君の瞳には虹がある。
虹彩、と言ってしまえば、確かにそれだけのことかもしれない。でも君の虹は特別だった。
少なくとも、僕にとっては。
それに気づいたのはずっと後になってからだったけれど、それでも気づいてよかったと思ってる。
She's a Rainbow
初めて虹を見たのはいつのことだったのだろう。小さい頃のことで記憶は曖昧だけれど、あの時はそれが虹だとわかったのだから、たぶん初めてではなかったんだと思う。
その時、僕は一人で遊んでいたのか、それとも誰か友達と一緒だったのか、覚えていない。とにかく公園で遊んでいて、急な夕立に降られた。夕立っていうのはいつでも急に降るものだ。僕は——あるいは僕たちは——大きな木の下に入って雨をやり過ごしていた。夕立の最中も陽は陰らなかった。狐の嫁入りってやつだ。もちろんその時は、そんな言葉は知らなかったけれど。
その名前にふさわしく、雨はすぐに止んだ。光に包まれていることに気づいたのは、その時だった。
僕の回りにはすべての色があって、でも白やピンク色ではなくて、そしてすべての色が輝いていた。
恐怖感を伴わず、それでいて信じられないような不思議な体験をした時、人は何か言ったり叫んだりできるものではない。その時の僕もそうだった。
もし今そんな体験をしたら、怖いと思うかもしれない。でもその時の僕は、怖いなんて少しも思わなかった。ただ黙りこくったまま——正確に言えば、声を出すことも忘れて——僕を包み込む光の渦を見ていた。
光が遠くまで伸びていて、それが七色に輝いていることに気づくまでに、そう時間はかからなかった。虹だ、と初めてそう思った。僕は虹の中にいるんだと。
虹の中にどのくらいの時間いたのかはわからない。たぶん、そう長い時間じゃなかったと思う。
虹は突然移動を始めた。不意に僕を包んでいた光が消えて、目の前に光の柱があった。僕は初めて声を上げ、離れて行く虹を走って追いかけた。でも追いつかなかった。虹はスピードを上げて遠ざかって行き、僕は公園を出る前に追いつくのを諦めた。虹はどんどん小さくなって、やがて消えた。
僕は走って家に帰った。一番に母さんに教えたかった。仕事ばかりであまり家にはいない母さんだけれど、その日はいてくれた。
「お母さん!」
「シンジ? 雨に降られなかった? 濡れてない?」
母さんの笑顔と優しい声が僕を出迎えてくれた。
「だいじょうぶだよ! そんなことよりね、ぼく、いま、虹の中にいたんだ!」
「本当に?」
母さんは疑い深そうに、でも笑顔で僕に言った。
「ほんとだよ! すごかったんだ! まわりじゅうが光ってるんだよ!」
「よかったわね……」
母さんは僕を抱き締めて言った。
「虹ってね、希望なのよ」
「きぼう?」
「そう、希望。人が幸せになれるということの。空にはたくさんの幸せがあってね、虹を伝って地上に降りてくるの。神様も虹の橋に乗って……。
シンジは強い運を持った星の下に生まれたのね。お母さんにもその運を分けて欲しいわ」
母さんが消えたのは、それからすぐのことだった。僕は自分を責めた。母さんが消えてしまったのは、僕が母さんに運を分けてあげられなかったからじゃないのか、と。
だから僕は、虹を捜し続けた。もう一度虹の中に入ることができれば、母さんは帰ってくると思った。それが僕の希望だった。先生のところに預けられて独りぼっちになってからも、ずっと捜し続けた。毎日のように近くの公園に行った。雨を待ち続けた。
でも、中に入るどころか、見ることすら叶わなかった。
中学に上がる前には、虹の中になんて入っても母さんは帰って来ないことに気づいていた。それでも僕は雨が好きで、雨止みを待ち続けた。
虹は希望だって、幸せは虹からやって来るんだって、僕は信じ続けていた。
*****
「雨、降って来ちゃったね」
綾波と二人で補習を受けて、それが終わったころには、外は雨だった。
「そうね」
