからからと笑って、食品群の入ったビニール袋をよいしょと持ち上げ、部屋の隅のデスクへと置いた。
 講義では堅物助教授として有名だが、本来は柔和な性格である。彼の私室である研究室で会話をして、その軽妙さに驚く学生も、少なくない。
 今、冬月と共にいる学生はそのコトにもう随分慣れた、数少ない学生の一人だ。

「さて、一応拝見させて頂くとしよう」

 呟くようにそう言ってから、冬月は紙の束を手に取って輪ゴムを外し、一枚一枚めくっていき、差出人を確認して行く。

「はぁ〜、先生やっぱ顔広いんスねぇ……」

「まぁ職業柄だな。教え子なんかにも貰ったりするのもある……」

 そう言いながら、ある一枚が目に入り、手を止める。男子学生が「どうかしたんスか?」を顔を上げる。冬月はそちらへ顔を向けないまま、苦笑した。

「また……珍しい奴から来おったな……六分儀、いや、碇か……」

 その一枚だけを取り出し、眺める。

「……誰ッスか?」

「こやつか? 何年か前の教え子だよ。それはもうとんでもない奴でな…」

「いや、男の人じゃなくって、隣の綺麗な女の人ッス。ん? でも男の子もいるから……ってマヂ?」

 学生の声を聞いてから、宛名面でなく裏面へハガキを返す。そこには写真。写っているのは……

「……ふっ、変わらんな、碇のヤツも、ユイ君も……それに……」

 そこまで言って、愛しそうに目を細める。

「大きくなったものだな、シンジ君も」

「……お孫さんッスか?」

「いや、だから教え子夫婦と、その子どもだよ。この二人とは中々縁が深くてな……」

 一見するといかつく、恐ろしさを感じるような顔立ちだが、どこか優しげな雰囲気を纏い、ほほを緩ませている、長身の男性。
 その隣には、整った顔立ちに美しい笑みを浮かべる女性。
 そして、その二人の少し前で、無邪気に、楽しそうに笑い、小さい指で“3”を示している少年。
 「明けましておめでとうございます」という、恐らくプリンターによるであろう印字で機械的文面の少し下に、「シンジも今年でもう三歳になります」と、ボールペンで女性特有のやわらかい字体で書かれている。

「……ふ、またシンジ君とユイ君の顔を見に行くか……。
 ……ついでに碇のヤツも」

「すっかりジジバカっすねぇ……」

「……特別課題レポートの提出、期限は3日だ」

「ッ!!? 酷いッス!!」

  辰年、2000年、一月二日のことである。




――そして
   この約九ヵ月後に世界は、後に“セカンドインパクト”と呼ばれる大災害に見舞われることになる――












One of the selfish stories


ある一つの勝手なお話
 
No.1

使、やっと襲来
作者:泉水





 第三新東京市に非常事態宣言が発令された。
 「死にたくなければシェルターに入れ!!」と言う意味を丁寧にした内容が、街中に響き渡る。
 その為か、街には人っ子一人見当たらない。
 無論、シェルターへの通路がしっかりと完備されている駅などにも、誰もいない。本編で見られる少年の姿も、少女の幻影も、青のルノーも、全く。
 この物語は駅の少年からではなく、地下施設のおじさんとおじいさんから始めさせて頂く。
  

「……来たな、碇……」

「ああ、間違いない。使徒だ」

「十五年ぶり、か……。感動の再会、というわけでもないな」

「ああ……」

 発令所のトップ、司令席に座る男、碇ゲンドウ。それに付き添うような形で背筋を正している老紳士、冬月コウゾウ。
 事実上の、ネルフのツートップである。近くで国連軍のお偉いさん達が騒いでいるのを、横目で冷ややかに眺めてみる。だが直ぐ飽きた。
 内心は、

(N²兵器? 効くわけねーだろーよ。アホか。やめとけよ)

 と言ったような感じである。どちらがなのか、はあえて言わないことにしよう。

(……アホだな)

(……ああ……)

