このままこうして
                                        Written By NONO



「そこでなにやってるのっ」

 聞こえた声は、期待外れというか、予想をはるかに飛び越した強さだった。びっくりして下を覗きこむと、見慣れた顔がハシゴからぬっと現れてぶつかった。

「痛っ!」
 ぼくらは声をそろえて言い、ぼくはあわてて彼女がハシゴからおっこちないよう手を握った。
「大丈夫」
「ごめん、慌てちゃって」
「わたしだって、わからなかったの?」
 と言いながら彼女はハシゴを登りきり、ぼくにならって給水塔に背中をあずけた。
「よごれてない?」
「さっき業者さんが掃除してったばっかりだよ」
「居合わせたの?」
「いや、ここに上がってくるときにすれちがっただけ」
「そうなの」
「そういうこと。さて、ごはん食べようよ」
 ぼくは売店で買ったお茶を飲んだ。今日はなにも作ってないし、買ってもいない。彼女が作ってくる日だからだ。

「はい」
 彼女は持ってきていた小さな紙袋(地元のケーキ屋さんの袋だった)からふたつの弁当をとりだして、大きいほうを渡してくれる。2人ともバンダナの色が同じなのは二枚500円のを彼女が前に買ったからで、こういうことを意識してたわけじゃない。もともと、彼女にはそういう趣味はないみたいだった。

「いい天気ね。でも、そろそろ寒いわ」
「そうだね、確かに。枯れ葉もすごいし」
 見下ろせば校庭を埋め尽くすほどの大量の落ち葉が見えた。セカンドインパクト以後に生まれたぼくたちにとっては四回目の秋になる。

「学校で受けた模試の結果、どうだった?」
 今朝のホームルームで配られたのを思いだした。休み時間には会わなかったから聞けなかったことだ。
「このあいだ予備校に行って帰ってきたのと同じ」
「そりゃそうか」
「あんまり差があってもね」
「でも、それじゃあ問題なしってことなんだから、よかったね」
「そっちはどう?」
「変わんないよ。だから、順調ってことになるのかな」

 ひき肉とピーマンの入った卵焼きを口に放り込んだ。粗塩が固まっていて思わず吐きだしそうになったけど、我慢しながら飲み込んで、
「殺す気ですか」
「え?」
「粗塩、固まって……」
「大丈夫?」
「いや、まあ、ごほっ、いいんだけど……」
 あんまり大丈夫ではないのだけど。
 彼女はすこし慌てながら自分の飲んでたお茶を渡してくれたけど、断って自分のを飲んだ。
 ようやくひとごこちがついて、頭にチョップを見舞った。もちろん軽くだけど。

「謝ったじゃない」
「ゴメンで済んだら警察はいらないの」
「いらないでしょ?」
「まあ、まあ、そうね、そうだけど。でもなあ」
「じゃあ……」
 彼女は意味深な笑みを浮かべ、すこし眉をハの字にさせると、
「……ごめんね」

 ごていねいにシナを作ってくれた。彼女がやるときっちりかわいいもんだから、なおさらおかしくて笑える。
 この子はいつの間に人から笑いをとれるようになったんだろう、なんて思いながらしばらく笑った。
「いまのは面白い」
「そう思うわ」

 近代的な建物の学校なので八階建てのうえにこのあたりは住宅街なので景色がかなりひらけている。
 上空の冷たそうな風と空、ここを温めてくれる太陽、それと彼女との談話が、ぼくを存分に幸せにさせてくれる。

「なんかね、いま、空飛べるじゃないかってくらいのもんだね」
「なにが?」
「気分が」
「いいってこと?」
「うん」
「そう、良かったわね」

 いつかも聞いた言葉だった。あのときとはまたずいぶんちがうシチュエーションだけど。
 もうじき一時というところで、彼女が立ち上がる。

「そろそろ行ったほうがいいんじゃない?」
「ああ、言い忘れてた。今日は午後ないんだ、先生病気で」
「うらやましい」
「だからもうちょっとここにいるよ」
「帰らないの?」
「もうすこししたらね」
「じゃあ、わたし行くわ」
「また明日」
「うん」
 彼女は弁当箱を回収し、慎重にハシゴを下りて、最後にこっちを見上げて手を振ってくれた。ぼくも手を振り返す。

 彼女がいなくなって、この給水塔が急に広くなって快適になったような、淋しくなったような気がした。急いでハシゴを下りて、校舎に入って階段の踊り場にいた彼女を呼び止める。

「どうかしたの?」
 あわてるぼくを、彼女が不思議そうな顔をして見つめる。


 あ、これだ。


 やっぱりこれがなくちゃ、ぼくは空なんて飛べやしないんだ。


 なにも言わないで彼女を抱きしめた。階段の下から誰かに見られないように抱き上げて、少し立ち位置を変えながら。

「ちょ、ちょっと――」
「ちょっとだけ、このままこうしていようよ」
「どうしたの、急に」
「なんか――いなくなった途端、最高の気分じゃなくなったから」
 彼女がちょっと体を離して、

「今は?」
「言うまでもなく」
「なら、いいわ」

 笑いながら、ぽん、とくっついてくれた。まるで磁石みたいに。
 磁石。ぴったりな表現だ。
 ときどき離れたり、ちょっとした距離を保ったりするのもいい。
 僕らは特別燃えてるわけじゃない、安定した恋をしていると思うけど。


 なんだか急に、引き寄せられてゆく。 


 一度くっついたらお互い離れあおうとしない仲。


 このままこうして、磁石のように。








あとがき

ええと、これが四つ目か。
恋仲のふたり、というのを結構真っ向から書いたものです。
「想うということ」の一ヶ月前ってことになるのかな。たぶんね。
別物と考えるのもアリなんで、そのへんはご想像にお任せです。
なんか、うーん、これは他のに比べるとかえってパンチが弱い気がします。
僕が一番理想とする距離感より、少し近い気がする。
引き寄せられる前の関係が書いてて激萌えとか言ってる癖にな(爆)

これまでと同じく多少セリフをいじり、文字色を変えてみました。
秋なんで、茶色。まんまですね。
もうちょっと季節感出してよかったかなあ。

あと、タイトルを変更。
スネオヘアーの数あるインディーズ曲の一つを、いじらずに使うことに。



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