ネルフ某区画 「………」 そこの廊下を無言で歩く少女。名を綾波レイという。 「………」 整った顔立ちにスレンダーなボディ、白磁の肌に鮮やかな赤い瞳と青い髪。それらは少女を神秘的な雰囲気に彩っていた。 「………」 だが性格の方はと言うと、無表情、無感動を地で行く女の子だった。まぁそれも彼女の神秘性を彩っていたが、社交性の欠片も無い彼女は普段は敬遠されていた。 (……碇君) そんな彼女も最近、気になる人が出来た。彼のおかげで社交性の無い彼女でも最近は挨拶できる様になった。そんな訳で彼が気になるのだが彼女自身の積極性の無さも手伝ってか中々どうにもならないのが現状だ。 (私も弐号機パイロットぐらい話せれば……) とは思っていても人がそうそう変わるわけでもない。そんな風に思考のループに陥った彼女は殆ど周りへの注意も散漫に歩いていた。だから……… ゴチーン! 曲がり角で出会い頭に頭をぶつけ、 ツルッ! 足を滑らせて、 ゴツッ! 頭をぶつける3連コンボをくらった。 「きゅう」 そして普段の彼女に似合わない可愛い声を上げながら気絶してしまった。 |
「痛ったぁー」 少年は尻餅をついた格好そのままに頭をさすっていた。 「うぅ……ツイてないなぁ」 彼の名は碇シンジ、エヴァンゲリオン初号機専属パイロットだが弱々しく優しそうな顔立ちをした普通の少年である。 「一体誰が?」 と少年がぶつかったらしき人物の方に向くと、 「あ、綾波!」 同じエヴァのパイロットの綾波レイが目を回して倒れていた。 「大変だ!」 シンジはレイを頭と背中に腕を回し、レイの上半身を起こすと彼女の頬を軽く叩く。 「綾波!?、大丈夫!?綾波?」 「ん………」 シンジの呼びかけにレイはすぐさま反応を示す。 「よかった、無事なんだね」 「いか……り…くん?」 「うん、大丈夫? 綾波?」 レイはしばらくシンジを見つめていたがゆっくりと口を開く。 「あ………」 そのまま体を震わせていたのでシンジは彼女の言葉を促がす。 「……あ、何?」 「ありがとー碇君、私の事そんなに心配してくれるなんて私感激〜」 いきなり抱き着きつきながら誰も予想のしえないセリフを放つレイに、シンジの思考回路はフリーズした。 それからしばらく。 「………碇君……あったかい……」 シンジが硬化ベークライトよりも硬く固まってるのもお構い無しに、レイは彼にしっかりと抱き着いていた。 「こ〜んなにいいもの弐号機パイロットには渡せないよね」 などと何か不穏な決意をすると同時に止まっていたシンジの時間が動き出す。 「あ、綾波?」 全く回らない頭をフル回転して取り合えず口を開くと、ただそれだけがシンジの口から出た。 「な〜に?」 「頭、大丈夫?」 取り合えずシンジはレイの症状を聞く。ただその言葉が外身か中身のどっちを聞いたのかは定かではない。 「う〜ちょっと痛いかな」 当の本人は自分の変化に自覚がないのか後頭部を抑えてうめいていた。 「じゃあ、一緒に医療室に行こう」 「うん!」 シンジは事態がまだよく飲みこめないままレイを連れて医務室へ歩き始めた。 医務室でCTスキャンを受け、異常無しと判断されシンジとレイはネルフを出た。 (もう、治ったのかな?) 医務室で検査を受けている間、レイはただ黙ったままだった。その姿はいつものレイそのものだったので、あの明るい姿はもう消えたものだとシンジは思っていた。 「ちょっと残念かな」 「碇君、何が残念なの? 私だったら相談に乗るよ?」 「うん、綾波の性格が元に戻って残念だな………って、ええっ!」 全然戻ってなかった。それどころかドサクサに紛れてシンジの左腕に右腕を絡ませていた。 「って事は碇君は私の事好きなのかな、キャッ! うれし〜」 そういって頬に手を当てながらイヤンイヤンする姿はなんとも新鮮でシンジの脳天に突き刺さるが、そんな事お構い無しにレイは唐突に考え込むと、 「ねぇねぇ碇君。 碇君の事『シンジ君』って呼んでいい?」 「えっ!? あ、うん」 「シンジ君、シンジ君、シンジ君、シンジ君。ん〜〜〜〜〜〜」 余りにいきなりな提案にシンジは驚いて曖昧な返事をするが、当のレイは飛び跳ねながら喜んでいる。 