 そんなアイコンタクトを交わしながら、ネルフのツートップペアは、のほほんと湯のみのお茶を啜る。
 ちなみに、冬月は立ってるのも疲れるのでさっさと椅子に座っている。これでも一応老人なのだ。
  
「はて……。ふむ、ではどうする、碇?」

「……初号機とシンジに頼む……。零号機はともかく、レイはまだ戦闘には耐えん」

 机に両肘を載せ、顔の前で手を組む。いわゆる“ゲンドウポーズ”の状態で、淡々とした口調で答えるゲンドウ。
 しかし、僅かに顔をしかめ、眉も心持ち、下がっている。

「……心苦しいな……。私たちはあの子達に頼り……いや、盾にし続けなければならないのか……」

「ああ……。だが、これは我々を、そして何よりあの子達を守る為の闘いなのだ。負けるわけにはいかん」

 そう言ってから、少し眉をひそめながらサングラスを指で押し上げるゲンドウ。
 冬月は、自嘲気味なため息をついてからお茶を飲み干し、椅子から立ち上がる。
 そして脇に設置してあるコンソールのボタンを押しながら、ニョキと生えたマイクに口を近付けた。

「……冬月だ。シンジ君を……ああ、初号機パイロットを準備させてくれ」

 少し早口でそう言い切ると、回線の切れる音がスピーカーで僅かに聞こえる。
 それが自分の“命令完了”のサインのように聞こえ、またため息をついた。

「碇……搭乗準備の状態にはさせるが、どうする? すぐ出すのか」

「……いや、しばらくはUNに遊ばせる」

「……噛ませ犬、というわけか?」

 流し目気味にゲンドウへと視線を送る冬月は出来るだけ見たくはない、ゲンドウスマイルを見る事となった。直接的な意味で、目に毒である。
 ああ、こいつというやつは……。





『サードチルドレンは至急、搭乗準備を行ってください。繰り返します、サードチルドレンは至急、搭乗準備を行ってください』

 白を基調とした、シンプルな部屋。そこにあるのは、しっかりしたタイプのベッドに小さめな冷蔵庫。そして何やら良くわからない機械も幾つか。
 察していただければ助かるが、簡潔に言ってしまえば、病室である。
 そして、その病室の天井に設置された放送用スピーカーから、アナウンスが響き渡る。

「……さてと、お呼びがかかっちゃったみたいだね……」

「……そうね」

 実際には、呼び出されたことなどあまり興味がない、と言った様子で微笑みながら呟く青年はベッドの脇の椅子に腰掛けている。
 女性的な印象を持たせる中性的な、それでいて整った顔立ちにさらさらとした黒髪。“好青年”というよりも“美男子”の方がしっくり来るような容姿だ。
 碇シンジ。
 それに頷く、ベッドの上で身体を起こしている少女。
 特徴的な青い髪に透き通るような白い肌。そして、赤く大きい瞳。
 顔はかなり整っており、しかしその顔立ちからか、少なからず冷たい印象を与えるような少女。恐らく“美少女”のなかでも相当“上”だろう。
 綾波レイ。
 高校生であろう青年は少女に微笑み、中学生と思しき少女も、僅かな微笑を青年へと向ける。
 だが、それも数瞬で消え、寂しげとも取れるような無表情になった。「おや?」とでも言うように青年は首をかしげる。そして少ししてから苦笑する。

「大丈夫だよ、綾波。僕は負けに行く気なんてさらさらないから。さくっと勝って、さっさと帰ってくるよ」

 そういって、安心させるように暖かく微笑み、少女の頭に手を置いて、髪を撫でた。
 少女は気持ち良さそうに目を細めてから、ちょっとだけ躊躇いの込められた、それでいてしっかりとした口調で、言った。

