僕はたまに、

あの頃の君の、

夢をみる。




守って、守られて。

written by くろねこ   




気づけば、目の前に彼女がいた。

揺れる蒼銀の髪が綺麗で。
身体のラインが、細くて、儚げ。

――――――碇くん。


僕の名前を呼ぶ唇は、淡い桜色で。
柔らかそうで、たまに触れたいと思ってしまう。


――――――碇くん……


紅い瞳。
実は、睫毛が長いんだ。
見つめられると、逸らすことができなくなってしまう。不思議な、紅。
僕を虜にした、紅。


『綾波……』


名前をそっと、呼んでみる。少しだけ、笑みを含ませて。
彼女は優しく、微笑み返してくれた。嬉しかった。

僕は手を伸ばす。目の前の綾波に。
でも、届かない。虚しく空気を掴むだけ。

そしたら彼女は決まって、困ったように笑うんだ。


――――――碇くん……


一滴の涙を見た。彼女の白い頬を伝う雫。
紅い瞳からこぼれるそれは、ひどく澄んでいて。
僕は胸が苦しくなる。


『綾波』


静寂に響く、僕の声。彼女の涙は止まらない。
けれど、絶対に笑顔を崩さない。ほんとは辛い、はずなのに。

泣かないで……
僕が助けてあげるよ。
おいで、綾波……


僕は必死に手を伸ばす。届かない。目の前にいるのに。


――――――碇くん……いかりくん……


鈴のような彼女の声が、僕を呼ぶ。

なんで。なんで。なんで、なんで、なんで。

なんで触れないんだよ……!


『綾波ぃ!!』






「はっ………」


目を開く。天井が視界に広がる。
ぼんやりと薄暗い部屋。まだ、夜明け前だった。


「…………」


また……あの夢……か。

はぁ、と肺に詰まった空気を吐き出す。
心臓は、まだ少し早鐘を打っていた。目尻が、微かに熱い。
冷たいシーツの感触が、心地良かった。


「……ん……」


ふと、横から聞こえた微かな声。
視線を天井から右に移す。

蒼い髪と白い肌が闇によく映える。もぞもぞと、捲れた毛布をつかもうと彷徨う綾波の手。
そっと毛布を引っ張り上げ、彼女にかけ直す。
満足したような顔を見て、僕も自然と笑みが零れてしまう。


(綾波……)


泣いていた綾波。
僕を呼んでいた、求めていた、綾波。
たまに、本当にたまに、こんな夢を見る。


(やっぱり、まだ……悔しいの……かな。)


5年前。まだ僕が、僕らがエヴァに乗って闘っていたあの頃。
忘れもしない、あの戦い。
二人目の綾波が自爆した、あの戦い。

―――――――いかりくん……

僕を求める彼女の声が頭に響いて。
使徒なのか、彼女なのか。だんだんわけが分からなくなって。
気づけば、あたりが急激な光と激しい爆風に包まれていた。


(あの時、僕はなにもできなかった。)
(いつも、綾波に守られてばかりで。)
(なにも、できなかった……)


「どうしたの……?」

「……えっ……?」


いつの間に起きたのだろうか。
こちらを心配そうに見つめる、紅い瞳と目が合った。


「あ、ごめん……」

「こわい夢、見たの……?」

「うん……ちょっと……」

「そう……」


一度、目を伏せて。そしてゆっくりと起き上がる彼女。ワイシャツ(これは僕のだ)一枚羽織っただけの姿で、白い肌が透けて見える。とてもとても、綺麗だと思った。そして同時に、切ないほど儚いと、思った。
ぼくはぼんやりと見つめる。
彼女がそっと僕に近づく。


「碇くん。」


小さな声で名前を呼ばれる。夢の中の綾波と同じように。
そしてそのまま、身をゆだねるように、彼女は僕の胸に抱き着いた。
柔らかなぬくもりが、温かな体温が、心を落ち着かせてくれる。不思議だ。


「綾波……」


僕も、そっと彼女の背中に手を伸ばそうとして……一瞬、身がすくんだ。


もし、触れることができなかったら。
夢の中のように、手が届かなかったら。
そう思うと、無性に怖かった。


「……?」


綾波が、不思議そうに僕を見上げる。
ぎゅってして、くれないの……?
そう言っているようで。そのいつも通りの瞳の色に、僕の不安が少しずつ溶けていくのがわかる。


「あ、ごめんね……」


一言、なんとなく謝って。
優しく彼女の背中に両腕をもっていく。


(触れる……)


