綾波レイ二等兵

Written by Sterope


放課後、シンジはケンスケとサバゲーに興じていた。
トウジといえば「ワシは用事があるさかい。」と一人でそそくさと帰ってしまった。
『妹がケガしちゃってさ……』あれ以来、トウジの妹が治ったという話は聞かない。
おそらく今日もお見舞いに行くから一緒に帰れないのだろう。それはシンジの心に暗い影を落とした。

元々トウジはあまりケンスケのサバゲーには興味がないらしい。
それを知っていたケンスケもトウジが居るところではサバゲーをしようとは言い出さなかった。

「ダダダッダダダッ!!」
「うわぁーっ!!」

バタリ。と草の上にぶっ倒れるシンジ、その左手は右肩を庇っている。

最初こそシンジは照れていた。が、徐々にやる気になり日ごろのエヴァの訓練の成果を出していた。
BB弾の遅さを考慮し、推定射撃でケンスケを捕らえていく。
しかしケンスケも負けてはいない。
三点バーストでシンジを的確に追い詰める。
今のところ、勝敗は五分五分といったところであった。

「宿敵シンジぃ〜! 覚悟ぉぉお!」
「父の恨みぃ〜!」

もはや意味不明であったが、二人は結構楽しそうに熱中していたのであった。

突然の来訪者が来るまでは。

「何……してるの。」

静かな、場違いな声が二人の耳に届く。
ハッと振り向くと、そこには綾波レイがおかしなものを見る様な目で立ち竦んでいた。
(やべ……変なやつだと思われる)
そう思ったシンジは咄嗟に誤魔化した。

「これはっ、そう戦闘訓練だよ! 戦闘訓練!」
「戦闘訓練……?」とレイ

空気を察したであろうケンスケもシンジに続く。

「そうなんだよ! 俺もシンジに渋々付き合ってもらってさあ。シンジがやりたいって言ったわけじゃないんだけど。」

シンジは自分が変に思われてしまうのではと必死だったし、ケンスケもシンジとレイの微妙な間柄を考慮して誤魔化すのに必死であった。

そんな中ふと、ケンスケの頭にちょっとした想像図が浮かんだ。サバゲーに興じる綾波……軍服姿の綾波……写真の売り上げ増加。
そこまで考えるとチーンと音がしそうな勢いでケンスケの思考回路に火がついた。

「なぁおい、綾波も一緒にやらないか? 戦闘訓練。」
「なっ……なに言ってんの……ケンスケ……。」
「私が……碇君と一緒に……?」

何言ってんだこのアンポンタン。そう言ってやりたい衝動にかられながら、シンジはレイの説得にかかった。

「あ、綾波、これはちょっと危ないし、その……女の子がやるようなことじゃないと思うんだ。」
「……? 戦闘訓練ならいつもネルフでやっているわ。」とレイ
「そうじゃなくってさ! ここじゃミサトさんの監督も無いし、服とかも汚れちゃうしさぁ! ね、ケンスケ。」
「いいじゃないか、軍服なら綾波にピッタリそうなのが余ってるし。」とケンスケ

この分からず屋……と心の中でケンスケを罵りながら次にどう切り出すか迷っていたシンジだったが
説得が水泡へと帰したのは、他でもないレイ自身の言葉によってだった。

「私……やるわ、戦闘訓練。」



ヘルメット、安全メガネ、プロテクター、迷彩服に身を包んだレイは、AK-47によって武装していた。
マガジンを装着し撃鉄を起こすと、レイはそれを肩の上で担いだ。

絵になる絵になるぅと泣きながらシャッターを切りまくるケンスケを尻目に、シンジは綾波の最終安全装置を解除しにかかった。

「あ……綾波、それじゃ、はじめようか?」

言うが早いか。レイは腰だめにカラシニコフを構えるとシンジの胸を、ケンスケの胸を撃ち抜いた。
最初はポカンとしていた二人であったが、撃たれたのがわかるとすぐさま倒れこんだ。

死に慣れているケンスケは左肩を押さえ「隊長ぅ〜!」と転がりまくり。
死に慣れ始めたシンジは腹を押さえ「うぐぅぅ撃たれたぁ〜。」と転がりまわった。

しかし……いや、今のは違うだろと言う為すっくと立ち上がると、ケンスケはレイにまた撃たれた。
それを軽く無視すると、レイにこう忠告した。

「綾波、違うんだよ、もっとこうバババババッ! とかさ、臨場感をつけないと。」

言うと「ばばばばば」と棒読みのレイにケンスケは三度撃たれた。

「ぐわぁ〜〜……じゃなくてさ! 臨場感だよ、臨場感! お芝居をするの!」
「お芝居? わからないわ。」
「つまり、ネルフの訓練と一緒さ。実戦だと思ってやれって言われるだろ? いつも。」とシンジが付け加える。

