チャンスはある日突然やってくる。
それは、これまでとは違った日常への片道切符・・・・・・・。
貴方の元へやってくるかどうかは運だけど、チャンスは逃してはいけないの。
もし見つけたらしっかりと握り締めるのよ。
幸せが指の隙間からコボレナイヨウニ・・・・・・・・・。



リナレイちゃん最悪の日



Written by NK


いつもと変わらない毎日、同じ事の繰り返し、それが当たり前だと思っていた・・・・・・。
でも不幸はある日突然やってくる。


その夜、綾波レイは悪夢にうなされていた。
それはかつての辛い過去・・・・・・・。
自分の幼少の頃に与えられた仕打ちが元となった夢。
こういう夢は往々にして自分の体験より酷い物になることが多い。

『やーい、レイのウサギー!』
『赤いお目目に白い身体、頭の毛は青い人間なんていないよ〜。
綾波の正体は青ウサギ女だ〜。』
『グスッ・・・・・もうやめて、やめてよ〜。何で私ばっかり苛めるの〜。』
『ウサギのくせに生意気だぞ。』
『お前なんか人間じゃないんだからどうしたっていいんだ!』
とうとう泣き始めた私を囲んではやし立てる子供達。
小さい私は蹲り涙を零していく。
私はそんな光景を少し離れたところで見続けるしかなかった。
私は小さい頃の私を助けようとするが、蜘蛛の糸のようなもので縛り付けられどうしても身体が動かない。
必死になって身体にまといつく糸を引きちぎろうとする私。
そんなことをしているうちに、とうとう小さい私を小突き始める周囲の子供達。
一人の子が手に石を握って投げつけようとしたその時、いきなり子供達の後ろに現れた同じ歳ぐらいの少年が、その子供を殴り飛ばした。
そして小さい私を取り囲んでいた子供達が次々と殴り倒されていく。
『女の子を寄ってたかって苛めて、石まで投げつけようとする奴らには天誅だ。』
そうして蹲る私に近づき声をかける少年。
良かった・・・・・・。
そう思った瞬間、眼を覚ました綾波レイは体中に冷たい汗をかいている現在の自分を確認していた。
『久しぶりね・・・・・・昔の事を夢で見たのは・・・・・・・。この夢を見る時ってあまり良いこと無いのよねぇ・・・・・。』
そう思いながら、レイはムクリと起きあがるとシャワーを浴びるためにノロノロと浴室へ向かった。


