公園まで
                                        Written By NONO




「さすがに日に焼けた?」
 ぼくは君にたずねる。

「すこしは健康的でしょ?」
「うん。なんかもう、見慣れないよね。「おい、ほんとか?ほんとにお前か?」みたいな」
「なにそれ」
「だって、白くない綾波って、綾波か?って話だよ」
「いいの、夏なんだから」
「まあね。で、海は楽しかった?」
「ええ、とても」
 まだ八月がはじまったばかりの昼下がり、ぼくらは学校のプールの帰り道を一緒に歩いている。一学期に出なかったぶんの補講があった。

「海か、小学生のとき以来行ってないなあ、そういえば」
「じゃあもう、六年くらい?」
「そうなるね。六年生の時に行って以来。まあ、あんまり楽しめなかったけど」
「例によって?」
「そう、例によって、さ。わが人生で一番つまらない時だったからさ」
 肩をすくめ、静かに笑いあった。セミにの声にかき消される程度の、小さなものだ。あれからずいぶんたったけれど、夏が暑いのは相変わらずだった。

「サードインパクトからこっち、四季が戻ったのはいいけど、だからって夏が涼しくなるってワケじゃあないのがね」
「もちろん」
「そこらへん、なんとかならなかった?」
「無茶言わないでよ」
 こんな会話も、今は平気でできるようになった。時がたつって言うのは、絶大な効果を及ぼすこともある。それは素晴らしいことだと、こういうときに痛感する。
 ぼくらは再会してまだ三ヶ月しかたっていないけど、ぼくはすこし大人になったし、彼女もそうだ。ある意味では子供っぽくなったかもしれないけど。ともかく、まっとうな17歳になったことだけは確かだ。

「受験、どうするの?」
「本決まりじゃないけど、国立をメインに、私立いくつかかな。綾波は?」
「わたしもそんなところ」
「まあ、そりゃ、大差はないだろうけど。ところで今日、バイトは?」
「休み」
 まさか綾波が絵本専門の出版社でバイトしてるなんて、昔の彼女しか知らない人たちには想像もつかないだろう。
「暑いわね」
 確かに。
「夏だからねえ……」
 路地に入ったときに言ったものだから、思わず口惜しそうな言い方になってしまった。
「なに、悦に入ってるの?」
「いやいや、べつに」
 路地を抜けて左に曲がると公園がある。彼女はそこを突っ切って家に帰り、ぼくは公園を通らず、右に曲がらなきゃいけない。ただそれだけだ。
「そう?」
「そう」
 ぼくらは恋人同士ってワケじゃない。だからこのままどっちかの家に二人で行くことはできない。それだけのことだ。
 学校からお互いの住んでるアパートまで、実はもっと近い道がある。それでも僕らがこの道を使うのは、おたがいが新鮮だからだろう。四年近いブランクのおかげで、する会話ひとつひとつが新しかった。
 数分だけ余計に話ができるこの道。とはいえその差はほん数分。
 公園まで数分の、数分だけ得られる余計なブルース。

「そういえば日向さんからパイナップルをもらったんだよ、それも三つも。もらってくれない?」
「碇くんのところにも来たの?」
「ああー……駄目ですか、お互いさまってヤツですか」
「みたいね」
「なんか親戚の趣味で大量に野菜が送られてくるらしいね」
「羨ましいわ」
「さすが菜食主義」
「もう肉も食べられるけど。でもそれより、実はわたし送られてくる前の日にカットパインていう、もう切ってあるのを買っちゃって、もう別に……っていう感じなの」
「はっはっは」
「笑いごとじゃないんだから。誰かもらってくれないかなと思ってるんだけど。ただ切って食べるだけじゃ飽きてきちゃうじゃない」
「モノがいいだけにね」
「ほんと」
 路地を抜け、公園の前で足を止めた。すこしの間、お互い黙ってる時間があった。この数秒の間の意味を考えてみたくなったけど、やめた。邪推はしない、というのがサードインパクト後のわが人生の課題だ。
 ひとつ、我ながら名案という考えを思いついた。
「じゃあさ、明日ウチに来なよ。一緒にゼリーでも作ろう」
「あ、賛成」
「じゃあ一時すぎに電話くれる?」
「OK」
「よし、きまり。じゃあまた、明日」
「うん、バイバイ」
 そう言って、ぼくは公園に入ってく彼女を見送り、自分も歩きだした。
 もう一度、振り返る。
 彼女もこっちを見ていた。手を振りあって、今度こそ別れた。

 ったく、ぼくらはどんな関係だろう。

 夏休みにゼリーを作る仲。それ以上でも、以下でもない。

 公園までは一緒に帰る仲。

 今のところは、そんな程度。

「そうだ、いい機会だ」
 明日、好きだって言おう。目の前で、たやすく言えたらいいなって思うんだ。

「公園までなんて言わないでいい仲だ」
 そのためにも、完璧なゼリーを作りたい。シチュエーションは大切だ。


「よしっ」



 明日は決戦だ。



 足取りは軽い。









あとがき

気晴らしSS第2弾。
「想うということ」の次の日に書いたもので、所要時間、たしか約40分。
ラストのセリフは、よくできたなと思います。
でも、たしかどこかの本かSSかで誰かが使っていたような。
まあ、それほど特別な表現でもないですけどね。

基本的に修正はありません。ちょこちょこ言葉づかいを変えた程度。
文字色オレンジに変更。こういう色が好きなのと、夏っぽさが出るかな、と。
白バックにオレンジというのは人によっては見にくいか?うーん。だとしたらすみません。
あとシンジ君の「僕」を「ぼく」に統一。試験的な意味合いもかねて。

なお、タイトルはGRAPEVINEの6thアルバム「イデアの水槽」内の同名曲より。



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