ハートの在り処(裏)
Written By NONO
「あ……」
私の口から嘆息が漏れた。
「綾波……」
彼の口からも驚きの声があがった。
「ひ、ひさしぶりだね」
彼が上ずった声で言う。
「そうね」
私はがっかりするほど冷たい声をしていた。
私はまた、プラグスーツを着ていた。データの収集のために。
ウイルス兵器のよう。それ自体を破棄しても、地図はとっておく。
「被験者……やっぱり、綾波だったんだ」
「聞いていたの?」
「会いに来てくれる職員の人の話を聞いてて、誰かがそういうことをしてるのかも、って思ってた」
「そう」
一年もの間、身体の隅から隅まで調べられ、それが終われば残されたデータの改竄の可能性を考えて、エヴァの模擬体を使ってのデータ収集。サードインパクト以前と以後、私はほとんど同じ生活を繰り返していた。
何をしていいかわからないから、それでよかった。ただそこにいるだけの「使われる」生活は、何をすればいいか全て指示してくれる。
「長門さんていう人が、僕がここに来てもいいようにしてくれたんだ」
聞き覚えのない人だった。
「あ、長門さんて、僕の世話をしてくれてた人なんだ。最近異動になって、今は別の人なんだけど」
いい人だったんだ、と付け加え、彼は黙った。
私たちは松代の施設内部にいた。ジオフロントのように、私には必要のない中庭のベンチに腰掛けている。
不思議な気持ちだった。
わたしは一年間、ずっと同じ生活をしていた。ここと宿泊施設を行き来するだけの毎日。身体を動かすのもプログラムに組み込まれていたけれど、他の人が言う「汗をかいて気持ちがいい」とは少しも思わなかった。必要だから、課せられているからやっているだけ。
「あ、あのさ……どうして綾波はまだ協力するの?」
戸惑いながら、眼に恐怖を映しながら彼が言う。その表情に、なぜか胸が詰まるような感覚を覚えた。
「わからない」
拒否権はないと思った。でも、抵抗しなかった。断りたいと思わなかった。
「碇くんは、何をしていたの?」
「僕は……」
彼は少し考え込んで、前と変わらない、戸惑った顔を見せる。
私と同じように、変わっていない。
「僕は、エヴァとは関係がなくなったけど……自分の住む町から出ることは許されてないし……第三新東京市に来る前と、あまり変わらないのかな」
碇くんがためいきをついた。
弱い陽射しが眩しかった。
何も言わない時間が続く。
碇くんが望んで私が戻した世界で、どうして私たちが黙ったままなのか、わからなかった。
「碇くん」
「なに?」
「碇くんは、これでよかったの?」
わたしたちにしか通じない言葉。本当にこれでいいのか、今の碇くんを見ていたらわからなかった。
「うん」
それなのに、碇くんはすぐにそう言った。
「本当に?」
「うん、いいんだ。こんなでも僕は、こんな僕だけど、やっていくって決めたんだ」
「そう……」
「でも、綾波は?綾波はいいの?」
戸惑いながら、彼が問いかける。
その眼を、表情を見た瞬間、私は碇くんを、強く、とても強く想っていると自覚する。
今の私は、前の私と大して変わっていないけれど、これは言える。
私の心が何を望んでいるかわかっているということ。
これは疑えないこと。
頷いた私があなたに言う。「また会えたから」
私でしかない私が、ひとつ前に進んだ気がした。
気のせいじゃなかった。
涙を流したのが私だけじゃないのも、気のせいじゃなかった。
了
あとがき
ども、ののです。
いくつかのSSがたまっていたので一挙に公開するにあたり、
しかし少しボリュームに欠けるんじゃないかと思っていました。
そういう理由ですでにできあがっていた「ハートの在り処」にはこの(裏)版を、
「雲をつかめ」には「絵空事」を加えての公開となりました。
ちなみにこの二つはつながってないです、僕の中では。
レイ主観で書くときは本編の色が強い方が好きなんです。
タイトルはそのままですね。でも実は(裏)じゃないんだよな全然(^^;
この話を書くまでに「ハートの証明」「ドラゴンハート」という話をボツにしてきてるのでシンプルに。