「鈴原君のことは、悪かったと思っているわ。
でもシンジ君、これだけは覚えておいて。
私はあなたに自分の夢、願い、目的を重ねていたわ。
いえ、私だけじゃない。
それがあなたの重荷になっているのがわかっていても、私たちネルフのみんなはあなたに未来を託すしかなかったのよ。」
目を真っ直ぐに向けずに、ミサトはシンジに語りかけている。
しかし、シンジの瞳は人を馬鹿にしたような、それでいて無気力な色しか見せていないようにしか見えなかった。
「ミサトさんの夢って……願いって何なんですか?
人類の平和ですか?
人の命を踏みつけにして?
人の命の重さは同じなのに?」
「ごめんなさい……勝手な言い分だったわね。
本部までのパスコードとあなたの部屋はそのままにしておくから。」
「ムダです。
僕はもう、エヴァには乗りません。」
「さよなら、ミサトさん。」
どこか嘲るような響きの挨拶を残し、シンジは改札口へと消えた。
Neon Genesis Evangelion
第1回「師弟」対決
「空の色」
Written by YANAI Mirea
電車の到着まではまだ十分に時間があることを告げる時計を見、一息つくとシンジはベンチに腰掛けた。
そして、ふと澄んだ空を見上げたが、その青い空は、シンジにえらく不自然に感じられた。
澄んでいて、昨日と変わらないはずなのに、昨日と比べてずっと暗く見える。
昨日までは心の中に渦巻いていた父への怒りも、友の死を悼む気持ちも、もう型を成していない。
その理由はシンジ本人にも感じられた。
此処、第三新東京市に父から呼びつけられ、信じられないことばかりの中で、色々な人に出会って、それ以来ずっと、とうに閉ざしたはずの心の扉が開いていたのだが、今はもうその扉はまた閉ざされてしまったからだと。
今はもう、友の死に捧げる一滴の涙も出ない。
「ごめん、トウジ……
今はもう、涙も出ない……」
それだけつぶやくと、シンジは思い出したようにS−DATを出そうとして鞄を開けたが、その中に意外なものを見つけて、ふと手を止めた。
「本部のセキュリティーカード……」
それはほかでもなく、「帰らない」と宣言したネルフのIDカードだった。
シンジは何気なく、それを投げ捨てようとしたが、不意に頭の中にたくさんのイメージが流れ込んでき、シンジは手を止めた。
綾波レイ
惣流アスカラングレー
葛城ミサト
3人に限らず、此処に来てから出会ったすべての人のイメージが、シンジの頭中を飛び交い始める。
そしてやがて、それはもっと明確なビジョンとなり始めた。
初めて会ったときの、苦しみながらも命令を遂行しようとする包帯を巻いたレイ
自分の家族として接し、保護者として自分を見守っていたミサト
いつも無表情だったレイ
罵倒ばかりしていたのに、時折年相応に少女らしいところも見せたアスカ
なぜかいつも、目が覚めるとそこにいてくれたレイ
結局どんな奴なのかさっぱり分からなかったけれども、いつも一緒にいたケンスケ
ヤシマ作戦の後、初めてシンジに笑いかけたレイ
そして……
いきなり殴り付けてきた。
授業を抜け出してまで自分の見送りに来た。
気がついたらケンスケ共々3馬鹿と呼ばれるほど仲が良かった。
エヴァのパイロットに選ばれた、というとき、「怖い」と言った。
「スマン」と、自分に土下座してきた。
自分の目の前で死んだ…………
「トウジ……」
もう出なかったはずの涙が、一滴、こぼれ落ちた。
『こちら参号機回収班。
パイロットを発見。
頭部裂傷、右足切断。
心音脈拍、共にありません。』
菌糸状の使徒が付着したエントリープラグの残骸から、物々しい防護服を身につけた回収班がパイロットを引きずり出す様が浮かぶ。
「思い出させないでくれ……
やめてよ……」
哀願するようにつぶやくシンジの瞳から、また涙が一滴こぼれる。
エントリープラグから引き出されたのは、奇妙なことに包帯を巻いたレイだった。
「綾波……トウジ……
僕は……僕は……」
ついにこらえきれなくなり、シンジの瞳からは大粒の涙が流れ始めた。
と突然、あたりに最早聞き慣れたサイレンが響き渡る。
シンジは反射的に駅の表示板の方を振り向いた。
特急の到着を示していた案内板は、今は避難経路を示している。
「ただいま、東海地方を中心に非常事態宣言が発令されました。
住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ避難してください。」
非常事態宣言、それが意味するものは明確だった。
「使徒だ……」
UNの戦闘機がすぐ上を飛び、ジオフロントの方からは爆音が聞こえてくる。
にもかかわらず自分が此処にいることに、シンジは妙な違和感を覚えた。
「僕は……もう乗蕕覆い函帖跳茲瓩燭鵑澄帖帖
そう絞り出すようにつぶやいても、足はなぜか本部の方へと向かって歩き始めていた。
頭の中で、皆がシンジに笑いかけている。
突然、その皆の笑顔が崩れ始める。
皆が…………死ぬ!?
