The Precious Day

Written by tomo

どこがっていわれると困るのだけど、ここ数日の綾波はちょっと変だと思う。

なんとなく、そわそわしているような、何かを気にかけているようなそんな感じがするんだ。

僕の気のせいなのかもしれないけれど。








「・・先、帰るわね。」


ほらまた、その顔。

一見すると普段と変わらないようにも見える。

でも、絶対違う。違うと思う。

そんな顔、いつもはしないはずだ

どうしたんだろう。


「・・・・」


一瞬だけ綾波は僕の顔を見ると、そそくさと教室を出て行ってしまった。

綾波は自分からは何も言わない。

言わないからこそ気にかかる。


「・・・・そんなに頼りなく見えるのかな・・・僕は・・・」


一人残された教室でそんなことをつぶやきながら、僕は綾波にさよならを言うのを忘れてしまったことにようやく気づく。

ああ、またやっちゃった。

そんな後悔と共に。








「何よ、シンジ、まだいたの?」


僕がいいかげん帰ろうと思って鞄を持ち上げたとき、アスカが突然やってきた。

教室に差し込む夕日をバックに立つ金色の髪をまとったアスカは、なんというか、やっぱりキレイだと思った。


「・・・アスカこそ、こんな時間まで何やってたの?」

「ヒカリの仕事を手伝ってたの。今帰り?なら、一緒に帰ってあげましょうか?」


・・・普通にしていてキレイなんだから、そういう笑顔はやめたほうがいいんじゃないかなぁ。

これはこれで、『小悪魔』的でいいってケンスケが言っていたけど。


「・・・いいよ、別に。一人で帰れるから。」


アスカと帰るのだったら一人のほうがめんどくさくなくていいからね。

それに、今日はなんとなく一人で帰りたい気がするし。


「・・・ちょっと、死にたいの?私が一緒に帰るって言ってるんだから、アンタはついてくるのよ。」


・・・そういって笑うアスカの笑みは、たぶん『小悪魔』じゃなくて『悪魔』っていってもいいような気がする。

『死にたいの?』っていうのはアスカの最近のマイブームみたい。この間見た映画の女性主人公が使っていたんだって。

女性主人公と違って、アスカの場合は半分くらい本気なんだろうな。


「・・・わかったよ。帰ろ、アスカ。」


だから僕はそんな時のアスカには逆らわないようにしている。








「そういえば、アンタ、もう何するか考えたの?」


学校から出てしばらく経った頃、ふいにアスカがそんなことを言った。


「・・・なにが?」


思わずそう答えてしまった自分のうかつさを思いっきり呪いたくなる。


「はぁ???!!!何がって、アンタ、マジで言ってんの?」


予想通りというべきか、アスカはとびっきり大きな声を張り上げた。

こうなってしまっては仕方がない。

あとは野となれ山となれって感じで僕は覚悟を決める。


「・・・マジも何も、アスカが何のことを言っているのかよくわからないよ。」

「っとにもう。バカだバカだと思っていたけれど、まさかここまでバカだとは思わなかったわ。」


ひどい言われようだとは僕だって思ってる。

でもここで言い返すほど僕はバカじゃないんだ。


「もうすぐ百日目でしょうが!!」

「・・・なにが?」


再びそう答えてしまった僕。

・・・やっぱり、バカなのかなぁ、僕って。


「あんた、バカぁ〜!!死にたいの??!!!!」


結果。

ここ最近で最大の雷が僕を直撃したのだった。








アスカによれば、明後日は僕と綾波が出会って百日目になるのだそうだ。

だからそれを記念して僕が綾波に何かしてあげなければならないらしい。

それがこの世界の男子の常識だとアスカは言うけど、はっきりいってそんなこと聞いたことない。

どうせまた何かの本か映画をみて影響されているに決まってるんだ。

だいたい、なんでアスカが僕と綾波の出会った日がいつかを知ってるんだろう。

そう思っても口にはしない。してはいけないと本能が感じていた。


「・・っとにしょうがないわね。じゃあ、このあたしが何をすべきか考えてあげるわよ。」


散々僕をどやしつけた後、アスカはそう言ってちょっと考えるしぐさをした。


「・・いいこと?こうしなさいな。アンタは当日教室でレイにバラの花を一本渡すの。」


どう?いい案でしょう?といった感じでアスカは自信に満ちた笑みを浮かべた。


・・・・そんなの無理に決まってるじゃないか。


「・・なんで教室なわけ?」


無駄と知りつつ、一応、反論のきっかけを探ってみる。


「わかってるでしょ?それくらいしてやんないとレイは驚かないじゃない。」

「・・・驚かせることが目的じゃないんじゃないの・・?」

「っとに女心がわかんないやつね。驚きが多きほうが、喜びも大きいのよ。」


またわけのわからないことを・・・


「・・・でも、教室はちょっと・・・」


なんとか僕も食い下がろうとする。しかし、


「・・・ちょっと、死にたいの?あたしの考えにケチつける気?」


と、ここでキメゼリフが出てしまった。

これ以上の反論は今の僕には不可能なことだった。


「・・・・わかったよ。」


結局、いつものように僕はため息混じりにそうつぶやいたのだった。








そんなわけで、二日後、僕は早朝の教室に一人で綾波を待っていた。

なんで早朝かって?

