ダブルデート
written by タン塩
「あーあ……」
「どうしたの、ヒカリ?」
隣の席の親友が、溜息をついて机に突っ伏したのを見て私は聞いた。
「んー、ちょっとね……」
「鈴原くんね?」
「な、何で分かるのよ」
「あなたが落ち込む理由なんて、他には存在しないわ」
「だ、断定しないでよ」
「違うの?」
「……違わないけどさぁ」
「どうしたの?」
「たいしたことじゃないけど……最近あまり会えなくて……」
中学卒業後、私たちのグループの進路は別れた。私と碇くんとヒカリは普通科へ、鈴原くんは工業科、相田くんはデザイン科に進んだ。
「鈴原がなかなか誘ってくれないの……そりゃ電話とかはするけれど、やっぱり直接会いたいし……」
「……許せない」
「レ、レイ?」
「好きな女の子をほったらかしなんて……許せないわ、鈴原くん」
「い、いや、あんたが怒らなくても」
「いいの、ヒカリ? あなたは怒らないの? もし碇くんにほったらかしにされたら迷わず刺すわ、私」
「さ、刺すってあんた、そこまでは」
「そう……」
「二人ともどうしたの。何の話?」
「あっ、碇君」
「鈴原くんが誘ってくれなくて、ヒカリが落ち込んでるの。どうすればいいの、碇くん?」
「気軽に女の子を誘えるタイプじゃないもんなぁ、トウジ」
「そんなのおかしいわ。鈴原くんはヒカリが好きではないの? 好きな女の子を誘わないなんて許せない」
「落ち着いてよ綾波。学校が違うと、休日に待ち合わせとか、いかにもデートっぽくなっちゃうからさ。同じ学校だと、一緒に帰ってどこかに寄るとか気軽に出来るけど」
「なぜデートがいけないの!?」
「や、やっぱりほら、恥ずかしいじゃない、改まってデートとか」
「そういえば私、碇くんと、ちゃんとデートしたことないかもしれない」
「そそそ、そうだっけか」
「ふーん、碇君も鈴原と一緒? 男の人って、みんなそうなの?」
「い、いや別に僕とトウジはそんな」
「…………」ジーッ
「に、睨まないでよ綾波」
「あたしも睨んじゃお」ジーッ
「い、委員長までやめてよ……」
「…………」ジーッ
「…………」ジーッ
「わわ、わかったよ、こうしよう。僕が呼べば、トウジは気軽に出てくるはずだから、待ち合わせ場所にたまたま委員長と綾波も通り掛かったってことにすれば」
「い、いいの、碇君? お願いできる?」
「そう……騙すのね」
「ひ、人聞き悪いよ綾波。あくまでたまたまだから」
「でも鈴原、怒らないかしら……」
「怒るかもしれないけど、委員長がいれば、帰りはしないと思うよ」
「……碇くん」
「なに? 綾波」
放課後、いつも通りに二人で帰る道すがら、私は碇くんに、気になっていたことを聞いた。
「もし私が違う学校だったら、碇くんも私を誘ってくれないの?」
「え? い、いや、そんなことないよ」
「……嘘ね。ほったらかしなのね」
「そんなことないってば! ……たぶん」
「決めた。私、大学も碇くんと同じ志望にする」
「え? で、でも、どこを受けるか、まだわからないんだけど」
「大丈夫。碇くんの入れる大学なら、私は楽勝だもの」
「ダ、ダメだよ、そんな理由で志望を決めるなんて」
「なら進学せずに主婦志望でも構わないわ。碇くんはどちらがいい?」
「しゅしゅ、主婦って綾波ィ……」
日曜日、待ち合わせ場所で碇くんが一人で待つ。私とヒカリは離れた所で待機。
やがて鈴原くんがやって来た。何か話す二人に近付く私とヒカリ。
「あら、いい男が二人も。私たちと遊ばない?」
「な、なんや綾波!? 委員長まで……」
「ちょ、ちょっとレイ、やり過ぎよ」
「こうやるものだと雑誌に書いてあったわ」
「い、委員長まで何やっとんじゃ」
「な、何って言われても」
「私もヒカリも彼氏にほったらかしにされて退屈だから、ナンパしに来たの」
「ナ、ナンパやとぉ!?」
「レ、レイって、意外と悪乗りするタイプだったのね……」
「え、えーと……わあ、二人ともカワイイじゃん。なら四人で遊ぼうよ」