「……いってらっしゃい、碇君」

「……いってきます、綾波」





 清潔そうなロッカールームに、プラグスーツ内の空気が押し出される圧縮音が響く。

シュッ

「……さてと、そろろケージに行くかな……」

 誰に言うでも無く、そう呟くと突然、ロッカールームのドアが開いた。

「はろ〜、シンちゃん。調子どぉ〜お?」

「ちょっ、葛城さん! まだ着替え中かもしれないんですからノックぐらい……」

「い〜じゃなぁい、それはそれで美味しいでしょう?」

「な゛っ!? ふ、不潔ですッ!! せんぱぁ〜い……」

「……ほら、バカ言ってないで。まず、シンジ君ももう着替えてるわよ?」

「え〜、つまんないの!」

 入ってきたのは三人の女性。
 女性にしては背は高めだろうか。艶やかな黒髪を垂らし、赤いジャケットを羽織った女性、葛城ミサト。
 ミサトよりか、少し背は低いだろう。染めた金髪に黒い眉が目立つ、白衣を羽織った女性、赤木リツコ。
 二人より少し低く、恐らく天然であろう茶髪のショートカットに、ネルフの制服を着こなした女性、伊吹マヤ。
 ネルフ本部には美女が多いとも言われるが、そのなかでもトップスリーに数えられる三人である。

「えっ、ミサトさんにマヤさんに、リツコさんまで……。ど、どうかしました?」

 プラグスーツとは通常、肌に密着させて着る。つまり全裸の状態から着るのである。
 そしてこのロッカールームはプラグスーツへ着替えるための、男子更衣室である。それも実質、シンジ専用。
 次いで、先程の放送により、シンジがここで着替えをしていることは、ネルフ職員の全員がわかっているはずである。
 それはその、つまり、時間さえ合ってしまえば、シンジと……な状態で面会してしまう、ということを意味する。
 今は既に着替えているからいいものの、少し時間が早かったなら………。と言う意味で焦るシンジ。いや、ムダに説明が長いか。

「え〜? そりゃ〜初陣前のお見送りよ〜ん。麗しきお姉さま三人衆のねん」

「……えっとね? 使徒戦前だからちょっと話しようかな、ってことになったの。そしたら葛城さんが『善は急げ、よ!』って言い出して…」

「……要は、ミサトの暴走よ」

「はぁ、まぁ良いですけど……」

 もう着替えてましたし、とも言う。とりあえず、シンジはそのあと何処からか聞こえた三つの舌打ちを無視することに決めた。

「でも、いいんですか? まだここには来て無くても色々あるんじゃないんですか?」

 無駄とわかっていても、とりあえず訊いてみるシンジ。三人はそれぞれ、微笑む。

「いいのよ。まだ国連軍が相手してるから、そっちでデータ集めてくれるだろうから私たちはまだ出番無し。
 ミサトも、まだ使徒が来てないんだからすることも無いんでしょう?」

