「ずっと見える場所」にいたい。
服を買いに行くとき、一緒にいる
人。
おはようを最初に言う相手。
あるいは同じスニーカー
を使い回せる関係。
月と狗、あるいはこの星
Written By NONO
「久しぶり」
「ああ、うん
、久しぶり」
彼女の気配に気づかず、いきなり姿と声が飛び込んできたた
め、六年ぶりの再会はこうしてちゃんと場所を設けてのことであるにも関わらず
、唐突なもののような錯覚を覚えた。やはり緊張する。当然だ。繰り返すが、な
にせ六年ぶりだ、彼女と会うのは。
短いやりとりの間には、あって然るべ
き溝や間などはなく、友人と待ち合わせていたかのように自然なものだった。そ
の振る舞いが今の僕たちには不自然なものであることは承知していた。それが自
然な振る舞いになれればとは願っているけども。腕時計が急に重く感じる。心臓
が高鳴るのは、決して酒だけのせいではなかった。
彼女はコートとマフラ
ーを脱ぎながら、周りを見渡していた。彼女に「どうかした?」と訊ねると、彼
女は苦笑いを浮かべ、
「こういうところで男の人と待ちあわせるって、なか
ったから」
「まあ、それはお互いさまだよ。加持さんと一緒に来たことがあ
るんだ、一度ね」
ここは、第二東京のど真ん中にある個人経営のイタリア
料理屋。あまり混んでいないうえに、今僕達がいるのは一番端のため、人目を気
にすることはない。彼女との再会をこの店に指定したのは、酒を飲みながらでも
ないと気軽に話ができなさそうだということがあった。けれど、まともな食事も
できないような安い居酒屋で彼女と会う気にはなれず、以前加持さんと二人で飲
んだこの店を思いだしたのだった。ここなら落ち着いて話もできるし、雰囲気も
悪くない。財布がいつもより軽くなるのは、この際目を瞑るとして。
僕は
すでに注文していたビールをグラスに注ぎ、つきだしとして出てきた三切れのマ
グロのカルパッチョに目をやったが、食べるのはやめた。彼女が来たばかりだ。
少し彼女に集中すべきだろうと考えたのだ。そんなことを考えるなら、ビールな
んて頼まなければよかったな、とも思った。でも、そもそも酒を飲みながらでな
きゃ話せそうにないと思っていたのだから、自分勝手な話だ。
ホールスタ
ッフが彼女の隣にやってくる。彼女はメニューに素早く目を通すと、「Becks」と
だけ告げ、向き直った。
「渋いね」
「碇くんこそ」
彼女はテーブ
ルにある、水滴まみれのSamuel Adamsを指さした。確かに、人のことは言えない
か。僕もまた、苦笑いを浮かべる。ぎこちない、少し相手の様子を窺うようなや
りとり。友達に紹介された女の子と話しているかのような雰囲気だった。まさか
この水色の髪の女の子と話していてこんな雰囲気を味わうことになるなんて、想
像しなかった。そういう笑いでもあった。
「まあね」
二分後、彼女の
ビールとカルパッチョが運ばれてきて、彼女は自分でグラスにビールを注ぎ、軽
くそれを掲げた。グラスの中身は半分になってしまっていたが、僕もグラスを掲
げ、かちん、とグラスを鳴らした。
いくつかの料理を注文し、ビールを流
し込む。それからようやく僕らは少しずつ話しはじめた。どんな高校に通っただ
とか、そこでやってた部活がどうのこうの、という話。ほとんど同窓会のような
気分で喋っていた。他にもっと話さなきゃいけないことがあるのに。
でも
、とりあえずきちんと話ができて、笑って食事をしていられるんだから、これで
十分じゃないかという気もした。早速勝負を捨てかけている自分に呆れながらも
、そう思った。
それにしても??変われば変わるものだ、と思う。彼女の
ことだ。僕自身も少しは変化があったと思うけれど、彼女はその比ではない。薄
桃色のマニキュアと口紅、前より少し伸びた髪。黒いジーンズ、白いシャツの上
に黒い薄手のカーディガン。中学校の制服とプラグスーツ姿以外に見たことはな
かったにせよ、見違えるような恰好だ。普通の服装なのに。でも右手の小指には
指輪がはめられているし、左手首には細い鎖が巻かれていた。よく見ると、腕時
計らしかった。
「変わったね、綾波。少なくとも、見た目は」
素直な
感想だった。それ以外に言葉が見つからない。
「そうね。でも、お互いさま
だと思うけど」
「まあね。なんせ……なんせ、何年ぶりだっていう話だよ、
最後に会ってから」
「ちょうど六年くらいたってるんじゃない?」
「う
ん」
「でも、安心したわ」
「なにが?」
「碇くん、そんなに変わっ
てないから。体中にアクセサリーじゃらんじゃらんに着けてるようだったらどう
しよう、って思ってたけど」
「なにそれ?」
「まあ、もちろん、碇くん