そしてその日の午後、高校一年生の綾波レイは友人である洞木ヒカリ、山岸マユミと一緒に本屋に行く途中だった。
そう、あの悪夢の中でウサギを罵られていた綾波レイ。
市立第一高校に在籍する美少女(自称・・・ゲフッ!)だ。
その蒼銀の髪と赤い瞳、そして抜けるような白い肌はアルビノという先天的な色素欠乏による。
小さい頃は苛められもしたが、幸運にも今では明るく快活な女の子に育っており、その性格から同姓、異性を問わず人気が高い。
目下の悩みは胸が少しち(・・・・バキッ!ドシャッ!・・・ズルズル・・・・・・)・・・・・・
し・・・・、失礼・・・・・・・・・、勉強が少し出来ないことが目下の悩みだそうである。
マユミが欲しい本は専門書とまではいかないが、普通の街中の本屋ではなかなか扱っていないものが多い。
したがって彼女は数週間に1回はターミナル駅にほど近い専門書籍を大量に扱っている大型店に買い物に行く。
ヒカリはもはや趣味とはいえない料理関係の本を見るために嬉しそうに付いてくるが、レイにとって読書は参考書以外には漫画や文庫本などぐらいであるため、それほど興味をそそられるものではない。
にもかかわらず一緒についてきたのは、何となく一人で帰りたくなかったことと、本屋の後で甘いものを食べに行くことが慣例だったからだ。
今朝方の夢見が尾を引いているのかもしれない。
本屋に入ってからすでに30分。
興味のある人は何時間でも平気だが、自分が関心を持っていない事に付合って時間をつぶすという事は存外大変なものだ。
その日は探している本がなかなか見つからないのか、はたまた立ち読みに興じているのか不明だが、マユミもヒカリも戻ってこない。
最初こそ週刊誌や漫画をパラパラ見ていたレイだったが、すぐに飽きてしまって入り口付近でぼぅとしていた。
なにしろ最近は立ち読みが出来ないように、レイの大好きなコミックスはビニールカバーに入っているのだから。
「二人とも長いんだから〜。ちょっとは私のことも考えて欲しいよねぇ・・・・・。」
ため息を吐きながら呟いたとき、すぐ傍で女性のものらしき悲鳴が聞こえた。
そしてすぐに人がざわめき始め、緊張感が漂い始める。
レイは何事が起きたのかと興味を引かれ、軽い気持ちで人垣の方へと歩いていった。
この時レイに緊張感などというものは無い。
単なる好奇心というか野次馬根性しかなかった。
この時、少しでも朝起きたときに感じた悪い予感を思い出せば未来は変わっていただろう。
突然、本当に突然、レイの目の前の人壁がサアッと海が割れるがごとく左右に別れる。
その見事さにポカンとした表情で立ち止まるレイ。
もしこの状況をヒカリなりマユミなりが高いところから俯瞰できれば、即座にレイに逃げるように叫んだだろう。
だが生憎レイを知っている人間はそこにはおらず、危険から逃げようとしていた人々に取り残された形でレイはその場に佇んでいたのだ。
「えっ!?・・・・・・な、何?」
我に帰ったレイは周囲が自分を見つめる視線に気がついて狼狽する。
先ほどからさ迷っていた視線が正面に固定された瞬間、レイは何が起きているのかを唐突に悟った。
10mほど先に倒れている人間が見える。その体形から若い女性であろうと思えた。
それが一際異質さを放っているのは、彼女の周りが赤い水溜りになっており、それがゆっくりとだが確実に広がっていることだった。
そしてその倒れた女性の傍で幽鬼のように佇み、手に赤い液体をポツリポツリと滴らせる刃物を持った若い男の存在も同時に知覚していた。
本当はこの存在こそ最も重要な情報だったのだが、混乱したレイの頭ではどうしても倒れた女性に目が行ってしまったのだった。
暗い虚ろな目をした若者は、ジロリとレイに一瞥を与えると何やらブツブツと呟き始める。
その姿は明らかに精神が異常を来しているとしか思えないものだった。
「・・・・・あっ・・・・あっ・・・・あっ・・・・・。」
レイは震える手で男を指差すと、逃げるために走り出そうとした。
だがあまりの出来事に彼女の足は主の言う事をきかず、まるで根が生えたのかのごとくその場から動かない。
暫くブツブツと呟いていた男は顔を上げると、緩慢な動きでレイの方に歩き始めた。
「・・・ひっ・・・・!」
恐怖に引きつった顔で漸く1歩後退したレイだが、その動きはまるでナメクジのように遅かった。
「・・・・お、お前も俺を馬鹿にするのか・・・・・・。」
呪詛のごとく陰気な声を発した男は、狂気に満ちた目をレイに向けゆっくりと刃物を持った腕を振り上げた。
「キイィィィ〜。」
奇声を発して男がレイに向かって走り出したその時、何か黒い物体が勢いをつけて男の横顔を直撃した。
動態視力が良い人間ならば、その黒い物体が学生鞄だと気がついただろう。
その衝撃は男の顔を90度横に向かせた上で吹き飛ばし、その手から離れた刃物が乾いた金属音と共にアサファルトにキスをする。
呆然と見つめるだけの周囲の人々の眼には、それに僅かに遅れて男に素早く走り寄る白い影が映っていた。
ドキャッ!
上半身を起こした男の顔面に黒い軌跡を描いて見事なミドルキックが炸裂した。
再び吹き飛んだ男は、今度こそ完全に白目をむいて意識までも彼方へと吹き飛ばしたのだった。
「・・・・な、な、何が起こったのよ・・・・・・・・。」
顔色を蒼白にしたレイはそう呟くと視界が反転していくのを感じた。
やっぱりあの夢を見たときはろくな事がないわ・・・・・・と瞬間に思ったかどうかはわからないが・・・・。
だが地面に崩れ落ちようとしたレイの身体は、誰かに抱きしめられている感触を感じていた。
「もう大丈夫だよ。」
どこからか少し高めの男性の声が聞こえる中、何やら温かいモノを股間に感じながらレイの意識は暗闇へと吸い込まれていった。