「そーそっ。あっても日向君に任せとけばいいんだしね」

「……だから日向さんグチってましたよ、家で。『これだから葛城さんは……』って」

「…………えーっと、あ〜、そっかそっか。シンジ君、日向さんと住んでるんだったのね」

  シンジが呆れたようなジト目でミサトを見るが、その空気を感じてマヤが話題を変えようと健闘する。優柔不断で律儀なシンジは無論、答える。

「ええ、三年くらい前ですね……。ビックリしたでしょうね、いきなり父さんに呼び出されて最初の司令直々の命令が引越しと僕の保護でしたし」

「それは驚くでしょうねー。大企業に就職したばかりの新人が社長に呼び出されるようなもんでしょ?」

「……それ以上じゃないかしら?」

「アメリカに旅行に行ったら大統領に呼び出されたようなものでしょうか?」

「………ちょーっち違うんじゃない?」

 使徒戦前とはとてもではないが思えない、のんびりと会話する四人。だが、それを急かすように、アナウンスが響く。

『使徒が上陸しました。作戦要員は速やかに発令所へ移動してください。繰り返します……』
  
「あら、もう来ちゃったようね」

「ったく、来なくてもいいときに……。まぁ来てもいい時なんて無いけどさ」

 ミサトが恐らく上の方にいるであろう使徒に悪態をつく。もはや使徒に対しては“邪魔”としか思っていないようだ。

「じゃあ行きましょうか?」

「僕もそろそろケージに行かないと……」

 それぞれ時計を見ながら呟く。だが、そのいずれにも“焦り”などというものは込められておらず、やはり何処かのほほんとしている。
  
「お〜っし、さっさと使徒なんか蹴散らして、祝勝パーティでどんちゃんさわぎよ!!」

「あ、じゃあ私、マギでいいお店探しておきますぅ〜」

「……使徒が来ても開いてるお店なんてあるんですか?」

「あったら行くで、なければここで、でしょうね。ミサトのことだから……」

 その四人の会話は、やはりどこまでものんきなものであった。





「エヴァ初号機、起動しました。シンクロ率86.92%、ハーモニクス全て正常値です。暴走、ありません」

「……いつもどおりね」

 マヤもリツコも、ほとんど儀礼的に台詞を口にしているだけであり、その表情は日常会話をしている時のそれである。
 現在司令席付近で厳つい表情をしているのは国連のお偉方のみであり、ネルフ職員は全員和んでいるような状態だ。
 モニターに写るエントリープラグ内の青年、シンジに至っては眠たげに目を擦っている(余談だが、一部女性職員はコレでやられてしまっている)。

「……大丈夫、いけるわ」

 技術部長のOKサインに、作戦部長は一つ頷き、「発進準備!!」と高らかに宣言する。
 それとほぼ同時に、ロックボルトが外れていったり、アンビリカルブリッジが移動したりと、ケージは大忙し。だが、職員はもう慣れたものなのか、余裕の表情。
 第一、 第二拘束具が共に外れ、エヴァは射出口へと移動される。

「ルート確定、オールグリーン! 問題ありません」

「……シンジ君は?」

『はい、問題はありません』

 それぞれ、セリフこそ硬い、マニュアルどおりのそれだが、口調はやはり普通の会話と大差ない。緊張感なども、殆ど感じられない。
 それもそのはず、いつもどおりの事なのだ。数十回にわたる訓練の繰り返しの賜物である。同じ内容の小テストを繰り返してるようなものだ。

「発進準備、完了」

「了解……。司令、構いませんね?」

 ミサトは一応、後ろを振り向いて最終確認をする。総司令官であるゲンドウは、いつものポーズのまま。近くにいる冬月が何とかその歯痒さの表れを感じられている。

「勿論だ……。使徒を倒さねば、我々に、そしてあの子達に未来はない。やりたまえ……」

「碇……本当にこれでいいんだな?」

 冬月が前を向いたまま、ゲンドウへと声をかける。ゲンドウはそれには答えず、ただ顔をしかめるだけであった。





「エヴァ初号機、発進!!」

 ミサトの宣言と同時に初号機が射出口から姿を消す。エヴァ専用エレベーターのようなもので地上まで押し上げられているのだ。
 流石のシンジも、そのGはキツいのか、小さくうめいて歯を食いしばっている。それでも内心、

(これ、逆バンジーなんて比じゃないよね……)

 などと考えているから凄い。
  
 一方、発令所では。

「……で、どうするのミサト。アレを倒すのには……」

「ん〜、それなんだけど……」

 そう言って、ミサトは人差し指と中指でボールペンを回す。何か考えるときのクセのようなものだろうか。

「ここまでのデータから見て、目標に表立って特徴的なものが無いのよ。せいぜいA.Tフィールドと中規模の加粒子砲が使える程度。
 ノーマルっていうか、ベーシックだから、決定的な穴がない。いわばRPGの最初の中ボスみたいなヤツなのよ」

 例えが微妙ね、などと思いつつも、納得する。要は中途半端なのだ。どんな戦法を取っても、得られる成果はほぼ同じ。しかし、ある意味では弱いだけだ。
 それらを前提として、現在用意できているエヴァの装備を考慮すると……