「そ、そんなに嬉しい?」 「うん! これでアスカ………」 とそのまましばらく固まっていた。余りに長い間固まっていたのでシンジが声を掛けようとした時、彼女はあらん限りの声で叫んだ。 「……ああああああああああああああああっ!!!」 「こ、今度は何?」 「シンジ君、今夜泊めて」 一体何処からどう考えればそういう結論に達するのか、いきなりな提案に無駄な沈黙が場を支配する。その沈黙を始めに破ったのはその沈黙を作り出した彼女自身だった。 「ダメ、なんだ……」 「へ?」 「私が…ヒック……シンジ君の家に……ヒック…泊まっちゃ……ヒック…ダメなんだ」 そう語る彼女の瞳に涙を溜まっていた。 「シンジ君…ヒック……私の事……ヒック……嫌いなんだ」 「え、そ、そんな事……」 「私嫌われたんだ。………うぇぇええええええええええん」 いきなり泣き出したレイにシンジは慌てて宥める。 「ちょっ、ちょっとこんな所で泣かないでよ」 「うぇぇええええええええええええええええええええええええん」 ところがシンジの必死?の言葉にもレイは泣き止む気配は無い。まあ辺りに人がいないのが不幸中の幸いか。 「うぇぇええええええええええええええええええええええええん」 「わ、わかったよ。今日家に泊まってよ」 「ホント!? やったー!!!」 シンジの家に泊まっていいと言われて、レイはあっさりと泣き止むとまたも飛び跳ねて喜びを表している。 「じゃあいこう、早速いこう」 「う、うん」 という訳でレイは嬉々としてシンジを連れ、彼の家に向かうのだった。 「じゃあ、これは?」 「うん、良いと思うよ」 さっきからレイが試着してシンジが感想を言う、それに気を良くしたレイがまた別の服を選ぶという循環が続いてる。 「じゃあねじゃあね、これは?」 と彼女が取り出したのは濃い紫色のワンピース。 「そ、それは……ちょっと……ダメだと思うよ」 とはいえシンジもちゃんとダメなものはダメと言ってるので変な服を選ぶこともない。 「う〜ん、じゃあねじゃあね………」 それでもめげずにレイは新しい服を物色し始め、シンジはそれを後悔のため息を吐きながら見ていた。何故にこんな状況になったかというと、 『ねぇ綾波』 ふたりはあれからシンジの、まぁ本当はミサトの家なのだが取り合えず彼の家に向かっていた。最初はレイが腕を組んで歩こうとしたが、シンジが消極的に嫌がったので肩を並べて歩いていた。 『泊まるのはいいけど着替えは?』 『ふぇ、なんで?』 シンジの隣で、まさしく1ミリの隙間もない隣でレイは間抜けな疑問の声をあげた。 『なんでって寝るときには寝間着も必要だし……』 とレイに説明するもののその声は段々小さくなっていく。 『明日着る服だって要るし……』 彼女の何の疑問も無い笑顔に、彼女が服の1着も無い事に思い至った。 『………そういえば……服』 『コレしかないよ』 そういって彼女の示したのは当然彼女の着ている学校の制服だった。 『ダメ?』 無邪気な笑顔で聞くものだから、シンジはつい『問題無い』と答えてしまいそうだが、それでも気力を振り絞り、 『服………買いに行こう』 とまあ、こんな感じでレイの服を買いにこんな場所までやってきたのだった。 「はぁ」 ちなみに今は女性用の下着売り場にいる。ちなみにさっき買った服は一部を除いて郵送してもらった。 「え? アレ? なんで? いつの間に!!?」 まぁ流れ的には当然な形ではあるが、この場合は作者の意図とか色々ある。 「あ、これもいいかも」 と声が聞こえてきた方を振り向くと、カーテンが閉じた試着室があった。 「え?」 「う〜ん、迷うなぁ」 当然、中にいるのはレイである。 「やっぱりシンジ君に選んでもらうのが一番よね」 「ちょっ……ま、まさか……」 そのまさかである。 「シンジ君、これどうかな?」 カーテンを開けたその奥に薄い桃色の下着だけを身に纏った少女がいた。 「ってシンジ君?」 その無邪気な色香に悩殺されたシンジが、鼻血を出してぶっ倒れたのは言うまでも無い。 そんなこんなで買い物も終わり家に帰ると辺りは既に黄昏時だった。 「はぁ疲れた」 シンジは両手にぶら下げた夕食とレイの服を下ろすとなんともジジくさいため息を吐いた。 