決戦2月14日

作yo1




【決戦3日前】
アスカ、ヒカリ、レイが3人揃って下校していた。他愛も無い会話をしながら並木道を歩いている。
シンジ、トウジ、ケンスケの3バカトリオは、とっくにゲームセンターへ行っている。
アスカがヒカリに何気なく聞いた。
「ねえ、ヒカリ。2月14日は、どうするの?」
「ああ、バレンタインデイね、もちろんチョコ作るわよ」
「やっぱり、あのジャージにあげるの?」
「な、な、な、何言ってるのよ!アスカ!あ、あくまでも義理よ義理!」ヒカリの顔が真っ赤になる。
「ふ〜ん……あっそ……あのさー、今日ヒカリの家に行ってもいい?」
「え?別にいいけど…どうしたの?」
「…あたしもチョコをね…その…」
ヒカリはピンときた。
「なるほどね、そう言う事かー、アスカも碇君にチョコあげたいのね」
レイは『碇君』の発言にピクンと反応する。
「な!違うわよ!ヒカリ!変な事言わないでよね!」今度はアスカの顔が真っ赤になる。
「はい、はい、わかったから、途中で材料買いましょ」
しばらく歩くと、分かれ道にさしかかった。
「綾波さん、私たち用事があるから、また、明日ね」
「じゃーね、レイ」
「…さよなら」



レイは2人と別れたあと、ちょっぴり眉をよせて考え込んでいた。
(…知らない単語…バレンタインデイ…何?)
(碇君と何か関係あるの?…碇君…)レイの脳裏にシンジの笑顔が浮かぶ。
レイは、バレンタインデイに関する書籍を買い求めるべく書店に立ち寄った。
探すまでも無く、直ぐに見つかった。書店に入って直ぐのコーナーに沢山並んでいたのである。
無造作に手近にあった1冊を手に取るとレジに向う。

部屋に帰ったレイは、ベッドに座り買ってきた雑誌を読み始めた。
『バレンタインデイ。2月14日は、1年に1度、女の子から男の子に愛を告白しチョコレートをプレゼントする聖なる日、貴方も大好きな彼に心を込めた手作りチョコレートをプレゼントし、思いを伝えましょう!』
「…告白…碇君に…素敵」シンジの顔を思い浮かべ、頬がピンクに染まる。
(でも…私、チョコレートなんて作れない……あ!アスカが洞木さんの家に行ったのは…)
(…私…どうしたらいいの…)レイの瞳が涙で潤む。
(碇君…碇君…)
レイはベッドにうつ伏せになって、枕に顔を埋めた。



一方、アスカとヒカリは、スーパーで買い物をしていた。
「アスカはどんなチョコレートを作りたいの?」
「ん〜…何か見本ないかな〜」
「じゃー既製品のコーナー見てみようね」
2人は特設バレンタインデイ用プレゼントコーナーに向った。
「へ〜色々あるわね〜…あ!これ!これがいい!」
アスカが選んだのは、ガトーショコラであった。
「ヒカリ、これって、あたしでも作れるかな〜?」
「そうね…多分大丈夫だと思うわよ」
「じゃー材料買うわよ!って…分かんないからヒカリ教えて」アスカは可愛らしくちょろっと舌を出して「えへ」っとおどけた。
「分かったわ、まずは…」
ヒカリは説明しながら材料をカゴに入れ始める。
ブラックチョコレート、無塩バター、生クリーム、卵、砂糖、薄力粉、ココアパウダー、パウンド型をレジで購入しスーパーを後にした。

