REI II
ナミダノワケ
私は、零号機に乗り待機していた。
目の前には、二重螺旋で形作られたリング状の物体が、空中で定点回転している。
MAGIは回答不能を提示しているけれど、間違いなく第十六の使徒。
・・・私と、同じ感じがするから。
『レイ、しばらく様子を見るわよ。』
葛城三佐から命令が入った。でも私は、相手の雰囲気を察して身を硬くした。
「いえ、来るわ。」
「それ」が、回転を止めた。そして、一本の太いリングになったと思うと、輪の途中で離れて、太い帯になった。
それは、零号機へと向かって突き進んできた。
『レイ、応戦して！』
『だめです！間に合いません！』
発令所の会話が聞こえる。
オペレーターの言ったとおり、相手は予想以上に素早かった。
A.T.フィールドを展開させていたが、あっさりと突破される。
「それ」は、零号機の腹部へと衝突した。
「くっ・・・」
「それ」を掴み、相手の動きを止めてライフルを押し当てて引き金を引く。
効果はなかった。
ただ、はじき返されるだけ。
そのとき、異変が起こった。
零号機と「それ」が触れあっている場所から、嫌な音を立てて、葉脈のような筋が走った。
使徒をつかんだ、零号機の手も同じようになっている。
『目標、零号機と物理的接触！』
『零号機のA.T.フィールドは！？』
『展開中、しかし、使徒に侵食されています！』
『使徒が積極的に一次的接触を試みているの！？零号機と！』
予想外のことに戸惑う、発令所の人々の会話が耳に入ってくる。
その間にも、零号機は侵食されていく。
私はライフルを手放し、丘に倒れこみ腹部を侵食していく使徒を両手で掴み引き出そうとする。
しかし「それ」は、さらに深く零号機を侵食しようとした。
そのとき、私の腹部にも零号機と同じような筋が走った。
「！くっ・・・！うっ・・・！ぅくっ・・・！・・・はぁぅ・・・！」
神経を、撫でられるような感覚。
体中の毛が逆立つようなおぞましさと共に、なぜかそれは、私に言い表しようのない甘美さを感じさせた。
『危険です！零号機の生体部品が、侵されていきます！』
『エヴァ弐号機、発進！レイの救出と援護をさせて！』
そのとき、私はそれを聞いているどころではなかった。
零号機の身をよじり、侵食を止めようとする。
しかし、力を入れようとするとすぐ、神経が刺激される。
その感覚に、私は抗う術をなくしていった。
侵食は、胸の辺りまで来ていた。
「ぅくっ・・・！・・・あんっ・・・うっ・・・！」
なんとか、この未知の感覚から逃れようとする。
『目標、さらに侵食！』
しかし、それも無駄な足掻きとなっていた。
『・・・あと300接近したら・・・。・・・エヴァ弐号機、リフトオフ！』
『・・・出撃よ、アスカ！・・・』
『・・・シンクロ率が・・・』
『このままじゃ餌食に・・・』
もはや私の頭は、弐号機が起動に失敗したことを理解することはできなかった。
ぼんやりとそのことを聞きながら私は、気持ち悪さと快感がない交ぜになった感覚に、喘いでいた。
侵食は、すでに首筋を過ぎ、頬まで来ていた。
「ぅうんっ・・・！・・・は、はぅっ！・・・あっ・・・くっ・・・！ぁうっ！・・・は、あぁっ！」
そして、私の意識は深く沈んでいった。
・・・だれ？・・・私？・・・エヴァの中の私？
ノイズ
いえ、私以外の誰かを感じる。
ノイズ
あなた誰？
使徒？私たちが使徒と呼んでいるヒト。
目の前の無限に広がる紅い水の中に、
腰まで浸かって、「私」が居る
うつむいていて、表情は分からない
私は、その水の上に浮いていた
「私」がしゃべった
わたしとひとつにならない・・・？
私は答える
いいえ、私は私。あなたじゃないわ。
そう、でもだめ。もうおそいわ。
私の体に、葉脈のような筋が走る
わたしのこころをあなたにもわけてあげる。
このきもち、あなたにもわけてあげる。
「私」が、顔を上げた
その顔は、私には出来ない
美しい微笑をたたえていた
いたいでしょ？ほら、こころがいたいでしょ？
痛い・・・。いえ、違うわ。
・・・寂しい。・・・そう、寂しいのね。
さびしい？わからないわ。
一人が嫌なんでしょ。
私たちはたくさんいるのに、一人でいるのがいやなんでしょ。
それを「寂しい」というの。
それはあなたのこころよ。
かなしみにみちみちている、あなたじしんのこころよ。
波紋
そうだったのだ。
私を苦しみ続けてきたもの、それは「寂しさ」。
私は生まれてからずっと、そのことに気がつかず、苦しんでいることすら気付けずにいた。
けれどそれは、ある日明確な形を持って私の前に現れた。
碇くんが、私に気付かせてくれた。
いつからか、私の心は碇くんを求めていた。
強く、とても強く。
ひとつになりたいと、狂おしいほどに思う私の心。
それが、私の心の奥の空洞の正体だった。
目を開けた私のひざの上に、水滴が落ちるのが見える。
「これが、涙・・・？泣いてるのは、私・・・？」
