I’m only yours. You’re only mine too.

Written by JUN  



「ねえ、レイ」
「・・・・・・何?」
「いい加減、離してくれないかな」
「嫌」
「僕、そろそろ何か食べたいんだけど」
「私を食べればいいわ」
「いや、そうじゃなくてね・・・・・・」
「嫌なの?」
「あの、僕が言ってるのは空腹的な意味であって、その、そういうアレじゃあなくて」
「私はいいのに・・・・・・」
「レイ、朝っぱらからそんなこと言うもんじゃないよ」
「夜ならいいの?」
「いや、そうじゃなくてね、だから、なんていうか・・・・・・」
「・・・・・・離してほしい?」
「うん」
「じゃあ、後五分だけ」
「分かった」
「その代わり」
「何?」
「キス」
 シンジは苦笑いした。
「ホント好きだね、レイ」
「してくれないの?」
「そんなこと言ってないよ」
 レイは顔を綻ばせた。
「・・・・・・僕も好きだからね」
 シンジはレイに抱き締められたままで肩をそっと引き寄せ、口付ける。肩に置いた手を上へとずら
し、頭を抱く。蒼銀の髪を後ろから軽くくしゃくしゃと撫で、唇は重ねたまま、レイの額にこつん、
と自分の額を当てた。
 レイの眸が揺れる。シンジが頭を離そうとすると、レイはシンジの腰に回した手を頭へと移動し、
それを制した。
 シンジが目だけで苦笑いをし、レイが目だけで微笑む。シンジは観念したようにその時間をレイに
任せ、求められるがまま、それに応えた。
 いつの間にか、レイの頭にあったシンジの手は自然にくびれた腰に回され、互いにこれ以上ないほ
ど密着する。レイは離れようとしない。目を閉じ、舌を滑り込ませようとするが、シンジはそれを止
めた。
 レイが抗議の目線を向けるが、シンジは悪戯っぽく目元を緩めただけだった。
(いじわる・・・・・・)
 そんなレイの目にもシンジはたじろかず、レイの腰から背中をゆっくりとなぞるように撫で上げ、
再び手を頭に戻した。
 初めレイは恨めしげな顔でシンジを睨んでいたが、すぐに何かを思いついたようで、右手をシンジ
の顔へと持ってくる。
 男性とは思えないほど滑らかな頬を撫で、短い前髪をかきあげる。シンジは何をするんだろうとい
う疑問を眸に浮かべたまま、レイの挙動を見守る。
 頬をなぞっていたレイの細い指がシンジの顔の中央に伸びる。シンジがその意を理解する前に、す
っと鼻筋が通った鼻をレイがきゅっと摘んだ。
「んんっ!?」
 シンジが身をよじるが、レイは離さない。たまらずぷはっ、とシンジが口を開くと、すかさずレイ
は舌を滑り込ませた。
「んむっ――」
 シンジもこうなっては拒絶することが出来ない。目を閉じ、控えめに舌を絡ませる。
 目的を果たしたレイはシンジの鼻から手を離し、再び腰に手を回す。口の中で小さく暴れるシンジ
のやわらかい舌を感じながら、レイもまた、シンジの舌を探り当て、軽く吸った。
 



 レイがようやくシンジの体を離す。シンジがふと時計に目をやると、きっちり五分、経っていた。


「・・・・・・ごめんなさい」
「だよね」
 咎めるような表情で見るシンジに、レイは目を伏せた。
「鼻を摘むのは反則だよね」
「だって・・・・・・」
「何?」
「シンジが意地悪するから」
「意地悪したわけじゃないよ。ただね――」
 シンジが手を伸ばし、レイの肩に頭を乗せ、レイの後ろ髪をかきあげる。
「止まらなくなるのが怖かったんだ。こんな風に」
 かりっ、と小さな音を立てて、シンジがレイのうなじを強く噛んだ。
「ひゃっ」
 シンジの舌先をかすかな鉄の味が広がる。ちゅううっ、と強く吸った。慣れない感触にレイがぷる
ぷると身を震わせる。
 レイの白いうなじに出来た小さな小さな傷跡。かきあげた後ろ髪を下ろしてしまえば、見えない位
置にある。シンジの意を測りかねたレイは首を傾げた。

