12月23日金曜日、すでに期末試験も終わり終業式である。
尤も大学ならとっくに試験休みか自主休講といった所か・・・・・・・。
だが悲しいかな、高校生ではそんな事があるわけも無く今日まで学校である。
ちょうど式も終わり担任のリツコが注意事項などを告げるHRの真っ最中。
すでに高校も週休2日制になっているため明日から冬休みとなると言うこともあって、生徒達も心なしか嬉しそうだ。
「ではこの後休みに入るわけですが自堕落な生活をしないように。休み開けには、また全員が元気で学校に来れる事を祈っているわ。」
そう言い残すとリツコは教室から出ていく。
ガヤガヤと席を立つ生徒たち。
「綾波、25日の件なんだが・・・・・・。」
シンジの席までさっさと移動していたレイの元にケンスケが近寄る。
「あっ!忘れてた。みんなに連絡しないといけないんだっけ・・・・・。」
シンジと話す事に夢中ですっかり忘れ去っていたのだろう。
テヘッという感じで舌を出すレイ。
「そうよレイ、もう明後日なんだからしっかり連絡してくれなきゃ。」
ヒカリにトウジ、マナとマユミもゾロゾロと寄ってくる。
「ま〜ったく・・・・・すぐに碇君といちゃつく事ばっかり考えているんだから〜。」
マナがからかうような表情で話しかける。
「・・・・私とシンちゃんは恋人同士なんだから当然じゃない。な〜んにも問題ないわ。」
しかしレイは余裕の表情で切り返す。
シンジとレイの絆は深まっており、コンプレックスと悩んでいた○○の事もシンジが問題無い、と断言し気にしていない事からレイはかなり余裕を持つようになっていた。
レイが今まで普通以上に明るく振舞っていた(悪く言えば子供っぽく)のは、このコンプレックスも原因の一つであったのだ。
つまり女性としてのセックスアピールが弱いと考えて、無意識に可愛さを強調しようとしたのだろう。
無論、一番の原因は昔苛められていた頃の辛い体験である事は言うまでも無い。
「ちぇっ!レイも言うようになったわね〜。」
マナも1本取られたという表情だ。
さすがのマナも二人の様子を見て、最近は略奪を諦め気味であった。
「その事自体は問題無いですけど、今度のスキーの件の連絡事項はしてくれないと困ります。」
だがマナを軽く退けたレイにマユミが正論で突っ込む。
「うっ・・・・・・、そうよね。ごめんなさい。これから伝えるわ。」
メンバーが全員揃った事を確認したレイは、鞄の中からごそごそと資料を取り出すと広げる。
「いやぁ、このままなんも言われんのかと思うたわ。」
トウジが軽口を叩きながらメモを用意している。
集まった一同にコピーした資料を渡すレイ。
「えーと・・・・・、25日は朝9時に東京駅に集合よ。新幹線は9時20分発だから遅れないでね。切符は当日集まった時に渡すので、東京駅までは各自で来てね。
行き先は信州野末高原のスキー場で宿泊先はヴィラ野末リゾートよ。コテージタイプの所だから全部で4棟予約しているわ。
住所とかはもう荷物を宅急便で送ったはずだからわかっているわよね?」
いつもポヤポヤしている(惚けているとも言う)レイだが、実は真面目になれば優秀なのだ。
わかりやすい簡潔な説明な上、資料も事前にコピーしていたから特に質問も無い。
「あと、保護者として家の両親とシンちゃんのお母さんが一緒よ。」
「了解。期間は25日から28日の3泊4日だな。」
駄目押しの確認をするケンスケ。
「ええ、必要な事はみんな、渡した用紙に書いているわ。」
頷くレイ。
「そんなら後は当日まで何も無いっちゅうわけやな。ほなワシは用があるさかい失礼させてもらうで。」
トウジはそう言うと鞄を持って教室を出ていく。
どうやら妹と約束があるらしい。
彼は妹を非常に大切にしている男なのだ。
「じゃあレイちゃん、用事が無ければ僕等も帰ろう。」
シンジが横に立つレイを促す。
「うん、帰ろうシンちゃん。」
ニコニコとしながら一緒に歩き出すレイ。
「あっ待ちなさいよレイ!私も一緒に帰るわ。」
ヒカリとマユミが慌てて後を追う。
ケンスケとマナは部活があるので居残り。
何やらマナが悔しそうな表情でシンジとレイの背中を見送っている。
レイは周囲の人間を全く気にせず(シンジの事だけは定期的に視野に入れていたが)、シンジの横をトテトテと歩んでいく。
先程からレイの頭を占めるのはただ1点。
『明日のクリスマスイヴをどうやってシンちゃんと二人で過ごそうか?プレゼンをどうしようか?』
これであった。
クリスマス自体はみんな(シンジと二人でないことは不満だが)と一緒にホワイトクリスマスであるから問題無い。
だがクリスマスイヴはシンジと一緒に過ごしたい。
昨日の夜は妄想が爆発して『プレゼントは私よ〜』等と考えていたのだが、さすがにそれは思い止まったようだ。
