初号機は、サルベージ作戦に向けてちょうど今から探査針を打ち込もうとしているところだった。
 レイは、『あの中の碇くんに伝えなければ』そう思うと居ても立ってもいられない衝動に駆られた。
 なんとしても初号機の中のシンジと話さねばならなかった。
 ここにはシンジを待つ人がたくさんいること。
 そして、レイ自身がなによりシンジに戻ってきて欲しいと思っていること。
 それを伝えなければならなかった。
 どうすればよいかは分からない。
 と、レイは、思いつくままに初号機に向かって祈るような格好をし、自身の意思、想いを初号機に向かって送り始めた。

「碇くん…碇くん…」

 その意思は、初号機の中にいるシンジにも、そしてユイにも伝わった。

「あ、綾波…?
 綾波なのか?」
「碇くん…みんな、ここであなたを待っている。
 みんな、碇くんに戻ってきて欲しいの。
 おねがい…戻ってきて……」
「綾波…僕は迷っているんだ。
 何故僕は今までこうしていたのだろうか。
 僕は今まで、何故戦ってきたのだろうか。
 父さんに認めてもらいたかったから?
 ただの成り行きで?
 その答えが見つかるまで、僕はここから出ることはないと思う。
 でも、寂しい。
 一人で居るのが寂しい。
 これはただの我が儘だと思うけれど、それでも綾波、君に逢いたい。
 会って、話がしたい。」
「分かったわ。」


 レイの強烈な意思は、サルベージ作戦にむけて準備をしているリツコ達の意識にまで届けられた。
──この意思…レイなの!?
 普段感情を表に出すことが少ないレイが出したとはとても思えないほど、その意思は強烈だった。
 と、マコトが初号機の状況を焦りながら伝える。

「しょ、初号機が、レイのA10神経とシンクロしています!シンクロ率、130%突破!」
「レイはプラグの外にいるのよ!どうしてシンクロするの!?」
「しかし…!!」
「初号機のエントリープラグ射出、オープン!」

──何をしようとしているの、シンジ君……


 シンジはレイの意思を感じ、初号機を動かそうとした。
 普段はエヴァとではなく、コア──ユイを経由してシンクロしているので、物理的なスイッチ等に頼らなければエントリープラグのコントロールなどもできない。
 しかし、今のシンジはLCLにとけ込んでしまい、エヴァと一つになっているので、直接エヴァを動かすこともできた。

「シンジ…何をするつもり!?」
「今、僕はここにいるべきか迷っている。
 何のために戦うべきなのか。
 それがみつかったら、僕は向こうへと帰るつもりです。」
「駄目!シンジはもう戦わなくて良いの…」
「そうじゃない。頭から決めちゃダメだよ。
 でも、このままじゃ堂々巡りになるから。
 綾波を……綾波を呼ぶから。」


「何ですって!?」
「レイです、レイが初号機に向かっています!」

 そう。レイは走る。
 止められる前に走り切らなければ。
 中でシンジに、みんなが待っていることを伝えなければならないから。
 自分が待っていることを伝えなければならないから。

「レイ、初号機エントリープラグ内に入ろうとしています!
 先輩、止めますか?」

 リツコは焦るマヤと対照的に、えらく落ち着いている。

「入れさせてあげなさい。もうどうなろうが構わないわ…」


 レイがエントリープラグに入ると、中にいきなり意思が流れ込んできた。
 レイはそのまま落ち着いて、意識を一つにする。
 そして、シンジの意識に触れた。
 レイの周りを、光が包んだ。

「レイ、シンクロ率400%超過!
 やはり自我境界線を突破した模様!
 どうします?」
「くっ、予測できたとはいえ、本当にこうなるとは…
 仕方ないわ。もう止めようがないでしょう。
 どうせサルベージの用意は進めているわ。
 一人が二人に増えたって…」

 そうはいったものの、実際二人分の再構築は並の努力ではない。
 少し間違えば、奇形になったり、中途半端な状態になるおそれがある。
 でも…『今はレイに、懸けてみるしかない』のだ。