彼女はそっけなく答える。でもいつものように本を開いたりはせず、ほお杖をついて窓の外を眺めていた。雨を眺めていた。
僕は彼女のことが気になっていた。それが好きだという気持ちなのかどうか、自分でも良くわからない。彼女は生に執着していない。今にも消えてなくなってしまいそうで、それが嫌だった。それが好きだという気持ちなんだと言われれば、もしかするとそうなのかもしれない。でも、僕が彼女を好きかどうかなんて、大した問題じゃない。
彼女には生きるということにこだわりがないように思える。生きる意志がないと言ってもいいのかもしれない。そのことと、僕が父さんなんて信じられないと言ったときの怒った顔、そして、あの時に見せてくれた素敵な笑顔のギャップがどうにも理解できなかった。だから気になる。それだけのことだ。
ただ僕自身、ただ流されて生きているだけだ。何かこだわりがあって生きているわけではないし、生に対して執着なんてない。ならば、僕と彼女は何も変わりがないことになる。彼女は流されて生きているわけではないのかもしれないけれど、アスカのような強烈な生命力は僕にも綾波にもない。その意味では、僕と彼女には何の違いもない。
そうだとしても、それでも僕は彼女から目が離せない。僕にとって大切なのは、その事実だけだ。
「傘、持ってないの?」
「持ってない」
僕は折り畳みの傘を持っていたけれど、それは出したくなかった。綾波と一緒に一つの傘で帰るのも悪くない。でも、誘っても彼女はそっけなく「一人で帰れば」と言うかもしれない。もう少し彼女とこうしていたかったし、どうせすぐに雨は止む。
「きっとすぐ止むからさ、ちょっと待ってようよ」
「……」
「ほら、空が明るいだろ? 陽も射してるし」
「……うん」
「こういうの、狐の嫁入りって言うんだ」
「どうして……?」
彼女はポツリとそう言った。
「え? どうしてって?」
「どうしてキツネがお嫁に行くとき、雨が降るの?」
「それは……キツネに聞いてみないとね……」
「……」
会話が途切れた。
僕は綾波と話がしていたくて、言葉を探した。雨が止めば、僕たちはそれぞれの部屋に帰り、離れ離れになってしまう。僕たちはいつも死と隣り合わせだ。たとえば一時間後に使徒が来て、僕と綾波のどちらか、あるいは二人とも死んでしまうかもしれない。死んでしまえば明日なんてない。それは現実的な感覚ではなかったけれど、それでも綾波と話をしていたかった。近くに感じていたかった。一緒にいられる、今だけでも。
「そうだ。もしかすると、虹が出るかもしれないよ。こういう天気のときってね、虹の出ることが多いんだ」
「……虹?」
「そう。虹だよ。虹ってね……」
僕は少しだけ迷った。空にあるたくさんの幸せが虹を伝って地上に降りてくるなんて、あまりにも子供っぽい話じゃないか。でも彼女と話をしていたいという気持ちの方が強かった。彼女とこんなふうに話をするなんて、今までになかったことだ。
僕の話を聞き終えた綾波が、少し考える風にしながら言う。
「キツネは……虹から幸せが降りて来るのを知っていて」
「……」
「それで、虹の出る日にお嫁に行くのかもしれない……」
「……そうかもしれないね。うん、きっとそうだよ」
綾波がこんなことを言うなんて、意外だった。でも嬉しかった。僕は一心に窓の外を見た。たぶん綾波もそうだ。絶対に虹は出る。根拠は全然なかったけれど、僕にはそんな確信すらあった。綾波と一緒に虹を見たかった。
そして、その願いは叶った。
「綾波! 見て! ほら、虹だよ!」
僕は思わず大声を出した。
綾波は黙ったまま、僕の指さす方にある虹をじっと見つめていた。その横顔は、どこにでもいる普通の少女のそれに見えた。
やがて雨は止み、しばらくして虹も消えた。
「消えちゃった……」
そう言った彼女の口調は、少し寂しそうだった。
「大丈夫だよ。また必ず出るから」
「キツネ……ちゃんとお嫁に行けたかしら……」