「・・・・・・浮気防止。他の男に見せちゃダメだよ」
 レイは思わず笑った。
「見せないわ。シンジ以外には」
「よろしい」
「でも、びっくりした」
「・・・・・・・ごめん、痛かった?」
「違うの、そうじゃなくて・・・・・・あなたはこういうことしないと思ってたから」
「嫌だった?」
 レイはかぶりをふった。
「嫌じゃない。でも――」
「でも?」
「・・・・・・私だけじゃ、不公平」
 レイは素早くシンジの首に手を回し、レイのそれと同じ場所を噛む。

 かりっ、ちゅうっ。

「・・・・・・レイ、僕はレイと違って髪が短いから、見えちゃうんだよ」
「だったらなおさら好都合だわ。シンジは私のものだから」
「会社でからかわれるよ」
「あなたが誰かに取られる可能性を考えれば、安いもの。いつかみたいに昼間からマヤさんと二人で
お茶したりしないように」
「っ!見てたの!?」
「ええ、ばっちり。買い物途中に喫茶店に入ったらね。素敵な殿方がいらっしゃると思ったら見慣れ
た人とお茶してるんだもの。びっくりしたわ。しかも殿方の頬はだらしなく緩みっぱなし。何のコン
トかと思った」
「れ、レイ。もしかしてその日の晩に限って出迎えてくれなかったのは・・・・・・?」
「そういうこと。誰かさんは具合が悪いと思ったらしいけど」
「・・・・・・すいません」
「分かればいい。で、何してたの?」
「打ち合わせだよ。新しい企画が入ったからね。マヤさん、『今回はシンジ君に任せるわ。頑張って
ね、期待してるから』って言ってくれて、嬉しかったから、つい」
「・・・・・・そう、分かった」
「ごめんね」
「もういい。だけど――」
 レイがふわりとベッドから立ち上がる。シンジもそれにならった。
「何?」
 レイは優雅に振り返り、意地悪げに口元を歪めた。
「今晩は、お預け」
「――っ、そんな!」
 レイは吹き出し、シンジの唇に人差し指を当てた。
「だからさっき食べとけばよかったのに」
「い、今からでも――」
「ダメ。ご飯にする」
「そんなあ・・・・・・」
 がっくりとうなだれるシンジ。そんな様子を見て、レイの中に仏心ともつかないものが湧き上がっ
た。この辺は甘い。
「どうしてもしたかったら」
 シンジがぱっと顔を上げる。眸に期待を宿して。
「次に言う約束を守ること」
「何?」
「一つ。次に誰かとお茶をするときは、ちゃんと言うこと」
「はい」
「一つ。明日の日曜日は、一杯サービスすること。欲しいバッグがあるから」
「・・・・・・はい」
「一つ。これで最後」
「何?」
 レイがシンジの背中に腕を回し、上目遣いで見つめる。薄手のワイシャツがシンジのTシャツと擦れ
あって乾いた音を立てた。成人した女性とは思えない位に可愛らしい姿に、シンジの顔が赤くなる。
「ずうっと――」
 背伸びしてシンジの頬にちゅ、と口付ける。
「私だけのものでいること」
 すぐに胸に顔を埋める。髪の間から垣間見える耳は、真っ赤になっていた。シンジの頬が緩む。
「約束する、レイ。ずっと僕は、君だけのものだから」
「・・・・・・・ごめんなさい。わがままで」
「いいよ、僕が悪いんだから」
「違う。私、成長してない。あの時からずっと」
「あの時?」
「中学生の、ホワイトデーの時から」
 シンジの表情が一瞬だけ硬くなり、すぐに和む。
「確かにレイは昔からずっと甘えん坊だった。今もね」
 こく、とレイが頷く。
「でも、変わったことも沢山あるよ。昔はケーキ一つ作るのにも苦労してたけど、今は大抵の料理が
作れる」
「・・・・・・シンジほどは、作れない」
「そんなことないよ。レイの作る料理は、どれもすごく美味しい。僕なんかが作るより、ずっとね。
きっと、もっと上手くなるよ」
「・・・・・・」
「それに、レイと結婚してから分かったことも沢山あるよ。その前には知らなかったことで」
「例えば?」
「まず、レイは僕が思ってたよりずっと、独占欲が強いってことかな」
「・・・・・・ごめんなさい」
「悪いことじゃないよ。むしろ嬉しい、かな。レイが僕を好きでいてくれることが。こんな僕なんか
を好きでいてくれることが」
「“なんか”、じゃない。シンジ以上の男の人なんていない」
 少し怒ったようなレイの口調にシンジは笑って、レイの体に手を回して、力を籠めた。
「後は、そうだね――」
 レイの首筋をそっとなでおろすようにして、上を向かせる。

 ――キス?

