初恋

作:yo1





 早朝の優しい日差しの中を、沢山の生徒達が、第1中学校の校舎へと入って行く。昨日のドラマの話題で楽しげに会話をする女子生徒。新しく発売されたゲームの攻略方法を熱く語る男子生徒。まだ眠いのか欠伸をしている生徒。何気ない毎日の朝の風景。


 チャイムが鳴り、朝のホームルームが始まった。2年A組のドアから、初老の担任が入ってくる。

 学級委員のヒカリが号令をかける。
 「起立、おはようございます」

 生徒達が続く。
 「「おはようございます!」」

 担任は、教室を見回してから、「はい、おはよう」と挨拶を返した。

 「着席」

 生徒達が落ち着くのを待って、担任が話しを始める。
 「皆さん、今日からクラスに新しい仲間が増えます。さぁ、入ってきて下さい」

 担任の言葉に、生徒達がざわめき始めた中、ドアを開けて1人の男子生徒が入ってくる。
 「さぁ、自己紹介して下さい」と担任が促す。

 転校生は、少し頬を赤らめながら口を開いた。
 「あの、い、碇シンジです。父の…その…父の仕事の都合で、第2新東京市から来ました。よ、よろしくお願いします」
 シンジは、頭をひょっこり下げると、ようやく緊張から開放された。

 「皆さん、碇シンジ君を仲良く迎えて下さいね。彼への質問は、休み時間にお願いしますよ。それでは、君の席は、窓側から2列目の前から2番目です」
 「はい」
 「隣は、綾波さんです。仲良くするように」
 「はい」

 シンジは、指示された自分の席へと向かい、座る前に隣の少女に挨拶をした。
 「あの、綾波さん、よろしく」
 「…」
 少女は、窓の外を眺めたままで、返事をしてはくれなかった。

 (あれ?僕の声小さかったかな?…それにしても…綺麗だな…蒼い髪、窓からの日差しでキラキラしてる)

 「碇君、早く席に座りなさい」との、担任の声でシンジは我に返り、慌てて席に着いた。

 クスクスと何人かの忍び笑いが聞こえて、シンジは赤面して俯く。

 授業の合間の休み時間には、シンジの所に多くのクラスメートが来て、色々と質問をした。シンジの顔が中性的で優しげな所を気に入られたのか、女子の質問は、『好きな女の子のタイプは?』『好きな食べ物は?』『好きな音楽は?』『付き合ってる人いますか?』等々であった。


 そして今は、昼休みである。
 レイは、カバンから文庫本を取り出し読み始める。

 シンジは、何気なく横を向くと、初めてレイの顔を見ることができた。
 (綾波さんって、紅い瞳なんだ…)「澄んで綺麗な瞳だな…」
 「!」
 レイが驚いて、シンジを見つめた。

 シンジは、無意識に思った事を口に出していたのだ。
 「え?あぁ!!…あ、あの…ごめん!!、つい…綾波さんの瞳が綺麗だったから…って、あ!…ごめん」

 レイは、頬を淡いピンクに染めて俯いた。

 (わ〜恥ずかしい!綾波さんに嫌われちゃったかな…)



 自宅に帰ったシンジは、お弁当箱を洗いながら、今日の事を考えていた。
 「綾波さん綺麗だったな〜…お昼は本読んでるんだ…読書好きなのかな?…でも、お腹すかないのかな?」

 洗い物を終えたシンジは、今晩の夕食と、明日の弁当の献立を考えていた。
 「夕食は、父さん達、仕事で遅くなるって言ってたから、僕だけだし簡単に済まそう。
  明日の弁当は…夏野菜とハンバーグと卵焼き…ほうれん草のおひたしかな、ん〜あとは果物でいいかな…よし、買い物に出かけるか」

 買出しから帰り、お風呂に入って、夕飯を済ませ、ぼんやりテレビを観ていたら、既に11時を過ぎていた。
 「もうこんな時間か…寝よう」
 ベッドに横になり、目を瞑ると、瞼にレイの姿が浮かんでくる。
 (綾波さん、明日は話しができると…いいな…でも初めて会った感じじゃないんだよな…)



