REI III
ワタシハ
私は目覚めた
目覚めてすぐ私は何かに引き上げられた
私は目を開けなかった
その後また何かに入れられた
そこは私がもといた場所とよく似ていた
・・・其処で私は目を開けた
はじめに見たのは・・・
赤
紅
朱
緋
あか
アカ
そしてその向こうの・・・
・・・ヒト
そこまでを見たとき何かが入ってきた
あたまのなかに そそぎこまれるようなかんかく
流れ込んでくる色褪せた記録の数々
これは「二人目の」私の記憶・・・
そして私は 全てを知った
私が目覚めた―――つまりそれは、前の私の体が滅びたということ
そう、私は三人目
そうなることを、定められた命
そして、目の前にいる人が誰なのかということも
碇司令・・・わたしとの絆を持つ人が、私を見ていた
否
二人目の私との絆を持っていた人が
「レイ、調子はどうだ。」
「問題ありません。」
「そうか。」
いつもの、わたしと碇司令との会話
いえ、私にとっては「初めての」
この記憶は二人目のもの
だから、私には関係ない
私は、三人目なのだから
その後LCLからあげられ、病院で包帯を巻かれ服を着せられた
病院の服
何度か着たことがある
でも、初めて着る服
この記憶も二人目のもの
私には、関係ない
私は、彼女とは違うのだから
そして、病室に連れて行かれた。
「安静に」とは言われたが、怪我もないし、出てはいけないとも言われなかったので、部屋の外へ出て窓の外を眺めていた。
意味はない。ただ寝ていることも億劫で、何とは無しにそうしていた。
「綾波!!」
不意に、呼ばれた。そのほうへ、目を向ける。
私のほうへ走りよってくる人影。
この人のこと、知っている。
・・・サードチルドレン・碇シンジ
彼の姿を見たとき、安堵した。
・・・なぜ?
彼に呼ばれたその瞬間、確かに私は安らいだ気持ちになった。
・・・なぜ?
・・・分からない・・・。
いつの間にか、制服に着替えさせられていた。・・・看護師がやったのだろう。
私は休憩所のベンチに腰掛けている。退院許可が出たからだ。
彼は少し私と間を置いて、壁に寄りかかっている。
彼が、口を開いた。
「よかった・・・。綾波が無事で・・・。・・・あの・・・父さんは来てないんだ・・・。」
無事・・・?
それもそうか。
今の私がいるということは、前の私が死んだということ。
・・・普通のヒトには代わりがいないから、同じ姿の今の私が出てくれば、生きていたと思い込むものだろう。
確かに二人目の記憶によれば、彼は碇司令―――彼の父親のことを気にかけていた。
それに、前の私は司令に固執していた。
・・・よって彼がここで司令のことを聞いても、なんら不自然はない。
そう考えた私は、彼の言葉に反応しなかった。
「・・・ありがとう・・・。助けてくれて・・・。」
助けた?
・・・そのことは、私は知らない。
なので、彼に尋ねた。
「何が?」
「何がって・・・。零号機を捨ててまで助けてくれたんじゃないか、綾波が・・・。」
「そう、あなたを助けたの。」
彼の言葉を聞き大体は理解できたので、私はそういった。
前の私が最後に記憶のバックアップを取ってから死ぬまでの記憶は私にないので、そのことを私が知らないのも無理はなかった。
「うん・・・。覚えてないの?」
彼が、そう言った。その表現に不適切なところを見つけた私は、彼の言葉を訂正する。
「いえ・・・知らないの。たぶん、私は三人目だと思うから。」
その言葉を伝えたとき、彼はなぜか当惑した表情をつくった。
・・・無理もない。
代わりのいない普通のヒトには、理解できないのだろう。
ただ、彼の驚いた表情を見たとき、私の心のどこかがチクリと痛んだ。
・・・「初めて」会った人に、なぜそのような感情を抱いたのだろう。
・・・分からない。
私は立ち去ろうとしたが、「さよなら」とは言わなかった。
なぜか、言ってはいけない気がしたから。
私は結局彼に何も言わずに、私の家へと行った。
部屋に入って鏡の前に立ち、包帯を外していく。
「家に帰ってからはずせ」と、そう命令されたから。
「命令」―――それは私の行動を縛り、そして指針を与えるもの。
私はそれに身を委ねればいい。
けれど二人目の私はサードチルドレンが―――二人目の私は「碇君」と呼んでいた―――危険にさらされたとき、命令違反を犯そうとした。
・・・なぜ?
