Trance

Written by Sterope


「だから、違うって言ってるじゃないか……!」

「何も違わないわ、事実よ」

「本当にどうしようもなかったんだよ……」

大型のショッピングセンター。
そこでは短冊の飾りつけなどが行われ、子供達の願い事が書かれていた。
しかし、そこには休日の為賑わう周囲とは別の熱気を発する二人が居た。

「碇君は私よりセカンドを優先したのよ、それは事実」

「それはっちょっとした手違いでああなっちゃったんだよ!」

「私、ずっと待ってたのに……」

痴話喧嘩の発端は実に単純明快である。
先日、訓練も学校も休みだったある日、レイとシンジは午後会う約束をしていた。
しかし午前、シンジはアスカに荷物持ちの役割を仰せつかったのであった。
シンジも午前なら空いてるよなんて言ってしまった手前、アスカの買い物終了まで付き合うハメになったのである。
もっと最悪な事に、レイとの待ち合わせに遅れてしまった挙句、アスカとの買い物をレイに目撃されていたのだ。

「でも、あの時は何も言わなかったじゃないか」

「……私が怒ってないとでも思っていたの?」

「それは、違うけど……だって、でも何も言わなかったから」

「もういいわ。私、帰るから」

「ちょっ、ちょっと待ってよっ」

「さよなら」

シンジの静止も聞かずレイは一人飲食街から出て行ってしまう。
万事休す。シンジに取れる手段はもう何も残っていなかった。
確かにあの日、レイは一日中不機嫌そうだった。しかしシンジはそれを遅刻のせいだと思っていたのだ。
まさかアスカとの買い物を見られていたとは……。不覚である。

これではまるで二股かけているか、レイよりアスカを優先させたようではないか。
もっとも、シンジは両方をうまく回らせようと努力はしていたのだが、なにせ人間関係ヘタクソなシンジである。

「最低だ、僕って……」

今日は7月7日、夜には天の川を見ながらあーだこーだなんて考えていたのにこの有様。
実にロマンチックだ!なんて考えていた自分が情けなくなったシンジは、仕方なく自宅へと帰る事にした。






「ただいま」

「おかえり、バカシンジ」とアスカ

「……バカってなんだよ! ちょっとは人の事も考えたらどうなんだよ!」

ふつふつと怒りがこみ上げて来るのを抑え切れなかったシンジは、発端であるアスカへそれをぶつけた。

「はぁ? あんた何怒ってんのよ?」

一度蓋をあけたらもう止まらない。

「この前買い物に付き合ったろ? そのせいで綾波との待ち合わせに遅れたんだよ!」

「そんなの聞いてないわよ?」

アスカの一言一言に腹が立つ。

「おまけに買い物してたの見られてたんだ、それで今日綾波に怒られちゃったじゃないか!」

「なによ! それならその時に言いなさいよ! 全部アタシのせいってわけ!?」

その通りだ!バカアスカ!そこまで言いたかったがそこはヘタレ、結局こう落ち着いた。

「もういいよっ!」

そう言うと自室へ戻り、SDATを聞き始めるシンジ。

「なによ……いい迷惑だわ」

アスカもアスカで迷惑な話である。レイとの約束があるなど一言たりとも聞いていなかった。
そんな重要イベントがあるなら伝えておくか、時間が来たら言うなりすればいいのだ。
目撃されていたからといって、別段問題があるわけでもあるまい。
なにせアスカとシンジは同居しているのだ、そっちの方がよっぽど問題ではないのか。

「ファーストも嫉妬したのかしら……まさかね」

あの機械人形が嫉妬など、しかも相手が自分などアスカにとっては考えたくもない話であった。






一人悶々としたまま自室へ戻ったシンジは、今晩色々と練っていた計画を思い出しながら消えてなくなりたい気分だった。
――綾波に嫌われた―― しかもほぼ間違いなく。
自分が逆の立場だったらどうだろうか、レイが知らない男と買い物していて自分との約束に遅れたら?
考えたくもない。そんな状況になったら自分は約束していた場所に行きすらしないだろう。
しかしレイはシンジを信じて遅れても待ってくれていた。不機嫌だったのは致し方あるまい。