答えは簡単。

アスカは『教室で』とは言ったけど、『いつ』とまでは指定していなかった。

クラスメイトがいるなかで綾波にバラを渡すなんて絶対無理。

だったら誰もいない教室で渡せばいい。

運よく今週綾波は週番で朝早く学校に来なければならない。

それにあわせて僕も早く登校すれば、誰もいない中で綾波にバラを渡すことができる。

そんな風に考えたってこと。

もちろん、それでもかなり緊張するんだけど。


・・コツ・・コツ・・コツ・・


足音が聞こえた。

教室からちょこっと廊下に顔を出す。


・・・・綾波だ。


間違いない。

僕の緊張は一気に高まった。


・・コツ・・コツ・・コツ・・


足音がだんだん近づいて大きくなる。


ドキドキドキドキドキドキドキ・・・・


それ以上に自分の心臓音がうるさくなる。


・・コツ・・コツ・・コツ・・


ドキドキドキドキドキドキドキ・・・・


・・コツ・・コツ・・コツ・・


ドキドキドキドキドキドキドキ・・・・


・・コツ・・コツ・・コツ・・


ドキドキドキドキドキドキドキ・・・・


そして。


ガラガラガラ・・・


僕の目の前で扉が開いた。


「お、おはよう!綾波!」


自分でもびっくりするくらい大きな声で挨拶する僕。


ビクンッ!!


綾波の体が一瞬びくっと震えるのが見えた。


・・やば、びっくりさせちゃったかも・・・


そりゃあそうだよね。

誰もいないと思って扉を空けたらいきなり声をかけられたんだから、誰だってびっくりする。


「・・・碇君・・?」


いつもより一段と小さな声で、綾波が僕の名前を呼んだ。

綾波の目が僕の目を捉える。

心臓が胸から飛び出るかと思うくらい振動していた。


「・・・・」

「・・・・」


見つめあう僕と綾波。けど、それは一瞬だけ。

僕は覚悟を決めた。


「・・・は、はいこれ。僕達が出会って百日目のお祝い。」


そう言って僕は一本のバラを綾波に差し出した。

綾波はまだ状況が飲み込めてないみたいで僕とバラを交互に見つめていた。

昨日一晩かかって考えた方法。

早朝の教室に突然僕がいれば綾波はきっと『どうして』って尋ねてくるに決まってる。

そういわれたら、僕のことだからなかなか切り出せなくなってしまうだろう。

だから綾波に尋ねられる前に渡してしまおう。

そういうことに決めていたんだ。


「・・・・・・・・」


沈黙。

綾波は、今はもうずっとバラを見つめていた。


・・・・・・・

あ、やば。断られるかもしれないってことすっかり忘れてた。

ど、どうしよう。

気がつけば、僕の背中は汗でぐっしょりと濡れていた。


「・・・・・・・」


綾波はまだバラを見つめていた。

耐えられなくなって僕が目をつむったそのとき、ふいに、手からバラの感覚が消えた。


・・・え?!


びっくりして目を開けると、綾波が僕の差し出したバラを大事そうに胸に抱えていた。そして、


「ありがとう、碇君。」


そう言って綾波は笑った。

その笑顔は僕には正真正銘の天使の微笑みに見えた。








―――――エピローグ(?)――――――

「・・・フフ、シンジも結構やるじゃない。・・・ま、朝なら誰もいないと思ったんだろうけど、そうは問屋がおろさないってね。」

「・・・アスカ、盗み見しちゃわるいわよ。」

「・・・そう言うヒカリだって見てるじゃないの。」

「わ・私は別に・・・」

「はいはい。まあ、いいじゃないの、面白いんだから。」

「・・・それにしても、どうして碇君と綾波さんの出会った日なんて覚えてたの?アスカ。」

「簡単よ。とっても大事な日とおんなじ日だったからよ。」

「大事な日・・・?8月20日って何か特別なこととかあったかしら・・・?」

「あら、知らないの?ヒカリ。」

「なんなの?教えてよ、アスカ。」

「フフッ・・それはね。」

「それは?」

「・・・自分で考えなさいな♪」

「そんなぁ、ずるいわよ、アスカ。教えてよ。」

「し〜らない♪」



FIN  (これを読で下さった皆さんは何の日か分かりますよね?)



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