洞木家に着いた2人は、エプロンを身に着け台所で準備を始める。ヒカリが必要な道具をテーブルに並べる。
アスカは、買ってきた材料をメモしている。
それぞれを、どれ位使うのかヒカリに聞いて、各材料名の横に書き加えた。
「ブラックチョコレートは100g、無塩バターは40g、生クリームは50cc、卵は2個、砂糖は40g、薄力粉は10g、ココアパウダー12gね」
「全部を事前に量っておくのよ」
「うん、わかった」
「まずは、チョコレートとバターをボールに入れて」
「はい」
「700wで1分半レンジに入れて溶かして」
「はい」
「終わったら、生クリームを加えて、50度の保温状態にして」
「はい」
「今度は、別のボールに卵と砂糖を入れて、あ、卵はあらかじめ室温にしておいてね」
「は、はい」
「泡だて器で泡立てて」
「はい…どれ位?」
「そうね…泡だて器に泡がこもるくらいかな」
「はい」
「もう良いわね、それに、さっきのチョコを全部入れて、よく混ぜ合わせて」
「はい」
「薄力粉とココアパウダーを練らないように、さっくり綺麗に混ぜ込んで」
「こ…こうかな…」
「あ!ダメ!練らないでって言ったでしょ!」
「ええええ!」
「焼いて見ればわかると思うけど、ふっくらしないわよ…」

重い足取りで帰宅するアスカ。
「…ただいま」
「アスカ、お帰りなさい」シンジが笑顔で出迎える。
「何処行ってたの?」
「ん…ちょっとね…」うかない顔でテーブルの椅子に座る。
シンジはコンロにかけているフライパンを気にしながら、アスカに話しかける。
「アスカ、今日はアスカの大好きなハンバーグだよ」
アスカは、無言のまま、シンジのエプロン姿をじっと見つめていた。
暫くしてアスカが口を開く。
「シンジ、耐熱ボールある?」
「ん?あるけど」
「見せて」
シンジが棚からボールを取り、テーブルに置いた。
「木ベラはある?」
「うん」
シンジが引き出しから木ベラを取り、テーブルに置いた。
「泡だて器はある?」
「うん」
シンジが引き出しから泡だて器を取り、テーブルに置いた。
「家のレンジはオーブン機能付いてる?」
「うん、付いてるよ」
シンジは、ハンバーグが焼き上がったので、火を止めて、アスカの正面の椅子に座る。
シンジは暫く思案した後言った。
「もしかして、アスカ、ケーキかショコラでも作るの?」
この問いに、アスカは愕然としてシンジを見つめた。
「な、な、なんで知ってるのよ!?」
「ん?だって道具を見れば大体分かるよ」
「な!」アスカは驚きで声が出ない。そして直ぐに涙ぐんだ。
涙を見たシンジは、慌てて慰めようとする。
「あ、アスカ、秘密にしてたんなら謝るよ!ごめんね!」
「僕、知らなかった事にしておくから、誰にも言わないから…ね、元気だして!」
「誰にあげようとしてるか知らないけど、アスカが心を込めて作るんだから、きっと喜んでもらえるよ!」
「だから、元気出して!何時ものアスカらしく、バカシンジ!って怒ってよ…ねぇ、アスカ」
(シンジ…あたし…シンジにあげたいの…貴方にあげたいの…でも…でも今は…)
アスカの顔が赤く染まる。
シンジは、勘違い(アスカ…熱でもあるのかな?)して、アスカのおでこに自分のおでこをくっ付けた。
「え!?」突然のシンジの行為に、胸がときめくアスカ。
シンジの顔は真剣である、でも…
(シンジの唇とあたしの唇…5センチも離れてない…キス…)
アスカは、ゆっくり唇を近づけようとする。
(あと…後ちょっと…)
アスカが、目を瞑るり、唇が触れ合う…そのちょっと前に、シンジのおでこが離れる。当然、唇も離れてゆく。
「あ」切ない吐息が漏れるアスカ。
「熱はなさそうだね、でも心配だからご飯食べたら早目に寝るんだよ」シンジが優しく微笑む。
(シンジ…シンジは平気なの?…あんなに近づいてもドキドキしないの?…あたしの事好きじゃないの?)
よくよくシンジの顔を見ると、頬が赤くなってる。
(違う!シンジも意識したんだわ…ただ、真剣にあたしの事心配してくれてるのね!シンジ!シンジ!)