彼女は、いつまでも虹の消えた空を見つめていた。
それからあと僕は、そしてたぶん彼女も、虹を見ることはなかった。
アスカは入院したままだ。
綾波は——死んでしまった。今いる綾波は、僕と一緒に虹を見た綾波ではなく、僕の知らない綾波だった。
カヲル君を殺した。僕の、この手で。
アスカを穢した。
虹なんかもうどこにもない。幸せなんて降りて来ない。
人はいつか死ぬ。ならば、いま死んではいけないという理由は、どこにあるのだろう。そんなものはどこにもないんだ。誰も僕を見てくれない。僕だって誰も見たくない。生きていても仕方がない。みんな死んでしまえばいいんだ。
そして世界は崩壊した。
僕は光の中にいた。ひどく懐かしい感じがした。そこにはヒトではない僕と、そしてヒトではない綾波がいた。僕も彼女もヒトの姿をしていたけれど、でもヒトではない。
手を伸ばせば自分の腕が見える。視線を向ければ、綾波と融合した自分の身体が見える。ヒトに良く似た姿をした、自分の身体が。それでも今の僕はヒトではない。綾波と同じように。今の僕にはそれが良くわかった。
死んでいるわけではない。全てがLCLの海に溶けてひとつになっているだけだと、そう彼女は言った。そこに僕はいなかった。彼女も、いなかった。
死んではいない。
でも、生きてもいない。
これが僕の望んだ世界だった。なにもかもが曖昧で、死んでもいなければ生きてもいない。僕もいないし、僕以外の他の誰かもいない。ヒトがどこにもいない。生がどこにもない。
いるのは、ヒトではない僕と綾波。それも本当は存在なんかしていない。そう思えるだけだ。残像みたいなものだ。綾波がここにいると僕が思っているから、彼女はその姿を現している。僕は自分がかつて人間だったときの姿を覚えているから、僕は僕の姿をしているように思える。でも僕の想いもすぐに消えるだろう。残滓に過ぎない僕の想いなど。それが僕の望みだったから。
僕は消える。そうすれば彼女も消えて行くだろう。恐らくは、永遠に。認識する者がいなければ、それは存在しないのと同じことだから。
嫌だ、と僕は思った。これは違う。
僕は僕でありたい。僕以外の何かになんてなりたくない。僕が僕であるために、僕を必要としてくれる人が、僕を見てくれる人が欲しい。僕を愛してくれる人が欲しい。僕も見ていたい。愛したい。
そのために、たとえ自分が傷ついてもかまわない。だってそれが、ここにいる、ということなのだから。会いたいと思ったその気持ちは、その時の気持ちは本当なのだから。
希望だ、と彼女は言った。ヒトとヒトがわかり合える、ということの。
そのとき僕はわかった。僕たちは今、虹の中にいるのだと。そしてあの時、僕がまだほんの小さな子供だった時にも、僕は彼女に会っていたのだろうと。僕はあの時からずっと、彼女を求めてきたのだと。
彼女は希望なんだ。ヒトとヒトが、好きだという言葉と共にわかり合える、ということの。そして僕が生きて行くための。希望がなければ、ヒトは生きて行くことなどできやしない。もちろん僕もだ。
一緒に行こう、と僕は言った。
彼女は戸惑ったような表情を浮かべた。彼女の表情を見たのはいつ以来だろう。一緒に虹を見た時だろうか。
私はあなたの知っている綾波レイではない、と彼女は言った。私はヒトではない。だからあなたと共に生きることはできないと。
それでも僕は綾波と一緒にいたかった。僕は彼女を知っている。それは、彼女が綾波レイだからだ。
心が自分自身の形を造り出している。そして名前は心の姿だ。綾波が、自分は綾波レイであると知っているならば、それはその存在が綾波レイであるということだ。たとえ彼女が僕と一緒に過ごした時間を知らなくても、虹を見たことを知らなくても、それでもあの綾波レイだ。綾波レイは一人しかいない。記憶なんか戻らなくても、思い出がなくても、綾波であることに変わりはない。僕の知っている綾波なんだ。僕の知らない綾波なんてどこにもいない。想いだけの存在になっている今、僕にはそれが良くわかった。綾波にだってわかっているはずだ。