「ホント、疲れたねぇ」 シンジの4分の1の荷物しか持ってないのに、隣でそんな声をあげるレイは疲れたというよりはとても嬉しそうな顔をしていた。 「で、何してたのかしら? ふたりで」 突如掛けられたその声に振り向くと、まるで燃え上がるような赤い髪の少女が仁王立ちでふたりを迎えた。 「ア、アスカ……」 青い瞳に怒りの炎を宿しているアスカにシンジは逃げ腰になるが、レイは全く臆することなく彼女と対峙する。 「私とデートしてたの」 「なっ!!」「綾波ぃ!!?」 その口から出てきた爆弾発言にその場にいた二人は驚く。アスカは即座にシンジの襟首を掴み手元へ引き寄せる。 「どういうこと?」 「べ、別にデートなんてしてないよ!!」 なんでそんな目に遭ってるのか訳が解からないまま弁明するシンジ。 「今、ファーストがそういったじゃない!!」 「一緒に服を買っただけだよ、ね、綾波」 とレイに聞くが当の彼女はキョトンとした表情でシンジを見ていた。 「だからデートでしょ?」 「やっぱりデートなんじゃない!!」 レイのセリフにアスカはやっぱり襟首を両手で握り揺さぶる。 「デートじゃないの?」 その言葉に一時停止するふたり。 「だってデートって男女が一緒に外で買い物したりお食事したりする事でしょ?」 一時停止したふたりは『まあ、確かに、そうだけど』と心の中で呟く。 「あれ、どうしたの?」 「綾波、それは違うんだよ」 シンジは一時停止から立ち直ると彼女に説明する。 「ちがうの?」 「うん、この場合はね」 その説明にレイはがっかりとした表情になる。 「そうなんだ」 まぁそれでひとまず場が落ちついたのか、これ幸いにとシンジは夕食の準備に取りかかった。 そうして無事食事も終わった。ちなみにミサトは今日は夜勤らしい。どんな夕食だったかは以下にダイジェストで纏める。 「今日はハンバーグね」 「私、お肉イヤァーーーーー!!」 「ワガママいってんじゃないわよ!!」 「まぁまぁ」 「シンジ君が食べさせてくれたら食べられるかも」 「ふざけんじゃないわよ!!」 「シンジ君の隣ーー!!」 「コロスワヨ」 「ハイ、野菜ハンバーグ」 「やったぁー」 「あんたねぇ」 「唐揚も作ってあるから、ね」 「そ、そこまでいうなら」 あとはご想像にお任せします。で食後のバスタイム。 「あれ? お風呂はもう上がったの?」 夕食の後片付けも終わると、リビングにくつろいでるのはアスカひとりであった。 「そんなのとっくの昔に上がったわよ」 となると今、お風呂に入ってるのはレイである。 「ふーん」 「そんなことより、あの娘どうしちゃったのよ?」 あの娘というのは勿論、今お風呂で呑気にシャワーを浴びてる彼女である。 「なんか頭をぶつけて、それで」 「あんな風になったわけね」 シンジの二の句を告ぐとアスカは嘆息した。シンジはその嘆息の意味はわからなかったが、レイの事を心配してるんだなとアスカを見直していた。 「……なったら………困るじゃない」 「アスカも綾波の事心配してるんだ」 「え、あ、も、勿論よ」 何故かアスカは慌ててるがシンジはそれには気が付かなかった。というより気が付けなかったというべきか。 『イヤーーーーー!!! シャンプーが目に!! 目にーーー!!!』 と風呂場から愉快な悲鳴が聞こえたからだ。 『痛いよう、痛いよう』 なんとも恨めしい声が響くがシンジは勿論入ることはかなわず、アスカもどうすればいいのか迷っていた。 『ふぇーん シンジ君 助けてーーー』 その声と共に聞こえた戸を引く音がアスカの意志を決定付けた。 「アンタ、そこ動くんじゃないわよ!!!」 間一髪、シンジの視界に入る前にレイの裸は風呂場の奥に封印された。 『頭が、頭が痛いよう』 『ふざけんじゃないわよ、ほら頭貸しなさい』 『アッ、熱、熱い、やだ熱湯やだぁ』 『黙ってなさい、ほらこれでいいでしょ』 『や、目、開けたくない、イヤァーーーーー』 その声を最後に一端声は途絶える。そして、 『ほら、大人しくしなさい』 『あ、足、くすぐったいよう』 『ここ、と』 『や、首ぃ……』 『ほらここも』 『背中、背中いやぁ』 『ここも……意外に大きいわね』 『や、胸やめてぇ』 『ここは念入りに、ネ』 『やっ、そこは、やぁあ』 シンジは一端下を見て、 「………」 もう一度真正面を見る。 