【決戦2日前】
今日も、アスカ、ヒカリ、レイが3人揃って下校している。
レイは悩んでいた、洞木さんに自分もチョコレートの作り方を教えてもらいたいのに言えない、言う勇気が無い。
(私も…作り方…覚えたい…チョコレート作りたい)
心のなかで何度も繰り返してみるが、中々きりだせない。
「ヒカリ、昨日は失敗だったわね。この天才アスカ様が失敗するなんて屈辱よ!」
「まーねー、初めてだし、しょうがないよ。また頑張りましょうね」ヒカリがにっこり微笑む。
「今日も宜しくね!」アスカもにっこりする。
レイは、しょんぼりしている。
(私にも…教えて…言えない…)
レイの様子が変なことにヒカリが気づいた。
「綾波さん?どうしたの?」
「…私も…いえ、別になんでもない…」暗い顔をするレイ。
「綾波さん?」
「何でもないの!」急に大きな声で答えたレイは走り出した。
(綾波さん…もしかして…)
「どうしたの?ヒカリ?」
「えっと…まさかね…何でもないわ、材料を買いに行きましょう」



レイは、また書店に立ち寄っていた。チョコレートの作り方が書いてある雑誌を探す。
『あなたにも出来る、簡単チョコレートの作り方』
(あった)
数頁を読むと初心者でも分かる様に丁寧に、作り方からラッピング方法まで書いてあった。
レイは迷わず購入して、急いで部屋に帰る。

レイは、ベッドに座り買ってきた雑誌を読み始めた。
(材料は…これなら近くのスーパーで全て揃うわ…よし)
直ぐに買出しに出かける。近所のスーパーで買い物していると偶然シンジと出くわした。
「あ!綾波」
「い、碇君!」驚いたレイは急いで買い物カゴを後ろに隠した。
「綾波も買い物?偶然だね」シンジがにっこりと微笑む。
(碇君…見ないで…おねがい)
「何買ったの?」シンジがレイの買い物カゴを覗こうとする。レイは必死で隠す。
「ダメ!見ないで」レイが瞳を潤ませてお願いする。
「え!?う、うん、わかったよ、ごめんね」シンジが優しく謝る。
(ごめんなさい、ごめんなさい…碇君は悪くないの…私が悪いの…)
「じゃー僕、先に会計して帰るね。綾波、また明日」シンジがにっこり微笑んでレジの方に歩いていった。

どうにか買い物を済ませたレイが部屋に戻ると、早速、雑誌を読みながら、チョコレートを作り始める。
『湯せんでチョコレートを溶かしましょう』
レイは困ってしまった。材料は買ってきたが道具を買い忘れたのだ。
「どうしよう…」しばらく悩んで、コンロとお鍋で試してみる。
「あ! ダメ! ダメ! あああ!」
チョコレートが焦げてしまった。
「うう…ひっく…う…う…」レイは泣き始める。
「こんなんじゃ…ひっく…碇君に…うう…チョコレート…ひっく…あげれない…」
レイはベッドにうつぶせになり、枕に顔を埋めて泣いた。
(碇君…)シンジの事を思う度に、涙が溢れてくる。



洞木家では、ヒカリが懇切丁寧に説明するので、アスカは特に失敗もなくガトーショコラを仕上げてゆく。
「ヒカリ…これでどうかな〜?」アスカが心配そうに尋ねる。
「うん!上出来よ!」ヒカリはにっこりする。
「あとは、ラッピングの材料を買えば、立派なプレゼントになるわね」
「うん!ありがとうヒカリ!」
「頑張ったアスカに、プレゼントがあるのよ」
「え!?何々?」
「これよ、えへへ」ヒカリが嬉しそうに差し出した品は、パウダーシュガーとハート形に切った紙切れ数枚であった。
「これって?」
「さっき出来上がったショコラの上に、このハート形の紙を適当に置いてみて」
「う、うん…これでいい?」
「それじゃー、このパウダーシュガーを上から振りかけてみて」
「こ、こんな感じでいいの?」
「上出来、上出来」ヒカリがにっこり微笑む。
「アスカ、ハート形の紙を取ってごらんなさい」
「うん…あ!素敵、ハート形の紙が有った所だけ、パウダーシュガーがかかてないから、ハート型に見える!」
「ヒカリ!ありがとう!」アスカはヒカリに抱きついて喜んだ。



