子猫






今週の週番は、私と碇君。

私は、床掃除をしている。
碇君は、黒板を掃除している。

碇君が時々私の事を見るの。
(なぜ?)
私の任務の妨げにならないから問題ないと思う。

碇君が話しかけてくる。
「あ、綾波って…」
「なに?」
「綾波って真面目だよね…みんなは、床掃除嫌がるけど…」
(真面目…うそやいいかげんなところがなく、真剣であること。本気であること。)
「そう…」

「綾波は、休みの日とか何してるの?」
(休みの日…任務の無い日、何も無い日。)
「何も」
「何もって…で、でも何か楽しい事…」
(楽しい事…わからない。楽しいと言う感情がわからない。)
「無いわ」

私の任務が完了した。荷物をカバンに入れてドアに向かう。
「あ、綾波…」
(碇君の声が、さっきの声と違っている…なぜ?)
「さよなら」
私は、ドアを閉めた。

何時もと変わらない学校からの帰り道。
公園の入り口で声が聞こえたの。
(この声は…人の声じゃない…)
足元を見ると、小さな箱が置いてある。
屈んで箱のふたを開けてみた。
「ミャーミャー」
小さな生き物が入ってる。
外見から子猫だと理解できた。

小さな瞳が私を見ている。
私もじっと子猫を見つめる。
「あなた…何してるの?」
「ミャーミャー」
「そう…私の言語が理解できないのね…」

私は、そのままふたを閉じ、箱ごと拾いあげた。
(私…何しているの…)

アパートに帰ると、早速、箱を床に置いてふたを開けた。
「ミャーミャー」
蒼い毛の子猫が震えている。
「寒いの?」
私は、その場で制服と下着を脱いで、子猫を連れてお風呂場に向った。
暖かいシャワーを子猫にかけてあげる。
「気持ちいい?」
「ミャーミャー」
子猫は満足そうに鳴いた。

ベッドの上に放してあげると、はしゃいで動き回る。
(計算できない動き…生き物の動き…)

夜になって、子猫を箱に入れようとすると嫌がるの。
だからベッドで一緒に眠る事にした。
「おやすみなさい」



目覚めると、子猫は丸くなって寝ている。
「可愛い…」
(可愛い? 私が言ったの? こんな感じ初めて…)
私は、にっこり微笑んだ。

学校に出かける時間、子猫の前に朝ごはんの、ビタミン剤とカロリービスケットを置いてあげた。
「食べてね」
「ミャーミャー」
「いってきます」

教室に入り自分の席に着く、何時もと同じ。
でも、みんなが私を見てる。
(どうして?)

碇君が横に来て、声をかけてくれた。
「おはよう、綾波」
「おはよう、碇君」
碇君が笑顔で私を見てる。
「綾波…あの、何て言うか…その…今日はとっても素敵だよ」
(何を言ってるの…碇君…)
顔が熱くなる、胸がドキドキする。
(どうして?)
「何か…いい事でもあったの?」
「…べつに…」


放課後、週番の私と碇君が二人きり。
碇君は元気がないみたい。
(なぜ?)
床を拭いている私に近づいてくる。
「あ、綾波…あの…その、噂で聞いたんだけど…」
「か、彼氏が出来たって…ほんと?」
碇君の声が涙声になってる。
「僕…僕は…もう遅いかもしれないけど…だって…なかなか言えなくて…綾波のこと…す、好きだった…」
また、顔が熱くなる、胸がドキドキして、息が苦しい。
「な…何、言っているの…誤解よ…」
「え?」
「だって、前より笑顔が多いし…きらきらしてて、可愛くて、楽しそうだし…みんなが噂してるし…」
「猫」
「へ?」
碇君に子猫の事を教えてあげたの。
「そ、そうなんだ…なんだ…えっと…僕…泣いたりしてかっこ悪いよね…」
「碇君は…かっこ悪くない…」
(碇君…元気出して…)
何時もの笑顔に戻った碇君。
「あの…よかったら…子猫…見せてくれない?」
私は、こくんと頷いた。

碇君と並んで歩いている。
碇君がさりげなく手を握ってきたの。
(この感じ…いやじゃない…優しく握ってくれているのがわかる…もっと…)
私も握り返して、碇君の顔を見たら、真っ赤になってる。
手を繋ぐと言う行為が、こんなに気持ちいいなら、毎日握ってもらいたい。