「まぁ、ショートレンジでの格闘戦しかないのよね。加えるとしても、プログナイフの使用だけだし……」

「……つまり、私たちは役立たず、ってことかしら?」

「う〜ん、シンジ君には悪いけどそういうことになるわね。接近戦だから、兵装ビルでの援護射撃も、かえって無駄、むしろマイナスね」

 そう言って、苦々しく微笑う。自嘲的な笑いだ。しかし恐らく、これはネルフの大人達の総意であろう。

「シンジ君……生きて、帰ってきて頂戴……」
  
 言っていて、それさえ自分たちに都合のいい綺麗事に思えてしまった。





 こちらは地上、使徒と対峙した初号機内のシンジ君である。

「う〜ん、使徒だなぁ……」

 大人達の思考とはほぼ逆に、シンジはのほほんと構えていた。親(?)の心、子(?)知らず、とは良く言ったものではないだろうか。
 スピーカーから、ミサトの「エヴァ初号機、リフトオフ!!」の声が聞こえて、肩辺りの圧迫感が消えると、早速前へと踏み出す。
 いつまでも射出口に居る事もないからだ。
 しかし、使徒に動く様子はないので、睨めっこをするように動かさない。お互いに観察しているのだろう。
 シンジは、使徒の隙をうかがっている途中に、あることに気付いて目を見開いた。そして呟く。

「……こっ、こいつ……」

『え、な、何ッ!? どうかしたのシンジ君!? シンジ君!!?』

 エントリープラグ内のモニターからは、ミサトの焦ったような声が聞こえる。いかに言っても未知数の生物、絶対的な安心など存在しない。
 シンジも目を見開いたまま、モニターへと向き直った。
  
「ミサトさん、この使徒……」

『だから何、どうかしたの!?』

 発令所では、全員が固唾を飲んでシンジの言葉を待っている。司令席の国連のお偉方からゲンドウ、冬月ペアまでもが。
 だが、シンジの口から出てきた言葉は、酷く見当違いな事であった……

「この使徒……案外愛嬌がありますよ〜。結構可愛いと思うんですけど〜。ああっ、まばたきしてるぅ〜!!」

 発令所では全員がズっこけた。ゲンドウまでもが組んだ手から顔が滑り落ちて、滑稽にもサングラスが傾いてずれている。
 その中で、最も早く還ってきた人物が、楽しげに微笑みながらシンジへと声をかける。

『シンジ君、じゃあさくっと使徒を倒しちゃってくれないかしら?』

 赤木ナオコ技術部総合特別監察長。長ったらしい肩書きだが、言ってしまえば技術部のボスである。リツコと同格になるが、権限なども合わせると副司令格となる。
 何故、彼女が生きているのか。それはまた後日詳しく語ることになるが、要はシンジが早くから生まれた事の誤差である。
 ちなみに、赤木親子が共々ゲンドウに毒されたわけでも無い。
 赤木親子とゲンドウの間では、互いに信頼し合う良好な上司部下関係になっている。 
 つまり、ゲンドウ周りのドロドロしたものは無いのだ、一切。

「了解です、ナオコさん」

 自然に微笑みながら応答するシンジだが、その数瞬後には真面目な表情になっていた。
 素早い動きで肩のラックからプログナイフを取り出し、逆手で人差し指と中指を伸ばして柄を抑えるような形で握りしめる。
 アンビリカルケーブルをパージして、勢い良く最初の対戦相手第三使徒へとダッシュする。超々短期決戦に臨む場合には、ケーブルは邪魔極まりないのだ。
 
「ちっ……っとぉ」

 使徒の発射した牽制代わりの小規模加粒子砲を最小限の動きで避け、攻撃範囲内に入った瞬間に、人間で言う鳩尾あたりを思いっきり蹴り上げる。
 その衝撃で使徒はバランスを崩すどころか、数秒間宙へと浮いてしまう。
 そうしてできた大きい隙に、シンジもとい初号機は体重の半分を乗せてナイフの切っ先をコアへと振り下ろした。