 シンジはネルフの司令室にいた。

『ここは…?』
『いや、違う… 何かが..』

 誰もいない。
 と、そこに、綾波が現れた。

「綾波!!」
「碇くん… 戻ってきて。」

 そこに、突然ユイが入ってきた。

「いえ。もうシンジは十分に戦ったわ。
 もう心も体もボロボロだというのに…
 レイ、どうしてあなたはまだシンジを戦わせようとするの!」

 シンジは驚いた。ユイの言うことにではない。
 ユイがレイの名前を知っている。
 それだけではない。

『母さんと綾波、似ている…』

 髪の色、瞳の色こそ違うものの、そのほかは全くそっくりである。

『この二人…』

 と、シンジはユイとレイの会話の世界に戻った。

「シンジはもう戦えない!
 これ以上の戦いが、何になるの?」

 ユイの怒りがレイにぶつかる。
 しかしレイは落ち着いている。
 私はあなたと違う。私の後ろには、みんなが居る……

「違うわ……
  私は、私の口から碇くんに戦えとは言わない…
 それは碇くんの決めること。」

 そのレイの一言が、ユイに亀裂を生んだ。

「じゃあ、じゃあ、なぜ私からシンジを奪っていくの!?
 私はあなた、あなたは私だった。なぜ私を不幸にするの!?」

 取り乱しているユイ、落ち着いているレイ。容姿の似ている二人は、その髪の毛と瞳の色の違いを表すかのように態度が異なった。

「確かに私はあなただった。でも、今は私はあなたではない。
 綾波レイ。ほかの誰でもないわ。
 碇くん、ここにいるあなたのお母さんも大事かもしれない。
 でも、向こうでは、みんなが待っているわ。
 葛城三佐も、赤木博士も、セカンドチルドレンも… それだけじゃない。碇指令も。」
「父さんも!? 違う!父さんは僕を初号機のパイロットとしてしか見ていない!
 僕を、息子としてみていないんだ!」
「違う、違うわ… 碇指令だって、心の奥底ではあなたのことを思っている。
 普段はそう見せないけど、あなたのことを思っている。  碇くんに辛い思いをさせていることを、心の奥底では後悔しているわ…」
「あの人はどうでも良い!!お願いだから、ここにいて… シンジ…」

 ユイはシンジに懇願する。
 と、レイは不意に誰かの気配を感じる。
 アスカだった。
 直接エントリープラグ内からアクセスしているレイと違い幾分影は薄いが、それでもいつもに負けないくらいの元気さで怒鳴りだした。
「このバカシンジ!
 ここに留ったら、あんたのお母さんは満足するかもしれない。
 あんたも幸せかもしれない。
 でも、ここにとどまって得られる物より、失う物の方が大きいのよ!」

 レイも続ける。
 アスカ本人は日頃レイを忌み嫌ってはいるが、シンジに戻ってきてほしい思いは同じ。
 そう思うとレイも気分が楽だった。

「ここに碇くんがとどまって、私たちは…どうなるというの…?
 碇くんには、帰る場所がある… そこは…ここではないはず…」

 再びアスカが次ぐ。

「ほら、ファーストだって、私だって、あんたが帰ってくるのを待ってるから、ここに居るのよ!!
 ほかのみんなも待ってるんだから!
 指令だって、博士だって、ミサトだって、加持さんだって…
 そして、サードインパクトが起こったらどうなるの!? 
 サードインパクトが起こったら、間違いなく地球の人類は全滅する…
 そのあとに、何が残るの?私たちはどうなるの?あんたはどうなるの!?
 だからシンジ!、初号機で戦って、サードインパクトを止めて!私たちを守って!!」

 シンジの耳に、最後の一言には他の人の声も聞こえた。加持、ミサト、赤城博士、冬月博士、トウジ、ケンスケ…

「みんな!?」

 そして…

「父さん!?」

 そこまで言うと、シンジはしばらく沈黙した。
 そこで突然、ユイはほかの意識を感じた。よく知った意識を… ゲンドウの意識を…

「久しぶりだな、ユイ。
 私はお前に、シンジに、何もしてあげられなかったかもしれない。
 だが、私はシンジに、人類の未来を懸けている…
 それは、シンジを不幸にするかもしれない。だが…
 私には、そうすることしかできないのだ。
 愚かな人間さ。軽蔑してくれても構わない。
 シンジにも、レイにも私の人形になることを強制し続けてきた。
 二人には、自分で決めてもらった方がいいのかもしれないな……」

 ユイはそれを聞き、かすかに微笑むと、何か言おうとしているシンジの方を見つめた。
──変わってませんね、あなた。

「母さん、すまなかったね。
 でも、僕には、帰るべきところがある。
 また、初号機に乗ったときに、母さんには会いに来る、会いに来れるから…だから…」

 その続きを遮るようにして、ユイは言う。

「いいわよ。あなたがそう決めたのなら。
 もう私は止めないわ。行きなさい。
 あの人も待っている。だから…」

 そこまで言うと、今度はレイの「意思」に向けて、ほかの二人の意思に聞こえないように、言った。

「あなたは私だった。でも、今は私ではない。綾波レイなのね。
 レイ、自分自身で… 道を開いて、生きていくのよ。」

 それには、母が子に対するような暖かさがあった。
 今度はシンジに意思を向けて、伝えた。

「あなたの意思を、初号機から向こうに伝えるわ。
 後は彼らに任せるわ。いくわよ…」

 ユイの姿が薄くなっていく。

「母さん!」
「自分の足で、地に立って生きるのよ…」

いつかゲンドウがシンジに言ったことを、ユイも言った。そして…
リツコに、ミサトに、ゲンドウに、突然、ユイの意思が届いた。

「彼らは、次の時代へと進むべき灯火……
 私の元から、お返しします。」

 それだけだった。ただ、ゲンドウだけは、続くユイの言葉を聞いていた。

「あなた… この子達は生きていく。きっと、これからも…
 それを、見守ってあげて…」

 ゲンドウは何も言わなかった。
 ただ、少しだけ、顎を縦に動かした。
 誰にも見えないほど…少しだけ……


-Fin-


あとがき
初めて書いたエヴァSSがたまたまHDに眠っていたので、とりあえずサルベージ&大幅加筆修正しました(w
レイが、ユイもかなり自分勝手すぎた原文は癖が強すぎました、はい(謎
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