 シンジが顔を寄せる。レイは目を閉じて顎を突き出した。
 しかしシンジはその唇を素通りする。レイの唇は宙を食んだ。

 はむっ

「あんっ」
 レイが身をそらす。ぎろりとシンジを睨むが、真っ赤になった顔では説得力のないこと甚だしい。

「とっても敏感ってことかな。特に耳が弱いね、レイは」
「・・・・・・ばか」

 シンジは悪戯っぽく笑って、不意にレイから離れる。レイは腰が抜けそうになった。
「レイ、力が抜けてるよ。やっぱり敏感だね」
「・・・・・・っ、もう、ばか」





 二人で昼食を作る、シンジがスパゲッティを茹で、レイはミートソースを作った。



「レイ、シーフードの方がいいんじゃない?僕はいいよ、別に」
「いいの。私も食べられるようになってきたから。それに――」
「それに?」
「・・・・・・私は、あなたと同じものが食べたい」
 レイは薄く微笑んだ。綺麗に巻いたスパゲッティを口に運ぶ。
「・・・・・・そっか。ありがと、レイ」
 言いつつシンジも口に運ぶ。そしてにっこりと笑った。
「美味しいよ、レイ。やっぱり上手になった」
「・・・・・・ありがとう」











「でも、想像つかなかったよ。確かに主婦が似合うって言ったけど、本当に主婦になっちゃうなんて」
 昼食を終え、コップの中に僅かに残った烏龍茶をすすりながら、シンジが言う。
「私も、想像してなかった。あの時は――」
 少し声に陰りを見せたレイに、シンジは慌ててフォローする。
「いや、でも嬉しいよ。まさか僕のお嫁さんになってくれると思ってなかったからさ」
「あれは愛の告白じゃなかったの?」
「い、いや、別にそういう訳じゃ・・・・・・」
「そういえば私、シンジにちゃんとプロポーズしてもらった覚えがない」
「あ、あれ?そうだっけ?」
「そう。結婚指輪もらってないもの」
「そ、それはマンション買ったんだし」
「マンションと指輪は違うわ」
「い、いや、そうだけどね・・・・・・その」
「明日買ってもらおうかしら」
「ちょ、勘弁してよレイ。月末は・・・・・・」
「だったら今日は一人で寝るわ」
「れ、レイ。分かった。明日は二人で行こう。でも一括は無理だよ」
 レイはにっこりと笑った。
「それでいいわ。給料三か月分ね」
「い、いじわる」
「自業自得。同情の余地はないわ。それにさっき私に意地悪したのはあなた。私じゃないわ」
「・・・・・・レイ、もう一つ追加。昔より意地悪になった」
「そう?そんなことないわ。それならシンジだって昨晩私を何度も――」
「あああああ―――――ストップストップ!」
「文句は?」
「・・・・・・ありません。全く」
 ケンスケがこの場にいたら“平和だねえ”と言うだろう。些か尻に敷かれすぎな気がするが、それ
は仕方ない。昔からその気があったのは情けなくも自覚している。レイが想像を超えて鬼嫁になった
のは想定の範囲外だが――

「シンジ、何かご意見でも?」
「えっ?な、何で?」
「不満そうだから」
「気のせいだよ。だから買い物行っておいで。お風呂掃除しとくから」
「・・・・・・ええ」

 疑り深げな目線を寄越しながら、レイは玄関へ向かった。シンジはほうっ、とため息をつく。
 
 危ない危ない。最近は読心術も心得てきたようで、ますます油断ならない。
 風呂の戸を開け、掃除を始める。家事を公平に分担したいと言ったのは自分だ。シンジはごしごし
と風呂桶をこすりながら、ぼんやりと考える。