【決戦1日前】
レイは学校を休んだ。
シンジは、昨日スーパーで会ったレイの様子がおかしかった事を思い出し、心配になって皆にレイの事を聞いてまわる。
「アスカ…」
「何?」アスカはシンジから急に名前を呼ばれたので胸がドキドキしてしまう。そんな事をシンジに悟られたくなくて、無理に素っ気無く返事をした。
「あのね、綾波の事なんだけど…今日休んだから、何か知らないかなって思って」
(な、なによ…あたしの事じゃないの…)アスカは暗い気持ちになってしまう。
「バカシンジ!レイの事なんて知らないわよ!ふん!」
「あ、あ、アスカ…そんな…怒らなくても…」シンジはションボリしてしまう。
(シンジ…そんな悲しい顔しないでよ…あたし、シンジに笑って欲しのに…私のバカ)

「洞木さん、綾波が休んでる理由知らない?」
「私も心配なの、理由は…やっぱり知らない」
「そうなんだ…ありがとう」


下校時刻になると、シンジは駆け足で学校を後にした。レイの事が心配だったので帰りにレイの部屋を訪ねようと決めていたのだ。
玄関先に着くと、深呼吸してドアをノックする。
「綾波、いるの? 僕だよ、シンジだよ」
返事が無い。
(いないのかな…もしかして病気で動けないとか…)そう思うと不安で堪らなくなってくる。
もう一度ノックしようとした時、ドアが少しだけ開いた。
「綾波!居たんだね。今日はどうしたの?病気?大丈夫なの?」
「…」シンジの問いかけに返事が無い。
「あやなみ?…どうしたの?ドアもっと開けていい?」
「ダメ!開けないで!」ようやく発したレイの声が、少し嗄れていた。
シンジは益々心配になって、ドアの隙間から中を覗き込むと、泣き腫らした顔のレイが見えた。
きっと大変な事が起こったのだと察したシンジは、「ごめん!開けるよ!」と言うと無理やりドアを開けた。
強くドアノブを掴んでいたレイは、急に引かれたドアにつられて、玄関外へ倒れる様に出て行く。
「キャ!」
「危ない!」
シンジが慌ててレイを抱きとめる。
「ごめん、綾波、大丈夫?」シンジは優しく問いかける。
シンジの腕の中で、暫く無言のレイだったが、漸く「うん」とだけ答えた。
(何があったんだろう…こんな泣き顔になって…身体も弱ってるみたいだし…)
(とにかく休ませてあげないと…)
「綾波、ちょっとだけ我慢してね」そう言うと、シンジはレイを抱きかかえた。
「え!?」突然抱き上げられたレイは、驚くとともに頬をピンクに染めた。
レイを抱きかかえたシンジは、そのまま部屋に入る。ベッドの所まで進むと、優しくベッドにレイを寝かせた。
「そのまま寝ててね、タオル借りるよ」シンジは洗面所でタオルを濡らし、きつく絞ってレイの所に戻る。
「可愛い顔が台無しだよ」と笑顔で言うと、タオルでレイの顔を優しく拭いてあげる。
レイは気持ち良さそうに目を細める。
