どうしよう……
シンジは困っていた。
迫り来る3月14日をどう乗り切るか……
シンジははっきり言ってモテる。
バレンタインには食べきれないほどのチョコをもらった。
もちろん、律儀なシンジはくれた人の名前もすべて覚えている。
だが、何を返したらいいか分からない。
今までこんなことはなかっただけに、なおさらだ。
普段なら頼りになる(ハズ)のレイやミサトに聞くわけにもいかない。
レイは当然であるし、ミサトも義理とはいえ一応チョコをくれたので、
あげる本人に聞くわけにはいかない。
「はぁ〜〜。」
シンジは今日何回目になるか分からないため息をついた。
こうして、また週末は訪れる……
遂に、ホワイトデー前の最後の土曜日を迎えたシンジ。
「確か今日は……
アスカとレイ、ミサトさんは遊びに行ってていないから……」
まだわずかに眠気の残る自分の顔を冷水で洗い、朝食を作ろうと台所へ向かうシンジ。
と、ふと妙案を思いつく。
≪そうだ……トウジに聞いてみようか……≫
間違いなくヒカリから本命をもらっているであろうトウジのことだ。
何かお返しも考えているに違いない。
自分のナイスアイデアに酔いしれているままぼぉっと歩くシンジ。
そのせいでシンジは、台所に入ったところで誰かにぶつかってしまった。
「あたたたたた……
ごめんなさい………」
いってから、何かおかしなことに気づくシンジ。
ここに住んでいるうち、レイとミサトは朝早くから遊びに行っていていない。
そうなるとこの家にいるのは……
……
シンジとゲンドウだけだ。
≪ま、まさか……≫
とてつもなく嫌な予感のしたシンジが顔を上げると、
案の定そこにはゲンドウがいた。
「ととと、父さん……?」
その場で固まってしまうシンジ。
「どうした、シンジ。」
ゲンドウに声を掛けられて我に返るシンジ。
そして、自分が悪い夢を見ていたのではないのを再確認する。
「どうしたの……そのエプロン……」
ゲンドウがエプロンをして、台所に立っていたのだ。
しかもそのエプロンは、ピンクをベースに花が舞い、胸にNERVマークが入っている、明らかに不釣り合いだ。
「ふっ、問題ない。」
何事もないようにしているつもりだろうが、上辺だけは落ち着き払ってゲンドウがいう。
ただ、サングラスの奥には喜びの色が満ちていたが。
絶句するシンジ。
それから、シンジはゲンドウより説得と称した自慢話をさんざん聞かされていた。
そのエプロンはわざわざ特注したものであること。
柄の生成にMAGIを使ったということ。
そしてエプロン姿を皆が褒めてくれたことを。
シンジは内心≪嘘だな、絶対。≫と思いながら聞いていた。
そうしている内にシンジは、当初の疑問を思い出す。
「父さん、なぜ、台所にいたの……?」
「決まっているだろう。」
それだけ言うと不敵な笑みを浮かべるゲンドウ。
シンジは背中に悪寒が走るのを禁じ得なかった。
「ホワイトデーのお返しを作ろうとしていたのだ。」
シンジは再び絶句した。
「シンジ、おまえは作らなくてもよいのか?」
思いっきり不釣り合いなせりふをゲンドウから言われ、半分硬直状態のシンジ。
「あ、そ、その……
父さんの邪魔しちゃ、悪いから。
それに……材料、無いでしょ?」
せいぜいの抵抗をするシンジ。
が、やはりゲンドウは一枚上だった。
「問題ない。
材料はかなり余分に買ってある。
シンジの分に別のレシピも用意したぞ。」
シンジは「お返しを作りたくない」のではない。
「あんな格好の父さんと一緒にいたくない」だけである。
「どうした。用がないなら始めるぞ。」
早速始めるゲンドウ。
シンジは少しだけ見守ることにした。
ドカッ、バキッ、ズガガガガガ……
「と、父さん……」
あまりの惨状に声を掛けるシンジ。
「シンジ。なかなか料理とは難しいものだな。
先にやれ。」
いきなり戦線放棄するゲンドウ。
「わ、分かったよ……」
結局、シンジがゲンドウが荒らした惨状の整理を終え、見事クッキーを作り終えたのは、もう夜も遅い頃であった。
遂に決戦の日、参月拾四日。
シンジはリュックにクッキーを詰め、まるで死地にでも行くような気分で部屋を出る。
「おっはよ〜〜、シンちゃん〜〜♪」
「あ、おはようございます、ミサトさん………」
「元気ないわね……」
シンジはここでミサトからも(前日にスーパーで安売りされていた)チョコをもらったことを思い出し、リュックの中からクッキーを一つ取り出す。
「ミサトさん……
これ、お返しです……」
バタッ…
よほどの精神的疲労がたまったのだろう、そこで力つきて倒れるシンジ。
「あ、シンジ君、シンジ君……?」
ミサトが揺すっても気がつかないシンジ。
おでこを触ると、かなり熱かった。
そうやら、精神的疲労だけではなかったようだ。
そうとわかるや、すぐに助けを呼ぶミサト。
「レイ〜〜、いる?」
「はい…」
返事とともに、シンジが見たらぶっ飛びそうな格好で出てくるレイ。