玄関に入ると直ぐに声が聞こえた。
「ミャーミャー」
「あ!いるいる」
碇君は子猫とお友達になったみたい、じゃれあっている。
「あれ? 綾波…これ何?」
(碇君は、ビタミン剤とカロリービスケットを知らないのね…)
「子猫のご飯よ」
碇君の顔が困った顔になった。
「えっと…猫はこれ食べないと思うよ…」
「…そうなの?」
「うん、ミルクの方が良いんじゃないかな?」
「無いわ」
「買ってくるよ…直ぐに戻るから待ってて」
碇君がミルクを買いに行った。


「ただいま」
「おかえりなさい」
碇君がミルクを小皿にそそいで、子猫の前に置いたの。
「ほら、飲んでミルクだよ」
「…」
「飲まないね…お腹すいてないのかな?」
私も碇君も困った顔になる。
「そのうち自然に飲むよ」
「そうかしら…」

結局、碇君が帰っても飲まなかった。
また、一緒にベッドで眠った。



目覚めると、子猫が鳴いていた。
「ミャーミャー」
ミルクを新しいのと交換してあげる。

「いってきます」
学校へ向う途中、碇君と一緒になった。
私は、早速手を繋いでみる。
「な…あ、綾波…」
碇君は、すぐに顔が赤くなった。
私は自然と笑顔になる。


今日も碇君が家に来てくれた。
子猫を膝に乗せて、頭を撫でている。
「そういえば…ねぇ綾波、子猫の名前は?」
「え? 決めてない…」
「綾波が飼ってるから、綾波が名付け親だね」
にっこりする碇君。
「名付け親…親…私が母親なの?」
「い、いや…母親とはちょっと違うと思うけど…でも…いいんじゃない母親ってことで…」
「じゃー碇君が父親なの?」
「え!! その…あの…どう言う…い、意味かな…」
碇君が真っ赤になってる。
「…無理だと思うの…私一人で決めるの…」
「あはは、なんだ…そう言う事か…あはは」
(他にどんな事があるのかしら…)

二人で一生懸命考えて、『タベ』に決めた。
「タベ…私がママよ」
「タベ…ぼ、僕が…パ…パパだよ…」
「ミャーミャー」
タベが嬉しそうに鳴いている。良かった。
(ありがとう、碇君)



翌朝のタベは様子が違った。
私が声をかけても鳴かない…
(気のせいかしら…元気がない…)
「タベ…どうしたの?」
「ちゃんとミルク飲んでね」

「いってきます」
私は暗い表情で学校に向った。
席に座ってため息をつく。

「おはよう、綾波」
「…」
「ん? 綾波? どうしたの…元気ないよ」
「…へんなの…タベが動かないの…」
「…動かない…まさか…」
「なに?」
「い、いや…なんでもないよ…大丈夫だよ…きっと…」


碇君と急いで家に帰った。
部屋に駆け込んで、タベの様子を見る。

タベは冷たくなっていた。
私の瞳から涙が溢れた。初めての涙…悲しい涙…
「ミルク飲めなかったんだね…きっと」
「う、うぅ…」
私は、碇君の胸に飛び込んだ。
初めて声に出して泣いた。身体がガクガク震え、足に力が入らない。
泣きじゃくる私を碇君が優しく抱きしめてくれる。
私は泣き続けた。
(タベ…タベ…)



私は泣きつかれて眠ったみたい、目覚めたら朝だった。
碇君の胸の中で…
碇君が、一晩中私を抱いてくれてた。
また、涙が溢れ出す。タベを失った悲しみのと、碇君の優しさで。
私は目を瞑り、あごを少し上げた。
碇君がそっと唇を重ねてくれたの。
(柔らかくて…暖かい…)

「綾波、お墓作ってあげようね」
「…うん…」


私達は、タベを見つけた公園に来ていた。
地面に穴を掘り、タベをそっと寝かせて、土をかけた。
私は、お墓に手を合わせながら、呟いた。
「タベ…貴方に会えて良かった…私に笑顔がうまれたから、心に、嬉しい事、悲しい事、色んな感情がうまれたから」
「タベ…碇君から好きって言われたのよ、私の気持ちもわかったの」
「タベ…ありがとう…さようなら」

「お別れできた?」
碇君が優しく言って、手を差し伸べてくれた。
「うん」
私は碇君の手にすがって立ち上がる。
そのまま手をつなぎ公園の出口に歩いていく。
一度だけ振り返った。

「碇君」
「なに?綾波」
「…好きよ」




ぜひあなたの感想を までお送りください >

【投稿作品の目次】   【HOME】