買い物





シンジは悩んでいた。
一つは、以前、綾波の家に新しいIDカードを届けた時に、裸の綾波を偶然とはいえ押し倒してしまったことである。
「綾波…恥ずかしくなかったのかな? 僕は恥ずかしかったけど…」
つい裸の綾波を思い出してしまい、健全な14才男子として反応してしまう。
「僕のバカ…」

でも、もう一つの悩みを考えると、深刻な顔になってしまう。
「綾波の部屋…他の女の子の部屋に入った事ないけど…あれは女の子の部屋じゃないよな…」
コンクリート剥き出しの壁、色あせたカーテン、シーツに血の付いたベッド、包帯で溢れるダンボール、何も無い台所、他にも…
「何とかしてあげたい…」
時計を見ると、夜の10時過ぎだった。
「電話しようかな…」
「でも、この時間じゃ失礼だよ…」
「電話しようかな…」
「明日でもいいかな…」
悶々と自問自答を繰り返す。
30分悩み、勇気を振り絞って電話をかける。
『トゥルル…トゥルル…トゥルル…』
あ、あと1回コールしても出なかったら切ろう…
『はい、綾波です』
でちゃったよー。
「あ、綾波、あの…その…遅くにごめんね…」
『碇君…何?』
「えっと…い、以前さ、綾波の部屋に行った時…」
レイの裸がよみがえる。反応する。僕のバカ!
電話の向こうでレイが顔を赤く染めている事は、無論シンジは知らない。
「あや、綾波の部屋を見て思ったんだ…もっと色んな物があってもいいかな〜って…」
『それで?』
「明日、休みだよね…も、もし良かったら…僕と一緒に…買い物に行かない?」
『…』
「ご、ごめん余計な事だよね、はは…」
『行きたい…』
「うん、迷惑だよね…って、え!? いいの?」
『私も碇君と…』
『碇君と買い物に行きたい…』
「ほんと! やったー! ありがとう綾波!」
『うん!』レイには珍しく弾んだ返事を返す。
シンジは舞い上がり、電話の向こうのレイの心情を察する事が出来なかった。
「じゃー10時に迎えに行くから」
『うん』
「それじゃ、おやすみ、綾波!」
『おやすみなさい、碇君』
ここで電話が切れた。



レイは悩んでいた。
以前、碇君が突然来て私を…
ボン!っと音をたて顔が真っ赤になった。
「碇君…恥ずかしくなかったのかな? 私は恥ずかしかったけど…」
あの時は、突然で頭が真っ白になり、大切な部分を隠す事も忘れてた…
「私のバカ…」
枕に顔を押し付けて、悶々としていた時に、電話が鳴った。
「誰かしら…」
「はい、綾波です」
『あ、綾波、あの…その…遅くにごめんね…』
碇君!レイは瞬間的にベッドの上に正座していた。
『明日、休みだよね…も、もし良かったら…僕と一緒に…買い物行かない?』
碇君が買い物に誘ってくれてる。心臓がドキドキしはじめる。
『ご、ごめん余計な事だよね、はは…』
「私も碇君と…」上手く話せないもどかしさに下唇を噛みしめる。
「碇君と買い物に行きたい」言えた。レイはほっとした。
電話の向こうで碇君がはしゃいでる。
『それじゃ、おやすみ、綾波!』
「おやすみなさい、碇君」
ここで電話が切れた。
「嬉しい!碇君と…碇君と…碇君と…」



翌日の早朝、シンジは鏡の中の自分を見てため息をついた。
「はぁ〜」
「どんな格好がいいかな〜」
「色々作業すると思うから…こんな感じかな〜」
随分悩み、ジーンズに黒いカッターシャツに決めた。そもそもシンジは、そんな沢山の衣類を持っていない。何に悩んだんだろう…
「あ! 朝食の準備しないと!」
あわててエプロンをし、台所に向かった。
鼻歌を歌いながら、楽しげに料理をしている。心はレイの所へ飛んでいた。
「ふぁ〜ぁ…おはよう…シンちゃん」
「あ、ミサトさん、おはようございます!」
「朝から元気ね〜何かあったの?」
「う…べ、べつに何も無いですけど…」と目をそらす。
ミサトがドスドスと足音をたてて、シンジに近づき、顔を覗き込んだ。
「な〜んか変ね〜」
「へ、変じゃないですよ…普通です…」
シンジは、残りの作業を終わらせると。
「朝食出来たから食べましょう…」
「まぁ、いいわ。食べましょう」
シンジは食事を済ませ、食器を洗い、ミサトにお茶を出してから、さりげなく言った。
「僕、直ぐに出かけますから…」
「何処に?」
「か、買い物です…」
「ふ〜ん…」
「じゃぁ僕…もう…行ってきます」
「いってらっしゃい」



レイは目覚めると、いそいそとお風呂場に行き、身体の隅々まで綺麗に洗った。(碇君とお出かけ…)
制服に着替えて、鏡で何度も、何度も確認した。(碇君とお出かけ…)
時計の針が10時に近づくにつれて、落ち着かなくなった。部屋の中をうろうろし、深呼吸。「ふっ〜」
ドアをノックする音が聞こえた。
「来た!」喜びで顔が輝く。



「おはよう!綾波!」
「おはよう!碇君!」
お互い、にっこりとほほ笑む。
「あ、綾波…今日も…その…とっても綺麗だよ」
「ありがとう…碇君」
玄関先で、お見合いを始める二人であった。
「じゃ行こうか…」と頭をかきながらシンジがきりだした。
「うん」頬をピンクに染めてレイが頷く。