 同時刻、レイは制服のままでベッドに横になっていた。
 「…綺麗…始めて言われた…胸がドキドキする…何故?…」

 起き上がって、ぺたんと座ると、自分の胸に手をあてる。
 (…鼓動が早い…私…病気?…でも、嫌じゃない…でも何処かで…)

 レイは、今日会ったばかりの少年が、気になってしまう自分に戸惑っていた。



 翌日の学校、昼休みの時間。

 レイが本を読もうとした時、シンジが声をかけてきた。

 「あ、綾波さん」
 全身から勇気をかき集めたシンジ。

 「……なに」
 返事を返したレイは、何故か頬が薄らとピンクに染まっている。
 (…また声をかけられた…胸がドキドキする…昨日と一緒…)

 「あの、ぼ、僕、碇シンジ、よろしくね」
 「………綾波レイ」
 「名前、レイって言うんだ、素敵な名前だね」シンジはにっこり微笑んだ。
 「…」頬をピンクに染めて俯いてしまうレイ。

 「えっと、綾波さん、お昼食べないの?」
 レイはコクンと頷いた。
 「お腹すかない?」
 「……平気」
 「そ、そうなんだ…はは…で、でも、朝食と夕食は食べてるんでしょ?」
 「…えぇ、これ…」
 レイは、カバンから、栄養補助食品とサプリメントを取り出して見せた。
 シンジは驚いた。
 「え!それだけ?」
 レイは首をフリフリして言った。
 「今は持ってないけれど、朝と夜は、野菜のサンドイッチを食べてる」
 その言葉に、シンジはホットした。

 (何故?…私、話ししてる…この人が特別なの?…何故?…)

 (えっと、どうしよう…何か…そうだ!)

 「綾波さん」
 「……なに」
 「僕ね、デザート用に果物持ってきたんだ、良かったら食べない?」
 「……いらない」
 「え、果物嫌いなの?」
 「……わからない」
 「わからないって?…果物食べたことないの?」
 レイはコクンと頷いた。

 「一口食べて、嫌だったら残してもいいから食べてみてよ。はい、これ」
 シンジは、タッパの蓋を開けて、フォークを添えて、レイの前に置いた。

 レイは、しばらく無言で果物を見つめていたが、苺をフォークで取って口に入れると、瞳を丸くして、「…美味しい」と呟いた。
 「でしょ、よかった。それは苺だよ」
 「…イチゴ…」
 「うん。こっちは林檎」
 「…リンゴ…」
 レイは、シンジが指差した果物をフォークで取って食べて、「…これも…美味しい」と言った。

 シンジは嬉しくなり、しばらく果物の説明をして、自分も弁当を食べ始める。

 この時シンジは気づかなかった。クラス中が、シンジとレイを、驚きの目で見ているのを。

 『綾波さんが会話してる』『なによ!シンジ君とあんなに親しげにして』『綾波さんが食べてる』『あたしのシンジ君を』
 『シンジ君、私にも…話し掛けて』『シンジ君、僕にも…話し掛けて』等々であった。


 シンジは、「ご馳走様」と言って、弁当箱を片付け始める。

 「…碇君…ご馳走様」
 レイは、お礼を言って果物のタッパを自分のカバンに仕舞おうとするので、シンジが慌てて言った。
 「綾波さん、いいよ、僕が家で洗うから」
 「…私が…洗って返す…」
 「いいよ、気にしないでよ」
 「…これ位しか…お礼…できないから…」
 「綾波さん……うん、それじゃお願いするね」

 シンジは、ニッコリ微笑んだ。
 それを見たレイは、頬をピンクに染めて俯いた。



 (今日は、とっても楽しかったな…特に綾波さん…話しできてよかった…)

 シンジは、玄関のドアを開けて中に入る。
 「ただいまー」
 家の奥の方から、母親、碇ユイの返事が返ってきた。
 「シンジ、お帰りなさい」

 シンジは、自室で普段着に着替えて、台所に向かった。
 鼻歌を歌いながら、弁当箱を洗っていると、後ろから声をかけられた。
 「シンジ、ご機嫌ね」
 「え!?母さん、別に普通だよ」
 「学校で何かいい事あったのね?」
 「ん…うん、あのさ、隣の席の子と仲良くなれたんだ」
 「そう、良かったわね。その子ってどんな子なの?」
 「女の子なんだけど、綾波レイって言うんだ。お弁当の果物あげたんだよ」
 「なんですって!そんな、こんな偶然…」
 「ん?母さん?」
 ユイは持っていたエプロンを落としてしまった。
 「…」
 「母さん?どうしたの?顔色悪いよ、大丈夫?」
 「…あ、えっと、その話しは、お父さんが帰ってきてから話しましょう」
 「うん…いいけど…?」