はそういう人じゃないってことくらいわかってるけど」
「でなきゃ困るよ」
彼女が叩く軽口を平然と受け止めている。彼女の口から出るそれがとても自然
だからかもしれないけれど、つまりは会わなかった時間がこれほど長かったぶん
、どこか彼女のことを別人のように見ているのかもしれない。もちろんそのこと
がいいことだとは思えない。これは単に逃げているだけだ。
彼女がウェイ
ターを呼び、僕に「どうする?」と、テーブルに広がっているメニューを指した
が、僕はまったく目を通していなかった??それどころか僕としゃべりながらも
彼女は何を頼むか決めていたことに驚いたぐらいで??ので、彼女に任せること
にした。彼女がいくつかの料理を注文し終え、「全部一つで」とつけ加えたとき
に人さし指を立てた。その指と僕の目線の間にあったビール瓶がからになってい
るのに気づき、僕は慌てて「コレ、もう一本ください」と告げた。ウェイターは
頷き、最後にお辞儀をするとき、品定めするような視線を僕に送った。向こうか
らすればそれとなくのつもりだったのだろう。でも、長年のクセからか、そうい
う視線には時に自己嫌悪を抱くほど鋭くなっていた。僕とほぼ同年代であろう彼
には、僕らはどう映っただろう。会話を聞いていたなら、少なくとも現在恋人同
士であるとかいう判断はしないだろうけど、「不釣り合いだ」とは思われただろ
う。
ウェイターが下がってすぐ、僕は気になってたことを訊ねてみること
にした。
「アスカとは、連絡取りあってたんだ?」
「ええ、ちょくちょ
く」
「じゃあ、アスカが日本に帰ってきてることも知ってる?」
彼女
は肩をすくめ、
「昼、会ってきたの。たっぷり搾られたわ」
「ああ、同
窓会?」
「参加できなかったの、わたしだけだったから。それも含めて、色
々」
「二人以上欠席者がいたらやる意味あんのかってくらい少数精鋭ではあ
ったけど」
この夏、アスカ、トウジ、ケンスケ、洞木さん、僕。それに綾
波を足して六人だけで同窓会をしようという話があって、実際行ったけど綾波だ
け来られなかった。理由は大学のレポートの提出期限が迫っているからというこ
とだった。実のところ、僕はあまりそれを信じていない。
「だから近々また
集まる機会を作ろうとしてるみたい」
「アスカも、意外にこういうのはまめ
だよね。こんな、タイプだったっけ?昔は……」
「あの頃のあの街に住んで
いた全ての人たちは、常に仮面を被っていたんじゃない?」
僕の言葉を待
たず、彼女は言い放った。今までと比べてやたらと熱がこもっていたその言葉に
一瞬呆気にとられた。これまでおとなしく話をしてきたはずだ。それなのにそう
いう話に持っていった彼女の心境がわからなかった。
(でも、実は答えは単
純だったりするんだ)
僕は実はわかっていて、答えも見えかけているのに
、見えないフリをしていざというときの責任逃れのための打算で「わからない」
と言っているのかもしれない。
「綾波も?」
「……」
意地悪な質
問だと気づいたときには遅く、彼女は少し目を逸らした。
「ごめん、今のな
し」
あの頃のことを今振り返ると、彼女自身は昔の自分をどう思うのか、
取り消した後で気になった。でも、それは勝手な話だ。嗜虐に近いかもしれない
。
ところが彼女は笑みすら浮かべ、首を横に振った。それから自然に手を
伸ばし、僕の頬に触れた。流してもいないのに、まるで涙を拭ったような手つき
に戸惑いながら、6年前のいつかも同じようなことがあったのを思いだした。
「……綾波は、中身は変わってないかもね」
綾波が僕にそっと触れてくれ
たのは、僕がネルフに来てから半年以上もたったころのことだ。とうとうエヴァ
操縦者が??アスカが今後の戦闘が不可能になって、さらにその少し前に加持さ
んがいなくなった。加持さんは最後に会ったとき、おかしなものをくれた。中に
一本煙草が入っている、口のない、短いガラス管。ガラスを砕く以外に煙草の取
りだしようがなく、ガラス管には赤い字で「我慢」とプリントされていた。一体
どこで買ったのか知らないが、冗談みたいなソレを加持さんは僕に渡し、去って
いった。
もっとも、結局加持さんは生き延びることに成功したのだけど、
とにかく僕はあのころ急速に一人になっていった気がしていた。そんなある日、
ジオフロントの中で会った綾波は、涙を拭ってくれた。体温を感じさせてくれた
。
手を離し、綾波が言った。
「わたし、前に碇くんにこうしたと
き、嘘をついたわ」
「嘘なんかついてないと思うけど」
「ついたわ。今
はこうして生きているけど、当時は碇司令の目的通りに消滅すると思っていたか