 ――思ったより恐妻家になったな。

 シンジは苦笑した。けれど、それに不満はない。昔のことを思えば有り余るほどの幸福といえるだ
ろう。それにレイに悪気はない。むしろ自分にしてみれば嬉しいくらいだ。そこまで考えが行き着い
て、別にMっ気があるわけじゃないけどね、とシンジは慌てて自分をフォローした。
 レイとシンジが結婚してから、もう三年が経つ。レイの言っていたとおり、指輪を渡していなかっ
た。それに、新婚旅行にも行っていない。あの頃は何かとばたばたしていたから、と無意識の内に言
い訳していたのかもしれない。レイの優しさに甘えて。
 明日は目一杯サービスしよう。シンジはそう決意した。レイに言われたからではなく。純粋に彼女
のために。その内旅行にも連れて行ってあげよう。第三新東京市周辺には温泉も多い。その内どれか
に行ってもいい。あの時はレイが来ることが出来なかったから。

「こんなもんかな」
 
 ぴかぴかと輝く風呂桶を見て、シンジは誰ともなく呟いた。家事能力は衰えていない。この位は労
働のうちにも入らないだろう。
 暖かいせいか、まだ少し眠い。時計を見ると三時前。

 ――少し昼寝してもいいかな・・・・・・

 シンジはそう考え、ベッドに向かう。レイが帰ってきたら起こしてもらおう。晩御飯まで、まだ時
間がある。休日くらい体たらくな生活を送ったところで罰は当たらない。
 もぞもぞとベッドにもぐりこむ。寝過ごさないように六時半に目覚ましをかけ、春の柔らかな日差
しを感じながら、シンジはまどろみに溶けていった。










 ――もう

 風呂場はぴかぴか。文句の付け所がない。流石に葛城家の家政夫をしていただけはある。レイは含
み笑いを漏らした。きちんと仕事を済ませているのだから、彼を怒ろうとは思わない。

 ――それにしても

 本当に整った顔つきだ。女の自分が嫉妬してしまうほどに。つんつんと頬をつついてみる。「う、
うん・・・・・・」と小さく声を漏らした。悪戯心を刺激され、そんな他愛のない遊びを繰り返す。
 こんな穏やかな顔を見ていると、自分まで眠くなってくる。シンジの背中の方、つまり壁際が空い
ているので、うまく起こさないようにその上を乗り越え、胎児のように手足を曲げ、シンジの背中に
そっと手を添える。昔から変わらないかすかな匂いに、心が落ち着いた。

 ――シンジの、匂い・・・・・・


 ごろん、とシンジが寝返りを打つ。図らずもシンジがレイを抱き締める形となった。レイは喜んで
シンジの胸に顔を埋め、すうっ、とシンジの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「綾波、綾波・・・・・・」


 レイはびっくりしてシンジを見つめる。シンジの口から漏れる呼吸は寝ている人のそれだ。昔の夢
でも見ているのだろうか。

「自分には何もないなんて・・・・・そんなこと・・・・・・言うなよ・・・・・・別れ際にさよならなんて・・・・・・悲
しいこと、言うなよ・・・・・・」
 
 ――あの時の・・・・・・

 レイがシンジを始めて意識した日。任務でしかなかった筈なのに、彼は涙を流してくれた。自分の
ために。未来のない、自分のために。その時のことを思い出して、心が温かくなるのを感じる。そっ
と耳元で囁く。
「ごめんなさい、こんな時、どんな顔をすればいいのか、分からないの・・・・・・」
 シンジは眠った状態のまま、柔らかく微笑んだ。
「笑えば、いいと、思うよ・・・・・・」

 ――シンジ・・・・・・

 レイがシンジにそっとキスをする。無意識のうちか、シンジは優しく応えてくれた。眠っている筈
なのに、レイの頬に手を添え、頭を撫でてくれる。その暖かい手が心地いい。シンジの背に手を回し
て、彼を起こさない程度にキスを続けた。
 
