碇くんの家で見つけた物。

これは…何? 






What's …this? (これは…何?)

Written by なお。






碇くんの家には、わたしの知らない物が沢山ある。

その度にわたしは、それが何なのか知りたくて訊ねてしまう。

以前のわたしなら、知っても意味が無い事だと気にも止めなかったと思う物。

だけど今は、そんな身の周りにある物にとても興味を引かれてしまう。


何にでも興味を持って訊ねてしまうわたしに、葛城三佐は『まるでドチテ坊やね』と言っていた。

わたしには『ドチテ坊や』が何の事なのかサッパリ分からなかったけれど、何故かその事に付いては知ろうと思わなかった。

坊や…幼い男の子を年上の人が呼び掛ける時に使う呼称。

わたしは坊やでは無いから葛城三佐の例えは間違ってるもの。


三佐がおかしな事を言っていたので赤木博士に不満をぶつけていたら、

博士は、「他人との接触がアナタの心を成長させているのよ、こうやって文句を言いに来るのもその証拠ね」と言った。

その後に笑いながら「たぶん今は小学校の低学年あたりかしら?」と付け加えて。

わたしは少しムッとしたけど、それが感情と言う物だと気が付くと直ぐに冷静になれた。

「あら? からかったんだから怒っても良いのよ」

博士は苦笑しているように見えた、わたしが怒る事を期待していたのだろうか?

「そこで怒らないとすると高学年に訂正が必要かしら?」

どうやら興奮していたのは見透かされていたらしく、少しだけ恥ずかしかった。

「シンジ君に感謝しないとね」

「…ハイ」

「あら、素直ね」

「…もう、からかわないで下さい」

「ウフフッ…」


近頃の赤木博士は皮肉屋で理屈っぽい所は昔のままだけど、冷たい感じがしなくなってとても暖かい。

以前は気が付かなかったけど、碇くんとは違う別の暖かさだと思う。

きっと博士はわたしにとって、お母さんみたいな存在なのね。

何故かは分からないけど、多分そうだと思う。

そう言えば昔、碇くんがわたしの事をお母さんみたいだと言っていたわ。

今わたしが博士に対して感じている気持ちは、あの時の碇くんと同じ気持ちなのかもしれない。

そうなると、わたしが碇くんの事を暖かく感じるのは「…どうして?」





[昼、葛城家DK]

ダイニングテーブルの上に置かれていたそれは、両端が丸くなった棒のような物で、一方が反対側より細くなっている。

わたしは、それが何なのか想像も付かず頭を悩ませていた。

以前に碇くんが作ってくれた、お蕎麦を作る時に使っていた道具と似ているけど、同じように使うには合理的な形では無いと思う。

手に取って観察してみると、材質は木材で出来ていて仕掛けがあるようでも無く原始的な物。

それに木の手触りが良く、手に馴染む感じ。

多分道具である事には間違いなさそうね…

でも、これが何なのか「…分からない」


「ん? どうしたの?」

お洗濯をしていた碇くんが、わたしの独り言に気付き話し掛けてきた。

独り言をするつもりは無かったのに、何時の間に言葉にしていたのかしら?

きっと無意識に碇くんの興味を引きたかったのかもしれない…

「これは…何?」

わたしは手に持っていた物を見せて訊ねた。

「ああ、これは擂り粉木って言うんだよ」

碇くんは毎度、事ある度に訊ねるわたしに対し嫌な顔もせず答えてくれた。

「…すりこぎ? 道具なの?」

「うん、あとで胡麻を擂るから出しておいたんだ」

「ゴマを…スルの?」

「うん、そうだよ」

「そう…分かったわ、この形状から想像すると指圧の道具ね…」

「ハア?」

「あなた、マッサージをして葛城三佐の御機嫌を取るのでしょ?」

わたしは碇くんが葛城三佐にゴマをスル様子を思い浮かべ、それが何となく嫌な感じがしてきつい口調になっていた。

「えっ、マッサージ? ミサトさんの御機嫌って? ウ〜ン………………! プッ、アッハハハ」

碇くんは、しばらく考えだしたと思ったら突然大声で笑い出した。

「…何がそんなにおかしいの?」

わたしには訳が分からなかった、何故こんなに大笑いされなければならないの?