「…あ、ありがとう…碇君…」
「うん、ずっと泣いてたの?」
「うん」
「食事もしないで?」
「うん」
「綾波…あんまり無茶しないでね。僕は…僕は凄く心配だったんだよ」シンジが真剣な顔で言う。
「…ごめんなさい…」レイの表情が暗くなる。
「何か食べるもの作るから、おとなしく待っててね」今度はにっこり微笑んで言う。
「あ!ダメ!台所行っちゃダメ!」慌てるレイ。
シンジはベッドの端に座ると、レイの顔を覗き込んで話し始めた。
「あのね、悪いとは思ったけれど、さっき見ちゃったんだ」
「綾波が何をしていたか、何を作ろうとしていたか、判っちゃったんだ」
レイの瞳から涙が溢れだし、泣き声を漏らす。
「うう…う…」
シンジは、優しくレイの頭を撫でながら話しを続けた。
「チョコレートを作りたかったんだね。でも失敗した。そうだよね?」
「でもね、泣く事ないよ、誰だって、どんな事だって、初めての時は失敗はするんだよ」
「そのチョコレートを誰にあげたかったかは知らないけど、綾波がこんな想いまでして頑張ったんだから、凄く喜ぶと思うよ」
「もし僕でよかったら、作り方教えて上げるよ」
シンジの顔は穏やかで慈愛に満ちていた。
「うう…ひっく………碇君…碇君なの…プレゼントしたかったの…碇君なの…」
「え!?」シンジが目を丸くして驚く。
「…だから…碇君には…見られたくなかった…」
ふ〜っと、シンジはため息をつき、肩の力を抜くと、優しく微笑んた。
「ありがとう、綾波」
「僕とっても嬉しいよ」
「見られたくなかったなんて言わないで、見ることが出来たから嬉しいんだよ」
「綾波が、僕の為にこんなに頑張ってくれたんだって知って、僕は…僕は嬉しいんだ、そして愛おしいんだ、綾波のこと」
「だから泣かないで、笑顔を見せて」
(碇君…ほんとなの?…こんな私でもいいの?…そんなに優しくされた私…)
いつの間にかレイは泣き止んでいた。そして、精一杯の笑顔で言った。
「碇君、私嬉しいの…とっても嬉しいの…碇君の気持ちが嬉しいの」
時が止まったかの様に見つめ合う二人。
シンジがそっと離れる。
「あ」レイが名残惜しそうに声を発した。
「さて、ご飯作るね」
シンジは、心を込めてレイの為に料理を作った。出来上がったそれをベッドに運ぶ。
「さぁ、召し上がれ」にっこり微笑む。
(美味しそう…私もこんな風にお料理できたら…碇君の為にお料理できたいいのに…)泣きそうになるのを堪えて食べ始める。
「碇君…これ美味しい…」
「そう、よかった」シンジはレイが食べている様子を、にっこりしながら見守っている。
半分位食べた頃、レイが話し始めた。
「碇君、本当はチョコレートあげたかったの…でも作れなくて…あげれなくて…ごめんなさい」
「諦めちゃうの?」
「え?」
「残り食べていて、僕、道具と材料買ってくるから」シンジはレイの返事も聞かず飛び出して行く。