「何やセンセ、その棒読みのセリフは」
「ぼ、僕、こっちの蒼い髪の子が好みだなぁ。ト、トウジはそっちのおさげ髪の子がタイプじゃないの?」
「ええからクッサイ芝居はやめとけっちゅうに」
「ご、ごめん。綾波がどうしてもって……」
「ほら、遊びに行きましょう。私、水族館に行きたい」
そう言って、私は碇くんの腕を取る。私と碇くんが腕を組んで歩き出すと、鈴原くんも渋々、ヒカリと並んで歩き出した。
水族館は初めて。様々な形の、様々な色の魚が見られてとても楽しかった。
生命は、多様。形、色、生活形態が、こんなにも様々だなんて。
「……碇くん。やっぱり世界を滅ぼさなくて良かったのかしら」
「僕はそう信じてるよ」
「そう。私もそう信じたい……」
館内を一通り回ったあと、外に出てイルカのショーを見た。
「イルカって可愛い。一匹飼ってみたい」
「む、無理だよ。こんな大きな海水プール、どうやって維持するの」
「そうね。残念だわ……」
「キャーッ!」
イルカの水飛沫が飛んで来た。私は驚いたふりをして碇くんにしがみつく。
これが、ヒカリに教えてもらった『イルカショーのお約束』。ヒカリもしっかり鈴原くんに抱き着いていた。
そのあと、公園の芝生でお弁当。ヒカリの力作が四人分。
「うまい! やっぱり委員長の弁当は違うわぁ」
「本当においしいね」
「ちょっと二人とも。レイも手伝ってくれたんだから」
「おっとスマン。お見それしました綾波さん」
「綾波も最近、料理頑張ってるよね」
「……私、少し手伝っただけだから……」
やはり彼女が料理が上手いと男の子は幸せなのね。私、もっと頑張らなきゃ……
午後はウィンドウショッピング。私はひたすら碇くんにベタベタする。いつの間にか鈴原くんとヒカリも手を繋いでいる。
宝飾店の前で私の足が止まった。目が引き付けられて動けない。
「ど、どうしたの綾波」
「何言うとんやセンセ。女が宝石屋の前で動かんようになるんは、指輪が欲しいに決まっとるやろ」
「そういうトウジこそ、委員長に何か買ってあげたら? 普段あまり会えないんだから、いつも身につけていられるものとかさ」
男の子二人が顔を見合わせた。
「あ、あのさ、悪いけど二人とも、ちょっと待っててくれる?」
「すまんな、ちょっと待っとって」
碇くんと鈴原くん、二人で相談を始めた。時々私とヒカリをチラチラ見る。
『そやかて、持ち合わせが……』『大丈夫、僕がいくらか……』
やがて男の子二人は、意を決したように宝飾店に入る。
「待ってて」
ついて行こうとした私たちは、男の子達の声に立ち止まる。私とヒカリも顔を見合わせた。
「あ、あのさレイ、これって……」
「……プレゼントね。初プレゼントなのね……」
やがて男の子達が出て来た。
「あ、あのな」
「ト、トウジ、こんな所じゃなんだから、公園にでも」
「そ、そやな」
私たちは街角の小さな公園に引っ張って行かれた。
「あっあの綾波、これ、プレゼント」
碇くんが細長い箱を差し出す。
「い、委員長、これ、ワシからや」
鈴原くんも同じような箱をヒカリに差し出す。
「「あ、開けていい?」」
箱から出て来たのはネックレス。シンプルでつつましいデザイン。私のには赤い宝石、ヒカリのには青い宝石が入っている。
「ま、まあたいしたもんやないんや」
「そ、そうだよ。安物だから……」
「嬉しい……碇くん、ありがとう!」
私は碇くんの首に抱き着いて、頬にキス。大袈裟過ぎたかしら。
「あ、あの鈴原……ありがとう」
鈴原くんの胸に頭を寄せるヒカリ。その肩に手を回す鈴原くん。
私は碇くんに向かって顔を上げ、目を閉じる。
「あ、綾波……あの」
往生際が悪いわ碇くん。早くして。
観念したのか、私の肩に手がかかり、やがて碇くんの唇と私の唇が重なる。
碇くんは優しくて大好きだけど、なかなかキスしてくれないのが不満。毎日キスして、毎日好きだって言ってほしいのが私の気持ち。
碇くんが唇を離す。早過ぎ! 思わず睨んだら、碇くんがあらぬ方向を見ている。