ら、あのとき「わたしはここにいる」っていうのも、あのときは嘘だったのよ。
碇くんに一人だと思って欲しくなかったからついたことだけど……」
彼女
はさらりとそんなことを言う。それから酔いの回った目で僕を見つめ、また僕の
頬に触れた。ふと、途方に暮れた。彼女がどうしたいのか、わからない。彼女は
昔と同じように想ってくれているのだろうか?戸惑いを隠すため、ビールを飲ん
だ。アルコールが滲みる。
「まあ、でも、今生きてるんだしいいんじゃない
?」
「そうじゃなくて!」
「ン?」
「さっき私のこと「変わってな
いかも」って言ったでしょ?」
「うん」
「でも、そう見えるのは碇くん
だけよ、きっと」
「なんで?」
「だって、他の人には嘘なんてつかなか
ったもの」
「それがどうして僕だけ変わってないように見えることになるわ
け?」
「今は他の人にも嘘をつくから」
「は?」
「だから!」
綾波はあからさまに苛立っていた。けれど、僕には彼女の言いたいことが見え
てこない。
「碇くんといるときだけ、わたしは今のわたしとほとんど変わら
ない自分でいられたの。だから、わたしだって変わってないわけじゃないんだか
ら」
「ああ……」
まただ。こういうことを言ってくる。
なのに
、彼女もまた明確には(僕よりよっぽど言っているけど)僕らの関係をいびつに
させている原因を切り出してはこない。そこに戸惑いを覚えたけど、彼女にして
みればまったく言ってこない僕によっぽど戸惑っているにちがいない。
そ
れを自覚していても、僕は黙ったままだった。
あの日と同じだ。勇気がな
かった。
それから一時間以上たって、僕らは外にでると、公園に向か
った。綾波が「少し外にいたい」と言うからそこに移動することになったのだ。
「碇くんさあ」
夜空を見上げながら歩いている綾波は、酔っているせいで
語尾が不安定になってきていた。「そういう綾波レイ」なんてもちろんはじめて
見るわけで、新鮮でかわいらしい。
「ン?」
「前に満月見てわたしを思
いだすって、言ってたわね」
「ああ……最後に会ったときね」
ついに
向こうから切り出してきた。
僕の人生最悪の日。
僕らは結局、サー
ドインパクトを防ぐことはできなかった。
生存者の中で最もそれに深く関
与した綾波に直接会うのは禁じられていた。綾波がこの世界に帰ってきてから、
会うのにひと月以上かかった。僕はもう、翌日には第2東京に行かなくてならな
くなっていた。
「恐かったでしょ?わたしに会うのが」
核心を突いて
くる。でも、隠していいことじゃない。もともとあそこから生まれた歪みを正し
たくて今日という日を設けたのだから。
「正直、ね……いや、綾波が恐いん
じゃないよ。そんなんじゃなくて…………ただ、恐かったんだ。言いたいことを
言ったその先が恐くて、逃げたんだ。そのせいで最悪の方向に向かっちゃったの
は痛恨の極みだ」
「……」
「綾波にはひどいことを言ったよ。あのとき
綾波になんて言うか、悩んだけど……でた結論がアレって言うのは、まったく最
悪だ」
「……」
公園が見えてきた。すぐ目の前に自動販売機があった
ので、言葉をさがしている綾波に「ちょっと待って」と言ってからあたたかいお
茶を二本買って、ひとつを彼女に渡した。自動販売機の光が顔に赤みがさした彼
女を照らす。
「ありがとう」
「いえいえ」
それを飲みながら歩き
続け、ほとんど誰もいない公園に入って、ベンチに座った。会話はなかった。そ
れでも、さっきの店でまるで同窓会のような雰囲気でしゃべっていたり、または
彼女をまるで別人のように感じていたあの時の方がよっぽど不自然だ。今は、嫌
な沈黙だけど、少なくとも正常だ。
さっさと飲み終えた彼女より五分近く
も遅れてお茶を飲み干すと、だらんと垂らしたままの僕の手をいきなり彼女の手
が包んだ。それ自体にも、その手の冷たさにも驚いた。
「あ、あの……缶、
捨ててくるよ!」
「え、あ、うん……」
僕は慌てて立ち上がって彼女
の手を振り払うと、もぎとるように空き缶を受け取った。
五メートル先の
ゴミ箱に向かってゆっくり歩きながら、考えてみる。
僕はなにをやっ
ているんだろう。
彼女に会って、僕は何が一番言いたかったんだろう
。何を望んでいるんだ。六年前、彼女を月にたとえたあの日と今は違う。今はも
っと、言うべきことがあるはずだ。それこそ最優先すべきことだ。
彼女の
考えていることを想像しても、どうせ答えは見えない。六年ぶりに会った人の心
を把握しようなんて無理に決まっている。彼女がどうのこうのというよりも、僕
自身の気持ちを出すべきなんじゃないか。様子を窺っていないで、さっさと吐い
てしまえばいいじゃないか。なにを躊躇しているんだ?