人混みの中を二人並んで歩くのは大変だった。
(このままじゃはぐれてしまう)シンジはそう思い、遠慮がちにレイの手を握った。
レイは何も言わずそっと握り返す。

二人が向かったのは、大きなショッピングモールだった。
「まずは、大きな物から選ぼうね」
「うん」
「カーペットは…綾波は何色が好きなの?」
「白…」
「…白は汚れが目立つよ…」
「ごめんなさい…」しょんぼりするレイ。
「あ、綾波! あやまらないで…」おろおろするシンジ。
どうにかカーペットが決まった。
そんな調子で、カーテンやテーブルが決まっていく。
「次はベッドかな…」
寝具コーナーに来ると、とても素敵なベッドが展示されていて、レイの目が釘付けになった。
「…」
「ん?綾波…どうしたの?」
「これ…」
レイが展示品のベッドを指差す。それは、簡素ではあるが木目が綺麗なダブルベッドであった。
「あ、綾波…これってダブルベットだよ!?一人で寝るには大きすぎるよ…」
レイは、シンジのシャツの一端を掴み、首をふりふりした。
「綾波!?」
「…い、碇君も…」レイの顔は真っ赤であった。
「えええ!綾波…」シンジの顔も真っ赤であった。
「あ、綾波が気にいったなら…仕方ないよね…でも!へ、変な気持ちで決めるんじゃないよ…」
レイは、こくんっと頷いた。(準備はしておきたいから…)とレイは思った。
ひとまず休憩する事にした。
モールのカフェで、アイスコーヒーと野菜サンドを注文する。
レイはご機嫌で、にこにこ笑顔であった。
シンジも他人事ではない喜び様である。
「碇君…」
「何?」
「お買い物って楽しい」今日一番の笑顔でレイが言った。
「そうだね、先の事を二人で決めるのって、楽しいね」シンジも優しくほほ笑んだ。

休憩を終えた二人は、日用品売り場に向かった。
食器、スリッパ、歯磨きセット、シンジはさりげなくペアで選んだ。
もちろんレイは見逃さない、が、何も言わなかった。

衣類コーナーに来ると、シンジはモジモジし始めた。目の前に鮮やかな婦人用下着が並んでいるのである。
レイは楽しそうに、一つ一つ手にとって物色中である。時々、シンジに意見を求めるが、何も言えないシンジであった。
制服しか持っていないレイは、瞳を輝かせ次々と服を試着し、気に入った物をシンジに持ってもらった。
シンジはそんなレイを微笑ましく見守っている。

最後は、食品売り場で数日分の食品を購入した。
今日の夕飯は、綾波に美味しいものを食べさせてあげたいと、シンジは思っていた。



レイの部屋に帰り、掃除をしていると品物が届いた。
シンジは汗だくになりながら、壁にクロスを貼り、カーペットを敷き、カーテンを替えた。
全てをセッティングすると、もう夜になっていた。

「碇君…シャワー使って…」
「うん、かりるね」
シンジがシャワーに行っている間、レイは自分の部屋を眺めていた。
「いままでと全然違う…これが家なのね…とっても落ち着く…」

さっぱりしたシンジは、早速、食事の準備を始めた。レイも初めてだが一生懸命頑張って、お手伝いをした。
「よし、出来た。綾波、食べよっか」
「うん…碇君、今日はありがとう」
「別に気にしないで、僕は綾波が喜んでくれればそれでいいんだ」
「また、行きたい」
「そうだね、また行きたいね。でも殆ど買い揃ったから…」
シンジの言葉に、レイの瞳がウルウルしてしまう。
シンジは慌てて、取り繕う。
「しょ、食品とかは、まめに買わないとね、はは…」

食事が終わり食器も洗ったので、シンジは帰りしたくを始めた。
「じゃ綾波、僕かえ…!」
突然レイがシンジに抱きついた。
「碇君…帰らないで…」レイの瞳から涙が溢れていた。
レイの今までの人生で、楽しいと言える事がどれ程有ったのだろう。やれと命令されればやった、死ねと命令されれば死んだであろう。
シンジとの出会いが無ければ、自分の人生になんの価値も見出せなかっただろう。
今は、一人の少女として、ここに居る。
自分の心の中に、碇シンジがいる。
もうレイにとってシンジは、何よりも大切で愛おしい存在なのだ、そうレイは変わった、シンジの為に、自分の為に。
「あ、綾波…」シンジも帰るのは辛かった。もっと、もっとレイと一緒に居たい。そう思った。
互いに惹かれあう二人にとって自然な流れであった。
産まれたままの姿で、抱きしめあった。
優しくレイをベッドに寝かせ、シンジも横になる。
レイは目をとじて待つ、シンジの顔が近づき、唇が触れ合った。二人は確信した、『愛してる』と。
二人は何度も求め合った。深く深くつながり、愛を確かめ合った。
「ん くっ あっ あっ」
「綾波! 綾波! 綾波!」
「う ん 碇 あっ や 君 くっ」
「………」
「……」
「…」
「」



翌朝、シンジが目覚めると、胸元でレイのきそく正しい寝息がしていた。
シンジは、朝日に反射するレイの髪を優しくなでた。
そっとレイの肩にキスをする。
「愛しているよ、レイ」と囁いた。
「ん〜…」レイが目を覚ます。
「碇君…おはよう…」
シンジはもう一度言った。
「愛しているよ、レイ」
レイはシンジの目をじっと見てから言った。
「私も愛してる、シンジ君を愛してる」

「ねぇ、シンジ君…」
「何、レイ?」
「やっぱりベッド使ったね」




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