テレビ。 雑誌。 身近なともだち。 なんの知識もないわたしは それでも必死に女の子らしくなるために情報をあつめる そうすればもっと あなたはわたしのことをみてくれると思うから そうすればもっと あなたは優しく微笑んでくれると、思うから。 What Do You Like ...?written by くろねこ
あたたかい日差しが心地よい、そんな日曜日の午後2時。 ソファーで紅茶を飲む碇くんに、わたしは声をかけてみた。 「碇くん。」 「なに?綾波。」 カップをそっと傍らに置き、こちらに視線を向ける彼。 その黒曜石のような瞳に見つめられるだけで、鼓動がとくんと大きくなるわたしは、きっとどこかおかしいのかもしれない。 「碇くんは長い髪のほうが、好き・・・?」 少し伸びてきた髪を、ちょっと指先でいじりながら。 長くて黒い髪が、うらやましいと思うし、碇くんもそういうのがタイプなんだと思う。 アスカみたいな綺麗な金髪もとても魅力的だけれど、きっとわたしには似合わない。 「ぼくは・・・」 びっくりしたような顔から、優しい顔に表情を緩めながら。 ゆっくりとわたしに近づいてきた。 「僕は綾波の髪が好きだな。」 そう言って彼は、わたしの髪に手を伸ばす。プラチナブルーの髪が、碇くんの細長い指の間を流れる。 綺麗な色だね、と。 照れながら話す彼に赤くなった顔を見られないよう、わたしは自分の黒い靴下に視線を落とした。 (それじゃ、答えになってない・・・) 結局彼の好みの髪型は分からなかったけれど。 わたしは髪をなでる指の動きの心地よさに、ゆっくりと目を閉じた。 ********** 茜色に染まり始める、水曜日の午後5時半。学校が終わって、そのまま晩ご飯のお買いもの。 帰る途中に、ちょっとだけ・・・前から気になっていた香水屋さんに、勇気を出して入ってみた。 可愛らしい容器が並ぶ、すてきなお店だった。 (・・・・) たくさんの匂いに鼻がきかなくなってしまい、その日はサンプルだけもらって家に帰った。 それに、彼の好みに合わせたかったから。 次の日、少しだけ家に寄ってもらい、三種類のサンプルを差し出した。 「な、なに?これ・・・」 不審な目で、匂いのもとを見つめる彼に事情を簡単に話す。好みに合わせたいから、というのは内緒。 「どのにおいが、好き・・・?」 香水に鼻を近づけていた彼に、おそるおそる聞いてみる。あんまり好きなのはなかったのだろうか。 「ん〜・・・」 困ったように、笑う。しゅん、と心がしぼんでいく。やっぱり、この中に好みの香りはないようだ。 「僕、男だし・・・あんまりこういうの詳しくないから、よくわからないや。ごめんね・・・」 アスカにでも聞いてみるといいよ、と。わたしの期待とは違う答えが返ってきた。 (碇くんじゃないと、だめなのに・・・) 「でも・・・」 ふわり。背中に回される腕。 頬にあたる、制服の白いシャツの感触。 鼻孔をくすぐる、碇くんのにおい・・・ 気がつけば、碇くんの腕の中にいた。首筋に感じる彼の吐息に、思わず身震い。 「い、いかりく・・・」 「でも僕は、綾波のにおいが好きだから。あんまり、香水とかつけて欲しくないな。」 「えっ・・・」 恥ずかしい。耳まで一気に熱くなる。なんて言葉を言うのだろう。普段の彼からは考えられない。 「・・・・・・・」 こころがぽかぽかを通り越して・・・・ 熱暴走をし始める。 うるさい心臓の音を彼に聞かれてしまわないように、もぞもぞと身をよじる。 しかしそれは失敗に終わり、揚句さらに強く抱きしめられた。 彼がどんな顔をしてるのか気になり、目線だけちらりと上げてみる。けれどわたしの髪に顔を埋めていて、彼の表情は分からなかった。 だんだんと、落ち着きを取り戻す。 息を吸ってみる。彼のにおいと一緒に、胸いっぱいに満たさせる安心感。 (わたしも、碇くんのにおいが好き・・・) (やっぱり香水は、買わなくていいや・・・) ********** 灰色の雲から、雨がパラパラと降る金曜日。小腹の空きはじめる、午後3時。 目の前に並ぶちいさな化粧道具。 ――――――ちょっとはオシャレに気を遣いなさいよ!!女の子でしょ、アンタは!! アスカの強い押しで・・・勢いで買ってしまった物。こんなもの、わたしが使うなんて夢にも思っていなかった。 