「最低だ……僕って」

今日何度目かわからないそれを呟きながら、シンジは早々に寝てしまうことにした。ようするに寝逃げである。
逃げてどうなることでもないが、今日という日は厄日としてシンジの脳に刻まれる事だろう。






その日、シンジは夢を見た。
満天の星空の下、レイと手を繋ぎ歩く。
空は本当に綺麗であって、一点の曇りもない。
その満天の星空の下を二人は何をするでもなく歩く、ただただ星を見上げながら。
天の川が、綺麗だった。

朝、シンジが起きるとパタパタという窓を叩く音に気づいた。
もちろん小人さんがパタパタ叩いていたのではない、ただの雨である。

「やっぱり……夢か」

夢が現実だったらどんなによかっただろう、シンジは自分の失敗を呪った。
でもそれはありえない、シンジは知らなかったが雨は昨日の晩から降っていたのだから。
がっくりうな垂れながら朝食の準備に取り掛かるシンジ。
そこに、昨日八つ当たりされたアスカがやってくる。

「…………おはよう、シンジ」とアスカ

「おはよう、アスカ……昨日は、ごめん」

「いいのよ、アタシが無配慮だったわ。なんとなくアンタが時計気にしてんの知ってたのよ」

「いいんだ、もう」

そこでふと、アスカはあることに気づいた。

「ところでアンタ、ファーストには謝ったんでしょうね?」

シンジもハッとする。そういえば昨日一言も「ごめん」と言っていない。

「いや、まだだけど……」

「あんたばかぁ? ご飯はこっちで何でもするから謝りに行きなさいよ」

シンジももう朝食どころではなかった。謝るのを忘れるバカがどこに居るだろう。
土下座でもするべきだったのだ、シンジはただ自分の保身に走っただけ。
レイを引き止める最後のチャンスすら失ってしまったのではないか、そう思ったシンジは早々に自宅を飛び出した。

ここからレイの家までは結構な距離がある。
10分毎に来るバスに、早く来いとイラつきながらもバス停でどう謝ろうか考えを巡らせるシンジ。
もうバスを待っていられない、一秒でも早くレイに謝りたい。
そう思っていると、のんびりとバスがバス停へと滑り込んできた。

そこでシンジは財布を忘れたことを思い出した。

「しまった……財布……」

そう言うと、横からシンジの財布が差し出された。

「アンタ、ちょっとは落ち着きなさいよ。はい、がんばって」とアスカ

ポンと軽くシンジの背中を叩く。

「あ、ありがとう!」

財布を受け取ると、バスへ乗り込むシンジ。
それをアスカは笑顔で見送った。









「ごめん、碇だけど……綾波、居る?」

軽くノックしてみる。
もしかしたら無視されるかもしれない、まだ寝ているだけかも。
シンジにとって最高に長く、胃が潰れる思いで待った数十秒後、ガチャリと扉が開いた。

「…………」

「あの、入っても、いいかな?」

「あがって」

別段怒っている風でもなさそうだ、そう思ったシンジはホッと胸を撫で下ろした。
しかしうまく謝らなければ。多彩な謝罪方法を考えていたが、シンプルが一番だと思い、シンジはただ謝ることにした。

「綾波、昨日とこの前はごめん。本当にごめん」

そう言って頭を下げた。

「もう、いいの。もう気にしてないから」

なんてことだろう、あれだけ酷い事をしたのに自分の事を許してくれるのだろうか。

「私夢を見たの」

レイはぽつりと話し始める。

「満天の星空の下を碇君と歩く夢、そんなのを見たわ」

シンジは耳を疑った、まさか自分と同じ夢を見ていたとは。

「……僕も同じような夢を見たんだ、綾波と手を繋いで夜空を見る夢」

「そう……」

「でも、今日は雨だから、きっと見れなかったね」

「…………夢で、良かったわ」

そうなのだ、昨晩から降っている雨で空は一面の雲に覆われていた。星空など見れるはずがなかったのである。

あの二人は、会えたのだろうか。




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