「てやっ!」

 その結果、コアには僅かにナイフが刺さった状態のまま、使徒は地面に叩き付けられた。





「状況は〜?」

「パターン青は未だ健在!」

「目標のA.Tフィールドは確認できません。恐らく、初号機の展開するフィールド内で圧倒され、瞬間的に侵食、消滅させられている為と推測されます」

 下で、オペレータ達が対応に追われる中、司令席では相も変わらずの呑気な雰囲気のままであった(数人のオペレータに睨まれていたが)。

「勝ったな……」

「ああ……」

 オペレーター達の特別手当を奮発しよう、と考えているゲンドウだった。部下想いなのだ。





「結構……しぶとい、な……」

 ナイフを突き刺されたまま、地面に叩き付けられた使徒は、悪あがきとしか思えないような加粒子砲を連発している。
 しかしそのいずれも初号機にはあたらない。A.T.フィールドで軌道をゆがめている為である。
 シンジはじたばたと暴れまわる使徒の四肢をフィールドの圧力で押さえ込む。そして刺さったナイフの柄へと、拳を構えた。

「ごめんね……」

 シンジは謝った。純粋に、自分の心に浮かぶ謝罪の気持ちの全てを込め。刹那、初号機の拳とくさび役のナイフにより、使徒のコアが砕けた。





「シンちゃ〜ん、お疲れ!!」

 シンジがLCLを吐いてるときに、ミサトがいつも見たいに声をかけて来た。実験が終わったときにいつも言ってくれる言葉。簡単だけど、安心できる。
 その近くに誰もいないことから、一人できたのだと察する。
 ミサトも、シンジに近付いてから一気に抱きついてやろうかと一瞬思ったが、LCLまみれになるので流石に止めておいた。
 まず、超を付けても言いほどの中性的美形のシンジと、女性では比較的高い背に艶やかな黒髪の美女のミサト。その抱き合いは冗談にもならない。
 作業員もいるのだから、そんな噂は一日でネルフ全員に知れ渡るだろう。もう一度言おう、冗談にならない。

「ああ、ミサトさん。お疲れ様です」

 そう言って、シンジは極上の微笑を放つ。
 意識してのものではない、自然に出てくるものだ。しかし、いや、当然シンジ自身はその笑みの威力を知らない。
 もしネルフがその笑顔を表紙にしたパンフレットを敵対する組織や政府、企業などに送り付ければ、支持率は大幅に上がるであろうその威力を。
 前述の通り、ネルフの女性職員はシンジの眠たげな仕草にやられたり、爽やか全開の笑顔に魅了されたりと、随分忙しい。本人の知らぬところでは、ファンクラブもできている。ネルフ内で、ではなく第三新東京市内で、だ。ちなみに“ネルフ総司令公認”なのはご愛嬌。
 だがそんなに毎回毎回やられたり魅了されたりでは、シンジの存在自体が女性職員の職務怠慢に繋がり、仕事に支障を与えるのではないか、と総務部内で真面目に懸念されるほどである。
 しかしながら総務部の出した結論はこうだ。
  
『確かに職員の職務怠慢の原因が碇シンジにあることは否めない。
 だが碇シンジがいなければ女性職員をはじめとした、ファンの職員全体の仕事への意欲が著しく低下するであろうことも間違いない(参考資料:「“碇シンジ”に起因する職員の職務意欲への推察と調査結果に基づくレポート by.MAGI」)。
 とどのつまり碇シンジに起因する職員への影響はプラスマイナスゼロ。むしろ、内心では動揺しているにもかかわらず表には出さないようにしている職員もいることを要素として加えると、プラスである可能性は十二分にある』


 ちなみに、総務部の女性職員の95%以上はシンジのファンクラブに入会している。いや、それはこの結論とは関係がない…………と思う。
 さて、少々グダグダと書き上げたが、ようするにシンジの無意識に展開される多種多様の仕草は、ありとあらゆる女性に対して絶大なのだ。
 まぁ例外がいる可能性も一概に否定は出来ないが、その辺りは神のみぞ知る、と言ったところだ。便利な言葉である。
 それはさておき、ミサトもその例外ではない。少々時間が止まった。