「膨張してしまった」 と少年は自らの想像力に負けてしまった。もちろん上のピンク色のセリフは体を洗ってる声である。まぁお約束な展開にお約束な反応をするシンジ。そこへ、 「シンジ君、助けてぇ」 泡だらけのレイが助けを求め飛びこんで来た。一応、石鹸の泡によって大切な所が隠れてるがむしろそっちの方が始末に悪い。 「アスカが、アスカがいじめるのーー!!!」 抱き着いてシンジに訴えるが当の本人はウンとも寸とも言わない。 「シンジ君?」 そのままレイを支え切れず倒れこむシンジ。 「え、なんで? なんでぇーーーー!!?」 もちろん血液が脳に廻らなくなり失神したのである。 「ニガサナイワヨ」 恐ろしい声と同時に頭を鷲掴みした手が、彼女を無理矢理後ろを振り向かせる。 「は、あ、あう」 そしてその目が最後に見たものは、 「カクゴシナサイ」 三白眼に怒りのマークを顔に2,3浮かべたアスカの顔だった。 「イーーーーーーヤーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 後に彼女は「使徒より怖いの」とこの日の事を語っていた。 ガバッ 目覚めると時計の針は長短とも2の付近を指していた。 「あ、僕?」 とりあえず自らの状況を把握する。服はさっきのままだったが一応ドライヤーかなにかで乾かしてあるのか不快感は無い。 「そっか気絶したんだ」 情けないと思いつつも、あのまま気絶しなかったらどうなっていたかと想像して安堵のため息をつく。 「そういえば、お風呂まだだったな」 入る間もなく気絶したので致し方ないが、目が覚めてしまったのでついでに風呂に入ろうと思い立ちあがろうと手をベッドにかける。ムニュっとした暖かく柔らかい感触が手に伝わる。 「ムニュ?」 ムニュである。決してベッドの軋むたぐいの音ではない。ついでに言うとトクントクンといった定期的な音もその手から伝わってくる。 「ま、まさか」 シンジはゆっくりと顔を手のほうに向ける。そこには予想通りレイの胸があった。 「胸……くすぐったい。………けど」 甘えた声でそう呟く。そこには恥ずかしさは微塵も見えない。 「何か、気持ちいいよ」 「なぁなななななあなななあや、あやあや、綾波ぃ!!!!」 シンジはとっさに手をはなしベッドと床の段差もものともせずに壁まであとずさる。 「ななななななななななな、なんで綾波がぁ!??」 「んー、シンジ君と寝たかったの」 無邪気に危険なセリフを口にする。あまりにも危険な状況にシンジは何するでもなく動けないでいる。 「ぬぅ やっぱり寒いの」 彼女はそういってベッドから降りるとシンジの元に歩み寄る。ちなみに年中夏のこの国では夜とは言え寒いなんてことはない。 「あ、あ、あやな、み」 ちなみに彼女は今一糸纏わぬ姿でシンジの前にいる。月明かりでもあれば余す事無く見えるだろうが生憎この部屋に窓はない。 「やっぱりシンジ君が暖かいの」 シンジにピッタリと引っ付くとただそういって安らかな顔でいた。 「あ、ああや、のあの、あ、あ」 寄り添われているシンジのセリフはもはや意味をなさない程に混乱している。 「なぁああああああああああああああああああああああああ……………」 そして最後の絶叫と共に、 ガラッ ふすま戸を開けて乱入者が現れる。 「ふぇ!!」 レイはその音と気配に振り向くと、 「チュウコクハシタワヨネ?」 三白眼に怒りのオーラを纏ったアスカの姿だった。 「ブジニカエレルトハオモワナイコトネ」 「た、た、助けてぇシンジ君!!!」 だが彼女の救世主は、 「………」 もれなく気絶した後だった。 「カクゴハイイ?」 「イーーーーーーヤーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 こうして夜はふけていく。ちなみにレイは以後もこの症状が治らずちょくちょく遊びにきては、というより同居までにもち込み毎日毎夜騒ぎを繰り広げてるとの事である。 終わる。はず。 |