「・・・・・うっ、う〜ん。」
ぼんやりとしたその双眸に見える天井は見知らぬものだった。
「・・・・・ここ何処・・・・?」
意識を取り戻したレイの発した最初の言葉は、何とも間抜けなものだったが致し方なかったろう。
「あっ! 気がついたのレイ!」
「御免なさい、私達が遅かったばっかりに・・・・・。」
そう言ってレイの身体を強く抱きしめるのは、一緒に救急車に乗って病院まで同行したヒカリとマユミだった。
「・・・・私・・・・・どうしたの・・・・・。 はっ!!」
漸く自分に何が起きたのかを思い出し跳ね起きるレイ。
そして自分の身体をあちこち見まわす。
「大丈夫よレイ。何処にも怪我は無いわ。」
慌てるレイを安心させるかのように優しい声をかけるヒカリ。
しかしレイは先ほど自分を襲った恐ろしい体験に、ガクガクと身体を震わせながら両腕で自分自身を抱きしめた。
「・・・・ねえ、あの女の人はどうしたの・・・・・?」
レイはポツリと呟いた。
「さぁ? 私達は綾波さんのことで精一杯だったので・・・・・・・。
 でも救急車が来て運んでいきましたから死んではいなかったと思いますよ。」
妙に落ち着いた声でマユミが答える。
彼女も内心怖くてしょうがなかったのだが、話し方がいつもと変わらないのは度胸があるのではなく癖みたいなものだろう。
実際気を失ったレイを見た瞬間、自分も気を失いそうになったのだから。
少しほっとしたレイは暫くぼんやりしていたが、急に思い出したように二人を見つめた。
「・・・・ねえ、あの時私を助けてあの男を倒してくれたのは誰なの・・・・?」
その問いにヒカリとマユミは顔を見合わせた。
「それが・・・・・、私達と同じ年ぐらいの男の子だったんだけど。
 あの後救急車が来り、警察が来りでバタバタしちゃって・・・・・・・。
 それに私達はレイに付き添って病院に向かったから良く分からないの。」
「・・・・・そう・・・・・・。」
僅かに落胆の表情を見せるレイだったが、ふと妙に下半身がスースーすることに気がついた。
怪訝そうな表情をしながら、着せられた病院着の中を覗き込む。
「えっ!? えっ!?」
病院着の前から手を入れ、しばらく動かしていたレイは自分がパンツを履いていない事に気がついた。
「な、な、な、な・・・・・・なんであたし履いていないの?」
女同士だからこそ言える疑問を口に出したレイの顔は首まで真っ赤だった。
「・・・あっ! そうそう言うの忘れていたわ。
 下着は今病院のランドリーで洗濯中よ。」
「だーかーらー、何でそうなったのかを聞いてるんだけど・・・・・・。」
「あ、あの・・・・、綾波さん覚えていないんですか?
 気を失ったとき、しっ、しっ、失禁しちゃったこと・・・・・・・・。」
マユミが自分の事のように恥ずかしそうに顔を赤らめ、小さな声で答える。
「えっ・・・・・ええ〜、失禁!?」
「ば、ばか! 大きな声で言わなくても・・・・。」
慌ててレイの口を手で塞ぐヒカリ。
レイも自分が口に出した内容に思い至り、再び首まで真っ赤にして俯いた。
しばらく病室に奇妙な沈黙が漂った。
固まってしまった3人を再起動させたのは、ちょうど入ってきた看護士の声だった。
「あら、気がついたのね。」
突然かけられた声に反応して全員が振り向く。
そこには看護士でヒカリの姉の洞木コダマがニコニコしながら立っていた。
「コ、コダマさん!」
突然現れた知り合いに狼狽の声を上げるレイ。
「よかったわね、レイちゃん。
 あの状況で傷一つないなんて。
 すぐに退院できるわよ。」
そう言いながらコダマは手馴れた様子でレイに体温計を手渡し、いくつかのチェック項目を確認すると優しげな眼差しを送った。
「あ、あの、ありがとうございます。」
「いいのよ、私はこれが仕事なんだから。
 そうそう、警察の人が事件のことを聞きたいって待ってるけど大丈夫かしら?」
「えっ! あっ、はい。」
そう答えてベッドから降りようとしたものの、自分が下着を履いていないことを思い出し硬直してしまうレイ。
「あっ! 御免。 はい、下着。」
そう言ってコダマはレイに洗濯が終わって乾いた下着を差し出す。
そして妹とマユミを病室の外に追い出した。
「ほらほら、レイちゃんだって恥ずかしいんだから外に出た出た。」
病室に一人になると、レイはモゾモゾとパンツを履き、さっきまで着ていた制服に着替える。
そして先ほど自分に起こった事を思い出していた。
怖かった。本当に怖かった。
あの瞬間、自分は殺されるんだと確信した。
レイは自分が震えているのに気が付いた。
心の中から湧き上がってくる恐怖。
だが自分は助かったのだ。
その事を改めて実感し、安堵のため息を吐くレイだった。