「プッ、ウハッ、ハァ、……フゥ」

深呼吸までしているわ、そんなに笑わなくても良いのに。

「ゴメンゴメン、ハァッ、胡麻を摺るって言ったのは、クスッ、文字通り胡麻を摺り潰すんだよ」

ようやく笑い止んだ碇くんは、胡麻を摺る、の意味を教えてくれた。

わたしが勘違いして早とちりしていたようね、笑われた理由がようやく分かったわ。

…すごく恥ずかしい、顔が火照って来る、多分わたしの顔は耳まで真っ赤になっているだろう。

余りにも恥ずかしかったから、ついつい言い訳をしてしまう。

「だけど碇くんの説明も悪かったと思う、始めから胡麻を摺り潰すって言ってくれれば良かったのに……」

「ゴメン、そうだね、紛らわしかったかな? 擂り粉木を知らない人に胡麻を摺るなんて言ったら間違えちゃうよね」

「分かってくれれば良いわ…」本当に恥ずかしかったもの。

「誰にも言わないで…」

「クスッ、分かったよ」

その一言は碇くんに先程のやり取りを思い出させてしまったらしく藪蛇だったみたい、碇くんなら口止めしなくても黙っててくれるのに。


でも、どうやってこれを使うのかしら?

こんな棒で細かい胡麻を上手く摺り潰せるのかしら? とても興味があるわ。

「…やってみたい」

「じゃあ、ちょっと待ってて、もうすぐ洗濯物を干し終わるからさ」

そう言い残して、碇くんはベランダへ出ていった。


胡麻を擂り潰す?

擂り潰して何に使うのだろう、食べ物に使うのだとは思うけど、

さっき買い物に行った時には、今日のお昼は冷やし中華にするって言ってたわ?

胡麻和えならわたしにも理由が分かるのに…


そのまま考え込んでいると、洗濯物を干し終えた碇くんがキッチンに戻ってきた。

「じゃあ早速始めようか」

そう言って碇くんが取り出したのは胡麻と、どんぶりのような器。

その器を観察してみると、何やら模様のような溝があるのに気が付いた。

何だか第12使徒の模様に似ているわ。

「これは…何?」

わたしはまた訊ねてしまった。

困らせるつもりは無かったけど、これが何なのか知りたかったから…

様子を伺うと、碇くんはクスクスと笑っていたので困ってはいないようね。

もしかしたら思い出し笑いをしているのかしら?

「これは擂り鉢って言って、擂り粉木とセットで使う道具なんだ。」

なるほど、使い方は乳棒と乳鉢と同じなのね。

それなら擂り粉木だけでは分からなかったのも仕方が無いわ。

それに擂り鉢は摩擦が大きそうで合理的な感じ、これなら道具として理に適っているわ。


「じゃあ、やってみなよ」

碇くんは胡麻を入れた擂り鉢を、擂り粉木と一緒に手渡してくれた。

「…エ、ええ…」

わたし緊張しているのね、声が裏返ってしまったわ。

まずは試しで擂り粉木を廻してみるけどこれで上手くいくかしら?

『コリコリ』『コリコリコリ』

だめ、全然潰れて無いみたい。

困ってしまい助けを求めようとすると、わたしを包み込むように碇くんが後ろに立っていた。

背中に伝わって来る温もりが…心地良い。

「良いかい、こうするんだよ」

碇くんはそのまま、私の手に自分の手を重ねて擂り粉木を廻し始めた。

「こうやって力強くギュッギュッと押し付けるようにね」

わたしがやっていた時とは違い、見る見るうちに胡麻が擂り潰されて行く。


「じゃあ、こんな感じでやってみて」

背中から碇くんの温もりが消えた途端、私の中で風が吹き抜ける感じがした。

単に温度が下がっただけでは無い寒さ。

胸を圧迫されたような痛みとは違う苦しさ…この感じはいったい?

「これは…何?」

「えっ、どうか…したの? …綾波?」

そう呟き擂り粉木を止めたわたしに、碇くんは心配そうな顔をしながら訊ねて来た。

わたしの事を心配しているの? 

でも、何で分かったの?

そんなに苦しそうな表情をしていたのかしら?

さっきは確かに苦しかったけど、碇くんの言葉が暖かかったから、わたしの中の寒さと苦しさはすでに消えてしまっていた。

本当に碇くんは優しくて暖かい。

でも、言葉には温度が無いのに…どうして暖かいの?

それと、直接触れ合ってもいないのに碇くんや赤木博士を暖かく感じるのはどうして?

…どうして?

「…いえ、何でも無いわ」

何故かしら、つい誤魔化してしまった。

別に誤魔化す必要も無いのに、言ってはいけないような事だと思ったの。

…どうして?



胡麻を摺り終えた後、わたしはテーブルに着いて、料理を進める碇くんの姿を見つめていた。

2人きりの静かな空間に『トントントントン』と包丁を振るうリズムだけが軽やかに響いている。

その中で、テキパキと危な気なく動く碇くんの背中がちょっとだけ大きく見えた。

その背中を見ていると、何だか安心出来て落ち着く感じがする。

碇くんはわたしの事を『おかあさんって感じがする』って言っていたけど、

わたしから見て碇くんの背中が大きく見えたこの感じは…

「…おとう…さん?」

「えっ、何か言った?」

「…何でも無いわ」

どうやらまた声に出してしまったみたい、どうしたのかしら?