両親やマナ、マユミといった邪魔者をいかに排除するかも重要であり、レイは今朝から頭をフル回転させていた。
「レイちゃん、何か悩み事でもあるの?」
シンジの声にハッとして焦点を定めると、レイの顔を覗きこんでいるシンジの顔がアップになっていた。
「・・・・はっ・・・えっ!・・・・・・・・何でも無いのよシンちゃん。」
僅かに頬を赤く染め何でもない事を強調するレイ。
「そう?何か顔が赤いよ。熱があるんじゃない?」
だがシンジは勘違いしてスッと掌をレイの額に当てる。
「うーん、別に熱は無いようだね。」
「あっ・・・・・。」
熱がない事を確認して離れていくシンジの掌が残念で思わず声を出してしまうレイ。
「でも風邪の引き初めかもしれないよ。明後日からスキーなんだから今日は早く帰って寝たほうが良いよ。」
レイを心配しているのだろう。シンジは真剣な表情でレイに告げる。
「う、うん。今日は早く寝る事にするわ。」
未だ赤みがかった頬をしているレイはシンジの追求を絶とうと無難な返事を返す。
いつもどおり振舞おうとするレイだったが、ヒカリやマユミの目は欺けなかった。
「・・・・・ねぇマユミ、レイったら何か考えに没頭しているみたいね・・・・。」
「そうですね。・・・・・・・多分明日の事じゃないでしょうか?」
ちょっと離れて後ろから付いていくヒカリとマユミはレイの状態を的確に見切っていた。
さすがに親友としての付き合いが長いだけはある。
「ああ、クリスマスイヴね・・・・・・・・・。私はどうしようかな・・・・。」
「あら、洞木さんは鈴原君と一緒に過ごさないんですか?」
「えっ!な、な、な、何言ってるのよマユミ。わ、わ、私が鈴原と一緒になんて・・・・そんな事あるわけないじゃない!」
「そうなんですか?」
「そ、そうよ。鈴原は妹さんと一緒に過ごすだろうし・・・・・・・。」
ちょっと寂しそうなヒカリ。
ヒカリも鈍感なトウジを相手に苦労しているようだった。
でもまだ苦労が報われる可能性が高い分、やり甲斐もあるといえる。
「でも・・・・・とりあえず誘ってみたらどうですか?」
「・・・・そ、そうかしら・・・・・・・。」
顔を紅く染め俯きがちに考え始めるヒカリ。
そんなヒカリから、マユミは視線を前を歩いているシンジへと向ける。
『・・・・そうですよね。私には碇君と一緒にイヴを過ごす資格なんてないですよね・・・・・。』
レイとシンジの絆の深さを知っているマユミ。
またしても自分の心の中に想いをしまい込む。
『でも・・・・・25日は碇君とホワイトクリスマスです!これは絶対に譲れません!』
例えレイがいても、マナがいても、シンジと共に過ごせる。
だから大きな荷物を送ったとはいえ明後日のスキーの準備はきちんとしておかないと、と自分に言い聞かせながら前を見詰める視線に力を込めた。
シンジが心配した事もあり、レイは大人しく自分の家へと帰ってきた。
「ただいま〜。」
レイは挨拶だけするといつものように2階へ行こうとした。
だが今日は珍しく母親のレイカがリビングから顔を出した。
「おかえりなさい、レイ。」
「なぁに、何か用?」
面倒くさそうに振り向くレイ。
「あらあら、母親が帰ってきた娘の顔を見ようとしたらいけないのかしら、全くこの娘は・・・・・・。」
わざとらしく泣き真似をするレイカに冷めた視線を送るレイ。
「お母さん、いつも歳を考えてって言ってるでしょう。明後日からみんなとスキーに行くんだからちゃんと歳相応の行動をしてよね。」
「はいはい、わかっているわよ。ところで貴女、明日はどうするの?」
さっさと顔を上げて普段通りの表情に戻るレイカ。
「う〜ん、まだ考え中よ。」
思わず正直に答えてしまうレイ。
言ってから"しまった"という顔をしている。
「あらそう。私は明日の午後からユイと会う約束があるからいないわよ。ご飯は外食してね。」
さらっと言うレイカ。
「へっ?お母さん明日いないの?」
「ええ、せっかくのクリスマスイヴだっていうのにあの人も、ユイのところのゲンドウさん仕事でもいないのよ。
だからユイと一緒に飲みに行こうって、さっき約束したの。」
「それはかまわないけど・・・・・お金ちゃんと置いていってよね。私今月もピンチなんだから。」
母親が明日いなくなる事に嬉しさを覚え、つい顔が綻んでいるレイ。
レイカはそのわかりやすい反応にちょっと呆れながらも、この場は話しを打ち切る。
「じゃあお母さんはもう少ししたら買い物に行ってくるから留守番頼むわよ。」
そう告げてリビングに引っ込むレイカ。
トントンと階段を上がり自室へと入ったレイは鞄を放り出すとラフな格好に着替えてベッドの上に転がる。
いつになく真剣な表情のレイ。
「う〜ん、お母さんもお父さんもいないクリスマスイヴ。しかも今回はシンちゃんの所もシンちゃん一人。これは絶好のチャンスよ!