すぐに状況を察したレイは、どこからともなく薬を取り出す。
「ミサトさん……」
「ん、何?レイ。」
「碇君の看病、私がします。」
「分かったわ。」
といったものの、ミサトの頭の中で何かが警告している。
「待って、レイ。
あなたって…女の子よね。」
「そうですけど。」
「……なら、付きっきりで看病させるわけにはいかないわね。」
「なぜですか?」
「いくらなんでも、年頃の女の子と男の子を二人っきりにしておくのは危険すぎるわ。」
「問題ありません。」
「なぜ…?」
「碇君には、そんな度胸はありません。」
「…なるほど。」
「それに……」
ここぞとばかりに頬を赤らめるレイ。
「私は…構わないです…」
……
流れる沈黙。
結果、ミサトが折れた。
「仕方ないわね。
いいわ。好きにしなさい。
た、だ、し…」
思いっきり悪戯っぽく目を輝かせるミサト。
「なんですか?」
「シンちゃんを、おそっちゃダメよん♪」
「分かりました。」
「それと……」
「……?」
「……着替えてきなさい。
その格好じゃ、シンちゃん失血死するわよ。」
「はい……」
シンジは、自分の横から聞こえるさざなみのような音で気がついた。
一瞬、パニックに陥りそうになるシンジ。
しかし、頭を落ち着けて考える。
朝、確かに起きたはずだ。
でも、いつも通りの部屋に寝ている。
どうやら、病気で倒れたらしい。
ようやく状況の把握ができたシンジ。
そこで一通り部屋を見回して……
シンジは再びパニックを起こしそうになった。
レイが、枕元で寝ていた。
「あああああ、綾波ぃぃぃ!?!?!?」
目を覚ますレイ。
ぐっと伸びをするとシンジの方を向き、ぼそっと呟く。
「おはよう……」
「お、おはよう……」
と、レイは立ち上がり、枕元の薬をとる。
「薬……飲んでおくといいわ。」
「あ、ありがとう……」
薬を飲むシンジ。
と、そこで、空腹感に突如として襲われる。
「綾波…?
その……今、何時?」
「12時38分よ。」
「そろそろ……お昼ご飯にしない?」
「そうね。」
シンジは何事もなかったかのように立ち上がり、昼食を作り始めようとする。
が、とたんにだるさがぶり返してくる。
とたんにへなへなと倒れ込むシンジ。
「碇君……
昼ご飯、作るわ…」
「あ、うん……」
その後、無事に昼食を終えたシンジは、自分の部屋でぼぉっと座っている。
『熱が移るといけないから』と、無理矢理レイを部屋から追い出していた。
「どうしようかな……このクッキー……」
無意識のうちに呟く。
そんなまま、しばらく時は過ぎた。
『ピンポーン』
『渚です。
シンジ君のお見舞いに来たんだけど…いい?』
『構わないわよ。ただし…
碇君は、渡さないから。』
『はいはい。』
カヲルがお見舞いに来たらしい。
部屋にカヲルが入ってくる。
「シンジ君…大丈夫かい?」
「だいぶましさ。
ちょっと疲れがたまってただけだろうし。」
と、カヲルは、突然カバンの中から何かを取り出す。
お菓子のようなものだ。
「そうだ。シンジ君。」
一瞬、今の方からもの凄い殺気を感じるシンジ。
「これ。ホワイトデーのお返しさ。」
カヲルが取り出したのは、ごくごく普通なクッキー。
シンジはまだ十分に動かない頭をフル回転させて聞く。
「あのさ、カヲル君…?
僕、君にチョコをあげた覚えはないけど。」
カヲルは、キザな笑みを浮かべて返す。
「気にしないでくれよ。
ホワイトデーは、『男性が好きな人に贈り物をする日』じゃないのかい?」
「………」
沈黙するシンジ。
カヲルの言葉が原因ではない。
先ほどから感じる殺気が、一段と強くなったように感じたのだ。
と、突然ドアが開き、飛び込んできた青い光により、星の彼方へと飛んでいくカヲル。
「まぁたぁくぅぅるぅぅかぁぁぁらぁぁぁねぇぇぇぇぇぇ〜〜」
ドップラー効果を伴ってのびるカヲルの声。
「碇君は、私が護るもの……」
ぼそっと呟くレイ。
そんなレイを後目に、思い出したように何かをカバンの中から探すシンジ。
果たしてそれはすぐに見つかる。
「綾波……」
「なに、碇君……?」
シンジは息を深く吸っていった。
「これ、ホワイトデーの、お返し…………」
「ありがとう……」
お互いに言うだけ言うと、完全に硬直するシンジとレイ。
その後、帰ってきたミサトによって、さんざん根ほり葉ほり聞かれ、
シンジとレイ、ミサトの3人での壮絶な心理戦が繰り広げられたという。
あとがき
なんだかよく分からないのができました。(爆)
〆切のある作品は嫌いだぁぁぁ!と、叫んでみる柳井。
おまけ
「碇君……」
「ん、何?」
心理戦は見事にレイの誘導尋問によって思うように進んだため、彼女はご機嫌である。
「クッキー、ありがと!!」
飛びつくレイ。
シンジは幸せな気分のまま、見事に鼻血を出して失神した。
おまけのあとがき
なんなんだ、これは?(爆)
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。m(_ _)m