「そう……。」と小さく呟くと、少し考え込んだのちレイは

「綾波レイ二等兵、ただいま着任しました。」と言った。


そこからは熾烈な戦いであった。
レイがスナイパーをやれば、少し頭を上げた途端ケンスケの脳髄が噴出し。シンジの悲鳴がとんだ。
うわーーとレイ目掛けて突撃すれば、M60機関銃が二人を襲い
ケンスケの「伏せろぉー!」の声を合図に頭をかかえて伏せると、二人の足元に手榴弾が投げ込まれた。
ともかく。綾波レイの行動は無駄がなく、的確であった。



「綾波っ左へ!」
「わかったわ。」

ケンスケが敵役をやると言い出したのは意地があったからである。
いくらエヴァの訓練を受けているとはいえ、サバゲー未経験のレイにコテンパンにやられていてはお話にならない。
ましてや相手は女の子だ。

(シンジが左手側でけん制、その間に綾波が接近してくるな。)
そう読んだケンスケは林の入り口へ、自分は隠れれるがレイを狙い撃ちできるポジションへ移動した。
(くそっ綾波、こっちの射程を知ってるのか? 中々近づいて来ないな)
スコープを覗きながらレイに意識を集中させるケンスケ。

狙われているレイといえば、シンジ達との奇妙な一体感を感じていた。
(この気持ちは何? うれしい……違う……楽しい、私、楽しいの?)
不思議な気持ち……これまで感じた事のない気持ち。エヴァの訓練のそれと同義だ、シンジはそう言っていたがはたしてそうだろうか?
エヴァの訓練とは明らかに違う。そこには”楽しい”という気持ちが確かにあった。
これまでこんな気持ちになったことはあっただろうか。ゲンドウとの会話で似たように感じた時は多々あったが、それは今のこれと違う気がする。

シンジと決めた作戦は単純明快であった。
シンジが囮と見せかけ実はレイがケンスケの引き付け役であって、シンジが本攻撃を行う。というもの

レイはけん制射撃を受けながら、ケンスケに向け匍匐前進でジリジリと接近していく。
その間シンジは林を駆けていた。
ケンスケがそれに気づいたのと、シンジが狙いを定めたのはほぼ同時であった。

「しねぇ〜〜ケンスケぇ〜〜。」
「なにぃぃぃそんなばかなあああ〜〜!」

パパパパパッ!
たったそれだけで決着は付いた。
ぐわぁ〜と仰向けに倒れるケンスケ。グッとガッツポーズするシンジ。……とやや小さめにガッツポーズするレイ。

「あ〜あ、まさか綾波がここまで強いとは予想外だった……。」
「ははは……僕はちょっと気づいてたけどね、普段の訓練見てるから。」
「………………。」
なんとなしに誘ってみたケンスケであったが、予想をはるかに上回る成果を得てご満悦の様子だった。

周囲が赤く染まっていき、夕刻の訪れを皆に知らせている。
時折吹く生暖かい風も今のシンジ達には心地よい。
突然の来訪者を含めてのサバゲーは三人の心にひと時の安息をもたらしていた。


ピリリリ、ピリリリ

静寂を破るように二人同時に携帯電話のベルが鳴った、そこには”非常召集”とだけ書かれている。
途端にシンジの顔が強張る。
それを察したケンスケは、わざとおどけた調子で言った。

「それじゃ今日はお開きだな。シンジ一等兵! 頑張ってくれたまえ!」
ビシッと敬礼するケンスケ。

「うん! 行ってくるね。」
いままでどこにいたのか、それともレイが来た時からそこに居たのか。近くの道路で保安部の車が待機しているのをシンジは認めた。

ケンスケのがんばれよ〜という声援を受けながら、迷彩服のまま車に乗り込むと、先ほどから感じていた疑問をレイにぶつけてみた。

「そういえばさ、綾波はなんでこんなところに居たの?」

そこで思い出したのか、ハッとしたレイが鞄を弄り。さきほど鳴っていた携帯を取り出しシンジに見せた。
そこには1時間ほど前に着信していたメールに、こう書かれていた。


”松代にて爆発事故、総員第二種警戒配備”と




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