(はぁ〜、なんちゅう“かあいい”笑顔をすんのよこの子はぁ……)

 シンジはキョトンとしている。当然、気がついていないようだ。
  
「あれ、でもいいんですか? ミサトさん、事後処理とかあるんじゃ……?」

「え? あー、いいのいいの。日向君にお任せしてきちゃったから」

「……だから日向さんが愚痴るんですよ。慰めてて思いますもん、ちょっとこれはアレだなって」

「……シンジ君、人間ってそれぞれ得手不得手があると思わな「ありますけど、それとこれとでは話が別ですよ」

 いつかの、呆れたようなジト目でミサトを見つめるシンジ。
 ミサトは自分の分が悪いと感じ取り、「シャワーしてきたら?」と促す。
 シンジは「逃げちゃダメです」というアイコンタクトをやりながらも首肯して、「じゃあいってきますね……」と踵を返してシャワー室へと向かった
 その背中を見ながら、ミサトは思う。

(落ち着いてるわね……)

 確かにシンジはこの十余年、十分な訓練を受けてきている。甘すぎもせず、厳しすぎもしない、苦痛にならない程度の、充実した訓練を。
 だとしても、巨大生物を相手に格闘し、殲滅を行えば、平常心を保てる人間は少ないはずだ。
 ましてや、シンジは18歳。心の安定にはまだ少々遠い年齢だ。いや、心の安定などと言うものは存在しないのかもしれないが、それは置いておこう。
 にも拘らず、ミサトの“ほぐし”を必要とし無いほどに平常心を保っている。
  
(……ちぇっ。せ〜っかく、その隙をついて……フフフフゥ〜っとしようと思ったのにぃ)

 ……何が? どういうふうに?
 理解はできない。できないが、なんとなく少々アブなくなってきた気がするのでこれにて打ち止めである。









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あとがき


このあとがきをご覧になっている皆様、お読みになってくださり、又は読もうとしてくださってありがとうございます。作者の泉水と申します。

さて、それでは早速になりますがこの拙作についてざっと説明させていただきます。

これは、「碇シンジがもう少し早く生まれてたらどうなっただろうな」という作者である私の勝手な妄想が肥大化して出来たものです。
いわゆる、“本編再構成物”です。
再構成における付加要素は

・  シンジが四年早く生まれた。
・  そのことによる部分部分の誤差(これは作者の勝手な予想)
・  作者による勝手な付加要素(以下説明)

となっております。
前者の二つは、これ以上説明のしようがありませんので、省かせていただきます。
ただし一つだけ言うなら、シンジが図太いです。プラスして、いわゆる“万能シンちゃん”になると思います。勿論、人間としての話ですけれど。
恐らく、最後の一つに引っかかる方がおられると思います。
まぁ端折って言ってしまえば、オリジナルキャラ、及び登場人物設定の変更、そして作者によるオリジナルストーリー等、となります。
一話である今回は、この限りではないのですが。
一応弁解させていただきます。オリキャラが出るからと言って、はちゃめちゃな設定にして本編とかけ離れたものにする気は、毛頭ありません。
作者自身、その手の二次創作が苦手ですので。
オリジナルキャラというのも、大半はシンジのクラスメートです。一般的なものと異なり、レイをはじめとした中二メンバーとは学校で絡めませんので、代打というわけではありませんが代わりに学校で絡んでくる人間も必要にもなりましょう。
また、何十人も出てくることもありません。予定は決定ではないので現時点ではっきりと断言は出来ませんが、オリキャラが二桁を越すような事はないはずです。
先程も申し上げましたように、妙な設定にする気はありません。魔法が使えるだの、A.Tフィールドが使えるだの、そのようなことはありません。
ただの一般人です。使徒化するとか、チルドレンになるとか、そんなのもこれっぽっちも考えてはおりません。チルドレンは本編の彼ら(計5人)のみ、使徒もテレビ版に出てきた、リリンを含める十八体となります。
但しその逆の擬人化は、もしかするともしかしてしまうかもしれません。その際には、キチンとお知らせします。それでも特別な力を与えるつもりはありません。「使徒の擬人化」というよりも「使徒の人間化」といったほうが近いものになります。この辺りは予定ですらないので、可能性のお話ですが。
これはあくまで“本編再構成”。シナリオは本編に従います。大きく逸脱したストーリーは制作しません。但しサイドストーリーは書きたいなと思っています。
無論、少年漫画のような“もう一つの特務機関”だの“謎の組織”だのと言うものも出てきません。私はその手の話も少々苦手ですので。
次に。
私はテレビ・漫画(本編)・旧劇場版の三種でしか、大本のエヴァのシナリオを確認しておりません(ネット上に数多くある二次小説は別ですけれど)。
ゲーム類を始め、本編と外れた漫画等も確認していません。
また、漫画は自分で買っているわけでもなく、テレビ版や旧劇場版のDVDも所持していません。漫画は偶然2~9巻までを軽く目を通したのみ、映像系は動画共有サイトで観賞しただけです。
以上の理由により、諸小説で垣間見られる戦自の愉快な仲間達など、そういった登場人物については本作では排除、または設定を変更した上での登場を計らせていただきます。また、新劇場版の設定などもほとんど使用しません、できません。
とどのつまり、“トライデント”や“欠番の使徒”についてのシナリオには一切触れません。ご了承ください。