彼の視線をたどると、その先ではヒカリと鈴原くんのキス。
とても素敵な光景。私と碇くんも、キスしてる時はこんなに素敵なのかしら。
やがて唇を離して見つめ合う二人。私は碇くんをつついて言った。
「打ち合わせしたでしょう? 碇くん」
「え? あ、そうか。ね、ねぇトウジ」
「な、なんやセンセ」
「ぼ、僕さあ、こっちの子が気に入っちゃったから、お、お持ち帰りするね」
「お持ち帰りて、最初からお前のやろ綾波は」
「だ、だから、トウジはそっちの子をお持ち帰りしちゃったら?」
「な、何言っとんや。どこに持って帰るんや」
「じ、じゃあ僕らは行くね。また誘うよ」
「そ、そうか。ほな」
「頑張ってねヒカリ」
「う、うん。あの、ありがとうレイ、碇君」
「まだ早いね。どこか行く?」
「私の部屋に来る?」
「そうだね。久々にお邪魔しようか。僕が夕飯作るよ」
「私が作りたい。さっきヒカリのお弁当を食べたから、今度は私のご飯を食べてほしいの」
スーパーで買い物をしたあと、私の部屋で紅茶を入れた。二杯目には、赤木博士推奨銘柄のコーヒーを入れたりもするけれど、碇くんが来た時は、一杯目はアールグレイと決めている。碇くんに、あの時の温かさを忘れずにいて欲しいから。大事な絆の一つだから。
「今日も紅茶なんだ」
「コーヒーのほうがよかった?」
「ううん、そうじゃなくて、綾波らしいなって」
「私らしい……?」
「あの時のことをいつまでも覚えてて、僕が来ると決まって紅茶を出す。綾波らしいよね、そういう律儀なところ」
「そう。私らしいのね……」
「綾波のそういうところ、す、す、好きだな僕は」
「……そういうかっこいいセリフになると、なぜいつもつっかえるの?」
「ごっ、ごめん」
「でも、そういうところ、碇くんらしくて私は好き」
「ず、ずるいよ綾波ぃ。人のセリフを……」
「うふふ、ごめんなさい」
「あ、そういえばそのネックレス、似合うね」
「ありがとう。とても気に入ったわ」
「あのさ、トウジと相談してそれにしたんだ。委員長も綾波も、派手なデザインのより、シンプルなのが似合うんじゃないかって」
「そう?」
「ほら、二人とも、その……しゅ、主婦とか似合うタイプだからさ。派手なのは向いてないと思って」
「……主婦にしてくれるの?」
「い、いや、今すぐって話じゃないけど、一度ちゃんと言っとかなきゃいけないかなって。ぼ、僕のお嫁さんは、綾波しかいないよ」
「うれしい。私、頑張るから」
「何を頑張るの?」
「今日、ヒカリのお弁当を食べてて、とてもうれしそうだった、碇くん」
「それは、だって、委員長のお弁当はやっぱり年期が違うから」
「いいの。わかってるわ、まだまだヒカリにかなわないのは。だから、頑張る」
「う、うん。楽しみにしてるよ、綾波の料理」
「あと……碇くん、わがまま言っていい? もう一度、碇くんからプレゼントをもらいたいの」
「え」
「このネックレスはうれしかった。でも、鈴原くんと相談して、私とヒカリの二人とも似合うもの、じゃ物足りないの。
高いものでなくていい。碇くんが一人で考えて、私のことだけを考えて選んでくれたものがもらいたいの。わがまま言ってごめんなさい」
「うん、わかった。自分で考えてみるよ」
【数日後】
「あらレイ、嬉しそうじゃない。何かあったの?」
「碇くんがプレゼントをくれたの。自分で考えた、私だけへのプレゼント……」
「今持ってるの? 見せて見せて! ……ってこれ、かっぽう着じゃない!?」
「なかなか手に入らなくて、第三新かっぱ橋商店街まで行って見つけたって言ってた……私、うれしいの。そこまでしてくれて……」
「ま、まああんたが喜んでるならいいかもね。それにこれって『このかっぽう着を着て、僕のためにご飯を作ってほしい』って意味かも。ある意味プロポーズ?」
「本当!? ……碇くん、私、頑張るから……お嫁さんにして下さい……」
「……いいなあレイは。あたしをいつ貰ってくれるのかしら、あのバカは……ハァ」
【終わり】