 ――幸せ・・・・・・

 レイはそう思う。今も求めて止まない彼の温もりがここにある。彼の体に腕を回して力を籠めると、
彼はそっと抱き締めてくれた。彼の匂いが自分を包み込み、それだけで脳髄が甘く溶けるような感覚
が全身を包んだ。測りしれない陶酔感に、レイは甘い吐息を漏らした。結婚指輪なんて、なくたって
別にいい。取り立てて裕福じゃなくたっていい。ただ、ここでこうして、彼と一緒にいられれば、そ
れだけで――・・・・・・
 控えめに足を絡め、頭を撫でてくれるシンジの手を感じながらレイもまた、まどろみに溶けていっ
た。













「ん・・・・・・レイ・・・・・・?」
 腕の中でレイが丸くなっていた。すー、すー、と規則正しい寝息を立てながらシンジの背中に腕を
回している。
「レイ、起きて?」
「う、ううん・・・・・・」
 微妙に悩ましい声を立ててレイは腕に力を籠めた。シンジはくすりと笑って髪を撫でる。あまり見
かけない色あいの髪の毛。指どおりがよく、銀のように輝きながらさらさらとシンジの手の中を流れ
た。
「ほら、レイ。起きて」
「う、ん・・・・・・」
 もぞもぞとレイが身じろぎする。長いまつげに縁取られた真紅の双眸が、細かく震えながらゆっく
りと開いた。
「レイ、起きた?」
「・・・・・・うん」
 レイは口を真一文字に結んで、不満げな顔をしている。
「相変わらずだね、寝起きが悪いの。低血圧?」
「・・・・・・うん。リツコさんも低いわねって」
「そういえば、あの時も寝起き悪かったね」
「あの時?」
「十四の時の、ホワイトデー」
 レイは瞬時に赤くなった。
「あの時のレイも、とっても綺麗だった」
「・・・・・・シンジのえっち」
「もちろん」
 シンジはレイの頭を抱きかかえ、耳元で囁く。
「・・・・・・今のレイも、とっても綺麗だよ」
 レイはこれ以上ないほどに真っ赤に染まり、シンジの視線から顔を背け、胸元に顔を埋める。
「レイ、顔を見せて」
「いや・・・・・・」
「レイ・・・・・・」
 少し強引にレイのうなじに掌を這わせ、指先を後ろから回すように細い顎に添えて上を向かせる。
隠しようのない状況で、レイの顔がシンジの真正面に向けられた。
「やっぱり綺麗だ、レイは。そんな風に真っ赤になって照れてる顔もね」
「何を、言うのよ・・・・・・」
「あの時も、そう言ったよ」
 シンジはくすくすと笑った。レイは顔を赤くしたままシンジを睨むが、迫力の無いことこの上ない。
「やっぱり、シンジはいじわる」
「レイがあんまりかわいいからつい、ね」
 レイが身をよじる。
「シンジ、放して。恥ずかしい・・・・・・」
「どうして?」
「どうしてって・・・・・・」
 がっちりとシンジがレイの頭を抱きかかえる。レイが身をよじってもびくともしない。そしてその
状況でシンジがレイの顔を見つめる。目をそらすことも許さない。普段は白磁のように滑らかで柔ら
かいレイの頬は、今や林檎のように赤く染まっていた。
「ばか、ばか、放して・・・・・・」
「・・・・・・嫌だって言ったら?」
「今夜は、一人で――」
「眠れるの?一人で」
「――っ!」
 レイは大きく目を見開いた。
「ほら、レイ、言ってごらん。一人で寝る?」
 ふるふると首を振る。目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「・・・・・・一緒に寝る」
 シンジは微笑む。
「ごめんね、レイ。怒った?」
「怒ってない。だけど、シンジは意地悪」
「じゃあ、お詫びに」
 レイの頭を固定した手はそのままに、シンジは口付ける。朝のキスとは違い、求められるがままに
舌を滑り込ませる、深いキス。レイの柔らかい舌を探り当て、音を立てて激しく絡める。恍惚とした
表情でレイはそれに応え、きつくシンジを抱き締める。ん・・・・・・と上ずったような声を漏らし、甘い
唾液を吸った。