それからついでにですけれど、脇役についてです。
まず日向マコト。
既にあからさまな伏線は設置してありますが、彼を優遇します。なんとなく私の独断と偏見による判断ですが、シンジといいコンビな気がするので。
優遇すると言っても登場回数を大幅に増やすだけで、彼を主人公的配役にするわけではありません。あくまで、準々レギュラーから準レギュラーに格上げされるだけです。ちなみに、青葉は待機です(苦笑)。マヤは比較的、増やします。青葉ファンの皆さん、ごめんなさい。少しは増やしてみますので。
次に冬月コウゾウ。
私は冬月コウゾウの碇ユイへの愛情は“父性愛”だという風に解釈しております。……まぁそれだけです(蹴)。出番などはほぼ変わらないと思います。

また、文量についてのいいわけを。
恐らく、浅学非才な身である私は一定の文量で物語を書き上げるのは難しいと思います。
長くなる場合には、話をいくつかのパートに分けて進めていきます。「○話は短いのに△話は長い」ということが発生する可能性は十分にあり得ます。私としても善処を致しますが、ご容赦いただければ幸いです。
更新についても不定期、としか言えません。私は現在、学生の身であり、時間がありあまるという事もないのです。
ですのでもしかすると、何ヶ月もストップすることがあるかも知れませんが、こちらもご容赦いただければありがたいです。
しかし、一年以上もとめることはないつもりでいます。
書くからには終わりまで、一時的凍結はともかく、執筆放棄は絶対にするつもりはありません。
完結までに長い時間がかかるとは思いますが、よろしければ暖かい目で見守ってください。
身を賭してでも書き上げます。自戒の意味を込め、“絶対”という言葉を使わせていただきます。絶対、書き上げます。


最後に、この作品は私の中では“基本はほのぼのコメディ・ちょいちょいマジメという本編再構成”となっています。カップリングはLRS寄りなオールでしょうか。但しミサト・リツコが「本当に」参戦してくるのかは未だ不明です。予想するなら、本格的参戦にはならないかと……。
ストーリーですが、特にほのぼのを中心に書いていきたいと考えて居ます。それにマジメ要素として少し哲学的なそれを付けたいな、と。
暗い物を書く気もありません。できる限り明るく、暖かく、のんびりとした物を書きたいです。そして書く予定です。

また、私やこの拙作に意見や疑問、アドバイス・文句などある方は、メールや掲示板などで私にお知らせしてくださればなと思います。向上意欲はありますので。但しマナーに反するようなことはご遠慮願います。


長々と失礼致しました。それでは、今後ともよろしくお願い申し上げます。



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