「綾波がヒトじゃないなら」
僕は初めて声を出した。
「ヒトになればいいよ。自分の姿をイメージできればヒトの姿に戻れる。心が自分自身の姿を造り出しているんだから。そうなんだろ?」
「……」
「綾波は綾波の姿をしてるじゃないか。それは僕が綾波の姿を覚えているだけじゃなくて、綾波も自分の姿を知っているから、綾波の心を持っているからだよ」
「……」
「自分の意志で動かなければ何も変わらないって、綾波は言ったよね。だから僕は動くよ。綾波、一緒に行こう」
「碇くん……」
「やっと……僕の名前を呼んでくれたね」
僕は身体を起こし、彼女の瞳を見た。
そこには虹があった。
「僕も、僕になるよ」
「ママぁ、おっきいおふろ、きもちいいね!」
「そうね。気持ちいいわね」
「およいでもいい?」
「いいわよ」
「わーい!」
最近、レイは機嫌があまり良くなかった。原因ははっきりしている。僕の仕事が忙しすぎて、ほとんど話をする時間すらなかったからだ。ご機嫌斜めの彼女は扱いにくくて困る。何を話しかけても生返事をするだけだし、「怒ってるの?」と聞いても「別に」と答えるだけだ。でも明らかに怒っている。長い付き合いだ。それくらいのことはわかる。
だから僕は、半ば無理やりに休みをとって、レイと、愛娘のサチを連れて温泉に来た。
露天の家族風呂を借りて、三人でゆっくりしていると——もっとも、サチはゆっくりなどしていないが——本当に平和だなと思う。レイの表情も柔らかい。無理して休んだ甲斐があるというものだ。
「レイさ……」
「なに?」
「温泉、来て良かったね」
「そうね。……家族そろって温泉なんて、いつ以来かしら」
彼女の言葉に微妙な刺を感じ、僕は肩をすくませた。
ばしゃばしゃと泳ぐサチから目を離さず、それでもレイは僕に少しだけ近付いた。
「ね、シンジ」
「うん?」
彼女のことをレイと呼ぶことにも、ようやく慣れたような気がする。でも、シンジと呼ばれるのはまだ少しくすぐったい。
「お仕事も大事だけど、あんまり無理しないで、身体を大事にしてね」
「あ、うん」
「シンジには長生きして欲しいの。あたしや、サチのためにも。せっかく生きてるんだから」
「……そうだね」
せっかく生きてる、というレイの言葉を、僕は噛み締めた。
「あたしより先に死んじゃったりしたら、許さないから」
「はいはい」
冗談めかしたその言葉に、僕は苦笑いで答えた。
「それから、たまには遊びにも連れてってね」
「ああ、わかったよ。レイ」
「パパぁ、ママぁ、なにお話してるの?」
「また連れて来てねって、パパにお願いしてたの」
「ふーん。……ねー、ママぁ」
「なに?」
彼女は娘に「ママ」と呼ばれ、「なに?」と答える。その言葉は昔と同じようにそっけないが、声は優しい。
「あれはなぁに?」
サチが指さした先には、虹があった。
「あれはね、虹って言うのよ」
「にじ?」
「そう、虹。空にはたくさんの幸せがあるの。それが虹を伝って地上に降りてくるのよ」
「ふーん」
サチは分かったような分からないような顔でそう言った。
僕は呼吸を忘れた。
「レイ……その話、どこで聞いたの?」
「どこだったかしら……」
レイは遠くを見ながら、少し考える風にした。
「良く覚えてないわ。シンジに聞いたんじゃなかったかしら。……何かあるの?」
「いや、いいんだ。なんでもないよ」
確かに、僕の妻である綾波レイは——碇レイは——あの時一緒に虹を見たことを知らない。思い出すこともないだろう。でも記憶がなくても、違う身体でも、綾波は綾波だ。
自分は自分であって、それでしかなく、そして他の誰でもない。僕たちはそれを学んだ。紛れも無い僕たちが、確かに今ここにいる。
僕は僕の目の前にいるレイのことが好きで、人を好きになるのに理由なんて必要ない。僕は彼女を選び、彼女は僕を選んだ。そして僕たちはサチを授かった。確かにただそれだけのことだ。でもそれ以上に大切なことなんて、どこにもありはしないんだ。