それに、また誤魔化してしまったわ。

嘘を付くつもりは無いのに…ゴメンナサイ。



お昼の料理でわたしが手伝ったのは胡麻を摺り潰しただけだったけど、それだけでもとても楽しかった。

わたしが擂り潰した胡麻は、胡麻ダレになって冷し中華に掛けられた。

摺り胡麻に碇くんが少し手を加えただけで全く違った物になるなんて、とても不思議。

それに普段食べている物よりとても美味しかった。

そして、冷たいのに暖かくて…

どうして冷たいはずの食事を暖かく感じたのかしら?

この気持ちは…何?

心地良い…の?

この気持ちを確かめるには、また碇くんと一緒にお料理をしなければ。

いえ…言い訳しなくても良いの、多分これは…わたしの心が望んでいる事だから。

固形食と栄養剤を食べていた頃のわたしに碇くんは言っていたわ『こんな物は食事じゃ無い』って。

最近その意味が分かるような気がする…

碇くんが作る料理はとても美味しいけど、一緒に作った料理はもっと美味しくて心が暖かくなったわ。

…これが料理なのね。

教わらなくても分かった事…

お料理…それは、とても素敵な事。

今度お料理を教わってみよう。



[その夜、レイの部屋]

今日は分からない事が沢山あった。

分からない事は、だいたい聞けば教えて貰えるけど、

分からない気持ちだけは、わたし自身で理解出来るようにならなければならない事だと思う。

赤木博士に聞けば教えてくれるかもしれないけど、聞きたく無いような気もする。

でも…、分からない気持ちはどうすれば分かるようになるの?

博士が言っていたように、他人との接触がわたしの心を成長させるのだとすれば、

今日、碇くんとお料理をした事もそれに当てはまるのかもしれない。

きっと、心が暖かくなるのは私の心が成長している証なのね。

わたしはもっと沢山の人と触れ合い、色々な事の経験を積まなければならないのね。

そうやって心が成長していけば、きっと、分からない事も分かるようになると思う。

「碇くん…」

そう呟くと心が暖かくなる。

そう…、言葉には温度が無くても暖かさを持っているのね。

その言葉に込められた気持ちが暖かいのね。

わたしが思う気持ちや、他人がわたしの事を思ってくれる気持ちが暖かいのね。

だから気持ちが込められた料理も暖かかったのね。

ありがとう、碇くん…

おやすみなさい、碇くん…





[後日、葛城家リビング]

「これは…何?」

わたしは手に持っていた物を見せながら碇くんに訊ねた。

「ちょっ! ちょっと待ったファースト!」「こっちに来なさい!」

碇くんから答えを聞く前に、わたしはアスカに手を取られ無理矢理彼女の部屋まで引っ張られた。

彼女は普段わたしの事をレイと呼ぶようになったのに呼び方が昔の物に変わっている。

わたしに対して怒っている時はそうなるらしいけど、わたし…何かしたの?

ただ、トイレにあった物が何か気になっただけなのに。

後でアスカに聞いてみよう。

これは…何?






あとがきのようなもの

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

擂り粉木を使ったのは書き始めた当初、あやしい形をした物を使ってギャクにしたかったからなんですけど、
全く違った物になってしまいました。
すりこぎって名前、何となく笑えませんか?

ドチテ坊や。
アニメ一休さんに出て来るキャラクター。
「ドチテですか?」「ねえドチテ?」と煩い程、好奇心旺盛な子供です。

リツコの「シンジ君に感謝しないとね」は、深い意味は無くレイと接触が多く一番影響を与えているのがシンジだからです。
その後の会話でレイをからかってますが。

擂り粉木でマッサージ
痛そうだけどミサトなら「痛ッーでもキクわー」ってなりそう。

ごまをする、ごまかす
狙った訳では無く…

最後はお約束でボケさせて頂きました。
トイレにあった物は想像された物だと思います。
もちろん犯人はミサトです。
これをトイレに置いてあるのは普通なんでしょうが、
思春期真っ盛りのアスカには、例え自分の物でなくてもそれをシンジに見られるのが許せないらしいです。
アスカは普段からあんな所に予備を置くなと注意しているのですが、
相手がミサトなので聞き入れないって事で。
何故こんな事を一番詳しく解説しているのかとorz


ぜひあなたの感想をなお。さんまでお送りください >[nao-2@thn.ne.jp]


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