雑誌で好みの色を見つけ、そのままアスカに引っ張られてデパートまで連れて行かれた。品切れ、と言われて文句を言い続ける彼女の顔は今でも忘れない。目当ての品はなかったけれど、似たような色を選んで買ってきた。 淡い桜色のルージュ。 合わせてアイシャドウまで買わされ・・・使い方をさっきまで葛城三佐に教えてもらっていた。 ――――――あら、レイも女の子ねぇ。これでシンちゃんもメロメロよん♪ おまけでもらったポーチに道具をしまいながら、さっきの会話を思い出す。 (・・・メロメロ・・・) 言葉の意味はよくわからないけれど、きっと碇くんは喜んでくれるのだろう。少しだけ、口元が緩んだ。 (明日は晴れるといいな。) すっきりと晴れ渡る、蒼い空。心が弾む、土曜日。 今日は碇くんとデートの日。 この日のために、いろいろ頑張ってきた。 伊吹さんに買っていただいた、白いワンピース。 赤木博士に頂いた、赤いパンプス。 アスカにメイクを手伝ってもらいながら、今日の計画をレクチャーしてもらったけど・・・ 緊張して、結局頭には入らなかった。 葛城三佐から、なんだかもの凄い下着を頂いたけれど・・・それはそっと、タンスに仕舞ってある。 「いってきます。」 だれもいない、古びた自分の部屋にひとことあいさつをして。 わたしは世界を照らす眩しい太陽に、目を細めた。 どきどき。 待ち合わせの、公園の時計台の下。 どきどき。 碇くんはまだ来ない。 (・・・・) 大丈夫。だいじょうぶ。みんなが、ついてる。 手鏡でもう一度、自分の顔をチェックする。淡い桜色のルージュが、唇を彩っている。紅い瞳は微かに笑っていた。 「綾波!」 碇くんの声。はっ、と後ろを振り向く。 どきどき。 急激に騒ぎ出す、わたしの心臓。落ち着いて。落ち着いて。 走って駆け寄って来た彼にちゃんと目を合わせられない。 (これじゃ、だめ・・・) 勇気を出して、顔を上げる。予想以上に距離が近くて、わたしは一歩下がってしまった。 「ごめんね、待たせ・・・」 「・・・・?」 言葉が止まってしまった彼。どうしたのだろう。わたし、どこか変なのかしら。 心配になってくる。なんだかこの場で泣いてしまいそうになった。 「碇くん・・・?わたし、どこか変・・・?」 はっ、と。我に返ったように瞬きをする彼。うっすら頬が赤いのは、気のせいなのだろうか。 「ご、ごめんっ、あ、あやなみが、あんまり可愛いから・・・」 「え・・・」 嬉しかった。ほんとうに。目じりが熱くなるのをなんとか堪える。 「あ、ありがとう。」 「う、ううん。こっちこそ、今日は付き合ってくれてありがとう。」 「うん・・・。じゃあ、行きましょ・・・」 ゆっくりと歩き出す。2,3歩歩いたところで、ふと右手にやわらかい感触。 「あ・・・」 「きょ、今日は新しくできたモールに行ってみようよ。」 やんわりと握られた右手。 「うん・・・」 わたしはそっと、でもしっかりと、左手で握り返した。 ********** 「今日は、ありがとう。」 わたしの家の前。古びたアパート。あたりはもう、藍色に染まり始めた、午後7時。 「こちらこそ、ありがとう・・・」 今日のことを思い出しながら、感謝の気持ちを言葉に表す。とても大切なこと。 近くの街灯が数回点滅して、暗くなりかけた道に明かりがともる。 そっと、繋がれていた手を放す。彼の体温が、ちょっと名残惜しい。 「綾波・・・」 「・・・?」 頬にそっと、手を添えられる。 「すきだよ。」 「いかり、くん・・・」 ―――――すきだよ。 頭のなかで、ぼんやりとこだまする、碇くんの言葉。 ずっとずっと、欲しかったコトバ。 ゆっくりと近づく彼の顔。 わたしは静かに目を閉じた。 「・・・・じ、じゃあ、僕、帰るね。あんまり遅いとミサトさんに怒られちゃう。」 「うん・・・」 ほわほわと・・・宙に浮くような感じ。さっきの出来事はまるで夢のようだった。 「あ、綾波。また今度、ふたりで出かけようね。」 「うん・・・また・・・」 「それじゃ・・・」 また今度。しっかりとその言葉を心にしまって。 わたしは離れる碇くんに小さく微笑んだ。 (・・・) (・・・・?) (・・・・・あ。) 「い、いかりくん!!」 歩き始めた彼が、わたしの呼びかけでもう一度振り返る。きょとんとした、顔。 「なに?綾波。」 「・・・唇、拭いておいて・・・」 「え・・・?・・・・あ。」 |