「レイ、好きだよ、大好きだ。誰にも、渡さない、僕だけの、レイ・・・・・・」
 
 束縛、依存。そんな単語が唐突にレイの脳裏に浮かぶ。褒められたことではない。世界は彼だけで
構成されてはいない。
 
 だけど――

「シンジ、私を、離さないで・・・・・・ずっと私を、あなたのものにしていて・・・・・・あなたがいれば、あ
なただけいれば、私、何も要らない。ずっとずっと、側に、いて・・・・・・」

 それでもいい。それが自分にとって至高の幸福。彼の匂いを誰よりも側で感じる。自分だけが知る、
彼の、匂い。彼が自分だけのものであることの、証。
 
 誰よりも自分を優先させたい訳じゃない。彼を縛りつけ、動けなくしたいわけじゃない。ただ、時
にこうして抱き締めてもらって、彼で自分を満たす。それだけあれば、それ以上に望むものなど、皆
無といってよい。
 自分がこの世で唯一交わった人。心も、体も赦した人。彼の声は、感触は、匂いは、どこまでも私
の心を溶かした。自分を抱く時の彼はこの上なく優しい。自分のことよりレイを気遣って、優しくし
てくれる。その悦びは、今の自分にとって無くてはならない唯一無二のものだ。
 その内子供も欲しいとは思っている。その為の器官は既に備わっている。けれど、あと少しだけ、
彼と二人だけでいたい。子供が出来たら、彼に劣らない愛情を注ぎ込もう。私は、そして彼もまた、
愛を知らずに育った。だから、少々甘やかしても、目一杯愛情をかけて育てたい。元気に優しく育っ
て欲しい。

 ――けれど、もう少しだけ・・・・・・

 彼に甘えていたい。好きな時に抱き締めてもらって、そしてたまには、彼と交わりたい。彼と一つ
になって、彼のものでありたい。彼が私で、私が彼になっている、その感覚に酔いたい。

 そんな思いを描きながら、レイはいっそう激しく貪るように舌を絡め、足を絡めた。


 ぷは・・・と少し息を吐いて、唇を離す。レイの双眸は激しく揺れ、目尻には真珠のように輝く涙を
湛えていた。
「レイ・・・・・・」
 もう一度控えめに唇を重ねる。
「誰にも、渡さないから」
 レイは大きく頷いた。
「分かってる。私は永遠に、あなただけのもの」
「・・・・・・レイ、晩御飯、どうする?」
「いい。今日は、このまま・・・・・・」
「レイ・・・・・・」


――愛してるよ・・・・・・
――・・・・・・私も












 ――Epilogue――


「レイ、起きて」
「う、ん・・・・・・」
「おはよう、レイ」
「・・・・・・おはよう」
「やっぱり寝起きが悪いね」
「・・・・・・」
「それにやっぱり、綺麗だったよ、レイ」
「何を言うのよ・・・・・・」
「さ、それじゃ、行こう?」
「どこへ?」
「レイが言ったんじゃない。結婚指輪」
「・・・・・・あ」
「あ、言わない方がよかったかな?」
「そんなことない。ちゃんと覚えてるもの」
「ホント?」
「嘘」
「ああ、惜しかったな」
「嫌なら別にいいけど」
「いや、買うよ。帰りに旅行代理店に行こう。どこがいい?」
「・・・・・・温泉。あの時行けなかったから」
「ああ、あの時」
「アスカと変なことしなかった?」
「し、してない」
「どもった」
「ど、どもってないよ」
「正直に」
「へ、変なことはしてないよ。考えただけで・・・・・・あ」
「後でちゃんと詳しい話、聞かせてもらうから」
「うう・・・・・・・」
「さ、行きましょ?」
「う、うん。レイ、その前に――」
「何、キス?」
「えっと・・・・・・」



 シンジが気まずそうに口を開く。

「・・・・・・服を、着てくれるかな」





――FIN――




 〜あとがき〜
 JUNです。意味が分からん、我ながら。
 この作品を書いた動機は単純で、完結したかったんです。何を書いても“アマイココロ”“PokaPoka”
の流れが抜けなくて、じゃあ、いっそというわけで。
 次書くやつは別物として捉えていただければ、と。
 まあ幸せだからいいじゃありませんか!
 ただなんというかやっぱり、年が離れていて感覚が分かりません。結婚の感覚が。ただ、確実にい
えることは、こんな夫婦はいないですよねえ、多分。
 それでは、JUNでした。


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