「ねー、ママぁ」
「なに?」
「ママのおっぱいの中って、なにがはいってるの?」つんつん。
「それはね……」
サチに胸をつんつんされ、レイは少し困った顔をした。
「パパとサチのことが大好きっていう気持ちが、たくさん入ってるのよ」
「サチだって、パパもママもだいすきなのに、どおしてサチのおっぱいはぺったんこなの?」つんつんつん。
「もう少しだけ大人になれば……そうね、男の子のことを好きになるっていう気持ちがちゃんとわかるようになったら、きっと大きくなるわ」
「ふーん。……じゃあ、ママよりアスカおばちゃんのほうが、おっぱいがおっきいのは、どーして?」
「な……」
「サチ! その話題に触れちゃだめだ!」
「お、大きさは問題じゃないの。ママのおっぱいだって、たぶんアスカのおっぱいに負けないくらい柔らかいし、形だって素敵だし、先っぽは桜の花びらみたいなピンク色だし——」
「……ママ?」
「とっても敏感だし、それに碇くんはきっと貧乳の方が……手のひらにすっぽり収まるくらいがいいっていつも言ってくれるし……」
「ああああやなみぃ! なに言ってるんだよ!」
「パパぁ。ママの目がいっちゃってるよ?」
「ききき気にしないでいいんだ。す、すぐ帰ってくるよ。ははは」
「空色の髪は素敵だし、紅い瞳はうさぎさんみたいで可愛いし、肌の白さは七難隠すって言うし、えーとそれから……」
「ねー、パパ。パパのこれ、サチにはくっついてないけど、やっぱりママとサチのことがだいすきっていう気持ちがはいってるの?」ぎゅ。
「あああそんなふうに握るのはやめてくれサチ」
「あれ? おっきくなってきたよ?」ぎゅぎゅ。
「サチ、離しなさい。パパのこれはママの物なの」
「サチもほしい!」
「ダメよ。サチには渡せないわ」
「ほしい!」
「なにわけのわかんないこと言ってるんだよ! 二人とも!」
愛娘と争うレイは笑顔だった。こういう経験は、子供の頃の彼女にとっては望むべくもなかっただろう。
彼女が子供の頃。彼女は自分の子供時代をどんなふうに覚えているのだろう。それとも、何も覚えていないのだろうか。
はしゃいだ声を上げてぱしゃぱしゃとお湯を掛け合う二人を横目で見ながら、僕は空を見上げた。
そこにはまだ虹があった。
そこからたくさんの幸せが降りて来るのが、僕にははっきりと見えた。
後書き 「大切なものは、目には見えないんだ。でも心を真っ直ぐにすれば、きっと見えるよ」
ことの経緯を記しておかなければならないと思われる。柳井氏が書き記しているとは思うが、後書きも兼ねて私の立場からも書いておこう。
発端は柳井氏が私のサイトで連載している「Together」にあった。それを読んだ某氏(ここでは仮にAK氏としておく)が、掲示板上で以下のような書き込みをしたのである。
この、エプロンって・・・・tambさんに対する挑戦?
宣戦布告ですかっ!!!??
なんて恐ろしい、今ここにミレアさんVStamb師匠の愛と運命の師弟対決がっ!!???
対決の結果に期待(笑)
補足をすると、私は柳井氏に師匠呼ばわりされている。それはそれで異論があるのだが、それについてはここでは触れないことにする。
問題は「宣戦布告ですかっ!!!??」の部分である。つまり、私がほぼ同時期に自分の連載の中でパジャマを買わせたのである。柳井氏はエプロンを買わせた。パジャマvsエプロンである。それだけである。
念のために書いておくが、こんなものは良くある話であって、だからどうだというものではない。当然ながらパクリではないし、類似ですらない。AK氏の書き込みも冗談である。
柳井氏もAK氏の上記発言は冗談であると理解していたはずだが、以下のように返答した。
ふっ、まさに対決さ(ぉ
負けた方が勝った方に10本投稿するってことで(爆
いいですか、tamb師匠?