二人で遊びに行ってレストランで食事を・・・・・・・。そしてその後は・・・・・。」
口元ににへら〜とした笑みを浮かべるレイだが、今日はいつもと違っていた。
「いけない、プランを考えないと・・・・・・。プレゼンとか〜・・・・・・。でも今月ピンチなのよね・・・・。」
シンジの好きなものを考えてみる。
さすがに格闘技系の道具はさっぱりわからない。
しばらく考えるレイだったが、フッと一つの考えが頭に浮かぶ。
「明日買い物に行けば良いのよ!さっそくシンちゃんに電話しなくっちゃ。」
放り出した携帯に手を伸ばした時、着信音が鳴り始める。
表示を見るとシンジからだった。
「あっ、シンちゃん、私。今私も電話しようとしてたの。」
シンジからだとわかっているためいきなり話し始めるレイ。
『そうだったんだ。母さんから明日レイちゃんのお母さんと出かけるから夜は勝手に食べろって言われてさ。それならレイちゃんと一緒に遊びに行こうかな、と思ってね。』
レイはシンジも自分と同じように考えていた事を知って嬉しかった。
「じゃあさ、明日の午後ショッピングに行かない?私スキーに行く時の細々したものを見たいと思ってたの。その後どこかで食事しようよ。」
『いいよ。じゃあ明日の午後何時にどこで待ち合わせようか?』
「私がシンちゃんの家に行くわ。そうね・・・・2時頃でどう?」
『いいよ。じゃあ待っているからね。』
通話が終わっても携帯を握り締めているレイ。
その表情はすごく嬉しそうだった。
一方、レイカは・・・・・・・・・。
ユイと楽しそうに電話していた。
「これでさらなるステップアップは確実ね。」
『そうね。私達のシナリオ通りね。』
「やっぱりクリスマスイヴは恋人と二人で過ごしたいものねぇ。あの娘、何か一生懸命考えていたから。」
『家のシンジなんてな〜んにも考えてなかったみたいよ。全くこういうところは鈍いんだから!』
「まぁ、後は二人次第よ。私達は私達で楽しみましょう。」
何やら企む二人の母親と何も知らない二人。
こうしていよいよ二人が恋人となって始めてのクリスマスがやって来ようとしていた。
「よかったねシンちゃん。今日は暖かくって。」
「そうだね。明日から出かけるのに風邪を引くわけにはいかないからね。」
冷え込みも和らぎ、冬の晴れ間といった24日。
ユイとレイカは宣言通りすでに出かけていない。
そんな状況を利用してレイはシンジと一緒にショッピングに繰り出す事に成功していた。
主にウインドゥショッピングだが今回は一応買おうとしているものもあるのだ。
デパート内の色々な店を冷やかしてようやく目的のフロアに着く。
「シンちゃん、こんなのどうかな?似合う?」
帽子やらマフラーやらを楽しそうに身に着けるレイ。
「うーん、もう少し落ち着いた色のほうがいいかも・・・・・・。」
「それは似合っていると思うよ。」
等と真剣な表情で考え答えているシンジ。
レイも可愛いとか似合っていると言われたいのか、それなりに似合いそうなものを選んでは持ってくる。
寒いスキー場へ行くのだから、往復の際に身に着ける防寒用小物を見にきたレイだった。
ついでにシンジの好きそうなものを見つけようと一石二鳥を考えているレイ。
一方シンジは何故かすでにレイへのプレゼントを購入済みであった。
今日は夜まで一緒なので機会を見て渡そうと密かにポケットに忍ばせている。
結局レイはマフラーを購入した。帽子は今持っているものでいいと判断したらしい。
二人でさらに何軒かの店を覗いたが、その後は特に買うものもないのかあっさりとしている。
ようやく座れる場所までやってきた二人だったが、レイが思い出したように立ち上がる。
「シンちゃん、ちょっと買い忘れたものがあったから行って来るわ。悪いけど待っててね。」
何となくわざとらしい感じがしたシンジっだったが、珍しく察しをつけて頷いた。
「わかった。ここにいるから行ってきなよ。」
小走りで戻っていくレイを眼で追いながらシンジは一息ついた。
「もしかしてレイちゃん、クリスマスプレゼントを買いに行ったのかな?僕にくれる奴なら嬉しいんだけど。」
状況を考えればレイがプレゼンを渡す相手などシンジしかいないのだが、この辺は鋭いようでも鈍いシンジの本領発揮というところだろう。
自分のコートのポケットに入っている箱を弄びながら、シンジはぼんやりと上を向く。
「でもさっきのレイちゃん、やっぱり可愛かったなぁ・・・・・・・・・。」