言い
たいことはひとつだけ。
空き缶を放り込んで、振り返った。
無言のまま、僕らは見つめあった。
無音のまま見つめあっていた。
笑みもなく。
こんなに重く冷たい空気の中では、視界だけ
でなく、すべてが真夜中に見えるような気がした。
僕は六年
前、自分なりに気持ちを吐いたつもりでいた。
でも、不足していた。鬱屈
していた。歪みきっていた。あまりに臆病な心がそうさせた。
「僕は……僕
は、基本的にはおんなじなんだ」
僕は、なんて馬鹿だったんだろう。
「六年前と、今。大して変わってない」
今になって、ようやくわかりきっ
た思いを口にしている。本当なら、六年も前に言えたのに。
「今でも自分の
気持ちより相手に合わせて行動してばかりだし、顔色もしょっちゅう気にしてる
。今日も、綾波の気持ちがはどうなんだろう、なんて想像してばかりだった。自
分の気持ちを明確に口にすることもせずに」
一歩、彼女に近づいた。
「六年前、僕が言ったこと覚えてる?「綾波は月みたいだ。そして今の僕は狂犬
病にかかった狗同然だ」ってやつ」
「ええ、よく、覚えてるわ……つらかっ
たから」
綾波の表情が歪んだのがわかった。それを見て、僕もつらくなる
。綾波を傷けたという現実。
「本当にごめん。弱かった、臆病だったんだ」
僕は本当は耐えるべきだった。それなのに、逃げた。逃げたせいで、一番傷つ
けてはいけない人を傷つけてしまった。
「つづけて言ったよね、「狂犬病に
かかった狗にとっては、月の光も刺すような痛みなんだ。僕には耐えられない」
って」
思いだしただけで気分が悪くなる科白だ。とても好きな女の子に言
う言葉とは思えない。
「でも、そのくせ僕は吠えたかった。野良犬みたいに
月に向かって吠えていたかった。月に……綾波に、自分はここだってアピールし
たかったんだ。僕自身は目をそらしているくせに。もしかしたら、吠えてさえい
れば……頭を撫でてくれるかもしれない。僕の両目を突き刺すその光で……。そ
んな風に思ってたんだ」
「わたしはただ、見ているのもつらいとしか受け取
れなかった」
「そうだと思うよ、普通」
「じゃあ、どうしてきちんと言
ってくれなかったの!?わたしは……!」
綾波が立ち上がった。唇を噛ん
でいる表情は痛ましく、そして、そのおかげで彼女の想いもまた変わっていない
のだと僕にわからせてくれる。そうであってほしいと願っていたことが、確信に
近づく安堵。でも、まだ僕は言いたいことを終えていない。言わなきゃいけない
ことが残っていた。
「ごめん、言えなかった。勇気がなかったんだ。でも、
もしきちんと言って、綾波がいつかみたいに僕の頬に触れてくれたとしても、あ
の頃の僕はその度に途方に暮れたんだろう。その光は、痛みも与えるから」
「どうして?」
「だって、僕は自分が綾波の気持ちに応えられるような人間
だなんて、あるいは甘えていい人間だなんて思えなかったんだ。綾波が与えてく
れる光を、僕なんかが受け取っていいのか……ってね。それにその光を痛みなく
浴びるには、きちんと思いを口に出さなきゃいけない。もし綾波が僕のことを想
ってくれてるなら、サードインパクトのときの溶け合ったような感覚を、あるい
はそれ以上の歓びを共有できるかもしれない。でも、もし僕が綾波を好きだって
言って、断られたら……僕はきっと、耐えられない。そう……僕はただ、好きだ
って言う勇気がなかったんだ」
僕はようやくベンチに戻った。綾波は立っ
たままだったから、今度は僕が彼女を見上げる番だ。そうあるべきだ。今の僕に
、彼女を上から見る資格があるとは思えない。
そして、一番言わなきゃい
けないことを言う時がきた。
「今も僕は狗だ。狗でいい」
「そ