そして私はこう答えた。
未公開分も含め、非常に挑発的かつ挑戦的なものを感じるのは事実(爆)。
——中略——
つーか、勝つつもりでいるな? このオレに?(爆)。
とまぁこんな塩梅で対決へと雪崩れ込んだのである。たかだかこれだけのことで対決である。意味不明である。この時点で何とか対決自体が避けられなかったのかどうかについては言及を避けるが、実際問題として、まだおそらく誰一人として本当に対決するとは思っていなかったのではなかろうか。
当然ながら対決方法罰ゲームその他は未定であった。ここで不用意に面白そうなアイディアを出すと墓穴を掘るという意識もあったと思われる。
対決方法については、明朝八時までに多く書いた方が勝ちというアイディアが出た。これは私が却下した。物量作戦は公平な手法とは思われない。
カウンターが先に17万に達した方が勝ちというアイディアを出したのは私である。公平かつ客観的な手法であると思われる。が、大人げないという理由で却下された。
その他、絵を描く、短歌俳句漢詩の類を書く等のアイディアが出たが、全て却下である。漢詩など書けるものか。
途中、柳井氏から
できれば平和的解決を図りたいところです。
という和睦を図る発言もあったが、既に私は虚無的になっていたので流した。AK氏も流したようである。こうして無情にも最後の引き返し可能地点は過ぎ去ったのである。
めんどくさいのでその後の経緯は大幅に省略するが、要するにそれ用の小説を書いて対決することになったのである。罰ゲーム、あるいは勝者に対するご褒美としては、勝ったら書くとか負けたら書くとか色々あったが、勝っても負けても誰かから小説なりCGなりが貰えることになった模様である。謎である。
私の書いた対決企画草案を記載しておく。
・締め切りは二月下旬。
・作品テーマ、サイズに制限なし(ただし投稿規定には準ずる)。
・勝負は投票によって決める。
・決戦会場は話し合いによって決める。
・原則ご褒美なし。お互いの名誉とプライドのみを賭ける。
ただし、もしかすると誰かから小説とイラストが貰えるかもしれない。それは
その「誰か」しだい。もし勝っても、その「誰か」が気に入らなければ貰えな
いだろうし、たとえ負けてもその「誰か」が気に入ってくれれば貰えるかもし
れない。ご褒美の公開非公開は、その「誰か」と貰った人の交渉次第。
ここで、それまで傍観者的発言を繰り返していたのの氏が、突如として爆弾を投下した。
僕は参加せんでもええの?したほうがいいのか?
道場破り宣言である。自暴自棄になった私はこう返答した。
かかってきなさい。
以上がこの対決企画の全貌である。不毛である。
作品についても触れておこう。いうまでもなく、この作品は柳井氏の「虹の刻んだもの」からアイディアを借用させて頂いた。発端が発端だけに、特にこれといった問題はないものと確信する次第である。
「虹の刻んだもの」では、虹が消えてしまうということに対してシンジが示唆的なことを語っているが、本作では「また必ず出る」の一言で済ませているのがポイントである。つまり、見えないということと存在しないということは同義ではない、ということである。本作における虹は、見えなくはなっても消えることはない。
作品タイトルは、「She's a Rainbow」にするか「虹の彼女」にするか、ぎりぎりまで迷った。
前者はローリングストーンズの楽曲タイトルである。iMacのCMにも使われたので、ご存知の方もいらっしゃるかと思う。しかしWindows95のCMに同バンドの「Start Me Up」が使われていたことを考えると、何とも凄まじい話ではある。
後者は山野浩一氏の小説タイトルである。これは「She's a Rainbow」をモチーフ、あるいはインスパイアされて書かれた作品である(と思う)。この作品は1970年、SFマガジン誌2月号にて発表され、ハヤカワ文庫『鳥はいまどこを飛ぶか』に所収されている。入手は困難だと思うが、幻想的な実験小説が好きな人は見つけたら買う価値があると思う。ニューウェーブSF黎明期の作品である。
ちなみにこの山野浩一氏、競馬評論家(あるいは競走馬評論家)の山野浩一氏と同一人物である。
以上、記して感謝致します。
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