自分にいろいろ見せていたレイの姿を思い出し、顔が綻ぶシンジ。
ふと足音を感じて視線を向けると、レイが小走りでこちらに向かってくるのが見える。
そんなレイの姿を慈しむように見詰めるシンジ。
「お待たせ〜シンちゃん!」
「お帰り。そんなに走らなくてもよかったのに。ちょっと一休みしなよレイちゃん。」
ポンポンと自分の横を叩いてレイを促すシンジ。
まだ少し息を切らせながらこくりと頷いて腰を下ろす。
「まだ夕食を取るには時間が早いから、時間はたっぷりあるよ。」
ようやく呼吸が整ったレイに、シンジはゆっくりと休むように言う。
「う、うん。」
10分ほど目の前を流れていく人の波を見ながら座っていた二人だったが、レイが思い出したように口を開いた。
「シンちゃん、晩御飯どこで食べようか?」
まだ5時半になるかどうか、といった時間なので気が早いといえば早い。
どうせ二人の財力では予約が必要なレストランなどには行けやしない。
せいぜいファミレスかデパートのレストランといった所だろう。
「そうだね、レイちゃんは何が食べたいの?」
「うーん、特に無いけどクリスマスイヴだから和食はちょっと合わないわよねぇ。」
「そう言えば○○(シンジ達の家の最寄駅)駅の商店街に洒落たレストランがあるの知ってた?
この前見つけたんだけど僕が昔いた頃には無かったなぁ。」
「えっ?それってどこ?」
「えーと、駅から××通りに向かって真っ直ぐ行って、××通りを左折してちょっと行った右側。」
シンジに言われて頭の中にあの周辺の光景を思い浮かべるレイ。
しばらく考えていたが、どうやらデータが一致したのだろう。大きく頷く。
「あーわかった。ええと・・・・何て言ったっけ?・・・・・そうそうセビアンよ、セビアン。」
「うん、確かそんな名前だったね。母さんが言うにはおいしいらしいよ。値段もそんなに高くないって。」
シンジが珍しくこのような情報を知っていたのは、こういう時の為にユイが日頃からシンジにそれとなくおいしい店とかの情報を話しているためである。
ユイも夏休み以降、以前に比べれば母親と雑談をするようになったシンジの変化に気がついていろいろと楽しい時間を過ごしている。
「そうなんだ。叔母様推薦の店ならきっとおいしいわ。」
ユイは料理が旨く、シンジやゲンドウは意外と舌が肥えている。
最近になって家事の手伝い(研修みたいなものである)や料理の手習いを始めたレイでは、はっきりいって全然かなわない。
「じゃあそこに行ってみよう。でも一杯だったらどうしようかな・・・・。」
「ダメならファミレスで良いわよ。私もその店に行ってみたいからそこにしよう、シンちゃん。」
そう言ってレイは元気良く立ち上がる。
釣られて立ち上がるシンジ。
「・・・シンちゃん・・・・・。」
立ち上がったシンジの横にスッと寄り沿ったレイが上目遣いでじっと見詰める。
「・・・・・・う、うん・・・・。」
レイの意図を悟ったシンジは頷くと、左手を少し横に出す。
その隙間にサッと自分の右腕を絡ませるレイ。
「うふ、今日はクリスマスイヴだもの。このまま歩いてもいいよね?」
少しはにかみながらもこんなに嬉しそうな表情で言われてしまっては、シンジとしても断れない。
こうして周囲にピンクのフィールドを発散させながら、初々しいのか単なる考え無しなのかわからないカップルはそのまま腕を組んでデパートを後にするのだった。
さすがに地元であまり大胆な事はできないのだろう。
最寄駅から出てきた二人はかなり密着していたが、さすがに腕を組んだり手を繋いだりはしていなかった。
それでも仲睦ましく寄り添うように歩を進める。
その少し後ろを何とも言えない表情で歩いている一人の少女がいた。
今年最後の部活を終え、スポーツバッグを抱えた霧島マナである。
マナが仲良く寄り添う二人を見つけたのは偶然だった。
ターミナル駅の改札を通ろうとした時、少し前を腕組んで歩いているカップルが視界に入ったのだ。
普段なら内心で『ケッ!見せ付けないでよね。』と思う程度なのだが、その女性の方の髪が蒼銀なのに気がついたのだ。
そんな髪の色をした女の子は、未だかつて綾波レイしか見たことが無い。
そう思って目を凝らして見ると、カップルは明らかにレイとシンジであった。
『ムムム・・・・二人でイヴにお買い物って訳ね。見せ付けてくれるじゃないレイ!』