んなことない」
「べつに、自分を貶めるつもりで言ってるんじゃなくて……
」
「それじゃあ、なに?」
綾波が僕の肩をつかんだ。
そして僕
は、勇気を振り絞った。
今までのどんな状況よりも振り絞って、言った。
肩を掴む彼女の手を握って。
「今なら、月を見ていられる気がするんだ
」
「ずっと、ずっと見つめていたいと思っていた月を。月は時には半分
しか見えなかったり、三日月になったりするけど、僕はずっと満月を見ていたい
し、見てもらいたい」
「そのために僕は走り続けて、吠え続けたい。いつで
も満月が見られるように、満月に僕がわかるように。そういう狗でいたいんだ…
…ずっと、綾波の近くに映る狗でいたいんだ。今から走るんじゃ…………遅すぎ
るかな」
沈黙。視線は交わし合ったまま。
彼女は身体を僕の方
に向けてベンチに座ると、口を開いた。僕に握られた手はそのままに。
「…
…今日碇くんと会うことが決まってから、ずいぶん考えたの」
「どう言えば
一番、わたしの想いが伝わるのか。たくさん、本当にたくさん考えたわ。ただ「
好き」って言うんじゃなくて、もっと、もっとはっきり伝わる言い方。わたしが
望むわたしたちの姿を」
ようやく見つけた、と綾波は言う。
「わたし
はね、碇くんのたとえを借りてわたしが月なら、碇くんは地球であってほしい」
「わたしも碇くんが常に見えるような場所にいたい。碇くんが見てくれる場所に
居続けたい」
「たとえば一緒に服を買いに行ったり、朝起きて「おはよう」
を最初に言えたり、碇くんのスニーカーの紐をきつく縛ってわたしも使っちゃう
ような……そういうわたしたちでいたいの」
綾波が、握っていた手を少し
強く握り直した。
赤い眼から、涙が少しこぼれた。
僕の眼からも、
もちろん。
無言のまま、僕らは見つめあった。
無音のまま見つめあっていた。
笑顔があ
った。
夜明けを見た
気がした。
あとがき
というわけで企画もの「師弟対決」に客分として参戦しま
したののでございます。
まったくどうしてこんなことになてしまったんだ?
(笑)
実はSS自体、五ヶ月ぶりに書ききることができました。
こ
れの前に書いたやつで結構満足しちゃった自分がいまして。
しばらく書けな
かったんですが、いやあ人間やればできるもんだ。
というわけでまああ
る種のスランプ復帰作となりました「月と狗、あるいはこの星」いかがでしたか
。
僕自身はうまいこといったのはタイトルだけの気がしてるんですが(汗)
二人の関係って愛だ恋だというより、普段の生活で「共にいる」のが似合ってい
ると思っていて、
今回はそれを入れてみました。
秋、一緒に一足先に冬
物の服を買いに行く。
あるいはある朝、どっちがコンビニにパンを買いに行
くかジャンケンをする。
そういう日常風景に二人がいる姿こそ理想だなと。
まあシンジ君はオヤジがあんなでかいからスニーカー共用はむずかしいかもな。
でもまあデカいシンジ君て違和感あるし、この二人がそんなことするのってすご
いほほ笑ましいし。
ま、そういう未来になるよというところで止めていて、
作中そういう風景は出てきてないんですが。
あいかわらずそういう意味での
直球を投げられません。いつもカットボール。
しかしこれこそ僕の中での「
シリアスでも萌え」なのだからしょうがない。
シュート回転すら己の持ち味
だ!と。
これを読んで少しでも満足していていただければ幸いです。
それをメールで言ってくれるともっと幸いですが、それより投票があるのか。
えー、投票してもらえると有り難いです(笑)
では、また。
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