あの後、30分ほど刑事があれこれと事件の時の話を確認していったが、今日はショックが強かろうというのでレイは帰宅を許された。
迎えに来た母親と一緒にトボトボと家に帰ったレイは、晩御飯もほとんど喉を通らないまま自分の部屋に篭っていた。
事件の事を思い出すと、あの時感じた恐怖も再び襲ってくる。
電気をつけっぱなしにしてベッドに横になったレイは、ぼんやりと自分を助けてくれた恩人のことを考えていた。
刑事から聞いたところでは、自分と同じ高校生だということだ。
何やら拳法とかをやっていたので、咄嗟に身体が動いたんだとか・・・・・。
「・・・・お礼、言ってないよね・・・・・・・。
 ・・・・明日刑事さんに聞いてお礼言わなくちゃ・・・・・・。」
そこまで考えたレイははっと気がついた。
『えええええ〜、という事はその男の子に失禁したところを見られたってわけ〜!』
実際には少しチビッただけだし、スカートを履いていたので見られていない可能性の方が高いのだが、気を失ったレイにはそんな事わからない。
花の女子高生がおしっこを漏らした姿を見られたなんて・・・・・・・。
『うそ、うそ、うそ〜。うううう、私もうお嫁にいけない・・・・・・・・・・。』
連想ゲームが得意なレイは既に自分の暗い将来を思い描いていた。
       ・
       ・
「くすくす・・・・・、あの娘白昼堂々と大勢の前でおしっこ漏らしたのよ〜。」
「おしっこ臭い女子高生なんて嫌よね〜。」
「綾波〜。お前おしっこ漏らしたんだって〜。幾つになったんだよ〜。」
       ・
       ・
『いっ、嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!やっぱり今朝見た悪夢のせいよ〜!!』
妄想の中でムンクの叫ぶ人のようになって絶叫しているレイ。
しかも何やら現実逃避も入っている。
明日会ったら、幾らたかられる事になったとしてもヒカリとマユミには絶対口止めしておかなければ!
そうよレイ、私の輝かしい学校生活のためには絶対そうしないといけないのよー!
でもあの二人は親友だし、あのどうしようもない状況を理解してくれるはず。
そこまで考えてレイは漸く落ち着きを取り戻していた。
『ああ〜、な、何とかなるかもしれないわ・・・・・・・。』
涙を流しながらも、レイは危険回避の可能性が高くなってきたことに安堵する。
しかし大事なことを思い出して絶句する。
『ちょっと待ってー!!
 私を助けてくれた、唯一のリアルタイムでの目撃者の男の子ってどこの高校なのよーー!
 もし違う高校なら手の打ちようがないじゃないー!!』
再び心の中でさめざめと涙を流しながら焦りまくるレイ。
おかげでレイは死にそうになった恐怖を思い出すことなく、いかに目撃者を黙らせるかを考えながらいつもの眠りに落ちていった。