当たり前の事なのに。
なぜか無性に嬉しくて、思わず腕に力を込める。
離さない、というかのように。


「ん……」


小さなうめき声が届いて、力を入れ過ぎたことに気づく。
慌てて力を緩めた。


「ご、ごめん! 痛かった?」

「……いい……」

「え……?」

「もっとぎゅって、抱きしめていいから……」


彼女は普段は恥ずかしがって、こんなことは言わない。
まるで、僕の心を読んでいるかのように、甘える、甘えてくれる、彼女。


「綾波……」


そして僕は、苦しくないよう気を付けながら、強く彼女を抱きしめた。
僕はやっぱり、綾波に守られている。


「碇くん……」

「なに……?」

「私、碇くんに会えてよかった。」

「え……?」

「碇くんに、出会えてよかった。」

「……でも……」


でも僕は。君を守ることができなかったんだ。
守ってもらってたくせに。


「覚えてる……?」

「何……を……?」

「私たちが、初めて会ったときのこと……」

「え……? うん……もちろん……」

唐突な言葉に、頭がついていかなかったけど。
5年前の、僕らが出会った場所の事を、そのときの光景を、思い出してみる。

包帯だらけの、彼女をみた。
にじみ出る血が、僕の手を染めて。
ほとんど無意識のうちに、エヴァに乗ることを決断していた自分に驚いた。



「あのとき……」

「うん……」

「碇くんが、私を守ってくれたのよ……」

「……そう、かな……」

「そうよ。あの時碇くんがエヴァに乗ってくれなかったら、私死んでたわ……」

「…………」

「守ってくれて、ありがとう……」


今更だけど、と彼女が笑って。
ぼくはどうしようもなく愛しい気持ちになって。
涙が、零れた。


「?……いかりく……」


柔らかな唇を塞ぐ。
相変わらず、触れられることがたまらなく嬉しかった。
くしゃっ、と蒼い髪を撫でながら。
僕は、幸福に酔いしれた。



『守れない、なんて思わないで。』
『だめな人間だなんて、思わないで。』
『碇くんは、優しくて強いのよ。』


綾波の声が、聞こえた気がした。
こどもを優しくあやすように。静かに子守唄を唄うように。


「綾波……」

「あ………」

喉元に唇を這わせれば。
綾波の体が微かに震えた。
そのまま……


「やだっ、碇くん……!」

「あだっ……!!」

ぺしり、と頭を叩かれた。
耳まで真っ赤に染める綾波を見て、ごめんごめん、と軽く謝る。いつも通りの照れ隠し、なんだろうけれど。叩かなくたっていいじゃないか。


「いつも碇くんは、そんなことを考えているのね。」

「ち、ちがうよ!!」


……どこにも行ってしまわないように僕の印をつけたかった、というのは黙っておこう。


慌てる風な僕をみてクスクスと笑う彼女が、目の前にいる。
夢じゃない。現実に。僕の手が届く、現実に。
僕も、薄く微笑む。
そして、これからも彼女を守っていこうと、もう一度心に誓った。


「もう、悲しくない……?」

笑顔のなかに、心配そうな雰囲気を混ぜたような綾波の顔に。

「うん。ありがとう。」

心配しないで、と。彼女が好きだと言ってくれる笑顔を向ける。


守って、守られて。

男としては情けないことだとおもうけれど。
こんな関係が僕らには一番いいのかもしれない。



もう一度、僕はしっかりと綾波を抱きしめた。







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(あとがき)

二度目の投稿をさせていただきました。
今回はシリアス路線。設定年齢は19歳ぐらい。

エヴァの世界観、というかキャラ付けにおいて、シンジくんは決して強い心の
持ち主ではない。でも、弱いわけでもない。ただ、繊細なだけ。

レイを支えてほしい気持ちもありますが、この作品ではレイに支えてもらってます。

なんというか、お互いで弱い面を支えてほしかったんです。

自己満足で書いてしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。



くろねこ





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