 シンジの父親、ゲンドウが帰宅しテーブルを囲んでの夕食時である。
 「あなた、先程の件、シンジに話して頂けます?」
 「あぁ、そうだな」
 「何なの?父さん」
 「シンジ、お前がユイ話した綾波レイと言う少女、私とユイは以前から知っていた」
 「え!?」

 「今から詳しく説明しよう」
 ゲンドウは、そう言うと持っていた茶碗と箸を置いた。シンジもユイも倣って箸を置いた。

 「古い話しになるが、あれは私とユイが大学生だった時、同じ学部に綾波サツキと神道タクマと言う2人が居た。
  我々4人は、競い合い、助け合い、笑い合った大切な親友だ。
  2人は、我々が結婚する2ヶ月前に結婚し、その後、互いに子供が授かった。綾波家は女児…綾波レイと名付けられた。」

 「え!と、父さん!それじゃ綾波レイって」

 「そうだ、シンジ。お前が出会った少女は親友の子供だよ。話しを戻すが、レイが3才の時に不幸が…両親が交通事故で亡くなったのだ。
  幼かったレイは、遠い親戚に引き取られる事になり、レイだけでも両親の分まで幸せに育って欲しいと願い見送った。
  だが、その後直ぐに嫌な噂が聞こえて来たのだよ。遠い親戚とやらが、レイの養育を放棄しているとな。
  しかも、小学生になった頃には、一人暮らしをさせ、月に1度、顔もあわせず、生活費だけを置いて去ってゆくそうだ。
  その生活費とて、レイの両親の遺産であって、愛情の欠片すら感じられん!。
  シンジ、私とユイは、心配でレイの行方を捜していた。そして漸くここ第3新東京市の何処かの学校に通っていると分かって、越して来たのだ。」

 「そうなんだ…知らなかった。あの綾波さんが、そんな辛い目に…だから、果物も食べた事がなかったのか…」
 「シンジ…」
 「何、母さん」
 「シンジとレイさえ良ければ、レイを家族として迎えて、一緒に暮らしたいと思っているのよ。どうかしら?」
 「どうもこうも無いよ。賛成だよ」
 「ありがとう。シンジ…」

 「ではシンジ、明日にでもレイを家に連れてきなさい。本人にも説明して、承諾してくれたなら、後日引越しをさせよう」
 「うん、父さん、明日学校の帰りに連れてくるね」

 その夜、シンジは中々眠れなかった。
 (綾波さん、今まで辛かったんだね。僕、綾波さんが幸せになる手伝いをするよ…)



 古ぼけたマンションの一室、レイの住居である。台所で昼にシンジから貰った果物の容器とフォークを洗っている。
 丁寧に心を込めて洗っているレイは、今までに体験したことの無い、ふわふわとしたものを感じていた。
 (碇君…優しい笑顔…この気持ちは…何?)

 洗い終わった容器を、丁寧に拭き終えて、眠る仕度を始める。
 ベッドに横になっても、頭に浮かぶのは、シンジの顔であった。
 「おやすみなさい……碇君」



 翌日の学校、昼休みの時間。

 「綾波さん、今日はね、果物だけじゃなく、お弁当も作ってきたんだけど…もし、良かったら、食べて貰えないかな?好き嫌いが分からないから、嫌いな物は、無理しないで残していいからね」
 「…あ、ありがとう…」
 レイは、頬を染めながら、弁当を受け取って、そして、昨日の容器をシンジに返した。
 「碇君、これ…」
 「あ、洗ってくれたんだね、ありがとう」
 シンジは、にっこりした。

 お弁当を半分位食べた頃、シンジは話し始めた。
 「綾波さん、あの、も、もし良かったら、今日の帰りに家に来ない?母さんも父さんも、連れておいでって言ってるんだ」
 「…私が…碇君の家に…」
 「め、迷惑だったかな?」
 レイは、少し考えてフルフルと首を振ると、「迷惑なんかじゃない」と小さな声で返事した。
 「よかった。何だか楽しみだね」
 「……ええ」
 笑顔のシンジと、微笑むレイであった。