翌日、朝から警察署に事情聴取に行ったレイは結局学校をお休みした。
何だかんだ言って結構時間がかかったのだ。
しかしレイは自分を助けてくれた男の子の情報をしっかりと聞き出していた。
住所はレイの自宅の近くだった。
『・・・昨日のお礼に行かないといけないわよねぇ・・・・・・。
 それでもって絶対に口外しないように頼まなくちゃ!』
何やら青白い炎をバックに決意するレイ。
そのためにも一度帰って着替えなければいけない。
レイはこの時情報の持つ重大性に気がついていなかった。
漸く家へと帰りつくと、どうやらお客が来ているようだ。
「ただいまー。」
靴を脱いでそのまま二階に行こうとしたレイを、リビングから顔を出した母親が呼びとめる。
「あっ、ちょうど良かったわレイ。
 私の大学時代の親友のユイがこっちに戻ってきたのよ。
 あなたも挨拶なさい。」
レイは早く着替えて出かけたかったが、渋々と鞄を持ってリビングへと足を向けた。
そこには5年ぶりに会うが、以前と全く変わらず若若しい碇ユイがニコニコと座っていた。
「お久しぶりです、ユイおばさま。お元気そうですね。」
レイはぺこりと頭を下げる。
ユイには昔よく遊んでもらった。
かつてユイの一家はこの近所に住んでいたのだが、父親の仕事の都合で5年前に引っ越していたのだ。
そういえば昔良く一緒に遊んだユイの息子のシンジはどうしたのだろう?
幼稚園の頃は苛めっ子から守ってくれる、レイにとって文字通り白馬の王子様的存在だった。
まるで女の子のように整った線の細い顔立ちながら、シンジは格闘技が大好きであり一生懸命練習していたのを思い出す。
小学校5年生までの姿しか記憶に無いが、レイの記憶の中ではかなり美化された姿となっている。
『シンちゃんも高校生になったのよねぇ・・・・。
 昔から美形だったからかなり格好良くなっているかも・・・・・。』
何やらニヤニヤし始めた娘を見て、母親の綾波レイカは呆れたような顔をしている。
ユイはニコニコしながらそんなレイを見ていたが、玄関のチャイムが鳴るのを聞いて視線をレイカに戻した。
「あら、シンジが来たみたいね。」
「レイ、あなた迎えに出てあげなさい。」
母親に言われるまでも無く、レイは何となくうきうきしながら玄関へと向かった。
「はーい、今空けまーす。」
そう言って玄関を開けたレイの目の前には、背の高い引き締まった体つきで、整った顔立ちに短目の黒髪の男の子が立っていた。
「こんにちは、碇シンジですけど・・・・・・ってレイちゃん?」
「シンちゃーん、お久しぶり〜。何か格好良くなっちゃったね〜。」
嬉しそうにサンダルを履いて出迎えたレイを驚いたような表情で見つめるシンジ。
「えへっ、どうしたのシンちゃん?」
そんなシンジを眩しそうに見上げるレイ。
「うん、レイちゃんも可愛くなったね。
 昔から可愛かったけど、昨日会ったときもこんなに可愛くなっているとは思ってもいなかったからびっくりしたよ。
 でもレイちゃん、もう起きても大丈夫なの?」
シンジに可愛いと言われて嬉しそうな表情を見せたレイだったが、ふと最後の言葉に気がつき怪訝そうな顔をする。
「えっ? 私昨日シンちゃんと会ったっけ??」
「やっぱり覚えていないか。僕は髪の色ですぐわかったんだけど・・・・・。
 昨日は大丈夫だった? 怖かったでしょう?でも怪我が無くて良かったよ・・・・・。」
シンジは本当に良かったという表情で言葉を続ける。
『えっ!? 何でシンちゃんが昨日の事件を知っているの???』
咄嗟に理解できず不思議そうな顔をするレイ。
「えっ、何でシンちゃんが知って・・・・・・・・って、ええ〜!!
 じゃあ昨日私を助けてくれたのってシンちゃん!?」
「そうだよ。最初レイちゃんとは分からなかったけど、咄嗟に危ないと思って助けたんだ。
 本当に無事でよかったよ。」
ニコニコとしながらポンポンと掌でレイの頭を叩くシンジ。
だがレイは自分の恥ずかしい出来事を見られた相手がシンジだと知ってショックを受けていた。
『なんで、なんで〜!!
 ううっ、あんな恥ずかしい姿をシンちゃんに見られたっていうの〜!!
 再会して早々、私のイメージが〜!!』
心の中で号泣しながら、それでも何とか笑顔を作ろうと頑張るレイだったが、不自然な引きつった笑みになってしまったのはご愛嬌。
そしてレイのぼけぼけした脳細胞は急速に回転を始め、一つの事を思い出していた。
刑事さんから聞いた男の子の名前・・・・・・。
確か「碇シンジ」と言っていたはず・・・・・。
『・・・・そっ、それじゃあ私はシンちゃんの名前を教えてもらったって言うのに気がつかなかったわけ〜!!』
単にどうやって黙っていてもらおうか、ということしか頭になかったので、昔引っ越した幼馴染みがこの場にいるとは考えが及ばなかったのだろう・・・・・・・・・・・たぶん・・・・・・・・・。
レイの引きつりがますます酷くなっていく。
「どうしたの、レイちゃん?
 あっ! ごめん、昨日の事を思い出しちゃったんだね!?
 ごめんよ、怖かったよね。」
全然違うことを考えて焦っていたレイだったが、不意にシンジにぎゅっと抱きしめられた事で新たなパニックに襲われてしまった。
『えっ、えっ、えっ!?何がどうなったの?
 えっ、シ、シンちゃん・・・・・・・・・・何て大胆な・・・・・・。』
それでもシンジが抱きしめてくれたことが嬉しかったのか、頬をポポッと赤くしながらもうっとりとした表情で力を抜きシンジに身を任せるレイ。
何やら心の中ではハートが飛び回っている。
「レイちゃん、もう大丈夫?」
優しげな、しかし心配したような表情で覗き込まれたレイはハッと意識を取り戻した。
「あっ!え、ええ大丈夫よシンちゃん。あ、あ、あ、ああ、ありがとう・・・・・・・・。」
抱きしめていた両腕が解かれ、シンジが少し離れるとレイは赤くなって俯いてしまった。
「レイ〜、何やってるの〜。」
奥からレイカの声が聞こえてくる。
その声で何とか再起動を果たしたレイは、シンジにスリッパを出してリビングへと招き入れた。
「あっ、レイカさんこんにちは。」
シンジは座ってこちらを見ていたレイカに挨拶をする。
「シンジ、警察の方は終わったの?」
「うん、母さん。たったあれだけのことであんなに何度も話を聞かれるとは思わなかったよ。」
シンジはユイに答えると、その隣に腰を下ろした。
「シンジ君、昨日は本当にありがとう。
 あなたが助けてくれなかったら、レイは死んでいたかもしれないわ。
 本当にありがとう。」
「いえ、そんな・・・・・・
 僕は自分が出来ることをしただけですから・・・・・。
 それに昨日は夢中で飛び出したから、危なかったのがレイちゃんだと最初はわからなかったし。」
「あら、シンジ。あなたレイちゃんがわからなかったの?」
「あの男を倒してから、気を失いそうになったのを抱きとめたときに気がついたんだよ。
 あの時は全神経を刃物を持っていた男に集中していたからね。」
想像以上に可愛くなっていたからなどとは言えない。
何しろレイの容姿は特徴的なのだから。
だがユイには通用しなかったようだ。
「シンジ、あなたレイちゃんがこんなに美人になっているなんて思って無かったんじゃないの?」
「な、何を言うんだよ母さん。レイちゃんは昔から可愛かったじゃないか!」
向きになってしまい墓穴を掘ったシンジだった。
『はっ!しまった!!母さんにからかわれた・・・・・。』
言ってからすぐに気がついたが、レイカはクスクスと笑っているし、レイは何やらうっとりとした表情をしてボンヤリしている。
一度口から出た言葉はもう引っ込められないのだ。
「レイ、何ボケっとしているの?あなたちゃんとシンジ君にお礼を言ったの?」
母親に叩かれて正気に戻ったレイは、自分がまだお礼を言っていないことに気がついた。
「あっ!ごめんなさい、お礼も言わなくて・・・・・・・・。
 あ、あの、昨日は助けてもらって本当にありがとうございました・・・・・。」
立ちあがってぺこりとお辞儀するレイに慌てて立ち上がるシンジ。
「そんな、いいんだよレイちゃん。 とにかく無事で良かったよ。」
そんな二人を楽しそうに見つめる母親二人。
レイはというと、あまりの予想外の展開に少々混乱気味だった。