この時マナが感じたものは、レイにとってはいわれの無い感情であろう。
一応シンジとレイは恋人同士なのだから、デートをしようが腕を組もうがマナにとやかく言われる筋合いは無い。
『くっ!この私が部活で清く正しい汗を流して来っていうのに〜!でもこの後どうするのかな?』
確かにムッとしたマナだったが、ムクムクと好奇心が湧き上がってきた。
ということでマナは彼らの隣の車両に乗って、降りてから後をつける形になったのだった。
と言っても20mほど離れているし人も多いのでシンジ達は気がついていない。
マナも対象がどちらか一人だけなら見失っていたかもしれない。
レイは目立つ髪の色とはいえ背が低く、一端人ごみに紛れるともう一度見つけるのは難しい。
シンジも長身とはいえ、歩くのが早い為油断しているとあっという間に引き離されて見失ってしまう可能性が高い。
だが流石に二人一緒になるとわかりやすく離れても見失わずに済みそうだった。
二人は100m程真っ直ぐに進んでいたが、××通りとの交差点に差し掛かると左に折れる。
フッとマナの頭に閃くものがあった。
『もしかして二人して晩御飯を食べるのかしら?この方向は・・・・・・セビアンかな?』
マナもシンジ達が行こうとしている店を良く知っていた。
結構おいしいと評判だったし、自分でも数回家族で行ったことがある。
マナの考えは当たっていた。
二人はセビアンの前に来ると顔を見合わせ、扉を開けて中を伺っている。
おそらく席が空いているか尋ねているのだろう。
すぐに笑顔になって店の中へと消えていった。
それはそれは嬉しそうに・・・・・・・・・・・。
店から20mほど離れた電柱に寄り添っているマナは複雑な心境だった。
別に二人の邪魔をしようとは思わない。かなり悔しいけど自分はそこまで酷い娘じゃない。
それに先程見たレイの表情。
あの本当に嬉しそうな顔を見たら無粋な真似はしたくなかった。
『邪魔しようとは思わないけど・・・・・・・・・覗いて見たい気はするのよね。』
要するに見てみたいという事だろう。
『・・・でもさすがにイヴに一人で入るのはちょっとねぇ。財布の中身もちょっと厳しいし・・・・。』
友人でもいれば問題無いのだが、あいにく今この時点で誰もいない事は明白である。
悲しげな、そして寂しげな表情で佇んでいたマナは諦めて家に帰ろうとして歩き始める。
その時前の方から知り合いが歩いて来るのに気がついた。
近所のアパートに住んでいる女子大生、伊吹マヤが一人で歩いていた。
おそらく買い物にでも来たのであろう。
大学2年生で20歳なのだが、妙に童顔で高校生にしか見えないような女性である。
しかしその顔立ちは童顔である事を差し引いても十分美人であり、おそらく大学でも人気があるだろうとマナは考えていた。
「伊吹さ〜ん。」
マナは手を振って呼びかける。
マヤもマナに気がついたのだろう。にこやかに手を振り返した。
立ち止まっているマナに近寄ったマヤは明るい表情で尋ねた。
「今帰りなの、マナちゃん?部活大変ね。」
マヤはマナが空手をやっている事を知っており、大きなバックから部活帰りと判断したのだ。
「ええ、せっかくのイヴだっていうのに道場で汗を流していました。ところで伊吹さんこそ今ごろお一人で歩いているなんてどうしたんです?」
不思議そうに尋ねるマナに苦笑するマヤ。
「マナちゃん、私が一人出歩いていたら変?」
「別に変じゃないですけど、イヴなんだから伊吹さんも彼氏と一緒に食事かなって思って。」
マナは屈託の無い表情で言う。
「そうね。でも彼氏と一緒にイヴを過ごすには、まず彼氏を作らないと駄目なのよ?」
このマヤの返事に驚いた表情を見せるマナ。
「えっ!?伊吹さん彼氏いないんですか?こんなに綺麗なのにどうして?」
本当にわからない、といった表情で尋ねてくる。
そんなマナを怒るでもなく落ち着いて尋ね返すマヤ。
「私に彼氏がいないのって、そんなに変?」
大きく首を縦に振るマナ。
「別に深い理由は無いんだけど・・・・・・・今のところ良い人がいないからね。それに男の人って何となく苦手っていうか怖い気がして。」
ちょっと自嘲気味に答える。
「へぇ〜、でも伊吹さんは美人だからその気になればすぐに彼氏が出来ますよ。」
考えてみれば、かなり失礼な事を訊いていた事に気がついたマナは、慌てたようにフォローしようとした。
「良いのよマナちゃん。別に大した事じゃないから。」