 そして放課後。

 「綾波さん、仕度できた?」
 「ええ」
 「それじゃ行こうか」
 レイは、コクンと頷いて、シンジの後ろを歩き始めた。

 (父さん達から話しがある前に、過去の話題に触れちゃダメだよね…)

 「綾波さんって、何か趣味はあるの?」
 「ないわ」
 「そうなんだ、でも何となく好きな事ってあるでしょ?」
 「……読書」
 「読書か〜僕も本を読むのは好きだよ。どんな本を読むの?」
 「……色々」
 「へ〜それじゃ、本屋さんで本を選ぶの苦労しないね」
 「……選ばないわ、適当に買うから」
 「そ、そうなんだ…ははは…」
 「ごめんなさい…私、話すの…苦手で…」
 「謝らないで、僕も話すの苦手だから。でも不思議なんだ、綾波さんだと平気なんだよ。不思議だね」
 シンジは優しく微笑んだ。
 (あ…私も…碇君だと…)
 レイは、スカートをギュっと握り締める。
 (もっと…もっと碇君と…話せたら…いいな…)


 暫らく歩くと、シンジの家に到着した。

 シンジは、玄関のドアを開けて
 「ただいまー、母さん、父さん、綾波さんを連れてきたよー」
 家の奥の方から、パタパタとスリッパの音をたてて、母、ユイがやってきた。
 「シンジ、お帰りなさい。綾波さん、いらっしゃい、二人ともさぁ上がって」

 居間では、ゲンドウが待っていた。
 「よく来てくれた。さぁ座って下さい」

 シンジとレイは、並んでソファーに座ると、ユイがお茶を運んできた。
 「レイちゃん、お茶は飲めるかしら?」
 「……はい」
 「そんなに緊張しないで」
 ユイは、優しく微笑んだ。


 そして、ゲンドウが、昨日と同じ事を、レイに語って聞かせる。

 ゲンドウの話しが終わると、レイの瞳から、ツーっと涙が流れた。
 シンジは心配そうに、「綾波さん、大丈夫?」と声をかける。
 レイは、コクンと頷いた。

 「シンジ、レイ、まだ話していない事がある」
 「何?父さん」
 「お前たち二人は、幼い頃、よく一緒に遊んでいた」
 「え!僕と綾波さんが?………そうなの?」
 「あぁ」

 ユイが嬉しそうに目を細めて言った。
 「そうよ、貴方たちは仲良しで、何時も一緒に居たわ。キスだって、沢山してたのよ。ふふふ」

 「キ、キ、キス!?」
 「…」
 シンジは顔を真っ赤にしてレイの方をチラチラ見ている。
 レイは俯いてしまったので表情は分からないが、耳が真っ赤に染まっていた。

 暫くして、落ち着きを取り戻した、シンジとレイ。
 「だから直ぐに仲良くなれたのかな?ねっ綾波」
 「……うん」
 シンジとレイは、見詰め合って嬉しそうに微笑んだ。


 シンジがレイの手を優しく握って言った。
 「綾波、一緒に住んでくれるよね?」
 しかしレイは、俯いたまま無言だ。
 「……」

 「綾波…嫌なの?」
 暫らくして、レイは首を振ると、顔を上げて返事を返した。
 「嫌じゃない…碇君と一緒に居たい」
 レイの瞳は、涙で溢れていた。

 ユイが優しく語りかけた。
 「レイ、今まで辛かった分、これからは幸せになるのよ」
 レイはコクンと頷き、涙を流した。



 それから6年後、丘の上の教会から、美しい鐘のねが響き渡り、沢山の白い鳩が、円を描く様に飛んでいる。

 ライスシャワーを浴びながら、1組の新郎新婦が現れた。

 「あや…レイ、君は僕の初恋の人だよ。一緒になれてよかった。……幸せにするよ」
 シンジが優しく囁く。

 「うん、いか…シンジさん、私も初めて好きになったのが貴方。私、幸せよ」
 レイが笑顔でそう言った。


 二人の未来が幸せいっぱいでありますように。




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