その後しばらく4人揃ってリビングで雑談に興じていたが、レイは先ほどからチラチラとシンジの顔を盗み見ている。
その心の内は、昨日の出来事の細かいところをシンジに確認したいからだ。
一方シンジは退屈そうな表情で外を眺めている。
「シンジ、レイちゃんと一緒に二階に行くか、どっか遊びに行ってくれば?私達と一緒だと退屈でしょう?」
そんな二人の様子を見ていたユイが呼び水を向けた。
「そう、じゃあそうさせてもらうよ。さっきから退屈だったんだ。」
そう言うとシンジはスッと立ちあがり、レイにどうするかと視線を送った。
レイにとってもこれは願ってもいない展開である。
「う、うん。じゃあシンちゃん、私の部屋に行こ。」
内心、女の子の部屋に入るのに抵抗感があったシンジだが、先ほどからのレイの様子を見て、何か話したいことがあるのだろうと察する。
「わかったよ。」
だから短く返事をしてシンジはレイの後から階段を上がっていった。
そんな二人の後姿を眺めながら、二人の母親はクスクスと笑いあっていた。

自室の前にやってきたレイは、部屋の中を片付けていないことを思い出した。
「シ、シンちゃん、ちょっと待っててね。」
そう言うとレイは自分一人部屋へと入り、しばらくバタバタと何やら騒がしく動き回っていたが、5分ほどで扉を開けてシンジを招き入れる。
それはごく普通の女の子の部屋だったが、さすがにシンジにはそこまでわからない。
ふーん、という感じで中に入ると、勧められるままに椅子に腰を下ろす。
レイはベッドの上に座ったが、何やらもじもじして話し出す気配が無い。
ちょっと首を傾げたシンジだが、黙ってレイが話し出すのを待った。
ようやく意を決したのか、レイはシンジの顔を見て口を開く。
何故かその顔は赤かった。
「あ、あの・・・・改めて昨日は助けてくれてありがとう・・・・・・。
 そ、それでさ・・・・・・・・あの・・・・・・昨日私が気を失って倒れるときに身体を支えてくれたよね・・・・。」
「うん、びっくりしたよ。
 あの男を気絶させて振り向いたら、レイちゃんがフラフラッと倒れるところだったからね。
 慌てて抱きしめたんだ。でもそれがどうしたの?」
「あ、あのさ・・・・・・その時何か気がつくか、見るかした?」
消え入るような小さな声で、俯きながらも意を決してシンジに尋ねるレイ。
ちょっと考え込んだシンジは何か思い当たったのか、ああ、と言ってレイに複雑そうな表情を見せる。
「いや・・・・・・・・・あれは・・・・・・何と言っていいのか・・・・・・その・・・・・・・・・・。」
言いにくそうに話し始めたシンジだったが、その言葉を最後まで言う事はできなかった。
見る見るうちにレイの表情が悲しそうに変わっていき、雰囲気が限りなく暗くなっていくのを目の当たりにしたからだった。
レイは、自分の恥ずかしい姿をシンジに見られたことを確信し、何とも言えないようなドヨーンとした雰囲気を醸し出している。
「・・・・ご、ごめん・・・・・・。」
シンジもレイの出す雰囲気とその泣き出しそうな表情に、自分が知っていると悟られてはいけない事を口にしてしまったことに気がつき、項垂れて謝ってしまう。
「・・・・・・・ううん、・・・・・・・・・いいの。
 ・・・・・・・あれはしょうがなかったから・・・・・・。
 ・・・・・・・シンちゃんは私が倒れるのを助けてくれたんだから・・・・・・・・・・。」
これ以上ないという感じに落ちこみながらも、レイはシンジを責めることなどできない。
しかしレイは悲しいやら、恥ずかしいやら、情けないやらでその後何も話せなくなってしまった。
そんなレイを、シンジはシンジでどう慰めていいか分からず、今下手なことを言っては逆効果なのが分かっているだけに、これまた無口になってしまう。
やがてレイは俯いたままポツリと呟く。
「・・・・・私・・・・恥ずかしいよね・・・・・・・。
 ・・・・・いくら怖かったからって・・・・この年でお漏らししちゃってさ・・・・・・・・・。
 ・・・・・シンちゃんだってそんな女の子は嫌だよね・・・・・・・・・・。」
俯いているためシンジからレイの表情は見えない。
だが雰囲気は相変わらずドヨドヨ〜ンとしており、レイの落ちこみ具合を端的に示している。
シンジは答えに困ってしまった。
別にあの姿を見たからと言って、レイのことが嫌になったり汚いなどとは思っていない。
むしろあんな状況に陥れば当たり前のことだと思っているシンジは、あの場では大して気にしなかったのだから。
ただ、レイがその事をものすごく気にして落ち込んでしまったため、どう言って答えればいいのかわからなくなったのだ。
「あ、あのさ・・・・・レイちゃん。
 あんな状況では例え、その・・・・・少しチビッたって仕方なかったと思うよ。
 なんていったってレイちゃんは普通の女子高生なんだし、・・・・その・・・・・普通よりずっと美人だけど・・・・・。
 誰だって明らかに精神的におかしくなって刃物を振り回す人間に襲われたら、当たり前の反応なんだと思う。
 ・・・・・・だから、レイちゃんもそんな事気にしないでよ。
 周りの人達は気がついてないんだし、僕はあの事でレイちゃんに対する接し方を変えようとは思わない。
 それだけではダメかい?」
シンジは慎重に言葉を選んだつもりだったが、何故か口から出た言葉はありきたりのことだった。
「・・・・・・・・・・ありがとう、シンちゃん。
 ・・・・私のこと嫌いにならないでくれる?」
「当たり前だよ、あんな事で僕のレイちゃんに対する考え方は変わらないよ。」