恐縮するマナに優しい声で宥めるマヤ。
「ところで伊吹さん、夕飯もう食べました?」
「いいえ、今日はレポートの締め切りだったんで大学に行っていて、さっき帰ってきたの。だから買い物しようと思ってね。」
「じゃあ、二人で夕飯食べませんか?私も彼氏いないけど、せっかくのイヴなんだからおいしいもの食べたいし・・・・・・・。」
そう言ってチラリと道の向こうの店を見るマナ。
その店の事は当然マヤも知っていた。
暫く考えた後に頷く。
「いいわ。どうせこれから作るんじゃ遅くなっちゃうしね。でも奢れないわよ?」
それ程の持ち合わせは無かったのだろう。
マヤはクスリと笑うと店のほうに目を向ける。
「じゃあ行きましょう。」
マナとマヤは連れだって店へと向かった。
「何にしようかレイちゃん?」
席に通されコートを脱いで一息ついたシンジがメニューを渡しながら尋ねた。
「そうねぇ・・・・・・どうしようかしら・・・・・・。」
レイもメニューに目を通しながら悩んでいるようだ。
店内はそれ程広くないがセンスの良い内装でテーブルが10脚ほど置いてあり、カウンター席も合わせて8割ほどの入りである。
時間は6時を僅かに過ぎたところである。
おそらくもう少し遅い時間になると混んでくるのであろう。
二人が悩んでいる間にも何組かの客が入って来ていた。
尤もメニューを選ぶのに夢中で見てはいなかったが・・・・・・・。
シンジもレイも高校生であり財布の中身が潤沢でもない。
料理の名前と説明、値段を吟味しながら考え込む。
テーブルに置かれた冷水を一口含んでカウンターの壁に釣られたホワイトボードを眺めるシンジ。
そこには本日のお勧め料理が書かれていた。
セットで1500円。前菜やデザートも付いている。
内容は肉類と魚介類を選択できるようになっている。
「レイちゃん、僕はあれにするよ。」
悩んでいるレイに後ろ(レイから見て)のホワイトボードを指差す。
釣られるように顔を向けるレイも、確認して納得したようだ。
すぐに店の人を呼んでオーダーを伝える。
「やれやれ、ようやく落ち着いたね。」
そう言って再び冷水を一口飲むシンジ。
レイもコップに手を伸ばす。
そこにオーダーしたシャンパン・ソーダが運ばれてきた。
ウエイターが慣れた手つきでグラスに泡立つ透明の液体を注ぐ。
スッとグラスを手に取り柔らかな笑みを浮かべるレイ。
照明を押さえた店内で浮かび上がるレイの姿。
「お酒って訳にはいかないけど・・・・メリークリスマス、シンちゃん。」
そう言って乾杯しようとグラスを動かすレイ。
「そうだね、メリークリスマス。レイちゃん。」
カチン
二人のグラスが心地よい音を立てる。
やや暗めの店内でこちらを見詰めるレイの姿は、いつもの子供っぽい雰囲気は無く大人を感じさせる。
その姿に思わず見惚れてしまったシンジは、かけられた声に一瞬狼狽したが何とか動揺を表に出すことなく乾杯を終えた。
『何か今日のレイちゃんはいつもと雰囲気が違う・・・・・・。大人っぽいというか色っぽいというか・・・・・・落ち着きがあって凄く綺麗だ・・・・・。』
改めてレイの美しさを認識するシンジ。
『シンちゃんって大人っぽいのよね〜。でも私もシンちゃんに相応しい女の子になってみせるわ!だからそうなるまで待っててねシンちゃん。
私を置いてあんまり先に行かないでね・・・・・・。』
レイはレイでそんな事を考えている。
周囲を完全に隔絶して見詰め合う二人。
何分ぐらいそうしていたのだろう。
ウエイターが料理を持ってくる。
順番に出される皿を堪能するシンジとレイ。
その料理は値段の割にはかなりおいしいものだった。
メインディッシュを食べ終わりナプキンで口を拭くとシンジは再びゆっくりとレイを見る。
食べ終わってフォークを置いたレイがその視線に気がつき微笑と共に見詰め返す。
「おいしかったね、レイちゃん。」
「そうね。私初めて入ったけど今まで知らなかったのが残念なくらいよ。」
ナプキンで口を拭くレイの仕草が妙に似合っている。
そこには日頃クラスメイトが目にする、明るく快活だがチョコマカとして子供っぽい姿は無い。
一人の女として自信を持ち始め、少女から女性へと脱皮しようとしているレイ。
夏休み以降、シンジに相応しくなるために家事や料理に積極的に取り組んでいる。
そんなレイの内部から滲み出る雰囲気にシンジは再び見惚れていた。
そんな二人の前にスッと差し出されるデザート。