命令に従っていれば、何の問題もないのに。・・・分からない。
私の体を覆っていた包帯が、全て取り除かれる。
青い髪、赤い目、この白い肌など、それら全ては、「綾波レイ」を構成するもの。
それら全ては、「綾波レイ」という存在を表す記号。
「綾波レイ」の、一部。
同じ記号を持つけれど、私は彼女とは違う。
私が持つ彼女の記憶は、ただのデータだから。
私は、彼女とは違う。
ベッドの脇においてあるチェストに、ぼんやりと視線を合わせる。
その上には、見知らぬ眼鏡がおいてあった。
いえ、二人目の私にとっては、これが大切なものだった。
・・・碇司令との、絆。
司令がわたしを助けてくれた、そのしるし。
私はそれを冷ややかに見下す。
今の私と、前の私とは違うのだから。
それを手に取る。
握った手に力を込める。
ほら、心が痛まない。
前の私が大切にしていても、私には何の関係もない物。
だから、心は痛まない。
眼鏡が軋んで、いやな音を立てる。
不意に私は、頬を伝う冷たいものに気がついた。
涙?
知識としてそれは知っていた。
悲しいときに、流すもの。
けれど、私がそれを流すとは思っていなかった。
感情なんて、私には必要ないものだったから。
でも、涙は止まらない。
妙な既視感があった。
「これが涙・・・。初めて見たはずなのに、初めてじゃないような気がする・・・。
私、泣いてるの・・・。なぜ、泣いてるの・・・?」
私は二人目とは、違うはずなのに。
こんなもの、私には何のかかわりもないはずなのに。
結局、眼鏡を壊すことはできなかった。
ベッドにうつぶせて考える。
二人目の私が、よくそうしていたように。
はじめは司令のことを考えていた。
私のオリジナルとなったヒトの、配偶者。
司令は私を必要としている。
・・・彼の計画のためには、リリスの欠片である私が必要だから。
・・・その目は私を見ているようで、私を見てはいない。
私を透して、もっと違うものを見ている。
・・・きっとそれは、私のオリジナル。
・・・碇、ユイ。
いったん制服のスカートを脱いで眠る姿になり、ベッドに横向きに寝転がる。
私は、サードチルドレンのことを考えた。
・・・碇、シンジ。
司令の息子・・・遺伝子的な、親子。
「碇君」それは、私が彼を呼ぶときに使っていた言葉。
「碇君」
声に出して、呼んでみる。
心の奥で、何かが動いた気がする。
「碇君」
碇君はわたしと接触をしようとしてきた。
おそらくは司令以外で初めて。
なぜ?
それは私がファーストチルドレンだから。
同じチルドレンとして。
・・・本当に・・・?
「碇くん・・・」
碇くんは、初めて「私」を見てくれた。
その奥にいる誰かではなく、「私」を。
「いかりくん・・・」
心が、満たされるような気がした。
「いかりくん・・・」
もう一度呼んでみる。
・・・瞬間は、暖かい。
けれどすぐに冷たさが襲ってくる。
心の奥の空洞は、それだけでは埋め切れなかった。
私は、両手で体を掻き抱く。
「いかりくん・・・さびしいの・・・」
答えは、ない。
・・・そばにいて、ほしい・・・。
これが「さびしい」という感情・・・?
私はその夜、初めて一人でいることを「辛い」と感じた。
それはきっと、「恋しさ」というもの。
なぜ、私は彼を求めたのだろう。
私は彼女ではない、はずなのに。
翌日、シンクロテストがあった。
私にとっては初めてのテスト。
不安はなかった。
「二人目」の記憶で、どのような感覚か知っていたから。
ごく短い時間でテストは終了した。
制服に着替えてドアを開け、更衣室を出る。
自動ドアの開く音が二つ重なる。
隣を、見る。
碇くんがこっちを見ていた。
けれどすぐに顔を背け、走り去って行ってしまった。
呼び止めようと思った。
でも、出来なかった。
そのときの碇くんの顔は、何かにおびえているようだった。
それを見て、私は直感的に理解した。
碇くんが、私の秘密を知ったことを。
彼に、私がヒトではないことが知られた。
・・・それはただ、それだけのはずなのに。
彼は私とは、何のかかわりもないはずなのに。
私の心は、痛かった。
・・・悲しかった。
・・・彼は私とは何のかかわりもない、そのはずなのに。
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