今度はきっぱり言いきるシンジ。
その明快な答えに少し嬉しくなり、おずおずと顔を上げるレイ。
「・・・・・・・・本当?
 ・・・・・・・・私のこと汚いって思わない?」
「そんな事思うわけないだろ!」
しばらく沈黙が続く中、レイは自分の心が軽くなってくるのを感じていた。
そんなシンジの態度を嬉しく思い、精神的にようやく余裕が出てきたレイは、少し悪戯を思いついた。
「・・・・・でも、人前でお漏らしした女の子を彼女にしてくれるような人なんていないわ・・・・・・・。」
これまでとは違い、今度のレイの寂しそうな表情は半分演技だった。
シンジもいつもならレイの雰囲気が変わったことに気がついたのだが、さすがにこの状況ではそこまで気が回らない。
「何言ってるんだよ、レイちゃん!
 レイちゃんは美人なんだから大丈夫だよ。」
「・・・・でもシンちゃんにだって彼女はいるでしょう?」
いきなり関係ないことを聞くレイ。
シンジは一生懸命レイを励まそうとしていた。そのためレイの誘導に引っかかってしまったのだ。
「そんな関係の女の子はいないよ。」
僅かに心に引っかかるものを感じながらも、シンジは事実を即答した。
「・・・・じゃあシンちゃんは目の前でお漏らしした私でも彼女にしてくれる?」
先ほど俯いていたときに溢れ出た涙で腫れぼったくなったレイの双眸は、今だその手の経験が少ないシンジには強力な武器となった。
レイの眼に注意がいってしまい、その表情が何かを期待したものに変わっていることに気がつかなかったのだ。
「当たり前だって言ってるじゃないか。
 僕はあんな事でレイちゃんに対する態度を変えないってさっきから言って・・・・・・・・・・・えっ!?」
そこまで言ってシンジは自分が何を言ってしまったか理解して呆然とする。
そしてレイの顔を再び見ると、そこには悪戯が成功したことで嬉しそうな表情をしているレイがいた。
無論、シンジが自分を嫌いじゃないことぐらいは分かっている。
レイだって小学生の時シンジの事が密かに好きだったのだから・・・・・・・。
再会したシンジが予想以上に格好良くなっていたためと、自分の恥ずかしい姿を見られてしまったため、レイはある意味開き直ったのだ。
あのような姿を見られてしまったのは恥ずかしさを通り越して情けなかったが、せっかくならこの機会を逆に利用してシンジの口から自分を彼女にすると言わせようと一計を案じたのだった。
シンジは展開の急変に呆然としているようだった。
そしてレイは止めの一撃を繰り出す。
「・・・・・・やっぱり私なんかじゃダメなのね・・・・・・。」
ふっと視線をそらして悲しげな表情をするレイ。
さっきのは間違い、弾みで言ってしまったんだよ、と言おうとしていたシンジはその姿を見て観念した。
シンジだって昔からレイのことは好意を持っていた。
そして再会した時、レイの美しく成長した姿を見て幼馴染としての好きから一人の女の子として好き、まで一気に評価が変わっていたのだから。
「そんな事はないよ。
 僕はレイちゃんを彼女にできたら嬉しいなって、再会した時から思っているからね。
 でも・・・・・・謀ったねレイちゃん・・・・・・・。」
ジト眼でレイを睨むシンジ。
そのシンジの視線を受け、レイは俯かせていた顔を上げる。
その表情は嬉しそうであり、クスクスと笑っていた。
その姿は正に、今泣いたカラスがもう笑った、そのものだがシンジには言えなかった。
何しろ漸くレイが笑ったのだから。
「え〜、でもしっかりとこの耳で聞いちゃったもん。
 シンちゃん、私を彼女にしてくれるってはっきりと言ったよね。
 あれ嘘じゃないよね?」
「それは僕だってレイちゃんが彼女になってくれるなら嬉しいさ。
 でも何か今の事は納得いかないような・・・・・・・・・。」
後半はブツブツと呟きのようになってしまったが、シンジも別に嫌なのではない。
レイの策略にあっさりと引っかかってしまったのが悔しいのだ。
「じゃあいいじゃない。
 私もシンちゃんのこと好きよ。
 昔から私が危ない時に助けてくれた、私の王子様だったんだから・・・・・。
 今だから言えるけど、ずっと憧れてたんだから・・・・・・。」
そう、今でもたまに見る悪夢でも最後に助けてくれるのは幼いときのシンジなのだから・・・・・・。
そしてレイはそっとシンジに近づき、その体を密着させる。
「あんな怖い眼にあって、恥ずかしい思いをしたけれど、シンちゃんと恋人になれたんだから人間万事塞翁が馬って本当なのね。」
そう言って何故か溢れ出てくる涙を拭うと、レイはシンジの胸にポフッと頭を押し付けた。
シンジはそんなレイの頭を優しく撫でながら、片手でレイの体をしっかりと抱きしめる。
「そうだね。あんな事がなければ僕だってレイちゃんと今こうしているなんて想像も出来なかったよ。
 予想外のことが起きると、人間って素直になるものなのかな・・・・・。」
「そうね、でもいいの。
 いろいろ怖いこともあったけど、私は幸せをしっかりと掴むことができたみたいだから。」
そう言うとレイは眼を瞑って顔を上げ、ある事をシンジに即した。
さすがにその意味を瞬時に悟ったシンジ。
やがて二人の唇は重なり、お互いの温もりを感じ合う二人。
『昨日は殺されかけて死ぬほど怖い思いをして、あんな恥ずかしい姿を他人に見られる人生最悪・最凶の日だったけど、
 今日はシンちゃんとこうしていられるなんて人生最高の日かもしれないわ・・・・・・・。』
レイはそんなことを考えながら再びシンジにぎゅっと抱きついた。