それは、知識では知っていた。見たことも、ある。
けれど、私がそれを流すとは思っていなかった。
ヒトではない私が、そんなことを出来ると思っていなかったから。
すでに私は、顔まで侵食されていた。
入り込んで来る使徒に耐え切れなくなったのか、零号機の背から、枯葉色の、いびつに羽根が生えた、気味の悪いオブジェのようなものが噴出された。
『レイ！』
葛城三佐の声が聞こえた。不思議と、今まで襲ってきていた感覚は薄らいでいた。
『・・・レイの救出、急いで！』
不意に、私の耳にその言葉が聴こえて来た。それを聞いて、私はぼんやりとした頭でしばし考えた。
弐号機は、起動しなかったはず。・・・この時点で動けるエヴァといえば・・・。
初号機の、A.T.フィールドが展開した。それに反応して、使徒が初号機のほうへもう一方の―――零号機と融合していない―――先端を向けた。
「碇くん！？」
ものすごいスピードで、使徒が初号機のほうへ向かっていく。
初号機は、身をひねってその突撃をかわす。
しかし、手に持っていたパレットライフルが、その一撃でばらばらに砕け散る。
使徒は折れ曲がり、初号機へもう一度襲い掛かる。今度は、避けきれない。
片手で掴み、押しとどめる。まだ突っ込もうとする使徒に対し、両手で掴んでそれを止めようとする初号機。
その掴んだ部分から、使徒が初号機へと侵食をし始める。たちまちのうちに、筋に覆われる初号機の手。
『シンジ君！プログナイフで応戦して！』
葛城三佐の指示が響く。
初号機が、プログナイフを使徒に突き立てる。
赤い液体が噴き出す。
私と同じ声で叫び声を上げ、のた打ち回る使徒。
私は、それが許せなかった。
人を傷つけることを最も嫌う碇くんは、これで使徒に攻撃できなくなる。
いやだった。
碇くんを苦しめるような事をする使徒が、許せなかった。
けれど私は、何もできずにそれを見ているしかなかった。
使徒の先端が、私の姿になる。そして、初号機の頭部へ抱きつくと、侵食が一気に広がっていった。
そのとき、私は理解した。
「これは、私の心・・・！碇くんといっしょになりたい・・・！」
さっきまでの、使徒の執拗なまでの初号機に対する追尾も、使徒が私の声を上げたのも、全ては使徒が私の心を忠実に再現したことだと。
「・・・だめ・・・！」
私は、両手で腹部を抱え込むようにして、相手を抱え込むようにイメージする。
零号機のコアが露出する。
『A.T.フィールド反転！一気に侵食されます！』
『使徒を押さえ込むつもり！？』
赤木博士の声が聞こえたが、私はそれにかまわずさらに強くイメージした。
零号機の背中から出ていたものが、一気に零号機の中に吸い込まれていく。使徒本体のほうも、引っ張られるようにして零号機へと侵食していった。
使徒が離れた初号機は、力なくうなだれる。
零号機のコアが膨らみ、中からピンク色のものがあふれ出てくる。
それは、瞬く間に零号機の半分以上の大きさまで膨れ上がる。
『フィールド限界、これ以上はコアが維持できません！』
『レイ！機体は捨てて逃げて！』
葛城三佐から、指示が入る。しかし、私はその命令を実行しなかった。
零号機のエントリープラグの内部は、画面が粗くなっていた。シンクロに、異常が発生したのだろうか。
私はシートに四つんばいになって、後ろの球を回転させ、レバーを出す。
「だめ・・・！私がいなくなったら、A.T.フィールドが消えてしまう・・・！だから、だめ・・・！」
そういうと、私はレバーを引いた。
シートの後ろの円盤が、回転を始める。
『レイ、死ぬ気・・・！？』
通信から、葛城三佐のその声が聞こえた。
そう、私は死ぬの。でも、私は悲しくない。・・・碇くんの、ためなら。
碇くんを守って死ねるのなら、これほど、嬉しいことはないから。
零号機の腹部にあった、ピンク色のものがへこんで、潰れていく。
『コアがつぶれます！臨界突破！』
『！！死んじゃだめだ！綾波！』
碇くん・・・。私、うれしかった・・・。
・・・あなたと、会えて。そして、最期にあなたの役に立つことができて。
私が振り向くと、一見優しい顔で、司令が私を見つめていた。
それを見て、私は涙を流す。
この体が滅びても、「私」はまた生まれ変わり、この人に利用される。
記憶を失い、愛しい人に思いを告げられぬまま。
その涙は、悲しみのナミダだった。
しかし、そのイメージはすぐに飛散し、最後に私が見たものは―――
「綾波―――――！」
そこで、レイの意識は一旦途絶える。
何かを追い求めるかのように立ち上がる零号機。
次に、光がそこに収束し―――
爆発。
第三新東京市と共に光と熱となり、彼女は消えた。
最期に彼女が流した涙が、何から来たものであったか。
それは、誰もうかがい知ることはできない。
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