シンジとレイは、台所に立っていた。
シンジが用意したのは、生チョコレート用の材料だった。
市販のミルクチョコレート2枚(140g)、生クリーム(120cc)、ココアパウアー(適量)である。
シンジが分かりやすく説明するので、レイは、手つきこそ危なっかしいが、失敗もなくチョコレートを作る事が出来た。
「できた!」レイは嬉しくて、シンジに抱きついてしまう。
シンジは、優しく抱きとめて、「おめでとう、綾波」にっこり微笑む。

しばらくして、シンジは帰り仕度を始める。
(ああ、碇君が帰っちゃう…帰って欲しくない…ずっと一緒にいて欲しい…)
シンジは、レイの気持ちに気づいていた。でも、レイを早く眠らせてあげたかった。
「僕、帰るね、早く寝るんだよ。」
「綾波…お休みなさい。」シンジが玄関に向う。
「碇君!まって!」
レイの叫びに、シンジが振り向くと、レイのほうからシンジにキスをした。短いキスだった。

シンジが帰ると、幸せいっぱいのまま、レイは眠りについた。



【決戦の日】
今日は、バレンタインデイ。教室の中は何時もと違う雰囲気が漂っていた。

シンジが自分の机に座ると、次々と女子生徒がやってきた。
「い、碇君…これ…私の気持ちです。貰って下さい」真っ赤な顔で、チョコレートを差し出す。
「あ、ありがとう」シンジがにっこり微笑んで受け取ると、「キャ」っと黄色い声を上げて走り去って行く。
あっと言う間に、シンジの机に上にチョコレートの山が出来上がる。
「シンジ!なんでお前ばっかりもてるんや!」
「そうだ!碇の裏切り者!」
「あ、あの、ケンスケ、トウジ、落ち着い…」
突然、アスカの声が響く。
「バカシンジ!なに鼻の下伸ばしてるのよ!」と言って、シンジにビンタを放つ。
「あ、アスカ…痛いじゃないか!」
「ふん!あんたが悪いのよ!バーカ!」
「なんでだよ!」
「それは…」アスカは言葉を詰まらせる。
「それは?」シンジが不思議そうに聞き返す。
「それは…あんたが貰ったのは義理チョコなの!本命チョコってのは、これを言うのよ!」と、アスカは自分のチョコをシンジに差し出した。
「あ!アスカ…ありがとう…」シンジは嬉しそうに取る。綺麗にラッピングされた中身はガトーショコラであった。
「さあ!返事聞かせてよ!」
「ええ!? へ、返事って…」
「決まってるでしょ!」アスカの頬がピンクに染まる。
シンジが困ってる所に、レイがやって来た。
「碇君、おはよう」
「おはよう、綾波」
昨日の今日である、2人とも顔が赤くなる。
レイがシンジの机の上のチョコの山をじっと見つめる。
「ねぇねぇレイ!見てよ、あたしの作った本命チョコよ」と、シンジが持っているチョコレートを指差す。
暫く沈黙するレイ。おもむろにカバンをゴソゴソして、何かを取り出す。
「碇君、これ私の気持ち…」シンジに、可愛くラッピングした、昨日作った生チョコを手渡す。
「ありがとう、綾波」と、にっこり微笑む。
それを見たアスカが唖然としてしまう。
「れ、レイ、あ、あんたチョコ作れたの?」
「…うん、碇君が教えてくれたの…」
この爆弾発言で、周りが水を打った様に静まり返る。
「な…そんな…」アスカの瞳に涙が溢れてくる。
「ごめん…アスカ…僕は…」
「聞きたくない!私は認めないからね!バカシンジ!」アスカが走り去ってしまう。
「アスカ!」シンジは慌てて立ち上がる。
「碇君!追いかけて!」レイにしては珍しく、大きな声をあげる。
「え、でも…」シンジは迷っていた。
「いいから、早く追いかけて!」レイの言葉に後押しされて、シンジはアスカを追いかけて、教室を飛び出した。
(碇君…本当は私の側に居て欲しいの…でもね…でもね、碇君は皆と仲良しでいて欲しいの…)

シンジが屋上に出ると、風に髪をなびかせるアスカを見つけた。
「アスカ…」
「…」無言のアスカ。
「アスカ…僕は…あの…」
「何にも聞きたくない!」アスカが叫んだ。肩が震えている。おそらく泣いているのだろう。
シンジは、そっとアスカの後ろに歩いてゆき、ぎゅっとアスカを抱きしめた。
(え!?シンジ…どうして…だって…レイが…)
「アスカ…急に遠くに行かないでよ…僕は…僕は、アスカが側に居てくれないと不安なんだ…」
「嘘!だって…レイの事す…」
「確かに…綾波の事…好きだよ」
アスカの身体が強張る。
「でもね、同じくらいアスカの事も好きなんだ…身勝手な言い分だよね」
「仕方ないんだ!僕は2人を同時に、同じ様に好きになったんだ!好きで!好きで!何時もアスカや綾波の事を思ってる!」
「アスカだけを選んであげられなくて…ごめんね…アスカに嫌われても仕方ないよね…僕…」
暫く沈黙が続く。
口を開いたのはアスカであった。
「レイの事はともかくとして、あたしの事は好きなのね?」
「うん、好きだよ!」
「じゃー半分だけ許してあげる。」
「残り半分は、これから…何時かシンジの事、全部あたしの物にするんだからね!」
アスカがシンジの腕の中で振り向いた。そのままシンジにしがみつき、目を瞑って、顎を少し上げた。
「あたしの分の好きを頂戴」
シンジは真剣な顔をして「うん」とこたえ、アスカの唇に自分の唇を重ねた。



今は、今だけ見ていよう。
近い未来に辛い選択や、辛い別れがあったとしても…
今は、3人とも幸せだから。
素直にそれを喜ぼう。




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