アイスクリームを一口食べたレイが感嘆の声を上げる。
「おいしい。これってお酒をかけているのね。」
「うん、甘さが程よく抑えられていておいしいね。」
食べるのに夢中なレイ。こういう時のレイはいつも通りのお子様だった。
全ての皿を食べ終え紅茶を飲んでいたシンジだったが、ふとコートのポケットに入れていたものを思い出す。
椅子にかけたコートに手を伸ばし、綺麗にラッピングされた箱を取り出す。
シンジの行動を見ていたレイはその箱を見た瞬間、胸がキュンと高鳴るのを感じた。
それはレイが生まれて初めて恋人から受け取るクリスマスプレゼント。
「あの・・・・・、レイちゃん。・・・・・これクリスマスプレゼントなんだけど、受け取ってくれる?」
日頃の落ち着きはどこへやら。
ソワソワとして自信無さそうに箱をレイの方に差し出す。
レイとしては受け取らない、などという選択肢は最初から無かった。
「・・・・・あ、ありがとう、シンちゃん・・・・・。」
嬉しさに涙を滲ませたレイは両手で綺麗な小箱を受け取った。
そして数瞬後、自分もプレゼントを渡さなくては、と思い出しテーブルの上にプレゼンとを置き自分のバック
を掴む。
「あ、あの・・・・・・これ、私からのクリスマスプレゼント・・・・・・・。」
オズオズと差し出されるラッピングされた袋。
「・・・・ありがとう、レイちゃん。」
嬉しそうに受け取るシンジ。
「「あの、開けていい?」」
期せずして声が重なった事にクスクスと笑い合い、お互いに頷き合う二人。
レイが手にしたものは・・・・・・シンプルなクロスの銀製のネックレス。
それはレイの月のようなイメージにマッチしていた。
シンジの手にはフリース製のグレーの手袋。
サイズは何故かぴったりで、シンジの日頃の服装にマッチしたデザインと色なのは言うまでも無い。
「「ありがとう・・・・・・。」」
再び重なる二人の声。
そこには周囲の人々を数光年先に置いてきたようにピンク色の空間を作り出す一組のカップルがいた。
「ちぇっ、やってらんないわ。」
こちらも食事を終えたマナが、シンジ達から離れた席で二人のくすぐったくなるようなやり取りを見ていた。
「クスッ。マナちゃん、私と会った時あの二人が入ったのを見てどうしようか悩んでいたのね。」
楽しそうに笑いながら声をかけるマヤ。
食事の間中、マナがチラチラとあの二人の席に視線を送っていた事に当然気が付いていた。
「ごめんなさい伊吹さん。あの二人、私のクラスメイトなんです・・・・・・。」
マヤをダシに使った事を謝るマナ。
「いいのよ。おかげでおいしい晩御飯が食べれたんだから。」
屈託の無いマヤの笑みを見ていたマナは、自分の心が軽くなっていくのを感じた。
「でもマナちゃんは、あの相手の男の子が好きなのね?」
ズバリと核心を突く質問を投げかけるマヤ。
「うっ、・・・・・ええと・・・・実はそうなんです・・・・・。」
答えながら身体を縮める。
「高校1年にしては随分落ち着いた感じの男の子ね。」
「ええ、それに格闘技の腕もすごいんですよ。」
そう話すマナの瞳はキラキラと輝いていた。
シンジがレイを暴漢から助けた時の話しをするマナ。
「それは凄いわね。マナちゃんが好きになるのもわかる気がするわ。」
「ええ、でもあの二人の絆は強いんです。私の入りこむ隙間は無いみたい・・・・・・。」
「確かにあの二人はお似合いに見えるわ。それにお互いが相手を思いやっているようだし。
諦めた方がいいとお姉さんは思うけど、恋は理屈じゃないからね・・・・・・・・。」
マヤが見るところ、容姿という点ではあのレイという女の子とマナの間にそれ程優劣は無い。
二人とも美人だしスタイルも良い。
だがあの二人の間には、よくわからないが確固たる絆があるように思えた。
「うん。私も頭ではわかっているんだけど・・・・・・・・。でもまだ諦められないの。」
「そうね。こればっかりはどうしようもないわね。」
「ごめんなさい。伊吹さんをこんな事に付き合わせちゃって・・・・・。」
俯くマナ。
「いいってば。でもマナちゃんも恋する乙女をしてたのね。」
「そりゃぁ・・・・・私だって彼氏は欲しいですよ・・・・・。」
「でもあの男の子、結構当たりって感じよね。」
「ええ、碇君以上の男の子ってそうそうはいないから・・・・・。」
「大丈夫よ。きっとマナちゃんだけを見てくれる素敵な男の子が現れるわ。」