何故そう思ったか、それすらよく分からなかったが、シンジの第6感のようなものは、アスカとレイだけで使徒に勝つのは不可能だということを告げていた。
そして、歩く内に、シンジの心もいつの間にか本部へ戻り始めていた。
褪めていた瞳が、光を取り戻し、そして焦りを帯びていく。
それに会わせるように歩調も速くなるが、とうてい間に合いそうになく、シンジには「思えた」。
そこに、クラクションが鳴った。
「こんな所で何をやっているんだ?
避難もしないで……」
「加持さん……何で此処に?」
「いや、ちょっとドライブにね。」
さり気なくはぐらかす加持に、シンジは苛立ちつつも、揺れる大地で、やがて決断した。
「なら、本部までドライブ、お願いできますか?」
加持は一瞬、意外そうな顔をした。
そして、次の瞬間、
「了解。」
一瞬真顔になり、そしていつものどこかニヤけた顔で車のドアを開けた。
「しかし、本当にいいのかい?
もう乗らないと決めたのだろう?」
車に乗って、しばらくたった頃、不意に加持が訪ねた。
「僕にも……よく分かりません。
でも……ここで逃げたら、自分が自分でなくなってしまう気がするんです。」
「しかし、君の命だって懸かっているんだ。
それは分かっているんだろう?」
「僕は……」
「ここで乗らなければ、君はおそらく死ぬことはない。
ヒーローを気取るんなら止めるんだな。」
加持はそういうと車を止め、真剣にシンジの瞳を見つめた。
一瞬、もう一瞬間が空く。
「それでも……あそこには、僕の絆があるんです。
僕は、絆を失ったままで生きていくことはできません。」
シンジの耳の中で、いつかレイが彼に言った台詞が渦巻く。
『それは、死んでいるのと同じだわ…』
「そうか……」
加持はそれだけ聞くと、また車を飛ばした。
「もう少し行くと、ネルフのシェルターに着く。
そこにあるリニアシューターで本部まで行ける。
もう一度だけ聞くが、本当にそれでいいんだな?」
「はい。
逃げてばかりじゃ、答えは見つかりません。」
きっぱりと言い切ったシンジに、加持は不意に表情をゆるめた。
「分かってるかもしれないが、俺は、君を連れ戻しにここに来た。
君には以前言ったことがあるだろう、『逃げてはいけない』と。
だから、君の方から来てくれたときには嬉しかった。
だけど、その分心配になったんだが、どうやらそれも大丈夫なようだ。」
「何が…ですか?」
「いや、いいんだ。」
シンジに加持の胸中を察することはできなかったが、それでも降りる間際、加持に礼を言うのは忘れなかった。
「ありがとうございました。」
もう、空は暗くはなかった。
「ダミープラグ拒絶!
だめです、反応ありません!」
「続けろ!
もう一度108からやり直せ。
……くそっ。」
ダミーシステムを受け入れようとしない初号機。
ゲンドウは思わず拳を机に打ち付けた。
「何故だ!
何故レイを、ダミープラグを、私を……拒絶するのだ!
何を考えている……ユイ」
そのつぶやきが聞こえたのか、すべてのディスプレイに「答え」が映し出される。
「これが……これが、おまえの答えだというのか……」
大小問わず、すべてのモニタに映し出されるシンジの姿に向かって、ゲンドウは突っ伏した。
「父さん!!」
と、向こうから、いないはずの人物の声を聞き、ゲンドウは振り返った。
荒く息をつき、それでも意志のこもった瞳でこちらを見上げている。
「父さん、僕を初号機に乗せてください。」
「シンジ、何故此処にいる。」
いつものように見下す視線でシンジへと問う。
しかし、シンジはいつものようにおびえた様子は見せなかった。
「僕が、エヴァンゲリオン初号機の、パイロットだからです。」
あとがき
お久しぶりです(汗)、ミレアです。
かれこれ様々な事情(と小規模な逃亡)のせいで、しばらく登場できませんでした。
今回、自分でも感覚を探りながらの作業となりました。
逆の意味で「継続は力なり」を確認しました……(w
今回は、私のコンセプトとして「そのまま、エヴァに埋め込める」として執筆しました。
そういう風に感じていただければ幸いです。
それと、これは後から書き足していますが、今回、この競作で勝てるとは毛頭思っていません。
元々不可能であることは承知の上でしたが、今回自分の書いた作品を読み返し、そして師匠やのの先生の作品を読んで…あらためて不可能だと感じました。
まあ、ここは一つ修行と言うことで…と思っています。
とりあえず、投票宜しくっ!(おい
ミレア