雨降って(お漏らしして)地固まる(仲が進展する)・・・・・・・・なのか?


まるで目の前にやって来たチャンスを決して逃さないかのように・・・・・・・。
幸せが零れ落ちないようにしっかりと握り締められたレイの手の中には、彼女にとっての新しい希望と幸せが詰まっていた。
これからも頑張りなさい、幸せが指の隙間からコボレナイヨウニ・・・・・・・・・。








(後書き)

えーと、何というか・・・・・・リナレイ物です。
ちょっと綾波さんに恥ずかしい思いをさせてみたいな、なんて思ってこんな話を書いてしまいました。
でも最後はハッピーエンドだから許してくれるよね、綾波さん!?
この話、本当は続けてみたい気もするけど、学園ラブコメは書けないから短編です。続きなんてありません!
では、そういうことで!




綾吉 :NKさん、ありがとうございました〜
レイ  :どういうこと?
綾吉 :え?何が?
レイ  :私が碇君の前であんな恥ずかしいまねを・・・
綾吉 :でもおかげでラブラブなんだし・・・
レイ  :ラブラブなのは当然よ、私と碇君ですもの・・・
綾吉 :そですか・・・ほらシンジがかっこ良かったじゃないか?
レイ  :碇君はいつでもかっこいいわ
綾吉 :・・・・・NKさんに直接言ってくれ
レイ  :そうするわ、メール送るからアドレスを教えて
綾吉 :いつものように下にあるよ
レイ  :そう。ならいいわ。みんなもメール送ってね
綾吉 :お願いします〜



NKさんに感想メールを送る