彼氏のいないマヤに言われても信憑性が無い(かもしれない)のだが、マナにとってその一言は嬉しかった。
「うん、そんな相手が現れるまでは碇君を見ていようと思ってるんだ。」
「そうね。チャンスが皆無というわけでも無いでしょうし・・・・・。」
先程と言っている事が違うぞ、マヤ・・・・・・。
「まあ今日は私が奢ってあげるわ、マナちゃん。」
事実上、シンジ争奪戦の敗北を認めたマナ。
マヤはそんなマナを慰めようと決めていた。
「えっ!そんな・・・・・悪いですよ奢ってもらったりしたら・・・・・。」
マヤを誘った理由に引け目を感じているマナが申し出を受けるわけにはいかない。
「いいのよ。マナちゃんも苦しかったみたいだから。ここはお姉さんに任せなさい。」
そう言ってレシートを持ってしまう。
「それじゃあご馳走になります・・・・・・・。」
マナは済まなそうに頭を下げた。
店から出たシンジとレイは寄り添って家へと歩いていく。
先程シンジに付けてもらったネックレスの感触が心地よかった。
シンプルなデザインはレイの清楚さ(口を開かなければそう見える)を壊すものではなかったから。
一方、シンジの手にはレイから送られた手袋が。
シンジはその暖かさを堪能する。
『今まではそうでもなかったけど、クリスマスイヴっていいものなんだ。』
二人の心中はシンクロしていた。
「明日からスキーだね。」
ポツリとシンジが呟く。
「ええ、そうね。」
言葉少ないレイ(珍しい)。
「そう言えばレイちゃんってスキーはどうなの?」
シンジもスキーは相応にできる。
ある程度のテクニックさえあれば、脚力がある方が大抵の斜面を滑り降りられるのだ。
シンジは脚力は全く問題無く、スキーも何度か行っている為に慣れている。
だがレイと一緒にスキーに行ったことは無い。
『もし滑れなかったら悪い事しちゃったな。』
そんな事を内心思いながら尋ねたシンジだったが、今回のレイは余裕があるようだった。
「うふふ、内緒。明日見せてあげる。」
悪戯っ子のような表情を見せるレイに、先程とのギャップを感じるシンジ。
『女の子って色々な表情を使い分けるんだなぁ・・・・・。』
こうして二人の初めてのクリスマスイヴは過ぎていった。
明日が早いため夕食後ほど無くして分かれて帰ってきたものの、レイは自室で幸せ一杯で微笑んでいた。
『うふふふ・・・・・・、シンちゃんからのクリスマスプレゼント・・・・・・・。』
そう心の中で反芻させながら、貰った銀色に輝くネックレスを手で弄ぶ。
「レイー、明日の朝は早いんだからもう寝なさいよ〜。」
階下からのレイカ(少し前に帰宅)の言葉も全く聞こえていない。
『・・・・初めて彼氏から貰ったプレゼント・・・・・・。』
相当舞い上がっているレイ。
「うふ、シンちゃん大好き・・・・・。」
何度目になるのかわからないが、先程から幾度も口にしている台詞を呟く。
一人しかいないのにピンク色の空間を展開している姿はさすがと言えよう。
でもレイちゃん、明日の朝は早いぞ。
起きれるのか?
(後書き)
何時の間にか6話まで書いてしまったリナレイちゃん(もうシリーズなんだろうなぁ)。
遂にレイちゃんが他をぶっちぎり栄冠を手にしました。
シンジは君のものだよ、レイちゃん(当たり前かもしれないが)!
マナちん、戦線脱落です。
でもマユミ同様、地下に潜伏してゲリラ活動に入るのでしょう。
案外、マユミと共同戦線を張ったりして・・・・・。
しかし、これでスキーの話を書いてしまえばいよいよ本当にネタが尽きます。
18禁っぽくなる前に次回は最終回か?
綾吉 :NKさんのリナレイちゃん第6話二人のクリスマスイヴを公開です
レイ :イヴの夜は二人で過ごすものと本に書いてあったわ
綾吉 :それは大人になってからの話です
レイ :そう、大人っていつから大人?
綾吉 :シンジに聞いてくれ
レイ :そう。それにしてもまだ碇君に付きまとう気なのね、あの二人・・・・殲滅?
綾吉 :そんな可愛く小首をかしげながら聞かれても・・・・それにしてもどこで覚えたの?
レイ :アスカが
綾吉 :また、余計な事を・・・・
レイ :碇君は喜んでくれたわ
綾吉 :鼻血噴出してなかった?
レイ :何故わかったの?
綾吉 :やっぱり・・・まあいいや。次回の内容に関してコメントを頂戴
レイ :次回も碇君と幸せになりますので、感想のメールなどお願いします
綾吉 :それでは皆さん、お願いしま〜す