2(two)
Written By NONO
「段取りってもんがあると思うんだよ」
「そうね」
「それと、なにかをするときにふさわしい、ふさわしくない場所っていうものがさ」
「そうね」
「これは、どう思う?」
「そうね……」
彼女はようやく周囲を見渡した。覚悟を決めた、という意志がちらりと見えた。
周囲はまさに飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎというやつで、まったく困ったもんだ。困ったじゃすまされないくらいだ。どうしてくれるんだ、ってやつだ。
「とにかく、もうちょっと静かなところに移動しない?」
「そうね」
ぼくらはぎこちなく並んで歩いた。そりゃそうだ、四年ぶりの再会がこんなんじゃ、どうしたらいいのかわからなくなってしまうのは当然だろう。
セッティングがあのミサトさんなんだから、こういう事態もあるってことを考えてなかったぼくが不注意だったのか。
(いやいや、そうじゃないだろ。こういうときぐらいちゃんとやってくれよなあ)
会社員、大学生、ご老人方。まさに老若男女、集団の種類もさまざまで、この季節はここはそういう場所になってしまうのだ。花見のメッカなんだった。
春休みの真っ最中、四年ぶりに綾波レイに会うという大事な、そりゃもう大事なシチュエーションがこんなとこになっては台無しだ。ため息をついて、心を仕切り直し。
こんな中で聞くのもなんなんだけど、と前置きをして、「この四年、どこにいたの?」
「第二東京」
「それはまた」
「定期検診を受けるのにはあそこしかないから」
「ああ……そっか」
「碇くんは?」
「京都にいたんだ」
「京都?」
「うん、冬月さんの所に居候させてもらってた」
「わたし、一人暮らしよ」
「僕も、去年の秋からそうだよ。自炊はちゃんとやってるほう?」
「結構」
「それがいいと思うよ。特に女の子はね。男とちがって甚だだらしなく思われる」
「そういう問題?」
「そういう問題でしょ、結局。自分と他人にどれだけ見栄張れるかってこと、けっこう大きいと思うよ」
「そう?わたしはもっと、そうじゃない生き方がいいけど」
「程度によりけり、かな。見栄張らないでいい友達とか親しい人がいたらもっといいよね」
「そうね、それはそう」
桜並木を抜けて、売店と、塗り替えられたばかりなんだろう、やけに朱色が映える神社が建っていた。ナントカ大明神、というのぼりがいくつかあって、はたしてそういう宣伝はどうなんだろう、どのみち儲かってるんだろうなとか思いながら、ようやく少し落ち着いて座れる場所をみつけた。
売店脇のパラソルの下のベンチに座ることにした。桜がよく見える位置じゃないから露骨に人が少ない。いいことだ。
「綾波、変わったね」
「言うと思ったわ」
「そりゃあね」
「でも、お互いさまだと思うけど」
「そうかも」
「前はあんなに黙ってばかりだったのにね、わたしたち」
「まあ今かなり頑張って喋ってるんだけどね、正直なところ。黙っててもしかたないし」
「そうね……」
長袖の白いTシャツとスカートを履く彼女は、大げさではなく絵本から抜け出してきたような格好だった。
上下セットの服で、同じ刺繍がシャツの袖やスカートに施してある。
「溶けちゃいそうなくらい白い格好してるね」
「民族雑貨のお店でバイトしてたころに店長にもらったの。退職金代わりにガテマラの刺繍、きれいでしょ?」
「うん」
他につけ加えたい言葉が浮かんだけど、言うのはやめた。再会したばかりだ。
「いい人だね。でもやめちゃったんだ」
「先週ね」
「へえ、なんで?」
「アパートを引っ越すことになったから。学校は近くなるけど、そのお店は遠くなっちゃうの」
「なるほどね」
前より伸びた髪をかきあげた彼女はすこしのためらいを表情に出した。追及はしなかった。言う必要のあるなしは彼女自身が決めることだ。
「飲み物買ってくるけど、なにかいる?」
「ありがとう、でも、一緒に見るわ」
彼女も立ち上がった。前より身長差があることにようやく気がついた。売店で冷えたお茶をふたつ買ってさっきの席に戻る。けれど会話のペースはがくんと落ちて、僕ららしく喋らない時間が増えた。
腕時計に目をやった彼女が言った。
「時間ある?これから」
「あるけど」
「道案内してほしいの」
「どこの?繁華街とか、知らないよあんまり」
「いえ、そうじゃないの」
彼女は言い出しにくそうに頭を掻いた。それから照れ笑いを浮かべながら、
「引っ越し先のアパートの場所、自信がないから」
「は?」
「住所はここなんだけど」
小さなバッグから手帳を取りだし、はさまっていたメモを見せてくれた。
おいおい――
「そのあたりなら、わかるでしょ?」
わかるもなにも、ねえ。
「そりゃ、近所だからね」
「よかった」
「よかったって――」
「じゃあ、行きましょう」
彼女のほうからさっさと立ち上がってしまった。
ぼくはそれについていくので精一杯だ。
「それと、転校先の学校にも行かなきゃ。案内してくれる?」
「……」
ここまで言うんだから当然、同じ学校なんだろうな。
「あー、なんて言えばいいのかな……」
綾波が、はっきりと嬉しそうな顔をしていた。
呆れるより、先におかしかった。僕たちは、すでに向かいあって笑うことができている。
「まあ、いいや」
「なに?」
「色々話したいこととかあるけど、今はいいやってこと」
「そう?」
「だって、時間はあるだろ?」
「フフ、そうね」
「じゃあ、行こうか」
空き缶を捨てて、またうるさい桜並木を通っていく。
今度はぎこちなくなかった。
こうしてふたりで歩いてる。
なんて素晴らしい。
あとがき
気晴らしSS第3弾、「2(two)」です。
僕がシンレイものの再会をいつも重く書いていた僕なので、これははじめて再会をポップに書けました。
そういうわけで、さりげなく非常に大きなイミのあるSSです。
言葉づかい、行間等をちょこちょこ修正。
ほんとはもう少し会話を短くしたいけど、中盤を省くとラストにも影響が出るので会話が長くなってしまいました。
まあこればっかりはな……。
他と同じように文字色を変えました。
背景を変えたほうがいいかもしれない。
タイトルはスネオヘアー「東京ビバーク」収録曲より。